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「構造改革」路線の由来と麻生内閣の政策転換?についての暫定的な覚書

 私もそうだったが、しばしば「小泉政権以降の」政策路線が「貧困と格差」を拡大したと言ってしまいがちだが、そうなると当然次のような問題が生じる。「小泉以降」ということは、「小泉以前」は良かったのか?と。同時代人のリアルタイムの感覚からすると、小泉政権時代に雇用待遇差別や社会保障の脆弱さが顕在化したのは確かだが、今日冷静に振り返るならば、企業のリストラによる雇用待遇全般の低下や非正規雇用の拡大はすでに1990年代に出そろっていたし、「就職氷河期」のピークだった1990年代末はまだ小泉政権ではなかった。小泉純一郎個人のエキセントリックなパフォーマンスに惑わされて、あたかも小泉政権が「突然変異」だったように錯覚しがちだが、実は「構造改革」というのは、少なくとも1980年代半ばからの長期的な政策潮流の帰結であったことを再認識しなければならない。

 いわゆる「小さな政府」路線の源流は、1980年代の中曾根内閣の臨調路線に遡るし、大企業・富裕層への減税路線も80年代から本格化する。90年代には橋本内閣が行革と消費税増税というその後の政府を貫く政策基調を確立した。小泉政権はその延長線上に登場した。当然その潮流は一直線ではなく、その時々の経済状況や権力抗争に規定されて紆余曲折があったが、「小さな政府」路線の支持基盤は一貫して、公共事業を通した地方への利益配分を軸とする「土建型福祉国家」とも言うべき旧来の自民党の基本路線に対して不満を抱く、都市中間層が中心であった。忘れてはならないのは1980年代から1990年代にかけて、コミュニズム系ではないリベラル系の左翼はむしろ行政不信を前提として規制緩和や行政の縮小を支持したことで、「小さな政府」論は古典的なレッセ=フェールへの回帰という点で本質的に保守的であったにもかかわらず、大衆には「革新」として受け取られたという点である。そして現在も「税金の無駄遣いを減らして」という言説への支持を通して、「小さな政府」は延命を続けている。

 つまり本当の意味での政策転換とは、単に小泉政権以前に戻ることではなく、少なくとも80年代以降の大企業・富裕層優遇、政府の再分配機能弱体化、社会保障での応能原則の否定、雇用待遇の引き下げ等々を全面転換することにほかならない。麻生内閣は来年度予算編成で「骨太の方針」を修正し、公共事業や社会保障の抑制路線を転換することを決定したと報じられているが、実際には「骨太の方針」を廃棄したのでも、大胆な予算配分の見直しを行うのでもない。シーリングを維持しながら外枠で財政出動を増やすというのは、いわば「景気回復」(何をもって景気が回復したと見るかは恣意的)までの暫定措置ということである。マスメディアは政策転換とか「改革の後退」と書きたてるが、これは橋本政権の緊縮路線の後、小渕政権が一時的に利益配分を増加させたのと同程度の「転換」でしかなく、本格的な政策転換からは遠い、いつでも「構造改革」路線に復帰できる代物にすぎない。

 中途半端な「転換」にすぎないことに加えて問題となるのは、景気対策のための公共事業増発という方向性自体は正しいものの、単に先祖がえりのように大型開発のような利益誘導を主体とする限り、またしても利益に与れない都市中間層や貧困層の一部などが財政出動そのものへの不満を募らせ、「小さな政府」路線を欲求する可能性が高くなるということである。普遍的な社会保障の確立と公共事業の質の転換(需要の低い大型事業から生活需要に即した事業への転換)を伴わなければ、公的支出が生活に結びついているという実感を得られず、際限のない歳出削減を望み続けるだろう。そして自民党内には今回程度の「転換」をも批判する新自由主義派が健在であり、民主党が歳入の公平性を軽視して行政縮小による財源捻出に固執している現在、麻生内閣に対抗する政策路線は歳出削減路線となる可能性が高い。自民党でさえなければ何でもいいという政権交代信者にとってはそれでいいのだろうが、替わった政権が民主党+新自由主義派による歳出削減路線(しかも間違いなく軍事費のような「本当の無駄」は「聖域」となる)ではまたしても「貧困と格差」は拡大を続ける。いつか来た道である。

 「共産党を中心とする政権」でもない限り(しかし現行の選挙制度と社会構造ではまずありえない)、どのような組み合わせの政権でも、当分は旧来の利益誘導路線と歳出削減路線の幅の中にとどまるだろう。小泉政権の否定にとどまらず、もっと長いスパンで過去の政治を総括し、従来とは全く異なる普遍的な福祉国家が構想されなければならないが、不況の現状はそんな猶予すらない。私の絶望が日々深くなる所以である。
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by mahounofuefuki | 2008-12-04 17:42

少なくともあなたの方は「小さな政府」論者です

 面倒なので前置きなし。

 Easy Resistance:植草さんは「小さな政府」論者ではありませんよ
 http://easyresistance.blog.ocn.ne.jp/blog/2008/11/post_7868.html

それはただ天下りを禁止するだけでは、公庫に資金を取り戻すことができないからです。独立行政法人など政府系企業は天下り人件費を捻出するために、業務遂行とは関係のない経費(人件費)を計上できるようにできています。通常の利益を稼ぐ法人とは全くの別物で、そこに配分される国費は彼らにとって利権で、天下りが来なければこれ幸いと、その分も何らかの形で自分達のために利用することでしょう。

 その論法だったら、独立行政法人どころか政府のあらゆる機関が必要ないということになる。「業務遂行と関係ない経費」を計上して予算を獲得する手は行政ならどこでも使う手。しかし、例えば地方自治体がそういう手を使っているからと言って、「自治体を廃止しろ」とはならない。必要なのはあくまで会計検査の強化であって、政府の業務を減らして、行政サービスを落とすことではない。ちなみにこの人は「人件費=悪」という典型的な新自由主義的思考にとらわれているが、貧困対策のために公務員を倍増して「ワーキングプア」を優先採用しろと要求している私からすれば、その人件費で雇用が増えるという条件ならば、人件費は多い方がよい。


おっしゃる通り有益な事業も数多く存在します。しかしそれを残しながら天下りの受け皿である政府系企業を廃止する方法は色々あります。民間企業に運営させ保障だけを与えるとか、地方自治体へ移管する(もちろん一般会計で運営していただく)証券化して市場へ任せる(2次市場形成は問題ありそうですねw)一般会計で予算を組む、利益の見込める事業は民間へ払い下げる等

 民間委託と地方丸投げと証券化! あなたは橋下徹ですか!? 竹中平蔵ですか!? 「天下り利権」にはうるさいくせに、特定企業への委託=利権はいいと! ただでさえ財政の厳しい地方自治体に移管してどうやって運営するのか。地方間格差も広がる。民営化すれば収益を上げなければならない。市場原理にそぐわないものは排除されてしまう。また外部委託は公務員の非正規化を招いている(「官製ワーキングプア」で調べよ)。

