タグ:犯罪 ( 28 ) タグの人気記事

そして「漠然とした不安」だけが残る

 秋葉原の殺人事件について「難民世代」を標榜するブログとして何か書かなければと思ってはいるのだが、何を言ってもウソくさい気がして、うまく論点をまとめることができない。

 実際、巷に行き交う言説を通観してみても、「犯人が病気だから」「犯人がオタクだから」といった専ら心理的要因に帰する議論や、犯行の社会的要因を考えようともせずに単に「許せない」と連呼するだけの能天気なもの言いは論外としても、派遣社員としての差別的待遇や解雇通告、ひいては非正規雇用全般の「不安」をもって事件のすべてを説明できるとは私には思えない。それらは事件の重要な引き金ではあるが、犯人が携帯サイトに残した書き込みを読む限り、もっと深刻な自意識の「傷」を抱えているように思う。

 岡山の突き落とし事件の時は、金持ちしか上等な教育を受ける機会がないという構造的要因が明確で、それだけに私はすんなりと容疑者の少年に共振できたが、今回の場合、犯人も私もある種の「転落」を経験しているという共通項がありながら、犯人の挫折が実社会に出る前の高校時代における偏差値秩序の中での「敗北」に始まる点や、彼が「自己責任論」を完全に内面化していて、社会に対する憎悪というより、「不細工な自己」という自画像への破壊願望を強烈に抱えている点が、私の鬱屈とは明らかに異なり(私は幸か不幸か学校の成績階級で「下」になったことがなく、何より「自己責任論」を完全否定していて自分を「不細工」などと考えたこともない)、理解を困難にしている。

 これが会社の経営者を殺したとか、会社に火をつけたとか、要するに彼を搾取していた企業社会への攻撃だったら、私はおそらく喝采を送っていたかもしれないし、犯行の原因も雇用待遇差別であると断言して、改めて派遣労働を含むあらゆる間接・有期雇用の廃止を訴えることができたが、被害者の中には非正規労働者や無職者もおり、しかも新橋でも丸の内でも六本木でもなく、秋葉原というどう贔屓目に見ても「勝ち組」カラーのない街を「舞台」に選んだことが、この事件をアンダークラスによる階級闘争的な社会的テロとみなすことを躊躇させる。

 それでもこの事件が派遣労働の絶望的な実態に人々の目を向ける契機になれば、まだ被害者も浮かばれようが、おそらくまたしても政府やマスメディアや能天気な人々によって論点のすり替えが行われ、ナイフの販売規制とネット掲示板の書き込み規制でお茶を濁し、数ヶ月後には何事もなかったように忘れ去られてしまうのだろう。模倣犯なんて現れたら目も当てられない。「1番目」がダークヒーローになり損ねたのに、二番煎じなんて恥ずかしすぎる。

 そして最大の問題は、社会全般に「漠然とした不安」だけが残ってしまうことだ。不安が「漠然」としている限り、すべての人々が平等に自立できる社会への希求にはつながらず、国家という「檻」の中で「羊」として管理されることを望むだろう。その傾向を食い止めるのは非常に難しい。
[PR]
by mahounofuefuki | 2008-06-10 20:22

中間管理職の逮捕で済む問題ではない

 グッドウィルの二重派遣問題で管理職が逮捕された件。
 昨年来、相次ぐ不正の発覚で現行の派遣労働の無法状態が誰の目にもわかるようになったが、違法行為に対して責任者が刑事上のペナルティを受けたことは大きなメルクマークである。特に二重派遣はいわば二重の「中間搾取」という点で、派遣労働の不正の中でも最もえげつない脱法行為の1つであり、必ず根絶しなければならない。今回の立件が派遣業界に対する圧力として機能することを期待する。

 一方で、今回の件を含め、派遣業界の不正は単に何人かの中間管理職を逮捕すれば済む問題ではない。こう言っては何だが、今回の逮捕者のようなマネージャークラスの社員もまた「会社のために不正を行った」という点である意味犠牲者である。経営サイドからはノルマを課せられ、とにかく業績を上げることを求められる。それをやりすごしたり、不正を拒否すれば管理職といえども(というよりむしろ管理職だからこそ)ただでは済まない。企業組織の中で不正な経営者に抵抗するのは、生命を賭けて生活を捨てない限り困難なのが現状である。
 報道によれば、警視庁はグッドウィル経営陣への訴追も準備しているようだが、トカゲの尻尾切りに終わらず、必ず経営者の責任をはっきりさせなければならない。すでにグッドウィルのオーナーだった折口雅博は経営者の座を退き、アメリカのグリーンカードを取得して事実上亡命しているようだが、「逃げ得」を許してはならない。

 問題は企業だけではない。「中間搾取」を公認する雇用政策を問わなければ、いつまでたっても労働者を食い物にするやり方はなくなることはない。派遣労働者を正規雇用にし、直接雇用・無期雇用の原則を再確立しなければならない。そのための第一歩が労働者派遣法改正である。派遣業界のロビー活動が強化されているのか、野党間の一致すら得られず、今国会の派遣法改正案提出は失敗したようだが、これは喫緊の課題である以上、できるだけ早くやり遂げなければならない。

