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国は「勝訴」なので上告できず違憲判決確定へ~自衛隊イラク派遣差し止め訴訟

 自衛隊イラク派遣差し止め訴訟で、名古屋高裁はイラクの現状をイラク特措法が定める「戦闘地域」と判断し、派遣中の航空自衛隊の活動には武力行使を含み憲法第9条に違反するとの控訴審判決を下した。

 この国の司法はもうかなり前から、日米安保体制や自衛隊の問題について、憲法判断を回避するのが定石となっていただけに、正直なところ驚いている。上級審になるほど政府寄りなのも常識であるだけに、一審でもなかった違憲判断を控訴審が行ったのは(原告や他の賛同者には悪いが)想定外だった。もちろんこの想定外は喜ばしい。
 9条に対する違憲を認めた判決は、1973年の長沼ナイキ訴訟一審判決(いわゆる「福島判決」)以来だそうだから、画期的・歴史的判決と言ってよいだろう。青山邦夫裁判長の勇気と気骨に敬意を表したい。

 この訴訟は、①自衛隊派遣の差し止め、②イラク特措法の違憲確認、③平和的生存権・人格権侵害の慰謝料支払いを求めたもので、今回の判決は一審同様そのいずれも認めずに控訴を棄却しており、訴訟そのものは原告の敗訴である。しかし、皮肉にも国は勝訴したが故に上告できず、原告が上告しなければ今回の判決は確定する
 読売新聞(2008/04/17 14:24)によれば、判決はイラクについて「多国籍軍と武装勢力との間で、国際的な武力紛争が行われている」と指摘し、空自の輸送活動のうち「少なくとも多国籍軍の武装兵員を戦闘地域であるバグダッドに空輸する活動は、武力行使を行ったとの評価を受けざるを得ない」(太字強調は引用者による)と判断したという。「戦闘地域」での活動を禁じたイラク特措法に違反し、戦争のための武力行使を禁じた憲法にも違反すると認定したのである。
 政府は再三、自衛隊のイラク派遣の合憲・合法根拠を派遣地域が「戦闘地域」ではないことに置いていたが、裁判所は「戦闘地域」であるとみなしたのである。イラクの現状認識において国家機構の一部である司法機関が、政府の説明と異なる見方を示した意味は重い。また米軍などの兵員を戦地に輸送する活動を「武力行使」と認定したことは、日米安保体制のなし崩し的強化に警笛を鳴らし、改めて憲法が禁じる「武力行使」の厳密な定義づけの必要性を指摘したと言えよう。

 今回の判決が出たことで、反憲法勢力は現憲法下で自衛隊の「武力行使」を「合法化」する限界を痛感し、憲法9条改定への野望を改めて高めることだろう。アメリカからの改憲圧力もますます強まることが予想される。
 自衛隊の在り方については護憲派内でも廃止論から専守防衛論までさまざまだが、当面は海外での武力行使禁止米軍との一体化見直しの2点に絞って、9条擁護の論陣を張る必要がある。今回の判決の憲法判断を十二分に生かすべきだろう。

【関連リンク】
自衛隊イラク派兵差し止め訴訟の会/トップページ
イラクにおける人道復興支援活動及び安全確保支援活動の実施に関する特別措置法-法令データ提供システム
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by mahounofuefuki | 2008-04-17 20:14

立川反戦ビラ事件で不当判決

 2004年に立川市の自衛隊官舎へ自衛隊のイラク派遣に反対するビラを配布した市民団体「立川自衛隊監視テント村」のメンバーが住居侵入罪に問われていた刑事訴訟で、最高裁は被告の上告を棄却した。これにより一審無罪判決を破棄して被告を有罪とした控訴審判決が確定する。

 この事件は表向き住居侵入罪だが、多数の商用チラシや与党の宣伝ビラなどを不問に付して、「テント村」のビラだけを検挙した点で、明らかにイラク派遣反対運動への政治的弾圧である。直接的な弾圧法規ではなく、刑法が定める一般的な容疑で、時の国家権力にとって邪魔な者を有罪に処すのは、戦前からしばしば行われた常套手段であり、こうしたことが平然とまかり通るのは、現在この国には正当な政治活動の自由を社会的に保障する地盤が失われていることを如実に示していよう。

 とはいえ訴訟の争点はあくまでも住居侵入罪なので、被告のビラ配布が住居侵入に当たるのかどうかを検討しなければならない。
 今回確定する判決の問題は次の2点である。①被告らが立ち入った自衛隊官舎の敷地と共用通路を刑法第130条の「人の看守する邸宅」とみなしていること。②自衛隊官舎の管理者が関係者以外の敷地内立ち入りを禁止していたことを「侵入」の要件としていること。

 ①については、居住空間ではない敷地や通路は個々の住人の居住権が及ぶのかという疑問が生じる。一個人の邸宅ならば、その敷地には居住権が生じるだろう。しかし、集合住宅ではそれぞれの住人の部屋にはもちろん個々人の居住権は生じるが、敷地や通路は個々人の占有物ではない以上、それを「邸宅」とみなすのは無理があるのではないか。これでは例えば新聞配達のためにアパートの通路を通るのも「住居侵入」になりかねない。
 ②については、管理者の意思が居住者の意思とは限らないという問題がある。判決では管理者が官舎の出入り口に掲示した「禁止事項」に居住者の意思が反映しているか確認を行っていない。いくら自衛隊でも個々の隊員に特定のビラを読むことを禁じることはできない。管理者(自衛隊)が示した「禁止事項」そのものの正当性を問わねばならないはずだが、裁判所はこれを行っていない。