 たとえば公団住宅をご指摘通り民営化するとしよう。家賃が引き上げられ、貧乏人は追い出される。奨学金を民営化するとしよう。利息は上がり、信用保証のない貧乏人は借りることもできなくなる。国立病院を民営化するとしよう。採算のとれない田舎の病院は廃止されるだろう。ちょっとシミュレーションすればわかること。それでも「天下りの廃止のためには仕方がない」と言うようなら「さよなら」だ。必要なのはいつ民営化されるかわからない独立行政法人という形態を完全に国の直轄機関にすることである。


政府系企業はその規模の分だけ民業を圧迫しています、その圧力を取り除けば日本の企業は活力を再生させるはずです。その伸びに雇用を求めるのが正攻法ではないかと考えます、同時にそれが追いつくまでの間、何らかの保障は必要になると思われますが。

 公営事業とぶつかる民業の多くはいわゆる「貧困ビジネス」である。公営住宅がもっとたくさんあれば、ネットカフェや個室ビデオに寝泊まりする人は減る。職業訓練事業がもっと充実すれば、派遣会社は減る。しかし、そうした「民業の圧迫」はむしろ歓迎されるべきではないのか。政府が正規雇用を減らして、その分民間の非正規雇用が増えても、単に貧困を拡大するだけにすぎない。現実は金融危機以降、どんどん民間での特に非正規雇用の「首切り」が進んでいる。今必要なのは、政府が公務員を増やすなり、社会保障の充実と連動した公営事業を増やして雇用のイスを増やすことではないのか? 


その通りですね、それが改革の名を借りた利権の保全に他ならないからです。まさしく天下りは温存され、国民の権利が削られる悪しき改革の典型です。この政府系金融も解体すべきだと私は思っています。

 何が「その通りですね」だ! 曲解も甚だしい! 私が問題にしているのは「利権の保全」でも「天下りの温存」でもない。奨学金の補完的役割を果たしている「教育ローン」の貸出資格が、政府系金融の経営統合によって従来よりも狭められたことを問題にしているのだ。政府系金融解体? 民間金融機関へ業務委託? ますます貧乏人は排除されるではないか。「改革」など不要。元に戻してくれ。

 財政民主主義上、特別会計の廃止が望ましいということは私も同意見だが、廃止した場合の社会的ダメージをフォローするする必要があることは注意しておきたい。公共事業をちょっと減らしただけで、地方は本当に悲惨な状況にある。私の周囲でも会社ぐるみで出稼ぎに出ているなんて話もある。正義漢ぶって「不正」を排除したはいいが、何ら手当てがなければ結局弱い所にしわ寄せが来るということを自覚して欲しい。

 「共に新自由主義と戦いましょう!」と結ばれているが、私にはこのブログ主こそ新自由主義者としか思えない。植草氏を「小さな政府」論者と言ったのは言い過ぎだったかもしれないが、少なくとも「Easy Resistance」氏は「小さな政府」論者である。「官僚主犯説」どころか、半ば陰謀論めいた「官僚単独犯説」のようで、「財界主犯説」を採る私とは全く相容れない。「無自覚な新自由主義者」。この国の「民=善、官=悪」信仰の深刻さを改めて実感した次第である。


《追記 2008/11/08》

 予想通り再々反論が来たが、「共通の土台」がないことが明確になった。私は社会主義を否定していないので、噛み合うはずもない。まあ確かに当方の言が漠然としすぎていたのは問題であったが・・・。もういくらやっても徒労に終わりそうなので、これで打ち止めにする。


《追記 2008/11/11》

 「Easy Resistance」に対しトラックバック禁止措置をとった。理由は以下のエントリを参照のこと。
 某ブログに対するTB禁止措置について

【関連記事】
非正規公務員の「ワーキングプア」化~貧困対策としての正規公務員増員政策の必要性
「官僚主犯説」が財界の政治介入を促進する
「小さな政府」を堅持する民主党と「植草一秀現象」
植草一秀氏に答える
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by mahounofuefuki | 2008-11-07 22:00

植草一秀氏に答える

 前のエントリ「小さな政府」を堅持する民主党と「植草一秀現象」に対し、植草一秀氏が弊ブログへの返信と題して追加説明のエントリを上げておられた。

 植草一秀の『知られざる真実』:「世界の片隅でニュースを読む」への返信
 http://uekusak.cocolog-nifty.com/blog/2008/11/post-401d.html

 先のエントリで私が最も問題とした「天下り法人」の廃止という民主党の公約について、氏は次のように記述の撤回を表明された。
(前略) 私の主張は、「特権官僚の天下り利権を根絶し、そのことに伴って削減できる政府支出が大規模に存在する」というものである。

 しかし、この主張と天下り機関の原則廃止との間には隔たりがあり、天下り機関の原則廃止を示している民主党の主張に同意したとみなせる私の記述は誤りであり、この点については、記述を撤回するとともに、お詫びしたい。(後略)

 「天下り法人」廃止論が内包する危険性について、原則論としてはご理解いただけたようなのは幸いである。奨学金を廃止して社会保障費を捻出するような方法は全くナンセンスであり、特に独立行政法人に対する世上の誤解を解くためにも、氏のような専門家にはぜひともこのことを強調していただきたいところである。

 一方、ほかの論点については依然として見解の相違としか言いようがない。植草氏は次のように民主党が「大きな政府」志向であると指摘する。
(前略) 「所得再分配機能」に対するスタンスの差が「小さな政府」についてのスタンスを示すとすれば、民主党の政策は明らかに「大きな政府」志向である。「所得再分配機能の重視」、「生存権の重視」の基本方針が明確に示されていると考える。(後略)

 しかし、所得税や法人税や相続税のような直接税に手をつけないで所得再分配機能を強化することなど不可能である。累進強化を提示できない民主党に再分配機能の強化を期待はできない。また、最低賃金法や労働者派遣法の改正をめぐるこれまでの民主党の姿勢から「生存権の重視」を読み取ることもできない。とうてい民主党は「大きな政府」志向などとは言えないというのが私の見立てである。

 氏はさらに社会保障財源について次のように指摘する。
(前略) 共産党は累進課税による所得税および法人税で、社会保障財源をすべて賄うべきだと主張し、消費税を全面的に否定している。わたしは、所得税による所得再分配、法人税の重要な役割を否定しないが、この二者ですべての社会保障財源を賄うことには懐疑的である。(後略)

 私が知る限り共産党は保険料制度を前提としているので、その2税で社会保障の全財源を賄うという主張はそもそも存在しない。問題なのはこれまで社会保障財源にすると称された消費税増税分が、実質的には企業減税に置き換えられたことであり、今回も財界サイドからは消費税の増税と同時に所得税・法人税の減税の要求が出ている(*1)。「消費税=社会保障目的税」論の真の目的が「消費税以外の現行の社会保障財源」を他の用途に回すことであることは、ほかでもない元大蔵官僚の野口悠紀雄氏が指摘している(*2)。いずれにせよ消費税を社会保障と結びつけた議論は大企業・富裕層優遇策とリンクしており、「消費税を活用することも選択肢の一つ」と言っているようでは再分配機能強化などおぼつかないのではないか。

