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「国民」を守れなかった日本政府の責任に口を閉ざす不思議

 沖縄のアメリカ海兵隊所属の下士官が女子中学生を暴行した事件。
 どんな事件であっても警察発表を鵜呑みにせず、初発の報道を疑うのが私の習わしなので、事件の内容について語ることはない。特に強姦罪が適用されている事件ということを考えると、メディアが大々的に報道したり、不特定多数の人々が政治的思惑や好奇心から事件に触れること自体が、被害者へのセカンドレイプなのではないかという思いが私にはあり、口が重くならざるをえない(またしても右翼メディアやシニシズム的大衆による誹謗中傷が始まっているようだし)。

 今回の件で私が気になるのは、日本政府の対応である。
 事件翌日の2月11日、まず外務省北米局長がアメリカ大使館次席公使に電話で抗議を行っている。ドノバン次席公使は「米側としても事態を深刻にとらえており、日本側の捜査に全面的に協力していく」と述べたという。また外務省の沖縄担当大使も海兵隊司令官にやはり電話で再発防止と綱紀粛正を要請し、ジルマー司令官は「綱紀粛正を徹底させたい」と述べたという(時事通信2008/02/11 16:44、朝日新聞2008/02/11 15:12)。さらに防衛省地方協力局長も、在日米軍司令官に同様の申し入れを行ったという(毎日新聞2008/02/12 12:15)。

 閣僚も相次いで今回の事件について「遺憾」の意を発言する。まず11日には岸田文雄沖縄担当大臣が「強い憤りを感じている」「(日米地位協定の見直しについて)まずは綱紀粛正、再発防止の議論をした上で、対応が必要なのかどうか考えなければいけない」と記者団に述べた(朝日2008/02/11 18:06)。岸田氏は翌日も記者会見で、地位協定について「地元の意見をしっかり聞いた上で、運用改善の問題についても考えていきたい」と語った(時事2008/02/12 11:46)。
 翌12日になると次々と閣僚が発言をする。閣議後の閣僚懇談会では福田康夫首相が「過去にも同種の事案があった。大変大きな問題で、しっかりと対応しなければいけない」と閣僚らに指示したという。首相はその後の衆院予算委員会でも「政府としても米側としっかりと交渉していく。事実関係の究明、再発防止のために、できるだけのことをしていく」と述べた(朝日2008/02/12 11:49)。

 閣議後の記者会見では、町村信孝内閣官房長官が「極めて遺憾な事案と言わざるを得ない。法と証拠に基づき適切に処理する」(時事2008/02/12 11:13)、泉信也国家公安委員長が、「沖縄県警で米側の協力を得ながら、法と証拠に基づき捜査を進めている。類似事案は過去にも起きており、外務省などで米軍側に外交上の申し入れをしているが、厳重な対応をしてほしい」(時事2008/02/12 10:19)、石破茂防衛大臣が「日米同盟の根幹にかかわる」(時事2008/02/12 11:46)、渡辺喜美金融・行革担当大臣が「沖縄の皆さんの心を逆なでするような事件で許しがたい」、冬柴鉄三国土交通大臣が「こういう事件は日米関係に大きな影響がある。関係者は肝に銘じてほしい」などと述べた(毎日、前掲)。

 日米関係を所管する高村正彦外務大臣は、日米関係への影響について「県民感情の問題。影響がないことはあり得ない」「綱紀粛正や再発防止により、日米関係への悪い影響を少なく収められるかどうかだ」(毎日、前掲)と述べる一方、地位協定の見直しについては「今回のことと地位協定は直接の関係はない」と否定した(時事 2008/02/12 11:46)。
 一方、外務省の薮中三十二事務次官は、アメリカの臨時代理大使を呼び、「綱紀粛正を再三求めてきたのにも米兵が逮捕されたことは極めて遺憾だ」と強く抗議した。アメリカ側は捜査の全面協力を約束、在日米軍副司令官は「米軍は性的暴力を一切許容しない」と述べたという(共同通信2008/02/12 19:52)。