 いずれにせよ、最高裁が「お墨付き」を与えた判例は他の類似の訴訟に影響することになる。以前、当ブログで紹介した葛飾の共産党ビラ配布弾圧事件も控訴審が有罪判決を下し、現在最高裁で係争中だが、悪影響が心配される。また、政権批判的な政治活動に委縮効果を生む危険もある。
 政治活動において戸別訪問とビラ・チラシ配布は世界のスタンダードである。日本がこれを認めないのは、現在世界の普遍的原則である立憲主義・民主主義の否定にほかならない。これがどれほど恥ずかしいことか最高裁は理解していないと言わざるをえない。

【関連記事】
共産党のビラ配布に対し不当判決

【関連リンク】
判決要旨 住居侵入被告事件(平成17年(う)第351号)-立川・反戦ビラ弾圧救援会
立川・反戦ビラ弾圧救援会
村野瀬玲奈の秘書課広報室|ビラのポスティングを有罪と考える人に説明。(立川反戦ビラ入れ裁判をめぐって)
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by mahounofuefuki | 2008-04-11 20:23

「大江・岩波裁判」1審判決~史実の勝利

 大江健三郎『沖縄ノート』(岩波書店、1970年)及び家永三郎『太平洋戦争』(岩波書店、1968年)の沖縄戦「集団自決」に関する記述が、沖縄戦下で座間味島の戦隊長だった梅沢裕氏と渡嘉敷島の戦隊長だった故・赤松嘉次氏の名誉を棄損したとして、梅沢氏本人と赤松氏の弟が大江氏と岩波書店に慰謝料支払いと出版差し止めを訴えていた訴訟(いわゆる「大江・岩波裁判」)で、大阪地裁は原告の請求を棄却する判決を下した。
 この訴訟はそもそも沖縄戦下での「集団自決」を軍が強制したという事実を隠蔽したい勢力が唆して起こしたと言っても過言ではなく、原告側の主張は史料の裏付けがない非学問的なもので、裁判官に先入観がない限り、今回の判決は当然の結果と言えよう。文部科学省は先の教科書検定で、この訴訟の原告側主張を根拠に教科書から「軍の強制」の記述を削除させたが、司法は検定の根拠を全面否定したのである。

 判決で重要な要点は次の通り。

①梅沢・赤松による「集団自決」命令説は、援護法の適用を受けるための捏造であるという原告側主張を、援護法の適用が意識される以前から、アメリカ軍の「慶良間列島作戦報告書」や沖縄タイムス社編『鉄の暴風』(朝日新聞、1950年)のような軍命令の証言を示す資料が存在したこと、原告側の証言が合理性を欠くことなどを理由に退けた。

②手榴弾が交付されたこと、住民らがスパイ容疑で処刑されたこと、日本軍が駐屯していなかった地域では「集団自決」が発生しなかったことなどを理由に、「集団自決」に日本軍が深く関与したことを認定し、座間味・渡嘉敷それぞれで梅沢・赤松を頂点とする上意下達の組織があり、彼らが「自決」に関与したことを「推認」した。「自決命令」それ自体の認定は回避した。

③「集団自決」に関する学説の状況、根拠となる文献の存在と信用性の判断、著者の取材状況などから、問題の記述には「合理的資料もしくは根拠がある」と評価し、家永・大江が軍の強制を「真実」であると信じる「相当な理由」があったことを認め、梅沢・赤松への名誉棄損は成立しないと断じた。大江の赤松(書中では匿名)批判についても「意見ないし論評の域を逸脱し」ていないとした。

 細部に関して慎重だが、それだけに理路整然とした内容で、現在の通説ともほぼ合致する。軍による住民の処刑、「集団自決」の強制を事実として認め、原告の根拠なき主張をすべて退けた以上、大江・岩波側の全面勝訴と言っていいだろう。史実を隠蔽しようとする動きに一定の掣肘を与えたと評価したい。
 原告は控訴するのが確実なので、訴訟はまだ続くだろうが、控訴審で今回の判決から後退することのないよう陰ながら応援したい。

 なお原告側主張の元となっている作家の曽野綾子氏の言説のお粗末さについては、最近文芸評論家の山崎行太郎氏が精力的に丁寧な批判を行っている。山崎氏は保守派と目されているが、「集団自決」の争点は価値判断の前提となる事実認識であり、それには右も左もなく、彼が曽野氏を批判するのは真っ当である。今さら当ブログごとき弱小ブログが紹介するのも気が引けるが、念のためリンクしておく。
 文藝評論家=山崎行太郎の政治ブログ『毒蛇山荘日記』

