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失業保険漏れ1000万人でも国庫負担廃止とはこれいかに?

 読売新聞電子版の「ジョブサーチ」に、奇しくも同じ日付で雇用保険に関するニュースが並んでいた。ある意味、日本の社会保障崩壊の実情を戯画化しているようである。

 失業給付国庫負担ゼロに(読売新聞2008/11/14)*web魚拓
 http://s04.megalodon.jp/2008-1115-2051-18/job.yomiuri.co.jp/news/jo_ne_08111401.cfm
 「2009年度予算案で、雇用保険の失業給付金に対する国庫負担を初めてゼロとする方向」

 雇用保険漏れ1006万人の恐れ(読売新聞2008/11/14)*web魚拓
 http://s02.megalodon.jp/2008-1115-2050-26/job.yomiuri.co.jp/news/jo_ne_08111402.cfm
 「雇用保険の適用対象者にもかかわらず、申請していない恐れのある労働者が最大1006万人に上る」

 前者によれば「景気の回復局面で給付額が減った」ことで、失業給付の積立金に余裕ができたため、国庫負担を止めるということになっているが、実際はそうではないだろう。小泉政権以来、政府の「骨太の方針」は毎年の社会保障費自然増分を2200億円ずつ削減することを義務づけているが、2009年度予算では雇用保険の国庫負担廃止をもって削減枠に充てることはあらかじめ決まっていた雇用保険の国庫負担全廃へ~社会保障費削減路線を続ける福田内閣参照)。そもそも雇用保険の国庫負担廃止方針は、すでに2006年の行政改革推進法で予告されていたことであり、「景気の回復」云々というのは後付けにすぎない。

 しかも、その失業給付額の減少も、後者の記事が伝えるように、非正規労働者を中心に1000万人以上が雇用保険から排除されている可能性があるとすると、失業しても捕捉されずに給付を受けることができていない人々が相当いることになる。給付を受けるべき失業者を排除しておいて、保険財政に余裕があるというのは全くの欺瞞である。こうやってまたしても政府の社会保障支出は減らされ、「貧困と格差」は拡大していくのである。

 社会保障費の「2200億円」削減枠をめぐっては、自民党の中からさえも「厚生族」を中心に廃止を訴える声があるが、何だかんだ言って政府は依然として継続している。ある意味「2200億円」枠は「小さな政府」の象徴であり、この改廃が政策転換の目安の1つとなろう。
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by mahounofuefuki | 2008-11-15 21:03

福祉国家の「あり方」と「道筋」をめぐる問題

 サブプライム問題に端を発した金融危機により、世界的に新自由主義の凋落が決定的になっているが、問題は世界恐慌以来とも言われる大型不況のために、結局はまたしても貧困層ほどダメージを受けそうなことで、それを最小限に抑えるためには早急な富の再分配と社会保障の再構築が必要である。

 貧困を解決するために、以前から私は福祉国家路線への転換を求めてきたが、新自由主義が終焉を迎えつつある以上、今後の焦点は福祉国家の「あり方」と「道筋」をめぐる問題に移らねばなるまい。その場合、忘れてはならないのは、過去の欧州の福祉国家路線がなぜ破綻し市場原理主義に敗れたのかという点で、福祉国家そのものに内在する構造的弱点を克服しない限り、ポスト新自由主義時代に福祉国家を蘇らせることは難しく、同じ失敗を繰り返すことになりかねない。

 福祉国家の構造的弱点と破綻の経過については、西川潤氏の次の指摘が非常にわかりやすい。
(前略) 従来、福祉は国家が担当していた。つまり、国内の貧富の格差、破産、失業など不平等が増大し、社会不安や社会紛争が起こるのを避けるために、政府が公共政策を通じて福祉政策をとってきたのである。しかし、グローバリゼーション時代になって、政府のこの役割が破綻することになる。「福祉国家の破産」である。これには二重の要因がある。
 一つは1973年の石油ショックに始まる南北関係の修正である。
 福祉国家はもともと南北の国際分業体制の上に利益を獲得してきた先進国が、その利益に基づいて構築したのだが、石油ショックに始まる原燃料価格の修正、一次産品国の分配要求の高まりによって、南から北への余剰移転を用いて先進国の福祉をまかなうことが難しくなった。
 第二は、福祉国家の高齢化である。所得が高まり、人びとが長命化すると子どもをせっせとつくって子孫を維持する必要も少なくなる。高齢化と少子化はセットなのだが、少なくなる子どもが増大する高齢者を支えることはだんだん難しくなる。これに福祉国家を支える官僚機構が肥大して行政コストもかかる一方となってきた。
 こうして1980年代に「小さい政府」の必要性が叫ばれるようになり、福祉サービスも民営化されてきた。だが民家企業は営利目当てで運営しているので、福祉サービスはお金のある人でなければ受けられない事態になる。(後略) (西川潤『データブック貧困』岩波書店、2008年、p.43)