 こうして並べてみると、何となく日本政府の方向性が見えてくる。
 まず、事件への「怒り」を沖縄と共有しているという姿勢をアピールしていること。これは1995年に、女子小学生暴行事件を機に沖縄で空前の反基地運動が起こったことを念頭に置いて、「反米」が「反政府」に転化するのを防ごうとする意図がある。福田首相らが「過去の類似の事案」に言及したのも、「過去」の苦い記憶を気にしている証である。昨年の教科書検定問題で改めて沖縄の人々の連帯と行動力を思い知ったことも考慮しただろう。沖縄担当大臣に地位協定の見直しに言及させるリップサービスまでやらせている(しかし外務大臣が否定するのも忘れない)。

 次に、事件をあくまでも日米同盟の強化にとって「水を差すものだ」という考え方を前提にしていること。実際は「日米安保体制のせいで事件は起きた」のに、日本政府は「事件が日米安保体制を損なう」という倒錯した論理を用い、アメリカ軍が駐留する体制そのものへの批判が生じるのを避けようとしている。特に米軍再編への影響を恐れているのは、高村外務大臣の発言に顕著で、何とかうまく収まって欲しいという意図が丸見えである。

 そして何よりも問題なのは、事件を起こしたアメリカ軍を批判はするが、「自国民を守れなかった国家責任」については全く触れていないことである。国家が「国民を守る責務」を負っているのならば、駐留軍隊の獰猛な軍人からいたいけな少女を守れなかったのは、国家の名誉にかかわる問題である。それにもかかわらず誰もそのことを問題にしないのは、現行の国家側には「国民」を守る意思などさらさらないことを図らずも示したといえよう。
 首相や防衛大臣の口から、たとえでまかせでも「政府が国民の安全を維持できなかったことは誠に遺憾である」くらいの発言もできないのは、日米安保体制が「日本を守る」という建前とは裏腹に、実際は日本の住民の安全を脅かしていることを認めたくないからである。

 岩国の艦載機移転問題もそうだったが、現在の日米間の安全保障問題の矛盾は、実際に在日米軍が駐留する地域で噴出している。問題はそれらがいずれも個々の地域の特殊な問題として扱われ、全国的な問題に発展しないことである。「地域問題」を「全国の問題」に変えられるかどうかが、日米安保体制の矛盾を是正するための鍵となるだろう。
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by mahounofuefuki | 2008-02-12 22:37

NOVA前社長と「俗物」の境地

「構造改革」の最大の罪は、とても何千人、何万人もの従業員を抱える能力などない、自分のエゴを無限に満たすことしか考えない腐った経営者を野放しにしたことである。
最近経営破たんした英会話学校「NOVA」のオーナー猿橋望も、そんな生ゴミのひとりで、心底腐りきった最低のモンスターである。
10月30日に保全管財人がNOVAの社長室を公開したが、恥ずかしくなるほど「俗物」の欲望が詰まった部屋で、ただただあきれるばかりだ。

朝日新聞(2007/10/30 22:10)には、社長室の見取り図と写真が数枚掲載されているが、赤じゅうたんや革張りのソファーはまだいいとして、なぜかバーカウンターがあり、高級酒が並んでいる。大阪市内を一望できるというテラスや豪華なシャンデリアにも驚かされるが、何より問題なのは奥に「隠し部屋」があることで、猿橋専用の茶室(!)と寝室と浴室が隠されていることである。趣味の悪い掛け軸がかかった茶室は、なぜ会社にこんなものがあるのか全く理解不能の代物であるし、やはり趣味の悪いカーテンがかかった寝室は、どう見ても「愛人」がいそうなオーラに満ちており、公私混同もはなはだしい。

どこにも「知性」や「教養」はなく(あの茶室に文化の香りはまったくない)、「カネ」と「酒」と「女」しか極められない「俗物」の境地が、猿橋の社長室といえよう。
安給料と有期雇用で不安に怯えながら過労を強いられている英会話講師たちのことなど、微塵も考えていないことが明白である。

