2007年 11月 18日 ( 2 )

【転載】沖縄戦検定にかかわる訂正申請提出にあたっての声明-社会科教科書執筆者懇談会

http://susumerukai.web.fc2.com/appeal15.pdf

沖縄戦検定にかかわる訂正申請提出にあたっての声明

1.私たちは、社会科教科書執筆者として、沖縄戦に関する今回の不法な検定によって歪められた教科書記述を回復する方法について模索してきた。そのなかで去る9 月25 日に歴史学・歴史教育関係者17 人の呼びかけによって開かれた社会科教科書執筆者懇談会において、一つの方法として、困難ではあるが訂正申請を提出する方向で各社それぞれに努力することを申し合わせた。その結果、今回の検定意見の対象になったすべての教科書で訂正申請にむけての準備が進むことになった。
 ところがその後、沖縄県民大会で示された意思を受け、政府は訂正申請が出されれば対応するむねをにわかに表明するにいたった。しかしながら検定意見の撤回はあくまで拒否する姿勢であることから、訂正申請受理によって、問題の本質的根本的解決をうやむやにしたまま政治的決着をはかるのではないかとの疑念が沖縄県民はじめ関係者のなかに生まれることになった。私たちはこのようなあいまいな決着に組みすることは本意ではないので、しばらく状況の推移を見守りつつ訂正申請を保留し熟慮してきたところである。
 しかし11 月をむかえようとするなかで、以下の4に述べる理由によって、訂正申請を行うことに決した。その結果、おおむね11 月1 日から5 日の間に、すべての教科書の訂正申請が文科省に提出されることになった。提出された訂正申請の内容は、少なくとも検定前の記述の回復を実現しようとするものであり、さらに若干の改善を含むものもあることをこの間の執筆者懇談会における協議で確認している。本年4 月以降にさらに明らかになった「集団自決」をめぐる歴史事実や沖縄戦検定問題の経緯をふまえ執筆者の学問的・教育的良心にもとづいて行われたこれらの訂正申請を、文科省は当然受け入れるべきである。
 訂正申請の提出がほぼ完了するにあたり、このことについての私たちの真意をいっそう明らかにするため、ここに声明を発表する。

2.今回の検定意見が担当の教科書調査官によって執筆者と教科書会社に口頭で説明されたとき、林博史氏の著書『沖縄戦と民衆』の記述が根拠にあげられた。たしかに林氏の著書には、慶良間諸島の事例について、軍からの明示の自決命令はなかったと書いた箇所がある。しかし林氏の著書全体の趣旨は、さまざまな形での軍からの強制がなければ「集団自決」は起こりえなかったと、「自決」が起こらなかった地域との対比のなかで結論づけている。教科書調査官は初歩的かつ明白な誤読をしており、検定審議会委員もそれを追認した。このような初歩的な誤読にもとづく検定意見が、文科省のいうように、学問的立場から公正に審議した結論だなどとはいえない。
 林氏の著書はすでに2001 年に刊行されたものである。なぜそれが突然今回の検定で持ち出されたのか。今回、軍による強制を削除する結論が先にあって、それにあわせて急遽この数年前の著書を持ち出したのではないかとの疑いが消せない。
 文科省は、執筆者・教科書会社への説明では言わなかった別の根拠を、記者への説明で明らかにした。執筆者への説明と記者への説明が異なるということ自体、きわめて不正常であるが、その別の根拠が、座間味島駐屯の梅沢元戦隊長らが大江健三郎氏らを名誉毀損で訴えた裁判での梅沢氏自身の陳述書である。係争中の裁判の一方の側の主張を検定意見の根拠にしたものであり、係争中の裁判での一方の側の主張を教科書に記述してはならないと言ってきた文科省自身のこれまでの言明とも明らかに反するものである。しかもそれすら検定審議会はなんらの疑問を呈することなく、そのまま通してしまった。なぜこのようなことがおこったのか、強い疑問をもたざるを得ないが、この点も文科省によってなんら説明されていない。
 以上から明らかなように、そもそも今回の検定意見自体が、内容的にも、手続き的にもきわめて不正常なものである。
 このようなきわめて不正常な検定意見はただちに撤回されるべきである。同時にこのような検定意見が付された経過と原因、およびそれに対する責任を明らかにすべきであり、そのためにも今回の沖縄戦に関する検定意見は撤回するしかないと考える。

