タグ:規制緩和 ( 29 ) タグの人気記事

トヨタの取締役の平均報酬1憶2200万円にもっと怒るべき

 この国のマジョリティーは、公務員の「厚遇」にはほんのわずかなものでも目くじらを立て、民間の劣悪な労働条件を「官」にも押し付けようとする。本来は公務員を叩くのではなく、「自分らも公務員並みにしろ」と「引き上げ」を要求すべきところを、とかく自己の「引き上げ」よりも他者の「引き下げ」を求めたがる。「他者の不幸」にしか「救済」を見出せないのが現在の日本社会の特徴だが、どうせなら少しは「官」の不公平だけでなく、「民」の不公平にも目を向けるべきではないか。

 トヨタ自動車が今日株主総会を開き、役員報酬を決定したという。以下、東京新聞2008/06/24夕刊より(太字強調は引用者による。漢数字をアラビア数字に転換した)。
 トヨタ自動車は24日午前、愛知県豊田市の本社で株主総会を開き、2008年3月期の取締役29人と監査役7人に対する役員報酬や賞与などの総額を、前期比約17%増の39億2000万円とすることを決めた。
 取締役の人数を増やしたことや08年3月期決算の純利益が過去最高となったことを反映させており、取締役の平均では、年間1人当たり約5%増の1億2200万円となる。(後略)
 役員報酬の総額が昨年よりも17%も引き上がり、取締役1人当たりでは平均1億2200万円。「天下り官僚」の退職金には血眼になる人々はなぜこれには黙っているのだろうか。

 税金でまかなう官僚の給与と一緒にするなと言う人もいるだろう。しかし、私に言わせればトヨタの空前の収益は多くの労働者の犠牲の上に立っており、本来労働者に配分されるべきカネを収奪しているにすぎない。税金はまだ公的給付という見返りがあるが、こちらはただ労働力を搾取され、過労を強いられ、賃上げも抑制されている。役員たちは巨額の報酬を得てウハウハだが、その陰で何人もの社員が過労死や病気に追い込まれたり、下請けや孫請けの企業が上から求められるコストカット要求に苦しめられ、さらに底辺では非正規雇用に押し込められた無数の人々が死屍累々と横たわっているのである。そういえば「秋葉原」の彼もトヨタ系企業に派遣で働いていた。

 藤田宏「大企業の労働分配率は52.3%」(『経済』2008年4月号)が、「法人企業統計」を用いて資本金10億円以上の企業の労働分配率(人件費÷付加価値費)を算出しているが、今世紀に入ってからは次のように推移している。
2001年 62.9%
2002年 60.0%
2003年 58.1%
2004年 55.3%
2005年 53.8%
2006年 52.3%
 一目瞭然。6年間で10%以上も低下している。一般に労働分配率を算出する際、役員給与も人件費に含むが、藤田論文では役員給与は付加価値扱いで、より経営の実態に即している。役員報酬の増加と労働者の給与の低下という事実は明白である。

 ちなみに余談だが、今日英会話学校「NOVA」の猿橋望元社長が、社員の福利厚生のための積立金を横領していた容疑で逮捕されたが、なぜかこういう「ずるい経営者」はバッシングの対象とはならない。以前、彼の趣味の悪い社長室について当ブログで批判したことがあったが、当時「あれが男の夢」というようなことを書いていたブログがあった記憶がある。不当な官僚には憎悪をむき出しにするが、不当な経営者は依然として「憧れの的」というわけである。いくら憧れても、なれるはずもないのに。

 「構造改革」の罪の1つは企業経営者のエゴを公認してしまったことにある。労働者には苦しみだけ与えて、自分らだけで富を独り占めする彼らを決して許すことはできない。

【関連記事】
民間給与実態統計調査
法人申告所得過去最高でも消費税上げますか?
NOVA前社長と「俗物」の境地
[PR]
by mahounofuefuki | 2008-06-24 21:05

国に「無駄遣い」を義務付ける宇宙基本法

 議員立法で提出されていた宇宙基本法案が昨日、自民・民主・公明など各党の賛成多数で衆議院を通過し、参議院へ送付された。

 この法案は第14条で「我が国の安全保障に資する宇宙開発利用を推進する」と定め、1969年の宇宙開発事業団法制定に際しての国会決議以来「国是」であった宇宙利用の非軍事限定原則を変更するものである。
 これまでもいろいろ口実を設けて事実上の軍事利用が進んでいたが、日米軍事一体化、特にミサイル防衛システムの強化に合わせて、はっきりと軍事転用を法的に保障しようとしている。武器輸出解禁や集団的自衛権行使に向けた動きとも一致しており、日本がアメリカと一体となって武力行使するための準備の一環であることは疑いない。国際間の宇宙軍拡競争を激化させる可能性も含んでおり、とうてい容認することはできない。民主党がこの法案に賛成するあたり、この党の反憲法政党としての本質が浮き彫りになったとも言える。