 *1 日本経団連:税・財政・社会保障制度の一体改革に関する提言(2008-10-02)
    http://www.keidanren.or.jp/japanese/policy/2008/068/honbun.html
 *2 「超」整理日記 社会保障目的税は増税目的のトリック
    http://essays.noguchi.co.jp/archives/69

 当方の不具合でTBを出せなかったにもかかわらず(なぜかココログの一部はTBが通りにくい)、植草氏が弊ブログを読んでくださったことは素直に感謝申し上げる。ただ、変な話になるが、氏のようなキャリアのあるエコノミストならば、卑見など「サヨクの世迷言」と斬って捨てるのが普通で、もし氏がシンクタンクや大学に勤務されていた頃だったら、一介の素人など相手にしなかったのではないかと思うのである。最近、民主党支持のブロガーとの結びつきを強くされているようだが、未熟なブログ言論に迎合することなくプロのエコノミストとしての立場を貫いて欲しいと願う次第である。
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by mahounofuefuki | 2008-11-05 00:58

「小さな政府」を堅持する民主党と「植草一秀現象」

 アメリカの金融危機により新自由主義は失墜したと言われるが、一方で新自由主義の最も重要なファクターである「小さな政府」に対する信仰は依然として強力である。大型不況の足音が確実に大きくなり、実際中小企業の倒産や労働者の解雇が増えているように、弱いところからダメージがじわじわと広がる中で、むしろ「大きな政府」を復権させて「富の再分配」を強化することが必要なのに、相変わらず「無駄遣い」の一点張りで歳出削減策ばかりが持て囃される。それでいて増税と言えば再分配効果の無い消費税ばかり。もういい加減うんざりさせられる。

 今日もあるエコノミストのブログの主張にいたく怒りを覚えた。

 植草一秀の『知られざる真実』:フジテレビ「サキヨミ」の偏向報道
 http://uekusak.cocolog-nifty.com/blog/2008/11/post-1336.html
(前略) 民主党は、「天下り」機関に年間12.6兆円もの国費が投入されている事実を指摘したうえで、民主党が提示する政策プログラムを実現するための財源を段階的に確保する政策プログラムを発表している。

 10月2日の衆議院本会議代表質問で民主党の小沢一郎代表は民主党が提示する政策の財源確保について、明快な説明を示している。「天下り」を根絶し、特殊法人、特別会計、独立行政法人を廃止し、2009年度に8.4兆円、10年度と11年度はそれぞれ14兆円、12年度には総予算の1割の20.5兆円の新財源を生み出すことが示されているのだ。

 自民党は「天下り」利権を全面擁護している。特殊法人、特別会計、独立行政法人をそのまま温存して、特権官僚の天下り利権を全面擁護するのだから、新しい財源を見出すことができないのは当然だ。麻生首相の提案は、官僚利権を温存したままで一般国民に巨大な負担を押し付ける消費税増税に踏み切ろうとするものなのだ。この政策姿勢と民主党の政策を同一に論じることが欺瞞に満ちている。(後略)

 要するに植草一秀氏は、「天下り法人」の廃止による財源捻出を提示した民主党を絶賛しているのだが、前にも書いたように「天下り」を廃したかったら法令で禁止すればいいだけの話で、なぜ受け皿の法人まで道連れにするのか。特殊法人や独立行政法人には本来国が責任をもって行うべき業務がたくさんある。奨学金も公団住宅も国立病院も博物館・美術館も中小企業向け金融も独法である。ほかにも民間ではできない事業がいくつもある。これらはむしろ完全国営化するべきくらいで、廃止や民営化はそれこそ植草氏が批判する「弱肉強食」政策に加担するものだ。だいたい天下り役員以外の一般の職員の生活はどうなるのか、少しでも考えているのだろうか。

 特殊法人だった国民生活金融公庫、中小企業金融公庫、農林漁業金融公庫が統合し、日本政策金融公庫なるものが先月発足したが、その最初の市民生活へのダメージは「教育ローン」貸出の所得上限切り下げであった。「無駄遣い」というプロパガンダに踊らされた結果、またひとつ庶民の生命線が弱体化させられたのである。特法・独法「改革」の構図は郵政民営化の時と何ら変わらない。

 植草氏の最大の欺瞞は、自民党と同様に消費税増税を不可避であると誘導していることである。「最大の論点は、消費税増税の前に『天下り』に代表される特権官僚の利権を排除するかどうかなのだ」と言うが、それは要するに「利権」さえ排除すれば消費税増税の障害は存在しないということである。これはまさしく「歳出削減か消費税増税か」の二者択一しかないように錯覚させ、「本当の聖域」である大企業・富裕層へ応分の税負担を課すという選択肢を排除しているのである。

 なぜだか私には全く不可解なのだが、「ネット世間」で「左翼」とか「リベラル」に位置づけられるブログには、このような「小さな政府」論者の植草氏をやたらと持ち上げる風潮があるようである。冤罪だか弾圧だかは知らないが、少なくとも私にはその政策論はとうてい受け入れられない。そしていみじくも植草氏がお墨付きを与えたように、民主党は依然として「小さな政府」路線を堅持しているのである。小泉政権の「構造改革」路線を批判しながら、民主党の政策を支持する矛盾にいい加減気付かなければならない。それがわからない者はもはや新自由主義者と同類である。

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「官僚主犯説」が財界の政治介入を促進する
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by mahounofuefuki | 2008-11-03 21:36

「官僚主犯説」が財界の政治介入を促進する

 ずいぶん前から「政治改革」議論となると「官僚支配」の打破ということが叫ばれ、現在の「政権交代」論でも官僚の政策決定過程からの排除や民間人の登用を求めるオピニオンは多い。「世間」における公務員バッシングと併せて、あたかも官僚制さえ潰せば全てうまくいくというわけだが、果たして本当にそうなのか?

