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教科書調査官の系譜~「さるのつぶやき」より

 今年度発行の高校用日本史教科書の検定で、沖縄戦での住民「集団自決」に対する「軍の強制」の記述を文部科学省が改変させた問題は、周知の通り、昨年末の教科用図書検定調査審議会が「軍の関与」の記述の復活は認めたものの、「軍の強制」の記述を結局認めずに、教科書が発行される結果に終わった。
 その後も沖縄の人々を中心にあくまでも審議会の検定意見撤回を求める動きが続いているが、一方で自民党沖縄県連が沖縄県民大会実行委員会の解散を提起するなど、昨年中は曲がりなりにも超党派でまとまっていた運動は綻びが出てきている。正直、保守派の離反は当初から予想していたので驚きはないが、こうした分断が教科書問題を結局うやむやにしてしまうと思うと非常に憂鬱である。

 ところで、教科書検定において決定的な役割を果たしているのが文部科学省の常勤職員である教科書調査官であることは、昨年の当ブログで何度も指摘してきたが、1月20日付の「しんぶん赤旗 日曜版」が戦後の教科書調査官の人事変遷について報じている。「赤旗」の日曜版は電子版には載らないが、さるのつぶやきさんが当該記事転載している。
 さるのつぶやき:教科書調査官、縁故採用の系譜━平泉澄→村尾次郎→時野谷滋→(伊藤隆→)照沼康孝・村瀬信一(・福地惇)
 詳細はぜひ「さるのつぶやき」さんの記事(過去の「赤旗」の教科書関連の記事を紹介したエントリもリンクされている)を読んでもらいたいが、教科書調査官の系譜をたどると戦前「皇国史観」を主唱した平泉澄に行き着くところに、戦後一貫した人事の偏向は明らかである。問題は「調査官は文科省専任職員=国家公務員なのに採用試験がなく、選考基準を文科省は明らかにしていません」というところで、そんな不透明な選考で任命された人物が教科書内容の決定権を事実上握っているのは「民主主義国家」にあるまじき事態である。

 教科書調査官については、昨年当ブログの記事のコピペがあちこちに出回ってしまったが、子どもと教科書全国ネット21事務局長の俵義文氏が、戦後の検定制度の歴史も踏まえてより正確なレポートを公表しているので、リンクしておく。
 俵のホームページより
  教科書調査官とは何か*PDF
  社会科主任教科書調査官はなぜ解任されたか*PDF
 また、現在の教科書調査官と教科用図書検定調査審議会委員については、昨年10月24日の衆議院文部科学委員会で共産党の石井郁子氏が質疑を行っている。
 第168回国会 文部科学委員会 第2号
 教科書調査官の人選の公正化と透明化については、社会科教科書執筆者懇談会が昨年末の声明で要求している。
 沖縄戦の歴史歪曲を許さず、沖縄から平和教育をすすめる会|訂正申請の結果についての社会科教科書執筆者懇談会の声明

【関連記事】
教科書改竄の「黒幕」
教科書検定の徹底検証を
沖縄戦の「集団自決」に関する教科書検定問題の資料
教科書検定に関する石井郁子議員の質問
文部科学省はまだ「軍の強制」を弱めようとしている~「集団自決」教科書検定は訂正再申請へ
文部科学省は「軍の強制」否定に固執した~「集団自決」検定問題は終局へ
文部科学省はやはり「軍の強制」を認めなかった~「追いこまれた」と「強いられた」の差
教科用図書検定調査審議会が聴取した「専門家」の意見について

【関連リンク】(2008/01/22追記)
高等学校日本史教科書に関する訂正申請について(沖縄戦関係)-文部科学省
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by mahounofuefuki | 2008-01-21 16:51

「ひきこもりセーフティネット」は「引きこもり予備軍」への「監視活動」か

 この国の労働政策や教育政策の特徴として、何か問題があると、現在進行形で問題をかかえる人々を放置し、専ら次の世代を対象とした「対策」に集中してしまうということがある。
 たとえば「学力低下」問題。最近、中央教育審議会は「ゆとり教育」を見直し授業時間を増加する答申を行ったが、これから学齢期を迎える子どもはそれでいいとして、十分な学力を得られないまますでに社会に放たれた人々はどうなるのか。「ゆとり教育」は失敗でしたと断じた以上、その失敗した政策のもとで「生産」された「学力の低い」大人に対して、何一つケアがないというのはあまりにも無責任ではないか。
 雇用問題でも我々「氷河期世代」へは今も何ら実効的な措置が行われていない。学卒期にたまたま就職難であったために、非正規雇用でスタートした人々はずっと社会の底辺で淀み続けることを余儀なくされている。ところが労働政策は専らこれから就職する若者への対策ばかりで、「氷河期世代」は放置されたままだ。安倍政権は偽善的とはいえ、まだ「再チャレンジ」を唱えて、問題の所在だけは認識していたが、福田政権になってからはそれすらなくなった。

 毎日新聞(2008/01/19 12:26)によれば、東京都は来年度から「引きこもり」とその保護者を支援する「ひきこもりセーフティネット」事業を始めるという。「予防に特化した支援」ということで、ここでも現在「ひきこもり」を余儀なくされている人々への自立・社会復帰支援はなく、専ら「将来ひきこもりになりそうな」若者への「支援」である。
 しかもその「支援」内容はとても「支援」とは言えないような危険な代物なのである。以下、同記事より。
(前略) 都は区市町村に教育・福祉や、NPO(非営利組織)のスタッフらで構成する連絡協議会を設置。中学や高校から、退学したり不登校の生徒に関する情報提供を受け、支援が必要なケースでは積極的に保護者への相談に乗り出したり本人に訪問面談する。地域の特性も加えた独自の対策案を各自治体から募り、効果が高いと判断した3カ所をモデル事業に指定する。
 また、引きこもり予防のため、家族を支援する「対策マニュアル」も初めて作成する。保健所、NPO、都立校など約720機関と約50人の経験者を対象にした07年度のアンケートや面談による調査結果を活用し、予防に役立てる。都は08年度予算に「若年者自立支援経費」として2億円を計上する。(後略)
 つまり中途退学者や不登校の子どもを「引きこもり予備軍」とみなして、彼らの所在に関する情報収集を行い、「積極的に」彼らを訪問するというのである。これは「支援」というより、むしろ「引きこもり予備軍」に対する「監視」と言うべきである。

