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「構造改革」路線の由来と麻生内閣の政策転換?についての暫定的な覚書

 私もそうだったが、しばしば「小泉政権以降の」政策路線が「貧困と格差」を拡大したと言ってしまいがちだが、そうなると当然次のような問題が生じる。「小泉以降」ということは、「小泉以前」は良かったのか?と。同時代人のリアルタイムの感覚からすると、小泉政権時代に雇用待遇差別や社会保障の脆弱さが顕在化したのは確かだが、今日冷静に振り返るならば、企業のリストラによる雇用待遇全般の低下や非正規雇用の拡大はすでに1990年代に出そろっていたし、「就職氷河期」のピークだった1990年代末はまだ小泉政権ではなかった。小泉純一郎個人のエキセントリックなパフォーマンスに惑わされて、あたかも小泉政権が「突然変異」だったように錯覚しがちだが、実は「構造改革」というのは、少なくとも1980年代半ばからの長期的な政策潮流の帰結であったことを再認識しなければならない。

 いわゆる「小さな政府」路線の源流は、1980年代の中曾根内閣の臨調路線に遡るし、大企業・富裕層への減税路線も80年代から本格化する。90年代には橋本内閣が行革と消費税増税というその後の政府を貫く政策基調を確立した。小泉政権はその延長線上に登場した。当然その潮流は一直線ではなく、その時々の経済状況や権力抗争に規定されて紆余曲折があったが、「小さな政府」路線の支持基盤は一貫して、公共事業を通した地方への利益配分を軸とする「土建型福祉国家」とも言うべき旧来の自民党の基本路線に対して不満を抱く、都市中間層が中心であった。忘れてはならないのは1980年代から1990年代にかけて、コミュニズム系ではないリベラル系の左翼はむしろ行政不信を前提として規制緩和や行政の縮小を支持したことで、「小さな政府」論は古典的なレッセ=フェールへの回帰という点で本質的に保守的であったにもかかわらず、大衆には「革新」として受け取られたという点である。そして現在も「税金の無駄遣いを減らして」という言説への支持を通して、「小さな政府」は延命を続けている。

 つまり本当の意味での政策転換とは、単に小泉政権以前に戻ることではなく、少なくとも80年代以降の大企業・富裕層優遇、政府の再分配機能弱体化、社会保障での応能原則の否定、雇用待遇の引き下げ等々を全面転換することにほかならない。麻生内閣は来年度予算編成で「骨太の方針」を修正し、公共事業や社会保障の抑制路線を転換することを決定したと報じられているが、実際には「骨太の方針」を廃棄したのでも、大胆な予算配分の見直しを行うのでもない。シーリングを維持しながら外枠で財政出動を増やすというのは、いわば「景気回復」(何をもって景気が回復したと見るかは恣意的)までの暫定措置ということである。マスメディアは政策転換とか「改革の後退」と書きたてるが、これは橋本政権の緊縮路線の後、小渕政権が一時的に利益配分を増加させたのと同程度の「転換」でしかなく、本格的な政策転換からは遠い、いつでも「構造改革」路線に復帰できる代物にすぎない。

 中途半端な「転換」にすぎないことに加えて問題となるのは、景気対策のための公共事業増発という方向性自体は正しいものの、単に先祖がえりのように大型開発のような利益誘導を主体とする限り、またしても利益に与れない都市中間層や貧困層の一部などが財政出動そのものへの不満を募らせ、「小さな政府」路線を欲求する可能性が高くなるということである。普遍的な社会保障の確立と公共事業の質の転換(需要の低い大型事業から生活需要に即した事業への転換)を伴わなければ、公的支出が生活に結びついているという実感を得られず、際限のない歳出削減を望み続けるだろう。そして自民党内には今回程度の「転換」をも批判する新自由主義派が健在であり、民主党が歳入の公平性を軽視して行政縮小による財源捻出に固執している現在、麻生内閣に対抗する政策路線は歳出削減路線となる可能性が高い。自民党でさえなければ何でもいいという政権交代信者にとってはそれでいいのだろうが、替わった政権が民主党+新自由主義派による歳出削減路線(しかも間違いなく軍事費のような「本当の無駄」は「聖域」となる)ではまたしても「貧困と格差」は拡大を続ける。いつか来た道である。

 「共産党を中心とする政権」でもない限り(しかし現行の選挙制度と社会構造ではまずありえない)、どのような組み合わせの政権でも、当分は旧来の利益誘導路線と歳出削減路線の幅の中にとどまるだろう。小泉政権の否定にとどまらず、もっと長いスパンで過去の政治を総括し、従来とは全く異なる普遍的な福祉国家が構想されなければならないが、不況の現状はそんな猶予すらない。私の絶望が日々深くなる所以である。
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by mahounofuefuki | 2008-12-04 17:42

黒字だった公立病院が民間委託で赤字になった上に公費負担も激増

 「世間」一般のイメージとして「官」=非効率、「民」=効率というイメージが流布し、行政の「無駄遣い」削減には民営化や民間資本の活用が必要であるという言説が後を絶たないが、そうした一般的なイメージの再考を迫るニュースを東京新聞が報じている。

 東京新聞:民活病院 青息 コスト減のはずが・・・赤字(2008/11/12朝刊)*web魚拓
 http://s03.megalodon.jp/2008-1112-1017-44/www.tokyo-np.co.jp/article/national/news/CK2008111202000079.html
 民間資本を活用して公共施設を建設、運営する「PFI方式」を導入した公共病院が、経営難や赤字に陥っている。(中略)

 医療センターは、黒字だった旧市民病院を移転新築する形で、大手ゼネコン・大林組が全額出資するSPCが建設し、2006年10月にオープンした。30年分の金利99億円などを含めた総整備費は244億円。

 市が医療業務を担い、SPCが保守管理や清掃、警備、病院給食などを受託している。30後に市が施設の無償譲渡を受ける契約で、市は直接経営と比べ68億円の節約になると試算していた。

 だが、「新築となって上がる」と見込んでいた病床利用率が横ばいにとどまったため、増えた減価償却費を収入で補えず、07年度に27億円の赤字を計上。一方、SPCに委託し、市が税金から支払う保守管理や清掃などの年間費用は、旧病院時代の6億6千万円から、15億4千万円に膨らんだ。(後略)

