<   2007年 09月 ( 40 )   > この月の画像一覧

最後の最後まで「坊や」だった

安倍晋三首相が突如辞意を表明した。
先の参院選で主権者の審判が下った以上、選挙後すみやかに内閣総辞職するべきだったのに、民意を無視して政権に居座り続けたあげく、国会を召集しておきながら、所信表明だけやって投げ出しとは、無責任極まりない。
憲政史上、類例のない暴挙であり、国会を軽視しているとしか思えない。
辞任の理由も、民主党の小沢一郎代表に会談を断られたから、と最後まで他人に責任転嫁するという傍若無人ぶりだ。自分の思い通りにならないから辞める、という姿勢は幼稚極まりなく、結局のところ、アベは最後の最後まで「坊や」であった

アベ失脚はもちろん嬉しい。
ただ、アベを突然の辞任に追い込んだ本当の引き金は何なのかを考えると、喜んでばかりもいられない。わずか2日前には国会で、あくまでも政権を継続することを強弁していたのが、なぜ突然辞めることになったのか。
アベは辞意表明の記者会見で、しきりに自衛隊によるインド洋での給油活動延長の必要性を強調していた。アベは数日前には給油の延長に「職を賭す」とまで言っていた。
つまり、アベの頭の中は給油問題でいっぱいだったのである。辞任を決断せざるをえなかったのは、もはや自分では給油継続法案を通すことが難しいと判断したからにほかならない。

しかし、それは自信過剰な「坊や」であるアベの判断ではないだろう。
ここで気になるのは、アメリカのシーファー駐日大使の動きである。
大使は今日午前、首相官邸を訪れ、与謝野馨内閣官房長官に対し、給油問題は「超党派的な問題であって、党派的な争いとならないことを希望」したという(時事通信)。要するにアメリカ政府は、自衛隊の給油継続のためには、与党と民主党の妥協が必要であると考えているのだ。

あえて忖度すれば、アメリカ政府は、アベでは民主党から妥協を引き出すのは難しいと判断したのではないか。もしかすると、昨日から今朝にかけて、アメリカ側からアベに「引導」を渡す何らかの動きがあったのかもしれない
アメリカに「見限られた」結果、アベは茫然自失し、かねてからのストレス(生まれた時からイエスマンに囲まれ甘やかされた「坊や」が、参院選後は自分の思い通りにならなくなったため)が加わって、「逃げ出した」というのが真相だろう。

いずれにせよ、今後、自民党は新総裁を選出し、新内閣が発足することになる。
ここまで政局を混乱させた以上、新内閣はすみやかに衆議院を解散し、主権者の審判を仰ぐべきである。野党は解散を目指して、あらゆる手を打ってほしい。
[PR]
by mahounofuefuki | 2007-09-12 15:39

何が「家族だんらん」だ!

舛添要一厚生労働大臣が、「ホワイトカラー・エグゼンプション」法案を、「家族だんらん法案」に改称するよう指示したという。
この1件だけでも、彼が「民衆の味方」でありえないことは、はっきりしただろう。

「ホワイトカラー・エグゼンプション」とは、要するにホワイトカラーの残業代不払いを合法化する法である。
今でも「サービス残業」という不可解な言葉で正当化している「ただ働き」を、完全に合法にし、労働者の奴隷化を推し進める、支配階級の要求に沿った政策である。

これを「残業代がなくなる」→「残業をしない」→「家族だんらん」という安直な発想で、「家族だんらん法案」にしてしまうとは、法案の本質を隠蔽するための小細工でしかない。
残業をするかしないかの決定権など、今やほとんどの労働者にない。残業しなければとてもこなせないほど大量の仕事を企業が与えている上、能力主義・成果主義の導入で労働者自体が「自発的に」残業をするよう仕向けられている。残業してでも成果を挙げなければ、会社に残れないからだ。
つまり、労働環境が現状のままでは、労働者が「家族だんらん」のために、残業をやめることなどありえないのだ