 この法案の問題はそれだけではない。第11条で「政府は、宇宙開発利用に関する施策を実施するための法制上、財政上、税制上又は金融上の措置その他の措置を講じなければならない」と、宇宙開発への税制上の優遇措置や財政出動・融資を国に義務づけていることである。
 ふだん財政難を口実にさんざん市民生活に密着した公的支出を減らし、社会保障や福祉の予算を削減しているくせに、宇宙開発という庶民の生活には縁遠い、しかし一部の企業にとっては「おいしい」利権には国の支援をわざわざ法律で定めようとしているのである。これはある意味「無題遣い」を国に義務づけている法である。
 もともと宇宙基本法案は財界の強い要求で作られたもので、日本経団連は2006年に「わが国の宇宙開発利用推進に向けた提言」で、「宇宙は国家・国策事業であるという認識の下で、官が開発、実証を行い、その成果を踏まえ、産業化の視点にたって民が利用、事業化を進めることが基本である。また、利用にあたっても、国が重要な顧客として継続的に有力なユーザーとなることが重要である」と述べていた。開発のコストを国に負わせ、その成果だけを企業がもらい、なおかつ国が企業から商品を買い取るという究極の利権システムを要求していたのである。

 「官製貧困」が拡大を続ける中で、宇宙開発にカネを使えるほどの余力はこの国にない。民衆には「自己責任」を強要しながら、利権のためには国に依存する財界の身勝手さにはほとほとあきれる。宇宙基本法問題は、改めてこの国の政財関係のいびつさを如実に示している。

【関連リンク】
衆法 第169回国会 17 宇宙基本法案(内閣委員長提案)
http://www.shugiin.go.jp/itdb_gian.nsf/html/gian/honbun/houan/g16901017.htm
日本経団連:わが国の宇宙開発利用推進に向けた提言(2006-06-20)
http://www.keidanren.or.jp/japanese/policy/2006/046/honbun.html
[PR]
by mahounofuefuki | 2008-05-14 19:43

消費者行政強化への一抹の不安

 福田内閣はもともと前政権が参院選での惨敗を経て突然退陣した後を受けて、急きょ登板した「敗戦処理」政権で、それ故に小泉・安倍時代のツケを支払うのに手一杯なのだが、その中で福田康夫首相は自らの独自色を専ら「消費者行政一元化」に見出しているようである。
 今日開かれた消費者行政推進会議で、首相は各省庁の消費者行政部門を統合した「消費者庁」を来年度に新設する意思を正式に表明した。読売新聞(2008/04/23 11:34)によれば「業者に対する立ち入り調査や是正勧告の権限を持たせ、他省庁への勧告も可能とする」ようにし、地方の消費者行政に対する「交付金などによる支援策」を検討するという。各省庁の機構改革という官僚の既得権益との「闘い」を演出することで、レームダックからの再起を図っていると言えよう。

 一方、民主党はこの「消費者庁」案への対案として、「消費者保護官」を新設する法案を準備している。
 毎日新聞(2008/04/23 02:30)によれば、「消費者保護官」は「人選は政府が国会に提案する同意人事方式ではなく、首相指名選挙と同様に国会が議決し、天皇が認証する方式。任期は6年で再任はしない」「各省庁に資料提供や強制調査権限の行使などを要請でき、省庁側が応じない場合などは勧告権限も与える」「消費者の利益侵害を続ける業者に行為の停止を直接勧告する権限も持たせる」という。強力なオンブズマンを想定しているようである。

 どちらも本決まりではないので詳細な論評を避けるが、政府案も民主党案も少なくとも、小泉時代の「民間にできることは民間へ」と言いつつ、ただ一方的に行政の役割を放棄し続けた路線とは一線を画している点は評価したい。昨年来の相次ぐ偽装表示問題がきっかけではあるが、何でも規制緩和というバカの一つ覚えの思考から、市場にはルールとジャッジが不可欠であるというまともな思考への転換である。

 とは言え一抹の不安があるのも事実である。与野党が「消費者保護」を競い合うために、それが行き過ぎて「消費者主権」にまで進んでしまうことを危惧している。
 モノを「作る」側、「売る」側、「買う」側がそれぞれ対等な関係こそ望ましいのだが、これが極端に「買う」側=消費者に傾くと、結局は生産者や労働者は無理なコストダウンを求められる恐れがある。消費者=善、事業者=悪というわけではない。1990年代に主に「リベラル」系の識者が「消費者主権」論を主唱したことがあったが、これが新自由主義流のコストカット至上主義に道を開いた過去を忘れてはなるまい。

 読売の前掲記事によれば、悪質商法の取り締まり強化のための新法も検討するというが、行政機構の制度をいじくるより、むしろこちらの方が優先課題のような気がする。こうした問題は権力闘争の具にすることなく、超党派で実効性のある法制化を目指して欲しい。
[PR]
by mahounofuefuki | 2008-04-23 21:07

再評価すべき「出島の感覚」

 全然知らなかったが、ピーター・マンデルソンというEUの通商担当委員が来日中で、何でもイギリス系投資ファンドの電源開発株買い増し申請に日本政府が中止を勧告した件について、江戸時代の鎖国下の「出島の感覚」が残っていると批判したという。
 以下、共同通信(2008/04/22 11:28)より。
(前略) 同委員は日本への外国直接投資額がほかの先進国と比べて圧倒的に少ないことなどを指摘し、「日本はグローバル経済の優等生なのに、自国経済となるとグローバル化を恐れている」などと疑問を呈した。
 その上で、江戸時代に長崎の出島でオランダを相手に限定的な貿易をしていた感覚から脱しきれないなどと述べ、外国投資家らに鎖国的な「文化や伝統」を批判した。(後略)
 この発言はイギリスの経済紙フィナンシャル・タイムズによるインタビューで為されたということなので、同紙の記事を調べてみると、確かに“Dejima mindset”が取り除かれていないと語っている。本筋とは関係ないがヨーロッパの政治家が「出島」を知っていたことにまずは驚いた。