【関連記事】
労働者派遣法改正問題リンク集
[PR]
by mahounofuefuki | 2008-06-03 19:50

さあ「憎悪タイム」がまた始まりましたよ

 周知の通り、光市母子殺害事件の差し戻し控訴審判決が下った。
 この件については今さら新たに述べることもないので、過去の記事を加除訂正の上で再掲する。

大衆の「狂気」より
 殺人事件があまたある中で、光市母子殺害事件は異様な展開をたどった。
 まず、事件そのものが口にするのもおぞましいものであったこと。
被害者女性の夫が極めて攻撃的で堂々と復讐を宣言したこと(記者会見で、被告を死刑にできなければ自分が殺す、とまで言っていた)。
 マスコミが事件を興味本位で偏向した報道をしたこと。その結果、多くの大衆が被害者の夫に過剰なほど共鳴し、被告の死刑を求める世論が高まったこと。
 さらに、大衆の攻撃は被告にとどまらず被告の弁護団や死刑反対論者にまで及び、ついには新聞社に弁護団への脅迫状が送られる事態になったこと。
 このようにまさに「狂気」の連続である。

 実は私も事件当初は、なんてひどい事件だと憤りを感じていた1人であった。
 しかし、マスメディアや大衆世論の過剰なまでの凶暴性に、犯人とされる被告の「狂気」とは別種の「狂気」を感じるようになり、今は被害者の夫にまったく共感できなくなった。しかも、こともあろうに最高裁判所が大衆の攻撃に恐れをなしてか、無期懲役の控訴審判決を差し戻してしまった。裁判が報道や世論に左右されることなどあってはならないのに。

 私は一連の群衆心理に、排外主義と同じものを感じる。
 つまり、弱そうな「公認の敵」、いくら攻撃しても反撃されることはなく、権力も認めている「敵」を攻撃することで、絶対的優越感を得るという点で、両者は共通するのである。もし犯人が「少年」でなく「暴力団員」だったら、ここまで世論は高まっただろうか? メディアは報道しただろうか?
 否である。この国の大衆が「少年犯罪」となると、大人の犯罪以上に激昂するのは、自己より絶対的下位にあるべき「少年」が自己の存在を脅かしていると感じるからだ。あえて断言してもよいが、「少年法はいらない」「少年を死刑」にと叫んでいる人ほど、街中で未成年が不法行為をしていても注意のひとつもできず、内心で苦々しく思っているだけの臆病者だ。自分の弱さを誤魔化すために、「少年犯罪」をだしに使っているにすぎない。

 ましてや弁護士を攻撃するなどもってのほかだ。もし冤罪で逮捕・起訴された時、実際に助けてくれるのは誰か。今や大衆の憎悪を一身に浴びる「人権派」弁護士である。自分は逮捕されることがない、などといくら自信をもっていても、無実の罪で検挙される例はあとをたたない。最高検察庁でさえ冤罪防止機能が不十分であると認めたほどである。
 はっきり言ってしまえば、光市事件の被告が死刑になろうとそうでなかろうと、被害者ではない私たちの生活に影響はまったくない。厳罰にして見せしめにすれば犯罪はなくなると本気で信じているとすれば、ずいぶんお目出度い話だ。この事件に直接関係のない人間が拘る理由は何もない。


無題より
 実のところ私は光市事件の訴訟そのものにはさしたる関心がない。たくさんある殺人事件のなかで光市事件だけに関心を寄せる理由はないからだ。
 私が気になるのは、多くの人々が光市事件に大きな関心を寄せ、特に被害者の夫に過剰なまでに共感して、被告やその弁護団をバッシングしている「現象」である。被告や弁護団をバッシングしている人々は「義憤」にかられてというより、実際のところは「安心して攻撃できる"絶対悪"」を求めているとしか私には思えないのだ。

 繰り返しになるが、この事件の被告が「元少年」ではなく「暴力団員」だったらここまで世論は高まっただろうか? 実際、関西で大学院生が暴力団員に虐殺された事件に世論は沈黙した。光市事件の場合、被害者の夫がより戦闘的であることを差し引いても、ここまで人々が関心を寄せるのは、「犯人」が「少年」だったという点が大きい。
 つまり、自分より「絶対的下位」にいるべき「少年」の「横暴」に普段何もできないのを誤魔化し、他者(この場合は、被害者の夫)が自己の「代わりに」攻撃してくれることに喝采を送っているのだ。