もし「家族だんらん」を可能にしたかったら、小泉政権下で経営者側に有利なように緩められた労働法制を強化することだ。
労働時間を厳密に定め、残業を一切禁止し、違反した企業の経営者を厳罰に処すような法改正でも行わない限り、労働者の人間性回復はありえない。
自民党政権にはとうていできないことだ。

薬害被害者の声に耳をかたむけず、年金問題を社会保険庁職員の着服問題に矮小化し、ついには労働者に過労を強要する。舛添氏とは、そういう男なのである。
これを機に、テレビに操作されず、彼の真実の姿をきちんと直視してほしい。
[PR]
by mahounofuefuki | 2007-09-11 23:19

年金消失 「5兆円」と「1億円」の差

どうもこのところ、社会保険庁の職員による年金保険料の横領・着服に関する報道が急に増えている。
マスメディアが国家の犯罪を暴くのは、主権者として本来歓迎すべきことであるが、ことが年金問題であるだけに、何か裏があるのではないかと、天の邪鬼な私は思っていた。
そうしたら、田中良太さんのホームページで、「年金情報の虚実」という記事に出会った。
長文だが重要な指摘なので一部引用する。

(前略)一九六二年の発足以来、職員による年金保険料や給付などの横領が判明したケースが五〇件あり、横領金額は一億四一九七万円だった。市区町村職員の国民年金保険料の横領は四九件、二億〇〇七七万円。合計九九件、三億四二四七万円に達したという数字だ。
これをうけて四日の閣議後会見で舛添要一厚労省が「横領したような連中はきちんと牢屋(ろうや)に入ってもらいます。今からでも刑事告発してやろうかと思ってる」と怒ってみせた。五日朝刊では社説のテーマとした新聞も多い。
 さてどうなっているのか? 市区町村分については朝日新聞がすぐに調査報道した(六日朝刊)。それによるとじっさいの件数は五〇件で、告発されたのは九件だけ。しかし職員を処分したのは三八件。退職金が支給されない懲戒免職は二五件。ほかの処分は、退職金が基本的には支給される諭旨免職が二件、一~六カ月の停職が七件、減給三件、降格一件。横領した職員が今でも在職しているケースはなかったという。
横領職員を処分しなかった自治体の多くは理由として「全額弁済した」などを挙げたという。全額弁済し、告発はもちろん処分も免れた。そこまでは「勝利」だったとしても、その後、周囲の目は厳しく、職場に居づらくなって退職したのだろう。「牢屋に入って」いないのは事実だが、職場を去るという「社会的制裁」は受けているわけだ。とくに懲戒免職が二五件と五〇%に達するのは、注目すべき数字だろう。
一九九八年四月、大蔵省は「接待汚職」事件を受けて職員一一二人を処分した。そのうち国家公務員法上の懲戒処分は三二人だけ。残り八〇人は「口頭注意」程度だった。局長級の二人は処分発表の日に辞表を出させ、依願退職させた。しかし処分としては停職と減給で、諭旨退職にもしなかった。その甘さと比較すると、懲戒免職二五人の厳しさが分かる。
「年金横領はドロボーと同じ。接待を受けるのとは違う」という主張もあるだろうが、接待汚職事件では検察が「接待も賄賂」と認定したのである。窃盗犯人と、賄賂を受け取る役人のどちらを憎むべきか? こういう比較論に正解はない。しかしドロボーだけ「許せない。牢屋に入れ」と怒るのは偏見にすぎない。
年金問題の論議が盛り上がるはずだったのが、九五年の通常国会。民主党など野党は「年金国会だ」と意気込んでいた。この年、年頭から、厚生官僚がつくり出した年金財政の巨額損失問題がメディアで指摘され続けた。年金福祉事業団・年金資金運用基金などによって、大規模保養施設・グリーンピアを全国一三カ所につくるなど、やりたい放題の無駄遣いをした。その時点で徴収ずみの厚生年金・国民年金の保険料総額は約三七〇兆円だが、うち約五兆六千億円は年金の給付以外に使われた。かなりの部分は、天下り官僚の給料・退職金だった……。
しかし「年金国会」は、「未納国会」に化けてしまった。大臣や有力国会議員が、国民年金を支払うべきときに収めていない、という問題がつぎつぎ露呈したのである。個々の政治家の国民年金納付状況を完ぺきに把握しているのは社会保険庁のコンピューターシステムだけ。そのデータの一部が新聞・週刊誌などにリークされ、記事化されたという経過だった。
このダーティーな手段によって厚生官僚は平然と生き延び、年金無駄遣い問題が本格論議されることはなかった。この経過を思い起こすなら、今回の「市町村職員による横領」問題もまた、年金問題の焦点をぼかすための意図的な情報操作だったはずだ。それを記事にするところまではやむを得ないが、社説やコラムでは、その情報の裏を読むレベルまでやってほしい。とくに地方公務員の横領の被害額一億四千余万円(その大半は弁済されている)と、厚生官僚が天下りポスト確保のための無駄遣い五兆六千億円の金額比較はやってほしかった。(後略)


