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「正社員のイス」をめぐって

 現在の日本の雇用における最大の問題は、非正規雇用の拡大であることはもはや言うまでもない。昨日の夜のNHKニュースはトップで総務省の「労働力調査」の結果を伝えたが、それによれば昨年の非正規労働者の数は前年より55万人も増え、過去最高の1730万人余りに上り、全労働者に占める割合も33.5%にもなっている。3人に1人が不安定な有期雇用や中間搾取のある間接雇用なのである。

 今回の「労働力調査」については、Internet Zone::WordPressでBlog生活 非正規労働者が3分の1を超えるがわかりやすく紹介しているので、そちらに譲りたいが、特に男性非正規労働者の55%が年収200万円未満というのは、もはや非常事態である。労働者の「生きる権利」という観点のみならず、日本社会の持続可能性や国内市場の活性化といった観点からも現状を座視することはできない。

 一方で今日は、大手企業の次年度の採用計画に関するニュースも伝えられている。たとえばトヨタ自動車は新卒・中途採用計3629人を採用するという。4年連続で採用人員が3000人を超え、好調な業績を反映している(共同通信2008/03/10 18:24)。また、日立製作所は新卒・中途採用計1450人で、こちらも5年連続の採用増で、1400人台の採用は15年ぶりだという(毎日新聞2008/03/10 18:04)。
 長期不況を脱した数年前から新卒の就職市場は「売り手市場」が続いているが、今後も「団塊の世代」の退職増加により、しばらくはこうした状況が続くのだろう。

 この2つのニュースを見比べた時、我々「氷河期世代」の不遇が改めて浮き彫りになる。
 いくら景気が回復しようが、採用が増えようが、企業の採用は新卒中心である。今も企業は非正規労働の経験を全く評価しない。故に新卒で正規雇用にありつけなければ、ほとんどは生涯非正規雇用に甘んじなければならない状況にある。この「不遇」は決して「運命」でも「災難」でもなく、政府の政策と財界の人為的な行動によってもたらされたものである。

 こうした状況を是正するためという口実で、最近財界やその御用文化人が「優秀な非正社員を正社員にするには、今いる無能な正社員を解雇しないとイスが空かない」という論理で正社員の解雇自由化への世論誘導を始めている。日本経済新聞や週刊ダイヤモンドなどの財界の腰巾着たちが「新しい雇用ルール」などと言って解雇規制の緩和を主張している。
 ダイヤモンド社論説委員の辻広雅文氏が解雇自由化を唱えていることは以前紹介した(下記関連記事を参照)。これに続いて国際基督教大学教授で経済財政諮問会議のメンバーでもある八代尚宏氏が、やはり「同一労働・同一賃金」を口実に同様の主張を行っている(八代尚宏、堂々と解雇規制緩和を求める。-花・髪切と思考の浮遊空間参照)。

 新卒当時に「運とチャンス」に恵まれなかったと考える「氷河期世代」の非正規労働者の中には、正社員のイスの数が決まっている以上、今いる正社員がイスをどかない限り、自分が這い上がる機会がないと考え、正社員の解雇自由化を支持する人も多いだろう。あるいは、そんな問題以前に、自分たちを「差別のまなざし」で見つめる彼らが「没落」することを単純に願う人も少なくないだろう。その気持ちはよくわかる。
 しかし、現実の企業は「正社員のイス」を減らすことしか考えていない。解雇自由化の実現までは、あたかも非正規労働者のために正社員のクビを切るというポーズをとるが、いざ実現したら正社員のクビを切っても、非正社員を正社員に登用することはない。たとえあっても能力主義と成果主義で徹底的に競わせ、過酷なサバイバルに勝ち残った者だけにしか「恩賞」を与えない。しかも、仮に正社員になれても、解雇が自由化されているのだから、今度は自分がいつでもクビを切られるのである。

 解雇規制緩和の真の目的は労働法制の完全解体である。
 すでに昨年、就業規則を労働契約とする労働契約法が成立した。財界はこれを足掛かりに、労働基準法を事実上解体し、あらゆる労働条件を公的な規制なしに、労使間の契約だけで決めてしまえるよう目論んでいる。
 国の規制によらず労使間の話し合いで「雇用ルール」を決めるというのは、一見民主的なように見えるかもしれないが、実際は労使が対等になることは絶対にありえない。特に労働組合が弱い(というよりもはや存在しないに等しい)日本では必ず企業側の一方的な強制になる。何の法的規制もなければ企業が24時間労働を命じることも、タダ働きを強制することも合法化される。

 現在でも労働法制はほとんど守られず、長時間労働や残業代の不払いや偽装管理職が後を絶たないのに、その法制さえなくなってしまえば、企業はいつでもどこでも労働者を好きなだけ働かせることができ、いつでも解雇でき、過労で病気になろうが死のうが企業の責任は問われない。まさにやりたい放題であり、労働者は正規・非正規にかかわらず本当の「奴隷」となるだろう。
 正社員の解雇自由化は、「奴隷」が「市民」になれるどころか、「市民」の「奴隷」化を招き、「貴族」たちを喜ばせるだけの方策であることを肝に銘じるべきだろう。

 結局のところ、残された道は「正社員のイス」を増やすよう要求することしかない。財界や御用メディアは必ず「右肩上がりの経済成長の時代は終わったので、全員を正社員にすることはできない」と言うが、実際は少なくとも大企業は史上最高の収益を上げていることが明らかになっている。昨年発表された2006事務年度の法人申告所得は57兆円と過去最高を記録している。株主や役員が独占している「ぼろ儲け」を吐き出せばいくらでも「正社員のイス」を増やせるのである。
 正規雇用を増やす余裕が本当にない中小企業の場合は、公的な支援が必要だろう。国に中小企業への支援を強化させなければならない。

 なお「正社員と同じ労働内容の非正社員」は企業の決断があれば正社員にできるが、そうでない「日雇い派遣」のような「高齢の未熟練労働者」については「金持ち増税で公務員を増やし、ワーキングプアを年齢にかかわらず優先的に採用する」くらいの革命的な施策が必要だと考えている。企業だけでなく政府が非正規雇用の正規化に本腰を上げない限り、問題は決して解決することはないだろう。

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by mahounofuefuki | 2008-03-10 22:44


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