 この「官僚バッシング」について、法政大学教授の杉田敦氏が今月の『世界』で次のように指摘していた。私には至極納得できる内容だ。
 いまおっしゃったこととも関係してくるのですが、日本では従来は官僚が政策立案の中心になって、よくも悪くも官僚がやってきた。これに対して、とくにいわゆる90年代からの政治改革等の議論では、官僚支配から政治家中心へということが叫ばれ、選挙制度改革とか、内閣機能の強化が行われ、政治家、なかでも総理大臣に権力を集中させることは正しくて、官僚と言う、選挙で選ばれたわけではない人たちに政策機能をもたせるのはおかしいという話になった。これ自体は、もちろんそういう側面はあるし、官僚が独走するようなことはたしかによくない。
 ただ、官僚を独走させないためには、政治家がそれだけの政策機能を高めていく、あるいは政党中心で政策立案していく、そういうシステムをつくることが必要なのに、そちらはほとんど進まないで、官僚批判ばかりやっていたわけです。
 とくにこの数年は、官僚とか公務員を叩くことが主要な政治的なテーマになってしまっている。もちろん腐敗した官僚は叩かなければいけないし、必要な批判はしなければいけないのですが、ポジティブなかたちで、では、官僚中心でないならばどうするのか、それにはやはり政党とか政治家とかそれを支える市民の意識も含めて、大きく変わらなければいけない。それにもかかわらず、たんに官僚を批判すればいいという非常に瑣末な議論に陥ってしまっている。 (杉田敦の発言より、石田英敬・杉田敦「『政治』をどう建て直すか――メディアポリティクスの果てに」『世界』2008年11月号、p.132、太字強調は引用者による)

 実際、薬害を放置した厚生官僚とか、汚染米転売を黙認した農林官僚などはっきりと個人責任を問うべき例も少なくないのだが、問題はただバッシングを繰り返してはそれだけで自己満足に終始し、結局官僚制に代わる政策立案機能を全く確立できていないのが実情だろう。高級官僚を排除して、国会議員が直接行政の執行を指揮すると言っても、現実問題として全部合わせて数百人しかいない与党議員が中央行政すべてを仕切れるはずもなく、それを支える政党のブレーン機能はどの党も不十分である。

 杉田発言に付け加えるならば、「官僚バッシング」の帰結が、無能な議員による「政治主導」「官邸主導」と財界による政策決定過程への介入でしかないという現実を見過ごしてはならないことだ。前者に関しては安倍内閣がその典型で、公務員制度「改革」に熱心な一方で、「チーム安倍」なる無能なボンボン集団が政治をかき回したことは記憶に新しい。後者に関しては特に中曾根内閣の「行革」以来、財界人が政府の審議会や有識者会議などを通して直接政治に介入するようになり、また現場レベルでは大銀行や大企業のシンクタンクとの人事交流や「天上がり」も増大した。その最悪例が小泉内閣時代の経済財政諮問会議であったことはもはや誰も否定しえないだろう。

 近代日本国家の基軸は確かに官僚制であり、諸外国と比較して官僚の無責任は際立ってはいる。とはいえ現状では政財官三者の権力バランスの中で極端に官だけが弱まるのは、結果として他の二者を強化するだけで決して民衆の利益にはならない。特に「官」から「民」へという美名の実態は財界の政治介入である。官僚嫌いの人々は「官僚主犯説」をとりがちだが、私は「財界主犯説」で、一方で政治献金を通して大政党をコントロールし、他方で行政機構と直接人的関係を結ぶことで、巨大資本は自らの利益に沿った政策を行わせていると考えている。本当に必要なのは財界を政治から切り離すことである。

 最近の金融危機への対応や不況に伴う財政政策の転換、さらには衆院選の先送りに至るまで、政府はいずれも財界の希望に忠実に従っている。企業献金にどっぷりつかっている自民党ならば当然だが、民主党も相変わらず官僚制の解体を公約に掲げ、景気対策や金融救済では財界の歓心を買うことを与党と競っている。だいたい小沢一郎氏のブレーンは財界人ばかりである。民主党は財界を政治から切り離すどころか、官僚たたきに乗じて財界の政治介入を促進しそうである。

 財界批判なき官僚批判は危険であることを改めて強調しておきたい。
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by mahounofuefuki | 2008-10-28 20:01

「1人の市民を減らして3人の奴隷を増やす」のではなく「3人とも市民にしろ」

 数日前の弊ブログで非正規公務員の「ワーキングプア」化~貧困対策としての正規公務員増員政策の必要性というエントリを挙げて、行政の人件費削減により臨時採用などの非正規公務員が増加している現状を批判し、正規公務員を増やせと主張したが、これに対し「はてなブックマーク」で、やはり以前弊ブログの清掃職員が年収1100万円で悪いか!でも取り上げた、奈良市の清掃職員の「高給」問題を前提に「これって、年収300万円で3人正規採用すればいいよなぁ?ブサヨは公務員の高給を擁護しているが、そのせいではじき出される人間はどうでもいいんだよなぁ?」という誹謗コメントがついていた。

 雇用待遇差別問題で非正規雇用を正規雇用に引き上げよと唱えると、必ず正規雇用の方の待遇を引き下げよとか、正規雇用の解雇を自由化しないと非正規雇用は正規雇用にはなれないといった批判が起きるが、これもそれらと同じ「引き下げ」論法である。全民間労働者の平均収入よりも低い年収300万円に引き下げろ、と平気で主張できるのは「格差」は問題にするが「貧困」を問題にしない典型例で、労働者全体の総取り分を勝手に固定しない限り成立しない議論である。

 奈良市の件は「年収1100万円」というといかにも「高給」だし、これが規定の労働条件の下で為されていたら私でも「高すぎる」と言うだろうが、以前も強調したように、この例は「給与が高い」のではなく「労働時間が異常に長い」のであって、時間外手当を除く給料500万円、賞与200万円余りというのは、問題の職員が定年の60歳であることを考慮すれば、安くはないが高いとは言えず妥当なところだろう(それでも時間給で区切られる「ワーキングプア」層から見れば夢のような話ではあるが、資本の論理に合わせて「あるべき給与水準」を引き下げる必要は全くない)。

 弊ブログは先のエントリで、「ワーキングプア」を優先的に正規公務員に採用しろと唱えているのだから、そもそも「はじき出される人間はどうでもいい」という非難は全くあたらないが、そういう非難が出てくるのは、要は人件費の総額を固定して考えているからで、私が税収を増やして人件費も増やせと言っているのを見落としているからである。民間の場合も、資本の取り分には手をつけずに、正規雇用の所得を減らして非正規雇用に回せという論法がまかり通っているが、これも労働分配率の引き上げを全く考慮していない。

 誹謗コメントに沿ってわかりやすく例示すれば、「1人の正規労働者を解雇して、その分で3人の非正規労働者を雇う」あるいは「1人の労働者の給与を3分の1に引き下げて、その分で労働者を3人に増やす」のではなく、あくまで「正規労働者として給与を引き下げずに3人雇え」ということである。それは現実的でないという批判が当然あろうが、現在の「貧困と格差」の本質は、要は「貴族」の取り分が増大した分、「市民」の中から「奴隷」に落とされる人々が大幅に増えた点にあり、「奴隷」という状態自体に問題がある以上、これは「貴族」の取り分を減らして「奴隷」を「市民」にしない限り解決することはない。1人の「市民」を減らして3人の「奴隷」が増えても意味はない。