言われてみればもっともである。
無駄使い5兆6000億円と、着服1億4000万円では、ケタがまったく違う
合法か違法かの違いはあるが、年金保険料が本来の用途に使われなかったという点では両者は同じである。着服だけが問題になり、無駄遣いが問題にならないのは明らかにおかしい。
大きな犯罪を隠すために、小さな犯罪を意図的にリークする。権力の常とう手段だ。

現在のところ年金問題は、社会保険庁の民営化議論に矮小化している。
社会保険庁が、いつも私が言うところの「権力が用意した公認の敵」として、大衆の敵意を集めている。
果たして民営化で本当に解決するのか。この問題はまだ準備不足なので、別の機会に論じたいと思うが、今は横領・着服問題の報道は、厚生官僚による情報操作の可能性がある、とだけ指摘しておこう。
[PR]
by mahounofuefuki | 2007-09-11 01:05

薬害C型肝炎

薬害C型肝炎訴訟の原告団が、全面解決を求めて、厚生労働省前で座り込みの抗議行動をしている。
原告団は今年3月にも、和解を拒否した厚労省に抗議して座り込みを行い、要望書を政府に受け取らせた。6月には首相官邸前で示威行動を行い、当時の塩崎内閣官房長官との会談も行われた。
しかし、政府の姿勢は全く変わらず、依然として具体的な救済措置を行わないため、今回の再行動となった。

薬害C型肝炎は、出産時の止血剤として用いられた血液製剤に、C型肝炎ウィルスが混入していたため引き起こされた病気である。
医療行為によって知らずに感染させられた患者の苦衷は察して余りある。
2002年以降、東京・大阪・福岡・名古屋・仙台各地裁で、相次いで被害者が血液製剤を製造した製薬会社と、認可した国を提訴した。仙台地裁を除く4裁判所は、いずれも国と製薬会社の責任を認め、賠償を命ずる判決を下した。

先の内閣改造で、鳴り物入りで入閣した舛添要一厚労大臣は、今やマスメディアの力で大衆の人気も高いが、果たしてどう出るか。
彼が薬害HIV訴訟の時の菅直人氏や、ハンセン病訴訟の時の坂口力氏のような決断ができるか、舛添氏の「本当の力量」はこの問題で明らかになるだろう。

薬害C型肝炎の詳細については、以下を参照。
薬害肝炎訴訟全国弁護団
血液凝固異常についての私的ページ
[PR]
by mahounofuefuki | 2007-09-10 16:25

残したパンを持ち帰らない子ども

学校を卒業して大人になってしまうと、学校教育に関係した職業に就いているか、学齢期の子どもでもいない限り、最近の学校内の事情などわからない。
最近の子どもは、残した給食のパンを持って帰らないのが普通だという。
全然知らなかった。私たちの世代には考えられないことだ。

「衛生上よろしくない」という理由が不可解だ。
学校給食のパンは当日製造である。常温で保管していても、数日以内なら問題なく食べられる。こう言っては何だが、偽装表示が横行し、添加物だらけの市販の製品よりは、よっぽど信用できる。まったくもったいない話だ。

