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郵政民営化後の予想される最悪のシナリオ

民主・社民・国民新の3党が、郵政民営化見直し法案を参議院に共同提出した。
これを機に民主・国民新両党は参院で統一会派を組むことに合意した。
当面、日本郵政などの株式売却の凍結を目指すという。

過去の国鉄や電電公社の民営化の例を挙げるまでもなく、この国では1度決まったことを戻すのは非常に難しい。郵政の場合も公営に復旧するには、内外の圧力をはねのけるだけのエネルギーが必要で、仮に政権交代があっても非常に困難だろう。
ただ、実現性は低くとも、郵政民営化の問題点を浮き彫りにすることにより、2005年の総選挙で小泉政権を支持した有権者に、取り返しのつかないことをしたという反省を促す効果はあろう。それだけでも十分意味がある。

郵政民営化のデメリットについては、最近、森永卓郎さんが興味深いコラムを書いているので、紹介しよう。
構造改革をどう生きるか 第104回 郵政民営化の先にある恐怖のシナリオ (SAFETY JAPAN)
長文なので、要点のみを摘出し、整理する。

1 政府が主張する郵政民営化のメリットは、次の3点。
① 競争原理の導入、経営の自由化 → 業務分野の拡大、サービスの改善、利便性の向上
② 民営だと法人税・印紙税の納付義務 → 国の税収増大、財政再建に貢献
③ 自由な資金運用 → 郵政から財政投融資への自動的な資金移動なし、特殊法人の合理化
2 政府が主張するメリットを検証。
① 代金引換郵便、払い込み、定額小為替などの手数料値上げ集配局の減少 (郵便物の配達日数が多くかかる)、時間外窓口の閉鎖
② 新たに払う法人税、印紙税の分 → 値上げで埋め合わせる (予測)
③ すでに2001年に財政投融資制度は廃止、政府が財投債を売って、政府がその金を特殊法人に流していた → 責任は郵政公社ではなく政府
3 郵政民営化の中長期的なデメリット (予測)
① 3年以内に、ゆうちょ銀行とかんぽ生命の株式上場 → 2017年までに完全売却 → 株式の一部は、アメリカ系の金融機関やファンドが購入 → 株主提案権を得て経営に口出し → 「経営のさらなる合理化」要求 → ゆうちょ、かんぽの地方の窓口が消える (最低限の郵便事業だけ)
② 現在、ゆうちょ銀行、かんぽ生命の資金の3分の2以上は、国債(財投債を含む)で運用 → 外資系株主が高金利のアメリカ国債での運用を要求 → アメリカのバブル崩壊 (ドル暴落、米国債暴落) → ゆうちょ、かんぽ破たん
要するに、郵政民営化によって、郵便貯金や簡易保険が、アメリカ経済と「一蓮托生」になる危険性を指摘しているのである。
森永説は「ドルが暴落する可能性は、長期でみれば100%」という予測を前提にしているため、悲観的すぎるという見方もありうるが、いずれにせよ「日本国民」の財産がリスクにさらされることは確かである。

今回の見直し法案が、本当に郵政民営化は正しかったのか各人で考えるきっかけになれば幸いである。
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by mahounofuefuki | 2007-10-23 20:53

寛仁親王は「不良」だった!?

三笠宮家の寛仁親王のインタヴューがアメリカの新聞「ニューヨークタイムズ」に掲載された。
A Font of Commentary Amid Japan’s Taciturn Royals (New York Times 2007/10/20)
寛仁親王は、若い頃には皇族からの離脱を望む発言をしたり、最近は自らのアルコール中毒をカミングアウトしたり、皇位継承の男系維持のために「側室制度」復活を堂々と主張するなど、何かと物議を醸してきた皇室の「トリックスター」であるが、今回も日本のメディアではありえない、あけすけな告白となっている。

すでに報道されているように、皇族は「ストレスの塊 (one big ball of stress)」と発言したり、相変わらず皇位の男系(父系)継承の維持を訴えたり、信子妃(麻生太郎の妹)との不仲を示唆するなど、言いたい放題である。
また、皇太子が雅子妃の「人格やキャリアを否定する動き」を非難した発言をした際には、皇太子へ詳しい説明を求める手紙を出したが、通り一遍の御礼の返書しかもらえなかったというエピソードは、日本国内のメディアでは絶対に引き出せないだろう。

特に聞き捨てならないのは次の一節である。

Compared with the other royals, the prince said with a smile, he was a “delinquent” youth who got into skirmishes with students at a nearby school run by North Koreans.
彼は学習院時代、朝鮮学校の生徒と喧嘩するような「不良」だったというのである。
誇張してはいるのだろうが、それにしても民族・血統差別の源泉である天皇家のプリンスが、被差別民族である朝鮮系の人々と直接対峙していたというのは象徴的である。日本の新聞報道ではこの部分をスルーしているが、はっきりと伝えて欲しいものだ。

