正直なところ困惑している。
光市母子殺害事件の被告弁護人らに対する懲戒請求を扇動した橋下徹氏について、市民342人が大阪弁護士会へ懲戒請求を行った件である。 朝日新聞(2007/12/18 11:19)によれば、請求者は12都府県にまたがり、「関係者によると、賛同する市民らが9月以降、知人に声をかけるなどして広がった」という。「9月」というのが事実ならば、弁護人らへの異常な数の懲戒請求が各地の弁護士会に対して行われていた頃から、逆に橋下氏への懲戒を請求する準備をしていたことになり、橋下氏が立候補を表明している大阪府知事選挙とはまったく関係がない。 今のところこの「342人」が何者なのか、本当に口コミだけで集まったのか、組織的な動きがなかったのか、私にも疑問が多い。いわゆる「仕掛け人」を巡って、さまざまな未確認情報や憶測が飛び交っているが、いまいちはっきりしない。 橋下氏は今回の件に関し「特定の弁護士が主導して府知事選への出馬を表明した時期に懲戒請求したのなら、私の政治活動に対する重大な挑戦であり、刑事弁護人の正義のみを絶対視する狂信的な行為」(産経新聞 2007/12/17 22:24)とコメントしているが、「特定の弁護士」に心当たりがあるのか。ただ橋下氏の出馬が最初に報じられた日から起算しても、そんなわずかな期間で342人も請求者が現れるとは考えにくく、この懲戒請求が知事選とぶつかったのは偶然の可能性が高い。 *余談だが、この橋下氏のコメント、「府知事選~」を「光市事件の公判」に、「政治活動」を「弁護活動」に、「刑事弁護人」を「被害者遺族」に換えれば、そのまま橋下氏にはね返る。相変わらずの自爆ぶりである。 とは言え、結果として知事選と重なったことはやはり問題である。 そもそも今回の懲戒請求が正当なのか、私には疑問である。当ブログでは開設当初から光市事件の被告弁護団を擁護し、弁護団をバッシングする人々を「安心して攻撃できる“絶対悪”」を求めているにすぎないと喝破してきたし、橋下氏に対しても時として感情を剥き出しにしてまで非難してきた(直情的になりすぎて良識ある人々にはかえって不興を買ったかもしれない)。故に請求者の橋下氏への怒りや司法の独立への危機感は理解できる。 しかし、橋下氏への懲戒を求めるというやり方は、ある種の「仕返し」の様相が濃く、それこそ橋下氏が始めた「懲戒請求の濫用」を拡大・継続し、今後も別の訴訟でこうした「懲戒請求合戦」を引き起こす危険性があるのではないか。 日弁連によれば、「弁護士法や所属弁護士会・日弁連の会則に違反したり、所属弁護士会の秩序・信用を害したり、その他職務の内外を問わず「品位を失うべき非行」があったとき」に弁護士法が定める懲戒を行う。光市事件の弁護団に対する懲戒請求も、橋下氏に対する懲戒請求も「品位を失うべき非行」を理由に行われたわけだが、この「非行」とは明白な違法行為に限定されるべきであって、個々の弁護士の発言を問責するものであってはならない。いかに軽率な発言であっても、これを弁護士会の懲戒制度をもって問責することが常態化すれば、それは一種の言論弾圧であり、弁護士を委縮させる恐れがある。 今回の件で、光市事件懲戒請求扇動問題弁護団は、事務局長の兒玉浩生氏の文責でコメントを出しているが、彼らにとっても今回の件は寝耳に水であり、「当弁護団は,「懲戒請求は多数の力を示して行うものではない」「懲戒請求は署名活動や社会運動のために用いられるべきものではない」と考えております。したがって,多数の市民による懲戒請求がなされるということについて強調した報道がされていることには,若干,違和感を覚えます」とやはり困惑を隠していない。また「我々さえも巻き添えに偏った見方をされるとすれば,非常に残念なことだと思います」と同弁護団が橋下氏に対して行っている損害賠償訴訟への悪影響を心配している。 一連の経過を考慮すれば、橋下氏への懲戒を請求する前に、同弁護団や光市事件被告弁護団に相談があってしかるべきだと思うが、そうではないらしい。こうなると今回の件は一部の市民による「勇み足」と言わざるをえないだろう。 現実問題としては、これまで光市事件の弁護人に対する懲戒請求はすべて却下され、今後も懲戒が認められる可能性はほとんどない。それだけで「仕返し」などせずとも、橋下氏の「負け」は確定である。ところが、今回の件が加わったことで、光市事件の弁護人に対する懲戒請求がすべて却下されても、他方で橋下氏への懲戒も認められなければ、世間的には「痛み分け」という形になる(そしてその可能性が高い)。仮に橋下氏への懲戒が下されても、橋下氏は引き下がらず、あらゆる手段で不服を申し立てるだろうし、請求者を提訴することもあろう。問題が長引き、移ろいやすい世論が再度橋下氏への「同情」に向かうかもしれない。今回の請求者らはそこまで考えていないのか。 また、大阪府知事選への影響も心配だ。自民・公明両党が橋下氏と公約の政策協議をしていると伝えられているが、各種報道などによれば両党内でも橋下氏への不信の声が少なくなく、いまだ推薦や支持に至っていない。橋下氏のメディアや自身のブログでの数々の暴言や挑発的な態度は、本来「規律」や「伝統」を重んじる保守主義とは相いれない。また、狂信的とさえ言えるタカ派体質に、特に公明党の支持母体である創価学会の人々は決して融和的ではない。公明党大阪府議団の光沢忍氏は、橋下氏への推薦は「まだ白紙の状態」と語っているという(朝日新聞 2007/12/18 22:06)。このまま何もなく推移すれば、橋下氏は十分な組織的支援を得られず、知名度だけに頼った徒手空拳の選挙戦を強いられる可能性もあった。 しかし、今回の件で、大衆における「“左”を忌避するポピュリズム」(小熊英二氏の言葉)が起動すれば、橋下氏への同情票が掘り起こされる危険がある。もし「342人」がいわゆる「プロ市民」だった場合なおさらである。しかも、民主党の推薦候補の熊谷貞俊氏が大学教授、共産党の推薦候補の梅田章二氏が真っ当な弁護士であることを勘案すれば、「エリート」対「庶民」の構図が作られ、橋下氏が「いけすかないエリート」と闘う「庶民のヒーロー」となる恐れなしとは言えない。客観的には橋下氏もエリートなのだが、この場合は橋下氏の粗野な物言いが逆に「庶民性」を象徴することになる。 私の見方はあまりにも悲観的かもしれないが、知事選の方はともかく、光市事件や扇動問題の訴訟には決してよい影響をもたらさないだろう。私の不安が杞憂にすぎないことを望む。 【関連リンク】 大阪弁護士会 日本弁護士連合会 光市事件懲戒請求扇動問題 弁護団広報ページ
by mahounofuefuki
| 2007-12-19 00:17
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