おそらく次のような経過をたどっているのではないか。
高級なパンしか食べない富裕層の子どもが、給食のパンなど食べられないと残す。帰宅しても食べないのだから持って帰らない。もしかすると親は庶民の食べる安物など「衛生上よろしくない」と言っているかもしれない。教室内でステータスの高い子どもがパンを持って帰らないことで、「パンを持って帰らない」という行為そのものが「イケてる」行為となる。それが「パンを持って帰る」ことが恰好の悪いものとなり、さらには「汚い」ものになったのではないか(卑屈者の考えすぎかもしれないが)。

学校側が保護者からの訴訟を恐れているのも情けない。
正しいことは堂々と主張するべきなのだ。委縮すればするほど、学校や教員を、バッシングしても反撃できない「公認の敵」とみなす大衆がつけあがるだけだ。
実際に訴訟を起こせるのは、一般にカネのある階層だけなのだから、ここでも富裕層の傲慢が影を落としているのがわかる。

余ったパンを処分せず、私に分けてほしいくらいだ。
[PR]
by mahounofuefuki | 2007-09-10 16:12

「国民」より「アメリカ」

主権者の審判にも、どこ吹く風で、政権に居座るアベ首相が、なんと海自によるインド洋での米軍等への給油支援を継続できなければ、退陣するという。

「国民の意思」は無視するが、「アメリカとの約束」は職を賭す。この国の「主人」が誰なのか、如実にわかる発言だ。

言質は取った。野党は今国会でテロ特措法の延長に絶対反対し、給油活動を可能にするあらゆる立法を葬ることだ。
もうこの「祖父コンプレックス」のバカボンの顔など見たくもない。
[PR]
by mahounofuefuki | 2007-09-09 21:32

日本共産党の方針転換

日本共産党が、次の衆院選で小選挙区での候補擁立を大幅に絞り込む方針を固めた。
これまではほとんどの選挙区で、勝敗にかかわらず、政策を訴える機会を得るために、候補を擁立してきたが、ついに方針転換に追い込まれた。

現行の公職選挙法では、衆院選の場合、有効投票数の10%と割ると、供託金を没収される。これが党財政を圧迫していたのだろう。もともと供託金没収制度自体が、共産党を含む小党潰しのために作られたようなものなので、新手の弾圧に後退を余儀なくされたとも言える。

共産党が候補を擁立するせいで、反与党票が分散し、結果として自民党を利しているという批判は、これまでずいぶんあった。
先の参院選のさなかにも、北海道大学教授の山口二郎さんが、「共産党は左の公明党になれ」と、選挙区での候補擁立をやめて民主党と連携するよう唱え、物議をかもしたことがあった。個々の党員や支持者の中にも、実際の投票行動では民主党の候補に投票する人々がいた。

正直なところ、私は2大政党制を絶対不変の所与の条件とするこうした議論を不快に思っていた。

民主党と共産党の政策にはあまりにも隔たりが大きい。
前記の山口さんは、当面は「戦争をしない」「新自由主義反対」でまとまればいいと主張していたが、私はそんな口先の公約よりも、その党がどの階級・階層・社会集団に立脚しているかを無視できないと考えている。

民主党は企業からの政治献金を受けている。民主党を支持する連合は、公務員や大企業の正社員が中心の労働組合である。つまり基本的に「中産階級」以上の支持を当て込んでいる政党なのだ。民主党には自民党以上の市場原理主義者も軍国主義者もいる。
企業献金も政党助成金も受けず、市場原理主義どころか、本質的には資本主義を否定している共産党とは決定的に異なる。

いつになるかわからない次の衆院選で自公両党が過半数を割らない限り、少なくとも後3年は、衆参のねじれ状態が続く。
今後の経済状況や国際情勢によっては、政局の安定を求めて、財界が自民・民主の「大連立」に向けて圧力をかける可能性すらある。すでに読売新聞は「大連立」を盛んに高唱している。日和見の大衆世論が支持することもありえよう。
そうなった時、共産党が民主党のコバンザメになっていたら、完全な翼賛体制になってしまう。そうならないためにも、共産党にはあくまで独自の路線を貫いてほしい。

