2006年9月、ドイツのベルリン・ドイツ・オペラがその年の11月に予定していたモーツァルトの歌劇「イドメネオ」の上演を中止することを決定して、大問題になったことがあった。この上演では最終場でブッダ、キリスト、ムハンマドの切られた「首」を並べるという演出があり、2003年に同劇場で初上演した時は芸術的な評価においては賛否両論だった。
(*本来の台本ではそんな演出を指示していないが、現在の特にドイツ語圏のオペラ上演はいわゆる「読みかえ」が行われるのが普通で、問題の上演の演出家ハンス・ノイエンフェルスは前衛的(というより過激)な演出で知られている。) 2006年の再演中止の理由は、ベルリンの警察当局から問題の場面をイスラムの創始者ムハンマドを冒涜していると考える「イスラム過激派」によるテロの危険があるという警告を受けた自主規制だった。当時、デンマークの新聞がムハンマドを風刺する漫画を載せたことが、イスラム教徒の反発を呼び、国際問題になっていたことも影響していた。 中止が報道されるやいなや、ドイツでは大きな議論を呼び、その多くは歌劇場が潜在的暴力に「屈伏」して、表現の自由を曲げたことへの抗議であった。特に政治家たちが歌劇場の判断を強く批判した。メルケル首相も当時「中止は間違いであると思う。イスラム教の下で暴力を使いたがる人々と戦うためには、自己検閲は助けにはならない」「暴力を使おうとする過激主義者たちを怖がって、どんどん譲歩していくようにならないために注意すべきだ」と「テロとの戦い」の観点から自粛を批判した(ベルリンのオペラの臆病?-OhmyNewsによる)。また何よりドイツ国内のイスラム指導者らが上演中止を批判したことも注目に値する。 ここからが日本とは異なり民主主義の成熟した国らしいのだが、歌劇場は上演中止の是非に関する公開討論会を開き(テレビで中継された)、そこでの議論を経て、結局歌劇場側は中止を撤回し、年内に「イドメネオ」の上演は混乱なく(警備が通常よりかなり厳重ではあったが)行われた。ドイツでは「目の前の聴衆が負うリスク」よりも「テロに屈して表現の自由を失うリスク」の方を重視したのである。 日本教職員組合(日教組)の教育研究全国集会の会場に予定していたグランドプリンスホテル新高輪が、日教組との使用契約を一方的に破棄し、東京高裁がホテル側に契約の履行を命じる判決を下したにもかかわらず、ホテル側は判決を無視し、結局集会が中止になった問題について、ホテルの経営陣が記者会見を行った。 毎日新聞(2008/02/26 19:55)によれば、プリンスホテルの親会社である西武ホールディングスの後藤高志社長は「憲法は集会の自由を保障しているが、個人の尊重もうたっている。集会当日には周辺の学校で7000人が受験に臨んでおり、街宣車が押し寄せたら取り返しのつかぬ事態になった」と述べたという。日教組に対する右翼団体の「街宣」という名のテロに屈したことを改めて正当化したと言えよう。 法を破り、裁判所の命令も無視し、「7000人の受験生」をダシに使う。暴力団は宿泊させているくせに。とんだ無法者で卑怯者だ。 ドイツの「イドメネオ」事件と比較する時、言論・集会・表現の自由の重要性に対するこの国の人々の認識の低さに呆然としてしまう。前にも述べたが、問題を引き起こしているのは右翼団体の方であって、日教組ではない。街宣は言論活動ではなく、純然たる暴力であり、今国際社会がそれこそ目の敵にしている「テロ」そのものである。この国では「テロとの戦い」というとなぜかアメリカに従属して派兵することだと勘違いしている輩が多いが、むしろ本当のテロリストはわれらの足元に巣食う暴力的右翼ではないのか。 ドイツの政治家は与野党、左右を問わず、「イドメネオ」の上演中止を非難するメッセージを発した。ところが日本の政治家はどうだ。政府サイドからは例えば法務大臣がプリンスホテルを批判する発言をしたが、ほとんどの政治家は黙殺している。日教組が支援する民主党もとてもこの問題に本腰を入れているとは言い難い。こうしたテロに対しては、本来与党も野党も右も左もなく、言論の自由を擁護するためのリアクションをとらなければならない。それができない国家は民主主義国家ではない。 政界の暴力に対する消極姿勢がテロに勢いを与え、プリンスホテル側の弱腰を誘ったとも言える。後藤氏の言葉に引き付ければ、集会の自由や貸借契約の履行義務は「7000人の受験生」を犠牲にしてでも守らねばならない価値だ。これを理解できないうちはこの国はいつまでたっても保守専制国家のままだろう。 プリンスホテルは集会参加者の宿泊予約を一方的に解除した件で、旅館業法違反に問われている。当然営業停止処分を下すべきであるが、ホテルだけでなく、街宣のテロリストにもペナルティを課さないと同じ事が繰り返されるだろう。自民党や公明党や民主党の政権には無理だろうけど。 【関連記事】 暴力的威嚇に屈するということ~日教組教研集会会場問題 【関連リンク】 【ドイツ】オペラ座、『イドメネオ』で厳戒態勢/NNA.EU
by mahounofuefuki
| 2008-02-26 23:46
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