 「引き下げ」論法は、残りの「市民」もすべて「奴隷」にしろということであり、「奴隷」状態が人間として許容できるかどうかは問わず、非「貴族」間の「平等」を夢見ているが、「市民」と「奴隷」の分断は「貴族」にとっての統治戦術でもあり、実際は「市民」が「奴隷」に引き下がっても「平等」は訪れず、「奴隷」ももっと引き下がり、今度は「新奴隷」と「旧奴隷」の差別が生じるだろう。そして「市民」の残りの取り分も「貴族」に吸収される。「引き下げ」競争は「貴族」の欲望が続く限り際限なく拡大する。「市民」にとっても「奴隷」にとっても「敵」は「貴族」=巨大資本・富裕層なのである(ただし「市民」による「奴隷」への差別・蔑視を免罪するつもりはない)。

 話がいささか抽象的になってしまったが、現実問題として、中小企業に限っては労働分配率の高止まりが続いており、これ以上正規雇用を増やすことは難しい。だからこそ余裕のある大企業に正規雇用化を義務付けると同時に、特に民間企業での正規採用が難しい年長の未熟練非正規労働者を公務員に優先採用しろ、福祉国家路線で行政の仕事を増やし公務員を増員しろ、というのが弊ブログのこれまでの主旨である。具体的に実現するための方法論は全くないので、いわば理想論にすぎないことは認めるが、少なくとも政策としての方向性くらい提示する権利はあるだろう。減税や歳出削減がその方向性に逆行するのは言うまでもない。私が「歳出削減でも消費税増税でもなく金持ち増税」を一貫して主張する所以である。
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by mahounofuefuki | 2008-10-04 23:32

非正規公務員の「ワーキングプア」化~貧困対策としての正規公務員増員政策の必要性

 弊ブログでは再三再四にわたり、「官の無駄遣い」というプロパガンダが行政機構の民営化・市場化を促進させ、結果として公的な社会維持機能を弱め、「貧困と格差」の拡大に加担していることを厳しく批判してきた。残念ながら肝心の左翼系の人々ですら「小さな政府」信仰が強く、私のような主張はほとんど軽視されているが、改めて行政のコストカットが何をもたらしたかを明示するニュースがある。

 共同通信(2008/09/29 21:00)より。
 自治労が29日発表した地方自治体職員の勤務実態調査で、臨時雇いや非常勤などの非正規職員が全体の27・8%を占めることが分かった。非正規職員の少なくとも67%は「年収200万円以下の官製ワーキングプア(働く貧困層)に該当する」とみられる。
 (中略)
 調査は、全自治体に6月1日現在の非正規職員数や待遇などについて質問。全体の53・1%に当たる23都府県と963市区町村から回答を得た。
 その結果、回答を得た自治体の職員107万1496人のうち、29万7571人が非正規職員だった。自治労は未回答の自治体を含めれば、「非正規職員は全自治体で50万人を超える」と推定している。
 非正規職員の収入に関しては「賃金の約65%は日給・時給型で、その70%超は時給(換算で)1000円未満。残りの月給型も約58%は16万円に届かない」といい、自治労は全体の67%が年収200万円以下と分析している。

 たとえば学校教員で臨時採用の比率が増大したり、職業紹介を担うハローワークで社労士資格を持った専門家でも短期契約の非正規職員だったり、従来は正規雇用が当たり前だった領域で非正規雇用への置き換えが進んでいるという話はよく聞くが、約28%というのは驚きである(国家公務員も同じようなものだろう)。民間の非正規比率はすでに3割を超えているが、多くの人々の思い込みとは裏腹に確実に「官民格差」は縮小(それも悪い方に)しているのである。

 雇用待遇差別問題に関しては、弊ブログは非正規雇用を正規雇用に転換させるよう方向付けることが必要だと指摘し続けているが、そう言いつつも企業が本質的に市場原理に基づく存在である以上、たとえ法的に義務づけても簡単には進まないという現実も認識している。それ故に民間企業の正規雇用が減少した分を、行政が正規雇用を増やすことでフォローするような政策が必要だと考えている。私がいつも公務員バッシングに反発し、行政コストの削減に抵抗し、過剰な「官」批判を強く非難するのも、ひとえに「ワーキングプア」問題、なかんずく「年長フリーター」問題は「未熟練労働者を公務員として優先採用する」くらいの行政の強力な支援なしには決して解決しないからである。

 最近、月刊誌『世界』で労働問題の専門家らが「若年雇用促進法」を提案し、特に「氷河期世代」の既卒求職者の採用を一定の割合で企業に義務付けるというアイデアを提示しているが、これは企業のみならず、むしろ政府や自治体にこそ率先して行わせるべき施策である。現実問題として再び景気が後退し、企業がまたしても雇用コストの削減に向かう中で、行政が公務員を増やすことで労働市場を広げることが必要である。「貧困と格差」に本当に向き合うのならば、増税してでも正規の公務員を増加させなければならない

 公務員の非正規化・貧困化の現況はそうした方向に完全に逆行する。しかも、非正規化が進んでいるのは、教育や福祉や医療といった領域が中心で、その点でも昨今の社会保障弱体化の流れと軌を一にしている。逆に言えば福祉国家路線に転換するには、まさに教育や福祉や医療といった分野で人員を増やさねばならない。この国では一方で福祉国家を訴えながら、同じ口で公務員の削減を唱える矛盾した行動を採る人が後を絶たないが、行政サービスを充実させたかったら、それに見合った人員が必要なのは本来子どもでもわかることだ。

 今回の調査対象はあくまでも法的な身分上の公務員に限られているが、最近の行政は公務員の非正規化とともに、民間企業やNPOなど外部への業務委託も増えており、身分上は公務員ではなくても実際には公的業務を担っている例も少なくない。こうした問題も含めて、改めて公務員の地位問題を思い込みや感情論を排除して冷静に検討する必要があるだろう。

【関連記事】
ハローワークさらに削減へ~公務員減らしは行政サービスを悪化させるだけ
「やりがい」さえあれば労働条件が劣悪でもよいのか?

【関連リンク】
地方公務員法 - 法庫
http://www.houko.com/00/01/S25/261.HTM
巻頭特集 増える非正規労働者 [座談会] 公立保育職場の臨時・非常勤職員の現状 - 自治労通信2008年9・10月号
http://www.jichiro.gr.jp/tsuushin/732/732_01.html
*地方公務員法第22条が労働者派遣法と同じ問題を抱えていることがわかる。
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by mahounofuefuki | 2008-09-30 21:47

「天下り」元副知事の正論と「天上がり」をめぐる問題

 公務員、特に要職に就いていた官僚が出身官庁と関係が深い企業や公営の法人などに再就職する「天下り」に対しては、風当たりがますます強くなっているが、そんな中で北海道の公営企業の役員に「天下り」した元北海道副知事が、民間出身の役員に比べて報酬額が低く制限されているのは不公平だとして、報酬引き上げを要求しているという。