 要するに、黒字だった公立病院が、医療業務を除く施設管理等を民間委託したところ、かえって赤字になってしまい、さらに委託した業務への投入税金も倍以上になってしまったということである。この事例の場合、赤字そのものは病床利用率の見通しのミスに起因するようなので、民間委託のせいとは必ずしも言えないが、委託業務に投入する税金が完全公営時代の倍以上に膨れ上がったのは、間違いなく民間委託に起因する。事実は小説より奇なり。「官」よりも「民」にやらせた方がコスト増になったのである。

 記事を読む限り、今回の場合は病院施設の建設自体が大手ゼネコンへの利益誘導であり、受託した特別目的会社も当該ゼネコンの丸抱え、整備費は30年という長期の割賦払い、もちろん金利も税金で支払われる。これでは地方債を使った方がましじゃないのかとさえ思うのだが、民間委託がかえって自治体財政を圧迫しているという事例の存在は重い。大企業への利益誘導のために医療が食い物にされたと言っても過言ではないだろう。まさに「民による無駄遣い」である。

 同記事には同様の方式の他病院についても言及されているが、どこもうまくいってはいないようである。PFI=Private Finance Initiativeは、日本では「民間資金等の活用による公共施設等の整備等の促進に関する法律」に基づいて実施され、特に小泉政権以降、さまざまな公共施設に用いられ、特に最近ではこの方式による半官半民の刑務所が話題になった。全部の例を調べていないので、もしかすると「成功例」があるのかもしれないが、少なくとも医療分野では完全に失敗しているのではないか。かえって官民癒着を招く危険性も増すだろう。

 市場原理をどこまでも信奉し、民営化を至上とみなす人々ならば、失敗したのは全部民営化しないからだとか、民間へのリスク転移が足りないからだとか言いそうだが、そんなことではあるまい。根本的に市場原理にそわない医療をビジネスとして捉える視点自体が、問題を引き起こしていると見るべきだ。誰もが安心して医療を受けられるようにするためには、きちんと税金ですべてを賄い、利権狙いの企業を排除することが必要だと思われる。

【関連リンク】
民間資金等の活用による公共施設等の整備等の促進に関する法律 - 法令データ提供システム
http://law.e-gov.go.jp/htmldata/H11/H11HO117.html
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by mahounofuefuki | 2008-11-14 21:29

マイケル・ムーア「ウォール街の危機を救う方法」を全面支持します

 もうあちこちで転載されているようなので、いまさらかもしれないが、映画監督のマイケル・ムーア氏が「ウォール街の危機を救う方法」という書簡を公表している。

 ウォール街の危機を救う方法 ― マイケル・ムーアの手紙 - 薔薇、または陽だまりの猫
 http://blog.goo.ne.jp/harumi-s_2005/e/62766010f2311eff6f9a760fbd325eba

 先にアメリカ議会で一度は金融安定化法案が否決された時、議員の選挙事情のエゴだとか、公的資金投入しか方法はないとか、恐慌になったらどうするんだとか、いろいろ批判があったわけだが、「金持ちのマネーゲームのツケを何で社会全体で負担しなければならないんだ!」というアメリカ民衆の怒りはもっともだと私は思っていた。

 ムーア氏の主張はラディカルで非現実的に見えるかもしれないが、これを「ラディカル」「非現実的」という「ものさし」自体、グローバリズムに毒されて思考停止に陥っているとあえて言おう。累進課税と公的給付による再分配効果が極限まで低下した社会の歪みがここにある。金持ち増税、規制強化、犯罪的資本家の刑事訴追、役員報酬の制限、公的金融の回復・・・すべて今の日本社会でも必要なものばかりだ。ムーア提案に全幅の共感を表したい。
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by mahounofuefuki | 2008-10-07 00:00

「天下り」元副知事の正論と「天上がり」をめぐる問題

 公務員、特に要職に就いていた官僚が出身官庁と関係が深い企業や公営の法人などに再就職する「天下り」に対しては、風当たりがますます強くなっているが、そんな中で北海道の公営企業の役員に「天下り」した元北海道副知事が、民間出身の役員に比べて報酬額が低く制限されているのは不公平だとして、報酬引き上げを要求しているという。

 北海道新聞(2008/09/13 14:03)より(引用にあたり漢数字をアラビア数字に変換した)。
 道の関与団体「北海道農業開発公社」の理事長に天下りした近藤光雄元副知事(61)が、自らの年間報酬を道の再就職要綱が定める上限額の倍以上の千四百四十万円に引き上げるよう、同公社の理事会に提案していたことが13日までに分かった。関係者からは「要綱の形骸(けいがい)化を図る行為で、とても理解は得られない」との批判が出ている。
 道職員の再就職に関するルールを定めた要綱では、退職時の役職に応じて上限額を設定。副知事の場合は上限660万円となっている。ただ、上限額については「特別の事情があるときは道と協議しなければならない」との例外規定も設けている。
 関係者によると、3月末に道を退職し、7月1日付で同公社の理事長に就任した近藤氏は、同日の理事会で、他の民間団体出身の役員の報酬が1300万円を超えることから、報酬の引き上げを道と協議することを議案として提案。自らが例外規定の「特別の事情」にあたると説明したが、複数の理事から反対意見が出たため、了承されなかったという。 (後略)

 とにかく「官」を敵視し、民営化・市場化さえすれば全てうまくいくと思っている人々が読んだら、湯気が出るほど怒り心頭になるだろう。「天下り」を憎む「世間」の「空気」を読めない行為であるのは確かである。

 とは言え、冷静に考えれば「同じ仕事をしているのに、前職の違いで給与に著しい差別があるのはおかしい」という近藤氏の主張そのものは、「天下り」の是非と切り離せば「正論」である。北海道新聞(2008/09/14 06:56)によれば、近藤氏は「民間出身者と倍の報酬格差があるのはおかしい」とインタビューに答えている。官僚の「天下り」は袋たたきに遭うのに、民間からの「天上がり」は完全スルーされる世情への不満もあるだろう。

 「天下り」そのものに問題があるのは言うまでもない。「天下り」前の出身官庁と「天下り」先の法人・企業との癒着、「天下り」先の生え抜き職員・社員を差し置いて役員の席を占める不公正、複数の「天下り」先を渡り歩くことによる報酬の多重受領など、さまざまな課題を抱えていることは否定しない。