 このマンデルソンという人について検索すると、イギリス労働党出身でブレア前政権では閣僚も務めている。詳細は不明だが、主に中国に対して自由貿易主義の立場から厳しい批判を繰り返しているようで、典型的な市場開放論者のようだ。
 このインタビューでもフィナンシャル・タイムズの記者が“a combative speech”と形容するほど激しい調子で、日本市場の「閉鎖性」を批判している。その中には航空機市場を国策の介入でボーイングが独占していることへの批判など傾聴に値する点もあるが、その多くは限りなくイチャモンに近い。

 実を言うと私はこの「出島の感覚」をもっと再評価するべきだと考えている。江戸時代の鎖国は外国との一切の関係を断絶したものではなく、幕府が貿易を独占管理したシステムで、相当な収益を上げていたことが最近の研究では明らかになっている。いわば究極の保護貿易である。
 この20年ほどの間に「自由貿易=善」というドグマが世界的に成立してしまい、市場開放ばかりが追及されたが、それが単なる弱肉強食で貧富の差を拡大し、それぞれの地域の産業を衰退させたのは周知の通りである。日本では食糧自給率も大幅に低下してしまった。

 いまいちど「必要なものは輸入するが、そうでないものは輸入しない」という鎖国=管理貿易の発想を見直すべきではないか。新自由主義に対する対抗政策を構築する上で、鎖国政策は大いに参照になるだろう(もちろん鎖国そのものの実施は現代世界では不可能だが)。マンデルソン発言は逆説的に「出島」の存在に気づかせてくれる。
[PR]
by mahounofuefuki | 2008-04-22 18:19

OECD「対日経済審査報告書2008」について

 経済協力開発機構(OECD)が2008年の「対日経済審査報告書」を発表した。
 新聞報道では正規・非正規雇用差別の是正を促進したことが強調されていたので(たとえば東京新聞2008/04/07夕刊)、てっきり新自由主義路線の修正を促す内容なのかと思って原文の要旨を読んだらたまげた。まるで竹中平蔵氏と与謝野馨氏のそれぞれの議論をつまみ食いしたような内容だったからだ。

 全6章から成る報告書のうち、労働市場について述べているのは最後の第6章だけで、後は専ら規制緩和と財政再建の立場からの「庶民の痛み」を伴う提言ばかりである。
 その労働市場改革の提言も非正規雇用の増大が「公平と効率の面で深刻な懸念を惹起している」としつつ、「正規労働者の雇用弾力化」(正規雇用の保護規制の柔軟化)を主張しており、非正規雇用待遇の正規化=「引き上げ」による均等化ではなく、正規雇用待遇の非正規化=「引き下げ」による均等化を容認している。これでは雇用待遇差別の根本的解消につながらないことは言うまでもない。

 財政再建問題については依然として「均衡財政のドグマ」(東京大学大学院教授の神野直彦氏による)にはまった徹底した歳出削減を提唱している。
 公共投資や公務員人件費の削減を高く評価し、さらなる削減を求めている。公共投資の減少が地方経済を疲弊させ、公務員人件費の削減が非正規雇用の公務員を増やし、生活を不安定にさせると同時に行政サービスの低下を招いたことは、もはや常識の範疇に含まれるのにもかかわらず。
 また、公的医療支出を抑制するために、「民間部門の関与をこれまでより広く認めるといった規制改革」を要求している。現在の医師不足や国民健康保険の赤字財政の原因は公的医療支出の減少にあることを全く理解していない。これが「国民皆保険制度」の崩壊をより悪化させることも言うまでもない。

 税制については、所得税と消費税の増税を促す一方、法人税率の引き下げを提起している。
 消費税増税の問題性は当ブログでは何度も書いているのでここでは繰り返さない。OECDは法人税の課税ベースを拡大した上で税率の引き下げを提起しているが、これは実質的には中小企業の負担を増やし、大企業の負担を減らすことを意味する。現在、法人収入が史上最高とはいえ、大企業と中小企業の格差は拡大している。大企業からのコスト削減要求のために中小企業の経営はいっぱいいっぱいであり、その上税制でも不公正を拡大すれば、とても立ち行かない。
 OECDは財政再建路線と法人税引き下げの矛盾について「法人税率引き下げによる税の減収は、投資の伸びと企業部門の拡大といったサプライサイドからの効果によって一部は相殺できる」と、相殺効果が「一部」にすぎないことを認めている。

 サービス部門の競争強化を要求しているのも問題だ。大規模小売店舗の「参入障壁」の排除、電力やガスのような公共企業間の競争促進、空港の民営化、教育・医療における民間委託の推進などを求めている。郵政民営化のプロセスも計画通り進めるべきだと主張している。ここまで来ると、もはや経済財政諮問会議や規制改革会議の議論と変わらない。

 評価できるのは「死亡件数の4%しか課税されない相続税を強化する」という部分くらいである。少なくとも今回の報告書に関して新聞報道は当てにならない。OECD報告書を雇用待遇問題の資料として使うのは危険を伴うことを指摘しておきたい。

【関連リンク】
Economic survey of Japan 2008-OECD
OECD対日経済審査報告書2008年版*PDF
[PR]
by mahounofuefuki | 2008-04-08 13:10

