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「名ばかり管理職」に関する厚労省の通達は無意味

 厚生労働省が小売業や飲食業などのチェーン店における「管理監督者」の基準を各地の労働局に通達した。いわゆる「名ばかり管理職」問題への対応だという。以下、東京新聞(2008/09/09夕刊)より。
(前略) 厚労省によると、「職務内容、責任と権限」「勤務態様」「賃金等の待遇」の三点について、管理監督者であることを否定する重要な基準と補強的な基準を整理した。
 重要基準として(1)アルバイトなどの採用に責任と権限がない(2)部下の人事考課に実質的に関与しない(3)遅刻、早退を理由に減給されるなど不利益な扱いを受ける(4)時給換算でバイトなどの賃金に満たない-などを列挙。
 補強的基準として(1)労働時間の裁量がほとんどない(2)役職手当などの優遇措置が不十分-などを挙げた。該当すると「名ばかり管理職」と判断される可能性が高まる。(後略)

 管理職の実態がないにもかかわらず労基法上の「管理監督者」として扱われ、残業代が支払われない「名ばかり管理職」問題は、マクドナルドの店長が会社に残業代の支払いを求めた訴訟を機に大きな社会問題として注目されるようになったが、ようやく厚労省がこの問題に重い腰を上げたと言えよう。

 しかし、他の労働問題でもそうだが、こんな一片の通達で問題が是正されるはずもなく、特に今回の通達内容はあまりにも実情とかけ離れている。法的に焦点となっているのは、「管理職とは言えないのに残業代が支払われていない」という問題だが、実際の問題の核心は「身も心もボロボロになるほどの過労をせざるをえない状況に追い込まれている」ことであり、さらに「業績を上げるためには表向きの労働時間を改竄して隠れてでも残業しなければならない」ことにある。この通達ではそうした実態を考慮しているとは言い難い。

 「身も心もボロボロになるほどの過労をせざるをえない状況に追い込まれている」のは、極端な人件費削減の結果、少数の正社員に責任と負担が集中するようになっているからである。「業績を上げるためには表向きの労働時間を改竄して隠れてでも残業しなければならない」のは、賃金決定方式が成果主義になったからである。今回の通達では、こうした構造的問題には手をつけず、単に法律上の管理職から外れるというだけで、すでにマクドナルドがやったように、残業代を支払う代わりに本来の給与を削るような「抜け道」を予防することはできない。

 ちなみに、そもそも企業が「名ばかり管理職」というものを考えだしたのは、労働基準法が労働時間や休日などの規定を「管理監督者」には免除しているからだが、以前から疑問なのは、この問題への対応として「管理監督者」にも労基法の規定を適用するという発想はなぜ出てこないのだろうか。法思想的には使用者と労働者では全く立場が異なる以上、使用者に労基法を適用するのはおかしな話なのだろうが、経営者だろうと管理職だろうと、ある意味「労働」をしている以上、その労働時間を規制しても構わないのではないのか。労働法の素人の浅墓な発想なのかもしれないが、「名ばかり管理職」の予防策としては、ずっと効果的だと思うのだがどうだろう。

 いずれにせよ「名ばかり管理職」は、行政の通達ごときで是正できるような問題ではなく、法改正も必要であるということは強調しておきたい。

【関連記事】
マクドナルド残業代不払い訴訟で勝訴判決
マクドナルドの新報酬制度は手の込んだ賃下げ

【関連リンク】
厚生労働省:多店舗展開する小売業、飲食業等の店舗における管理監督者の範囲の適正化について―具体的な判断要素を整理した通達を発出―
http://www.mhlw.go.jp/houdou/2008/09/h0909-2.html
労働基準法 - 法庫
http://www.houko.com/00/01/S22/049.HTM#s4
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by mahounofuefuki | 2008-09-09 23:02

「無間地獄」と「死」の二者択一から逃れるために

 昨年の全国の自殺者数がまたしても3万人を超えるという。以下、共同通信(2008/05/27 17:31)より。
 全国で昨年1年間に自殺した人の数は3万人を超える見通しであることが27日、分かった。各都道府県警が調べた概数を共同通信が集計した。毎年6月ごろにまとまる警察庁の自殺者数統計は1998年以来3万人を上回っており、これで10年連続となることが確実になった。
 集計によると、昨年の自殺者数は約3万2000人。東京(約3000人)、大阪(約2000人)など、詳細な数字を明らかにしない都府県があるが、3万人を超えるのは確実とみられる。(後略)
 10年連続で毎年3万人以上という数字は尋常ではないと言わざるを得ない。これでは毎年戦争をやっているのと変わらない。実際は自殺の可能性があってももろもろの事情で「事故死」とされることもあるので、実数はもっと多いだろうと考えると暗澹たる気分に襲われる。