 しかし、不可解なのは「官」からの「天下り」は徹底的に攻撃されるのに、「民」から政府機関や公営の法人等に役員として入る「天上がり」はさっぱり見過ごされていることである。前述した「天下り」が抱える課題は「天上がり」にも共通するにもかかわらず、むしろ「官」=悪、「民」=善という固定観念から「民間」出身者(それもたいてい大企業経営者)が起用されるのは歓迎される。「民間出身の役員の報酬が高すぎる」といった批判はいまだかつて聞いたことがない。近藤氏の問いからは、現代日本社会における「民尊官卑」の歪みが見え隠れする。

 昨今の「天下り」をめぐる議論はますますおかしなことになっている。「天下り」が問題なら「天下り」を禁止すれば済む話である。ところが、なぜか「天下り法人」を廃止しろという論点のすり替えが行われている。これは情報操作である。問題は「天下り」であって法人ではない。これら法人は確かに「官」の既得権益ではあるが、一方で「民衆の既得権益」でもある。郵政民営化と全く同じ構図なのに、郵政民営化に抵抗した人ですら、独立行政法人や公益法人(未だに「特殊法人」がどうのとほざいている人もいるが、特殊法人は小泉政権でほとんど衣替えされた)となると、新自由主義者と一緒になって統廃合や民営化を主張する。私には全く理解できない。

 あえて極言すれば「天下り」以上に「天上がり」の方が問題である。「民間人」と言いながら企業経営者と御用学者ばかりなのが実情である。特に政府の審議会や有識者会議などに「民間議員」とか「民間委員」と称して入っている財界人は、専ら自己の企業経営に有利な政策を国に押し付ける役割を果たしている(その最右翼が経済財政諮問会議の民間議員)。現在の権力構造は政財官が相互に牽制しつつ依存しあっている状態だが、ここで官だけを弱めてもパワーバランスが崩れて与党と財界の力が強くなるだけである。社会保障の弱体化がまさにこの力学の変化によって行われたことを決して忘れてはならない。

 「天下り」を問題とする場合、退職金がどうのこうのといった嫉みに囚われて、結局は「官」の利権を我が物にしたいだけの財界に利用されるようなことは避けたいものである。

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by mahounofuefuki | 2008-09-14 17:47

歳出削減路線の帰結としての「タンス預金」30兆円

 今日のいくつかの新聞が、いわゆる「タンス預金」が30兆円にも上るという日本銀行の推計を報じている。日銀のホームページを見ると、昨日付けの「日銀レビュー」に「銀行券・流動性預金の高止まりについて」と題するレポートが載っており、これがソースのようである(なお報道では「日銀」が主語になっているが、当のレポートによればあくまでも執筆者個人の意見で、必ずしも日銀の公式見解ではないそうだ)。

 日銀レビュー 銀行券・流動性預金の高止まりについて
 http://www.boj.or.jp/type/ronbun/rev/rev08j09.htm

 このレポートの主題は、1990年代以降定期預金から普通預金・当座預金や現金に資金がシフトし、高止まりを続けている要因を明らかにすることで、従来は金融システムへの不安や低金利政策やペイオフの影響が指摘されていたが、この数年これらの要因が解消・減退しているにもかかわらず、「過去の関係への回帰は見受けられない」のは、「タンス預金」のような形で家計に現金が滞留していることが影響していると結論づけている。特に高齢層に顕著だという。

 この推計は複数のアプローチをとっていて、それぞれ数字に幅があるのだが、「タンス預金」など非取引需要の銀行券・流動性預金(普通預金や当座預金)は、1995年当時にはおおむね約1~5兆円だったのが、2007年には約30兆円に上っている。また、2004年の1万円札改札後も、旧札が依然として約14兆円も日銀に回収されず滞留しているという。少なくともこの14兆円は文字通り「タンス」に眠っているのは間違いないところだろう。

 一般的な感覚としては、バブル崩壊後、一貫して家計は苦しく、個別の預貯金は減り続けているように思えるし、実際3人に1人が預金ゼロであるという話もあるほどなので、家計の現金保有額や流動性預金が増加を続けているという数字は意外な気もするが、それだけある所にはあるということだろう。借金によって相殺されることを考慮しても、依然として家計が有する貯蓄は大きいことは確かだろう。

 この推計が示すのは、相次ぐ金融緩和や低金利政策を続けたにもかかわらず、相当数の金持ちや資産持ちたちが資金を株式などへの投資に回さず、手元にため込んでいるということである。特に高齢層でそれが顕著なのは、それだけリスクに敏感であると同時に、漠然とした「将来への不安」が大きく影響しているのではないか。社会保障を中心とする歳出削減路線の結果、公的給付への不信感が高まり、とにかく手元に現金を置いておこうとする力学が働き、結局投資意欲が減退しているのである。

 これこそ新自由主義政策の破綻を示しているのではないか。一方でリスクのある投資を促し、富裕層への減税を行いながら、他方で歳出削減を続け、公的給付を減らす。その結果が資金の流動化どころか、文字通りの「タンス預金」の蓄積では市場経済としては完全な失敗である。「小さな政府」を強化すればするほど、社会不安が増大し、カネが回らなくなるという厳然たる事実がここにある。

 高齢者の「タンス預金」を引き出させようとするなら、医療や福祉や老齢年金への「安心」が必須である。「市場の活性化」という観点からも、実は十分な社会保障の確立が必要であることを示していよう。
 (「タンス預金」どころか、今日明日の生活も不透明なこちらの本音としては、富裕税でも設けて強制的に再分配しろ!と言いたいところだが・・・。今回は自重する。)
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by mahounofuefuki | 2008-08-23 16:12

規制で解決しないと言うなら、何だったら解決するんだ!