橋下発言はツッコミどころ満載より
 以前も書いたが、私は光市母子殺害事件の訴訟そのものにはもはや関心がない。たくさんある殺人事件の中でこの事件に特別な興味を抱く理由が私にはない。極端な話、被告が死刑になろうとそうでなかろうとも私の生活には関係ない。彼が処刑されてもされなくても、私には何のメリットもない(関係者以外のほかの人々にもあるとは思えないが)。コンコルド広場にて国王や王妃をギロチンで斬首する光景に熱狂したパリ市民のようなグロテスクな趣味も持ち合わせていない。
 しかし、光市事件に異様に熱狂し、拘置所ですでに自由を奪われている被告や、自らの職務に忠実な弁護士をバッシングする人々の動きには関心をもたざるをえない。それは、この騒動が司法権の独立や訴訟の公平な進行を損ねているからで、1度でもこんな前例ができると、今後の刑事訴訟全体に悪影響を及ぼすことを危惧している。

 仮に将来、誰かが(私やあなたかも)無実の罪で逮捕・起訴された時、検察側の誘導でバッシングが行われ、被害者が無実の人を犯人と思い込み、弁護人の活動が阻害され、罪をなすりつけられるのを心配している。日本はただでさえ冤罪が多い。特に「痴漢」の冤罪は後をたたない。「それでも僕はやっていない」なんて映画が売れるくらいだ。
 光市事件は冤罪ではない。しかし、味をしめた検察が被害者を利用する可能性は否めない。それに何よりも、世論の関心度によって量刑が左右されることなどあってはならない。世論の関心の高い事件は刑が重いとなると、そうでない事案との不公平性が問題になる。それゆえ、光市事件そのものは私の関知するところではないが、バッシング現象の方は私の(そして多くの人々の)利害にかかわるのである。だから、面倒でも発言せざるをえないのだ。


今枝仁弁護士の解任についてより
 私から言えるのは、今枝氏は世論を気にしすぎた、ということだけである。
 最高裁の弁論欠席について釈明が必要であるとか、法医学的見地に偏りすぎであるといった今枝氏の主張は、要するにマスコミ報道による世論の誤解を解こうという意図から発していると思われる。
 しかし、私に言わせれば、そんな努力はまったく無駄である。この国では権力やマスメディアが「公認の敵」として認定した者には、どんな些細なことでも攻撃する。中途半端な小細工は火に油を注ぐようなものである。
 むしろ「世間」なるものに余計な「弁明」などせず、毅然と堂々と行動した方がいい。人々は光市事件に憤っているように見えて、その実「安心して攻撃できる絶対悪」をいじめることを楽しんでいるだけなので、余計な「弁明」はかえって弱みになり、いじめの対象となる。


(以下は今日の書き下ろし)
 最高裁が大衆の「リンチ」に屈して控訴審に差し戻した時は、私の頭の中でレオンカヴァルロの歌劇「道化師」の“No, pagliaccio non son”が鳴り響いていたが、今はフォーレのレクイエムの清澄な調べが聞こえる。もちろん鎮魂の対象は被告ではなく、道化芝居にもならない「光市まつり」に熱狂する人々である。
[PR]
by mahounofuefuki | 2008-04-22 12:11

「嫌がらせ」もまた一種の抵抗だ

 派遣会社を解雇された男が、会社に約1万回の無言電話などをかけた偽計業務妨害容疑で逮捕された。
 毎日新聞(2008/04/09 13:07)によれば、容疑者は人材派遣会社スタッフクリエイティブの派遣社員で、引っ越しの荷物運びの仕事をしていたが、無断欠勤が多いことを理由に昨年解雇されたという。それを逆恨みして会社に嫌がらせの電話をかけていたと警察当局は考えているようだ。

 解雇理由が本当に無断欠勤なのか、そもそも本当に無言電話を1万回も行っていたのか、現時点では何とも言えないし、それが事実だとしたら誉められた行為ではないが、一方で「嫌がらせ」というのは弱い立場の労働者にとって1つの抵抗手段なのではないかと感じた。

 現在、労働者が不当労働行為に遭った場合、採り得るオプションは限られている。労働基準監督署に申し立てても、労基が行政指導を行う保証は何もなく、逆に職場で「いじめ」の対象となるのは確実である。労働組合があれば団体交渉やストライキなどが一応はありうるが、長期の神経戦を覚悟しなければならない。労組もなく同僚の理解もなく孤立した労働者は「我慢する」か「辞める」の二者択一なのが実情である。
 そんな中で経営者や管理職への「嫌がらせ」は、少なくとも泣き寝入りするよりは立派な抵抗なのではないか。今回の事件の場合、実害を蒙るのは経営者でも管理職でもなく、実際に電話に出る社員なので抵抗とは言えないし、何よりも電話代がかかる以上、費用対効果の面で問題があるが、もっと工夫すれば実用的な抵抗手段を生み出すこともできるだろう。
 最も効果的なのは、経営者に心理的ダメージを与え、それでいて違法の証拠を残さないことだが、そういう「悪知恵」が欲しいところだ。

 会社の前で集団でシュプレヒコールを上げたり、横断幕を張ったりするのも、企業イメージの悪化を誘っているという点で広義の「嫌がらせ」と言えなくもない。労働者が会社側に抵抗する上で、どうすれば最も会社側が嫌がるかという観点は重要だと思う。労使間の力関係は圧倒的に非対称である以上、弱い方がフェアプレイにこだわる必要などない