 第二の点の方は公民権の取得を前提とした移民の増加で人口減には対応できるし、高齢人口はピークを過ぎれば減っていくので何とかなる問題だが、第一の指摘は決定的な弱点を突いている。つまり、20世紀の西欧・北欧型福祉国家は国際的な南北格差の存在を前提とし、「南」から「北」への富の転移(「南」からすれば収奪と言うべきだろうが)があってはじめて成立したということである。現在も国際的な分業体制自体は継続し、むしろ強化されている面もあるが、かつての「南」側から新興工業国が次々と出現している中で、従来のままの構造の福祉国家がそのまま復活することは難しいし、するべきでない。この点をどうするのか。

 もう一つ。福祉国家へのプロセスの問題がある。以前も消費税のエントリで言及したことがあるはずだが、福祉国家の「高負担・高福祉」は理論上は国家のすべての構成員が負担に耐えられるだけの所得を有していることが必要となる。そのためにはまず徹底した所得再分配を通して平等状態を形成することが必要だが、一方で富を手放したくない既得の支配層にとっては、負担に耐えられない弱者を切り捨てて、国家内で「高負担・高福祉」層と「低負担・低福祉」層を分断した方が手っ取り早いことになる。

 かつて北欧諸国で福祉国家草創期に障害者や少数民族などマイノリティに断種を施し、人為的に「均質な国民」を形成しようとしたことがあるが、同様に現状の貧乏人を排除して「現時点で税を負担できる人々」だけで「福祉国家」を形成する可能性なきにしもあらずである。今後は単に福祉国家の可否ではなく、福祉国家への道筋を巡る階級間対立が顕在化し、雇用待遇差別問題のように、中間層と貧困層の対立が煽られて、結局富裕層が漁夫の利を得るような危険もありえよう。

 もはや福祉国家に転換すべきかどうかという議論の段階は終わり、今後はどうすれば福祉国家を実現し維持しうるのかという問題が重要となろう。私は「素人」の分をわきまえずに「対案」を出さないと無責任だと言うような恥知らずではないので、ここでは批判と問題提起にとどめ、後は専門家の議論を待ちたいところである。

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by mahounofuefuki | 2008-10-26 16:56

後期高齢者医療制度「見直し」をネタに厚労大臣留任を狙う舛添要一

 舛添要一厚生労働大臣が後期高齢者医療制度の見直しを表明しているという。
 朝日新聞(2008/09/20 12:20)より(太字強調は引用者による、以下同じ)。
(前略) 見直しにあたっては(1)75歳以上という年齢で分けない(2)保険料の天引きを強制しない(3)負担について世代間の反目を助長する仕組みにしない、との原則を掲げた。最低1年議論し、それまでは現行制度を維持する。舛添氏は「(現制度の)廃止とは一言も言っていない」とも語った。
(中略)
 番組で舛添氏は自民党総裁選での勝利が確実視される麻生幹事長と事前に相談していたことも明らかにし、「こういう形で見直すことについて麻生幹事長もまったく同じ考え方。首相になれば、所信表明演説でこれをおっしゃると思う」と述べた。ただ、番組に同席した公明党幹部からも「聞いてない」との発言が出るなど、与党内での調整はこれからで、不透明な側面は残っている。

 舛添氏の狙いは明らかだ。「麻生幹事長と事前に相談」「麻生幹事長もまったく同じ考え方」「所信表明演説で」。要するに次期首班が確実な麻生太郎氏に「後期高齢者医療制度の抜本的見直し」を手土産にすり寄り、新内閣でも厚労大臣の椅子に居座るつもりなのである。麻生氏としては新内閣発足にあたっての「目玉」として、不人気の後期高齢者医療制度の見直しを前面に押し出す。それを提案した舛添氏は厚労大臣に再任される。自分の大臣の椅子が目的で、医療制度の見直しはそのための手段にすぎない。