 政府・厚生労働省が「日雇派遣」の原則禁止方針を打ち出し、次期国会で労働者派遣法改正案が提出される見込みだが、政府案は直接雇用・無期雇用の原則確立には程遠い不十分な内容にもかかわらず、依然として「日雇派遣」の禁止にすら反対する動きが顕在化している。

 「今後の労働者派遣制度の在り方に関する研究会」の報告書答申を受けて、厚労省の諮問機関である労働政策審議会の労働力需給制度部会は派遣労働問題の検討を再開したが、報道によれば先月30日に行われた会議では、経営者側が「日雇派遣」の禁止に反発し、指導監督の強化で十分だと主張したという(時事通信2008/07/30 14:43など)。「指導監督」では一向に違法行為が改まらないから、法改正の必要性を協議しているのに、このような言い草をする厚顔無恥ぶりには呆れるほかないが、それだけ必死であるとも言え、派遣労働見直しに対するバックラッシュは依然侮れない。

 財界の御用新聞と言っていい日本経済新聞は「規制では解決しない派遣労働の問題」と題する社説を出したが(日経2008/08/04朝刊社説)、ここでも「日雇派遣」の禁止に事実上反対する主張を行っている。

 日経の主張は、①法令違反の取り締まり強化による悪質派遣業者の排除、マージン率公開は必要、②「日雇派遣」の禁止は「学生や主婦」などが不便となり、30日以内の短期派遣の全面禁止は経済へのダメージが大きい、③やむなく日雇で生計を立てざるをえない「一部の人」には正社員への雇用を促進する手立てが必要だ、④「専ら派遣」は派遣自体が問題ではなく、正社員と派遣社員との賃金格差が問題だ、⑤派遣労働が「社会に根付いた」以上、派遣を「臨時的・一時的労働力」と位置づけず、「例外扱い」をやめるべきだ、などである。

 ①については、合法・違法にかかわらずピンハネ=「中間搾取」が反社会的であるという問題意識が欠如している。悪質業者さえ排除すれば済むと言うが、「悪質ではない」派遣業者などいるのか? いたら是非教えて欲しい。

 ②については、「学生や主婦」だからと言って「派遣」でいいという根拠はない。今回問題になっているのは「日雇派遣」であって「日雇」ではない。派遣法が拡大する前は短期のアルバイトでも直接雇用で何ら問題がなかった以上、「日雇派遣」を容認する理由にはならない。

 ③については、「日雇」で生計を立てている人が「一部」と決めつけているのは問題だが、正社員化の必要性を認識している点に限れば評価できる。

 ④については、賃金格差を是正するためにこそ、法的規制が必要であることを理解していない。「派遣」という地位自体が差別の理由にされている以上、これを規制するのは当然である。

 ⑤については、「期限のある奴隷」から「無期限の奴隷」にしろという意味で、首相や厚生労働大臣でさえ国会で「派遣」を「臨時的・一時的労働力」と認めざるをえなかった意味を考慮していない。確かに正規雇用を諦めた派遣労働者の中には「派遣」のままで社会に認知されるよう求める切実な声があるが、一方で先日の『労働経済白書』でも明らかなように正社員になることを希望する人が多数おり、間接・有期雇用の永久化はそうした希望と対立する。派遣を恒常的労働力とすれば、企業はますます正規雇用を非正規雇用に転換し、貧困が拡大するだろう。

 日経の社説は「小手先の規制でなく、本質的な議論が必要だ」と結んでいるが、その字面だけは全くその通りだが、「小手先の規制」を主張しているのは現行法の運用改善でお茶を濁そうとしている経営側であり、労働側が主張する派遣法の抜本的改正こそが「本質的な議論」である。今回の「日雇派遣」問題の本質は、まるで「手配師」のような貧者を食い物にするビジネスを公認し続けるのか、ピンハネという非人道的行為を容認するのかどうかである。その点を見誤ってはならない。

【関連記事】
労働者派遣法改正問題リンク集
厚労省「今後の労働者派遣制度の在り方に関する研究会」報告書は不十分

【関連リンク】
厚生労働省:第116回労働政策審議会職業安定分科会労働力需給制度部会資料
http://www.mhlw.go.jp/shingi/2008/07/s0730-15.html
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by mahounofuefuki | 2008-08-04 23:05

「反撃の書」としての2008年版「労働経済白書」

 厚生労働省が2008年の『労働経済白書』を公表し閣議に提出した。既に報道されているように、特に雇用についてこれまでの「構造改革」路線を事実上否定し、非正規雇用の正規雇用化や成果主義・業績主義賃金の見直しを提言するなど、最近の風向きの変化を反映する内容となっている。

 まだ全文を精査していないが、おおよそ眼を通したところでは、次の諸点に注意を引かれた(ページ数は「白書」本文版による)。

○ 全労働者に占める正規雇用の割合が低下を続ける一方、非正規雇用の割合が2007年度には33.7%にまで拡大し、特に派遣社員の構成比は2002年の0.8%から2007年の2.4%へ3倍も広がっている(p.26)。
○ 正社員を希望しながらやむなく非正社員として働く労働者の数が増加を続け、非正社員の8割以上が正社員を希望している(p.29)。
労働分配率は中小企業では上昇傾向が続いているが、資本金10億円以上の巨大企業では低下を続け、2006年度は53.3%にまで下落した(p.45)。一方、巨大企業の経常利益率は上昇を続け、配当率は2006年度こそ前年を下回ったが、依然として29.3%の高水準にある(p.46)。
○ 年間の総実労働時間は長期的には減少傾向にあるが、2000年代以降は所定外労働時間が増加し、労働時間短縮の動きは停滞している(p.52)。
○ 仕事に対する満足度は「収入」「やりがい」「安定」「休暇」いずれも、微小な増減はあるものの長期的に低落傾向が続いている(p.81)。
○ 日本の若年者の職場に対する不満は欧米諸国に比べて高く、他方で転職への意欲は低く、長期勤続を希望する傾向が高い(p.98)。
○ 日本では諸外国に比べて性別役割分業を支持する割合が突出して高い(p.102)。
○ 経営者の半数以上が依然としてパートや派遣等の非正規雇用の比率を拡大することを求めている(p.151)。
○ 卸売・小売・サービス業では有期雇用の増加や企業経営上の都合による雇用調整の結果、離職率が2000年代以降上昇を続けている(p.170)。
○ 経営者・労働者とも成果主義・業績主義による賃金決定方式を評価する傾向が高い(p.190)。ただし、賃金決定における年功要素の比重低下の結果、50歳代以上の比較的高齢層で賃金水準が低下している(p.192)。
○ 日本では経済成長の成果が労働者に波及しておらず、雇用・所得とも増加率が欧米諸国よりも低い(p.225)。
○ 産業別の労働分配率では特に製造業で低下が著しく、高度成長終焉後では最低水準にある。製造業は雇用数も景気回復過程にもかかわらず上がっていない(p.227)。
○ 大企業が短期的な利益率の向上を最優先し、配当金増加による株価上昇や内部留保拡大を重視した結果、中小企業が犠牲となっている(p.245)。