3.訂正申請にもとづく記述の回復・訂正も、本来検定意見撤回という前提のもとに行われるべきものである。検定意見が撤回されないもとで、訂正申請に対して何を基準にその内容を審査するのかを、文科省はまったく明らかにしていない。このような不明朗な審査を行うべきではない。その意味で、訂正申請のみによって問題が正しく解決されるとは到底考えられない。よって私たちは、問題の根本的解決のために検定意見の撤回をあくまでも求める立場に変わりはない。

4.けれども一方で、来年4 月に高校生に教科書が手渡される前になんとしても記述の回復・改善を実現したいという思いを私たちは強く持っている。いまだ検定意見が撤回されないため、記述の回復・改善のための条件が十分に整っているとはいえないが、今後の検定意見撤回に向けた動きのなかで、文字通りの記述の回復・改善の実現をさらに追求していくことを前提にしつつ、来年4 月の教科書の供給に間に合わせることを考え、記述の回復・改善のための一つの方法として、この時点での訂正申請の提出に踏み切った。

5.3でも述べたように、検定意見が撤回されないもとでは、今後、訂正申請に対しても恣意的な修正要求が文科省・検定審議会から出される可能性がある。ここでも文科省・検定審議会が沖縄県民や各研究者などから示された具体的歴史事実、とくに最近続々とあらわれている新しい証言などにどれだけ真摯に対応するのかが問われることになる。
 このような状況のもとで、私たちは訂正申請の内容およびその後の経過について、できるかぎり公開することにより、市民の監視と健全なる批判のもとで訂正申請が処理されることを期したい。
 そのさい文科省の不当な対応があればただちに批判の声をあげてくださることをすべての人々にお願いしたい。また、執筆者としても、市民の皆さまの適切な批判・助言を仰ぎつつ、今後のさまざまな動きに対応していきたいと考えている。
 訂正申請の内容とその処理の過程が公開されることは、これだけの大きな社会問題となった沖縄戦検定についての市民の知る権利を保障するためにも重要である。

6.さらに、今回の検定問題を通じて明らかになった、次のような検定制度の改善すべき点についても検討し取り組んでいく所存である。
1)教科書調査官、検定審議会委員の人選を透明化、公正化すること。
2)検定審議会の審議を公開すること。
3)検定意見に対する不服申し立てについては、実際に機能する制度にすること。
4)検定基準に沖縄条項を設け、それに対応して検定審議会委員に沖縄近現代史の専門家を任命すること。
5)教科書調査官制度について、その権限の縮小ないしは廃止を検討すること。
6)検定審議会を文科省から独立した機関とするよう検討すること。

2007 年11 月7 日
 社会科教科書執筆者懇談会
   呼びかけ人
     荒井信一 石山久男 宇佐美ミサ子 大日方純夫 木畑洋一 木村茂光 高嶋伸欣
     田港朝昭 中野 聡 西川正雄 浜林正夫 広川禎秀 服藤早苗 峰岸純夫
     宮地正人 山口剛史 米田佐代子
      連絡責任者 石山久男 170-0005 豊島区南大塚2-13-8 歴史教育者協議会内
                     TEL 080-3023-6880 03-3947-5701

【関連リンク】
沖縄戦の歴史歪曲を許さず、沖縄から平和教育をすすめる会
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by mahounofuefuki | 2007-11-18 20:30