 そもそも東京都の発想は根本から間違っている。「引きこもり」=「中途退学者」「不登校」という前提が偏見と思い込みにすぎない。実際の「引きこもり」は年齢も学歴も多様で、その原因も一様ではない。ただはっきりしているのは日本社会での「生きにくさ」を感じていることで、それは人間性をはく奪するような弱肉強食化した社会構造に起因する。その大前提を無視して、まるで「引きこもり」を「犯罪者」扱いして、監視対象とするのはまったく賛成できない。
 「引きこもり」支援に従事するNPOとの連携を重視しているようだが、NPOといってもピンからキリまである。「引きこもり」を「落後者」「できそこない」と烙印を押して、ただ厳しく鍛えればいい、というような乱暴な軍隊式の方法を好む団体もある。しかも、東京都のトップである石原慎太郎知事がまさにそういう考えの持ち主であり、この「ひきこもりセーフティネット」を社会政策ではなく、治安政策という位置づけを与えるのではないかと危惧せざるをえない。

 「未来の問題」の「予防」ばかりに気をとられ、「現在の問題」の「解決」を軽視する風潮は座視しがたい。特に「引きこもり」問題の場合、むしろ人間らしい働き方を許さない労働環境や、競争と選別を中心とする教育環境にこそ切り込まない限り、決して解決への道筋はつけられないであろう。それが結果として「予防」にもつながると思うのだが。
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by mahounofuefuki | 2008-01-20 11:35

グッドウィル事業停止

 相次ぐ労働者派遣法違反行為により、東京労働局から最長4カ月の事業停止命令を受けた日雇い派遣大手のグッドウィルは、今日(1月18日)から全国708の全事業所の事業を停止している。昨年やはり禁止業種への派遣事業が発覚したフルキャストに続いて、派遣大手が重い処分を受けたことは、改めて「日雇い派遣」という雇用形態の全面的な見直しを問うていると言えよう。
 偽装請負、二重派遣、給与からの不透明なピンハネなどなど、グッドウィルはやりたい放題であった以上、この処分は当然ではあるが、問題は事業停止によってグッドウィルに登録している派遣労働者は完全に失業してしまうことだ。経営者の罪を労働者が負う不合理はあってはならないが、実際には労働者は放り出されている。

 厚生労働省の資料によるとグッドウィルの派遣労働者数は、先月の時点で1日平均約3万4000人。日雇い派遣の場合、複数の派遣会社に登録している人々が多いだろうが、それにしても万単位の労働者が職を失うことには変わりはない。
 厚生労働省職業安定局は1月11日、事業停止命令に際して雇用対策を発表しているが、各都道府県労働局への相談窓口の設置とハローワークの強化くらいで目ぼしい対策はない。
 株式会社グッドウィルに対する行政処分に伴う派遣労働者の雇用対策について-厚生労働省*PDF

 一方、派遣ユニオングッドウィルユニオンは、17日付で緊急声明を発している。
 見殺しにするな~グッドウィル事業停止に伴う緊急声明-レイバーネット
 以前当ブログでも書いたが、昨年から日雇い派遣にも雇用保険が適用され、失業の場合にはいわゆる「アブレ手当」が出るはずなのだが、なんとグッドウィルは雇用保険の適用事業所申請を行っていないのである。しかも、ユニオン側は厚労省に対し日雇い雇用保険への遡及加入を要求したが、厚労省はこれを拒否したという。
 グッドウィルユニオンはこの声明で、労働基準法第26条等に従いグッドウィルが賃金を全額保障し、厚労省には日雇い雇用保険の遡及加入措置を講じるよう改めて要求している。両者はすみやかに要求に従うべきである。
 *なおグッドウィルユニオンは今日(1月18日)より1週間、「失業ホットライン」を設けて日雇い派遣労働者の電話相談を受け付けている。前記レイバーネットのリンク及び下記「関連リンク」のグッドウィルユニオンのブログを参照。

 厚労省はすでに今年度中の労働者派遣法改正を見送り、当面現行法の枠内で日雇い派遣の規制を強化する指針案を労働政策審議会に提示しているが、報道によればその内容は派遣先への「管理台帳」作成義務づけや派遣元による派遣先の巡回確認などで(時事通信 2008/01/16 19:00)、いくらでも偽装可能な小手先の改善策でしかない。
 以前も指摘したが、労働者派遣法を派遣労働者保護法に変える抜本的な改正が必要であり、何よりも非正規雇用から正規雇用への転換と、正規・非正規にかかわらず人間らしい扱いを受ける労働環境づくりという大枠がなければ、今回のグッドウィルのようなことは繰り返されるだろう。この問題は誰にとっても他人事ではありえない。

【関連記事】
日雇い派遣にアブレ手当
労働者派遣法改正問題の行方

【関連リンク】
東京労働局
グッドウィルユニオン
全国ユニオン
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by mahounofuefuki | 2008-01-18 17:07