 先日、内閣府自殺対策推進室が発表した「自殺対策に関する意識調査」によれば、「自殺したいと思ったことがある」人々の割合は全体で19.1%と2割近い高率である。特に20代では24.6%、30代では27.8%とおおよそ4人に1人が自殺を考えたことがあるという。
 また、共同通信(2008/05/23 19:56)などによれば、労災認定された過労自殺の数は2年連続で過去最悪の状態が続いている。認定者の年代別比率では30代が37%、20代が25%と高く、ここでも20代、30代の自殺が多いことが窺える。
 もともと日本は自殺が多い国だが、特に1990年代後半以降、比較的若い世代の自殺が増加を続けているのは、明らかに競争原理の強化、成果主義の導入、雇用待遇差別など労働条件の悪化が影響している。労働者を「モノ」として扱う経済体制が多くの若者を自殺に追い込んでいるのは間違いない。特に過労自殺は企業による「殺人」であることは当ブログでも何度か指摘した。新自由主義が人間を殺しているとも言える。

 とはいえ現代の自殺増加の構造的原因が新自由主義による労働環境の悪化であるのは確かだとしても、本来は労働環境の悪さが必ず自殺に直結するわけではない。実際WHOの統計を見ると、福祉国家のスウェーデンやデンマークより新自由主義のアメリカやイギリスの方が自殺率はやや低い。旧ソ連・東欧諸国の自殺率が高いのは、社会主義の放棄による経済格差の拡大と社会保障の崩壊が影響していると推定できるが、あとは地域的偏差と経済構造との関係が見えない。
 要するに、同じような苦しい状況に追い込まれても「もう自殺しかない」と考える傾向が強い社会と、そうではない社会が存在し、それはおそらくそれぞれの社会の歴史的・文化的背景の相違があるのではないか。両者を隔てる根本的な相違が何かはわからないし、おそらくいくつもの要因が重なっているのだろうが、私見では自殺以外の道=「逃げ場」があるかどうかが鍵だと思っている。

 客観的な根拠はないが、日本を含む自殺率の高い国では、精神的ないしは経済的に追い込まれた時、「無間地獄」か「死」かの二者択一しかないように考えさせる思考様式があり、また実際にそうした思考様式を促進する社会構造があるのではないか。これがたとえば「逃避」や「亡命」という道があればおのずと様相は異なるような気がする。
 下川裕治『日本を降りる若者たち』(講談社、2007年)が、同調圧力が強くマッチョ化する日本社会に嫌気がさし、日本を「降り」て東南アジアに生活拠点を移した若者たちの姿を伝えているが、このよう「逃げ道」がもっと開かれることが自殺の抑制になるのではないか。

 「空気を読め」とか「日本人の誇りを持て」というような帰属意識を強要する社会風潮、あるいは「死んでお詫びする」とか「名誉の戦死」のような「死」そのものを特権化・美化する文化も、追い詰められた時に行き場を失わせ、自殺でしか自己の存在理由を守れないと考えさせる要因になっていると思う。この問題は一挙に解決できるような特効薬がなく、一筋縄ではいかない。
 とりあえず私から言えるのは「死ぬ前に、逃げようぜ」ということ。かつて某有名アニメで主人公が「逃げちゃだめだ、逃げちゃだめだ」と強迫的に自分を追い込んでいたが、実社会ではそれでは身がもたない。多くの人々が「逃げてもいいよ」と言える社会の方がずっと風通しが良いと思うのだが。

【関連リンク】
自殺対策に関する意識調査
http://www8.cao.go.jp/jisatsutaisaku/survey/report/index.html
図録▽自殺率の国際比較 - 社会実情データ図録
http://www2.ttcn.ne.jp/honkawa/2770.html
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by mahounofuefuki | 2008-05-27 21:03

在宅勤務制度への期待と不安

 帝人が4月より社員の在宅勤務制度を導入するという。以下、共同通信(2008/03/22 16:43)より。
(前略) 仕事と家庭の調和(ワークライフバランス)の実現を目指し、女性が出産後も働き続けられ、男性も育児や介護がしやすい環境を整えるのが狙い。少子化で新規採用が難しくなっていることから、電機、自動車業界などで同制度を採り入れ、化学・繊維業界にも導入が広がってきた。
 在宅勤務制度は、持ち株会社の帝人のほか、合成繊維を手掛ける帝人ファイバー、医薬品事業の帝人ファーマなど国内グループ会社8社が導入する。条件は配偶者も働いていて小学6年生以下の子どもがいるか、妊娠中、介護を必要とする人を抱える社員で、自宅で仕事ができること。
 「少子化で新規採用が難しい」のなら既卒の非正規労働者を正規採用しろというツッコミは別として、企業が社員の育児や介護に配慮するのは良い傾向である。今後、高齢化がますます拡大し、老いた親の介護という問題が現役世代にのしかかる。一方、一昨日の当ブログでも指摘したように、出産率は女性の労働環境(出産・育児のための休業保障など)や男性の家事時間と密接に関係している。在宅勤務制度は労働と家庭生活を両立するための1つの処方箋として評価できる。