 《追記 2008/04/10》

 本文について読者の方から用語を誤用しているという指摘を受けた。
 本文中、労働者が不当に扱われている状態を「不当労働行為」と述べたが、法律が定める「不当労働行為」とは労働組合の活動に対する妨害を指し、私の用法は明白な誤りだった。基本的なミスで誠に面目ない。
 「不当労働行為」の部分を「不当な待遇」と訂正する
 心よりおわび申し上げます。
[PR]
by mahounofuefuki | 2008-04-09 17:33

犯罪報道は本当に変わったのか

 今日の朝日新聞電子版に「事件報道、扇情・過熱減る 『ロス疑惑』四半世紀」と題する記事が載っていた(朝日新聞2008/04/06 03:02)。1980年代と現在の「ロス疑惑」報道を比較し、センセーショナルな見出しが躍った四半世紀前から、容疑者を「犯人視」せず関係者のプライバシーに配慮するようになった現在への変容を取材する側が「自画自賛」した内容だ。以下、同記事より。
(前略) 「ロス疑惑」以降も大きな事件が起きるたびに、報道と人権の問題がクローズアップされる。
 ロス事件当時、既に容疑者呼称を始めていたNHKを除き、朝日を含む多くの報道機関は逮捕された人を呼び捨てにしていた。
 転機は89年。都内で起きた女子高校生コンクリート詰め殺人事件や、首都圏で4人の女児が殺害された連続幼女誘拐殺人事件を巡り、「過剰報道」批判が再び巻き起こった。東京都足立区の母子強盗殺人事件では、逮捕された3少年の「非行ぶり」がしきりに報道されたが、東京家裁は結局不処分の決定を言い渡す。
 この年に死刑囚の再審無罪もあり、朝日新聞の警視庁クラブサブキャップだった清水建宇さん(60)は「容疑者呼称は不要だと主張していたのが根拠を失った」と振り返る。この年から多くのメディアが容疑者呼称に踏み切る。容疑者を「犯人視」しない報道への取り組みも本格化した。
 しかし94年、松本サリン事件では、各社が被害者の河野義行さんを容疑者のように報じる問題が生じた。98年の和歌山カレー事件では逮捕前の容疑者の自宅を報道陣が40日間も取り囲んだ。
 メディア側では00年以降、報道検証の第三者機関を設ける試みが広がった。日本新聞協会は01年、集団的過熱取材(メディアスクラム)対策の見解を出した。
 三浦元社長の今回の逮捕報道は、四半世紀にわたる報道の変化を反映している。(後略)
 記事中で弁護士の喜田村洋一氏が指摘するように、容疑者だった三浦和義氏がマスメディア各社を名誉棄損で提訴し、多くの勝訴を勝ち取ったことで、事件報道の質がこの四半世紀である程度変化したのは確かだろう。
 しかし、推定無罪原則の無視関係者(被害者や容疑者やそれらの家族など)の戯画化集団的過熱取材(メディアスクラム)捜査当局発表への無批判など事件報道の問題の根幹は、「ロス疑惑」の頃から何も変わっていないように思う。光市母子殺害事件などの報道に至っては「ロス疑惑」よりも悪質になってさえいる。
 冷めた見方をすれば、今回の「ロス疑惑」再燃報道がかつてほど過熱していないのは、もはや三浦氏のキャラクターとしての賞味期限が切れる一方、新たな「エサ」もなく(何しろ今さらジミー佐古田氏のような「老兵」が引っ張り出される始末だ)、数字が取れる要素に不足しているからにすぎないのではないか。

 朝日の記事は触れていないが、この四半世紀で変わったのはむしろインターネットのような「報道の受け手」側が発信できる手段が存在するようになったことで、それらに露出した大衆のナマの欲求がマスメディアのセンセーショナリズムと共鳴していることである。 
 不特定多数が共時性を持ってコミュニケーションしうるインターネットは、一種の「祝祭」空間である。そこで大衆がメディアに求めるのは、「みんな」が「楽しめる」あるいは「泣ける」ような「ネタ」を提供してくれることである。そして単純な犯罪報道ほど「祝祭」的な「ネタ」はない。被害者でも加害者でもない「絶対的な第三者」として安心して楽しめるからだ。
 このような構造の下では、客観的な報道や冷静な報道は「祝祭」に水を差す「空気の読めない」行為としか映らない。マスメディアが大衆の要求に応えようとすれば、容易に過熱報道は激化する。

 容疑者の呼び捨てをやめたとか、自主規制機関が作られたといった形式的な事象の水面下では、むしろ事件報道を単なる「ネタ」として消費する社会状況が進行しているのである。「何のために事件報道があるのか、根本的に議論すべき」(青山学院大学教授の大石泰彦氏、前記記事より)であるなら、このことを見落としてはなるまい。
[PR]
by mahounofuefuki | 2008-04-06 13:22