斎木昭隆を6カ国協議の代表に送る愚

 政府が今日(1月17日)の閣議で、外務省高官人事を決定した。先月来報道されている通り、事務次官に外務審議官(政務担当)の薮中三十二氏が昇格し、その後任にアジア大洋州局長の佐々江賢一郎氏を充て、さらにそのアジア大洋州局長に駐米公使の斎木昭隆氏を任じた(読売新聞 2008/01/17 14:28など)。
 留任説も囁かれていた谷内正太郎事務次官は退任した。谷内氏は周知の通り、安倍晋三前首相の肝いりで事務次官に起用された人物であり、安倍去りし現在任期を延ばしてまで留任できる政治力学はないだろう。

 今回の人事について共同通信(2008/01/17 09:18)は「藪中、佐々江両氏は北朝鮮核問題をめぐる6カ国協議の日本政府首席代表を務め、斎木氏はアジア大洋州局参事官、審議官当時、日本人拉致問題などを担当しており、北朝鮮問題を重視したシフトとなった」(太字は引用者による)と指摘しているが、薮中氏の前任の外務審議官だった田中均氏もアジア大洋州局長からの昇格であり、アジア大洋州局長→外務審議官という昇進ルートが3代続いていることを考えると、「北朝鮮問題を重視したシフト」は何も今に始まったことではなく、小泉政権以来ずっと続いているとも言える。
 6カ国協議の現場にいた薮中、佐々江両氏が外交政策決定過程の中枢に座ることで、今回の外務省人事は対外的には従来の強硬路線の継続と映るだろう。日朝ピョンヤン宣言の調印以後、日朝関係は悪化する一方であり、局面の打開には人事の全面刷新という手もあったと思われるが、政権基盤の弱い福田政権はそれができなかった。

 今回の人事で何より問題なのは、斎木氏が6カ国協議の首席代表を兼任するアジア大洋州局長に起用されたことである。
 周知の通り、2002年10月のクアラルンプールでの日朝交渉で、当時アジア大洋州局参事官だった斎木氏は拉致問題で強硬な交渉姿勢を貫いて決裂に導き、テーブルを叩いたパフォーマンスで一躍ナショナリストのスターになった。「拉致被害者家族会」や「拉致被害者を救う会」の信望も厚く、同局審議官に昇進してからも対朝鮮外交を担当し、駐米公使転出の際も「家族会」「救う会」が抵抗したほどだった。外交官は交渉をまとめてこそ評価されるべきだが、交渉を決裂させて絶賛されるのは日本社会の未熟さのあらわれであろう(戦前、国際連盟脱退時の首席全権だった松岡洋右が称賛されたのと何ら変わっていない)。
 今も右翼勢力から「英雄」として絶賛される斎木氏の対朝外交復帰は、国内的には安倍退陣以降迷走するナショナリズムの再興に手を貸す愚策であり、政府の外交オプションを狭めるだろう。対外的には制裁継続と拉致問題優先の一国強硬路線をより強化すると受け取られるのは言うまでもない。

 福田首相は先の臨時国会における所信表明演説で「日朝国交正常化を図るべく、最大限の努力」を公約したが、この外務省人事では国交正常化に本気で取り組んでいるとはとうてい認められない。真剣に日朝関係の局面転換を考えているのならば、右翼勢力の過大な期待を背負わされて身動きのとれない斎木氏を6カ国協議の代表に送るようなまねはしないはずだ。
 当面心配なのは、アメリカ政府に切り捨てられて以来、政治的影響力の低下著しい「家族会」「救う会」が斎木氏の復帰を通して息を吹き返すことである。諸外国に対する差別・侮蔑意識丸出しで、非現実的で好戦的なオピニオンを繰り返す彼らの復活は何としても阻止したい。

【関連記事】
袋小路の「対話と圧力」
アメリカに切り捨てられた「拉致家族」
議会政治再生の試金石
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by mahounofuefuki | 2008-01-17 22:21

あるホームレスの死

 今日の毎日新聞が、昨年11月に浜松市で70歳のホームレス女性が死亡した事件を伝えていた。この国の貧弱な福祉と人々の冷たさを絵に描いたような事件である。
 以下、毎日新聞(2008/01/16 02:30)より、コメントを差し挟みつつ引用する(太字は引用者による)。
(前略) 市によると、11月22日昼ごろ、以前から浜松駅周辺で野宿していた70歳の女性が駅地下街で弱っているのを警察官が見つけ、119番通報。救急隊は女性から「4日間食事していない。ご飯が食べたい」と聞き、病気の症状や外傷も見られないことから、中区社会福祉課のある市役所へ運んだ。
 女性は救急車から自力で降り、花壇に腰を下ろしたが、間もなくアスファルト上に身を横たえた。連絡を受けていた同課は、常備する非常用の乾燥米を渡した。食べるには袋を開け、熱湯を入れて20~30分、水では60~70分待つ必要がある。
 警察官が黙殺していれば、彼女は誰にも看取られることなく死んでいただろう。おそらくは誰にも気づかれないまま消えていくホームレスの方が圧倒的に多いだろう。水と火がなくては食べられない非常食だけを渡して事足れりという役所の怠慢は言うまでもない。水をどこで手に入れるのか(水道水は無料ではない)、ポッドも薬缶もないでどうしろと?
 守衛が常時見守り、同課の職員や別の課の保健師らが様子を見に訪れた。市の高齢者施設への短期収容も検討されたが、担当課に難色を示され、対応方針を決めかねた。
 運ばれて1時間後、野宿者の支援団体のメンバーが偶然通りかかった。近寄って女性の体に触れ、呼び掛けたが、目を見開いたままほとんど無反応だったという。職員に119番通報を依頼したが、手遅れだった。メンバーは職員に頼まれ、救急搬送に付き添った。
 「職員が路上の女性を囲み、見下ろす異様な光景でした」とメンバーは振り返る。「保健師もいたのに私が来るまで誰も体に触れて容体を調べなかった。建物内に入れたり、せめて路上に毛布を敷く配慮もないのでしょうか」。女性に近寄った時、非常食は未開封のまま胸の上に置かれていたという。
 この国の「小市民」の処世術は「面倒事は見て見ぬふり」であるが、ついに「ただ見ているだけ」にまで堕ちてしまったようだ。彼女は市役所の敷地内の路上で「木偶の坊」たちに見守られながら心肺停止状態になっていたのである。
 最初に病院ではなく市役所へ運んだことについて、市消防本部中消防署の青木紀一朗副署長は「業務規定に従って血圧や体温などを調べ、急患ではないと判断した。隊員によると女性は病院へ行きたくないそぶりを示した。搬送は純粋な行政サービスで、強制的に病院へ運ぶことはできない」と話す。
 市の一連の対応について、社会福祉部の野中敬専門官は「与えられた権限の範囲内ですべきことはやった。職員たちの目に衰弱している様子はなかった。容体急変は医師ではないので予想できない」と話す。
 病院はタダではない。健康保険からもはじかれていただろう。抵抗感があるのは当然だ。福田首相、これでもこの国を「国民皆保険」と言い切るのか?
 死因は急性心不全だった。女性の死亡後、市民団体などから抗議された市は、内部調査を実施。中区社会福祉課の対応について「空腹を訴える女性に非常食を渡し、収容可能な福祉施設を検討した。2回目の救急車も要請した。職務逸脱や法的な義務を果たさなかった不作為は認められない」と結論付けた。
 医師は死因がわからない時「急性心不全」で片づける。結局どんな病気だったのか藪の中だ。市役所はお得意の自己免罪だが、野宿者支援の活動家が通りかからなければ「2回目の救急車」はなかった。路上放置が「職務」や「法的な義務」なのか!?