ところで今日(11月5日)になって猿橋側の弁護士が、一連の疑惑に反論する「上申書」を大阪地裁に提出し、この社長室についても弁明した。それによれば「報道された部屋はネットワークを使えば家を出ずに仕事ができる『職住一体』をデモンストレーションするための『モデルルーム』で社長室ではな」く、茶室は「テレビ電話によるお茶のレッスンを実験する予定だった」という(産経新聞 2007/11/05 17:09)。
しかし、それでは「モデルルーム」なのになぜ非公開だったのか、なぜ茶室が寝室と同じエリアに「隠し部屋」としてあるのか、説明がつかない。会社内では「社長室」と把握されていたのだから、これは単なる言い逃れだろう。

現在、猿橋に対しては、関係会社が購入したテレビ電話機材を数倍の価格でNOVAに売りつけた容疑や、株価操作の容疑がかけられている。前者は土地ころがしや企業ころがしの延長線上のやり口であり、後者は一種のインサイダー取引であり、現代の金持ちたちの典型的な利殖法である。
しかも、経営破たんし、裁判所が保全命令を出した前後に、猿橋とその親族が保有していた関連会社の株式を、保全管財人に委ねず、全て同一人物に売却していたことも明らかになっている(毎日新聞 2007/10/31 05:37)。最後の最後まで、経営責任を放棄し、自分のことしか考えない姿に強い憤りを覚える。

前記上申書は、一連の容疑も全面否定しており、猿橋は訴訟で争うようである。
今後もNOVA問題は目が離せないだろう。
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by mahounofuefuki | 2007-11-05 21:11

今枝仁弁護士の解任について

光市母子殺害事件の被告弁護団の1人である今枝仁弁護士が解任された。
弁護方針をめぐる対立が原因と報じられているが、当ブログでこれまで何度も言っているように、私は事件そのものにはあまり関心がないので、弁護方針について特にコメントすることはない。
解任に至る経過は、今枝氏自身のブログ「弁護士・未熟な人間・今枝仁」や「元検弁護士のつぶやき」や「弁護士のため息」が詳しいので参照していただきたい。

私から言えるのは、今枝氏は世論を気にしすぎた、ということだけである。
最高裁の弁論欠席について釈明が必要であるとか、法医学的見地に偏りすぎであるといった今枝氏の主張は、要するにマスコミ報道による世論の誤解を解こうという意図から発していると思われる。

しかし、私に言わせれば、そんな努力はまったく無駄である。この国では権力やマスメディアが「公認の敵」として認定した者には、どんな些細なことでも攻撃する。中途半端な小細工は火に油を注ぐようなものである。
むしろ「世間」なるものに余計な「弁明」などせず、毅然と堂々と行動した方がいい。人々は光市事件に憤っているように見えて、その実「安心して攻撃できる絶対悪」をいじめることを楽しんでいるだけなので、余計な「弁明」はかえって弱みになり、いじめの対象となる。

弁護団の内部の議論を外部に漏らして、マスメディアが曲解した報道をする隙を見せてしまったのは、たしかに今枝氏の非である。
しかし、仮に今回の事がなくても世論の風向きが変わるとも思えないので、今枝氏が深く悩むこともないだろう。
橋下徹弁護士による懲戒請求扇動問題の原告としての活動は続くだろうから、これからも私は微力ながら応援したい。

【関連記事】
マスメディアの偏向報道
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大衆の「狂気」
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by mahounofuefuki | 2007-10-18 13:49

マスメディアの偏向報道

「2ちゃんねる」で弁護士の橋下徹氏とその家族に対する「殺害予告」の書き込みがあり、橋下氏は刑事告発したという。
橋下氏のブログ(橋下徹のLawyer’s EYE)によれば、この書き込みについて日弁連に通報があり、過去ログを調べたところ「ほぼ100%イタズラであることが判明」したという。しかし、「当法律事務所、マネジメント会社、警察との協議により」橋下氏や家族の立場を考えて告発に踏み切ったという。