「道州制」は新自由主義の隠れ蓑

 日本経団連が18日付で「道州制の導入に向けた第2次提言 -中間とりまとめ-」を公表した。昨年の第1次提言に続くもので、政府が策定を進めている「道州制ビジョン」を先取りしたものと言えよう。
 「道州制」については「地方分権」を具現化するものとして、何となくプラスのイメージをもって語られることが多く、新自由主義の「構造改革」路線に批判的な人や福祉国家派でも支持する場合が多い。しかし、今回の提言を読む限り、「道州制」も「地方分権」も弱肉強食の新自由主義の隠れ蓑にすぎないと言わざるをえない。

 経団連は「道州制」による地方自治体の再編像を次のように描いている(太字強調は引用者による、以下同じ)。
① 現在の都道府県を廃止し、これに替わる広域自治体として全国を10 程度に区分する「道州」を新たに設置する。
② 地方公共団体を道州および市区町村などの基礎自治体という二層制とし、道州、基礎自治体それぞれの自治権を活用し、真の住民自治を実現するために必要な権限と財源もあわせて備えさせる。
 47ある都道府県を10程度に統合し、市区町村も1000程度に統廃合するべきだという。今回の提言では「今すぐ着手すべき」改革として、国の出先機関の「地方支分部局の職員定数の大幅削減」を挙げており、統廃合を通して公務員を削減しようという意図が窺える。
 行政不信の根深い人々は、行政の規模や人員を縮小・削減すると聞くと無条件で賛成しがちだが、現在の日本は世界の中でも「国民」に占める公務員比率が最も低い水準の国である。公務員の数が減るということは、それだけ行政サービスが質量ともに低下することを意味する。医療や教育や福祉をはじめ行政の役割はむしろ増大している。行政がきちんと住民のニーズに応えようとするならば、公務員は減らすどころか大幅な増員が必要なのが現実だ。

 経団連は「道州制」導入の前提として、9万人以上の公務員の民間への転出(要するに解雇)すら提言しているが、労働市場に公務員出身者が溢れることは、結局雇用の需給において非公務員の立場を弱くする。もっとわかりやすく言えば、就職において公務員出身者が非公務員のライバルになるということである。しかも公務員の民間転出は一種の「天下り」とも言える。「公務員を減らせ」という主張は「公務員を天下りさせろ」と言っているようなものである。
 ついでに言えば、現在公務員の世界でも非正規雇用が増大している。特に地方出先機関や地方自治体に多い。真っ先にクビを切られるのは彼らである。非正規公務員は民間に行っても新卒でないので非正社員にしかなれない。労働市場における非正規雇用の増加は「貧困と格差」の拡大に手を貸す愚行である。

 都道府県や市町村の数が減ると、それだけ住民からそれらが遠くなる。単に役所に用があって通う場合の距離が長くなり不便になるというだけにとどまらない。役所が遠くなることで地域住民の声が届きにくくなり、役所の方も住民の「顔」が見えにくくなる。いくら権限や財源を譲渡しても、住民が見える所でそれらを行使できなければ意味がない。「道州制」は「地方分権」を促進しても「地方自治」を破壊するのである。
 「道州制」が新自由主義の隠れ蓑であるということは次の箇所に最もよく現れている。
道州制の導入に伴い国、道州、基礎自治体の役割を定める前に、これまで官が担ってきた公の領域において民が活動できる範囲を拡げ、小さな政府、民主導の経済社会運営を目指すことが重要な課題となる。そのため、官の役割をゼロベースで見直し、規制改革の推進官業の民間開放、PFIによる事業実施などを徹底する。あわせて、官の肥大化を防ぎ、公務部門においても生産性、効率性の向上を図る観点から、公務員制度改革をはじめとする各種の行政改革を断行することが必要である。
 まさに小泉政権が行った「構造改革」と同じ、「何でも民営化」「企業やりたい放題」の公認である。「規制緩和」が資本による労働者からの搾取強化を促進し、「効率性」が極端な競争原理を導入して人間をモノのように扱うことを進めたのが実情である。それなのに「構造改革」で疲弊しきった地方に、今度は「道州制」という名のムチを与えようとしているのだ。

 経団連の提言は「道州制」のメリットとして、防災・消防体制の強化、警察再編による治安向上、子育て支援と人材育成、地域医療・介護の充実、独自の産業振興と雇用の創出、観光振興などを挙げているが、それらは「地方分権」とは無関係である。国がきちんと予算を配分すれば「地方分権」などせずとも実現できることばかりである。
 「国・地方あわせて800 兆円近い債務を抱えるわが国の行政が、このままの体制を維持できると考えるのは非現実的」と言うが、日本は外国に対して債務を抱えているわけではない。国の借金は国債保有者に課税を強化すればすぐにでもなくなる。地方の債務は専ら国に対するもので、これも国の決断でどうとでもなる。その方が都道府県を10程度に減らすという案よりよほど現実的だ。そもそも債務を増やさせたのは、経団連を含む財界への利益誘導が主因である。経団連にまるで他人事のように言う資格はない。

 経団連の提言は他にも「現在12 府省ある中央省庁を半数程度に解体・再編する」「地方交付税と国庫支出金の廃止」「地方消費税の活用」「地方債の起債を自由化」など無茶苦茶な案が目白押しである。ツッコミどころが多すぎて今回だけではとてもまとめられないので別の機会に譲るが、とにかく「道州制」は日本社会を崩壊させる愚策であることを改めて強調しておきたい。