 だいたい多くの有権者が求めているのは、小手先の「見直し」ではなく「廃止」である。それを「廃止とは一言も言っていない」とわざわざ断っているあたり、本気で後期高齢者医療制度を改める気などないことは明らかだ。読売新聞(2008/09/20 03:08)によれば、舛添氏は昨夜記者団に「長期的には、医療と介護保険制度を一元化し、財源には消費税を充てる」と述べたという。年金も消費税、医療も消費税、介護も消費税! 消費税は打ち出の小づちか!? ここでも舛添氏の発言はいつものように思いつきの域を出ていないことがわかる。

 これは総選挙までの目くらましにすぎない。次期総選挙でははっきりと後期高齢者医療制度の改廃自体を争点にしなければならない。
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by mahounofuefuki | 2008-09-20 17:53

厚生年金記録改竄における企業の責任~もう「年金一律救済」しかない

 この国の政治シーンではしばらく前から、年金制度のずさんな実態が表面化しては、年金への不信が増大し、その都度社会保険庁が叩かれるも、抜本的な改良が行われないままうやむやになり、またしばらくすると新たな問題が浮上するというサイクルを繰り返しているが、またしてもとんでもない不祥事が表面化している。

 今日の参院厚生労働委員会の閉会中審査で、舛添要一厚生労働大臣は厚生年金の標準報酬月額改竄に社会保険庁の組織的関与があったことを認めた。以下、朝日新聞(2008/09/18 13:08)より。
(前略) 舛添厚労相によると、年金記録の訂正申し立てを審査する「年金記録確認第三者委員会」が改ざんを認めたケースなど88件を分析。標準報酬の大幅引き下げや、半年以上さかのぼって引き下げる処理など3条件に9割が該当したという。改ざんの可能性が高いこれらの不自然な処理について厚労相は「組織的関与があったと推量する」と述べた。

 さらに、厚生年金のコンピューター上の記録約1億5千万件を対象に、3条件に該当するケースを抽出した結果、6万9千件見つかった。いずれも改ざんの可能性が高いと見られる。年金の受給年齢である65歳以上の記録が約2万人分あり、本人への確認作業を、来年早々に開始する方針も明らかにした。

 これまでの社保庁の調査では、「第三者委員会」などで標準報酬月額の改ざんが認められた17件のうち、社保事務所職員の関与が確認できたのは1件だけ。社保庁は「組織的な関与は確認できなかった」と説明していた。 (後略)

 どの報道も「社会保険庁の不正」というところに力点を置いていて、確かに社会保険庁のやったことはずさんかつ悪質ではあるが、この問題の本質は企業が従業員と折半する厚生年金保険料を滞納していたことにある以上、単に社会保険庁を悪者にして済む話ではない。要は企業が保険料を出し渋りしたり、従業員の報酬を実際より低くごまかしていたのを、保険料収納率引き上げのノルマがかかっている社会保険庁がつじつまを合わせていたわけで、この問題の背景には企業の社会的責任の欠如がある。「社会保険庁が」「官僚が」と言う前に、まずは滞納したり、数字をごまかしたりしていた企業こそ責められなければならない。

 大臣は「本人への確認作業を、来年早々に開始する」などと答弁しているが、これまでの「消えた年金」同様、またしても確認作業に膨大な時間とコストがかかるわけで、ただでさえ社会保険庁は解体されて「日本年金機構」なる意味不明な法人に衣替えを強制されることが決まっている中で、本当にそんな作業ができるのか疑問である。そうしている間にも年金への不信は高まり、さらに新たな問題が発生しないとも限らない(今まではその繰り返しだった)。

 年金記録問題については、以前も指摘したが、もはや大量の年金記録を回復するコストをかけるよりも、この際現役時代の年金負担額に関わらず、すべての人々に一定の年金給付を保障する「年金一律救済」を真剣に検討するべきではないか。現行の年金制度は「自助」を基本としており、だからこそ厚生年金の場合、生涯の勤労年間における標準報酬月額を算出するのだが、「一律救済」ならばそんな複雑な計算も不要である。年金制度のパラダイムを「自助」から「共助」へ転換するしか、年金制度の「安心」を取り戻すことはできないのではないか。その場合、保険料制度の改廃や生活保護制度との関係など、新たに検討すべき課題が生じるが、年金記録の確認作業をエンドレスに続けるよりはよほどましであろう。

 政治課題としての年金は専ら財源問題に絞られ、それも消費税増税の口実に利用されているが、多くの人々が年金の持続可能性に不安をもっている以上、今一度、日本に住むすべての人々を包摂し、誰もが人間らしい老後を送れる年金制度の再構築が必要である。そして、財源については、消費税に限定するのではなく、諸外国に比べて少なすぎる企業負担や富裕層の税負担を増やすことをきちんと検討するべきであろう。