ほかにも、自分の身体には初代天皇「神武天皇」と同じY染色体がある(歴史学で「神武天皇」の実在はとっくに否定されているのだが)とか、血液型がB型だから新しいもの好きであるとか、トンデモ発言が目白押しである。

皇族の仕事は「朝起きて、朝食をとり、昼食をとり、夕食をとり、寝る」ことを365日繰り返すだけだという彼に、毎日失業の不安に怯え、ノルマを課せられ、上司に罵倒され、残業代も出ずに長時間労働を強いられる庶民の辛さなど決してわかるまい。
皇族のストレスなど、貧困や過労のストレスに比べればものの数ではない。
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by mahounofuefuki | 2007-10-22 14:41

政府とマスコミが一体化した「消費税増税キャンペーン」

福田内閣が発足した時、私はブログで「歳出削減による社会福祉の切り捨てを続ける一方、消費税増税で庶民の負担を増やし、巨大企業に対する減税は拡大するという、今以上に最悪の財政政策を目指す可能性」を指摘し、「年金不安を利用して、年金の財源にするという口実で、消費税増税を打ち出してくるだろう」と予測したが、残念ながらその予測が現実のものとなりつつある。

自民党の谷垣禎一政調会長や与謝野馨税調小委員長らが機会あるごとに、増大する社会保障費の財源として消費税の大幅増税の必要性を力説していたが、今月17日の経済財政諮問会議では、経済成長率ごとの給付と負担の増減に関する複数の長期試算が提出され、消費税を11~17%に引き上げる必要があるとの見解が提示された。
平成19年会議結果 第23回会議 会議レポート:内閣府 経済財政諮問会議
伊藤隆敏・丹羽宇一郎・御手洗冨士夫・八代尚宏 「有識者議員提出資料(給付と負担の選択肢について)」

こうした政府の動きに呼応するように、各新聞も消費税増税への世論誘導を本格的に開始した。
以下、17日の経済財政諮問会議に関する全国紙の社説である。
消費増税 真正面から議論せよ(朝日新聞2007/10/19)
財政試算 真っ当な議論はこれから(産経新聞2007/10/19)
財政立て直しの基本は成長と歳出削減(日本経済新聞2007/10/19)
増税論議 地に足の着いた政策を示せ(毎日新聞2007/10/19)
給付と負担 消費税の「封印」が解かれた(読売新聞2007/10/20)

「財政健全化は増税よりも歳出削減を主体にすべきだ」と消費税増税に消極的なのは、徹底した「小さな政府」論に立つ日経のみで、あとの4紙は程度の差こそあれ、消費税増税を支持している。

最も積極的なのは読売で、内閣府の試算が増税の内容を所得税と消費税半々にしたことを「増税の影響が現役世代に偏る所得税を引き上げるのは難しい」と批判し、消費税の増税を明確に主張している。朝日は「同時に歳出削減の手を緩めるな」と条件つきながら、「いずれ増税が避けられない」と述べている。読売との違いは「消費税など」と他の税の増税を示唆しているくらいである。毎日も「消費税率引き上げを避けるわけにはいかない」と消費税増税に賛同している。産経は増税支持を明言していないが、消費税論議を封じ込めようとした安倍政権時代の「上げ潮派」を批判しており、事実上消費税増税に傾いている。

大新聞が軒並み1つの方向に、それも政府に同調する方向に傾いていることは、日本の言論状況の危機であるのは言うまでもない。
歳出削減か消費税増税かという二者択一の議論の組み立て方そのものへの批判がまったくないのは実に不可解である。このあたりが企業広告に依存する新聞の弱点を曝け出している。

問題は「歳出削減か消費税増税か」ではなく、「何を歳出削減し何を増税するか」である
小泉政権は大企業や富裕層への減税を繰り返し、庶民には負担を押し付けてきた。その結果、行政のサービスは低下し、負担に見合った受益を得られなくなった。しかも歳出削減と言いながら防衛費や大企業への補助金は「聖域」として触れて来なかった。この歪んだ「構造改革」路線を中止し、切り捨てられた社会保障への歳出を復活させる必要がある。
歳入を増やすために増税は必要だが、なぜそれが消費税なのか。消費税は所得や資産の大小にかかわらず、同一の税率のため、貧しい者ほど不利な税である。消費税の増税で庶民を貧困に追いやり、社会保障費を増大させるのでは本末転倒である。
限界まで緩められた法人税や所得税の累進度を元に戻すことが何よりも必要である