 北海道新聞(2008/09/13 14:03)より(引用にあたり漢数字をアラビア数字に変換した)。
 道の関与団体「北海道農業開発公社」の理事長に天下りした近藤光雄元副知事(61)が、自らの年間報酬を道の再就職要綱が定める上限額の倍以上の千四百四十万円に引き上げるよう、同公社の理事会に提案していたことが13日までに分かった。関係者からは「要綱の形骸(けいがい)化を図る行為で、とても理解は得られない」との批判が出ている。
 道職員の再就職に関するルールを定めた要綱では、退職時の役職に応じて上限額を設定。副知事の場合は上限660万円となっている。ただ、上限額については「特別の事情があるときは道と協議しなければならない」との例外規定も設けている。
 関係者によると、3月末に道を退職し、7月1日付で同公社の理事長に就任した近藤氏は、同日の理事会で、他の民間団体出身の役員の報酬が1300万円を超えることから、報酬の引き上げを道と協議することを議案として提案。自らが例外規定の「特別の事情」にあたると説明したが、複数の理事から反対意見が出たため、了承されなかったという。 (後略)

 とにかく「官」を敵視し、民営化・市場化さえすれば全てうまくいくと思っている人々が読んだら、湯気が出るほど怒り心頭になるだろう。「天下り」を憎む「世間」の「空気」を読めない行為であるのは確かである。

 とは言え、冷静に考えれば「同じ仕事をしているのに、前職の違いで給与に著しい差別があるのはおかしい」という近藤氏の主張そのものは、「天下り」の是非と切り離せば「正論」である。北海道新聞(2008/09/14 06:56)によれば、近藤氏は「民間出身者と倍の報酬格差があるのはおかしい」とインタビューに答えている。官僚の「天下り」は袋たたきに遭うのに、民間からの「天上がり」は完全スルーされる世情への不満もあるだろう。

 「天下り」そのものに問題があるのは言うまでもない。「天下り」前の出身官庁と「天下り」先の法人・企業との癒着、「天下り」先の生え抜き職員・社員を差し置いて役員の席を占める不公正、複数の「天下り」先を渡り歩くことによる報酬の多重受領など、さまざまな課題を抱えていることは否定しない。

 しかし、不可解なのは「官」からの「天下り」は徹底的に攻撃されるのに、「民」から政府機関や公営の法人等に役員として入る「天上がり」はさっぱり見過ごされていることである。前述した「天下り」が抱える課題は「天上がり」にも共通するにもかかわらず、むしろ「官」=悪、「民」=善という固定観念から「民間」出身者(それもたいてい大企業経営者)が起用されるのは歓迎される。「民間出身の役員の報酬が高すぎる」といった批判はいまだかつて聞いたことがない。近藤氏の問いからは、現代日本社会における「民尊官卑」の歪みが見え隠れする。

 昨今の「天下り」をめぐる議論はますますおかしなことになっている。「天下り」が問題なら「天下り」を禁止すれば済む話である。ところが、なぜか「天下り法人」を廃止しろという論点のすり替えが行われている。これは情報操作である。問題は「天下り」であって法人ではない。これら法人は確かに「官」の既得権益ではあるが、一方で「民衆の既得権益」でもある。郵政民営化と全く同じ構図なのに、郵政民営化に抵抗した人ですら、独立行政法人や公益法人(未だに「特殊法人」がどうのとほざいている人もいるが、特殊法人は小泉政権でほとんど衣替えされた)となると、新自由主義者と一緒になって統廃合や民営化を主張する。私には全く理解できない。

 あえて極言すれば「天下り」以上に「天上がり」の方が問題である。「民間人」と言いながら企業経営者と御用学者ばかりなのが実情である。特に政府の審議会や有識者会議などに「民間議員」とか「民間委員」と称して入っている財界人は、専ら自己の企業経営に有利な政策を国に押し付ける役割を果たしている(その最右翼が経済財政諮問会議の民間議員)。現在の権力構造は政財官が相互に牽制しつつ依存しあっている状態だが、ここで官だけを弱めてもパワーバランスが崩れて与党と財界の力が強くなるだけである。社会保障の弱体化がまさにこの力学の変化によって行われたことを決して忘れてはならない。

 「天下り」を問題とする場合、退職金がどうのこうのといった嫉みに囚われて、結局は「官」の利権を我が物にしたいだけの財界に利用されるようなことは避けたいものである。

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by mahounofuefuki | 2008-09-14 17:47

「日本版デュアルシステム」で「ネットカフェ難民」対策ができるのか

 これまで弊ブログの労働者派遣法改正問題や『労働経済白書』のエントリで述べたように、昨年末くらいから厚生労働省の労働政策は従来の規制緩和路線を修正しはじめており、最近は「貧困と格差」の是正を目指す施策の準備も伝えられている。その方向性は歓迎すべきことなのだが、問題は出てくる施策が既存の行き詰った制度を「転用」しようとするものばかりで、実効性が疑われることである。

 たとえば「ネットカフェ難民」への「自立支援」策。読売新聞(2008/08/23 14:54)によると、雇用・能力開発機構の「日本版デュアルシステム」受講を条件に、月15万円を住宅・生活費として事実上給付する制度を準備しているようだが、この施策については以下のブログ記事がその実効性の欠如を厳しく批判していている。

 150人分の予算 - 非国民通信
 http://blog.goo.ne.jp/rebellion_2006/e/47ea7402610f1300a8e781626237a493
 政府は何も分かっていない - アフガン・イラク・北朝鮮と日本
 http://blog.goo.ne.jp/afghan_iraq_nk/e/9f9c7e5024238b7cfd33848660b1cf80