【関連記事】
「年金一律救済」論と年金改革私論
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by mahounofuefuki | 2008-09-18 22:13

生活保護行政が「生活保護以下」の職を斡旋する矛盾

 これは毎日新聞のスクープと言っていいだろう。札幌市に生活保護を申請したホームレスに対し、市職員が申請を認めなかった上、北海道外の派遣会社を紹介し、ホームレスが派遣先では極めて劣悪な条件で搾取されていたことが明らかになった。
 毎日新聞(2008/09/01 02:30)より(太字強調は引用者による、以下同じ)。
 札幌市内の一部の生活保護担当職員が、無届けの職業紹介を禁じた職業安定法に違反して、生活保護を希望するホームレスに人材派遣業者での就労をあっせんしていたことが分かった。紹介を受け派遣契約を結んだところ、劣悪条件の勤務を強いられてトラブルになったケースもあり、07年初めごろまでにはあっせんをやめたとされる。市は事実を認め「現在は指導を徹底し再発防止に努めている」と説明している。
 支援団体「北海道の労働と福祉を考える会」などによると、生活保護申請の相談をするため06年ごろに北区や中央区役所を訪れたところ、職員から「認められない」と言われた。職員は東京都新宿区と愛知県刈谷市の派遣業者2社の連絡先などを手渡し「本州で勤務することになるが、この会社なら住所がなくても働ける」と説明。職員が自ら連絡したケースもあった。
 2社の派遣先は東海地方の機械部品工場など。派遣業者が用意した寮に入居して勤務したところ、事前の説明と異なり給料から毎月計十数万円の寮費や光熱費、食費、旅費などが引かれ手元にほとんど残らなかった
 出勤も不定期で、仕事がないと寮費だけがかさみ、赤字になることもあった。「役所がこんな会社を紹介していいのか」と市に抗議した人もおり、相談を受けた考える会などが「職安法違反にあたる」として再三中止を申し入れていた。(後略)
 記事中にあるように、職業安定法は職業斡旋事業について有料・無料にかかわらず厚生労大臣の許可を要件としており、これは行政機関も例外ではない。生活保護行政を担当する公務員がこんなことも知らないはずはなく、生活保護申請者を「窓口」で追い返す「水際作戦」(=生活保護行政の職務放棄)の延長上にある悪質な違法行為とみて間違いないだろう。

 自治体としては受給額削減がノルマ化する中で、どんな手を使ってでも申請者を追い返したい。厚労省も「働けるものにはまず就労指導」という方針を指示している。もともとは「生活保護を受けさせてください」→「働けるだろ」→「働くところがありません」→「それなら紹介してやる」という流れがあったと思われる。一方、企業の側も安く使える労働者が欲しい。ホームレスならどんな扱いをしても構わない、むしろ働く機会を与えてやっているという思い上がりを背景に、派遣会社の方から生活保護行政担当者にホームレスを紹介するようアプローチがあったのだろう。生活保護行政と企業の利害は見事に一致する。

 ただ水際で追い返すよりは、職を紹介するだけましだろうという見方もあるだろうが、法令違反を別としても、それはあくまでも「生活保護以上」の収入が保障された職を紹介しない限り成立しない。本来、生活保護基準は日本社会で生きる上で「最低限」のラインであって、それを下回る場合には無条件で給付を行うのが正道である。生活保護行政が「生活保護以下」の職を紹介するのは矛盾以外のなにものでもない。問題の所在は「ホームレスが働かないで生活保護を受ける」ことではなく、「生活保護基準以下の職にしか就けない」ことにある。貧困対策にあたらねばならない行政が自ら貧困拡大に加担する構図には呆れるほかない。

 ついに行政までが「手配師」まがいのことをするような実態に戦慄を覚える。今回の事例は行政と企業が結託した「奴隷取引」同然である。行政担当者と企業との間に金銭が介在している可能性もあるのではないか? おそらく札幌市以外でも類似の事例があるはずだ。全国的な調査が必要である。

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生活保護基準引き下げは小泉が与えた「宿題」
あるホームレスの死
生活保護と生存権
社会保障切り捨て路線の是非と生存権裁判

【関連リンク】
職業安定法 - 法庫
http://www.houko.com/00/01/S22/141.HTM
生活保護法 - 法庫
http://www.houko.com/00/01/S25/144.HTM
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by mahounofuefuki | 2008-09-01 11:23