【関連リンク】
「大江・岩波裁判」大江氏側全面勝訴の判決-JanJan
大江健三郎・岩波書店沖縄戦裁判支援連絡会
大江・岩波沖縄戦裁判を支援し沖縄の真実を広める首都圏の会:全面勝訴 3・28大阪地裁判決内容
沖縄戦の歴史歪曲を許さず、沖縄から平和教育をすすめる会|大江・岩波沖縄戦裁判 原告棄却 隊長関与推認できる!
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by mahounofuefuki | 2008-03-28 21:06

米兵の暴行事件、イージス艦事件、「ロス疑惑」再燃の共通項

 『週刊文春』の「疑惑の銃弾」と題する記事をきっかけに、いわゆる「ロス疑惑」がマスメディアを騒がした当時、私は小学校に上がったか上がらないかという年齢であり、事件そのものについては全く理解できなかったが、「三浦和義」という名前とテレビに何度も映された彼のサングラス姿だけは鮮明に記憶に焼きつけられた。
 今にして思えば、あの事件こそ刑事事件を大衆の「娯楽」にするワイドショー型事件報道のはしりだったわけで、幼児の脳裏に残るほどテレビの影響力は絶大だったことを改めて認識しなければならない。

 周知の通り「ロス疑惑」の核心である三浦和義氏の当時の妻が銃撃された事件について、日本の最高裁では三浦氏の無罪判決が確定している。今になって突然アメリカの警察当局がサイパンに滞在していた三浦氏の身柄を拘束したことに疑念が出るのも当然である。
 特に在日アメリカ軍の軍人による暴行事件をはじめとする一連の不祥事や海上自衛隊のイージス艦「あたご」が漁船に衝突した事件から、マスメディアの矛先を変えさせるための「陰謀」を疑う声が出ている。たとえば日頃「陰謀論」を批判しているきまぐれな日々でさえ、「日本国民の目をそらさせたいであろうアメリカによる「陰謀」を疑いたくなってしまう」と述べるほどだ。

 私には「陰謀」説を肯定することも否定することもできない。ただ、私が思ったのは米兵の暴行事件、「あたご」事件、そして今回の三浦氏の逮捕の3つに共通するのは、「アメリカの横暴」が背景にあるということである。
 暴行事件については言うまでもない。日米安保体制と在日米軍の存在が「公認された殺人者」たるアメリカ兵を野放しにし、市民生活を脅かした。「あたご」事件は日本の自衛隊の問題だが、そもそもイージス艦は日米軍事一体化の過程で、特にアメリカ主導のミサイル防衛システムの構築と関わって建造されたことを考えると、結局はアメリカの軍事戦略が事件の遠因とも言える。いずれも日本に従属的軍事パートナーの役割を押し付けるアメリカの対日政策が通奏低音となっていることは疑いない。

 そして、今回の「ロス疑惑」の件。確かに事件そのものはアメリカ領内で発生したので、今もアメリカには裁判権があるし、ロスアンゼルスを含むカリフォルニア州の州法では殺人罪に公訴時効がない。逮捕や起訴の手続きは合法だろう。
 しかし、日本ではすでに無罪が確定し、時効も過ぎている。日本国憲法第39条は「同一の犯罪について、重ねて刑事上の責任を問われない」と、国際人権規約もB規約第14条で「何人もそれぞれの国の法律及び刑事手続に従って既に確定的に有罪又は無罪の判決を受けた行為について再び裁判され又は処罰されることはない」と定めている。いわゆる一時不再理の原則で、条文上は別の国での裁判や処罰を妨げないが、本来刑事訴訟については慣習上、国際間でも適用されるべきである。
 さらに日米間には犯罪人引き渡し条約が存在する。条約第4条は「引渡しを求められている者が被請求国において引渡しの請求に係る犯罪について訴追されている場合又は確定判決を受けた場合」は引き渡しを行わないと定めている。この規定故にアメリカ側はたとえ「新証拠」があっても、日本側に「確定判決を受けた」三浦氏の身柄引き渡しを要求することができない。条約上身柄引き渡しができない者を、たまたま自国領内にいたからという理由で逮捕勾留するのは人道上疑問が残る。

 「ロス疑惑」の再燃で在日米軍や自衛隊の不祥事が霞むのを心配するのならば、むしろこれらをつなぐ共通項である「アメリカの無法と横暴」を強調する必要があるだろう。

《追記》

 本文中「一時不再理」は誤字で、正しくは「一事不再理」でした。おわびして訂正します。

【関連リンク】
きまぐれな日々 突然の三浦和義氏再逮捕と「9.11」の因縁
日本国憲法-法庫
市民的及び政治的権利に関する国際条約(B規約)第三部-外務省
日本国とアメリカ合衆国との間の犯罪人引き渡し条約-国際法研究室
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by mahounofuefuki | 2008-02-25 12:31