 貧困は自己責任ではない。腐敗した官僚と無能な政治家と強欲な資本家と愚昧な大衆の合作による作為である。自分もそんな愚昧な大衆の1人にすぎず、そして何よりこの見捨てられたホームレスは、未来の自分の姿なのかもしれないと思う時、暗澹たる気分になる。
 誰もが安心して生活できる社会はそれほど困難で遠いものなのだろうか?
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by mahounofuefuki | 2008-01-16 17:26

ドクターズユニオン結成へ~立ち上がった勤務医と医師不足問題

 花・髪切と思考の浮遊空間の記事で知ったのだが、勤務医を中心としたグループが医師の労働環境改善を目指して新たな医師団体の結成を計画しているという。
 共同通信(2008/01/13 19:39)や朝日新聞(2008/01/14朝刊)などによれば、「全国医師連盟設立準備委員会」というグループで、勤務医や研究医など現在約420人が会員となっているという。1月13日には東京ビッグサイトで総決起集会が行われた。今年5~7月に「全国医師連盟」の設立を目指す。既成の代表的な医師団体である日本医師会が開業医中心であるため、それとは異なる立場から問題提起を図るという。特に勤務医の過労や医師不足の解消を訴えており、医師の労働組合の結成も準備しているようだ。

 実のところ医療問題はあまりよく知らない分野で(今まで幸いにも入院や大きな手術をしたことがないため)、故にこれまでブログできちんと取り上げたことはなかったが、社会保障の再建や長時間労働の是正は私が最も重視する問題であり、少しは勉強しなければならないようだ。ちょうどタイミングを合わせるように今月発売の『世界』2月号が医療崩壊問題を特集しており、メモを兼ねて情報をまとめておこう。

 全国医師連盟設立準備委員会のホームページによれば、「新組織は、いかなる政党、宗派とも独立した組織です。大学や学会や病院などの既存の権威に依存しない、あくまでも現場の医師達の組織です」と自己規定している。
 また、同HPには「檄文」が掲載されている。そのうち「当面の行動」と題する文書を引用する(太字は引用者による)。
全国医師連盟は、
1 医療労働環境改善のために、個人加盟制の医師職労働組合ドクターズユニオンを創設すると共に、厚労省、公共団体、病院管理者に労働基準法遵守の指導を徹底させます。
2 医療報道の是正と世論への啓発のために、記者向けの医療事案解説サービスを設置し、迅速なプレスリリースや医療記事の誤報訂正などを働きかけ、より公正な報道を導きます。
3 医療過誤冤罪を防止し、同時に医師の自浄作用を発揮させるため医師関連団体に働きかけ、また法曹関係者等と協同してこれらの活動を行います。
4 適正な医療費の公的扶助を実現するため、国の医療費抑制政策を転換させ、公共の福祉の向上と共に、診療経営を防衛します。

我々は、医師と医療の真の社会貢献をめざします。
患者と医師が協同して、病気の治療にとりくむ、最善の医療環境をめざします。
 医療過誤問題については、事実さまざまな事件が起きており、「自浄作用」による「冤罪防止」という立場については保留したいが、政府が続けている医療費抑制政策は全面的に廃止するべきだと私も考えており、医師の労働条件改善も理解・支持できる。
 「ドクターズユニオン」構想は、まさに各地の個人加盟型労組である地域ユニオンの医師版であり、ここでも政治団体化した既成の圧力団体(労組の場合は連合など、医師の場合は日本医師会)とは異なる、本当に加盟者の権利を守る組織への希求が読み取れる。
*ただしOhmyNewsによれば、同会の代表世話人である黒川衛氏は「医師会と対立する見解も部分的にはあるが、全面対立するものではない」と注意しており、いわゆる「医師会への反乱」と位置づけることはできないだろう。企業内で御用組合と闘う少数組合とは異なるようだ。

