2007年 12月 13日 ( 2 )

南京大虐殺を告発して「自決」した軍人

 今日12月13日は、日中戦争のさなか日本軍が中国の南京を陥落させてから70周年にあたる。
 周知の通り、日本軍は南京への進軍から南京城内外での戦闘、さらに陥落後の占領に至る過程で、多数の捕虜、投降兵、敗残兵、住民の老若男女らを虐殺、強姦し、放火や掠奪の限りを尽くした(南京大虐殺)。残念ながら日本ではいまだにこの事件を否定しようとする人々が後を絶たないが、南京大虐殺は現地軍の軍人の日記や出征部隊の日誌などからも実証されている厳然たる事実である。

 ところで、今年9月に発売された『世界』10月号に、評論家の日高六郎氏の「戦後の憲法感覚が問われるとき」というインタビュー(聞き手は保坂展人氏)が掲載されていたが、その中で、敗戦直後に「自決」した高級軍人が遺書で南京大虐殺に言及しているという話がずっと気になっていた。もしかすると有名な話なのかもしれないが、私は初耳だったので調べてみると、確かに日高氏が1960年代に編纂した敗戦前後の言論を集めた資料集にその遺書が載っていた(日高六郎編『戦後日本思想大系1 戦後思想の出発』筑摩書房、1968年)。

 その軍人とは親泊朝省(おやどまり・ちょうせい)という人である。1903年沖縄生まれ、陸軍士官学校の第37期生で、騎兵科を首席で卒業した俊英だったという。アジア・太平洋戦争の戦局の転換点となったガダルカナル島の戦闘に第38師団の参謀として従軍、1944年からは大本営陸軍部の報道部に勤務し、敗戦時には報道部長で終戦処理にも関与した。日本政府と軍が降伏文書に調印した1945年9月2日、自ら妻子を殺害し、自身も自殺した。死の直前、8月20日付で「草莽の文」と題する遺書を書き、陸軍の関係者に配布した。
 日高氏によれば、親泊の弟と日高氏の兄が親友だった関係で遺書を入手し、資料集に紹介したという。遺書の内容は「皇国の天壌無窮を絶対に信ずる」という典型的な皇国史観に彩られており、「大東亜戦争は道義的には勝利を占めたが、残念乍ら国体の護持は困難になった」といった精神主義色が濃厚な代物だが、日本軍の行為に対する反省の弁を述べている点に特徴がある。以下、その反省の部分を引用する。そこで南京大虐殺にも言及している(太字は引用者による)。
(前略)
 明治維新なって建軍の本義漸く明らかになり、国運之に伴って隆々とし来り、国軍の威容重きをなすに従って、我等軍に従うものまた自ら反省すべきものがあったのではなかろうか。
 軍の横暴、軍の専上と世に専ら叫ばれることに就て、私は自ら反省して自らはずべきこと少なからざるものあるを悟るのである。
 例えば、満州事変、支那事変の発端の如き、現地軍の一部隊、一幕僚の独断により大命をないがしろにした様な印象を与え、満州事変以来みだりに政治に干与して事更に軍横暴の非難を買うが如き態度を示したが如きはそれである。
 また外征軍、特に支那に於て昭和十二、十三年頃の暴状は遺憾乍ら世界各国環視の下に日本軍の不信を示したといえる。即ち無辜の民衆に対する殺戮、同民族支那人に対する蔑視感、強姦、掠奪等の結果は、畏れ多き事ながら或る高貴な方をして皇軍をして蝗軍と呼ばしめ奉るに至ったのである。
 斯くて皇軍の権威は地を払い、我が陸軍は海軍とも相克対立を示すに至っては、官は軍を離れ、民も亦漸く軍を離れる次第となったのである。(後略)