マクドナルド残業代不払い訴訟で勝訴判決

 日本マクドナルドの直営店の現職店長が、店長を労働基準法第41条の「管理監督者」とみなして残業代を支払わないのは違法だとして同社を訴えていた訴訟で、東京地裁は過去2年間の残業代支払を命じる判決を下した。
 店長が管理職かどうかをめぐっては、先日紳士服大手コナカでも店長の残業代支払いを求めていた労働審判が、会社側が和解金を支払うことで合意したが、今回の判決は、管理職の実態がない労働者を管理職に仕立てることで残業代を支払わない企業の手口を断罪した点で、より明確に企業に反省を促したと言えよう。
 この訴訟の提訴から今日までの動きやマクドナルドの労働現場の実態については、OhmyNewsの永原一子さんの記事が詳しいので(下記の「関連リンク」参照)、ぜひそちらをお読みいただきたい。

 今回の訴訟で注目しなければならないのは、原告が東京管理職ユニオンとともに会社側と団体交渉を行った際、会社側は金銭解決を提示したが、原告はこれを断固拒否して、訴訟に至ったことである。しかも退職せず、あくまでも現職の店長として仕事を続けながら、会社と闘うことがどれだけ厳しいかは想像に難くない。「カネ目当て」という周囲の中傷とも闘い、自己の権利の追求を貫いた原告の意思の強靭さに素直に敬意を表したい。
 訴訟の直接の論点はマクドナルドの店長が管理職かそうでないかだが、むしろ問題は月100時間超の「サービス残業」を強いる企業の働かせ方そのものだろう。外食産業の店長やマネージャークラスの社員の過労はつとに指摘されているが、最小限の人員に過重な仕事を担わせ、極端な能力・成果主義で心身を疲弊させる労務管理が、果たして本当に会社のためになっているか大いに疑問だ。数字上のコストカットを至上命題にするあまり、結局は労働の効率性をかえって低下させているとしか思えない。
 マクドナルドの店長たちのほとんどが、タイムカードの出退勤の時間を改竄してまで残業をしているという。表向きでも定時内に仕事ができなければ「個人の能力不足」とみなされ、能力主義の査定で低く評価されるからだ。特に2006年夏ごろからは「能力不足」の烙印を押された店長やアシスタントマネージャーの降格が目立つようになったという。そこまでして仮に「利益」を上げても労働者には還元されることはない。労働者に待っているのは病気と「過労死」だけである。

 この種の訴訟は過去に何度もあり、勝訴も今回が初めてではない。それにもかかわらず一向に労働環境が改善されないのは、労働基準法が全く機能していないことに起因する。労働行政の強化が何としても必要だ。同時に改めて本当に労働者のためになる労働組合の必要性も痛感した。競争原理で同じ職場の労働者間の連帯が困難になっている現状で、従来の企業内労組を前提にした労働運動ではほとんどの労働者がそこから疎外される。地域ユニオンや職種別労組の伸長に期待したい。
 しかし、いつも言っていることだが、なぜ過労問題は政治課題にならないのだろう? ガソリン税の税率なんかよりもずっと切実なのだが・・・。

【関連リンク】
マクドナルドの「店長」は管理監督者か-OhmyNews
マクドナルド直営店店長が過労死か?-OhmyNews
マクドナルド裁判は原告店長の全面勝訴-OhmyNews
東京管理職ユニオン
労働基準法-法庫
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by mahounofuefuki | 2008-01-28 21:54

裁判所の判決を無視する労基署~トヨタ過労死

 この国の権力関係の真実をまざまざと見せつけられる出来事である。
 トヨタ自動車の社員の過労死を豊田労働基準監督署が労災認定せず、亡くなった社員の妻が不認定の取り消しを求めた訴訟は、名古屋地裁が労災を認定する判決を下し、国が控訴を断念して判決が確定したことは、以前当ブログでも紹介した。この判決はトヨタが業務と認めていない「クォリティーコントロール(QC)活動」等を業務と認定し、残業時間に加算する画期的な内容だった。
 判決が確定した以上、当然判決が認定した労働時間に沿って労災保険の遺族補償金が支払われるかと思いきや、豊田労基署はこの期に及んでも判決を無視し、当初国側が主張していた労働時間分しか算定していないという。原告は昨日(1月9日)、舛添要一厚生労働大臣と面会し、地裁判決が認定した残業時間に沿った支給を求めた。原告が言うように「行政が司法の判断を無視」(共同通信 2008/01/09 18:39)した暴挙であり、この国の労働行政の貧弱さを絵に描いたような問題だ。