 ただし問題もある。在宅勤務では労働時間の制約がない。24時間いつでも仕事ができる。労働時間の裁量が広がれば、労働者は自由に好きな時間で働けるように錯覚しがちだが、出勤・退勤が定まらないということは、仕事量が多い場合、際限なく労働時間が拡大する可能性が高い。
 すでにIT化で職場以外でも仕事が可能になった結果、終業後も自宅に仕事を持ち帰るのが当たり前になってしまったという現実がある。「残業」という概念を消滅させるホワイトカラー・エグゼンプションと同様の危険性があり、労働時間の無限増大化に悪用される不安が拭えない。

 在宅勤務制度には期待と不安が交錯する。今後どう展開するのか長所と短所を見極める必要があるだろう。

【関連記事】
広がる「結婚・出産格差」~「21世紀成年者縦断調査」を読む
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by mahounofuefuki | 2008-03-23 13:03

マクドナルド残業代不払い訴訟で勝訴判決

 日本マクドナルドの直営店の現職店長が、店長を労働基準法第41条の「管理監督者」とみなして残業代を支払わないのは違法だとして同社を訴えていた訴訟で、東京地裁は過去2年間の残業代支払を命じる判決を下した。
 店長が管理職かどうかをめぐっては、先日紳士服大手コナカでも店長の残業代支払いを求めていた労働審判が、会社側が和解金を支払うことで合意したが、今回の判決は、管理職の実態がない労働者を管理職に仕立てることで残業代を支払わない企業の手口を断罪した点で、より明確に企業に反省を促したと言えよう。
 この訴訟の提訴から今日までの動きやマクドナルドの労働現場の実態については、OhmyNewsの永原一子さんの記事が詳しいので(下記の「関連リンク」参照)、ぜひそちらをお読みいただきたい。

 今回の訴訟で注目しなければならないのは、原告が東京管理職ユニオンとともに会社側と団体交渉を行った際、会社側は金銭解決を提示したが、原告はこれを断固拒否して、訴訟に至ったことである。しかも退職せず、あくまでも現職の店長として仕事を続けながら、会社と闘うことがどれだけ厳しいかは想像に難くない。「カネ目当て」という周囲の中傷とも闘い、自己の権利の追求を貫いた原告の意思の強靭さに素直に敬意を表したい。
 訴訟の直接の論点はマクドナルドの店長が管理職かそうでないかだが、むしろ問題は月100時間超の「サービス残業」を強いる企業の働かせ方そのものだろう。外食産業の店長やマネージャークラスの社員の過労はつとに指摘されているが、最小限の人員に過重な仕事を担わせ、極端な能力・成果主義で心身を疲弊させる労務管理が、果たして本当に会社のためになっているか大いに疑問だ。数字上のコストカットを至上命題にするあまり、結局は労働の効率性をかえって低下させているとしか思えない。
 マクドナルドの店長たちのほとんどが、タイムカードの出退勤の時間を改竄してまで残業をしているという。表向きでも定時内に仕事ができなければ「個人の能力不足」とみなされ、能力主義の査定で低く評価されるからだ。特に2006年夏ごろからは「能力不足」の烙印を押された店長やアシスタントマネージャーの降格が目立つようになったという。そこまでして仮に「利益」を上げても労働者には還元されることはない。労働者に待っているのは病気と「過労死」だけである。

 この種の訴訟は過去に何度もあり、勝訴も今回が初めてではない。それにもかかわらず一向に労働環境が改善されないのは、労働基準法が全く機能していないことに起因する。労働行政の強化が何としても必要だ。同時に改めて本当に労働者のためになる労働組合の必要性も痛感した。競争原理で同じ職場の労働者間の連帯が困難になっている現状で、従来の企業内労組を前提にした労働運動ではほとんどの労働者がそこから疎外される。地域ユニオンや職種別労組の伸長に期待したい。
 しかし、いつも言っていることだが、なぜ過労問題は政治課題にならないのだろう? ガソリン税の税率なんかよりもずっと切実なのだが・・・。