共産党が特に若い世代に敬遠されぎみなのは事実だ。
「難民世代」である私も、正直その主張は「きれいごと」すぎ、またある種の「楽天性」「前向き姿勢」に距離感を感じることもしばしばある。
「弱肉強食」を無自覚に受け入れ、権力に用意された「公認の敵」をバッシングすることで欝憤を晴らしているような大衆に、そんな「きれいごと」は通じない。彼らを「主権者」としての自覚を持った人間に変えられるかどうかが、今後共産党が生き残れるかどうかの分かれ目だろう。

今回の方針転換が、単なる戦術的後退に終わってはならない。
そのためには、私も少しはお手伝いします(笑)
[PR]
by mahounofuefuki | 2007-09-09 11:38

「ネットカフェ難民」排除の動き

日本複合カフェ協会が7日、記者会見を開き、「ネットカフェ難民」という言葉の使用を中止するよう求める声明を発表した。同協会はすでに、7月17日にも文書で同様の声明を発表していたが、一向に「改善」される気配がないため、改めて周知を図った格好だ。

日本社会では、これまで「不都合な事実」に直面すると、見て見ぬふりをするか、事実を矮小化するのが常であったが、「ネットカフェ難民」問題も同様らしい。

協会は7月17日の声明で、「そもそも、「難民」とは『戦禍・政難を避けて流浪する亡命者』(「広辞苑」より)と定義されているように、国際社会における深刻な人権問題として位置づけられています」と、「難民」の語義と「ネットカフェ難民」の実態の乖離を指摘しているが、「ネットカフェ難民」はまさしく「構造改革」「規制緩和」という「政難」によって発生したものであり、国家から見捨てられた人々、という点では「戦禍」をくぐり抜けた「難民」と同じである。「ネットカフェ難民」という語は、その実態を反映した適切な造語である。

協会は「お客様」は「難民ではない」と言いながら、他方「健全な複合カフェ市場の形成に努力」という言い方で、「ネットカフェ難民」を「不健全」とみなしてもいる。協会の詭弁は明らかであろう。

「ネットカフェ難民」に対しては、「もてる者」たちから、労働意欲が低い、能力が低いといった批判があるが、こうした批判は社会の厳しい現状に対する無知をさらけだしているようなものだ。
現在の日本では、経済的に自立でき、人間らしい社会生活を営める仕事は限られている。どうしても「狭き門」からあぶれる人々がいるのだ。資産がなく、家賃を払えるだけの収入がなく、住居を追われた人々にとって、ネットカフェしか雨露をしのげる場はないのである。

「努力が足りない」という非難もあるが、はじめから資産やコネをもっている人と、そうでない人との差は「努力」では埋められないほど大きい。まれに「成り上がる」人がいても、競争社会は「イス取りゲーム」である以上、その分、別の誰かがイスを失っているのである。

労働意欲を失くすのも、意欲がもてるような労働環境にないからだ。労働者が長時間労働と低賃金で喘ぐ一方、巨大企業家は政府の優遇政策によって、ますます儲けを増やし、それを下で支えている労働者に還元しないのでは、意欲など持てない人々が続出するのも当然だ。特に非正規雇用ではキャリアアップも昇給もない場合が多く、失業に怯えながら明日なき今日を奴隷のように生きている。意欲など持てないよう仕向けておきながら、意欲を持てと言うのは矛盾している。

一連のネットカフェ業界の動きではっきりしてきたのは、業界が「ネットカフェ難民」を排除する方向に踏み出したことである。

ネットカフェは、「自立生活サポートセンター・もやい」の湯浅誠さんが言うところの「貧困ビジネス」として、これまでさんざん「ネットカフェ難民」からの売り上げで儲けておきながら、イメージの悪化が商売に影響するようになると、手のひらを返すように「健全化」に踏み出した。身勝手な話だが、ネットカフェすら追われた「難民」はホームレス=路上生活者になるしかない。

ホームレスに待っているのは、行政による排除と大衆の冷めた視線である。現代の「弱肉強食」社会は、「弱者」を自殺か餓死に追い込もうとしている。強欲な「強者」にとってはまさにそれこそ願ってもない結末だ。自分の手を汚さずに邪魔な「弱者」を抹殺できるのだから。

