幕末の1860年、日米修好通商条約批准のため、徳川幕府はアメリカへ使節を送った。
いわゆる「万延元年遣米使節」である。 使節団の面々はアメリカの軍艦に乗艦して渡米したが、幕府はこれにオランダから購入した軍艦「咸臨丸」を随行させ、勝海舟ら日本人に操船させた。史上初の日本人の手による太平洋横断であった。 この咸臨丸に、若き日の福澤諭吉がいた。福澤はアメリカで、まず市民の大歓迎に驚き、次いで初めて見る馬車に驚き、そしてレディファーストの習慣に驚き、まるで「勝手のわからぬ家に」上がったばかりの新婚の「花嫁」のような心境を味わった。 そんな「驚き」の1つに、次のような出来事があった。 ところで私がふと胸に浮かんである人に聞いてみたのは外でない、今ワシントンの子孫はどうなっているかと尋ねたところが、その人の言うに、ワシントンの子孫には女があるはずだ、今どうしているか知らないが、何でも誰かの内室になっている様子だといかにも冷淡な答で、何とも思っておらぬ。これは不思議だ。もちろん私もアメリカは共和国、大統領は4年交代ということは百も承知のことながら、ワシントンの子孫といえば大変な者に違いないと思うたのは、こっちの脳中には、源頼朝、徳川家康というような考えがあって、ソレから割出して聞いたところが、今の通りの答に驚いて、これは不思議と思うたことは今でもよく覚えている。 (福澤諭吉『福翁自伝』岩波文庫、p.117より、一部漢字を仮名に改めた) 初代大統領ワシントンの子孫といえども、特別な社会的地位にいるわけではないという事実は、家柄を重視する封建社会への不満をもっていた福澤にはよほど新鮮に映ったようだ。 周知の通り、福澤は維新後、実力主義・能力主義による「立身出世」を奨励していく。欧米=世襲の否定という捉え方は、その後も長く日本人を縛っていくことになる。 実は、当時の福澤は知るよしもなかったが、第2代大統領ジョン・アダムズの息子ジョン・クインシー・アダムズは第6代大統領になっている。アメリカは独立後の早い時期に父子で大統領という例があったのである。 ちなみに、さらにその息子のチャールズ・アダムズは外交官、そのまた息子のヘンリー・ブルックス・アダムズは高名な歴史学者でハーバード大学の教師になっている。アダムズ家はアメリカ屈指の名門となっていた。 アメリカでは現代でもケネディ家やブッシュ家の例を挙げるまでもなく、家柄が大きくものを言う。 福澤の思いはまったくの「幻想」だったのである。 むしろ近代の日本の方こそ世襲が力をもたなかった。 伊藤博文から寺内正毅までの歴代首相はすべて爵位持ちの華族であったが、いずれも本人の「功績」による受爵で、「親の七光」は1人もいない(西園寺公望は旧公卿の出だが、彼の親は維新後むしろ失脚していた)。 明治憲法下の首相のうち、親も高官であったのは、皇族の東久邇宮稔彦を別とすれば、近衛文麿(父は貴族院議長の近衛篤麿)と東條英機(父は陸軍大将の東條英教)くらいである。 日本国憲法下では、鳩山一郎(父は衆議院議長の鳩山和夫)が例外で、1980年代までは、「家柄」よりも学歴や官歴の方が重要だった。 ところが1990年代になると様相が変わってくる。 その始まりは1991年に首相となった宮澤喜一(父は衆議院議員の宮澤裕)である。 宮澤退陣後、政権は自民党単独から連立へ変貌したが、以後の歴代首相は社会党出身の村山富市を除いて、すべて親も政治家だった「2世」や「3世」の議員である。 そして安倍晋三(祖父は岸信介)に至り、ついに「首相の孫」が首相となった。 さらにその安倍後継を争ったのは、やはり「首相の孫」の麻生太郎(祖父は吉田茂)と「首相の子」の福田康夫(父は福田赳夫)であった。 今日、福田康夫氏が第91代内閣総理大臣に指名された。憲政史上初の父子2代の首相就任である。 以上の経過からすれば、このことが近代日本の「美点」を失わせ、もはや特定の血縁グループからしか首相になれない時代へ向かわせる異常事態であることがわかるだろう。 現代日本は身分社会へと逆戻りしているように思える。 福田氏に対する疑念はそんな出自だけではない。 福田氏は小泉内閣の内閣官房長官在任中、アメリカのベーカー駐日大使(当時)と異常なほど頻繁に会い、アメリカ政府の小泉政権へのメッセンジャー役であった。小泉政権がアメリカ追従であったことは言うまでもない。さらに福田政権ではアメリカ共和党の傀儡政権になる危険性すらあるだろう。 一方、新内閣の陣容は、前政権の教育改悪を主導した山谷えり子氏や、拉致被害者支援にかこつけた右翼グループ言いなりの中山恭子氏ら首相補佐官を留任させ、防衛大臣には「軍事オタク」の石破茂氏を起用するなど、安倍政権と変わらないタカ派ぶりを示している。 また、竹中平蔵氏を継いで市場原理主義政策を推し進める太田弘子経済財政相も再任された。自民党3役には大蔵省出身の均衡財政論者の伊吹文明氏や消費税増税論者の谷垣禎一氏が起用されている。 これでは、歳出削減による社会福祉の切り捨てを続ける一方、消費税増税で庶民の負担を増やし、巨大企業に対する減税は拡大するという、今以上に最悪の財政政策を目指す可能性すらある。 福田政権は今後、年金不安を利用して、年金の財源にするという口実で、消費税増税を打ち出してくるだろう。基礎年金の税負担方式を公約にする民主党との連携の材料となるかもしれない。決して年金不安を煽る情報操作に惑わされないよう、注意しなければならない。 あくまでも、福田内閣は衆院解散までの「選挙管理内閣」でなければならない。 野党はどこまでも解散・総選挙の要求を貫いてほしい。
by mahounofuefuki
| 2007-09-25 22:10
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