「社会保障財源なら何でも賛成する」のなら、「金持ち増税」に賛成してよ、尾辻さん。

 小泉内閣が始め、安倍・福田内閣でも継続している、社会保障費自然増分から2200億円を毎年削減する政策について、先の国会でその転換を主張した自民党の尾辻秀久参院議員(元厚生労働大臣)が最近次のように語っているのを読んだ。
(前略) 個人的な意見では、消費税を上げるしかない。消費税15%や20%の国でやっている社会保障のレベルを消費税5%でやれるわけがない。
(中略)
 たばこ増税に関する超党派の議連では、私も代表世話人の1人です。「上げ潮派」の中川秀直さん(衆議院議員)とともに代表世話人なので興味深く見られていますが「黒い猫でも白い猫でもネズミをとる猫はいい猫だ」というのが私のポリシー。つまり社会保障のためのおカネならば、どこから出てきても結構だと。私は、社会保障の財源ならば何でも賛成するという立場です。(後略)  (尾辻秀久、二木立、権丈善一による座談会「医療費抑制政策の撤回は大規模な財源確保から」『週刊東洋経済』2008年8月2日号より、尾辻の発言、太字強調は引用者による)
 「社会保障のためのおカネならば何でも賛成する」ということは法人税でも所得税でもいいよね、尾辻さん。消費税とたばこ税にこだわる必要はないでしょ?

 と思わず揚げ足を取りたくなるが、社会保障削減を徹底的に批判している尾辻氏でさえ、大企業への負担増を「聖域」とする自民党の枠組みから逃れられないという見本のような発言である。ましてやこの座談会では、日本の社会保険料の企業負担が低すぎるという話が出ているにもかかわらず、消費税かたばこ税しかないように刷り込まれているのである。

 しつこいようだが、消費税もたばこ税も税の応能原則(能力に合わせて税を負担する)に反し、再分配効果がない。いまや貧富の差が大きく、税や社会保障の再分配効果が低下しているこの国に必要なのは、これまでさんざん「聖域」として甘やかされていきた大企業と富裕層への負担増である。貧困を拡大する逆進税の増税など少なくとも現時点ではもってのほかである。

【関連記事】
消費税増税問題リンク集
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by mahounofuefuki | 2008-08-07 20:31

「金持ち減税のための消費税増税」という真実

 自民党税制調査会は今日総会を開き、来年度税制改正の議論を始めた。すでに福田康夫首相が来年度の消費税引き上げ先送りを示唆し、与党内でも次期衆院選を睨んで消費税増税には手をつけない方向が大勢となっているようだが、先送りはあくまで先送りでしかなく、依然として社会保障目的化を口実とした消費税増税路線は変わっていない。

 今回の消費税増税議論の引き金は、来年度から基礎年金の国庫負担率が3分の1から2分の1に引き上がることだが、一方でずっと伏在しているのは、大企業の法人税と富裕層の所得税を減税しようという目論みである。「上げ潮」派の理論的支柱である竹中平蔵氏も、「消費税増税」派の代表格である与謝野馨氏も、法人税減税を主張しているという点では全く同じだ。庶民にはさらなる負担増を押し付け、巨大企業はますます優遇というわけである。

 額賀福志郎財務大臣は最近テレビ番組で「消費税率を20%前後とし、所得税や法人税を下げてバランスを取っているのが世界の姿だ」「働く人に(社会保障の)負担を任せたら日本経済は沈没する」などと言ったというが(共同通信2008/06/29 12:21)、これなど典型的なデマゴーグである。

 法人税率・負担額だけ見れば、確かに日本は欧米各国に比べて高いが、社会保険や年金など社会保障負担も含めれば、日本の大企業の負担はむしろ低すぎるくらいだ。垣内亮「法人税の空洞化に歯止めを」(『経済』2006年5月号)が国内総生産(GDP)に占める民間企業の税・社会保障負担の国際比較を提示しているが、スウェーデンが13.3%、フランスが12.7%、ドイツが10.2%、イギリスでさえ10.0%で、これらに対し日本は7.7%にすぎない(浦野広明「社会保障目的税を理由とした消費税増税のウソ」『週刊金曜日』2008年6月27日号)。

 また浦野論文によれば、消費税も日本の税率自体は欧州諸国に比べて極端に低いが、国税全体に占める消費税収の割合は23.0%で、イギリスの21.8%よりも高い。よく直間比率が直接税に偏っていると言われるが、実際は日本の直接税負担は決して高くはないのである。