 *親泊朝省「草莽の文」(日高六郎編『戦後日本思想大系1 戦後思想の出発』筑摩書房、1968年)p.p.67-68より。用語や仮名遣いに今日では不適当なものがあるが、原文のままとした。
 「昭和十二、十三年頃の暴状」とは言うまでもなく1937-38年の南京戦及び占領下での日本軍の行いを指す。また、日高氏によれば日本軍を「蝗」=「イナゴ」と呼んだ「或る高貴な方」とは皇族の東久邇宮稔彦(ひがしくにのみや・なるひこ)王だという(東久邇宮は敗戦後、昭和天皇の要請で首相となるが、政府・軍の戦争責任を曖昧にした「一億総懺悔」論を唱えて反発を呼び、さらに強力な占領改革についていけず短命政権で終わった)。

 注目すべきは、この遺書は連合国の占領が始まる前に書かれたものであり、その頃日本国内で南京大虐殺を知っていたのは、実際に南京戦・占領に参加した軍の将兵と政府・軍の高官以外にはほとんどいなかったことである。一般の人々がまだ真実を知らず、国家も隠蔽を続けていた時期に事件を告発した意味は大きい。
 妻子を道連れに「自決」するような身勝手さや、今日から見れば時代錯誤な国家観・歴史観はともかく、「大日本帝国」と日本軍の再建を願うが故に、自軍の「汚点」をあえて告発した親泊と、自己が信じる「物語」のために史実を一向に認めようとしない現在の歴史修正主義者との間には、深い溝があるように感じるのは私だけだろうか。

 奇しくも今日、欧州連合(EU)議会が「従軍慰安婦」問題に関し、日本政府に清算を求める決議を行う見通しである。EU加盟国では、特にオランダ人女性が日本占領下のインドネシア(旧オランダ領東インド)で「慰安婦」にされており、オランダ議会が日本に謝罪要求決議を行っている。「慰安婦」制度は南京大虐殺における強姦の多発がきっかけで広がった以上、両問題は密接に関係している。史実を受け入れない日本政府と多くの日本人に対する諸外国の視線は依然厳しい。改めて過去に目を閉ざすことのないよう願う次第である。

 なお、親泊朝省については、澤地久枝 『自決 こころの法廷』(日本放送出版協会、2001年)が詳しい。

【関連リンク】
はてなリング-歴史修正主義に反対します
親泊朝省-歴史が眠る多磨霊園
親泊(おやどまり)朝省大佐一家の自決-絵日記による学童疎開600日の記録
親泊(おやどまり)朝省大佐の自決-上田博章@昭和8年.COM学童疎開
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by mahounofuefuki | 2007-12-13 21:23

エム・クルーの偽装請負・賃金ピンハネ問題と「成金」イデオロギー

 建設請負会社エム・クルーの日雇い派遣労働者の労働組合エム・クルーユニオンが、エム・クルーの賃金不払いと偽装請負を東京労働局に申告した(毎日新聞 2007/12/12 22:02)。
 10月1日に結成されたエム・クルーユニオンは、同社が「安全協力費」「福利厚生費」の名目で賃金から1回あたり300~500円をピンハネしている実態を告発し、会社側にピンハネ分の全額返還を要求している(産経新聞 2007/10/01 18:43など)。人材派遣大手のグッドウィルやフルキャストと同様の手口で、貧困者を食い物にした「中間搾取」だが、エム・クルーはいまだ返還に応じておらず、偽装請負も否定している。

 エム・クルーの実態については、Moyai Blog エム・クルーユニオン結成がわかりやすいので一部引用する(太字は引用者による、他の引用文も同じ)。
(前略)エム・クルーと聞いても、ピンとこない人が多いかもしれないが、レストボックスと言えば、「聞いたことがある」と言う人もいるのではないだろうか。「元ホームレス社長」前橋靖(おさむ)氏が経営し、「フリーターに夢を」と謳っている会社だ。レストボックスとは、家のないフリーターが安く宿泊できる安ホテル。エム・クルーはレストボックスを運営しつつ、そこに泊まっている人にも泊まっていない人にも、日雇仕事を紹介している。