当面早急に必要なのは、賃貸アパートの高すぎる敷金・礼金をどうにかすることだ。
「ネットカフェ難民」には入居したくとも、まとまったカネを用意できない。行政による援助(無利子の貸付など)を拡充する必要があろう。政府は、財政難を理由に社会保障費を出し渋っているが、こうしたことにはどんどん支出するべきだ。税金も払えないような人々が増えることは、政府にとっても得策ではないだろう。
[PR]
by mahounofuefuki | 2007-09-08 12:18

メディアが映す皇室の姿

秋篠宮家の悠仁親王が、6日、満1歳の誕生日を迎えた。
日本では依然として皇室に対するタブーが続いており、言論の自由はまったくない。ゆえにメディアの皇室報道は翼賛一色なのだが、それでも最近の報道はある種の傾向がある。
悠仁親王の誕生以来、秋篠宮夫妻のメディアへの露出が増え、その評価もウナギ登りであるのに対し、皇太子一家に関する報道は、雅子妃の病気についてがもっぱらで、それ以外も「皇太子の孤立」やら愛子内親王の「教育問題」やら、なんとなく「暗い」話が多い。雅子妃に対する内外からのバッシングも続いている。

メディアが伝える2人の妃の姿は対照的である。
皇室典範改定による「万世一系」の危機を救い、公務と育児を両立する秋篠宮妃。
男子も産めず、病気で公務も滞りがちな皇太子妃。
こういうステロタイプが、最近の報道では確立しつつあるような気がする。
まさに俗な言い方をすれば、秋篠宮=「勝ち組」、皇太子=「負け組」という姿である。

国会で絶対安定多数を得て盤石だった小泉政権をして、皇室典範の改定に頓挫した以上、当面は典範改定の動きはなく、今後もしばらく現行法が継続するだろう。このまま行けば、将来皇位は皇太子から秋篠宮家に移る。
その時までには、単なるゴシップや「男か女か」という本質からずれた話ではなく、天皇と主権在民原則、あるいは立憲主義との関係はどうあるべきなのか、天皇制・皇室制度の賛否を含めて、真剣な議論ができる環境をつくりたいものだ。
[PR]
by mahounofuefuki | 2007-09-07 08:24

スキーバス事故と「規制緩和」の罪

2月に起きた大阪・吹田のスキーツアーのバス事故で、運転手に対する1審判決が下された。
懲役2年6か月だが、4年の執行猶予がついた。執行猶予は当然である。

この運転手は、大型免許を取得して日が浅く、その上連日連夜の過重勤務、さらにツアー自体が無理な日程で、居眠り運転をしてしまった。業務上過失致死に問われたのは、法律上やむをえないが、むしろ責任はこの運転手に過労を強いたバス会社にあるだけに、本当にやりきれない。
しかも、死亡したのは、ガイドとして同乗していた彼の16歳の実弟だった。身内を使うことで、コストダウンを図ったのは明白だろう。運転手の心中を察するに、いたたまれない。

バス会社がこんな無理をしたのも、「規制緩和」による値下げ競争が原因だ。
最近のバスツアーは驚くほど安い。利用者は安ければ安いほど良いと錯覚しがちだが、その分安全性が低下しているのだ。そして労働者は過労と低賃金に喘いでいるのである。
事故の真の責任は、業者に競争を強いる政府と、政府に市場原理主義政策を採らせる巨大企業や富裕層と、何の疑いも持たずに安さを求める利用者にある。彼らの無責任でエゴイスティックな姿勢が少年を殺したのだ。
しかも、この事故があった後も、状況はまったく改善されていない。「規制緩和」政策は続き、企業も消費者も反省していない。

検察側、被告側双方とも、判決を受け入れるのか、控訴するのか、今のところ不明だが、この運転手には何としても社会復帰してほしい。社会も彼を受け入れてほしい。
もう2度とこんなことは起きてほしくない。
[PR]
by mahounofuefuki | 2007-09-06 20:15