《追記 2008/03/24》

 政府の道州制ビジョン懇談会が、中間報告を総務大臣に提出した。2018年までに道州制を導入するよう求めている。主旨は経団連の提言とほぼ同じで、同懇談会の性格を如実に示している。
 今後、新自由主義政策は「地方分権」「道州制」の皮をかぶって行われるだろう。繰り返しになるが、それは地方切り捨ての「構造改革」路線の継続である。注意しなければならない。

【関連リンク】
社団法人 日本経済団体連合会
道州制の導入に向けた第2次提言 -中間とりまとめ-*PDF
道州制ビジョン懇談会-内閣官房
[PR]
by mahounofuefuki | 2008-03-18 21:17

「コイズミ」的な「空気」が拡大する危険は続く

 どの世論調査でも生活・医療・教育などへの不安や福祉国家への待望が高まっているし、だからこそ明確に「構造改革」路線を放棄しない福田内閣の支持率は下落を続けているのだが、一方で今も「構造改革」=新自由主義路線の張本人である小泉純一郎元首相への人気は高い。いや正確には人気がメディアによって煽られていると言うべきだろう。

 13日に静岡7区選出の片山さつき衆院議員への応援のために小泉氏が浜松市を訪れたが、翌日のスポーツ紙やワイドショーが一斉に大きく報じた。仮に福田康夫首相が応援に行っても一般紙はともかくスポーツ紙やワイドショーが報じることはあるまい。これは今も「コイズミ」がメディアで「数字(売上部数や視聴率)を取れる」キャラクターであることを意味する。
 当の本人は浜松での講演で「私は総理を辞めたんですよ。次の総裁選挙に出る気なんて、まったくありません」と「再登板」を否定したという(神奈川新聞2008/03/13)。小泉傘下に復帰したと言われる元首相秘書官の飯島勲氏や「構造改革」派の政治屋たちの思惑は別として、その言葉自体に偽りはないと私は思っている。小賢しい彼がわざわざ火中の栗を拾うような真似をすることはないからである。

 問題は本人に登板の意思がなくとも、「コイズミ」がメディアに露出することで、あたかも「改革が道半ば」とか「コイズミのようなやり方でないと危機を突破できない」というような認識が常に有権者の頭にインプットされることにある。
 実際は「コイズミのせいで社会保障は崩壊し、経済も弱体化した」し、前述のように有権者の多くも「構造改革はもうノーサンキュー」と考えるようになっているのだが、一方で依然として「小さな政府」論=「政府の役割は小さいほどよい」という信仰が未だに根強く、「既得権益の解体」を小泉、あるいは「コイズミ」的なもの(たとえば宮崎県の東国原英夫知事あたりが危ない)に託そうとする可能性は残存している。

 「貧弱な坊や」安倍晋三氏や「陰気なツンデレ」福田康夫氏に比べて、「陽気な独裁者」(by辺見庸氏)である小泉氏は、キャラクターとしては依然としてプラスのイメージを保有している。「政界再編」云々といった生臭いレベルではなく、もっと大きな社会を覆う「空気」として「コイズミ」的なものが再拡大する危険は依然として存在する。
 差別と競争を旨とする新自由主義の廃棄と、社会的公平の確立を希求する側は「コイズミ」対策を真剣に考えねばなるまい。その際、単に対抗馬として知名度の高いキャラクターを用意するというレベルの方法では、広告代理店を握る新自由主義勢力に返り討ちにされるだろう。真の勝負は有権者にそれぞれの自己の生活を見つめ直すことを促せるかどうかにかかっているような気がする。
[PR]
by mahounofuefuki | 2008-03-15 14:36

「正社員のイス」をめぐって

 現在の日本の雇用における最大の問題は、非正規雇用の拡大であることはもはや言うまでもない。昨日の夜のNHKニュースはトップで総務省の「労働力調査」の結果を伝えたが、それによれば昨年の非正規労働者の数は前年より55万人も増え、過去最高の1730万人余りに上り、全労働者に占める割合も33.5%にもなっている。3人に1人が不安定な有期雇用や中間搾取のある間接雇用なのである。

 今回の「労働力調査」については、Internet Zone::WordPressでBlog生活 非正規労働者が3分の1を超えるがわかりやすく紹介しているので、そちらに譲りたいが、特に男性非正規労働者の55%が年収200万円未満というのは、もはや非常事態である。労働者の「生きる権利」という観点のみならず、日本社会の持続可能性や国内市場の活性化といった観点からも現状を座視することはできない。

 一方で今日は、大手企業の次年度の採用計画に関するニュースも伝えられている。たとえばトヨタ自動車は新卒・中途採用計3629人を採用するという。4年連続で採用人員が3000人を超え、好調な業績を反映している(共同通信2008/03/10 18:24)。また、日立製作所は新卒・中途採用計1450人で、こちらも5年連続の採用増で、1400人台の採用は15年ぶりだという(毎日新聞2008/03/10 18:04)。
 長期不況を脱した数年前から新卒の就職市場は「売り手市場」が続いているが、今後も「団塊の世代」の退職増加により、しばらくはこうした状況が続くのだろう。