【関連リンク】
マクドナルドの「店長」は管理監督者か-OhmyNews
マクドナルド直営店店長が過労死か?-OhmyNews
マクドナルド裁判は原告店長の全面勝訴-OhmyNews
東京管理職ユニオン
労働基準法-法庫
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by mahounofuefuki | 2008-01-28 21:54

ドクターズユニオン結成へ~立ち上がった勤務医と医師不足問題

 花・髪切と思考の浮遊空間の記事で知ったのだが、勤務医を中心としたグループが医師の労働環境改善を目指して新たな医師団体の結成を計画しているという。
 共同通信(2008/01/13 19:39)や朝日新聞(2008/01/14朝刊)などによれば、「全国医師連盟設立準備委員会」というグループで、勤務医や研究医など現在約420人が会員となっているという。1月13日には東京ビッグサイトで総決起集会が行われた。今年5~7月に「全国医師連盟」の設立を目指す。既成の代表的な医師団体である日本医師会が開業医中心であるため、それとは異なる立場から問題提起を図るという。特に勤務医の過労や医師不足の解消を訴えており、医師の労働組合の結成も準備しているようだ。

 実のところ医療問題はあまりよく知らない分野で(今まで幸いにも入院や大きな手術をしたことがないため)、故にこれまでブログできちんと取り上げたことはなかったが、社会保障の再建や長時間労働の是正は私が最も重視する問題であり、少しは勉強しなければならないようだ。ちょうどタイミングを合わせるように今月発売の『世界』2月号が医療崩壊問題を特集しており、メモを兼ねて情報をまとめておこう。

 全国医師連盟設立準備委員会のホームページによれば、「新組織は、いかなる政党、宗派とも独立した組織です。大学や学会や病院などの既存の権威に依存しない、あくまでも現場の医師達の組織です」と自己規定している。
 また、同HPには「檄文」が掲載されている。そのうち「当面の行動」と題する文書を引用する(太字は引用者による)。
全国医師連盟は、
1 医療労働環境改善のために、個人加盟制の医師職労働組合ドクターズユニオンを創設すると共に、厚労省、公共団体、病院管理者に労働基準法遵守の指導を徹底させます。
2 医療報道の是正と世論への啓発のために、記者向けの医療事案解説サービスを設置し、迅速なプレスリリースや医療記事の誤報訂正などを働きかけ、より公正な報道を導きます。
3 医療過誤冤罪を防止し、同時に医師の自浄作用を発揮させるため医師関連団体に働きかけ、また法曹関係者等と協同してこれらの活動を行います。
4 適正な医療費の公的扶助を実現するため、国の医療費抑制政策を転換させ、公共の福祉の向上と共に、診療経営を防衛します。

我々は、医師と医療の真の社会貢献をめざします。
患者と医師が協同して、病気の治療にとりくむ、最善の医療環境をめざします。
 医療過誤問題については、事実さまざまな事件が起きており、「自浄作用」による「冤罪防止」という立場については保留したいが、政府が続けている医療費抑制政策は全面的に廃止するべきだと私も考えており、医師の労働条件改善も理解・支持できる。
 「ドクターズユニオン」構想は、まさに各地の個人加盟型労組である地域ユニオンの医師版であり、ここでも政治団体化した既成の圧力団体(労組の場合は連合など、医師の場合は日本医師会)とは異なる、本当に加盟者の権利を守る組織への希求が読み取れる。
*ただしOhmyNewsによれば、同会の代表世話人である黒川衛氏は「医師会と対立する見解も部分的にはあるが、全面対立するものではない」と注意しており、いわゆる「医師会への反乱」と位置づけることはできないだろう。企業内で御用組合と闘う少数組合とは異なるようだ。

 現在日本の医療における最大の問題は医師不足であろう。勤務医の労働条件悪化の第一の要因もここにある。日野秀逸「医療費抑制政策からの転換を」(『世界』2008年2月号)が日本の医師数について国際比較を行っている。以下、同論文による。
 日本国内の医師総数は約26万人。WHO「ワールド・ヘルス・リポート2006」付録「加盟国における保健労働者の国際比較」によれば、人口10万人あたりの医師数は198人、加盟192カ国の第67位である。ちなみにヨーロッパで最も低水準のイギリスで230人、他の西欧・北欧諸国は軒並み300人台で、イタリアは420人、ロシアは425人である(以上、2002年当時)。
 また、OECDの調査によれば、2003年現在のOECD加盟国における人口10万人あたりの臨床医師数の平均は約300人、日本(2002年、04年)は約200人となっている。日本の人口に当てはめると、臨床医師がOECD平均より12万7000人以上も不足しているという。
 統計によって数字に開きがあるようだが、「先進国」で日本の医師数が最低水準なのは間違いないところだろう。