 豊田労基署が裁判所を無視してまで残業時間を過少に算定する理由については、毎日新聞(2007/12/27朝刊)の「記者の目」が次のように示唆している(太字は引用者による)。
(前略) 労働基準法第36条に基づく月間残業時間の上限は45時間。通常は超過すれば違法残業だ。トヨタ過労死弁護団の田巻紘子弁護士は「労基署には、遺族救済のため保険金を適正に算定し、超過残業には是正指導を行う職権があります。残業106時間を会社に認めさせて、役割を果たすべきです。たとえ相手が世界のトヨタであろうと遠慮は許されません」と語る。
 豊田労基署には会社寄りの印象もぬぐえない。労災不認定の際、会社に配慮して適法スレスレの残業時間の認定にとどめたのではないか、という疑問が残る。不認定決定前の時期、同署の署長らがトヨタ系部品会社の割引券を使ってゴルフしていた癒着ぶりが後に明らかになり、この元署長らは今年4月、戒告等の処分を受けているのだ。(後略)
 判決通り月間残業時間を106時間とすると、トヨタは労基法違反になる。それ故に「トヨタが違法残業を強いている」という状況を隠蔽するために、残業時間をぎりぎり「適法」の範囲内に作為したというのである。労基署と企業の癒着ぶりは各地で噂があり、トヨタ側が労基署の幹部に便宜を提供していたというのも、いかにもありそうな話である。
 毎日新聞の記事は「豊田労基署には会社寄りの印象もぬぐえない」と慎重な言い回しをしているが、企業城下町・豊田市の実情を考えれば、労基署もトヨタ本社を頂点とする地域の支配構造に組み込まれており、とてもトヨタに歯向うことなどできないというのが真相だろう。下手にトヨタの違法行為を指導して、暴力団や右翼団体による嫌がらせを受けたり、自宅が放火されたり、場合によっては偽装自殺で消されたりするリスクを負うよりは、せいぜいゴルフ割引券でも貰ってうまく立ち回った方が「お利口さん」ということなのだろう。たとえ表面化しても戒告(免職や停職や減給と異なり実害なし)で済むのならなおさらだ。

 一連のトヨタをめぐる問題は、この国の企業社会の闇を浮き彫りにしている。昨年末にはトヨタ自動車相談役の奥田碩氏が内閣特別顧問に任命されるなど、政府とトヨタの癒着ぶりはますます際立っている。労働行政が真に独立性と実効的な指導力を有することができるよう知恵を絞らねばなるまい。


《追記 2008/01/13》

 当記事に関して複数の方々より、名古屋地裁判決が認定した残業時間には「QC活動」は含まれていないのではないかというご指摘があった。この訴訟では原告側は死亡前1か月間の残業時間を144時間と算定し、被告の国(労基署)は45時間と算定した。地裁の判決は労災認定にあたって「確実な」残業時間を106時間と認定し(これはトヨタ自動車堤工場の人事担当者が算定した114時間よりも少ない)、確かに小集団活動に含まれると考えられる時間の一部を残業時間に加算していないものとみられる(判決文の全文を入手していないので確認はできないが)。
 しかし、それでも「創意くふう提案及びQCサークル活動は、本件事業主の事業活動に直接役立つ性質のものであり、また、交通安全活動もその運営上の利点があるものとして、いずれも本件事業主が育成・支援するものと認識され、これにかかわる作業は、労災認定の業務起因性を判断する際には、使用者の支配下における業務であると判断するのが相当である」と判断して、国や会社側の証言を採用しなかった点で、地裁判決の画期性を損なうものではないと私は考えている。
 当記事はことのほか反響があり、改めて企業の理不尽な労務管理や過労死に対する関心の高さを痛感した。
 なお関連リンクを追加した。

【関連記事】
相変わらず多い残業代不払い
「過労自殺」は企業による「殺人」である
企業による「殺人」
トヨタ過労死訴訟で画期的な判決
「生きのびるための労働法」手帳
トヨタ過労死訴訟で労災確定

【関連リンク】
MyNewsJapan-マスコミが広告欲しさに書けない、本当のトヨタ
全トヨタ労働組合(ATU)
愛労連(ブログ):カイゼンの自主活動は残業<長文>
愛労連(ブログ):桝添厚労省が調査約束*表題は原文ママ
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by mahounofuefuki | 2008-01-10 14:46

大阪弁護士会への懲戒請求について

 正直なところ困惑している。
 光市母子殺害事件の被告弁護人らに対する懲戒請求を扇動した橋下徹氏について、市民342人が大阪弁護士会へ懲戒請求を行った件である。
 朝日新聞(2007/12/18 11:19)によれば、請求者は12都府県にまたがり、「関係者によると、賛同する市民らが9月以降、知人に声をかけるなどして広がった」という。「9月」というのが事実ならば、弁護人らへの異常な数の懲戒請求が各地の弁護士会に対して行われていた頃から、逆に橋下氏への懲戒を請求する準備をしていたことになり、橋下氏が立候補を表明している大阪府知事選挙とはまったく関係がない
 今のところこの「342人」が何者なのか、本当に口コミだけで集まったのか、組織的な動きがなかったのか、私にも疑問が多い。いわゆる「仕掛け人」を巡って、さまざまな未確認情報や憶測が飛び交っているが、いまいちはっきりしない。
 橋下氏は今回の件に関し「特定の弁護士が主導して府知事選への出馬を表明した時期に懲戒請求したのなら、私の政治活動に対する重大な挑戦であり、刑事弁護人の正義のみを絶対視する狂信的な行為」(産経新聞 2007/12/17 22:24)とコメントしているが、「特定の弁護士」に心当たりがあるのか。ただ橋下氏の出馬が最初に報じられた日から起算しても、そんなわずかな期間で342人も請求者が現れるとは考えにくく、この懲戒請求が知事選とぶつかったのは偶然の可能性が高い。
*余談だが、この橋下氏のコメント、「府知事選~」を「光市事件の公判」に、「政治活動」を「弁護活動」に、「刑事弁護人」を「被害者遺族」に換えれば、そのまま橋下氏にはね返る。相変わらずの自爆ぶりである。