「アカの壁」を越えるために

最近忙しくて自分のブログを更新するのが精一杯で、なかなかよそ様のブログを精読できない(故にTBもあまり出せない)。
以前何度かTBをいただいた(なぜか当方からは成功したためしがないのが心苦しい)SIMANTO BBSの連載中(?)の力作記事「『バカの壁』より『アカの壁』」も「読みたい~」と思いつつ、RSSリーダーでタイトルをチェックするだけで、今日まで読めずにいた。
今日ようやく今までの6回分の記事を全部読めたので、私も前々から関心をもっている「アカの壁」について、自分なりの考えをまとめておきたい。

「アカの壁」とは人々の思考に根を張る「共産党嫌い」の心理のことである。
「反共主義」というほどではなくても、何となく「共産党は胡散臭い」「共産党は怖い」という大衆心理を指す。
日本共産党が「労働者の党」を称しながら、肝心の労働者に支持が広がらず、党勢が衰える一方なのは、この「アカの壁」が立ちはだかっているからである。
「アカの壁」の最大の要因は権力側の「反共宣伝」であるが、それが誤解と偏見にすぎないことはsimantoさんがお書きなので(特に「自共共闘」の実体験は必読!)、私は共産党側が抱える課題を指摘する。

実は「アカの壁」と言っても、世代や階級によってずいぶん違いがある。
70代以上の人々に話を聞くと、1950年代に共産党が武力革命路線をとり、「山村工作」というゲリラ活動をやっていた頃の恐怖を今も語る。その時の実体験と戦中に受けた教育の影響で共産党に対するアレルギーはすさまじい。共産主義と軍国主義を同一視している老人も少なくない。

また、1970年前後に大学生だった「団塊の世代」だと、学生運動のトラウマが今も深く刻まれていて、反共産党系のセクトにいた人々の共産党に対する憎しみはこれまたすさまじい。
藤原伊織の小説『テロリストのパラソル』に、東大の安田講堂を学生が占拠していた当時、1階を抑えていた民青(共産党の青年組織「民主青年同盟」)系が、上階を抑える全共闘へのいやがらせに燻煙式殺虫剤「バルサン」を焚く場面があるが、そういう神経戦や、実際に殴り合いを経験している人々は、今も複雑な感情をもっている(ついでに言えばそんな学生抗争に無縁だった低学歴層は疎外感からやはり反共主義へ流れやすい。私の父親がそうだった)。

特に何らかの理由で共産党を除名されたり、離党した人々は、思い切って右翼へ「転向」し、共産党への粘着質な攻撃に身を委ねる場合も少なくない。拉致の「救う会」会長の佐藤勝己や「自由主義史観」の藤岡信勝らがその典型であろう(筆坂さんは大丈夫かな?)。

一方、そうしたトラウマのない40代以下の世代の場合、共産党に限らず徒党を組むことへの抵抗感が何よりも強く、彼らの視点では共産党は宗教団体と同じである。
1970~1990年代は「政治離れ」の時代であり、下手に「お上」に逆らって悲惨な生活を送るよりも、適当に実社会と折り合いをつけて個人の「ささやかな幸福」を追求する「小市民的保守主義」が主流となった。そんな状況では革命政党たる共産党の基盤が拡大するはずもない。
もちろん「小市民的保守主義」にあきたらない人々も少なからずいたが、彼らは一般の大衆よりも組織や党派への不信感が強く、小規模な市民運動の方へ流れた。この流れは今も続いている。