今回は時間がないので税制の具体的な分析は別の機会に譲るが、福田政権とマスコミが一体となった「消費税増税キャンペーン」には警戒してほしい。所得が不平等な状態での消費税の増税は、必ず貧困と格差を拡大させることを常に念頭に置いておかねばならない。


(補足 2007/10/22)

経済財政諮問会議の試算の問題性を告発する記事があるので紹介する。
私と同様「何を歳出削減し、何を増税するか」という視点に立っており、共感できる。

消費税増税に導く経財会議の試算 三つのからくり告発 (しんぶん赤旗 2007/10/22)より。

 日本共産党の小池晃政策委員長は二十一日、フジテレビ系番組「報道2001」に出演し、経済財政諮問会議(議長・福田康夫首相)に提出された試算について、“消費税増税は仕方がない”と国民をだます「三つのからくりがある」と告発しました。
(中略)
 小池氏が指摘した「からくり」の一つ目は、「歳出削減」といいながら、対象にしているのが社会保障費だけだということです。小池氏は「軍事費も公共事業費も、名目成長率(2―3%)で伸び続けるという計算になっている。この計算でいくと、二〇二五年には防衛費が八兆円を超えることになる。社会保障費のほかは一切、歳出見直しをしないというものだ」と批判しました。

 二つ目は、こうしてふくらませた増税分をすべて消費税でまかなう計算になっていることです。小池氏は「税は消費税だけではない。法人税、所得税、資産課税だってある」と告発し、能力に応じた負担を求めました。

 三つ目は、この試算が経済財政諮問会議の民間議員である日本経団連の御手洗冨士夫会長らが政府につくらせた数字だということです。

 小池氏は「消費税を20%まで増税し、法人税を下げよといっている人たちが、自分たちに都合のいいシナリオを出したもの。それに与党の増税派が勢いづいている。こんなキャンペーンは絶対に認められない」と述べました。
(中略)
 小池氏は「(今後)社会保障の給付費が増えるのは当たり前。日本の財政には、それを支える力がないのかという問題だ」と指摘。欧州ではすでに社会保障の給付がGDP(国内総生産)比で約30%なのに、日本では今回の試算でも二〇二五年で19%にすぎないことを示し、「社会保障は極めて貧しくし、消費税だけはヨーロッパ並みにするというものだ」と批判しました。


(補足 2007/10/23)

関東知事会が、国に消費税引き上げを求める緊急提案書を出すという (共同通信 2007/10/23 19:42)。政府とマスコミの「消費税増税キャンペーン」に、地方自治体までが加わるようだ。着々と包囲網が出来つつある。要注意が必要だ。
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by mahounofuefuki | 2007-10-21 13:29

靖国神社とは何なのか

《2007/10/23 改稿》
《2008/04/12 一部削除、改行》

 靖国神社は17日から20日まで、恒例の秋季例大祭を行った。
 18日の「当日祭」には全国から靖国関係者・支持者が参集し、天皇の「勅使」も例年どおりやって来た。そんな「当日祭」の日に、「みんなで靖国神社に参拝する国会議員の会」所属の議員67人が靖国神社を参拝した。
 当ブログではこれまで靖国問題について書いたことがなかったが、この機会に靖国神社の何が問題なのか私なりに整理し、私の靖国問題に対する立場を明示したい。

 現在、靖国問題と言えば、もっぱら「首相の公式参拝」の可否をめぐる議論になっている。
 戦争を直接体験し、身近に戦没者が大勢いた高齢者は、靖国問題をあくまで戦没者追悼のあり方をめぐる議論として捉えている場合が多いが、戦後生まれの人々の多くは、靖国問題を対外関係、特に韓国・中国との関係の文脈で語りたがる傾向が強い。
 その結果、「首相の参拝」に賛成する側は、韓国や中国に言われて参拝をやめるのは内政干渉だからという理由で参拝を支持し、反対する側は、韓国や中国との関係を良好にするためという理由で参拝を支持しない。

 しかし、靖国問題を外交問題として捉えると、逆説的な問題に突き当たる。
 つまり、もし韓国や中国が靖国参拝に何も言わなくなれば、対外関係を理由に参拝を支持した人々は、別に参拝を支持する理由はなくなる(正確には参拝して韓国や中国の人々が嫌がる姿を見て「日本人」としての自尊心を確認する楽しみが消える)。一方、参拝に反対する人々は、参拝しても韓国や中国との関係が悪化しなければ、参拝に反対する根拠を失う。
 要するに靖国問題を外交問題として考える限り、靖国神社の本質とは何なのか、あるいは日本に住む個々人にとって靖国神社とは何なのか、まったく見えてこないのである。
 やはり靖国問題はあくまでも戦没者追悼の問題として、ひいては戦争の歴史に対する認識の問題として捉えるべきなのである。