 現在日本の医療における最大の問題は医師不足であろう。勤務医の労働条件悪化の第一の要因もここにある。日野秀逸「医療費抑制政策からの転換を」(『世界』2008年2月号)が日本の医師数について国際比較を行っている。以下、同論文による。
 日本国内の医師総数は約26万人。WHO「ワールド・ヘルス・リポート2006」付録「加盟国における保健労働者の国際比較」によれば、人口10万人あたりの医師数は198人、加盟192カ国の第67位である。ちなみにヨーロッパで最も低水準のイギリスで230人、他の西欧・北欧諸国は軒並み300人台で、イタリアは420人、ロシアは425人である(以上、2002年当時)。
 また、OECDの調査によれば、2003年現在のOECD加盟国における人口10万人あたりの臨床医師数の平均は約300人、日本(2002年、04年)は約200人となっている。日本の人口に当てはめると、臨床医師がOECD平均より12万7000人以上も不足しているという。
 統計によって数字に開きがあるようだが、「先進国」で日本の医師数が最低水準なのは間違いないところだろう。

 医療は教育や福祉とともに「構造改革」によるダメージを最も受けた分野である。今回勤務医たちが声を上げたのを機に、医療のあるべき姿について真剣に考えなければならないだろう。

【関連リンク】
「医療崩壊阻止し、医師の新時代を」-OhmyNews
全国医師連盟設立準備委員会
日経メディカルオンラインブログ 本田宏の「勤務医よ、闘え!」
勤務医の「反乱」をどうみる。-花・髪切と思考の浮遊空間
社会保障と「分断」-勤務医の「反乱」再論-花・髪切と思考の浮遊空間
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by mahounofuefuki | 2008-01-15 23:14

「左」になるハードルと「左」の活路

 前回の記事(「野党共闘」の終焉と「護憲の大連立」構想)で関西学院大学教授の豊下楢彦氏による「左派の受け皿」としての「護憲の大連立」構想を紹介したわけだが、それには共産・社民両党の「過去のしがらみ」による実現可能性の低さ以外に重大な弱点があると指摘した。
 その弱点とは「左翼」とか「左派」とか言う時の「左」のハードルが高いために、広義の「福祉国家と平和主義」を支持するだけでは「左」にはなれず、仮に「護憲の大連立」が実現しても、現在の「左」がそのまま結集しただけでは、結局は既成の「左」の人々の外部に支持が広がる見込みが少なくとも短期的にはほとんどないことである。
 
 かつて社会学者の宮台真司氏が注意していたことだが、西欧の場合、左右の決定的対立軸は「国家による再分配」を認めるかどうかだが、日本の場合は安全保障問題や歴史認識やその他もろもろも課題において国家内に大きな亀裂があり、単純に経済の在り方だけが左右の分岐点ではない。現在の日本の典型的「左翼」は、所得再分配を支持し、日米安保体制を否定し、アジア諸国との協調を求め、原子力発電の縮小・廃棄を唱え、死刑制度に反対し、過去の侵略戦争を反省する。つまりこれだけの要素を満たさなければ「左」にはなれないのである。一般の大衆にはこのハードルはあまりにも高い。
 特に最近は若い世代を中心に、あまりにも理不尽な労働条件や非正規雇用の増大による将来への不安から、巨大企業の搾取や競争万能主義への不満が確実に高まっている。仮に所得再分配による福祉国家の実現に公約を絞れば、そうした不満を抱えた層をかなり取り込めるはずだ。しかし、この層は同時に外国人労働者との賃下げ競争から排外主義に流れやすかったり、日頃の鬱憤を「公認の敵」=「凶悪犯罪者」に向けて死刑積極論に与したり、弱肉強食の厳しい現実の中で生きているために「対米恐怖症」を指向したりしやすい。そこへ「左」の側が主張を押し付ければ、たちまち「左」へのアレルギーが生じて、「うざいサヨク」を嫌う「左を忌避するポピュリズム」へ取り込まれていく。
 かつて労働運動が衰退したのは、まさに労働条件の闘争に特化できす、特定政党の政治主義と一体化したためだし、現在貧困や格差に苦しむ人々を本当の意味で支える地域ユニオンや非営利法人などが、外交問題や歴史問題などを敬遠しているのも過去の失敗に学んでいるからと思われる。

 要するに「左」に求められているのは、政策の優先順位の策定と、有権者に全政策の支持を要求しない姿勢である。たとえば選挙の時の共産党のパンフレットなんかを読むと、党綱領に従った政策がずらずらと並んでいることがあるが、「千島列島全島の返還」なんてものまであると、かなりの人々が引いてしまう。私は共産党にしろ、社民党にしろ、党の個性や基本政策を変える必要を認めないが、表に出す公約の絞り込みと集約化は何としても必要である。
 そして個別の課題で議会外の運動といかに連携できるかが勝負どころであり、最近では被災者支援法薬害肝炎救済法の制定はそうした個別の連携が成功した例と言えよう。現実問題として、解散権を握る自公政権が衆議院の「3分の2」を手放したくないばかりに解散を極限まで遅らせようとしている以上、間接民主主義における「政権交代」や「政界再編」や「大連立」に固執せず、実現可能なことから直接民主主義的手法で実績を積み重ねていくほかに活路はない。その場合、政党側が主導権にこだわってはならないことは言うまでもない。

 私がこうした考えに至ったのは、当ブログのアクセス解析を通して、労働問題の記事と教科書問題の記事とでは読者層がかなり異なることに気づいたからだが、他方でそういう私自身は、たとえば「集団自決は強制でない」とか「あいつを死刑にしろ」とか言うような輩を「同胞」や「同志」と認めることは決してできない。
 つまり前述した主張と、私の基本的姿勢は決定的に矛盾があるのだが、それでもそういう輩が「過労死は許せん」と考えて共産党に投票できるような状況が生まれることが望ましいと考えてもいる。当ブログの趣旨は私がニュースを読んで考えたことをまとめることにあって、いわゆる「政治ブログ」でもブログで政治活動をやっているわけでもないので、この矛盾を無理に解消する意思はない。以降の問題解決は職業政治家の仕事であり、私の手には余ることである。
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by mahounofuefuki | 2008-01-14 16:20