 私から付け加えるとすれば、そもそも「ネットカフェ難民」に受講させようとしている「日本版デュアルシステム」自体がもろもろの問題を抱えている。「デュアルシステム」とは元来ドイツの伝統的な職業訓練システムで、「16歳から18歳の若年者(高校段階)が職業学校の教育と企業内訓練を並行して受講し、修了試験を経て職業資格が付与される。技能の高いマイスター制度を支え、とりわけ高度の職人、熟練工を育成する」ものだが(『日本労働年鑑』第74集、2004年版による)、日本版では専門学校等での座学と企業での職業実習の併用という点は共通するものの、本来は学生向けの職業教育である制度をもって失業者や無業者や非正規労働者の就労対策に充てようとしているため、重大な齟齬が生じている。以下の論文がその問題点を明らかにしている。
(前略)
 厚生労働省は、(独)雇用・能力開発機構を通じてデュアルシステムを実施している。こちらはフリーター対策を主目的としており、おおむね35歳未満で不安定な職業に就いている者や失業している者が対象である。したがって、キャリア教育というより、就業支援か職業訓練といった方が適切である。(中略)
 (独)雇用・能力開発機構では、4カ月から6カ月の短期のデュアルシステムも実施しており、この場合に座学(講義)を担当するのは、民間の専修・専門学校である。通常は、学校での講習が終了した後、1カ月から3カ月の実地訓練が企業で行われる。(中略)
 デュアルシステムにおける訓練の場は、学校と企業である。したがって、デュアルシステムが成立するには企業の協力が欠かせない。ドイツでは企業が職業訓練を行うことは、企業がもつ社会的責任の一つであると認識されているが、日本にはそのような認識はない。(中略)
 しかし、大企業はデュアルシステムに関してまったくといってよいほど関心をもっていない。(中略)大企業は高卒者をコストをかけて採用・育成するよりは、派遣社員や請負社員を活用した方がよいと考えているためであろう。あるいは高卒が必要だとしても独力で採用できるため、デュアルシステムに興味がないのかもしれない。(中略)
 デュアルシステムに中小企業は不可欠であるとしても、中小企業にとってデュアルシステムに協力することはどのようなメリットがあるのだろうか。少なくとも金銭的にはメリットよりデメリットの方が大きい。高校で行われているデュアルシステムの場合、協力企業に対する謝礼は一切ない。職業能力開発大学校等で行っているデュアルシステムの場合は、受け入れ企業に対して訓練生1人につき月24,000円(消費税別)の範囲内で委託費が支払われるが、訓練生に相応の技術をもった人、たとえば工場長や経営者が指導するとなれば、その間彼らは自分の仕事ができない。実際、経営者自らが残業するなどによって訓練時間を捻出している企業もある。それが1カ月も2カ月も続くとなれば、企業の費用負担は無視できないほど大きくなる。訓練によって失われる収益機会は多少の委託費ではカバーされない。(中略)
 (独)雇用・能力開発機構が行っているデュアルシステムも、就職を考慮して訓練先を選択するとはいえ、受け入れた訓練生が就職する保証があるわけではない。(後略) (竹内英二「キャリア教育における中小企業の役割 ―日本版デュアルシステムを中心に―」、国民生活金融公庫『調査季報』2008年2月号より、太字強調は引用者による)
 要するに公的支援が不十分で民間への丸投げなので企業負担が大きく、大企業からはそっぽを向かれ、何よりも「訓練生が就職する保証があるわけではない」のである。しかも、訓練中でも雇用契約が結ばれるドイツとは異なり、日本ではその間は労働者という扱いではないので失業者同様、雇用保険で生活するしかない(雇用保険未加入者は無収入になる)。

 最新のデータを見つけることができなかったので、少し前のデータになるが、2004年度の訓練生の就職状況をみると、正規雇用は49.5%、派遣が15.8%、パート・アルバイトが34.7%となっている(厚労省「日本版デュアルシステムの今後の在り方についての研究会」報告書より)。「デュアルシステム」受講者の過半数が非正規雇用というのは、現在の全雇用の正規・非正規比率(約2:1)を考慮すればあまりにも多すぎる。これを「ネットカフェ難民」の就労対策に転用しても、貧困の解消につながるとはとうてい思えない数字である。

 そして周知の通り、雇用・能力開発機構は現在、独立行政法人「改革」の標的となっていて、昨日の行政減量・効率化有識者会議は同機構の廃止方針を決定した。報道によれば、厚労省は同機構の廃止に抵抗しており、今月中旬にもまとめる予定の厚労省サイドの改革素案では、同機構が行う職業訓練は「年長フリーターやワーキングプアの問題に対応するための雇用のセーフティネット」だと強調するという(朝日新聞2008/09/03 22:43)。「ネットカフェ難民」対策に「日本版デュアルシステム」を転用する真の理由はこれで明らかだろう。注目される社会問題である「ワーキングプア」対策を盾に、機構の存続を図ろうとしているのである。つまり、雇用・能力開発機構の存続こそが目的で、「ネットカフェ難民」対策はそのための手段なのである

 もちろん弊ブログは昨年来一貫して独立行政法人の民営化に反対しており、今回の件も確かに雇用・能力開発機構は多くの問題を抱えているが、民営化や地方委託では単なる行政の責任放棄でしかなく、公共職業訓練はしっかりと国の業務として行われるべきであると考えている。だからこそ厚労省には小細工ではなく、はっきりと憲法第25条に従って最低限の生活を保障するという観点から貧困対策を打ち出して欲しいのだが、実際は貧困問題を専ら就労対策でカバーする一方で、その就労対策自体が生活保護などのセーフティネットを弱める役割を果たしている。自立生活サポートセンター「もやい」の湯浅誠氏は次のように指摘している。
 (前略)東京ではそれ(引用注―野宿者の「自立支援事業」の失敗)に対して2004年からテント対策として新事業を始めました。テントを潰すかわりにアパートに入れるという施策ですが、生活保護が保障するラインより下に、行政自身がネットをつくっている面があります。生活保護の下方修正ではないかというのが私の評価で、それはネットカフェ難民対策として打ち出した東京都のチャレンジネットも同じ性格を持っています。これがどう運用されるのかといえば、生活保護の相談に行った人が、「ネットカフェの人はこっちの施策を利用してもらうことになっている」などと言われて、そっちに流されてしまうのです。(後略) (生田武志・湯浅誠「貧困は見えるようになったか」『世界』2008年9月号より、湯浅の発言、太字強調は引用者による)
 東京都の「ネットカフェ難民」支援事業については、以前弊ブログで比較的高い評価をしてしまったことがあるが、湯浅氏の言葉で目が覚めた。東京都の事例が生活保護基準の実質的な下方修正ならば、似たような事業である今回の厚労省の支援策も、生活保護申請を却下する口実に使われる可能性が高い。

 考えてみれば「月15万円」という額は微妙である。東京都の場合、30代の単身者の生活扶助給付額がだいたい最大で月13~14万円くらいだから、一応ぎりぎり保護基準を上回ってはいるが、職業訓練受講にあたってどの程度自己負担があるのか不明だし(たとえば教材費や交通費は給付に含まれるのか否か)、生活保護受給者が受けられるさまざまな減免措置がないことを考慮すれば、実質的には生活保護基準を下回る可能性もある。これは法的にも問題である。

 シミュレートしてみよう。「ネットカフェ難民」に生活保護を受けさせないために、「日本版デュアルシステム」を利用した新事業へ回す。「非国民通信」が指摘するように150人分の予算しかないとすれば、新事業を利用できる人は限られるので選別される。選ばれなかった人は「難民」のままである。運よく選ばれると、生活保護基準ぎりぎりか、それを下回る水準の現金給付を受けながら、指定された専門学校へ通い、協力企業で職業訓練を受ける。すべて終えても安定雇用に就ける保障はなく、過半数が非正規雇用になる。「ネットカフェ難民」だった履歴があること自体不利に働くのに、具体的な就職支援はない。再び不安定雇用にしかありつけなくとも、受講終了と同時に給付は打ち切られる。その時点で、家賃を支払えるだけの収入がなければ、再び「ネットカフェ難民」へと戻る。政府は「やるだけのことはやったので、後の貧困状態は自己責任」とうそぶく。これでは貧困解消に程遠い上に、政府に貧困対策を行わない口実すら与えかねない。

 抜本的な貧困対策としては、生活保護基準以下の収入しかもたらさない状態を一切認めず、それらをすべて公的給付でフォローしなければならないが、先日弊ブログで紹介した、生活保護行政の担当者がホームレスに生活保護基準を下回る住み込みの派遣の職を斡旋していた事例のように、行政は今も生活保護の骨抜きを続けている。貧困解消にあたっては就労対策に限定するのではなく、実効性のあるセーフティネットの確立が必要不可欠である。そのためには「小さな政府」だの「ムダ・ゼロ」などやめて社会保障費の大幅増が必要であることも自明であろう。