 今回の白書からも、日本の労働環境が欧米諸国に比べて相当劣悪な状況にあること、今回の景気回復が労働者には全くと言っていいほど恩恵をもたらさなかったこと、過労や雇用待遇差別が深刻であることなどが読み取れる。労働者の職場に対する不満も高い。

 注目すべきは、厚労省が安定的な正規雇用の拡大の必要性を明言したことにある(太字強調は引用者による、以下同じ)。
(前略)企業が今まで、正規従業員の雇用機会を絞り込んできたため、パートタイマーや派遣労働者などでは、正規の従業員として働きたいと望む人が増えている。経済の持続的な成長のもとで、正規従業員の雇用機会を拡大させていくとともに、滞留傾向がみられる年長フリーターの正規雇用化の取組を推進していくことが重要である。また、こうした就業促進の取組を、雇用の安定へと着実につなげていくため、正規従業員への就職促進と連動させて定着指導を強化し、継続性をもった安定的な雇用機会の拡大に取り組んでいくことが求められる。さらに、人々の多様な就業希望にも柔軟に応えながら、就業形態間で均衡のとれた処遇を着実に推進し、誰もが安心して働くことができる労働環境を整備していかなくてはならない。(後略) (p.p.258-259)
 単に正規雇用の機会を拡大すると言うならば、解雇規制を緩和することで「イスの奪い合い」を激化させて労働者を消耗させる可能性が想定されるが、「継続性をもった安定的な雇用機会」と断っている以上、離職率を抑制しつつ「正社員のイス」を増やす必要性を示したと言えよう。一方で、「就業形態間での均衡待遇」とは、正規・非正規間の同一労働・同一賃金の確立と読み取れるが、「均等」とは表記していないのでこの点は注意が必要である。

 本文中では特に製造業における雇用数の伸び率の低さ(及びそれに伴う労働時間の増加)と、正規雇用の減少を批判しているが、これは製造業への派遣労働の拡大を容認した2004年の労働者派遣法改定の誤りを事実上認めたと言える。昨年来の厚労省の路線転換と軌を一にしており、派遣労働制限への流れの一環であると評価すべきだろう。

 また、多くの企業で導入された成果主義・業績主義賃金が労働者間の意欲格差を生み、結果として労働生産性を低下させたことを批判していることも重要である。
(前略)企業は、業績・成果主義的な賃金制度を導入し、労働者一人ひとりに応じた賃金決定を行うことによって、仕事への意欲を高める人事方針をとってきたが、そのことは必ずしも成功していない。業績・成果主義的賃金制度の導入に伴い、特に、大卒ホワイトカラーにおいて、40 歳台から50 歳台の賃金格差が拡大しているが、自らの賃金や処遇に納得できないまま、意欲を失い、ただ無為に勤続期間だけが延びていくという労働者も少なくないのである。このような状況では、せっかくの企業における職務の経験も本人の職業能力開発につながらない。(後略) (p.255)
 成果主義・業績主義自体を否定してはいないが、競争原理の弊害を指摘し、「格差」の是正と人事評価の公平性・透明性の確立も要求しており、これまでの路線とは一線を画している。成果主義・業績主義が事実上労務コスト削減策に過ぎない実態も認めており、「競争万能」からの決別が読み取れる。

 総じて今回の『労働経済白書』は、経済財政諮問会議や財務省に対する厚労省の「反撃の書」と言ってよいのではないか。厚労省としてはこの機に労働政策の主導権を取り返し、「省益」の確保を確実にしただけにすぎないかもしれないし、表向きの言葉と実際の労働行政の酷薄さとのギャップは決して座視しえないが、少なくとも規制緩和一辺倒の「労働者いじめ」を繰り返した新自由主義路線から、人間らしい労働を制度的に保障する体制への転換に期待が持てる内容であることは確かだ。非正規雇用から正規雇用への転換を目指す側にとっても「反撃の書」となり得るだろう。

【関連記事】
広がる「結婚・出産格差」~「21世紀成年者縦断調査」を読む
高まる「平等」「安定」志向~「勤労生活に関する調査」を読む
労働者派遣法改正問題リンク集
日雇派遣禁止方針と秋葉原事件に因果関係はない

【関連リンク】
厚生労働省:平成20年版労働経済の分析(本文版)*いわゆる「労働経済白書」
http://www.mhlw.go.jp/wp/hakusyo/roudou/08/index.html
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by mahounofuefuki | 2008-07-23 20:49

雇用の流動化で非正規労働者は救われるか

 2月に弊ブログで「『非正社員が正社員になりたかったら、正社員の解雇自由化に賛成しろ』という悪魔の囁き」というエントリを挙げたが、これに対して「異論-はにはに-Observation」というブログから反論のトラックバックをいただいた(なぜか記事本文では名指しを回避し、リンクもされていないが、サイドバーに明記しているように引用・転載・リンクはフリーにしているので、余計な配慮は無用である)。
 非正社員の「本当の敵」は正社員だ!|異論-はにはに-Observation
 http://iron.blog75.fc2.com/blog-entry-214.html

 このブログの他のエントリをいくつか斜め読みしたが、このブログ主と私との間には基本的な社会認識や倫理観において深い溝があり、議論を繰り返しても平行線のままなのは確実なので、捨て置いてもよいのだが(「共通の土台」のない相手との議論は不毛だと私は考えている)、正規雇用の解雇規制緩和をめぐる問題は改めて述べたかったので、この機会に再反論を通して当方の見解を整理したい。

 「異論~」氏の批判の要点をまとめると次のようになる。
①弊ブログの主張は「正社員」の立場からの物言いであって、「国全体」を良くしようとするのなら、個人の既得の地位に固執してはならないのではないか。
②全労働者の均等待遇のためには、正社員の待遇を引き下げるべきで、「全労働者の奴隷化」ですら労働者間の利害統一のためには容認できるのではないか。
③解雇規制を緩和して雇用市場を流動化した方が、労働者の企業への帰属性が弱まり、むしろ経営の労務管理に対する自由が拡大して、過労や成果競争を緩和できるのではないか。
④経営者側には労働者間を分断する必然性はなく、むしろ正社員層が非正社員層への差別を求めているのではないか。
 以上の批判はいずれも弊ブログの主張の根幹にかかわる論点であり、ほぼ全面否定と言ってよいだろう。結論から言えば「異論~」氏の主張はあまりにも無邪気で、雇用待遇差別問題に対する無知と問題解決への見通しの甘さを曝け出しており、とうてい受容できる内容ではない。

