私もそうだったが、しばしば「小泉政権以降の」政策路線が「貧困と格差」を拡大したと言ってしまいがちだが、そうなると当然次のような問題が生じる。「小泉以降」ということは、「小泉以前」は良かったのか?と。同時代人のリアルタイムの感覚からすると、小泉政権時代に雇用待遇差別や社会保障の脆弱さが顕在化したのは確かだが、今日冷静に振り返るならば、企業のリストラによる雇用待遇全般の低下や非正規雇用の拡大はすでに1990年代に出そろっていたし、「就職氷河期」のピークだった1990年代末はまだ小泉政権ではなかった。小泉純一郎個人のエキセントリックなパフォーマンスに惑わされて、あたかも小泉政権が「突然変異」だったように錯覚しがちだが、実は「構造改革」というのは、少なくとも1980年代半ばからの長期的な政策潮流の帰結であったことを再認識しなければならない。
いわゆる「小さな政府」路線の源流は、1980年代の中曾根内閣の臨調路線に遡るし、大企業・富裕層への減税路線も80年代から本格化する。90年代には橋本内閣が行革と消費税増税というその後の政府を貫く政策基調を確立した。小泉政権はその延長線上に登場した。当然その潮流は一直線ではなく、その時々の経済状況や権力抗争に規定されて紆余曲折があったが、「小さな政府」路線の支持基盤は一貫して、公共事業を通した地方への利益配分を軸とする「土建型福祉国家」とも言うべき旧来の自民党の基本路線に対して不満を抱く、都市中間層が中心であった。忘れてはならないのは1980年代から1990年代にかけて、コミュニズム系ではないリベラル系の左翼はむしろ行政不信を前提として規制緩和や行政の縮小を支持したことで、「小さな政府」論は古典的なレッセ=フェールへの回帰という点で本質的に保守的であったにもかかわらず、大衆には「革新」として受け取られたという点である。そして現在も「税金の無駄遣いを減らして」という言説への支持を通して、「小さな政府」は延命を続けている。 つまり本当の意味での政策転換とは、単に小泉政権以前に戻ることではなく、少なくとも80年代以降の大企業・富裕層優遇、政府の再分配機能弱体化、社会保障での応能原則の否定、雇用待遇の引き下げ等々を全面転換することにほかならない。麻生内閣は来年度予算編成で「骨太の方針」を修正し、公共事業や社会保障の抑制路線を転換することを決定したと報じられているが、実際には「骨太の方針」を廃棄したのでも、大胆な予算配分の見直しを行うのでもない。シーリングを維持しながら外枠で財政出動を増やすというのは、いわば「景気回復」(何をもって景気が回復したと見るかは恣意的)までの暫定措置ということである。マスメディアは政策転換とか「改革の後退」と書きたてるが、これは橋本政権の緊縮路線の後、小渕政権が一時的に利益配分を増加させたのと同程度の「転換」でしかなく、本格的な政策転換からは遠い、いつでも「構造改革」路線に復帰できる代物にすぎない。 中途半端な「転換」にすぎないことに加えて問題となるのは、景気対策のための公共事業増発という方向性自体は正しいものの、単に先祖がえりのように大型開発のような利益誘導を主体とする限り、またしても利益に与れない都市中間層や貧困層の一部などが財政出動そのものへの不満を募らせ、「小さな政府」路線を欲求する可能性が高くなるということである。普遍的な社会保障の確立と公共事業の質の転換(需要の低い大型事業から生活需要に即した事業への転換)を伴わなければ、公的支出が生活に結びついているという実感を得られず、際限のない歳出削減を望み続けるだろう。そして自民党内には今回程度の「転換」をも批判する新自由主義派が健在であり、民主党が歳入の公平性を軽視して行政縮小による財源捻出に固執している現在、麻生内閣に対抗する政策路線は歳出削減路線となる可能性が高い。自民党でさえなければ何でもいいという政権交代信者にとってはそれでいいのだろうが、替わった政権が民主党+新自由主義派による歳出削減路線(しかも間違いなく軍事費のような「本当の無駄」は「聖域」となる)ではまたしても「貧困と格差」は拡大を続ける。いつか来た道である。 「共産党を中心とする政権」でもない限り(しかし現行の選挙制度と社会構造ではまずありえない)、どのような組み合わせの政権でも、当分は旧来の利益誘導路線と歳出削減路線の幅の中にとどまるだろう。小泉政権の否定にとどまらず、もっと長いスパンで過去の政治を総括し、従来とは全く異なる普遍的な福祉国家が構想されなければならないが、不況の現状はそんな猶予すらない。私の絶望が日々深くなる所以である。
by mahounofuefuki
| 2008-12-04 17:42
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