政府が今日(1月17日)の閣議で、外務省高官人事を決定した。先月来報道されている通り、事務次官に外務審議官(政務担当)の薮中三十二氏が昇格し、その後任にアジア大洋州局長の佐々江賢一郎氏を充て、さらにそのアジア大洋州局長に駐米公使の斎木昭隆氏を任じた(読売新聞 2008/01/17 14:28など)。
留任説も囁かれていた谷内正太郎事務次官は退任した。谷内氏は周知の通り、安倍晋三前首相の肝いりで事務次官に起用された人物であり、安倍去りし現在任期を延ばしてまで留任できる政治力学はないだろう。 今回の人事について共同通信(2008/01/17 09:18)は「藪中、佐々江両氏は北朝鮮核問題をめぐる6カ国協議の日本政府首席代表を務め、斎木氏はアジア大洋州局参事官、審議官当時、日本人拉致問題などを担当しており、北朝鮮問題を重視したシフトとなった」(太字は引用者による)と指摘しているが、薮中氏の前任の外務審議官だった田中均氏もアジア大洋州局長からの昇格であり、アジア大洋州局長→外務審議官という昇進ルートが3代続いていることを考えると、「北朝鮮問題を重視したシフト」は何も今に始まったことではなく、小泉政権以来ずっと続いているとも言える。 6カ国協議の現場にいた薮中、佐々江両氏が外交政策決定過程の中枢に座ることで、今回の外務省人事は対外的には従来の強硬路線の継続と映るだろう。日朝ピョンヤン宣言の調印以後、日朝関係は悪化する一方であり、局面の打開には人事の全面刷新という手もあったと思われるが、政権基盤の弱い福田政権はそれができなかった。 今回の人事で何より問題なのは、斎木氏が6カ国協議の首席代表を兼任するアジア大洋州局長に起用されたことである。 周知の通り、2002年10月のクアラルンプールでの日朝交渉で、当時アジア大洋州局参事官だった斎木氏は拉致問題で強硬な交渉姿勢を貫いて決裂に導き、テーブルを叩いたパフォーマンスで一躍ナショナリストのスターになった。「拉致被害者家族会」や「拉致被害者を救う会」の信望も厚く、同局審議官に昇進してからも対朝鮮外交を担当し、駐米公使転出の際も「家族会」「救う会」が抵抗したほどだった。外交官は交渉をまとめてこそ評価されるべきだが、交渉を決裂させて絶賛されるのは日本社会の未熟さのあらわれであろう(戦前、国際連盟脱退時の首席全権だった松岡洋右が称賛されたのと何ら変わっていない)。 今も右翼勢力から「英雄」として絶賛される斎木氏の対朝外交復帰は、国内的には安倍退陣以降迷走するナショナリズムの再興に手を貸す愚策であり、政府の外交オプションを狭めるだろう。対外的には制裁継続と拉致問題優先の一国強硬路線をより強化すると受け取られるのは言うまでもない。 福田首相は先の臨時国会における所信表明演説で「日朝国交正常化を図るべく、最大限の努力」を公約したが、この外務省人事では国交正常化に本気で取り組んでいるとはとうてい認められない。真剣に日朝関係の局面転換を考えているのならば、右翼勢力の過大な期待を背負わされて身動きのとれない斎木氏を6カ国協議の代表に送るようなまねはしないはずだ。 当面心配なのは、アメリカ政府に切り捨てられて以来、政治的影響力の低下著しい「家族会」「救う会」が斎木氏の復帰を通して息を吹き返すことである。諸外国に対する差別・侮蔑意識丸出しで、非現実的で好戦的なオピニオンを繰り返す彼らの復活は何としても阻止したい。 【関連記事】 袋小路の「対話と圧力」 アメリカに切り捨てられた「拉致家族」 議会政治再生の試金石
by mahounofuefuki
| 2008-01-17 22:21
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