【関連記事】
生活保護行政が「生活保護以下」の職をあっせんする矛盾

【関連リンク】
厚生労働省:日本版デュアルシステムホームページ
http://www.mhlw.go.jp/topics/bukyoku/syokunou/dual/index.html
厚生労働省:「日本版デュアルシステムの今後の在り方についての研究会」報告書について
http://www.mhlw.go.jp/houdou/2005/11/h1129-3.html
独立行政法人 雇用・能力開発機構
http://www.ehdo.go.jp/
法政大学大原社会問題研究所_若年労働者の就業促進に向けての対策 [日本労働年鑑第74集057]
http://oohara.mt.tama.hosei.ac.jp/rn/2004/rn2004-057.html
竹内英二「キャリア教育における中小企業の役割 ―日本版デュアルシステムを中心に―」、国民生活金融公庫『調査季報』2008年2月号*PDF
http://www.kokukin.go.jp/pfcj/pdf/kihou2008_02b.pdf
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by mahounofuefuki | 2008-09-04 20:33

「議員特権」は問題ではない、「特権に見合った議員」を有権者が選ばないことこそ問題だ

 いつからか国会議員と言えば、利権まみれでダーティーで金持ちで胡散臭いというイメージが普遍化してしまっている。

 確かに最近も自民党幹事長の麻生太郎氏が、政治資金から年間3500万円も高級料亭などでの飲食に拠出していたことが報じられたように(しんぶん赤旗2008/08/14)、主に自民党を中心にそうしたイメージ通りの議員が相当な割合を占めているのは事実である。どうせたいした仕事もせず、大企業からの莫大な政治献金で肥えた議員なんかに、国税から歳費を支出することに反発を覚える人々が多いだろう。

 こうしたことを前提に、財政再建議論の中で国会にかかる経費を削減しようとする主張は根強いものがある。昨日の東京新聞(2008/08/13)「私説・論説室から」に掲載された「『永田町埋蔵金』もぜひ」と題する田畑豊氏の署名記事も、国会議員の文書通信交通滞在費の廃止を訴えている。
(前略) 福田政権は行政支出総点検会議を発足させるなど、「ムダ・ゼロ」を旗印にしている。何ら異論はない。ただ財宝のありかは霞が関だけではあるまい。
 ぜひ永田町埋蔵金も発掘してほしい。当然“土地勘”はあるはずだ。何がムダで、何がムダでないかの。
 まずは議員個人に毎月百万円支給される文書通信交通滞在費をやめたらどうか。実際は使途制限がない「つかみ金」(閣僚経験者)なのだから。廃止すれば、単純計算で年間約八十七億円が浮く。
 議員歳費や政党助成金のカットなども検討課題になろう。何より高給に見合った仕事をしているか-。これに答えられない議員こそムダのらく印を押されても仕方がない。
 国会議員の文書通信交通滞在費については、しばしば「第2の歳費」とか「使途不明金」としてやり玉に上がってきた。今年に入ってから新党大地の鈴木宗男衆院議員が、この文書通信交通滞在費の使用目的や使途報告義務の免除の理由などについて質問主意書を提出しており、これに対して政府は、使用目的は「公の書類を発送し及び公の性質を有する通信をなす等のため」、報告義務免除の理由は「承知していない」と答弁している。政府もわからないことに「怪しさ」を感じるのが一般的だろう。

 しかし、本来の国会の在り方や、国会と内閣の関係を考慮すれば、文書通信交通滞在費は必要不可欠なものである。

 まず、国会議員は行政官や司法官と同様、公務員なのだから、その職務にかかわる文書郵送や連絡にかかる経費は当然公費から支出されるべきである。これを私費に負担させるということは、たとえば官庁Aから官庁Bへの通達なり照会なりを個々の公務員が自腹で行うようなものである。民間企業で言えば、会社の電話代を社員に支払わせるようなものである。歳費とは別建てなのは、給料とは別の所要経費であるからにほかならない。

 次に、なぜ使途を報告する必要がないのかというと、議員の立法調査活動の独立性を担保するためである。本来、議員は歳費や立法事務費など公費のみでその活動をまかなうべきで、その場合、あまり細かく用途を決めてしまえば、それは活動の制約となる。政府が議員の活動に介入したり、あるいは政府に不都合な調査などが妨害される危険性が高まる。
 実際は議員への公費支出が高いのではなく、現実の議員の多くが公費以外の政治資金を外部から得ていることが問題なのである。特に企業・団体の政治献金は、本来「全国民」の代表者たる国会議員の地位を歪めており、これの廃止はすぐにでも行いたい課題である。

 「交通」については、すでに国会議員には列車やバスや航空機などの利用特権がある以上、二重取りではないかという疑念が生じるが、これは単に言葉上の問題で「文書通信交通滞在費」から「交通」の文字を削れば問題ではない(その分減額する可能性は認める)。いずれにせよ、本来議員が政府・行政から独立して、本気で国政の問題を調査・研究しようとすれば、当然カネがかかる。カネが不正に使われるリスクよりも、議員が資金難からたとえば政府が隠している問題を暴けないリスクの方を私は重視する。

 結局のところ、文書通信交通滞在費に限らず、議員特権があることが問題なのではなく、その特権に見合った仕事をする、真に主権者のために働く議員が選ばれていないことが問題なのである。議員が金持ちなのではなく、金持ちを議員に選ぶ有権者こそ問題なのである。前記東京新聞のコラムは、「高給に見合った仕事」をしているかと議員を批判するが、むしろ「高給に見合った仕事」をする議員を選んでいるのか有権者こそ責められるべきだろう。
 「無駄ゼロ」の掛け声で、議員の経済的基盤が弱体化させられ、貧乏な野党議員の活動が阻害されることを私は特に恐れる。議員定数の削減も議員特権の廃止も、結局は大企業の提灯持ちのような金満議員を喜ばせ、真に民衆に奉仕しうる議員の立場を弱くするという現実を忘れてはならない。

【関連記事】
「ムダ・ゼロ政府」構想は行政の責任放棄

【関連リンク】
国会議員の歳費、旅費及び手当等に関する法律 - 法令データ提供システム
http://law.e-gov.go.jp/htmldata/S22/S22HO080.html
国会議員に渡される文書通信交通滞在費のあり方に関する質問主意書
http://www.shugiin.go.jp/itdb_shitsumon.nsf/html/shitsumon/a169019.htm
衆議院議員鈴木宗男君提出国会議員に渡される文書通信交通滞在費のあり方に関する質問に対する答弁書
http://www.shugiin.go.jp/itdb_shitsumon.nsf/html/shitsumon/b169019.htm
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by mahounofuefuki | 2008-08-14 22:44