炭疽菌事件と「テロとの戦い」の虚実

 2001年の9・11同時多発テロ以降、アメリカは「テロとの戦い」を最も重要な国家目標とし、アフガニスタンやイラクへの侵攻もその一環として行ったわけだが、いずれも「外のテロリスト」を「内」に入れないためという論理でもって戦争を正当化した。つまりアメリカにおいて「テロ」は国外から侵入するものであるという前提に立っていたのである。
 実は9・11以後、アメリカ国内を最も震撼させたテロは、何と言っても炭疽菌事件である。炭疽菌入りの郵便物が政府機関や報道機関に送り付けられ、実際に死者も出た。このテロの怖さは、たとえば小包や封筒に実際には炭疽菌が入っていなくても、表面に「炭疽菌」と書かれているだけで対象を脅迫することが出来ることで、まさに「恐怖を与える」という本来の意味での「テロ」であった。
 この事件は結局真相がわからないままウヤムヤとなる一方、アメリカ政府は対外戦争に邁進するのだが、今日になって次のようなニュースが伝えられた。共同通信(2008/03/29 10:10)より(太字強調は引用者による)。
 米FOXテレビは28日、2001年の米中枢同時テロ後に米国で起きた炭疽菌事件で、米連邦捜査局(FBI)がメリーランド州フォートデトリックの陸軍感染症医学研究所で炭疽菌研究にかかわった科学者ら4人を容疑者と特定、捜査を進めていると報じた。
(中略)
 同テレビによると、FBIが捜査対象としているのは、炭疽菌研究ではトップレベルとされる研究者、微生物学者ら科学者3人を含む4人。現在、郵便物に残された筆跡を4人と照合する作業中で、事件でどのような役割を果たしたかについては明らかにされていない。容疑者は4人からさらに絞り込まれる可能性がある。
 現時点では詳細は不明だが、当時からアメリカ国内の炭疽菌を扱う公的機関から漏洩したのではないかという疑惑を指摘されていた。常識的に考えれば、外国のテロリストの仕業とするより、よほど説得的であり、今回の容疑はかなり濃厚だと言えよう。
 炭疽菌事件が如実に示すように、テロとはあくまでも犯罪であり、「テロとの戦い」とは犯罪予防の範疇に含まれる。「外」からのテロの侵入のリスクよりも、「内」からのテロの発生のリスクの方がはるかに高いのである。報道の通り炭疽菌事件に軍の機関が関与していたとなれば、まさに足元を掬われたと言わざるをえず、テロと戦っているはずの組織の中に「テロリスト」がいたということになる。アメリカ政府の「テロとの戦い」の内実は非常に杜撰であるとしか言いようがない。

 炭疽菌事件の行方はアメリカがこれまで行ってきた「テロとの戦い」の正当性に疑問を投げかけている。アメリカに追随を続ける日本にとってもこの問題は他人事ではない。

【関連リンク】
NBCテロ
[PR]
by mahounofuefuki | 2008-03-29 21:33

JR岡山駅での突き落とし殺人事件について

 JR岡山駅で少年が列車待ちの人を線路に突き落して殺した事件。
 今や若者の犯罪に関する報道は大衆ののぞき見趣味を満たし、日常の鬱憤を晴らせる「公認の敵」を提供するための「娯楽」になっているのが現状であるが、私は被害者をダシにして「弱そうな加害者」(この国のチキン大衆たちは「強そうな加害者」には沈黙する。米兵とか、「ヤクザ」とか、自民党議員とか)をバッシングする趣味は全くないので、本来ならこんな事件はスルーするところである。
 しかし、この岡山の事件ではどうしても気になることがあるので発言せざるをえない。それは次の個所である(太字強調は引用者による、以下同じ)。
(前略) 成績はクラスで1、2番。「経理関係の資格を取りたい」と話していた。進学希望だったが、「大学に通うお金がない」と言っていったんあきらめたという。その際に成績が少し下がったものの、落ち込んだ様子はなかったという。年明けには担任が就職先の紹介を提案した。しかし、「自分で働いてお金を稼いで大学に行きたい」といって断ったという。(後略) (朝日新聞 2008/03/26 15:05)

(前略) 学校関係者によると、少年は大阪北部の府立高校を今春卒業したばかり。おとなしく真面目な性格で、放送部に所属し、高校3年間で欠席はわずか2日しかなく、高校から「精勤賞」をもらっていた。日ごろから問題行動はなく、2月29日に行われた卒業式に出席した際も特に変わったところはなかったという。成績もよく、大学への進学を希望していた。しかし、家庭の経済的な理由で断念し、「自分で仕事を探してお金をためてから、大学に進学したい」と前向きに話していたという。(後略) (毎日新聞 2008/03/26 15:00)
 要するに、成績優秀だったのに家庭が貧乏なため大学進学を断念したのである。真偽不明だが東京大学を志望していたという情報もある。「貧困と格差」の拡大により貧困層が学業を放棄させられたり、進学を断念させられる事例が近年増加しているが、岡山の少年もまさに「金持ち優遇」の新自由主義の犠牲者なのである。
 マスメディアは「殺せば刑務所に行ける」「誰でもよかった」という点を強調して犯行の卑劣さを印象付けようと躍起だが、これらは「刑務所に入りたくなるほど社会に疎外感を持っている」「殺す相手が誰でもよいほど社会全般を憎んでいる」という意味であり、貧しく恵まれない(しかし奴隷の身に甘んじるほどの諦念はない)若者が幸福に生きる権利を日本社会が閉ざしたことを読み取らねばならない。