 この2つのニュースを見比べた時、我々「氷河期世代」の不遇が改めて浮き彫りになる。
 いくら景気が回復しようが、採用が増えようが、企業の採用は新卒中心である。今も企業は非正規労働の経験を全く評価しない。故に新卒で正規雇用にありつけなければ、ほとんどは生涯非正規雇用に甘んじなければならない状況にある。この「不遇」は決して「運命」でも「災難」でもなく、政府の政策と財界の人為的な行動によってもたらされたものである。

 こうした状況を是正するためという口実で、最近財界やその御用文化人が「優秀な非正社員を正社員にするには、今いる無能な正社員を解雇しないとイスが空かない」という論理で正社員の解雇自由化への世論誘導を始めている。日本経済新聞や週刊ダイヤモンドなどの財界の腰巾着たちが「新しい雇用ルール」などと言って解雇規制の緩和を主張している。
 ダイヤモンド社論説委員の辻広雅文氏が解雇自由化を唱えていることは以前紹介した(下記関連記事を参照)。これに続いて国際基督教大学教授で経済財政諮問会議のメンバーでもある八代尚宏氏が、やはり「同一労働・同一賃金」を口実に同様の主張を行っている(八代尚宏、堂々と解雇規制緩和を求める。-花・髪切と思考の浮遊空間参照)。

 新卒当時に「運とチャンス」に恵まれなかったと考える「氷河期世代」の非正規労働者の中には、正社員のイスの数が決まっている以上、今いる正社員がイスをどかない限り、自分が這い上がる機会がないと考え、正社員の解雇自由化を支持する人も多いだろう。あるいは、そんな問題以前に、自分たちを「差別のまなざし」で見つめる彼らが「没落」することを単純に願う人も少なくないだろう。その気持ちはよくわかる。
 しかし、現実の企業は「正社員のイス」を減らすことしか考えていない。解雇自由化の実現までは、あたかも非正規労働者のために正社員のクビを切るというポーズをとるが、いざ実現したら正社員のクビを切っても、非正社員を正社員に登用することはない。たとえあっても能力主義と成果主義で徹底的に競わせ、過酷なサバイバルに勝ち残った者だけにしか「恩賞」を与えない。しかも、仮に正社員になれても、解雇が自由化されているのだから、今度は自分がいつでもクビを切られるのである。

 解雇規制緩和の真の目的は労働法制の完全解体である。
 すでに昨年、就業規則を労働契約とする労働契約法が成立した。財界はこれを足掛かりに、労働基準法を事実上解体し、あらゆる労働条件を公的な規制なしに、労使間の契約だけで決めてしまえるよう目論んでいる。
 国の規制によらず労使間の話し合いで「雇用ルール」を決めるというのは、一見民主的なように見えるかもしれないが、実際は労使が対等になることは絶対にありえない。特に労働組合が弱い(というよりもはや存在しないに等しい)日本では必ず企業側の一方的な強制になる。何の法的規制もなければ企業が24時間労働を命じることも、タダ働きを強制することも合法化される。

 現在でも労働法制はほとんど守られず、長時間労働や残業代の不払いや偽装管理職が後を絶たないのに、その法制さえなくなってしまえば、企業はいつでもどこでも労働者を好きなだけ働かせることができ、いつでも解雇でき、過労で病気になろうが死のうが企業の責任は問われない。まさにやりたい放題であり、労働者は正規・非正規にかかわらず本当の「奴隷」となるだろう。
 正社員の解雇自由化は、「奴隷」が「市民」になれるどころか、「市民」の「奴隷」化を招き、「貴族」たちを喜ばせるだけの方策であることを肝に銘じるべきだろう。

 結局のところ、残された道は「正社員のイス」を増やすよう要求することしかない。財界や御用メディアは必ず「右肩上がりの経済成長の時代は終わったので、全員を正社員にすることはできない」と言うが、実際は少なくとも大企業は史上最高の収益を上げていることが明らかになっている。昨年発表された2006事務年度の法人申告所得は57兆円と過去最高を記録している。株主や役員が独占している「ぼろ儲け」を吐き出せばいくらでも「正社員のイス」を増やせるのである。
 正規雇用を増やす余裕が本当にない中小企業の場合は、公的な支援が必要だろう。国に中小企業への支援を強化させなければならない。

 なお「正社員と同じ労働内容の非正社員」は企業の決断があれば正社員にできるが、そうでない「日雇い派遣」のような「高齢の未熟練労働者」については「金持ち増税で公務員を増やし、ワーキングプアを年齢にかかわらず優先的に採用する」くらいの革命的な施策が必要だと考えている。企業だけでなく政府が非正規雇用の正規化に本腰を上げない限り、問題は決して解決することはないだろう。

【関連記事】
法人申告所得過去最高でも消費税上げますか?
「非正社員が正社員になりたかったら、正社員の解雇自由化に賛成しろ」という悪魔の囁き
再度答える。「正社員の解雇自由化」は社会の崩壊を招く。
[PR]
by mahounofuefuki | 2008-03-10 22:44

再度答える。「正社員の解雇自由化」は社会の崩壊を招く。

 経済系出版社ダイヤモンド社の論説委員である辻広雅文氏が、正社員と非正社員の待遇差別を縮小するためには正社員の解雇自由化が必要だという珍説を公表したことに対し、当ブログは2月5日付エントリで全面批判を行った(「非正社員が正社員になりたかったら、正社員の解雇自由化に賛成しろ」という悪魔の囁き参照)が、その辻広氏がまたしても2月20付のコラムで持論を展開していた。
 再度問う。正社員のクビを切れる改革は本当にタブーなのか?|辻広雅文 プリズム+one|ダイヤモンド・オンライン