 対外関係というファクターを取り除き、「一般の日本人」にとって靖国神社とは何なのかを考察すると、4つの要点にまとめることができる。

 第1に、靖国神社は「天皇のために戦争で死んだ人々」を「顕彰」する施設である
 靖国神社は原則として日本軍の軍人・軍属の戦死者・戦傷病死者を祀る神社である。外国人(日本軍の軍人・軍属だった旧植民地出身者を除く)や民間人は祀られていない。その基準は「天皇のために戦ったかどうか」である。たとえば戊辰戦争の場合、政府軍の戦没者は靖国神社の祭神になっているが、旧幕府軍の戦没者は今も含まれていない。あるいは軍人でも、たとえば敵前逃亡など軍法に違反して処分された人は含まれない。
 そして靖国神社の特色は、合祀した祭神を「天皇のために死んだ忠臣」として誉め称えるところにある。「天皇を護るためによくぞ死んでくれた」「天皇のために死んでくれてありがとう」という立場なのである。間違っても、国家が彼らを犬死させたという認識はない。

 第2に、靖国神社は日本の戦争をすべて「正しい戦争」と認識している
 靖国神社の戦争観は、究極のところ「天皇の名で行われた行為」は絶対に正しい、天皇の命令は無謬であるということを前提にしている。
 たとえば日露戦争を正当化するステロタイプな論理は、「朝鮮半島をロシアが領有すれば日本の安全保障が危うくなるから開戦せざるをえなかった」とか、「当時の韓国(大韓帝国)は自力で独立を維持する力がなかったから日本が近代化してやった」といったものである。靖国神社もそうした論理を支持してはいるが、それらの論理はあくまで「補強材料」にすぎず、究極的には戦争を正当化する論理がまったく無くても、「天皇に間違いはない」という価値観であらゆる言説を超越してしまうのである。
 靖国の立場に立てば「天皇をいただく特別な国」である日本の戦争は侵略戦争でありえず、日本が何をやっても正当化してしまうのである。

 第3に、靖国神社は神道の宗教施設である
 靖国神社は現在、宗教法人である。大日本帝国下では、国家神道はすべての宗教を超越した「国家の祭祀」であったが、戦後の神社神道はたくさんある宗教の中の1つにすぎない。戦前の靖国神社は特に軍が管理し、軍人が宮司を務める軍事施設という性格を有していたが、現在は単なる宗教団体である。
 占領期に、靖国神社を非宗教化することで「国家の戦没者追悼施設」として存続する動きがあったが、靖国側は「国営施設」であることよりも「宗教施設」であることを選んだ。つまり、靖国神社は国家の保護を失ってでも、宗教性を維持することに固執したのである。
 ただし、一法人になったはずの靖国神社だが、実態は戦後も政府がさまざまな便宜を図っている。1956年に厚生省は引揚援護局長名で「靖国神社合祀事務に対する協力について」という通牒を発し、戦没者の身上事項の調査や遺族への合祀通知を国の負担で行うことを指示しており、以来現在まで続いている (赤澤史朗 『靖国神社』 岩波書店、2005年)。政府の靖国神社への協力行為は、軍人恩給事務とリンクしており、依然として靖国神社が実質的には国家の影響下にあることを示している。

 第4に、靖国神社は戦没者ではない戦犯を「昭和殉難者」として合祀している
 第1の要点として靖国神社は戦死者・戦傷病死者だけを祀っていると述べたが、例外は東京裁判をはじめとする戦犯裁判の戦犯たちである。特に東京裁判のA級戦犯は「昭和殉難者」として、1978年に合祀された。言うまでもなく、戦犯は刑死者や獄死者であって戦死者ではない。それにもかかわらず戦犯の死を「戦死」と扱うのは、靖国神社が東京裁判を不当なものと認識し、裁判の結果としての処刑を、戦場での「敵」による殺害と同等に考えているからである。
 日本政府は、サンフランシスコ講和条約で東京裁判の判決を受諾している。正確には判決を受諾することが講和の条件だったのだが、いずれにせよ日本政府は公式には東京裁判の正当性を否定していない。しかし、一方で東京裁判を「勝者の裁き」とし、日本の戦争犯罪を否定して正当化する言説が、終始日本政府を構成するエリートたちから発せられている。いわばホンネとタテマエの使い分けが、戦犯を「殉難者」として美化する力学を形成しているのである。