「野党共闘」の終焉と「護憲の大連立」構想

 第168回臨時国会は新テロ特措法案の衆議院再可決による成立をもって事実上閉幕した。
 今国会は昨年9月10日に開会したが、その時の首相は安倍晋三氏だった。周知の通り安倍氏は所信表明演説のみを行って突如退陣し、変わって福田康夫内閣が発足した。たった4か月前のことなのに、はるか昔の出来事のように感じる。当時も国会終盤も最大の争点は新テロ特措法であった。原油価格の異常な高騰による灯油やガソリンの急騰に苦しむ人々を尻目に、インド洋で軍事行動を展開するアメリカ軍などへの給油支援を行う現政府の暴挙は許し難い。福田首相は昨日(1月11日)、再可決が「暴挙」ならば何が「暴挙」でないのかと開き直ったと報じられているが、再可決という方法以前に、この特措法の内容そのものが前代未聞の暴挙であることを自覚していないらしい。

 昨日のもう1つの暴挙は民主党の小沢一郎代表が衆院本会議を途中退席し、新テロ特措法案の採決に際して棄権したことである。この件について小沢氏の国会軽視に対する批判や、本音では特措法に賛成しているのではないかという疑念が各方面から指摘されているが、私にはむしろ参院での法案採決をめぐって、当初民主党が主張していた継続審議が他の野党に受け入れられず、結局議決を行ったことに対し、野党間の根回しすら自分の思い通りにならないことに苛立った小沢氏が、へそを曲げふて腐れた結果の幼稚な行動に思える。
 小沢氏は参院であえて採決を行わずに継続審議とし、与党に「60日規定」による衆院再可決を行わせ、与党のイメージダウンを狙ったのだろうが、防衛利権問題を十分に責めることができなかった今となっては成立日が1日違うだけで無意味である。逆に民主党が特措法に明確に反対しなかったという「汚点」になっただろう。額賀財務大臣の証人喚問問題の時もそうだったが、民主党は野党第1党としての驕りからか、他の野党と十分な協議をせず、他党に対し「黙ってついてこい」というような姿勢があった。
 今国会の会期中、小沢氏は福田首相と密室で連立を話し合い、すでに「野党共闘」を破壊しつつあったが、昨日の小沢氏の退席は名実ともに「野党共闘」を終焉させ、「政界再編」への意思を示したような気がしてならない。

 昨年の参院選の民主党の「勝利」は、民主党の政策が支持されたというよりも、自公政権に対する拒絶と政権交代への期待の意思が民主党に集まった結果であった。
 しかし、あえて断言するが、次期衆院選まで民主党は結束を固め続けることはできない。少なくとも小沢氏には現行の民主党の体制のままで総選挙を迎える気はまったくない。
 小沢氏は「大連立」をめぐる騒動が収束した後も、ことあるごとに自民・民主両党の連立を正当化してきた。今の民主党では勝てないというのが表向きの理由だが、実際は共産党や社民党などと組みたくないというのが理由であろう。最近の選挙予測報道はどれも民主党の勝利を予想するが、単独過半数を獲得できる保証はなく、その場合どこと連立するかが問題になる。小沢氏は今国会で改めて現在の野党と組んだのでは自分の思い通りには政権運営できないことを悟っただろう。むしろ政策的に近い(というより同じ)自民党の一部との連携を模索したいはずだ。
 対米追従、巨大企業優先、政官財談合の自民党政治からの脱却を求めて民主党を支持した人々の期待は、次の総選挙までに完全に裏切られるだろう。

 それでは自民党政治を否定し、福祉国家と平和主義を期待する人々は次の衆院選でどう行動するべきなのか。
 この問題について、関西学院大学教授の豊下楢彦氏が北海道新聞(2008/01/09夕刊)で、自民党とかつての自民党出身者による近い将来の「大連立」を予測した上で、「今日の日本政治の深刻な問題は、いわゆる右派の糾合に対抗する左派の“受け皿”が存在しないことにある」と指摘している(太字は引用者による、以下同じ)。豊下氏はさらに次のように続ける。
(前略) 一般の国民、とりわけ若い世代にとっては、共産党と社民党がなぜ一致結束した行動をとることができないのか、全く理解できないであろう。ともに「護憲の党」を名乗り、政策的にもきわめて近い両党が、院内統一会派もつくれず選挙協力もできないという事態は、若い世代からすれば「現代の七不思議」と言っても過言ではないであろう。仮に両党の代表が公の場で、なぜ一致結束して行動できないかについて議論するならば、おそらく多くの国民は、つまらぬ“過去のしがらみ”に今なお囚われている両党の状況を知って、あきれ果てることなるであろう。
 両党の最大の問題点は、ともに政権戦略を持っていないところにある。つまり、いかに多数派を形成して政権を担うか、という戦略構想を保持していないのである。来るべき政界再編や「大連立」の可能性を展望するとき、両党は、こうした動向を批判するばかりではなく、なによりも自ら多数派戦略を国民の前に提示しなければならない。政界再編によって民主党が分裂することを予想するならば、“左派民主党”と共産党、社民党が「護憲の大連立」を形成するような大きな戦略構想を描き出すべきである。(後略)
 豊下氏の念頭にあるのは、イタリアのかつての中道左派連合「オリーブの木」構想だと思われるが、この構想自体は1990年代から幾度となく語られたにもかかわらず、今もって実現には至っていない。
 ただ実現性の可否を別とすれば、福祉国家と平和主義を希求する人々にとっては、この「護憲の大連立」こそベターな選択肢であり、「民主党中心による政権交代」という構想が破綻しつつある現在、小沢氏が民主党を割る前に、民主党の「左派」を引き付けるための「受け皿」を共産党や社民党が用意するというのは、少なくとも方向性としては間違っていない。
 残念ながら「豊下構想」には実現可能性の問題以外の重大な弱点があるのだが、今回の記事で書くには長くなりすぎるので、その件を含めて「左」の結集と拡大のためのハードルについては稿を改めて近日中に書きたい。