匿名で不特定多数に対し「殺害」を予告するというのは、いたずらにしても悪質である。
私は当ブログで何度も橋下氏の姿勢を批判してきたし、今も彼の資質や行動に強い疑問をもっているが、だからと言ってこうした卑劣な方法で橋下氏を攻撃することは、私としても決して許すことができない
ただ「ほぼ100%イタズラ」とわかっている(=実際に危害が加えられる可能性がない)にもかかわらず、刑事告発というのは「行き過ぎ」ではないかという思いもある。とはいえ告発自体は正当であるから、私からこれ以上とやかく言うこともない。

私が問題にしたいのは、マスメディアの報道のあり方である。
今年5月、日弁連に対し、光市母子殺害事件について「その元少年を死刑に出来ぬのなら、まずは、元少年を助けようとする弁護士たちから処刑する!」「裁判で裁けないなら、武力で裁く!」「最悪の場合は最高裁判所長官並び裁判官を射殺する!」などと記した脅迫状と銃弾(模造)が送られた。
また7月には、朝日・読売両新聞社にも光市事件の被告弁護団に対する脅迫状が送られた。
さらに9月には、被告弁護団に加わる村上満宏弁護士の事務所のネームプレートに傷が付けられる嫌がらせがあった。
これらの脅迫事件はいまだ解決していないが、問題なのは新聞やテレビが一向に大きく報道しないことである。ネット上でも特に怒りの声はなく、むしろ「やられて当然」という声すらあった。

一方、今回の橋下氏に対するいたずら事件は、テレビが比較的大きく取り上げ、ネット上でも話題になっている。この差は何なのか?
単なるいたずらで、実際に生命の危険性にさらされたわけでもない橋下氏の事件は喧伝されるのに、模造銃弾を送るほど殺意を明示している者に狙われている弁護団の事件は黙殺されるのは、あまりにも不公正だ。
たとえどんなに意見が違い、気に入らないからと言って、言論に対する脅迫に明確な抗議の声を上げないのは、言論人・言論機関として自殺行為である。沈黙を守ることは脅迫を肯定したのも同然である。

今回改めてマスメディアの報道の偏りに強い怒りを覚えた。
誰であろうと言論に対する暴力は絶対に容認できないことをはっきり認識してほしい。
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by mahounofuefuki | 2007-10-16 20:40

橋下発言はツッコミどころ満載

以前も書いたが、私は光市母子殺害事件の訴訟そのものにはもはや関心がない。
たくさんある殺人事件の中でこの事件に特別な興味を抱く理由が私にはない。
極端な話、被告が死刑になろうとそうでなかろうとも私の生活には関係ない。彼が処刑されてもされなくても、私には何のメリットもない(関係者以外のほかの人々にもあるとは思えないが)。コンコルド広場にて国王や王妃をギロチンで斬首する光景に熱狂したパリ市民のようなグロテスクな趣味も持ち合わせていない。
だから、もう結果が決まったようなものである光市事件の訴訟については語る言葉はない。
しかし、光市事件に異様に熱狂し、拘置所ですでに自由を奪われている被告や、自らの職務に忠実な弁護士をバッシングする人々の動きには関心をもたざるをえない。それは、この騒動が司法権の独立や訴訟の公平な進行を損ねているからで、1度でもこんな前例ができると、今後の刑事訴訟全体に悪影響を及ぼすことを危惧している。
仮に将来、誰かが(私やあなたかも)無実の罪で逮捕・起訴された時、検察側の誘導でバッシングが行われ、被害者が無実の人を犯人と思い込み、弁護人の活動が阻害され、罪をなすりつけられるのを心配している。日本はただでさえ冤罪が多い。特に「痴漢」の冤罪は後をたたない。「それでも僕はやっていない」なんて映画が売れるくらいだ。
光市事件は冤罪ではない。しかし、味をしめた検察が被害者を利用する可能性は否めない。それに何よりも、世論の関心度によって量刑が左右されることなどあってはならない。世論の関心の高い事件は刑が重いとなると、そうでない事案との不公平性が問題になる。
それゆえ、光市事件そのものは私の関知するところではないが、バッシング現象の方は私の(そして多くの人々の)利害にかかわるのである。だから、面倒でも発言せざるをえないのだ。