 私がこの少年の表出されない悲鳴に対し敏感に反応するのは、自分が下層のブルーカラーの子として生まれ、しかしながら幾許の「努力」と「運」で「一流大学」に進むことができた幸福な過去を有しているからに他ならない。時と場所が違えば私は彼だったかもしれないが故に、とても他人ごととは思えないのだ。
 報道では彼が中学校時代にいじめに遭った経験があるとか、キレやすくて「殺してやる」と叫んだとか、彼の履歴から「犯罪者」になる必然性を探そうと躍起だが、そんな経験は誰にでもある。少なくとも私はいじめに遭ったこともあれば、キレて教室で暴れて備品を破壊したこともあるが、殺人を行ったことも行おうと思ったこともない。今後も決してないだろう。
 犯罪の原因は彼の履歴にはない。それは日本社会の仕組みの中にこそある。この国が教育費を全額国庫で負担するような福祉国家だったら、彼が今回のような凶行に及ぶことはなかったと断言できる。この事件の「真犯人」は、貧乏人が進学できないような不平等社会を作り上げた財界・政府・自民党・公明党などのハイエナたちであり、それらを支持した有権者である。

 罪なくして殺された被害者は本当にあわれだ。被害者は竹中平蔵や小泉純一郎や宮内義彦や奥田碩や御手洗冨士夫や八代尚宏らの罪を背負わされて死んだのだ。彼は地方公務員だったという。今は「かわいそうな人」として同情を集めているが、場面が異なれば大衆の「公務員バッシング」の餌食になっていたかもしれない。弱者が弱者を殺す。「四角いジャングル」。罪と罰。絶望。線路に突き落した者、線路に突き落された者。線路に突き落されるべき者。
 被害者の父親の言葉が胸に響く。
(前略)「はらわたが煮えくりかえる思い。孫たちは泣くばかりで、どう慰めていいのかわからない。このような事件は息子で最後にし、少年は罪を償って社会復帰したら、世の中のためになるような人になってほしい」と話した。(後略) (読売新聞 2008/03/26 16:04)
 事件直後で相当なショックがあるだろうに、少年に罪を償う機会を与えようというのである。「少年を死刑に」と叫ぶ方がよほど楽だろう。この言葉が少年に届いているだろうか。
 「真犯人」たちに問いたい。あなたがたは「世の中のためになるような人」かと。おそらく厚顔無恥な彼らは「世の中のために働いている」と答えるのだろう。彼らの「世の中」は六本木ヒルズの中なのだろうか。

 涙でディスプレイが曇って見える。怒りと悲しみで今宵は眠れそうにない。
[PR]
by mahounofuefuki | 2008-03-27 00:22

米軍の年間性犯罪2700件から見えるもの

 沖縄の在日米軍軍人による中学生暴行事件は、被害者に対する中傷の嵐と日米両政府のおざなりの「防止策」で幕引きされ、過去の類似の事件と同様、多くの人々の記憶から消えつつあるが、我々が忘却しても被害者が負った傷は癒えるわけでもないし、何より中途半端な幕引きにより今後も同様の事件が引き起こされるのは確実である。
 そんな中、アメリカ国防総省がアメリカ軍の軍人による性暴力事件が1年間で2700件近くに上るという報告書を議会に提出したという。以下、時事通信(2008/03/15 14:41)より(太字強調は引用者による)。
 米国防総省は14日、2006年10月から07年9月までの1年間で、米軍兵士によるレイプなど性暴力事件が2688件に上ったとの報告書をまとめ、議会に提出した。米軍当局は将兵の性暴力防止対策を強化しているが、発生件数はほぼ前年並みだった。
 国防総省は性暴力事件の扱いについて、プライバシーに配慮して被害者の身元を所属司令部にも報告しない「匿名事案」と「非匿名事案」の2つに分類。非匿名事案は2085件に上り、そのうち6割の1259件がレイプ事件だった。その被害者は米兵が868人、米兵以外の被害者は391人となっている。
 また、性暴力事件全体の加害者のうち、181人が軍法会議に掛けられたほか、201人が司法手続きを伴わない軍紀による罰則を科せられるなどした。
 こういう問題ではたいてい表面化するのは「氷山の一角」なので、実際はもっと多いだろう。しかも事件数に比べて処罰対象者数がかなり少なく、「未解決」の事件が相当多いことやそもそも軍による処分が甘いことが窺える。また、アメリカ兵の被害者も多く、軍の外だけでなく軍の中でも性暴力が後を絶たないこともわかる。
 年間少なくとも2700件の性暴力という事実からは、在日米軍に限らずアメリカ軍全体が風紀に問題を抱えていることが見えてくる。記事では事件発生地域の詳細が不明だが、アメリカ軍は全世界に展開しているので、アメリカ軍による性暴力も世界各地に拡散していると考えなければならない。