 辻広氏によれば前の記事には「轟々たる批判、非難が寄せられた」そうで(当り前だ!)、まずはそれらを整理し再反論を試みているのだが、いずれもトンチンカンで全く答えになっていない。
 第1に正社員と非正社員が入れ替わるだけでは、労働待遇の不均等自体は解消されないという批判に対しては、「労働市場の流動化を促し、人材の適材適所、最適配分が進み」「再挑戦の機会も多くなり、希望を失わない」としているが、これは再挑戦の機会があれば差別はあってもよいという意味である。
 しかし、再挑戦の機会があろうがなかろうが、差別を受けること自体が「希望」を失わせていることが問題なのであって、彼には差別そのものを問題にする意識は全くない。だいたいほとんどの企業が非正社員としての職務経験を全く評価していないという事実をどう考えているのか。仮に辻広氏の言う通りの方法を実施しても、中高年の非正社員を正社員にする企業などまずないだろう。

 第2に正社員の待遇を引き下げるのではなく、非正社員の待遇を引き上げることで均等待遇を実現すべきであるという批判に対しては、「企業に弱者救済の圧力をかけ続けたら、経営者はコスト増を恐れて、海外に拠点を移してしまいかねない」と新自由主義者お得意の主張を行い、「改革の矢は、非正社員を実態的に搾取している既得権者の正社員に向かわざるを得ない」と再び正社員=既得権益という構図を示す。
 まず「海外移転恐怖症」についてだが、なぜか「海外に移転する」ことのコストを度外視している。タダで海外に移動できるわけではない。単に個人の富豪が税金対策で海外に移住するのとはわけが違う。企業が拠点を定める時に考慮するのは労働コストばかりではない。日本の企業が全く日本に拠点を置かないということは考えにくく、「海外移転恐怖症」は根拠のない脅しにすぎない。
 次に、これは前のエントリの主張の繰り返しになるが、正社員は搾取者でも既得権者でもない。「非正社員を実態的に搾取」しているのは経営者と投資家であって、正社員ではない。その証拠にこの10数年、非正社員が増加しているが正社員の所得も減り続けている。もし正社員が非正社員を搾取しているのならば、正社員の所得が増えていなければおかしい。問題は労働分配率の低下にあり、そこでは正社員も非正社員も強欲な資本家に搾取されているのである。

 第3に実際に正社員の解雇自由化を実施したら、結局は非正社員が増えるだけだという批判に対しては、「労働法制を自由化したままメンテナンスをしなかった80年代、90年代の米国では、経営者が足元の業績を重視し、近視眼的なレイオフが頻発する一方で、いっこうに生産性が上がらないという二重苦に見舞われた」と批判を認めるものの、「米国でも反省を生かして、新しい労働ルール作りが始まっている」と強弁する。
 言葉は悪いが「こいつは正真正銘のバカ」と思ったのは、この部分である。アメリカの悲惨な労働環境は80年代、90年代の昔話ではなく、現在進行形の問題である。近年アメリカの労働問題を告発する良書が何冊も出ているが、この男は全く読んでいないのだろうか。労働法制の「自由化」の結果は長時間労働、無償残業、低賃金、潜在的失業の増大であり、過労やストレスによる病気や自殺、貧困に起因する犯罪、競争の激化による相互扶助機能の低下など社会の崩壊を招く
 社会が崩壊してでも経済成長を追い求めるというのが新自由主義であった(特に堀江貴文氏はそれを自覚していた)。しかし、それが結局失敗に終わったことはもはや周知の通りである。社会が崩壊しては経済成長などあり得ないのだ。太田弘子経済財政担当大臣が「もはや日本経済は一流ではない」と言ったが、その原因は新自由主義的政策のせいである。今は社会の持続可能性の回復こそ必要であり、労働法制の弱体化はそれに逆行することは言うまでもない。

 辻広氏の再反論の「前置き」部分に対する再々反論だけでずいぶん紙幅を使ってしまった。彼は前述の第3の問題を受けて、国家による労働法制を解体し、労使間の話し合いで新たな雇用ルールをつくるべきだと主張しているのだが、その問題は私が現在注視している労働者派遣法改正問題とも深く関係するので、日を改めて詳述したい。権力関係にある使用者と労働者が公的規制なしに対等の話し合いなどできるはずもなく、辻広氏の主張は「夢物語」にすぎないということだけは指摘しておく。

【関連記事】
東京新聞「ハケンの反撃」を読んで
[PR]
by mahounofuefuki | 2008-02-24 16:41

労働者派遣法改正問題の行方

 昨年の参院選における与党大敗の直接的な影響は、既定路線だったいくつかの貧困拡大策が先送りされたことである。消費税引き上げも、生活保護基準引き下げも、参院選で与党が勝利していたら間違いなく今年粛々と実施されていただろう。もちろんあくまでも「先送り」であって、新年度の予算編成は消費税増税込みであるし、生活保護も既定通り母子加算は廃止され、依然として政府の社会保障つぶしは続いている。ただ少なくとも全面的な政策転換の機会が残っているわけで、それは今後の闘いにかかっているとも言える。