しかし、その仕組みは、エム・クルーの自己宣伝とは裏腹に、怪しいところが満載だ。まず、フルキャストが返還し、グッドウィルも2年分については返還すると約束している使途不明の違法天引き金額が、エム・クルーの場合500円にのぼる。フルキャストが250円、グッドウィルが200円だから、破格の高さだ。

そして、紹介される仕事先は、ほとんどが建設現場。建設現場への労働者派遣は法律で禁じられているから、エム・クルーはこれを「請負」と主張しているが、それならばエム・クルーが現場の担当部署を管理・運営しなければならない。しかし実際には、送り込まれた先の会社の指揮下に入っている。つまり、違法派遣をごまかすための偽装請負だ。

私もエム・クルーに登録して働きに行ったが、最初に送り込まれた現場は、私一人で、完全に派遣先の会社の指揮下に入って仕事をした。私立学校の宿舎改修現場だった。初めての人間がたった一人で、担当部署を管理・運営することなどありえない。間違いなく偽装請負だった。そして、ちゃんと?500円が天引きされている。(後略)
 また、11月27日の参議院厚生労働委員会で共産党の小池晃議員がエム・クルーの問題を取り上げている。以下、参議院会議録情報 第168回国会 厚生労働委員会 第8号より。
(前略)
○小池晃君 それから、最低賃金制度にかかわってお聞きしたいんですが、資料をお配りしております、三枚目以降を見ていただきたいんですが、建設請負会社のエム・クルー、これはネットカフェ難民を扱う会社として登場して、社長がホームレスだったこと、あるいは竹中平蔵さんと非常に仲がいいというか、そんなことでも話題になっています。これは、都内主要駅ほとんど、レストボックスという二段ベッドの宿舎を提供して、簡易宿泊と建設請負の仕事紹介をセットにして営業している、そういう企業です。
 この会社で働いている労働者が今年十月労組を作りまして、安全協力費とか福利厚生費の名目で最大一日五百円の天引きが同意なく行われているということで全額返還を求めております。
 お配りしたのは、この会社の建設会社に対して向けたチラシと、それから労働者に向けて出した案内。これを見ますと、建設会社が支払う料金というのは一日一人当たり、これキャンペーン中なんでちょっと安いんですが、組合によりますと、一日一人当たり一万二千三百八十円なんです。ところが、二枚目見ていただくと、労働者に対する賃金見ると、これ七千七百円なんですね。問題の経費五百円ここから引きますから手取りで七千二百円、もう実にマージン率が四二%ということになるわけです。
 これ、時給換算すると九百円で、まあ最低賃金はクリアしているかもしれません。しかし、料金の六割程度の賃金で、しかも交通費込みだと。宿泊費、これは千八百円取られるんで、残るのは五千四百円。これ、宣伝では、エム・クルーで働いて頑張れば部屋が借りられるようになる、こう言っていますけど、これでは生きていくのが精一杯ではないかなというふうに思うんですね。
 最賃がやっぱり低いことがこういう事態を生んでいる原因の一つにもなっているのではないかと思うんですが、この会社、建設請負で派遣事業法の登録していません。しかし、実際には他社の工事現場に労働者を送る、実態としては労働者派遣。元々、建設は禁止されているはずなんです
 大臣、今こういう貧困ビジネスというのが大きく広がっているんですね。宿泊施設付きの派遣や請負、こういう事態について実態把握がされているのか。もし把握していないのであれば、私は派遣法や労基法に基づいてきちっと調査すべきだと思いますが、大臣、いかがでしょうか。
○国務大臣(舛添要一君) 今は一つ個別の案件を御引用なさいましたけれども、一般的に、基本的には労働関連の法令に違反したところに対してはきちんと厳正な処置をやると、そういう方向で我々はやっていっているし、今後ともその方向は曲げないでやっていきたいというふうに思っております。
○小池晃君 いや、そういう一般論じゃなくて、こういう貧困ビジネスというのはかなり大きなトレンドになってきている中で、厚生労働省としてもこれはやっぱり一定の問題意識持って調査をするという態度、必要じゃないですか。
○国務大臣(舛添要一君) その点も含めまして、先ほど来のほかの委員の先生方にもお答えいたしましたけれども、九月から労働政策審議会において、そういう点も含めて派遣労働の在り方について再検討を加えるということをきちんとやっておりますので、その結果を踏まえて必要な対処をいたしたいと思います。(後略)
 労働者派遣法が禁じる業種での派遣をごまかすために、「派遣」ではなく「請負」と言い張るのは近年の偽装請負の最も典型例だが、ピンハネ金額がハンパじゃない。経営者の悪質さは天下一品だ。
 