 以上の4点を踏まえて、靖国問題について私見を述べると、次の通りである。

 第1に、さまざまな戦没者の中で、軍人・軍属の戦死者だけを特権化し、民間人の戦没者を軽視するのは、戦没者の中に差別を持ち込む行為であり、極めていびつである。しかも国家の不当な政策の責任を無視して、戦死を顕彰するなど、死者への冒涜でしかない。国家が言うべき言葉は「死んでくれてありがとう」ではなく、「くだらない国策のために死なせてしまって申しわけありません」である

 第2に、日本の戦争に限らず、あらゆる戦争はすべて害悪である。民衆にとって、侵略戦争だろうと自衛戦争だろうと、戦争は戦争である。ましてや近代の日本の戦争は、すべて他国の領土に侵攻した侵略戦争である。その一点だけで戦争の不当性の証明は十分である。

 第3に、憲法は政教分離を定めており、国家が特定の宗教を保護してはならない。政府が特定の宗教のために国費を支出することは、信教の自由を侵害している。自分が信仰していない宗教に税金が使われるのを許すことはできない

 第4に、東京裁判は「勝者の裁き」で正当性に疑念があるが、それが事実としての戦争犯罪を否定するものではない。裁判が不当だから戦争犯罪もないことにはならない。A級戦犯の多くは日本の主権者の立場からも戦争犯罪人であり、東京裁判の本当の不当性は、戦争犯罪の追及が極めて不十分で、多くの戦犯に列すべき犯罪者を野に放ったことである

 要するに、靖国神社は普遍的な戦没者追悼施設には絶対になりえない
 A級戦犯を分祀しようが、首相が参拝を中止しようが、韓国や中国が靖国参拝に何も言わなくなろうが、日本の主権者として靖国神社の現在のあり方を決して認めることはできない。
 靖国問題の解決には、すべての戦没者を追悼して平和を祈願する無宗教の公共施設の建設が必要である。同時に政府は靖国神社への協力・支援を一切中止しなければならない。宗教法人法を厳密に適用し、宗教団体としての活動を逸脱する場合には厳重な処罰が必要であることは言うまでもない。

【関連リンク】
JanJan 靖国参拝問題リンク集
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by mahounofuefuki | 2007-10-19 21:21

今枝仁弁護士の解任について

光市母子殺害事件の被告弁護団の1人である今枝仁弁護士が解任された。
弁護方針をめぐる対立が原因と報じられているが、当ブログでこれまで何度も言っているように、私は事件そのものにはあまり関心がないので、弁護方針について特にコメントすることはない。
解任に至る経過は、今枝氏自身のブログ「弁護士・未熟な人間・今枝仁」や「元検弁護士のつぶやき」や「弁護士のため息」が詳しいので参照していただきたい。

私から言えるのは、今枝氏は世論を気にしすぎた、ということだけである。
最高裁の弁論欠席について釈明が必要であるとか、法医学的見地に偏りすぎであるといった今枝氏の主張は、要するにマスコミ報道による世論の誤解を解こうという意図から発していると思われる。

しかし、私に言わせれば、そんな努力はまったく無駄である。この国では権力やマスメディアが「公認の敵」として認定した者には、どんな些細なことでも攻撃する。中途半端な小細工は火に油を注ぐようなものである。
むしろ「世間」なるものに余計な「弁明」などせず、毅然と堂々と行動した方がいい。人々は光市事件に憤っているように見えて、その実「安心して攻撃できる絶対悪」をいじめることを楽しんでいるだけなので、余計な「弁明」はかえって弱みになり、いじめの対象となる。

弁護団の内部の議論を外部に漏らして、マスメディアが曲解した報道をする隙を見せてしまったのは、たしかに今枝氏の非である。
しかし、仮に今回の事がなくても世論の風向きが変わるとも思えないので、今枝氏が深く悩むこともないだろう。
橋下徹弁護士による懲戒請求扇動問題の原告としての活動は続くだろうから、これからも私は微力ながら応援したい。

【関連記事】
マスメディアの偏向報道
橋下発言はツッコミどころ満載
無題
大衆の「狂気」
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by mahounofuefuki | 2007-10-18 13:49

新テロ特措法案

政府は17日、新テロ特措法案(正式名称「テロ対策海上阻止活動に対する補給支援活動の実施に関する特別措置法案」)を閣議決定し、衆議院に提出した。
衆議院のホームページにはまだ議案本文は掲載されていないので、正確なところは不明だが、各新聞報道によれば、現行のテロ特措法との主な相違点は次の通り。

①現行法の自衛隊の活動内容から「協力支援活動」「捜索救助活動」「被災者救援活動」を削除し、新法案ではインド洋での「海上阻止活動」に参加する各国の艦船への給油・給水活動のみを活動内容としている。
②現行法では活動開始から20日以内に国会の事後承認を必要とする規定があるが、新法案では削除された。
③新法案では特措法の有効期間は施行後1年である。