 「日本経済が沈没」発言はさらに輪をかけて噴飯ものである。すでに目に見えて物価が高騰している中で、むしろ消費税増税の方が景気に悪影響を与えるのは確実だ。これはネット左翼の戯言ではない。民間シンクタンクのエコノミストが次のように指摘している。
(前略) 今後、消費税率を引き上げた場合の成長率押し下げ効果はどの程度見込まれるだろうか。三菱UFJ証券景気循環研究所の試算によると、2%引き上げでマイナス0.6%、3%の場合にはマイナス0.9%となり、駆け込み需要の反動減も加えると、1%前後、成長率が押し下げられる計算となる。(後略) (鹿野達史「消費税率アップへの検討開始 3%引き上げならGDP1%マイナス」『エコノミスト』2008年7月1日号)
 だいたい額賀氏はあたかも消費税が現役世代の負担を抑制するかのような詐術を用いているが、政府・与党は消費税率を引き上げる一方で、国民年金保険料を毎年のように引き上げ、厚生年金の保険料率も現行約14%から2017年度までに約18%まで引き上げようとしている。現実は消費税率にかかわらず、現役世代の負担は増えているのである。

 当ブログでは何度も主張しているが、現在の日本に必要なのは、社会保障給付削減でも保険料増額でも消費税増税でもなく、所得再分配効果を強化するための直接税(法人・所得・相続各税)増税である。一方で社会保障費抑制路線に対する反抗、もう一方で逆進税である消費税増税への批判を行うことで、直接税増税を議論の俎上に上げなければならない。朝日新聞(2008/07/01 03:01)によれば、相続税の増税を消費税の増税と合わせて行うことで、貧困層の不満をそらそうとする動きもあるようだが、消費税増税の露払いではなく、消費税増税の対案として真剣に検討するべきである。相続税が潜在的な財源たりうることは森永卓郎氏が指摘している(関連リンク参照)。

 税制問題はある意味、日本社会が新自由主義路線を継続するか、福祉国家路線へ転換するかの決定的岐路であると言っても過言ではない。まず経済的平等度を高めない限り、「高負担・高福祉」など夢のまた夢である。そこを見誤ってはならない。

【関連記事】
消費税増税問題リンク集

【関連リンク】
消費税増税論議を吹き飛ばす、相続税改正の大きなパワー / SAFETY JAPAN [森永卓郎氏] / 日経BP社
http://www.nikkeibp.co.jp/sj/2/column/o/122/
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by mahounofuefuki | 2008-07-01 22:54

「無保険の子どもが大阪府だけで約2000人」という衝撃

 大阪社会保障推進協議会がこのほど大阪府内で国民健康保険証を取り上げられた世帯の子どもの数を調査した。以下、毎日新聞2008/06/28大阪夕刊より(太字強調は引用者による)。
 国民健康保険(国保)の保険料を滞納したため、保険給付を差し止められ、医療費の全額自己負担が必要になった世帯の子ども(中学生以下)が、大阪府内17市町で3月末現在、628人に上ることが民間団体の調べで分かった。大阪市、堺市など6市は「データがない」としている。給付が差し止められている世帯数は府全体で約3万世帯あり、この団体は、大阪市などを含む府全体では子ども約2000人が「無保険」に陥っていると推計する。
(中略)
 民間団体の大阪社会保障推進協議会(大阪社保協)が府内43市町村に質問状を送り、回答を集計した。17市町が「いる」とし、20市町村が「いない」と回答した。大阪、堺、寝屋川、守口、茨木、柏原の6市は「データがない」などとして回答しなかったが、大阪市も、差し止め対象に子どものいる世帯があることは認めており、大阪社保協は府全体で約2000人と推計した。(後略)
 現行の国民健康保険では保険料を1年以上滞納すると、市町村は保険証を回収し、代わりに「被保険者資格証明書」を交付することができる。この資格証明書で受診すると医療費の窓口支払は全額自己負担になってしまう。昨年、厚生労働省が公表した調査によれば、2006年6月現在でこの資格証明書の発行を受けた世帯は、全国で35万1270世帯にものぼる。彼らはいわば「国民皆保険制度」の枠組みから排除された存在であるが、当然その中には子どももいるわけで、今回の調査はその実数を(地域限定ではあるが)初めて推計したものである。

 全額自己負担では風邪の受診でも莫大なカネが必要になる。当然、医療の受診を控えようとする。全国保険医団体連合会の調査では、2006年の資格証明書被交付者の受診率は一般の被保険者に比べて51分の1だという。ただでさえ低所得で保険料を払えないのが、さらに保険証を取り上げられ、高額な医療費を請求されるというのは、理不尽以外のなにものでもないが、特に子どもの医療を受ける権利が侵害されているのは非常に問題である。大阪府だけで約2000人ということは、全国では数万人にのぼるのは間違いない。