 まず①について。弊ブログは一貫して非正規雇用者の立場から待遇差別を批判するというスタンスをとっており、それゆえに御用組合に堕した正社員労組の姿勢を厳しく批判したり、正社員層の非正社員層に対する「差別のまなざし」を問題にしてきた。氏は勝手に私を「恵まれた正社員」に仕立てているが、実際のところ私は正社員ではない。さらに「国全体」を良くしようという意思は私には全くない。あくまで労働者階級の利益追求が最優先であり、「公共の福祉」のために弱者を犠牲にするような思考は私の最も唾棄するところである。氏はそうした思考を「政治運動」と切り捨てるのだが、「政治運動」の何が悪いのか。労働者の利益追求は「政治運動」だから駄目で、資本家の利益追求は「国益」だから良いとでも言うのだろうか。往々にして「国全体の利益」なるものは権力者に利益にすぎない。この批判は論外である。

 次に②について。正規・非正規雇用間の待遇差別は「格差」も問題だが、何よりも非正規労働者が置かれた状況の非人間性に最大の問題がある。有期雇用・間接雇用であるが故に、低賃金の上に失業リスクが高く、既存の社会保障システム(医療保険・雇用保険・年金)から排除されているというのは、生存権が脅かされていると言っても過言ではない。故にいかに正規雇用の待遇引き下げによって「格差」が解消されても、そこでは生存権の侵害という根本は何も解決されていない。
 氏は正社員の待遇を落としてでも非正社員の待遇引き上げを実現し、その上で改めて全労働者で総体的な待遇改善を要求すべきと述べているが、あまりにも非現実的な話である。正社員の待遇引き下げが非正社員の待遇引き上げに直結するわけではない。正社員の待遇を引き下げても非正社員の待遇が引き上がる保障は全くない。労組主導でワークシェアを行うにしても、日本の労組組織率は著しく低く、特に中小企業ではそんな構想は絶望的である。さらに正社員の引き下げにあわせて、それを口実に(正社員でさえ我慢しているのだからとか言って)非正社員の引き下げも行われる可能性さえある。

 ③については、解雇規制を弱めればそれだけ失業リスクが上がる以上、是が非でも会社に残ろうとして無理をしてでも働くので、労働時間は増える一方となる。1人当たりの労働時間が増えれば労働者数は減り、結局「正社員のイス」を減らすことになるので、非正社員が正社員になる機会は減ることになる。氏は雇用が流動化すれば労働者はより好待遇の企業に移ることができると言うが、実際は多くの業種で勤続年数が評価されるので、転職自体がリスクとなる。何よりも辞めた後、次の仕事が見つかるまでの生活はどうするのか。
 だいたい氏も認めるように雇用流動化で「正社員のイス」をゲットできるのは「一定のスキル」をもつ人であり、長年非正社員の地位に押し込められてスキルを獲得できなかった人は雇用が流動化しても這い上がることなどできない。雇用市場の流動化はむしろ「格差」の固定化に寄与すると言えよう。

 *なおあえて氏に有利な情報を提供するが、デンマークでは解雇が原則自由で、雇用市場は流動化されていて、氏の言うようなメリットが実際にある。ただし、それが可能なのは充実したセーフティネットと強力な労働運動が存在するからである。日本で解雇規制緩和を主張する人はなぜかおしなべてセーフティネットや労組の弱体化に加担している。もし「雇用待遇差別解消のための雇用の流動化」を主張するのならば、失業給付の大幅拡充やそれを可能にする「高負担・高福祉」の「大きな政府」を提唱しなければならない。単に雇用の流動化を唱えるのは、実際には待遇差別の解消など考えていないからである。

 ④については、財界の政策基調に対してあまりにも無知である。1990年代以降、財界は一貫して基幹的業務を少数精鋭の正社員に担わせ、それ以外は不安定な非正規雇用に転換する方針を貫いてきた。全体としてのコストカットと同時に労働者間を競わせ、正社員層には「被差別階層」を設定することで「ガス抜き」とし、非正社員層には経営者に向かうべき敵意を正社員層に振り向けることで、資本家は高みの見物ができるのである。解雇規制自由化は財界が近年推進してきた労働法制解体(労働環境を労使間の個別契約だけですべて決定できるようにし、労働三法を骨抜きにする企み)の一環で、あたかも正社員の解雇が自由になれば非正社員が正社員になれるような幻想を与えることで、非正社員層の支持を調達したいだけにすぎない。

 以上、論点に沿って再反論したが、最後にほかでもない財界サイドの人物の「本音トーク」を紹介しよう。日本経団連参与の高橋秀夫氏の発言である。
 年長フリーターにとって道はたやすくない。新卒採用が全体的に改善したとはいっても、企業を個別にみれば厳しい目で選考している。企業は正社員の採用には慎重だ。そこへ氷河期世代だったからといって、30歳までフリーターとして過ごしてしまい、技術のない人がきても採用はされない。(『エコノミスト』2008年5月20日号)
 要するに「正社員のイス」を増やしたくないのである。非正社員のキャリアなど全く評価していないのである。雇用の流動化が非正社員の正社員化に何ら寄与しないことをこの発言ははっきりと証明している。

 雇用待遇差別は解雇規制の緩和では解決するどころか、余計差別が強化されるだろう。企業任せでは決して解決することはない。そうであるならば法的規制によって非正規雇用を減らし、直接雇用・無期雇用の原則を確立して、法の力で企業に「正社員のイス」を増やすよう強要するしかない。労働者派遣法の抜本的改正がその端緒であることは弊ブログが常々指摘している通りである。

 *なお本当は正規・非正規間の差別についてもっとシビアな現実に即した話や、両者の連帯を可能にするための方法論について述べたかったが(当然そこでは正社員層に対するやや厳しい批判が含まれる)、反論だけで紙幅を費やしてしまったのでそれは別の機会に譲る。実は先日来、持病になっている外科的な症状が悪化して(具体的なことは個人情報なので書けないが)、病院へ定期的に通院しなければならなくなった。そんなわけで「別の機会」はいつになるかわからないし、ブログの更新頻度も落ちると思うがご容赦いただきたい。