【関連記事】
「アカの壁」を越えるために
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by mahounofuefuki | 2008-01-12 17:08

薬害C型肝炎被害者救済法の成立

 薬害C型肝炎被害者救済のための特措法が成立した。
 薬害C型肝炎をめぐる5つの訴訟の1審判決が出そろい、最も審理が先行していた大阪高裁での和解交渉が始まって以降の動きは、周知の通り急展開の連続であった。国の責任認定と被害者の一律救済を行うよう政治決断を迫る原告団に対し、福田内閣はこれを一度は足蹴にした。しかし、世論の反発を受けて与党が議員立法での解決を打ち出し、結局与野党共同提案で特措法が提出され、衆参両院での異例のスピード審議を経て、全会一致で成立した。

 法律は前文で「政府は、感染被害者の方々に甚大な被害が生じ、その被害の拡大を防止し得なかったことについての責任を認め、感染被害者及びその遺族の方々に心からおわびすべきである。さらに、今回の事件の反省を踏まえ、命の尊さを再認識し、医薬品による健康被害の再発防止に最善かつ最大の努力をしなければならない」と、薬害放置に対する政府の責任と被害者に対する謝罪、今後の薬害防止を明記した。
 これにより国は医薬品医療機器総合機構を通して被害者への給付金を拠出する。1人当たりの給付金は、肝炎に起因する肝硬変・肝臓がんの患者に4000万円、慢性肝炎患者に2000万円、肝炎ウィルスに感染するも未発症の患者に1200万円である。給付金の請求期限は法の施行から5年間と定められた。
 原告団・原告弁護団と政府は15日に和解合意書に調印するが、製薬会社との和解交渉は未だ進んでおらず、ましてや今回はC型肝炎のみの話であり、薬害肝炎問題そのものの終わりではなく、あくまでも一里塚にすぎない。

 今回の法律の正式名称は「特定フィブリノゲン製剤及び特定血液凝固第Ⅸ因子製剤によるC型肝炎感染被害者を救済するための給付金の支給に関する特別措置法」とあるように、今次の訴訟の案件である「フィブリノゲン」と「第9因子製剤」に起因するC型肝炎のみが対象であって、他の医原性のC型肝炎やB型肝炎は含まれていない。また、給付金の請求期限が5年間で、それまでに薬害による肝炎感染を証明し、裁判所が被害者と認定しなければ補償を受けることができない。
 これらの件をもって原告団や弁護団に対する批判があるが、今回の訴訟そのものがこの2つの血液製剤による薬害を巡るものであるので、他の症例の解決についてまで原告団に負わせるのは酷だろう。むしろ今回の行動を機に、来年度末までの肝炎ウィルス検査の無料化と、来年度からのインターフェロン治療への公費助成制度を勝ち取った(朝日新聞2008/01/11 10:39など)ことを評価するべきだろう。
 今回の特措法を突破口にして、すべての薬害肝炎・医原肝炎の実態解明と責任追及、公的医療体制確立を目指す必要があるのは言うまでもない。今国会では与党と民主党がそれぞれ提出していた包括的な肝炎対策のための法律案は継続審議となるが、すぐに召集される通常国会で肝炎被害者・患者の声が届くよう強く望む。

 一連の薬害肝炎問題から私は次の点を学んだ。
 第1に、厚生労働省や製薬会社の無能・無反省ぶりはもはや「不治の病」である。彼らの患者軽視、安全性軽視、隠蔽体質は薬害HIVの時から何も変わっていない。今回の薬害肝炎では本来、汚染された血液製剤を認可・放置した当時の厚生官僚は刑事訴追に値する。個々の官僚の責任を問うことが必要だ。製薬会社に対しては外部からの監視を導入するべきだ。
 第2に、新聞やテレビのようなマスメディアの威力である。訴訟当初こそ大きく報道されることもあったが、次第にニュースに占める比重は低下し、原告団が請願や抗議行動を行っても報道の扱いは小さかった。それが大阪高裁の和解骨子案が出た前後から、俄然新聞やテレビのニュースのトップを飾るようになり、連日原告の女性たちが映し出されたことが世論の喚起につながった。マスメディアが大きく取り上げなければ、今回の和解は決してなかっただろう。
 一方で、報道が相変わらず感情的で、原告が泣き叫ぶ所ばかり映したことで、市井では原告に対する誹謗中傷や薬害肝炎そのものへの不正確な理解と偏見が少なからずあった。バッシングが不発だったのは同情論が圧倒したからだが、それも若くて美貌の原告が「悲劇のヒロイン」の役割を担わされた側面は否めず、気まぐれな大衆の「空気」の方向性によってはイラク人質事件のような事態もありえた。マスメディアの功罪は改めて検証しなければなるまい。

 以上のようにさまざまな問題が山積してはいるが、先月には一度は和解交渉の決裂寸前までいったことを考えれば、今日の薬害C型肝炎被害者救済法の成立をひとまずは喜びたい。