 とは言え、結果として知事選と重なったことはやはり問題である。
 そもそも今回の懲戒請求が正当なのか、私には疑問である。当ブログでは開設当初から光市事件の被告弁護団を擁護し、弁護団をバッシングする人々を「安心して攻撃できる“絶対悪”」を求めているにすぎないと喝破してきたし、橋下氏に対しても時として感情を剥き出しにしてまで非難してきた(直情的になりすぎて良識ある人々にはかえって不興を買ったかもしれない)。故に請求者の橋下氏への怒りや司法の独立への危機感は理解できる。
 しかし、橋下氏への懲戒を求めるというやり方は、ある種の「仕返し」の様相が濃く、それこそ橋下氏が始めた「懲戒請求の濫用」を拡大・継続し、今後も別の訴訟でこうした「懲戒請求合戦」を引き起こす危険性があるのではないか。
 日弁連によれば、「弁護士法や所属弁護士会・日弁連の会則に違反したり、所属弁護士会の秩序・信用を害したり、その他職務の内外を問わず「品位を失うべき非行」があったとき」に弁護士法が定める懲戒を行う。光市事件の弁護団に対する懲戒請求も、橋下氏に対する懲戒請求も「品位を失うべき非行」を理由に行われたわけだが、この「非行」とは明白な違法行為に限定されるべきであって、個々の弁護士の発言を問責するものであってはならない。いかに軽率な発言であっても、これを弁護士会の懲戒制度をもって問責することが常態化すれば、それは一種の言論弾圧であり、弁護士を委縮させる恐れがある。
 今回の件で、光市事件懲戒請求扇動問題弁護団は、事務局長の兒玉浩生氏の文責でコメントを出しているが、彼らにとっても今回の件は寝耳に水であり、「当弁護団は,「懲戒請求は多数の力を示して行うものではない」「懲戒請求は署名活動や社会運動のために用いられるべきものではない」と考えております。したがって,多数の市民による懲戒請求がなされるということについて強調した報道がされていることには,若干,違和感を覚えます」とやはり困惑を隠していない。また「我々さえも巻き添えに偏った見方をされるとすれば,非常に残念なことだと思います」と同弁護団が橋下氏に対して行っている損害賠償訴訟への悪影響を心配している。
 一連の経過を考慮すれば、橋下氏への懲戒を請求する前に、同弁護団や光市事件被告弁護団に相談があってしかるべきだと思うが、そうではないらしい。こうなると今回の件は一部の市民による「勇み足」と言わざるをえないだろう。

 現実問題としては、これまで光市事件の弁護人に対する懲戒請求はすべて却下され、今後も懲戒が認められる可能性はほとんどない。それだけで「仕返し」などせずとも、橋下氏の「負け」は確定である。ところが、今回の件が加わったことで、光市事件の弁護人に対する懲戒請求がすべて却下されても、他方で橋下氏への懲戒も認められなければ、世間的には「痛み分け」という形になる(そしてその可能性が高い)。仮に橋下氏への懲戒が下されても、橋下氏は引き下がらず、あらゆる手段で不服を申し立てるだろうし、請求者を提訴することもあろう。問題が長引き、移ろいやすい世論が再度橋下氏への「同情」に向かうかもしれない。今回の請求者らはそこまで考えていないのか。
 また、大阪府知事選への影響も心配だ。自民・公明両党が橋下氏と公約の政策協議をしていると伝えられているが、各種報道などによれば両党内でも橋下氏への不信の声が少なくなく、いまだ推薦や支持に至っていない。橋下氏のメディアや自身のブログでの数々の暴言や挑発的な態度は、本来「規律」や「伝統」を重んじる保守主義とは相いれない。また、狂信的とさえ言えるタカ派体質に、特に公明党の支持母体である創価学会の人々は決して融和的ではない。公明党大阪府議団の光沢忍氏は、橋下氏への推薦は「まだ白紙の状態」と語っているという(朝日新聞 2007/12/18 22:06)。このまま何もなく推移すれば、橋下氏は十分な組織的支援を得られず、知名度だけに頼った徒手空拳の選挙戦を強いられる可能性もあった。
 しかし、今回の件で、大衆における「“左”を忌避するポピュリズム」(小熊英二氏の言葉)が起動すれば、橋下氏への同情票が掘り起こされる危険がある。もし「342人」がいわゆる「プロ市民」だった場合なおさらである。しかも、民主党の推薦候補の熊谷貞俊氏が大学教授、共産党の推薦候補の梅田章二氏が真っ当な弁護士であることを勘案すれば、「エリート」対「庶民」の構図が作られ、橋下氏が「いけすかないエリート」と闘う「庶民のヒーロー」となる恐れなしとは言えない。客観的には橋下氏もエリートなのだが、この場合は橋下氏の粗野な物言いが逆に「庶民性」を象徴することになる。
 私の見方はあまりにも悲観的かもしれないが、知事選の方はともかく、光市事件や扇動問題の訴訟には決してよい影響をもたらさないだろう。私の不安が杞憂にすぎないことを望む。

【関連リンク】
大阪弁護士会
日本弁護士連合会
光市事件懲戒請求扇動問題 弁護団広報ページ
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by mahounofuefuki | 2007-12-19 00:17