 引用記事でも触れられているが、このエム・クルーは創業者(社長)が「元ホームレス」であることを売り物にし、同じような境遇にある若者を応援する「ソーシャル・ベンチャー」をうたっている。
 以下、エム・クルーのホームページの前橋靖社長のメッセージより。
 社長メッセージ-エム・クルー
(前略) 私は、高校卒業後、定職に就かずに夢を追いかけプロサーファーを目指しておりましたが、挫折して車上生活者となりその後上京し、気がつけばヤングホームレスという生活を2年近く経験致しました。私も含め、夢を求めて上京しても、その後、自己表現できるような職にめぐり合えず仕方なくフリーターを続けている人がほとんどというのが現実です。 そこで、求職者やフリーター(定住先を求める)が自己啓発やモラールを身につけていけるような環境を提供し、次のチャンスを獲得できるよう応援したいと考え、「フリーター・求職者支援」事業を立ち上げました。

 2006年12月にバングラデシュのグラミン銀行とその設立者であるムハマド・ユヌス氏が、貧困層のひとびとの経済的・社会的発展への貢献が評価され、ノーベル平和賞を受賞しました。同銀行はマイクロクレジットと呼ばれる貧困層を対象にした少額無担保融資を行う新しいモデルをバングラデシュで構築しただけではなく、それを世界に広げ、世界の貧困削減に大きく貢献しました。ソーシャル・ベンチャーを標榜するエム・クルーとしましては、今回の受賞を心より祝福すると同時に、社会問題をビジネスの手法で解決する「社会起業家」が世界的に注目されていることを真摯に受け止めております。ムハマド・ユヌス氏と同様に、貧困層を対象とする当社のビジネスを今後も強力に展開することにより社会に貢献する所存であります。(後略)
 ムハマド・ユヌス氏はこんな所で自分の名前が使われているとはつゆ知らないだろう。実際に貧窮者の自立を実現してきたグラミン銀行と、労働者を貧窮状態に置いたまま搾取を繰り返すエム・クルーでは天と地の差だ
 
 ところで私が思うに、前橋氏のような「成り上がり者」ほど「上」に甘く「下」に厳しいような気がする。たとえば消費者金融の経営者には自身が債務で苦しんだ者も少なくない。自分が他人を蹴落として「成功」した自負から、かつての自分のような「下流」には自分と同じ「努力」を求める一方(「成功者」はたいてい自分の「努力」だけで成り上がったと思い込みがち)、「上流」に対しては単純な羨望の眼差しを送り、ひたすら仲間入りを目指す。それが一般的な「成金」の姿だろう。前橋氏も竹中平蔵氏のような「セレブ」と昵懇になれて有頂天なのだろう。
 問題は、社会の平等化など考えもせず、階級社会と「弱肉強食」を絶対の所与の条件として、その中で「セレブ」になる夢を追うという考え方が、「下流」の人々にも広がっていることにある。このイデオロギーに立てば、彼らにとって支配階級は「憧れの的」であって、怒りの対象とはならない。「下流」ほど自民党を支持したがる傾向や、「左」を忌避する傾向とも共鳴しているのではないか。
 エム・クルー社長の前橋靖氏の存在は、現在の階級社会の問題性を考える上で、格好の素材だと思う。この問題は別の機会に取りあげたい。

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株式会社エム・クルー
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特定非営利活動法人 自立生活サポートセンター もやい
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by mahounofuefuki | 2007-12-13 12:45