給油・給水を何よりも優先しているところに、現在の自衛隊の活動の本質が表れている。
要するにアメリカなどから捜索や救援といった人的支援はさして期待されておらず、気前よくタダで燃料と水をもらえることしか期待されていないのである。こんなものに多額の税金を投入するメリットなど一般の人々にはない。
しかも国会の事後承認規定を削除したのは、野党が参議院を握る状況に対応した露骨な国会軽視であり、とうてい容認できない。

政府が新テロ特措法案を用意する一方で、現行法が11月1日で期限切れになるため、インド洋の海上自衛隊は撤退準備に入るようだ。以下、読売新聞(2007/10/18 03:01)より。

 政府は17日、テロ対策特別措置法に基づき、インド洋で給油活動をしている海上自衛隊の艦船を同法が期限切れとなる11月1日の翌2日から撤収させる方針を決めた。
 現在、インド洋で活動に従事している補給艦「ときわ」と護衛艦「きりさめ」は、10月27日に最後の給油を行い、約3週間かけて帰国する。
 政府は当初、撤収後も、早期に活動を再開させる観点から、他国艦船との交流や演習などの名目で海自艦船を周辺海域にとどめることも検討した。だが、17日に閣議決定した新テロ対策特別措置法案の成立のメドが立っていないことから、撤収と帰国はやむを得ないと判断した。
 政府は撤収方針を決めたことを受け、これまで燃料を提供した実績のある米、英、パキスタンなど11か国に対し、各国駐在大使など外交ルートを通じて、一時撤収と早期の新法案成立を目指す方針について説明する。
この撤退を「一時撤収」にしてはならない。あくまでも全面撤退でなければならない。


(追記 2007/10/30)

議案が衆議院のHPにアップされていたので、リンクを張っておく。
第一六八回 閣第六号 テロ対策海上阻止活動に対する補給支援活動の実施に関する特別措置法案
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by mahounofuefuki | 2007-10-18 11:23

憲法第99条違反

マスゾエといいナカタニといい、国会議員としての品性を疑う暴言が多い昨今だが、今度は自民党の中山太郎衆院議員がトンデモ発言である。
以下、毎日新聞(2007/10/17 18:17)より。

 中山太郎元外相は17日、国会内で講演し、野党の反対で衆参両院の憲法審査会が開かれない状態について「法律(国民投票法)通りに施行するのが立法府の役割だが違法行為が行われている」と野党の対応を批判した。
 同審査会は国民投票法に基づき8月の臨時国会で衆参両院に設置されたが、野党の反対で委員定数や議事手続きなどを定める「憲法審査会規程」が制定されず、開けない状態が続いている。
中山氏は長らく自民党の憲法調査会長を務め、改憲論をリードしている人物である。
彼は、安倍政権が強行採決して成立させた憲法改定のための国民投票法により、国会に設置された憲法審査会が、現在開かれていない状況を「違法行為」だと言うのである。

この発言に対して、私は次のように返答する。
国民投票法と憲法審査会は日本国憲法第99条違反である

憲法第99条は次の通り。

天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を擁護し尊重する義務を負う。
国会議員である中山氏は当然、この条項に従い憲法を擁護し、尊重する義務がある。しかし、実際は擁護も尊重もせず、憲法の改定を主張している。
国民投票法は十分な審議もなく、安倍政権が強行採決によって成立させた違憲立法である。それに基づいて設定された憲法審査会も存在自体が違憲である。野党が開会を阻止するのはむしろ当然の行動である。
しかも、先の参院選では安倍政権の「改憲路線」が否定されたのである。
憲法審査会を開くどころか、国民投票法の廃止こそ必要なのだ。

国会議員がこうも憲法をないがしろにし、憲法が権力の行使を制限するためのものであることを無視しているのは、立憲主義と主権在民の否定である。
中山発言を決して許すことはできない。
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by mahounofuefuki | 2007-10-17 21:51

さらば、ファミコン

任天堂が「ファミコン」などのゲーム機の修理受付を今月いっぱいで終了するという。
以下、毎日新聞のまんたんウェブ(2007/10/17)より。

 任天堂は10月31日、「ファミコン」の名で親しまれた「ファミリーコンピュータ」などの家庭用ゲーム機の修理サービスを終了する。部品調達が困難になったため。
 対象は、「スーパーファミコン」「ニンテンドウ64」の家庭用ゲーム機、「ゲームボーイライト」「ゲームボーイポケット」の携帯ゲーム機、ファミコンの付属機器「ディスクシステム」の計6種類。ファミコンなどは03年に生産自体を中止した後も、部品を確保して修理を受け付けていたが、いずれも部品調達が難しくなったという。同社は83年の発売からゲーム機の修理サービスを20年以上受け付けてきた。
何よりも驚いたのは、4年前までファミコンを生産していたということと、現在までサポートが続いていたということである(IT業界は見習ってほしい)。
ファミコンの発売開始は1983年だから、20年間も生産を続けていたことになる。私はまったく知らなかった。