それでは貧困と格差が拡大した現在、「小市民的保守主義」を望んでも「小市民」になりえない若い貧困層が共産党を支持するかというと、これも重大な「アカの壁」がそびえたつ。
『世界』先月号で、プレカリアート運動の雨宮処凛さんが、その昔右翼に加わった原因として、左翼の言っていることは難しくて理解できなかった、と回想していたが、はっきり言って共産党の「言葉」はテレビやゲームで育った若者には難しすぎるのである。

simantoさんがブログで共産党の綱領をたくさん引用されているが、文体の固さに加え、「科学的社会主義」「独占資本主義」「半封建的地主制」「絶対主義的天皇制」などの専門用語は、社会科学系の高等教育を学んでいないと「呪文」でしかない(かといって逆に知識があると、その教条主義的な解釈に近年の学界の研究動向との矛盾を感じる)。
「しんぶん赤旗」の記事やパンフレットなどは表面的にはずいぶん平易な言葉で書かれているが、インテリ臭はなかなか消えていない。いくら「労働者の味方」「庶民の味方」と口先で言っても、当の「労働者」や「庶民」は「インテリ以外お断り」という体臭を嗅ぎ取ってしまうのである。

私のブログの文章も読みやすさを度外視しているし、私はある種の大衆不信をもっているので(そのあたりは当ブログの光市母子殺害事件の記事を読んでいただければご理解いただけると思う)、人のことは言えないが、現在の共産党員・支持者の主力が公務員・教員・看護師・薬剤師などの専門職に限られている状況を打破するには、もっと綺麗事ではない世俗に生きる本当の庶民に響く主張と言葉が必要だろう。

ちなみに、私の知っている党員(やそれらしき人)は、不破哲三氏のコピーみたいな人から「ソ連は良かった」とか「アメリカから自立するためには核武装が必要だ」とのたまう人まで千差万別だが、共通するのは「頭がいい」ことと「面倒見がいい」ことで、こちらに偏見さえなければ頼りになるし、自民党に与する某巨大宗教団体の人々のように「勧誘活動」をするわけでもない。
「完璧な政党」などありえないのだから、組織の閉鎖性や党綱領の教条主義性を理由に排除するのはあまりにも狭量だ。

何といっても唯一、企業・団体の政治献金も国からの政党助成金も受けていない政党であることを忘れてはならない。
私は政権交代の意義を否定するわけではないが、小沢一郎率いる民主党は、最低賃金法改正案や労働契約法案の例を挙げるまでもなく(あるいは郵政民営化凍結法案も参院に出しただけで未だ何ら審議が行われていない)、本質的には「自民党政治」を転換する意思が不透明であるばかりか、もっと悪政になる可能性すら秘めている。
政権交代よりも共産党の議席が衆院で40以上になることの方がよほど政界にインパクトがある。現状では絶望的に厳しいが、人々が「アカの壁」を越えるきっかけさえつかめば不可能ではない。


(本当は「国民」と「人民」の問題とか、民主集中制の意義と限界とか、労働運動史・社会主義運動史における日本共産党の位置とか、社会主義とナショナリズムの関係とか、もっとディープな話もしたいが、学生時代ならともかく、今やすっかり錆びついた私の脳では技術的にも時間的にも無理なので見送る。)

【関連リンク】
SIMANTO BBS 104:「バカの壁」より「アカの壁」 その1
SIMANTO BBS 105:「バカの壁」より「アカの壁」 その2
SIMANTO BBS 106:「バカの壁」より「アカの壁」 その3
SIMANTO BBS 107:「バカの壁」より「アカの壁」 その4
SIMANTO BBS 108:「バカの壁」より「アカの壁」 その5
SIMANTO BBS 109:「バカの壁」より「アカの壁」 その6

(追記)
SIMANTO BBS 110:「バカの壁」より「アカの壁」 その7
SIMANTO BBS 111:「アカの壁」 その8(大阪弁で語る綱領)
SIMANTO BBS 112:「アカの壁」 その9(大阪弁で語る綱領)
SIMANTO BBS 113:「アカの壁」 その10(大阪弁で語る綱領)
SIMANTO BBS 114:「アカの壁」 その11(大阪弁で語る綱領)
SIMANTO BBS 115:「アカの壁」 その12(大阪弁で語る綱領)
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by mahounofuefuki | 2007-11-18 16:33