クラスター爆弾禁止条約の作成を目指す「オスロ・プロセス」の最終交渉として5月19日より行われていたダブリン会議は、一部の「最新型」を除く現存のクラスター爆弾すべての使用・製造・備蓄を即時に全面禁止する内容の条約案で合意に達した。
当初プロセスの主唱国ノルウェーやアフリカ・中南米諸国などが提唱していた「例外なき即時全面禁止」よりは後退したが、日本が禁止除外を求めていた「改良型」の爆弾も禁止対象となり、ほとんどのクラスター爆弾を全面廃棄できる見通しとなった。投票による多数決も想定されていただけに、会議終盤で全面禁止の方向性で合意にこぎつけたのは僥倖である。 昨年2月にノルウェー政府と各国のNGOの提唱で行われたオスロ会議以降、何度かの国際会議で議論が重ねられて包括的な禁止条約作成の道筋が具体化していたとはいえ、クラスター爆弾保有に固執してプロセスに参加しなかったアメリカ、中国、ロシアなどの牽制や、プロセスには参加しながらも例外範囲を広げようとする日本や英国などの思惑が交錯して、正直なところ抜け道の大きい条約案になるのではないかと危惧していたが、国際社会の大勢はこの非人道的な兵器の廃絶への道を着実に進んでいると言えよう。 今回のオスロ・プロセスが1年余りという短期間で一定の成果を得たことは、小国や非政府組織が主導して人道支援や軍縮の具体的作業を進め、それに大国を巻き込んでいくという方法が、国際政治においてしっかりと確立したことを意味する。対人地雷禁止条約にこぎつけた「オタワ・プロセス」に続き、旧来の大国間のパワーポリティクスとは異なるプロセスの登場は、国際平和の実現の上で大きな前進である。 また、今回のプロセスと従来の軍縮交渉などとの大きな違いは、単に非人道的兵器の禁止・制限にとどまらず、被害者への支援や爆弾で破壊された地域社会の復興に重点を置いていることで、単なる軍縮からより積極的な人権回復への道を進んでいるのである。 ところで、日本の主権者として述べなければならないのは、一連のプロセスにおける日本政府の消極姿勢である。アメリカに従属する日本政府は終始クラスター爆弾の保有に固執、オスロ・プロセスの最初の共同宣言であるオスロ宣言にも、当時の安倍内閣は支持しなかった(不支持は日本を含め3カ国のみ)。その後も特定通常兵器使用禁止制限条約(CCW)の枠組みの方を重視し、もともとCCWがクラスター爆弾の禁止に踏み出さないことに業を煮やして開始されたオスロ・プロセスでは専ら妨害者の役割を演じた。 年内の条約締結を目標とした今年2月のウェリントン宣言には署名したものの、今回のダブリン会議でも不発率が高く被害が大きい現有の「改良型」爆弾の禁止除外を主張し、同じ「部分禁止派」でも「最新型」以外の全面禁止に傾いた英仏独などとも溝が広がり、国際的に孤立していた(このあたりの事情は毎日新聞2008/05/20朝刊が詳しい)。 日本は第2次世界大戦時、東京大空襲などでクラスター型の焼夷弾による甚大な被害を受けている。そして平和主義と戦力放棄を定めた日本国憲法第9条を有する。本来ならばむしろ日本こそが、今回のノルウェーのような役割を担わねばならない。 ところが、日本政府や保守勢力は、「同盟国」アメリカがクラスターを保持しているために、共同作戦上支障をきたすという集団的自衛権行使を前提とした議論や、海岸線が長い日本ではクラスターは防衛上必要な兵器であるというような議論で、一貫してクラスター爆弾の禁止を否定してきた(例えば産経新聞2008/05/29「主張」がその典型)。憲法が禁じる集団的自衛権を前提とした議論などもってのほかだが、「海岸線が~」という議論も日本列島沿岸に「敵」が大挙上陸するという(ミサイルが撃ち込まれるという類の想定に比べても)非現実的な話で、単に意味もなく強力な兵器を保有して子どもじみた自己満足に浸りたいだけにすぎない。 そもそもなぜクラスター爆弾禁止が提起されたかと言えば、この爆弾が1個の「親」爆弾の中から数百個の「子」爆弾が飛散するという代物であるために、攻撃対象が無差別な上、不発弾が多く、それが事実上の対人地雷と化してしまっているからである。クラスター禁止の議論が対人地雷禁止の延長線上で出てきたのも、自爆装置のある「最新型」を禁止除外するという妥協が容認されたのも、まず何より甚大な2次被害の非人道性の解決が求められたからにほかならない。 ふだん「国際貢献」とか「人道復興」とか言っているわりには、日本政府はそれらの標語を専らアメリカへの戦争協力を偽装するために利用しているだけだが、本当の「国際貢献」や「人道復興」はオスロ・プロセスのようなものを指すはずである。 アメリカ、中国、ロシアなど軍事大国を欠いた条約に実効性があるのかという疑問もあろうが、むしろ世界の圧倒的多数の国が禁止条約を締結することで、クラスターの不当性が国際的に認知され、それが条約を拒否する国にもクラスターの使用を抑制する力学を生み出すことを重視するべきである。現代の戦争にあたって国家は一応何らかの正当性を追求しようとする。「クラスターは使ってはいない兵器」という共通認識が確立すれば、名分を失うことを恐れ容易には使えなくなる。 日本の場合、国境を接する周辺国がすべてプロセス未参加国であるならば、むしろこれらの国が条約締結に踏み切らざるをえない状況を作った方が、世界が「悪の兵器」と非難する兵器をしこたま抱えるよりも、中長期的な安全保障戦略上はるかに有利である。 現在のところ福田内閣は条約案への態度を保留しているが、これまでの中途半端な消極姿勢を転換し、クラスター爆弾禁止条約締結に全面賛同するべきである。今回の孤立劇で日本が失った国際的信用を挽回するにはそれしかない。 《追記 2008/05/30》 日本政府はクラスター爆弾禁止条約案へ同意する方針を固めたようである。共同通信(2008/05/30 09:55)によれば「福田首相の強い意向を受けた方針転換」で、いわゆる政治決断があったとみられる。 相変わらずネット右翼たちは、この条約の意義を理解できずに、ヒステリックに条約案拒否を扇動したり(戦前のロンドン海軍軍縮条約反対運動や国際連盟脱退劇と同じ)、クラスター弾が「人道的兵器」だとか(そんな主張は大量保有国ですらしていない)、クラスター弾を禁止しても需要がある限りなくならないというような(実際は需要もなくするために供給を止めようとしている)、荒唐無稽な詭弁で醜態を曝しているが、そんな連中の言動が現実の政治に全く影響力がないことを図らずも実証したと言えよう(もうこんなのをいちいち相手にしたくはないが、目に余ったので言及した)。 とはいえ、ぎりぎりに追い込まれてようやく方向転換する日本政府は実に情けない。真に「平和外交」を目指すならば、こうしたプロセスに積極的に関与していくことが今後必要である。 【関連リンク】 JCBL - 地雷廃絶日本キャンペーン http://www.jcbl-ngo.org/index.html?ref=self *クラスター爆弾やオスロ・プロセスについてコンパクトにまとまった記事があり、非常にわかりやすい。
by mahounofuefuki
| 2008-05-29 19:23
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