「陰謀論」の本質は、実際には因果関係のないものに因果関係があるのでは?と勝手に類推することだと思っている。これには「左」であるか「右」であるか、あるいは拠って立つ思想が何であるかは全く関係ない。たとえばかつて幕末の孝明天皇の死に対して「毒殺説」が有力だった。「毒殺説」を採っていた研究者にはマルクス主義系の人もいた。原口清氏の詳細な研究が「毒殺説」を論破してからは「病死」が通説になっているが、これなど「科学的」であろうとしても「陰謀論」に絡めとられた実例である。
かくいう私も安倍晋三首相が退陣した時、アメリカに引導を渡されたのかという疑いを書いた前歴があるので、偉そうなことは言えないのだが、不透明なことがあると「○○の謀略」とか「○○の陰謀」と考えてしまう思考様式は常に自省せねばなるまい。世の中には確かに「本当の陰謀」もあるのだが、因果関係を見出せないものを、無理に関係があるように錯覚することは厳に慎みたい。 厚生労働省が日雇派遣の原則禁止を打ち出した件について、秋葉原の事件の影響を疑い、真っ当な政治運動をチマチマとやるよりも、インパクトのあるテロで衆目を集めた方が実効性があるのではないかという見方があるようだが、これは誤った見立てである。日雇派遣禁止方針と秋葉原事件には因果関係はない。 もともと厚生労働省は今春の通常国会で労働者派遣法改正案を成立させる予定だった。ところが昨年の労働政策審議会での議論がまとまらなかったため、翌年への先送りを決めた。これは少なくとも財界が要求する規制緩和一辺倒の「改正」案が作られるような政治力学が、昨年末の時点でなくなっていたことを意味する。厚労省がその時点で何らかの規制を行わなければならないと政策転換したのは間違いない。 昨年末、規制改革会議がさらなる労働法制の解体を促す答申を出した時も、厚労省はやや厳しい反論を行った。そして、今春厚労省は「改正」先送りの代替措置として「緊急違法派遣一掃プラン」を実施し、新たに「日雇派遣指針」を派遣元と派遣先に課した。これは実施前から実効性に疑問がもたれ、現に今のところ全く効果がないが、秋葉原事件のはるか前から厚労省は派遣労働の「改善」方針に舵を切っていたことは確かである(ただし「改善」では不十分であるのは言うまでもない)。 つまり、日雇派遣禁止方針は秋葉原事件にショックを受けて唐突に登場したものではなく、マスメディアによる「ワーキングプア」に関する報道や、個人加盟型のユニオンなどの新しい労働運動が注目されたことなどを背景に、昨年からの派遣労働見直しの大きな流れの中で現れたのである。確かに秋葉原事件を受けて、厚労省は法令を遵守するよう緊急通達を出したのだが、これは前述の「緊急違法派遣一掃プラン」の延長線上にあるもので、事件がきっかけで政策転換したわけではない。そしてこの通達もおそらく実効性はないだろう。 事件の容疑者は派遣社員ではあるが、日雇ではない。その1点からも日雇派遣禁止方針の決定と秋葉原事件との間に因果関係を認めることはできない。時と場合によってはちまちました運動よりも、瞬間芸的なテロが社会を動かす事実を私は否定しないが、今回の件はそうではない。秋葉原事件をあまり雇用問題だけに絞りすぎると、「派遣社員=アブナイ」という偏見を生じ、かえって労働者間の分断を深め、派遣労働者に対する社会的排除を招く恐れがあることも指摘しておきたい。 【関連記事】 労働者派遣法改正問題リンク集 日雇派遣禁止は当たり前。問題はそのあと。
by mahounofuefuki
| 2008-06-16 22:07
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