【関連リンク】
Yahoo!ニュース-薬害問題
衆法 第168回国会 23 特定フィブリノゲン製剤及び特定血液凝固第Ⅸ因子製剤によるC型肝炎感染被害者を救済するための給付金の支給に関する特別措置法案(厚生労働委員長)
独立行政法人 医薬品医療機器総合機構
薬害肝炎訴訟 リレーブログ B型・C型肝炎患者の早期全面救済を!
薬害肝炎訴訟全国弁護団ホームページ
投与記録のある1000人以外の、「349万9000人」の思い-OhmyNews
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by mahounofuefuki | 2008-01-11 17:00

裁判所の判決を無視する労基署~トヨタ過労死

 この国の権力関係の真実をまざまざと見せつけられる出来事である。
 トヨタ自動車の社員の過労死を豊田労働基準監督署が労災認定せず、亡くなった社員の妻が不認定の取り消しを求めた訴訟は、名古屋地裁が労災を認定する判決を下し、国が控訴を断念して判決が確定したことは、以前当ブログでも紹介した。この判決はトヨタが業務と認めていない「クォリティーコントロール(QC)活動」等を業務と認定し、残業時間に加算する画期的な内容だった。
 判決が確定した以上、当然判決が認定した労働時間に沿って労災保険の遺族補償金が支払われるかと思いきや、豊田労基署はこの期に及んでも判決を無視し、当初国側が主張していた労働時間分しか算定していないという。原告は昨日(1月9日)、舛添要一厚生労働大臣と面会し、地裁判決が認定した残業時間に沿った支給を求めた。原告が言うように「行政が司法の判断を無視」(共同通信 2008/01/09 18:39)した暴挙であり、この国の労働行政の貧弱さを絵に描いたような問題だ。

 豊田労基署が裁判所を無視してまで残業時間を過少に算定する理由については、毎日新聞(2007/12/27朝刊)の「記者の目」が次のように示唆している(太字は引用者による)。
(前略) 労働基準法第36条に基づく月間残業時間の上限は45時間。通常は超過すれば違法残業だ。トヨタ過労死弁護団の田巻紘子弁護士は「労基署には、遺族救済のため保険金を適正に算定し、超過残業には是正指導を行う職権があります。残業106時間を会社に認めさせて、役割を果たすべきです。たとえ相手が世界のトヨタであろうと遠慮は許されません」と語る。
 豊田労基署には会社寄りの印象もぬぐえない。労災不認定の際、会社に配慮して適法スレスレの残業時間の認定にとどめたのではないか、という疑問が残る。不認定決定前の時期、同署の署長らがトヨタ系部品会社の割引券を使ってゴルフしていた癒着ぶりが後に明らかになり、この元署長らは今年4月、戒告等の処分を受けているのだ。(後略)
 判決通り月間残業時間を106時間とすると、トヨタは労基法違反になる。それ故に「トヨタが違法残業を強いている」という状況を隠蔽するために、残業時間をぎりぎり「適法」の範囲内に作為したというのである。労基署と企業の癒着ぶりは各地で噂があり、トヨタ側が労基署の幹部に便宜を提供していたというのも、いかにもありそうな話である。
 毎日新聞の記事は「豊田労基署には会社寄りの印象もぬぐえない」と慎重な言い回しをしているが、企業城下町・豊田市の実情を考えれば、労基署もトヨタ本社を頂点とする地域の支配構造に組み込まれており、とてもトヨタに歯向うことなどできないというのが真相だろう。下手にトヨタの違法行為を指導して、暴力団や右翼団体による嫌がらせを受けたり、自宅が放火されたり、場合によっては偽装自殺で消されたりするリスクを負うよりは、せいぜいゴルフ割引券でも貰ってうまく立ち回った方が「お利口さん」ということなのだろう。たとえ表面化しても戒告(免職や停職や減給と異なり実害なし)で済むのならなおさらだ。

 一連のトヨタをめぐる問題は、この国の企業社会の闇を浮き彫りにしている。昨年末にはトヨタ自動車相談役の奥田碩氏が内閣特別顧問に任命されるなど、政府とトヨタの癒着ぶりはますます際立っている。労働行政が真に独立性と実効的な指導力を有することができるよう知恵を絞らねばなるまい。


《追記 2008/01/13》

 当記事に関して複数の方々より、名古屋地裁判決が認定した残業時間には「QC活動」は含まれていないのではないかというご指摘があった。この訴訟では原告側は死亡前1か月間の残業時間を144時間と算定し、被告の国(労基署)は45時間と算定した。地裁の判決は労災認定にあたって「確実な」残業時間を106時間と認定し(これはトヨタ自動車堤工場の人事担当者が算定した114時間よりも少ない)、確かに小集団活動に含まれると考えられる時間の一部を残業時間に加算していないものとみられる(判決文の全文を入手していないので確認はできないが)。
 しかし、それでも「創意くふう提案及びQCサークル活動は、本件事業主の事業活動に直接役立つ性質のものであり、また、交通安全活動もその運営上の利点があるものとして、いずれも本件事業主が育成・支援するものと認識され、これにかかわる作業は、労災認定の業務起因性を判断する際には、使用者の支配下における業務であると判断するのが相当である」と判断して、国や会社側の証言を採用しなかった点で、地裁判決の画期性を損なうものではないと私は考えている。
 当記事はことのほか反響があり、改めて企業の理不尽な労務管理や過労死に対する関心の高さを痛感した。
 なお関連リンクを追加した。

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【関連リンク】
MyNewsJapan-マスコミが広告欲しさに書けない、本当のトヨタ
全トヨタ労働組合(ATU)
愛労連(ブログ):カイゼンの自主活動は残業<長文>
愛労連(ブログ):桝添厚労省が調査約束*表題は原文ママ
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by mahounofuefuki | 2008-01-10 14:46