《追記 2008/07/16》

 当該ブログがさらに反論のエントリを上げていたが、解雇規制の話を転職の話にすり替えるなど、本人も自認しているように「とりとめのない」内容で、その詭弁のオンパレードに失笑してしまった。そもそもの土台が違うので建設的な議論ができるはずもなく、私はもう相手にしない(向こうも「推敲する気力」がないそうだし)。互いに歩み寄る気がない以上、あとは読者の判断に委ねればそれでよいと思う。


《追記 2008/07/17》

 「相手にしない」と言ったのにご丁寧にもTBを送られてきたので一応追記する(推敲前の記事のTBは削除した。同一エントリなので)。ツッコミどころが多いので逐条批判を行いたいところだが、時間的余裕がないので要点のみでご了承いただきたい。

 辻広氏も「異論~」氏も「解雇規制の緩和」を前提とした「雇用の流動化」を主張していたからこそ、私ははじめからそこを批判しているのに、そこへ雇用が流動化されれば転職できるから問題はないという話を持ち出したのはほかでもない「異論~」氏であって、それを勝手に「雇用を流動化しない」=「転職しない」と決めつける姿勢が全く理解できない。私は一貫して「解雇規制の緩和を前提にした流動化」を問題にしているので、「雇用の流動化」=「解雇の自由化」と解釈しているのである。

 氏は自分の詭弁を認識していないようなので1つ教えると、「『現状はこうである!』これを無条件で是認してしまっては改善など出来ません」と言いながら、「法の力で企業に強要さえすれば『日本の労働者を全て正社員に出来る』と言う事でなければなりません。こんな法律を作っても『非正社員』なる労働者は確かに存在しなくなったけど、労働者の半数は貧困層のままなんて事になりかねません」と、まさに「希望者全員が(正社員の―引用注)イスに座れない」現状を無条件で是認しているのである。私は最初から雇用待遇差別の解消には、間接雇用・有期雇用を厳しく法的に規制し、特殊な例外を除いてすべて直接雇用・無期雇用にすべしと言っているのに、氏はよほどこの提案が気に入らないようで「アイデア合戦をしましょう」などと言って別の対案を出せと要求するのだが、少なくとも正社員になれば社会保障の企業負担が生じるので、貧困の一端は解消される契機になる以上「貧困層のまま」ということはない。

 氏の「全く違う意見の方が学ぶ所は多い」という点は正論だし、実際元エントリで辻広氏への批判を書いたことがきっかけとなって、それまで食わず嫌いしていたビジネス誌を読むようになり、得るものが大きかったという経験をしている。しかし、失礼ながら他のエントリから判断する限り、氏の言論姿勢そのものに疑問を感じるので、水かけ論になるだろうと判断して「相手にしない」と議論の打ち切りを表明した次第である。この判断には私が一目置くブログ「非国民通信」の次のエントリの影響を受けている。
 見苦しい - 非国民通信
 http://blog.goo.ne.jp/rebellion_2006/e/8c04c7cb5399a3031e75fc1d86836e00

 他人のハンドルネームにケチをつけたり、他人の批判を「罵倒」呼ばわりするくせに「その社会では某国のように『共通の土台』を有しない人を粛清するのですか」といった誹謗をするような人と議論をする意味を見出すことはできない。現在内服薬の副作用で体調が不良なこともあって以後はTBが来ても相手にできない。「異論~」はずいぶん検索八分に遭っているそうなので、誹謗中傷もほどほどに、どうぞご自愛を。

【関連記事】
「非正社員が正社員になりたかったら、正社員の解雇自由化に賛成しろ」という悪魔の囁き
再度答える。「正社員の解雇自由化」は社会の崩壊を招く。
「正社員のイス」をめぐって
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by mahounofuefuki | 2008-07-15 03:20

派遣労働見直しへのバックラッシュと「抱き合わせ」改正への警戒

 派遣労働をめぐっては昨年来、「ワーキングプア」拡大に対する世論の厳しい視線を背景に、政府・与党内の風向きが変わりはじめ、従来の規制緩和一辺倒から何らかの規制強化策を打ち出すことで、問題の緩和を図ろうとする流れが確立しつつある。厚生労働省が日雇派遣の禁止方針を打ち出し、自民・公明両党のプロジェクトチームがやはり日雇派遣の禁止、マージン開示義務、「専ら派遣」への規制強化を骨子とする労働者派遣法改正案を公表したのも、そうした流れの中に位置する。これらは先の国会会期中に民主党が用意した改正案と同様、派遣労働の抜本的見直しからははるかに遠い不十分極まりない案だが、少なくとも現状のままではいけないという問題意識だけは共有されていると言えよう。

 *与党の労働者派遣法改正案の問題点については、以前TBいただいた「エム・クルー ユニオン」のブログエントリを参照いただきたい。
 声明 与党PT「日雇派遣禁止案」に関する派遣ユニオンの見解 – エム・クルー ユニオン
 http://blog.goo.ne.jp/m_crew_union/e/316e7a940f7cf83ebfc79a3e638c88ab

 一方で、こうした流れに対するバックラッシュも最近強まっている。労働法制の解体を推進してきた規制改革会議は今月2日に第3次答申の「中間とりまとめ」を発表したが、非正規雇用に対する雇用待遇差別の存在を認識しつつも、相変わらず派遣労働の恒常化を求め、派遣法改正にあたっても派遣期間を超えた労働者に対する派遣先の雇用申込義務の廃止や派遣業種規制のさらなる緩和を示唆するなど、最近の流れに完全に逆行する内容となっている。

 また、これに呼応するかのように、日本経済新聞と読売新聞が相次いで日雇派遣禁止に疑義を示す社説を出した(日経は7月7日付、読売は7月8日付)。いずれも日雇派遣に対する労働者側のニーズの存在を口実に、企業の「使い勝手の良さ」を弁護する内容となっており、政府・与党に配慮してか日雇派遣の可否自体に触れなかった規制改革会議の中間答申を補完する役割を果たしている。これら社説には日雇派遣が貧困を生み、その貧困が日本社会を荒廃させ、貧民の人間性を剥奪していることへの問題意識は全くない。政府を監視すべきマスメディアが政府機関よりも鈍感なのには改めて驚かされる。派遣労働見直しの機運の高まりにはマスメディアの果たした役割が大きかったが、それだけにマスメディアがバックラッシュに加担することになればダメージは計り知れない。