 医療は教育や福祉とともに「構造改革」によるダメージを最も受けた分野である。今回勤務医たちが声を上げたのを機に、医療のあるべき姿について真剣に考えなければならないだろう。

【関連リンク】
「医療崩壊阻止し、医師の新時代を」-OhmyNews
全国医師連盟設立準備委員会
日経メディカルオンラインブログ 本田宏の「勤務医よ、闘え!」
勤務医の「反乱」をどうみる。-花・髪切と思考の浮遊空間
社会保障と「分断」-勤務医の「反乱」再論-花・髪切と思考の浮遊空間
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by mahounofuefuki | 2008-01-15 23:14

裁判所の判決を無視する労基署~トヨタ過労死

 この国の権力関係の真実をまざまざと見せつけられる出来事である。
 トヨタ自動車の社員の過労死を豊田労働基準監督署が労災認定せず、亡くなった社員の妻が不認定の取り消しを求めた訴訟は、名古屋地裁が労災を認定する判決を下し、国が控訴を断念して判決が確定したことは、以前当ブログでも紹介した。この判決はトヨタが業務と認めていない「クォリティーコントロール(QC)活動」等を業務と認定し、残業時間に加算する画期的な内容だった。
 判決が確定した以上、当然判決が認定した労働時間に沿って労災保険の遺族補償金が支払われるかと思いきや、豊田労基署はこの期に及んでも判決を無視し、当初国側が主張していた労働時間分しか算定していないという。原告は昨日(1月9日)、舛添要一厚生労働大臣と面会し、地裁判決が認定した残業時間に沿った支給を求めた。原告が言うように「行政が司法の判断を無視」(共同通信 2008/01/09 18:39)した暴挙であり、この国の労働行政の貧弱さを絵に描いたような問題だ。

 豊田労基署が裁判所を無視してまで残業時間を過少に算定する理由については、毎日新聞(2007/12/27朝刊)の「記者の目」が次のように示唆している(太字は引用者による)。
(前略) 労働基準法第36条に基づく月間残業時間の上限は45時間。通常は超過すれば違法残業だ。トヨタ過労死弁護団の田巻紘子弁護士は「労基署には、遺族救済のため保険金を適正に算定し、超過残業には是正指導を行う職権があります。残業106時間を会社に認めさせて、役割を果たすべきです。たとえ相手が世界のトヨタであろうと遠慮は許されません」と語る。
 豊田労基署には会社寄りの印象もぬぐえない。労災不認定の際、会社に配慮して適法スレスレの残業時間の認定にとどめたのではないか、という疑問が残る。不認定決定前の時期、同署の署長らがトヨタ系部品会社の割引券を使ってゴルフしていた癒着ぶりが後に明らかになり、この元署長らは今年4月、戒告等の処分を受けているのだ。(後略)
 判決通り月間残業時間を106時間とすると、トヨタは労基法違反になる。それ故に「トヨタが違法残業を強いている」という状況を隠蔽するために、残業時間をぎりぎり「適法」の範囲内に作為したというのである。労基署と企業の癒着ぶりは各地で噂があり、トヨタ側が労基署の幹部に便宜を提供していたというのも、いかにもありそうな話である。
 毎日新聞の記事は「豊田労基署には会社寄りの印象もぬぐえない」と慎重な言い回しをしているが、企業城下町・豊田市の実情を考えれば、労基署もトヨタ本社を頂点とする地域の支配構造に組み込まれており、とてもトヨタに歯向うことなどできないというのが真相だろう。下手にトヨタの違法行為を指導して、暴力団や右翼団体による嫌がらせを受けたり、自宅が放火されたり、場合によっては偽装自殺で消されたりするリスクを負うよりは、せいぜいゴルフ割引券でも貰ってうまく立ち回った方が「お利口さん」ということなのだろう。たとえ表面化しても戒告(免職や停職や減給と異なり実害なし)で済むのならなおさらだ。

 一連のトヨタをめぐる問題は、この国の企業社会の闇を浮き彫りにしている。昨年末にはトヨタ自動車相談役の奥田碩氏が内閣特別顧問に任命されるなど、政府とトヨタの癒着ぶりはますます際立っている。労働行政が真に独立性と実効的な指導力を有することができるよう知恵を絞らねばなるまい。


