失跡から約1年半後に富士山麓の樹海で遺体となって見つかった人が、「過労自殺」として労災認定されたという。
この男性は三菱電機の社員で、関連会社へ出向後、毎月100時間超の残業をしていた。死後、両親らの尽力で労災申請にこぎつけ、失踪から1年以上経過した自殺としては初めて労災を認定された。 こうした事件を聞くたびにいつも思うのは、過労問題は当の労働者が死んでからでないと、「問題」にならないのか、という疑問である。 死ぬ前にどうにかする手だてを考えない限り、労働者は決して救われることはない。こんなことが続けば、過労死が起きても遺族に「はした金」さえ支払えば解決という認識を経営者に与えることになるだろう。企業は安心して従業員から労働力を搾り取ることができるのだ。 現在進行形で過労に苦しむ労働者を実質的に助けられる取組みが必要なはずだが、なぜかまったく政治課題にならない。 労働者が過労を自覚していても、会社側に是正を要求する力はない。あるいは労基や弁護士に訴えるにしても、訴えるという行為自体が加重負担であり、何よりも会社側の報復を恐れている。 さらに問題なのは「自発的」に長時間労働している場合である。「自発的」といっても、こなせないようなノルマを課せられていたり、成果主義による競争を強いられていたりするので、実は「強制的」であるのだが、この場合当人が「自分は無能だから」と「自己責任」に帰することが多い。実際は無能なのは労働者ではなく、労働者に長時間労働を強いるような管理しかできない経営者こそ無能なのだが、巧妙な心理操作でなかなか気付かない。 今回の事例もおそらく徹底して自分の「弱さ」を責め、富士の樹海をさまよい息絶えたのだろう。「弱さ」は罪ではなく、人間性の証なのに。 あえて言おう。「過労自殺」は「自殺」ではない。企業による「殺人」である。 過労問題は現在、日本最大の社会問題である。せっかく国会が与野党逆転状況なのだから、もっと大きく取り上げるべきだ。特に労働規制の強化は最優先課題である。年金も結構だが、長時間労働にも目を向けて欲しい。
by mahounofuefuki
| 2007-10-11 11:36
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