トヨタ過労死訴訟で労災確定

 今月に入ってから当ブログの「検索ワード」第1位は断トツで「トヨタ過労死」である。
 といっても私の当該記事は新聞記事を紹介しただけのたいした内容ではないので恐縮なのだが、リンクした記事やトラックバックをいただいた記事はとても優秀なので、そうした記事への入口となれば幸いである。
 この問題を1度しか書いていない当ブログに「トヨタ過労死」で来る人が多いということは、それだけ過労に対する関心が高いということだろう。

 そのトヨタの過労死に労災が認定されなかった訴訟は、トヨタが業務と認めていない時間外活動を業務と断じる判決が出され、原告が勝訴したが、昨日(12月14日)、被告の国が控訴を断念したために判決が確定した。まずは良かったと言えよう。
 タダ働きはトヨタだけの問題ではない。これを機に「サービス残業」を実効的に規制することを望む。

 ただ、過労死に関していつも思うのは、死んでからでは遅いということだ。現在進行形で過労に苦しむ労働者を実質的に助けられる手立てがなければ、どうにもならない。死んでから遺族にはした金を支払って解決ということが続くのは辛い(この問題は下記の関連記事を参照してほしい)。

 過労は今や現代社会の最大の問題である。何で政治課題にならないのだろう?

【関連記事】
相変わらず多い残業代不払い
「過労自殺」は企業による「殺人」である
企業による「殺人」
トヨタ過労死訴訟で画期的な判決
「生きのびるための労働法」手帳

【関連リンク】
全トヨタ労働組合(ATU)
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by mahounofuefuki | 2007-12-15 12:15

共産党のビラ配布に対し不当判決

 共産党の「都議会報告」などのビラを東京都内のマンションのドアポストに配布していた人が住居侵入罪に問われていた訴訟で、東京高裁は一審の無罪判決を破棄し、被告に罰金5万円の支払いを命ずる不当判決を下した。
 昨年8月に東京地裁が下した一審判決は「防犯意識の高まりなどを考慮しても、ビラを配布する目的で昼間に短時間立ち入ることすら許されないという社会通念が確立しているとはいえない」(読売新聞 2007/12/11 20:36)と奥歯にものがはさまったような物言いながら、至極当然の内容だったのに対し、今回の控訴審判決は「住民は住居の平穏を守るため部外者の立ち入りを禁止できる」とマンション管理組合がビラ配布を禁止していたことを認め、「被告は立ち入りが許容されていないことを知っており、住居侵入罪が成立する」と断定し、さらにビラ配布の「目的自体に不当な点はない」としながら「表現の自由は無制限に保障されるものではなく、他人の財産権を不当に害することは許されない」(毎日新聞2007/12/12 朝刊)と財産権が表現の自由に優先するという不可解な内容である。

 この事件は、表向きは「住居侵入罪」だが、実態は共産党をはじめとする政府に批判的な政治活動に対する活動妨害を公認しようとしている点に問題がある。立川の自衛隊官舎に自衛隊のイラク派遣に反対するビラを配った運動家もやはり住居侵入罪で逮捕、異例の長期拘束を受けたが(しかもやはり控訴審が有罪判決を下し係争中)、企業のセールスや訪問販売などが大手を振って立ち入りしているのに、政治活動それも現政府に批判的な活動だけが検挙されている事実は、問題の所在を端的に示していよう。
 今回の判決はビラ配布が住民の財産権を侵害したと断じているが、具体的にどう侵害されたのか言及していない(しんぶん赤旗 2007/12/12)。財産権云々はいかにも牽強付会で、裁判官の行政権力への迎合ぶりが際立っている(池田修裁判長はこの判決が「評価」されて次期異動で「栄転」するだろう)。住居侵入で通報した住民、逮捕した警察官、起訴した検察官、有罪判決を下した裁判官に共通するのは、表現の自由が民主主義の前提であることへの無自覚であり、既存の権力秩序に従ってさえいれば「幸せ」に生活できるという「小市民的保守主義」への依存である。20年前ならとうてい起訴などされないような案件が、保守的な大衆と警察権力と司法権力の合作によって「事件」に仕立てられること自体、すでにこの国の民主主義が崩壊していることを象徴している。

 ちなみに私の住居には、共産党も自民党も民主党も公明党もビラを配布していく(選挙中には「怪文書」も)。たとえば「公明新聞」なんて普段は読めないので、ビラと一緒に置いてもらえるのは「敵情視察」に使えるのでありがたい。共産党のビラを見たくないからと言って警察に通報した反共住民は、そういう寛容さも持ち合わせていないのだろう。非常に偏狭だ。
 最近は自分と異なる意見を読むことを厭う人々が増えているような気がする。「異論の共存」を認めないことからファシズムは生まれる(故に一部の左翼ブロガーの「ネトウヨを逮捕せよ」といった言に私は与しない)。現在の日本の言論状況が閉塞しているのも、そのあたりに原因があるように思う。

 いずれにせよ、特定の政党への弾圧を公認する今回の判決は明白な憲法違反であり、とうてい容認できない。被告は即日上告したので訴訟の舞台は最高裁へ移るが、最高裁が無罪判決を下すよう強く願う次第である。