《追記 2008/01/13》

 当記事に関して複数の方々より、名古屋地裁判決が認定した残業時間には「QC活動」は含まれていないのではないかというご指摘があった。この訴訟では原告側は死亡前1か月間の残業時間を144時間と算定し、被告の国(労基署)は45時間と算定した。地裁の判決は労災認定にあたって「確実な」残業時間を106時間と認定し(これはトヨタ自動車堤工場の人事担当者が算定した114時間よりも少ない)、確かに小集団活動に含まれると考えられる時間の一部を残業時間に加算していないものとみられる(判決文の全文を入手していないので確認はできないが)。
 しかし、それでも「創意くふう提案及びQCサークル活動は、本件事業主の事業活動に直接役立つ性質のものであり、また、交通安全活動もその運営上の利点があるものとして、いずれも本件事業主が育成・支援するものと認識され、これにかかわる作業は、労災認定の業務起因性を判断する際には、使用者の支配下における業務であると判断するのが相当である」と判断して、国や会社側の証言を採用しなかった点で、地裁判決の画期性を損なうものではないと私は考えている。
 当記事はことのほか反響があり、改めて企業の理不尽な労務管理や過労死に対する関心の高さを痛感した。
 なお関連リンクを追加した。

【関連記事】
相変わらず多い残業代不払い
「過労自殺」は企業による「殺人」である
企業による「殺人」
トヨタ過労死訴訟で画期的な判決
「生きのびるための労働法」手帳
トヨタ過労死訴訟で労災確定

【関連リンク】
MyNewsJapan-マスコミが広告欲しさに書けない、本当のトヨタ
全トヨタ労働組合(ATU)
愛労連(ブログ):カイゼンの自主活動は残業<長文>
愛労連(ブログ):桝添厚労省が調査約束*表題は原文ママ
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by mahounofuefuki | 2008-01-10 14:46

もっと「時短」を重視してほしい~春闘方針

 今日のNHKニュースが春闘について報じている。すでに労組の組織率が2割を切り、非正規雇用が全雇用の3分の1を占め、企業間格差が極限まで増大している現在、もはや春闘は一部の大企業正社員以外には「遠い国の出来事」だが、逆に言えば、市場原理主義に対する批判意識が高まり、国会では与野党逆転状態にある今こそ、春闘を真の労働者の権利闘争とすることができるか試されていると言えよう。
 以下、NHKニュース(2007/01/03 18:57)より。
(前略)ことしの春闘は、今月23日に連合と日本経団連のトップが会談し、交渉が本格化します。連合は、戦後最長の景気回復が続く中で企業の利益が役員報酬や株主への配当に回され、労働分配率が下がり続けているのはおかしいとして、毎月支払われる「月例賃金」の引き上げを一斉に要求していく方針です。また、働く人の3分の1を占める非正規の労働者の待遇改善にも力を入れ、格差の解消や労働者全体の賃金の底上げを目指す考えです。これに対して日本経団連は、企業の業績の改善についてはボーナスに反映させることが基本だという姿勢を強調するとともに、賃金は企業の業績に応じて個別に決めるべきだとして一斉の引き上げについては否定的な考えを示しています。その一方で、景気の回復傾向が続いているにもかかわらず個人消費が力強さを欠いていることに配慮して、好調な業績が続くと見込まれる企業については賃金の引き上げを事実上容認する方針です。(後略)
 大企業が空前の収益を上げているのに、株主と経営者の取り分ばかりが増大し、労働者の所得が減少し続けている以上、連合が賃金の一斉引き上げを要求するのは当然である。
 しかし、賃金引き上げが正社員に限定した場合、むしろ非正社員の賃金が抑制される可能性がある。連合は今年の春闘方針で、パートタイム労働者の均等・均衡待遇を目標に掲げているが、要求の優先順位をどう考えているのか。報道が伝えるように、すでに日本経団連が業績の良い企業の引き上げを容認しているようだが、それに乗じて非正規雇用の条件問題よりも、既成の正社員の賃上げ要求を優先すれば、またしても正規・非正規労働者間の格差が拡大する。

 もう1つ気になるのは、現在の労働現場における「国民病」とも言える長時間労働の是正について今のところ具体的な動きがないことだ。連合の闘争方針では「長時間労働を是正しワーク・ライフ・バランスを実現するため、総実労働時間の短縮、36協定の内容の再確認など労働時間管理の徹底と不払い残業撲滅に取り組む」という抽象的な文言だけで、具体的に月あたり何時間短縮するといったようなことは書かれていない。賃金の引き上げ要求については、非常に具体的な目標水準を明記しているのとは対照的である。
 極端な話、非正社員のほとんどは正社員の賃上げなど望んでいない。ますます不均衡を思い知らされるだけで、余計屈辱感を増すからだ。ましてや正社員の賃上げ分だけ非正社員の賃下げが行われたり、正規雇用から非正規雇用への切り替えが行われては元も子もない。
 しかし、長時間労働の方は、現在正規・非正規に共通した問題である。確かに非正社員の中には正社員を憎むあまり、正社員の過労を喜んでいる歪んだ人も少なくないが、不当に長い残業や休日の少なさは非正社員にとっても切実な課題である。これだけ過労死が横行し、過労による精神疾患が急増している以上、ある意味、賃上げよりも時短の方が重要なのではないか。

