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「やりがい」さえあれば労働条件が劣悪でもよいのか?

 日本社会では戦後労働運動に相当な威力があり、企業経営にも余力があった時でも、労働三法が骨抜きにされ、欧米に比べて労働条件は悪かったのだが、そこへ市場原理を絶対的に信奉する新自由主義が流入したことで、ただでさえ劣悪な労働環境がますます悪化し、今や無法状態なのは周知の通りである。

 その決定的な要因は、労働者を人間ではなくモノとみなし、雇用が商取引化していることにあるが、こうした人間本来の生理に反するやり方に適応できない人々が、営利目的の企業を離れ、NPOに活路を見出す例も少なくない。新卒ルートからはじかれた「氷河期世代」が居場所を求めて働く場合もあろう。このNPOで働く人々、特に比較的若い世代の労働実態について、産経新聞の武部由香里記者が興味深い記事を書いている。

 NPO法人で働く若者 低賃金でも楽しい 給与、労働条件・・・厳しい側面も - MSN産経ニュース
 http://sankei.jp.msn.com/life/lifestyle/080905/sty0809050742000-n1.htm
(前略) NPOで働く若者は、企業で正社員として就職している同世代よりも低収入だが、仕事内容への評価が高い-。こんな調査結果を、第一生命経済研究所ライフデザイン研究本部副主任研究員の北村安樹子さんが公表した。調査は、NPOで働く20~39歳の男女313人と、企業で働く2128人に行った。
 結果は、NPO従事者の8割が活動を通じて収入を得ており、無給の人も含めた平均年収は約160万円年収300万円未満の人が3分の2以上を占めた。一方、仕事の評価は「内容がおもしろい」(91・7%)、「能力がいかせる」(86・8%)と多くの人が満足している。
 この結果は、企業で働く社員と比べ収入面では低いが、仕事に対する評価は高い。また、アルバイトなど非正規社員と比べると収入も仕事に対する評価も高い
 ただ、若者を有給で雇用できるNPOは事業規模が大きいところにほぼ限られている。北村さんは「企業ではNPOのように刺激的でおもしろい仕事にかかわれる機会が少ない。しかし、若者を雇用する力があるNPOは多くはなく、雇用しても高い給与は払えないのが現状だ」と指摘する。(後略) (注―太字強調は引用者による。)
 平均年収160万! しかも第一生命経済研HPの当該レポートを読むと、調査対象のNPOは「全国の平均的なNPOに比べて財政基盤が安定したところが多いという特性をもつことに留意する必要がある」と述べられていて、実際は下方修正する必要があることが示唆されている。一般に労働時間が企業労働者より短いこと、兼業者や無給のボランティアがいることなどを差し引いても、いくら何でも安すぎである。これは新たな「ワーキングプア」と言ってもさしつかえあるまい。

 それにもかかわらず仕事内容そのものの満足感は高い。レポートの当該部分によれば、「仕事の内容がおもしろい」「能力が生かせる」「信頼できる上司がいる」の3項目で8割以上の高率である。一方、「雇用が安定している」「福利厚生が充実している」「給料がよい」といった項目では企業の正規労働者を下回る。下回るといっても、企業労働者の満足度も決して高くはなく(「給料がよい」は3割強ほど)、かえって現在の企業の労働環境の悪さが露呈しているのだが、それでも経済的条件という点で、多くのNPOの労働者の立場が企業労働者に比べて不安定であることは確かだろう。

 「やりがい」「自己実現」「社会貢献」などと「安定収入」が両立しえないということを所与の絶対的条件とするならば、「やりがいがあれば低賃金でもいい」ということになるし、逆に「高い収入を得るには不条理な労働環境でも我慢する」ということになり、多くの人々がそう考えているのかもしれないが、果たしてそれでいいのか?という疑問が拭えない。「雇用の安定」や「福利厚生」という、本来は労働者にとって当然の条件を、「やりがい」やら「自己実現」なるもので相殺できるのか、という問題がここにはある。

 私などが不安を覚えるのは、1990年代、まさにその「やりがい」や「自己実現」という観念が、新卒→正規雇用というルート以外に自己に適した道があるのではないかという期待をもたせ、「自分探し」の流行と合わせて、結局は財界による正規雇用の非正規雇用への置き換えを促進する役割を果たしたことを想起させるからである。また「やりがい」さえあれば低賃金でも長時間労働でも、あるいは社会保障がなくても構わないという考え方が広がることも心配である。

 もう一点、NPOと言ってもピンからキリまであり、特に事実上行政の「下請け」となっていたり、非営利を称しながら実際は営利の企業と変わらない場合も少なくないことを指摘しなければならない。実際、本来は行政が直接行わなければならない業務を、財政難を理由に安く外部委託するのにNPOが利用される例が後を絶たない。たとえば私が行きつけの公立図書館は業務のほとんどをNPOに委託していて、図書館の司書の多くが自治体の直接雇用ではなく、年限契約の有期・間接雇用である。行政がNPOを使って公務員の事実上の非正規化を進め、不安定雇用の拡大に手を貸しているのである。「行政の無駄を減らせ」とか「公務員を減らせ」とか唱えている人々に是非とも知って欲しい事実である。

 また、最近「NPOワーカーズコープはNさんに謝罪せよ」というブログからTBをいただいた。以前弊ブログで「協同労働の協同組合」について書いた折に紹介したNPO「ワーカーズコープ」が運営する名古屋のNPOセンターで、不当解雇やパワハラが起きているという。この問題は「JanJan」が詳しく報じているが(関連リンク参照)、本来人間をモノのように扱う働かせ方へのアンチテーゼとしての意味合いをもっていた労協において、企業と同じような矛盾が起きているようである。これなどNPOの「行政下請け」化と「企業」化の典型例であろう。

 以前のエントリで、「協同労働の協同組合」について「雇用者と被雇用者」という関係がないというのは注目に値すると指摘したが、このことは実態としては被雇用者であっても、法的には労働者とは認められず、労基法をはじめとする労働法制が適用されない恐れがあることを意味する。「協同労働の協同組合」法制化やNPOの地位強化にあたって、働く者の権利をはっきりとさせないと、労働法制の解体を促進することすら予想されよう。

 ところで、前記産経の記事で見過ごすことができない一節がある。「アルバイトなど非正規社員と比べると収入も仕事に対する評価も高い」。つまり企業の非正規雇用は、正規雇用のみならず、NPOに比べても低収入で、なおかつ「やりがい」もないのである。「収入はそこそこあるがやりがいのない正規雇用」「低収入だがやりがいはあるNPO」「収入も低くやりがいもない非正規雇用」という階層性が見事に現れている。NPO対象の調査からも、非正規雇用の劣悪な状態が浮き彫りになっているのは、非常に重い事実である。

【関連記事】
「協同労働の協同組合」法制化の動き

【関連リンク】
北村安樹子「NPOにかかわる若者の働き方と仕事観」(『ライフデザインレポート』2008年3-4月)- 第一生命経済研究所ライフデザイン研究本部*PDF
http://group.dai-ichi-life.co.jp/dlri/ldi/report/rp0803.pdf
NPOワーカーズコープはNさんに謝罪せよ
http://workerswho.blog95.fc2.com/
『KY解雇』が発生?名古屋市の施設の指定管理者交代のその後 – JanJan
http://www.news.janjan.jp/area/0806/0806130507/1.php
労働法軽視「偽装経営者」の温床になるか?市民会議提案の労協法案を考える – JanJan
http://www.news.janjan.jp/living/0809/0808315930/1.php
by mahounofuefuki | 2008-09-07 15:51


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