 そんな先送りされたものの1つに労働者派遣法の改正がある。厚生労働省の当初の思惑では、昨年内に労働政策審議会の議論をまとめて今年の通常国会に改正案を提出する手筈であったが、労政審の議論はまとまらず、改正案提出は先送りになった。12月25日に行われた労政審職業安定分科会の労働力需給制度部会は、労使間の意見対立を残したまま中間報告を提出し、学識経験者による研究会での検討を求めた。少なくとも使用者側が要求する派遣労働の「完全自由化」を盛り込んだ「改正」案が阻止されたことは評価するべきである。
 昨年は人材派遣大手のフルキャストやグッドウィルで、派遣労働者のユニオンなどの告発と闘争が一定の実を結び、偽装請負や不透明なピンハネが社会問題として大きく報道され、ついに業務停止に追い込んだ。特に日雇い派遣などの登録型派遣労働が「ワーキングプア」の温床となっている実態が広く認知されことも、厚労省や労政審に対するプレッシャーになっただろう。

 労政審の資料を読むと、労働者派遣法の「改正」の方向性をめぐって労使間は真っ向から対立している。
 不安定な登録型派遣の是非については、労働側が原則禁止を求めたのに対し、使用側は「一時的な対応要員として」活用したいと明言し、相変わらず雇用調整弁としての役割を担わせようとしている。日雇い派遣についても、使用者側は「派遣先の要請に応じて迅速かつ円滑に一定量の労働力を提供できる」と労働者の生活を無視した暴論を貫いた。
 企業による派遣社員への直接雇用申込義務については、労働側が正社員登用の門戸を維持するために継続が必要としているのに対し、使用側は派遣期間制限直前の「雇い止め」の横行を口実に撤廃を要求している。現行法では禁止されているものの実際は既成事実化している派遣先による事前面接は、労働側が規制の強化を訴えたのに対し、使用者側は全面解禁を唱えた。
 社会保険の加入問題でも派遣元のみならず、派遣先の連帯責任を要求する労働側に対し、使用側は法制化に反対している。正社員と派遣社員の均等・均衡待遇についても、使用側は「均等・均衡は、どこを基準にどうやって比べる必要があるのか、よくわからない」と欧州では当たり前となっている同一労働・同一賃金の原則すら認めようとしない。
 何よりも決定的な対立点は、派遣業種の全面解禁問題である。経営側は「派遣労働者の業務・職種選択の自由を担保するために」という理由で、現行法では禁止されている建設業や港湾運送業や医療関係などでの派遣解禁を要求した。労働者派遣法は1985年の制定以来、20度にもわたる「改正」を重ねて、その都度派遣適用業種を拡大してきた。元々は専門職だけだったのが、特に1999年の「改正」でほぼ「自由化」され、2004年には製造業も解禁となり、雇用の在り方を激変させた。経営側は次の「改正」で派遣労働の完全全面解禁を目論んでいる。実際には最後に残った禁止業種でも偽装請負という形で実質的な派遣労働が横行しており、使用者側の要求は偽装請負の公認を求めているようなものである。

 現在の貧困と格差の原因は、ひとえに金持ち優遇税制と非正規雇用の増大にある。貧困と格差の縮小のためには非正規雇用を正規雇用へ転換していくことが何よりも必要である。そのためには労働者派遣法の抜本的な全面改正が必要で、財界が望む派遣労働の完全解禁などもってのほかである。
 昨年10月に野党各党の参院議員も参加して行われた「格差是正と労働者派遣法改正をめざす国会内シンポジウム」では、実行委員会が7点にまとめた抜本的改正案を提示している。
 「派遣法は改正を」国会内シンポで訴え-JANJAN
 また、12月には共産党がやはり労働者派遣法の全面改正要綱を発表している。
 労働者派遣に新しいルールを確立し、派遣労働者の正社員化と均等待遇を実現します/日本共産党の労働者派遣法改正要求-しんぶん赤旗
 特に共産党の改正案は、①労働者派遣法を「派遣労働者保護法」とする。②派遣労働を臨時的、一時的業務に制限した上で常用型を原則とし、登録型雇用を厳しく規制する。③日雇い派遣を禁止する。④派遣期間を1年限定とする。⑤1年超の派遣は派遣先が直接雇用したとみなし、正社員とする。⑥派遣労働者への差別を禁止する。⑦派遣元による手数料の上限を規制する、というように派遣労働の現状の改良に必要な要素がほぼ揃っており、野党はこれをたたき台として政府よりも先に労働者派遣法改正案を提出して、審議の主導権を握るべきである。

 読売新聞(2007/12/29 11:25)によれば、昨年末に厚労省が発表した2006年度の派遣労働状況は、派遣労働者数が延べ321万人に達し、過去最高を記録する一方、派遣先が派遣元に支払う派遣料金のうち労働者の賃金の割合は、特定労働者(派遣会社の正社員)派遣で61.7%、一般労働者(登録型など)派遣で67.9%と、実にマージン率が3~4割にもなっている。
 すでに派遣労働者が1つの階層を形成し、それが固定化しており、少しでも早い労働者派遣法の抜本的な改正が求められる。この問題の行方は今後の日本社会の進路を決定づける試金石となるだろう。

【関連リンク】
労働者派遣事業の適正な運営の確保及び派遣労働者の就業条件の整備等に関する法律-法庫
厚生労働省:第108回労働政策審議会職業安定分科会労働力需給制度部会資料
[PR]
by mahounofuefuki | 2008-01-07 22:58