 どの世代、どの階層、どの職種の人々と話しても、長時間労働に苦しんでいる人が非常に多いのが実感だ。1人当たりの労働時間の短縮は雇用数の増加にもつながる。賃上げが不要とは言わないが、労組にはもっと時短を強く要求してほしい。

【関連リンク】
連合|2008春季生活闘争方針
連合|2008春季生活闘争 当面の方針 その1
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by mahounofuefuki | 2008-01-03 23:34

トヨタ過労死訴訟で労災確定

 今月に入ってから当ブログの「検索ワード」第1位は断トツで「トヨタ過労死」である。
 といっても私の当該記事は新聞記事を紹介しただけのたいした内容ではないので恐縮なのだが、リンクした記事やトラックバックをいただいた記事はとても優秀なので、そうした記事への入口となれば幸いである。
 この問題を1度しか書いていない当ブログに「トヨタ過労死」で来る人が多いということは、それだけ過労に対する関心が高いということだろう。

 そのトヨタの過労死に労災が認定されなかった訴訟は、トヨタが業務と認めていない時間外活動を業務と断じる判決が出され、原告が勝訴したが、昨日(12月14日)、被告の国が控訴を断念したために判決が確定した。まずは良かったと言えよう。
 タダ働きはトヨタだけの問題ではない。これを機に「サービス残業」を実効的に規制することを望む。

 ただ、過労死に関していつも思うのは、死んでからでは遅いということだ。現在進行形で過労に苦しむ労働者を実質的に助けられる手立てがなければ、どうにもならない。死んでから遺族にはした金を支払って解決ということが続くのは辛い(この問題は下記の関連記事を参照してほしい)。

 過労は今や現代社会の最大の問題である。何で政治課題にならないのだろう?

【関連記事】
相変わらず多い残業代不払い
「過労自殺」は企業による「殺人」である
企業による「殺人」
トヨタ過労死訴訟で画期的な判決
「生きのびるための労働法」手帳

【関連リンク】
全トヨタ労働組合(ATU)
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by mahounofuefuki | 2007-12-15 12:15

トヨタ過労死訴訟で画期的な判決

2002年にトヨタ自動車堤工場で、当時30歳の社員が過労により死亡したにもかかわらず、豊田労働基準監督署が労災を認定しなかったため、死亡した社員の妻が労災不認定処分の取り消しを求めていた訴訟で、名古屋地裁は死亡と過労の因果関係を認め、処分の取り消しを命ずる判決を下した。

最近の司法は、過労死による労災を認める傾向があるが、今回の判決の画期的な点は、トヨタが従業員の自発的な活動で業務ではないと主張している、生産方式の「カイゼン活動」を業務と認めたことである。
トヨタは「創意くふう提案」「QC(クォリティーコントロール)サークル」などの小集団による「業務改善」を社員に行わせて、社員の企業共同体への一体化を進めているが、今に至るも経営側はこれらを会社の業務とみなしておらず、労基もトヨタに迎合して「カイゼン活動」時間を労働時間に算入しなかった。
今回の判決はそうしたトヨタと労基の欺瞞を突いたのである。
以下、毎日新聞(2007/12/01 01:05)より。
(前略) 判決で多見谷裁判長は「業務は精神的ストレスをもたらしたと推認できる。上司と職場に残っており、相当時間残業している勤務状況を上司は認識できた」と指摘。また、徹底的に職場の能率向上を図るトヨタ生産方式「カイゼン」のため、同社が社員に「創意くふう提案」などをさせる「小集団活動」についても、原告が業務の一部と主張したのに対し、判決は「運営に必要な準備を社内で行っており、業務と同様にとらえられる」と認定した。労基署は03年12月、「拘束時間すべてが労働時間ではなく、実際の残業は約45時間」と業務と死亡の因果関係を否定していた。(後略)
以下、朝日新聞(2007/12/01 07:57)より。
(前略) トヨタは、社員が創意くふう提案に費やす時間や、月2時間を超えるQCサークル活動を自発的活動とみなして、残業代も支給してこなかった。
 QC活動を「業務」と認定した理由について判決は、(1)会社紹介のパンフレットにも積極的に評価して取り上げている(2)上司が審査し、その内容が業務に反映される(3)リーダーは活動の状況を自己評価していた、などの点を指摘。QC活動はトヨタの自動車生産に「直接役立つ性質のもの」であり「使用者の支配下における業務」とした。
 原告側の弁護士は「外見上、自発的な活動としながら、企業が残業代を払わずに労働者に仕事をさせる巧妙なシステム。トヨタの急成長の秘密の一つだ」と指摘する。(後略)
要するに巧妙な「タダ働き」であり、労働者の生存権などこれっぽちも考えていない、奴隷労働である。