ファミコンは日本で最初の「国民的」ゲーム機である。一家に1台というくらい普及し、子どものライフスタイルを大きく変えた。つまり、子どもの遊びの「インドア化」と「個別化」である。屋外で遊ぶ必要がなくなり、しかも1人で遊ぶことが可能になったのである。
その結果、社会性が身に付かなくなったり、体力が低下したり、感受性が鈍くなったり、ほかにも問題も多かったが、一方で、今日のIT時代を担う前提条件を作り出したことを忘れてはいけない。良し悪しに関わらず、ファミコンが今日の社会に与えた影響は非常に大きい。

ファミコンはちょうど私が小学校に入学した年に発売されたので、まさにリアルタイムで実際のユーザーとして家庭用ゲーム機の変化を体験できた。私たちの世代は一般に「ファミコン」→「スーパーファミコン」→「プレイステーション」→携帯ゲームという変遷を経験しているが、この20年あまりのゲーム機の「進化」を考えると、現在は本当に隔世の感がある。
最近のゲームは映像こそ綺麗になったが、面白くなくなったという声もよく聞く。ファミコンのソフトのシンプルさはもっと見直されるべきなのだろう。

さらば、ファミコン。
ちなみにファミコンソフトのマイベストは「ドラゴンクエストⅢ」でした(ありがち)。
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by mahounofuefuki | 2007-10-17 20:33

マスメディアの偏向報道

「2ちゃんねる」で弁護士の橋下徹氏とその家族に対する「殺害予告」の書き込みがあり、橋下氏は刑事告発したという。
橋下氏のブログ(橋下徹のLawyer’s EYE)によれば、この書き込みについて日弁連に通報があり、過去ログを調べたところ「ほぼ100%イタズラであることが判明」したという。しかし、「当法律事務所、マネジメント会社、警察との協議により」橋下氏や家族の立場を考えて告発に踏み切ったという。

匿名で不特定多数に対し「殺害」を予告するというのは、いたずらにしても悪質である。
私は当ブログで何度も橋下氏の姿勢を批判してきたし、今も彼の資質や行動に強い疑問をもっているが、だからと言ってこうした卑劣な方法で橋下氏を攻撃することは、私としても決して許すことができない
ただ「ほぼ100%イタズラ」とわかっている(=実際に危害が加えられる可能性がない)にもかかわらず、刑事告発というのは「行き過ぎ」ではないかという思いもある。とはいえ告発自体は正当であるから、私からこれ以上とやかく言うこともない。

私が問題にしたいのは、マスメディアの報道のあり方である。
今年5月、日弁連に対し、光市母子殺害事件について「その元少年を死刑に出来ぬのなら、まずは、元少年を助けようとする弁護士たちから処刑する!」「裁判で裁けないなら、武力で裁く!」「最悪の場合は最高裁判所長官並び裁判官を射殺する!」などと記した脅迫状と銃弾(模造)が送られた。
また7月には、朝日・読売両新聞社にも光市事件の被告弁護団に対する脅迫状が送られた。
さらに9月には、被告弁護団に加わる村上満宏弁護士の事務所のネームプレートに傷が付けられる嫌がらせがあった。
これらの脅迫事件はいまだ解決していないが、問題なのは新聞やテレビが一向に大きく報道しないことである。ネット上でも特に怒りの声はなく、むしろ「やられて当然」という声すらあった。

一方、今回の橋下氏に対するいたずら事件は、テレビが比較的大きく取り上げ、ネット上でも話題になっている。この差は何なのか?
単なるいたずらで、実際に生命の危険性にさらされたわけでもない橋下氏の事件は喧伝されるのに、模造銃弾を送るほど殺意を明示している者に狙われている弁護団の事件は黙殺されるのは、あまりにも不公正だ。
たとえどんなに意見が違い、気に入らないからと言って、言論に対する脅迫に明確な抗議の声を上げないのは、言論人・言論機関として自殺行為である。沈黙を守ることは脅迫を肯定したのも同然である。

今回改めてマスメディアの報道の偏りに強い怒りを覚えた。
誰であろうと言論に対する暴力は絶対に容認できないことをはっきり認識してほしい。
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by mahounofuefuki | 2007-10-16 20:40