さて、光市事件の被告弁護団に対する懲戒請求を扇動した(しかし自分は請求していない)橋下徹弁護士を提訴した民事訴訟の第1回口頭弁論が広島地裁で行われた。
何よりも驚いたのは、橋下氏がこの弁論に出廷せず、書面提出による擬制陳述で済ませたことである。しかも、今後の弁論も電話会議で行い、被告尋問までは出廷しないという。 
彼の言い分は次の通り(以下、引用はすべて橋下徹のLawyer’s EYEより)。

あのね、民事の裁判で傍聴人を呼んでも、
争点が整理されるまでは事務的なやり取りなんだから、
傍聴人も何をやってるんだかさっぱりわからない。
わざわざ足を運んでもらって、あの民事の手続きだけを見せたら、
その方が傍聴人に怒られるんだよ。分からないのかね。
原告らは公開の法廷で、何か大弁論を展開したいのか知りませんが、
僕は、そんな原告らの趣味に付き合うほど暇ではありません。

「事務的なやり取り」を軽視しているとしか思えない暴言だ。
どうやら彼は、テレビカメラが入り味方の群衆が大勢いるところでなら「大弁論」をやりたいが、野次馬がわざわざ足を運ぶことのない地方の法廷ではやりたくないようだ。
ついでに言っておくが、ブログでの彼の言葉遣いはとても社会人とは思えないほど汚い

彼の弁明は続く。

原告らは、今回の裁判が社会にとって必要不可欠な裁判で、自分たちはその正義のために闘っているとまたもや勘違い。
今回の裁判は、光市母子殺害事件の被害者遺族に対して、非常に迷惑のかかる、
もし違う方法があるのであれば、本当は避けなければならない裁判だったんだ。
世間だって、こんな裁判があろうとなかろうと、全く影響ない。
たまたまメディアが取り上げてくれているけど、本質的には、弁護士間の大人げないくだらない痴話げんかなんだよ!!
分からないのか!!
もっと謙虚になれよ。俺たちは刑事弁護人の在り方を論じる重要な裁判をやってるんだって堂々と胸を張るんじゃねーよ。
ほんとしょうもないことやってすみませんっていうのが、今回の、
俺たち弁護士がとらなきゃならない態度だろ!!

「大人げないくだらない痴話げんか」を仕掛けたのはほかでもない橋下氏だったはずだ。大人げないと自覚しているなら、懲戒請求の扇動なんかしなければいいのである。自分の播いた種でありながら、他人のせいにするのは全く許しがたい。
「もっと謙虚に」なるべきなのは、こんな横柄な口の利き方をする橋下氏の方だろう。

重要な裁判なのかどうかは世間が決めること、俺たちが決めることではない。
俺たちが自分で重要な裁判だと言った時点で、もう周囲が見えなくなる。
自分が絶対的な正義だと勘違いする。

「世間」!? そんなあいまいなものによりかからないでほしい。多数派がいつも正しいのか? 「世間」に丸投げするなど、思考停止でしかない。
「自分が絶対的正義だと勘違い」しているのは橋下氏の方であろう

このような感覚だから、日弁連の模擬裁判のリハーサルなんて、くだらない鼻くそイベントに出席するために、
光市母子殺害事件最高裁の弁論期日を欠席しちゃうんだよね。

自分が被告になっている訴訟の口頭弁論に出ない者が言っていい言葉ではない。出席の可否は彼の判断基準が絶対だという独善以外の何物でもない。橋下氏は自分を「神」だとでも思っているのだろうか