 バックラッシュのねらいは実ははっきりしている。それは製造業における「2009年問題」を目前に控え、メーカー側は何としても現行の労働者派遣法第40条2~5項を改めて、できれば派遣先の直接雇用申込義務の廃止、最低でも現行3年の派遣期限の延長を実現したいのである。実態は派遣先の指示で働く「派遣」を、雇用期限のない「請負」に偽装していた「偽装請負」問題がクローズアップされたのが2006年。その「偽装請負」を糊塗するために、多くの製造業で請負から派遣への切り替えが行われたが、現行法が続けば3年後に当たる2009年に多くの派遣労働者が雇用期限を迎える。メーカー側は大量の派遣社員を直接雇用にするか、契約解除するしかない。いずれも経営上回避したい事態なのである。

 以前にも民主党の腰砕けの時に指摘したが、労働者派遣法改正問題で今後警戒しなければならないのは、一方で日雇派遣の禁止やマージン開示義務を前面に押し出しながら、他方で直接雇用申込義務の廃止や派遣期間の規制緩和を盛り込む「抱き合わせ」の「改正」である。与党は予定を前倒しして次の臨時国会で派遣法改正案を提出すると伝えられているが、先に日雇派遣禁止で世論を欺き、後から規制緩和条項を盛り込むことも考えられよう。財界としては日雇派遣業界を切り捨ててでも、有期雇用・間接雇用の恒常化を推進したいはずである。

 すでにキャノンが世論の批判と国会の猛攻を受けて、派遣社員を直接雇用の期間社員と業務請負に転換する方針を表明し、実際に転換を進めているようだが、一方で「偽装請負」表面化後も企業によってはさまざまな「抜け道」を「開拓」して、事実上間接雇用の永久化を図っている。キャノンの例も依然として有期雇用の不安定性という問題は何ら解決していない。真の解決には何としても労働者派遣法の抜本的改正を足掛かりにして、直接雇用・無期雇用の原則を確立しなければならない。ここでさらなる規制緩和や「抱き合わせ」を容認しては日本社会に未来はないと断言しよう。

【関連記事】
労働者派遣法改正問題リンク集

【関連リンク】
規制改革会議「中間とりまとめ―年末答申に向けての問題提起― 5 社会基盤」*PDF
http://www8.cao.go.jp/kisei-kaikaku/publication/2008/0702/item080702_09.pdf
規制改革会議「中間とりまとめ」/派遣労働是正に抵抗/流れが見えない異質の存在 – しんぶん赤旗
http://www.jcp.or.jp/akahata/aik07/2008-07-08/2008070805_02_0.html
規制改革会議の孤立化:五十嵐仁の転成仁語
http://igajin.blog.so-net.ne.jp/2008-07-06
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by mahounofuefuki | 2008-07-08 17:28

グッドウィル廃業と雇用待遇差別の根深さ

 派遣大手グッドウィルが厚生労働省より事業許可取り消し処分を受けるのが確実になり、ついに廃業に追い込まれた。事業停止処分を受けて以来、急速にシェアを失い、つぶれるのは時間の問題ではあったが、最後の最後まで経営側の身勝手に振り回され、労働者には苦しみしか与えられなかったと言えよう。

 グッドウィルユニオンが次のような声明を出している(太字強調は引用者による)。
(前略) 違法派遣や賃金不払など違法行為を繰り返してきたグッドウィルに対して派遣事業許可取り消し等の厳しい処分が出されるのは当然のことである。
 しかし、1995年以降、違法派遣を繰り返しながら拡大してきたグッドウィルを放置したばかりか、1999年の派遣法改正によりグッドウィルが行う事業を合法化して急成長に拍車をかけた国の責任は極めて大きい。
 もっと早くこのような違法派遣を取り締まっていれば、グッドウィルで働く労働者が数千人、数万人規模まで膨れ上がることはなかったし、許可取り消しによって大量の失業者を生み出すようなこともなかった。
 また、グッドウィルで働く日雇い派遣労働者が日雇い雇用保険に加入していれば、失業しても当面は「あぶれ手当」の受給により当面の生活を凌ぐことができたはずだが、厚生労働省は、グッドウィルが日雇い雇用保険に全く加入させていない状態を承知しながら、それさえも放置した
 許可取り消しまたは廃業により、雇用を失い、生活の道を立たれる労働者の救済が何よりも優先されなければならない。 (後略)
 廃業の直接的影響は言うまでもなく派遣労働者の失業である。しかし、日雇派遣については昨年雇用保険が適用されるように制度改正されたにもかかわらず、会社側が加入していなかったため、何の給付も受けられない。事業停止の時も遡及加入を求める動きがあったが、厚生労働省は何の実効的な対策をとらなかった。セーフティネットが貧弱どころか、皆無なのである。

 ところで、グッドウィルは廃業に際して、正社員もすべて解雇するようだが、その正社員の労組「人材サービスゼネラルユニオン(JSGU)」と上部組織のゼンセン同盟が昨日経営側を非難する会見を開いている(毎日新聞2008/06/25 22:22など)。一方的な退職通知に怒りを顕わにしていたそうだが、正直あまり同情はない。

 なぜならこの御用労組はこれまでさんざん会社側の手先として働き、労働者派遣法改正の骨抜きを民主党に働きかけたのも彼らだからだ(ゼンセン同盟は周知の通り旧民社党→民主党の支持母体である)。我々の世代の一般的な通念である「正社員が非正社員を搾取している」という見方を私はとらないが(あくまでも搾取者は資本家である)、経営側に同調して非正規雇用に対する待遇差別に加担している御用労組を免責することはできない。

 今回の件で改めて正規・非正規雇用間の差別の根深さを再確認した。もはや労働者派遣法を抜本的改正して直接・無期雇用原則を確立する以外に一連の問題の解決はない。厚労省はすでに日雇派遣禁止方針を決めているが、それだけでは全く不十分である(むしろ失業が増大する可能性すらある)。国会は1999年の派遣法全面改悪時、共産党以外の政党が賛成した罪を今償うべきである。秋葉原事件に続いて派遣労働の劣悪さが世上の注目を浴びている今こそ正念場かもしれない。

【関連記事】
労働者派遣法改正問題リンク集

【関連リンク】
グッドウィル許可取り消し・廃業方針に関する声明|グッドウィルユニオン
http://ameblo.jp/goodwillunion/entry-10109914801.html
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by mahounofuefuki | 2008-06-26 00:18