判決は、いわゆる「トヨタ方式」と呼ばれる徹底したコストカット管理については、判断を回避したが、莫大な政治資金で自民・民主両党の国会議員などを意のままに動かし、莫大な広告費でマスメディアを黙らせているトヨタの「実力」を考えれば、今回の裁判官は非常に勇敢であったと言えよう。

ちなみに、前記毎日電子版には、トヨタのコメントが載っているが、その内容は「ご遺族と国の訴訟でコメントする立場にございません。元社員がお亡くなりになられたことは心からお悔やみ申し上げ、社員の健康管理に一層努めてまいる所存です」という、反省のかけらもないものだ。
労働者が「社畜」と化して、身を粉にして全身全霊を尽くしても、「飼い主」は飼っている虫が1匹死んだくらいにしか考えていないのである。

なお、この過労死については、妻のインタヴューをもとに書かれた以下の記事が必読である。
MyNewsJapan-トヨタで死んだ 30歳過労死社員の妻は語る(1) 生体リズム壊す変則勤務体制
MyNewsJapan-トヨタで死んだ 30歳過労死社員の妻は語る(2) 利益1兆円を生む「賃金のつかない業務」
MyNewsJapan-トヨタで死んだ 30歳過労死社員の妻は語る(3) 「死んだら、もういらないの?」
*記事の全部閲覧は、有料会員限定。

《追記》

トラックバックしてくださった酒井徹の日々改善に、法廷での判決言い渡しの様子が記されている。
通常、裁判長は判決の主文のみを読み、あとは判決文を配布することで代えるのだが、今回の裁判長は自ら判決理由も述べ、原告に直接ねぎらいの言葉をかけ、さらに一部原告側の要求を判決理由に盛り込まなかったことの事情も説明したという。
司法権の独立、裁判官の独立が形骸化しつつある現在、まだこんな判事がいたことに深い感銘を覚えた。今や国を敗訴にすることは命がけである(住基ネットに違憲判決を出した判事が変死したことを忘れてはならない)。自己の良心に忠実な判事に敬意を表する。
なお、言うまでもないが、被告の国は控訴するべきではない。


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「過労自殺」は企業による「殺人」である
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by mahounofuefuki | 2007-12-01 12:45

「過労自殺」は企業による「殺人」である

失跡から約1年半後に富士山麓の樹海で遺体となって見つかった人が、「過労自殺」として労災認定されたという。
この男性は三菱電機の社員で、関連会社へ出向後、毎月100時間超の残業をしていた。死後、両親らの尽力で労災申請にこぎつけ、失踪から1年以上経過した自殺としては初めて労災を認定された。

こうした事件を聞くたびにいつも思うのは、過労問題は当の労働者が死んでからでないと、「問題」にならないのか、という疑問である。
死ぬ前にどうにかする手だてを考えない限り、労働者は決して救われることはない。こんなことが続けば、過労死が起きても遺族に「はした金」さえ支払えば解決という認識を経営者に与えることになるだろう。企業は安心して従業員から労働力を搾り取ることができるのだ。
現在進行形で過労に苦しむ労働者を実質的に助けられる取組みが必要なはずだが、なぜかまったく政治課題にならない。

労働者が過労を自覚していても、会社側に是正を要求する力はない。あるいは労基や弁護士に訴えるにしても、訴えるという行為自体が加重負担であり、何よりも会社側の報復を恐れている。
さらに問題なのは「自発的」に長時間労働している場合である。「自発的」といっても、こなせないようなノルマを課せられていたり、成果主義による競争を強いられていたりするので、実は「強制的」であるのだが、この場合当人が「自分は無能だから」と「自己責任」に帰することが多い。実際は無能なのは労働者ではなく、労働者に長時間労働を強いるような管理しかできない経営者こそ無能なのだが、巧妙な心理操作でなかなか気付かない。
今回の事例もおそらく徹底して自分の「弱さ」を責め、富士の樹海をさまよい息絶えたのだろう。「弱さ」は罪ではなく、人間性の証なのに。
あえて言おう。「過労自殺」は「自殺」ではない。企業による「殺人」である。

過労問題は現在、日本最大の社会問題である。せっかく国会が与野党逆転状況なのだから、もっと大きく取り上げるべきだ。特に労働規制の強化は最優先課題である。年金も結構だが、長時間労働にも目を向けて欲しい。
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by mahounofuefuki | 2007-10-11 11:36