【関連記事】
「アカの壁」を越えるために

【関連リンク】
葛飾ビラ配布弾圧事件 ビラ配布の自由を守る会
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by mahounofuefuki | 2007-12-12 13:07

トヨタ過労死訴訟で画期的な判決

2002年にトヨタ自動車堤工場で、当時30歳の社員が過労により死亡したにもかかわらず、豊田労働基準監督署が労災を認定しなかったため、死亡した社員の妻が労災不認定処分の取り消しを求めていた訴訟で、名古屋地裁は死亡と過労の因果関係を認め、処分の取り消しを命ずる判決を下した。

最近の司法は、過労死による労災を認める傾向があるが、今回の判決の画期的な点は、トヨタが従業員の自発的な活動で業務ではないと主張している、生産方式の「カイゼン活動」を業務と認めたことである。
トヨタは「創意くふう提案」「QC(クォリティーコントロール)サークル」などの小集団による「業務改善」を社員に行わせて、社員の企業共同体への一体化を進めているが、今に至るも経営側はこれらを会社の業務とみなしておらず、労基もトヨタに迎合して「カイゼン活動」時間を労働時間に算入しなかった。
今回の判決はそうしたトヨタと労基の欺瞞を突いたのである。
以下、毎日新聞(2007/12/01 01:05)より。
(前略) 判決で多見谷裁判長は「業務は精神的ストレスをもたらしたと推認できる。上司と職場に残っており、相当時間残業している勤務状況を上司は認識できた」と指摘。また、徹底的に職場の能率向上を図るトヨタ生産方式「カイゼン」のため、同社が社員に「創意くふう提案」などをさせる「小集団活動」についても、原告が業務の一部と主張したのに対し、判決は「運営に必要な準備を社内で行っており、業務と同様にとらえられる」と認定した。労基署は03年12月、「拘束時間すべてが労働時間ではなく、実際の残業は約45時間」と業務と死亡の因果関係を否定していた。(後略)
以下、朝日新聞(2007/12/01 07:57)より。
(前略) トヨタは、社員が創意くふう提案に費やす時間や、月2時間を超えるQCサークル活動を自発的活動とみなして、残業代も支給してこなかった。
 QC活動を「業務」と認定した理由について判決は、(1)会社紹介のパンフレットにも積極的に評価して取り上げている(2)上司が審査し、その内容が業務に反映される(3)リーダーは活動の状況を自己評価していた、などの点を指摘。QC活動はトヨタの自動車生産に「直接役立つ性質のもの」であり「使用者の支配下における業務」とした。
 原告側の弁護士は「外見上、自発的な活動としながら、企業が残業代を払わずに労働者に仕事をさせる巧妙なシステム。トヨタの急成長の秘密の一つだ」と指摘する。(後略)
要するに巧妙な「タダ働き」であり、労働者の生存権などこれっぽちも考えていない、奴隷労働である。

判決は、いわゆる「トヨタ方式」と呼ばれる徹底したコストカット管理については、判断を回避したが、莫大な政治資金で自民・民主両党の国会議員などを意のままに動かし、莫大な広告費でマスメディアを黙らせているトヨタの「実力」を考えれば、今回の裁判官は非常に勇敢であったと言えよう。

ちなみに、前記毎日電子版には、トヨタのコメントが載っているが、その内容は「ご遺族と国の訴訟でコメントする立場にございません。元社員がお亡くなりになられたことは心からお悔やみ申し上げ、社員の健康管理に一層努めてまいる所存です」という、反省のかけらもないものだ。
労働者が「社畜」と化して、身を粉にして全身全霊を尽くしても、「飼い主」は飼っている虫が1匹死んだくらいにしか考えていないのである。

なお、この過労死については、妻のインタヴューをもとに書かれた以下の記事が必読である。
MyNewsJapan-トヨタで死んだ 30歳過労死社員の妻は語る(1) 生体リズム壊す変則勤務体制
MyNewsJapan-トヨタで死んだ 30歳過労死社員の妻は語る(2) 利益1兆円を生む「賃金のつかない業務」
MyNewsJapan-トヨタで死んだ 30歳過労死社員の妻は語る(3) 「死んだら、もういらないの?」
*記事の全部閲覧は、有料会員限定。

《追記》

トラックバックしてくださった酒井徹の日々改善に、法廷での判決言い渡しの様子が記されている。
通常、裁判長は判決の主文のみを読み、あとは判決文を配布することで代えるのだが、今回の裁判長は自ら判決理由も述べ、原告に直接ねぎらいの言葉をかけ、さらに一部原告側の要求を判決理由に盛り込まなかったことの事情も説明したという。
司法権の独立、裁判官の独立が形骸化しつつある現在、まだこんな判事がいたことに深い感銘を覚えた。今や国を敗訴にすることは命がけである(住基ネットに違憲判決を出した判事が変死したことを忘れてはならない)。自己の良心に忠実な判事に敬意を表する。
なお、言うまでもないが、被告の国は控訴するべきではない。


【関連記事】
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by mahounofuefuki | 2007-12-01 12:45