「光市母子殺害事件」の差し戻し控訴審は、3日間の集中審理を終えた。
無期懲役の判決を最高裁が差し戻している以上、裁判所の慣例により、この訴訟は死刑判決で終わるだろう。 結果がわかっている訴訟は茶番でしかない。 その茶番を少しでも公正な裁判にしようと、あえて「貧乏クジ」を引いた弁護団に深く同情し、敬意を表する。 実のところ、私は事件や訴訟そのものにはさしたる関心がない。 たくさんある殺人事件のなかで、光市事件だけに関心を寄せる理由はないからだ。 本ブログは私個人が「気になるニュース」を読み解く(というより、単につっこみを入れてるだけだが)ことを目的としているため、その基準に従えば、特に述べることもない。 私が気になるのは、多くの人々が光市事件に大きな関心を寄せ、特に被害者の夫に過剰なまでに共感して、被告やその弁護団をバッシングしている「現象」である。 以前も大衆の「狂気」で述べたように、被告や弁護団をバッシングしている人々は、「義憤」にかられてというより、実際のところは「安心して攻撃できる"絶対悪"」を求めているとしか、私には思えないのだ。 繰り返しになるが、この事件の被告が「元少年」ではなく、「暴力団員」だったらここまで世論は高まっただろうか? 実際、関西で大学院生が暴力団員に虐殺された事件に、世論は沈黙した。光市事件の場合、被害者の夫がより戦闘的であることを差し引いても、ここまで人々が関心を寄せるのは、「犯人」が「少年」だったという点が大きい。 つまり、自分より「絶対的下位」にいるべき「少年」の「横暴」に普段何もできないのを誤魔化し、他者(この場合は、被害者の夫)が自己の「代わりに」攻撃してくれることに喝采を送っているのだ。 電車内で警察官が高校生に暴行を働いた事件も、事実関係をよく調べもせずに、警察官をまるで「英雄」として扱い、高校生をバッシングした。この事件のとき、私は報道だけでは詳細がわからないので(今もわからない)、ノーコメントを貫いてきたが、残念ながら、多くの人々にはそういう慎重さがまるでない。 日常のうっぷんを晴らすために、光市事件を利用するのはもういいかげんやめて欲しい。 まあ、そうは言ってもやめないんだろうけど(苦笑)。
by mahounofuefuki
| 2007-09-21 08:12
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