 国保については支払能力がない場合、分割納付や支払猶予の制度があるが、国保財政の悪化によりなかなか認められない。毎日新聞の前記記事によれば、昨年度の東大阪市の場合、40代夫婦と子ども2人の年間所得200万円の世帯で年間の保険料は約45万円だという。これはもはや「超重税」というレベルである。国保はもともと会社員や公務員などの給与所得者ではない、いわば収入の不安定な人々の保険であるが、それにもかかわらず1980年代以降、国庫負担率の削減が続いている。この国の社会保障制度がいかに強者に手厚く、弱者に冷たいかを最もよく示していると言えよう

 仮に親の怠慢で無保険になったとしても、子どもは親を選択できない以上、子どもには罪はない。自己が決定していないことに自己責任は決して及ぶべきではない。一方、憲法や児童福祉法に従うならば、行政は子どもが健やかに育つための施策を行う責任を有する。まず厚労省は全国で無保険の子どもがどれだけいるか正確な調査を行い、すべての子どもが医療を受けられるようにしなければならない。

【関連リンク】
大阪社会保障推進協議会
http://www2.ocn.ne.jp/~syahokyo/index.html
08年2月19日 国保資格証者の受診率低下-全国保険医団体連合会
http://hodanren.doc-net.or.jp/news/tyousa/080219kokuho/080219kokuho.html
国保証取り上げ35万世帯/「滞納」480万世帯に/貧困・格差拡大で最多更新/厚労省調査-しんぶん赤旗
http://www.jcp.or.jp/akahata/aik07/2007-02-23/2007022301_01_0.html


《追記 2008/08/19》

 しんぶん赤旗(2008/08/18)によれば、大阪府内で無保険状態にある子ども(乳幼児と小中学生)の数は1728人と判明したという。
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by mahounofuefuki | 2008-06-29 12:47

社会保障切り捨て路線の是非と生存権裁判

 生活保護給付の老齢加算母子加算の廃止・減額は憲法第25条の生存権保障規定に反するとして、受給者らが自治体を訴えていた「生存権裁判」のうち、東京地裁の老齢加算廃止違憲訴訟の判決が下った。結果は残念ながら原告の請求棄却であった。

 この訴訟は単に生活保護受給者の問題ではなく、「構造改革」路線のもとで強力に進められている社会保障切り捨て政策そのものを問う意味を含んでいたが、今回の判決は厚生労働大臣の裁量権を広く認め、事実上切り捨てを追認したと言えよう。おそらく控訴するだろうし、まだほかの各地の訴訟もあるが、当面は政府の社会保障費抑制路線を後押しする効果を与えよう。以前、当ブログでは「この訴訟の帰趨は今後の社会保障政策全般に影響するだろう」と述べただけに本当に残念だ。

 今年の経済財政諮問会議の「骨太の方針」も、相変わらず社会保障費の自然増分の2200億円削減を継続し、歳出削減を「最大限」続けるという内容になる見通しだし、「上げ潮」派の巻き返しで政府・与党内の歳出抑制批判の声も抑えられ、またしてもしばらくは生活に直結した公的給付が削られたり、負担が増えたりする状況が続くだろう。

 庶民への負担増となる消費税増税は先送りされたものの、「無駄遣い」削減とたばこ税増税では再分配効果はなく「庶民いじめ」に変わりない。以前も指摘したが、現在の政界における「無駄」とは、軍事費や需要の低い大型開発のような「本当の無駄」ではなく、専ら人件費と社会保障費を指す。人件費といっても高級官僚の給与が減るわけではない。だいたいが福祉や医療や教育などの民生分野で下の職員が有期雇用や民間委託に置き換えられるのがオチだ。行政能力を落とし、不安定雇用を増加させるだけである。いいかげん騙されるのはやめて欲しいが、相変わらず「居酒屋タクシー」のような目くらましで、またしても世論は歳出削減路線に流れてしまう。

 社会保障の切り捨てと非正規雇用の増大が「官製貧困」の原因である以上、これらをやめることが急務であるにもかかわらず、裁判所までが自民・公明政権の悪政を追認してしまった。改めて日本の司法権の存在意義を問い直す必要があるだろう。


《追記》

 原告団・原告弁護団が東京地裁判決について声明を発している。
 東京生存権裁判の判決について*PDF
 http://www.news-pj.net/siryou/pdf/2008/tokyoseizonkensaibangenkokudan-20080626.pdf