彼の発言はまだまだツッコミどころ満載なのだが(この程度の論述力でよく弁護士ができるものだ)、「場外乱闘」のさらに「場外乱闘」なんて自慢できることでもないし、これ以上自分のブログを汚したくないのでもうやめておく。
(しかし、本当に彼の言葉遣いはひどい。この横暴さが支持されるなんて世も末だ。)
いいかげん、この下品な男をまるで「英雄」扱いするのをやめてほしい。
「テレビに出ている=正義」なんて今どき思っていたら、ちょっと恥ずかしい。
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by mahounofuefuki | 2007-09-28 23:52

公認された暴力

6月に時津風部屋の17歳の力士が、親方や兄弟子たちの暴行により死亡した事件で、警察当局は時津風親方らを傷害致死で立件する方針を固めたという。
遺体の状況から死因はリンチだったのは明白なのに、3か月以上も立件できなかったのは、日本相撲協会に対する弱腰以外の何物でもない。今後は「国技」という壁に屈することなく、厳正な捜査を望む次第である。

死亡した力士は、死亡の前日、父親に助けを求める電話をしていたという。恒常的な暴力に苛まれていたのだろう。
父親はその時「逃げろ」と言えなかった自分を責めているという。しかし、問題は相撲界の構造にあって、この父親のせいではない。

相撲に限らず、格闘技とは、なんだかんだと美名を並びたてていても、所詮は「公認された暴力」である。
己の肉体を「武器」にし、時には殺人的な武力を獲得することが、究極の目標なのだ。その基本は「弱肉強食」であり、人間の尊厳を傷つけるものである。
それゆえ私には、格闘技に熱狂する人々の気持はまったく理解できない。
スポーツを通した暴力の容認が、「いじめ」やバッシングの遠因になっている気さえする。

指導と称して、指導者や先輩が暴力を加えることは、学校の部活動からプロスポーツまで広く行われている。
なかでも相撲は、各部屋は親方が絶対で、事実上治外法権である。しかも、相撲は「国技」とされているため、国家の厚い保護のもとで、相撲批判がタブーになっている。
日本相撲協会の北の海理事長が、相撲協会を批判した記者の取材証を取り上げようとしたことは記憶に新しい。
『週刊現代』が追及している「八百長」疑惑も、他のマスコミは黙殺している。

スポーツジャーナリストの二宮清純さんは、「しごき」は「愛のムチ」だが、時津風親方の行為は暴力だと区別しているが、私に言わせれば、「しごき」は完全な暴力である。暴力を限定的にしかとらえられないあたりが、「体育会系」が本質的には暴力を容認していることを示している。
また、前記で取材証を取られそうになった杉山邦博さんは、「まれに竹刀などを使って厳しく指導したことがあった」ことを容認しているが、彼は自分が竹刀で殴られても平気なのだろうか。
私は以前、テレビ番組で、親方が若い力士を竹刀で叩いているところを観たが、とても正視できなかった。その親方の薄ら笑いを浮かべた嗜虐的な表情は、今も記憶に残っている。

日本相撲協会は、関東大震災で壊滅的な打撃を受けた相撲界を再建するために、昭和天皇が「御手許金」からカネを出して優勝賜杯を作らせたのを機に、結成された団体である。天皇の権威が相撲を「国技」とし、相撲を他の競技とは別格の扱いをさせてきた。
しかし、相撲を「国技」とする法的根拠は何もない。いいかげん相撲をタブー視するのはやめるべきだ。
今回の事件を機に、相撲志望者がいなくなり、相撲ファンも減り、相撲そのものが存続できないようになってほしい。
「公認された暴力」はもうごめんだ。
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by mahounofuefuki | 2007-09-26 15:23