企業による「殺人」

上司の暴言に耐えかねて2003年に自殺した日研化学(現・興和創薬)の30代の男性社員に労災を認定するよう妻が求めた訴訟で、東京地裁は暴言と自殺の因果関係を認め、労災給付金の不支給処分を取り消す判決を下した。

新聞各社の報道を総合すると、自殺した男性社員は日研化学名古屋支店静岡営業所で医療情報担当者として勤務し、沼津地方の病院への営業を担当していたが、2002年4月に営業成績向上のために送り込まれた係長が、同年秋頃から厳しい暴言を繰り返したため、男性社員はうつ病を発症し、2003年3月に首つり自殺した。死後、残された妻は労災を申請したが、静岡労働基準監督署は労災を認めず、給付金の不支給処分を下していた。

自殺した男性の遺書は次の通り(毎日新聞 2007/10/15 20:27)。

 悩みましたが、自殺という結果を選びました。仕事の上で悩んでいました。入社して13年程になりましたが、係長に教えてもらうには手遅れで、雑談すら無くなりもうどうにもならなくなっていました。恥ずかしながら最後には「存在が目障りだ、居るだけでみんなが迷惑している、御願いだから消えてくれ!」とか「車のガソリン代ももったいない」「何処へ飛ばされようと俺が仕事しない奴だと言いふらしたる!」等、言われてしまいました。情けなくてどうしていいものかわからなくなり、元気もなくなり自分の欠点ばかり考えてしまい、そんな自分が大嫌いになってしまいました。先月からふと「死にたい」と感じ、家族の事や「このまま終わるか!」と考えると「見返してやる」思っていたのですが、突破口も無く係長とはどんどん話が出来る環境になりませんでした。しかし、自分の努力とやる気が足りないのだと、痛切に感じました。係長には「お前は会社をクイモノにしている、給料泥棒!」と言われました。このままだと本当にみんなに迷惑かけっぱなしになってしまいます。
 転職等、選択肢もあるし家族の事を考えると大馬鹿者ですが、もう自分自身気力がなくなりどうにもなりませんでした。
判決によれば、この係長は遺書に記された暴言のほか、「お前は会社を食い物にしている。給料泥棒だ」(朝日新聞 2007/10/15 19:57)とか「対人恐怖症やろ」(共同通信 2007/10/15 19:30)などとも発言していたという。判決はさらに「係長の態度には男性への嫌悪の感情があった」「男性の立場を配慮せずに大声で傍若無人に発言していた」とも指摘している(読売新聞 2007/10/15 22:15)。ヤクザ風の関西弁で大声で怒鳴り散らす姿が目に浮かぶ。

労働者の人間性を奪う企業社会にあって、中でも営業職は最も厳しい状況に置かれている。成果が売り上げという具体的な数字として現れるため、ノルマを課しやすく、競争を強要しやすいからだ。
この会社の場合も営業成績の悪い営業所に「敏腕」の管理職を送り込み、ノルマを徹底し、社員間の競争を煽ったのは間違いない。成果主義と競争原理が支配する職場において、成果の上がらないものを暴力的に攻撃するのは、他の社員への威嚇と見せしめのためである。さらにスケープゴートを用意することで、社員の不満をガス抜きする「効果」もある。スケープゴートにされた方はたまったものではない。
現代の企業はもはや人間らしさのかけらもない殺伐とした「ジャングル」なのだ。

成果主義・能力主義は成果や能力の上下を「自己責任」に転嫁する。
実際は単にその企業の商品に魅力がなかったり、市場の需給バランスが供給過剰だったり、営業の努力ではどうにもならない要因で成果が出なくても、個々の社員の責任にされる。
問題なのは、企業という狭い世界しか知らず、企業が与える成果主義以外の価値意識に触れる機会がない労働者は、この「自己責任」を全面的に受け入れ、うまくいかないと自分を責めてしまうことだ。
自殺した男性も遺書で、「自分の努力とやる気が足りないのだと、痛切に感じました」と自分を責め、会社を責める言葉はない。「自己責任」思想にどっぷりと洗脳されていたことがわかる。

この自殺は「自殺」ではなく、企業による「殺人」である。
そして氷山の一角にすぎない。今回の件は残された妻が泣き寝入りせず、立ち上がったからこそ明るみに出たのであって、実際は企業からのわずかな「見舞金」で口を封じられたり、遺書も何もなくて闇に葬られている事例の方が圧倒的に多い。
葬られた事件を発掘し告発するのが、残された私たちの責務なのだろう。
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by mahounofuefuki | 2007-10-16 13:04