 「本日言い渡された本判決は、第1に、生活保護基準以下の生活を強いられている国民(とりわけ高齢者)が存在する事実に対して、この貧困を解決するのではなく、この貧困状態に合わせて生活保護基準を切り下げ、格差と貧困を拡大する政府の不当な政策を是認したものであり、第2に、老齢加算が果たしてきた重要な役割を何ら理解することなく、老齢加算が廃止されることで高齢保護受給者の生存権を侵害している実態から目を背け、行政の違憲・違法な措置を追認した不当なものである」という批判は正鵠を得ている。

【関連記事】
生活保護と生存権
「無駄遣いがある限り増税はだめ」では消費税増税論に対抗できない

【関連リンク】
全国生活と健康を守る会連合会【生存権裁判】
http://www.zenseiren.net/seizonken/seizonken.html
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by mahounofuefuki | 2008-06-26 17:35

世論の矛盾~「空気」に惑わされるな

 常々思うのだが、この国の大衆世論というのは一貫性を欠いている。

 社会保障費の抑制を継続すべきかと問われれば、大半の人々がノーと答えるが、他方で「無駄遣い」を減らせという叫びには同調し、社会保障費の削減を許容してきた。それでいて「本当の無駄遣い」である軍事費に対してはダンマリを決め込む。支配層にとっての「無駄」とは「社会保障」のことだといいかげん気づかないのか(金持ちの立場からすれば「なんで俺が稼いだ富を貧民どもに回さなければならないのだ!社会保障は無駄だ!」となる。労働者を搾取したり消費者を騙しても「俺の稼ぎ」なのが欺瞞だが)。政治用語としての「無駄遣いを減らす」とは、「庶民の生活維持のための支出を減らす」という意味である。

 あるいは次の例。社会保障の充実や福祉国家の実現を目指す人々でも、「特殊法人を全廃しろ!」と叫ぶ場合が多い。小泉政権の「改革」でほとんどの特殊法人が独立行政法人に代わり、多くは「非公務員型」で「市場化テスト」にさらされているが、残った国民生活金融公庫や中小企業金融公庫なども近く日本政策金融公庫に統廃合される。まさに大衆のご期待通りになったのだが、統廃合の最初の直接の影響が何だか知っているのだろうか。

 それは国民生活金融公庫の教育ローン貸し出しの所得上限切り下げである。今回の統廃合により教育ローン利用の資格制限が強化されるのである。奨学金事業の方も「無駄遣い」の名の下に縮小させられつつある中で、ますます家計の教育費負担は増大するだろう。独法も廃止しろと呼号していた左翼ジャーナリストが以前いたが、それは「奨学金を廃止しろ」と同義だとわかっているのだろうか。

 「無駄遣い」をなくせ、公務員を減らせ、天下りをつぶせと普段叫んでいるくせに、これが捕鯨問題となると一転して典型的な天下り公益法人である日本鯨類研究所を擁護して、「捕鯨利権」を暴こうとしたグリーンピースをバッシングする。検察が「喧嘩両成敗」にしたならばともかく、グリーンピースの方だけを逮捕し、西濃運輸の横領容疑の方は不問というのは、あまりにも露骨な政治的判断である。サミットを前に国際的な反グローバル化運動を牽制しようとしているのが見え透く。

 あるいは、秋葉原事件の場合。私の予想以上に容疑者への同調ないし同情意見が多い。それは彼が「派遣社員」という弱者で、理不尽な雇用待遇を受けていたことに、同じような境遇の人々が支持を与えているからだが、それならばなぜやはり社会的弱者が引き起こした光市母子殺害事件ではあれほど犯人がバッシングされたのか。見方によっては光市事件は、虐待を受け深い「心の傷」を負ってまともな職につけない「負け組」による、一流大学を出て大手企業のエリート正社員となり家庭にも恵まれた「勝ち組」への復讐劇である。殺害対象が無差別だった「秋葉原」よりも、「光市」の方がよほど階級闘争的である。「光市」と「秋葉原」の落差が私には不可解だ。

 こうした矛盾の原因は一貫した思想や倫理ではなく、その時々の「空気」が価値判断の基準になってしまっているからだろうが、こんなことを繰り返していては結局のところ自分の首を絞めることになる。国家や巨大企業やマスメディアが流布する「イメージ」を冷静に受け流す術を誰もが身に付ける必要がある。
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by mahounofuefuki | 2008-06-21 15:59