 現在、日本の米軍基地問題は、専ら基地を抱える個々の地域の「特殊な問題」として扱われ、全国的な問題になりにくい。沖縄で何かあればそれは「沖縄の問題」とされ、岩国で何かあればそれは「岩国の問題」とされる。佐世保でも横須賀でも横田でも座間でも米軍基地・演習地などを抱える地域はすべてそうである。
 そしてこの状況は日本だけではなく、アメリカ国内も含む米軍基地を抱える各国でも同様なのではないか。私も含め一般に在日米軍に問題が起きると、それを日米安保体制に起因すると考える人々が多いし、それは事実ではあるが、同時に在日米軍に限らずアメリカ軍が世界各地で問題を引き起こしていることを常に念頭に置く必要があるだろう。

 日本国内でさえ基地を抱える諸地域が分断されて、問題を共有するのが難しい中では非常に困難だが、世界各地に散らばる米軍基地を抱える諸地域の連帯が必要だと思う。少なくとも情報交換ができる状況を作ることは決して不可能ではないと考える。
 市民運動レベルではそういう動きがわずかながら存在するようだが、これを地方行政レベルで行えるのが望ましい。単に「米軍は母国へ帰れ」では仮に米軍が帰国しても米軍による性暴力はアメリカ国内では続く。アメリカを含む全世界の「基地の街」で何が起きているか情報を共有し、そこから共通する問題で共闘することもできるのではないか。

 基地問題を根本的に解決するには、日本の基地の実態をアメリカを含む国際社会へ訴えていくことで、問題を「国際化」する必要があると思っている。それは同時に外国の基地問題を日本の市民が共有する必要があることを意味する。
 あまりに抽象的で、私には具体的な手立ては全くないが、グローバルな情報伝達が可能になった現在だからこそ「基地の街のネットワーク」の形成は可能なのではないか。こうした試みが本当の意味で戦争抑止につながるとも考えている。
[PR]
by mahounofuefuki | 2008-03-17 17:47

アメリカ兵のためにも日米安保体制解消への道筋が必要だ

 沖縄での女子中学生暴行事件を機に、在日米軍は2月20日から沖縄在留の軍人・軍属及びその家族の外出禁止措置をとっていたが、その間も米兵の犯罪は後を絶たなかった。2月26日には海軍の将校が乗用車事故を起こし、3月1日には軍属が覚醒剤使用容疑で逮捕、さらに3月2日には空軍の兵士が沖縄県建設業協会の事務所に窓を割って侵入するという事件を起こした。
 これだけ不祥事が続いたということは、外出禁止措置なるものが米兵の犯罪防止に全く実効性がなかったことを証明したようなものだが、沖縄駐留米軍は3日、軍人の夜間外出を除き禁止措置を解除し、「反省の期間」の終結を着々と進めている。一連の展開は小手先の犯罪防止策ではなく、在日米軍の駐留の可否そのものを俎上に上げない限り、米兵犯罪の根絶にはつながらないことをはっきりと示していると言えよう。

  一方で、なぜこんなに在日米軍の犯罪が多発するのか、米軍側の構造的要因も真剣に考えねばなるまい。
 最近発表された外務省・防衛省の資料によると、沖縄駐留米軍だけでも軍人が22,772人、軍属が2,308人で、計2万5000人以上に上る。同じ2万5000人規模の企業で果たして10日余りで3人も逮捕者が出ることがあろうか。米兵の犯罪率は一般社会に比べてあまりにも高い。
 結局のところ米軍の構造に犯罪を誘発するような問題があると結論づけるほかないだろう。よく知られているように、現在アメリカでは徴兵制が停止されていて事実上の志願兵制が採用されている。その結果、兵士の多くは移民系住民をはじめとする貧困層で、軍のリクルート活動も専ら貧困層をターゲットにしている。そうやって集められた兵たちが、日本という見知らぬ地で「公認された殺人者」となるべく訓練を受けている。
 兵たちのストレスや不安は相当なものだろう。それでいて軍隊特有の暴力性と嗜虐性と特権意識、本国ではできないようなことも「占領地」ではできるという気の緩みと日本人への侮蔑意識などがないまぜとなって、酒や薬物や性的暴力に「逃避」しているのではないか。

