1990年代以降、日本では長らく物価の下落傾向が続き、一時はデフレスパイラルとさえ言われていたのだが、このところは物価の高騰が急速に進んでいる。昨日発表された日銀の生活意識アンケートでも、物価の上昇を回答した割合が92%を超え、過去最高を記録した(東京新聞2008/07/05朝刊ほか)。最近『エコノミスト』誌が「インフレ炎上」という強迫的なタイトルの特集を組んでいたが、これは必ずしも誇張ではなく、現実にインフレの進行で生活が「炎上」する不安を多くの人々が感じているだろう。
2000年代前半の好況は、大企業の労働分配率の低下が端的に示しているように、人件費を削減した分が企業収益に回っただけの「見せかけの好況」だったが、その「好況」の踏み台になった非正規労働者や「周辺的正社員」が辛うじて生活できたのは、生活必需品が安かったからにほかならない。私はよく「100円ショップ」に行くのだが、その度に中国や東南アジア諸国の低賃金労働者の「犠牲」に心を痛めつつ、「こういう廉価品があるおかげで生きていられるのだな」という感慨を抱いていた。 もちろん客観的に考えれば、モノが安すぎるが故にまわり巡って所得も低くなるのであって、異常なデフレ状況が完全に終焉して物価が上昇に転じるのは本来悪いことではない。しかし、今回の物価高騰は、新興工業国の台頭とサブプライムローン問題に端を発した原油や穀物相場の急騰という外部要因が基軸であり、どの産業にとってもコストは上昇するが収益が上がる要素はない。むしろ物価は上がる一方で、企業がさらなる人件費削減を進めることで、家計はますます苦しくなることが予想される。 特に人間生活の基本である「食」において矛盾は顕著である。全国漁業協同組合連合会など漁業者団体は今月15日に、燃料高騰への対策を求めるために全国一斉休漁を行うことを予告している。北海道新聞(2008/07/05 07:42)によれば、北海道の農協連合組織である「ホクレン」は化学肥料の販売価格を昨年比75%も値上げするという。類似の事態は他の地方でも起きているだろう。農産物や水産物の価格高騰が当面続くのは間違いない。 貧困や不平等税制の解消を訴えてきた側にとっては、物価高騰が貧困拡大や税制改悪に利用されるのを何よりも恐れている。政府や財界は好況時にはさんざん「痛みを伴う構造改革」やら「国際競争力の強化」といった題目を唱えては貧困と不平等を拡大してきたが、今後は物価高騰によるコストアップを理由に労働者への「痛み」を正当化するだろう。特に非正規雇用の拡大がさらに進むことを警戒しなければならない。庶民の側も「不況だから仕方ない」という奴隷根性が広がる可能性がある。さらには「仕方ない」という思考が一種の政治的マゾヒズムとなり、進んで「痛み」を受け入れる素地すらあると言わざるをえない。 今後、日本の貧困の解決を図る上で、現在進行中の物価高騰は暗い影を落としている。物価高騰そのものが貧窮者の生活を破壊することは言うまでもないが、それだけでなく貧困解消のための施策を要求・実施する上で、物価高騰がある種の「抵抗要因」となることも念頭に置かねばなるまい。物価問題は政治状況の変容の重要な因子ともなるだろう。
by mahounofuefuki
| 2008-07-05 16:23
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