無題

「光市母子殺害事件」の差し戻し控訴審は、3日間の集中審理を終えた。
無期懲役の判決を最高裁が差し戻している以上、裁判所の慣例により、この訴訟は死刑判決で終わるだろう。
結果がわかっている訴訟は茶番でしかない。
その茶番を少しでも公正な裁判にしようと、あえて「貧乏クジ」を引いた弁護団に深く同情し、敬意を表する。

実のところ、私は事件や訴訟そのものにはさしたる関心がない。
たくさんある殺人事件のなかで、光市事件だけに関心を寄せる理由はないからだ。
本ブログは私個人が「気になるニュース」を読み解く(というより、単につっこみを入れてるだけだが)ことを目的としているため、その基準に従えば、特に述べることもない。

私が気になるのは、多くの人々が光市事件に大きな関心を寄せ、特に被害者の夫に過剰なまでに共感して、被告やその弁護団をバッシングしている「現象」である。
以前も大衆の「狂気」で述べたように、被告や弁護団をバッシングしている人々は、「義憤」にかられてというより、実際のところは「安心して攻撃できる"絶対悪"」を求めているとしか、私には思えないのだ。
繰り返しになるが、この事件の被告が「元少年」ではなく、「暴力団員」だったらここまで世論は高まっただろうか? 実際、関西で大学院生が暴力団員に虐殺された事件に、世論は沈黙した。光市事件の場合、被害者の夫がより戦闘的であることを差し引いても、ここまで人々が関心を寄せるのは、「犯人」が「少年」だったという点が大きい。
つまり、自分より「絶対的下位」にいるべき「少年」の「横暴」に普段何もできないのを誤魔化し、他者(この場合は、被害者の夫)が自己の「代わりに」攻撃してくれることに喝采を送っているのだ。
電車内で警察官が高校生に暴行を働いた事件も、事実関係をよく調べもせずに、警察官をまるで「英雄」として扱い、高校生をバッシングした。この事件のとき、私は報道だけでは詳細がわからないので(今もわからない)、ノーコメントを貫いてきたが、残念ながら、多くの人々にはそういう慎重さがまるでない。

日常のうっぷんを晴らすために、光市事件を利用するのはもういいかげんやめて欲しい。
まあ、そうは言ってもやめないんだろうけど(苦笑)。
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by mahounofuefuki | 2007-09-21 08:12

ずるい金持ちの罪

FXで得た所得1億数千万円を隠し、脱税した疑いで、四日市の医師が告発された。
先月にも、FXで4億円を稼いだ主婦が脱税した事件が話題になったが、多額な不労所得ほど納税したがらない輩は相変わらずいるらしい。
医師という高給取りのエリートでありながら、その高給にあきたらず、個人投資で所得を増やそうとするあたり、現代人の飽くなき強欲さを象徴している。

投資というのは、基本的により大きな資産をもつ者ほど得をするシステムである。
しかし、金融資本は、まるで誰でも儲かるチャンスがあるように見せかけ、お手軽にカネを増やそうという欲望をかきたてる。
人々には誰かが儲かった分、誰かが損をしている(もしかすると破産すらしている)という想像力がない。自分で稼いだカネを何で社会なんかに還元しなければならないのだと開き直る。まるで生まれた時から、世界を自分1人の力だけで生きてきたような錯覚に陥る。

市場原理主義の最大の罪は、大衆の自己肥大化欲望を高め、社会のあらゆる局面で生存競争を強要し、個々人を分断して孤立化させ、しかもそれが「自己責任」であるかのように偽装したことにある。FXのようなハイリスク・ハイリターンな投資は、まさにそんな社会の縮図である。

こういう事件が起きると、多くの人々はけしからんとは思わず、自分もそういう風に稼ぎたいと羨ましがる。
しかし、「経済成長」の踏み台にされた「難民世代」としては、少数の人々を儲けさせるために、多数の人々を貧困と不安に陥れるやり方は、絶対に許せない。
少年犯罪の容疑者をバッシングしている暇があったら、今回のような「ずるい金持ち」の方こそ徹底して攻撃して欲しいものだ。
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by mahounofuefuki | 2007-09-18 14:43