 ある意味で米兵たちもまた犠牲者であろう。軍隊という檻に囲い込まれ人間性を剥奪されているという点で。もちろんだからと言って彼らの行いを免罪することはできないが、むしろあわれな米軍兵士のためにも日米安保体制は解消しなければならないのではないか。
 在日米軍の問題は現在、基地を抱える地域だけの問題になってしまっていて、全国の人々が問題を共有できていないが、兵を送り出しているアメリカの人々にはそれ以上に在日米軍の実態がほとんど伝わってはいまい。日米安保体制の問題を「地域の問題」から「日本全国の問題」へ、さらに「日米両国の問題」へと市民レベルで広げることが何としても必要だろう。

【関連リンク】
在日米軍の施設・区域内外居住(人数・基準)-外務省・防衛省*PDF
[PR]
by mahounofuefuki | 2008-03-04 21:59

米兵の暴行事件、イージス艦事件、「ロス疑惑」再燃の共通項

 『週刊文春』の「疑惑の銃弾」と題する記事をきっかけに、いわゆる「ロス疑惑」がマスメディアを騒がした当時、私は小学校に上がったか上がらないかという年齢であり、事件そのものについては全く理解できなかったが、「三浦和義」という名前とテレビに何度も映された彼のサングラス姿だけは鮮明に記憶に焼きつけられた。
 今にして思えば、あの事件こそ刑事事件を大衆の「娯楽」にするワイドショー型事件報道のはしりだったわけで、幼児の脳裏に残るほどテレビの影響力は絶大だったことを改めて認識しなければならない。

 周知の通り「ロス疑惑」の核心である三浦和義氏の当時の妻が銃撃された事件について、日本の最高裁では三浦氏の無罪判決が確定している。今になって突然アメリカの警察当局がサイパンに滞在していた三浦氏の身柄を拘束したことに疑念が出るのも当然である。
 特に在日アメリカ軍の軍人による暴行事件をはじめとする一連の不祥事や海上自衛隊のイージス艦「あたご」が漁船に衝突した事件から、マスメディアの矛先を変えさせるための「陰謀」を疑う声が出ている。たとえば日頃「陰謀論」を批判しているきまぐれな日々でさえ、「日本国民の目をそらさせたいであろうアメリカによる「陰謀」を疑いたくなってしまう」と述べるほどだ。

 私には「陰謀」説を肯定することも否定することもできない。ただ、私が思ったのは米兵の暴行事件、「あたご」事件、そして今回の三浦氏の逮捕の3つに共通するのは、「アメリカの横暴」が背景にあるということである。
 暴行事件については言うまでもない。日米安保体制と在日米軍の存在が「公認された殺人者」たるアメリカ兵を野放しにし、市民生活を脅かした。「あたご」事件は日本の自衛隊の問題だが、そもそもイージス艦は日米軍事一体化の過程で、特にアメリカ主導のミサイル防衛システムの構築と関わって建造されたことを考えると、結局はアメリカの軍事戦略が事件の遠因とも言える。いずれも日本に従属的軍事パートナーの役割を押し付けるアメリカの対日政策が通奏低音となっていることは疑いない。

 そして、今回の「ロス疑惑」の件。確かに事件そのものはアメリカ領内で発生したので、今もアメリカには裁判権があるし、ロスアンゼルスを含むカリフォルニア州の州法では殺人罪に公訴時効がない。逮捕や起訴の手続きは合法だろう。
 しかし、日本ではすでに無罪が確定し、時効も過ぎている。日本国憲法第39条は「同一の犯罪について、重ねて刑事上の責任を問われない」と、国際人権規約もB規約第14条で「何人もそれぞれの国の法律及び刑事手続に従って既に確定的に有罪又は無罪の判決を受けた行為について再び裁判され又は処罰されることはない」と定めている。いわゆる一時不再理の原則で、条文上は別の国での裁判や処罰を妨げないが、本来刑事訴訟については慣習上、国際間でも適用されるべきである。
 さらに日米間には犯罪人引き渡し条約が存在する。条約第4条は「引渡しを求められている者が被請求国において引渡しの請求に係る犯罪について訴追されている場合又は確定判決を受けた場合」は引き渡しを行わないと定めている。この規定故にアメリカ側はたとえ「新証拠」があっても、日本側に「確定判決を受けた」三浦氏の身柄引き渡しを要求することができない。条約上身柄引き渡しができない者を、たまたま自国領内にいたからという理由で逮捕勾留するのは人道上疑問が残る。

 「ロス疑惑」の再燃で在日米軍や自衛隊の不祥事が霞むのを心配するのならば、むしろこれらをつなぐ共通項である「アメリカの無法と横暴」を強調する必要があるだろう。

《追記》

 本文中「一時不再理」は誤字で、正しくは「一事不再理」でした。おわびして訂正します。

【関連リンク】
きまぐれな日々 突然の三浦和義氏再逮捕と「9.11」の因縁
日本国憲法-法庫
市民的及び政治的権利に関する国際条約(B規約)第三部-外務省
日本国とアメリカ合衆国との間の犯罪人引き渡し条約-国際法研究室
[PR]
by mahounofuefuki | 2008-02-25 12:31