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「日中歴史共同研究」について~委員人選の偏り

 日本・中国両政府の合意によって設立された「日中歴史共同研究」の第3回会合が1月5~6日に北京で開かれ、今年7月までに東京で開催する最終会合で研究成果をまとめた報告書を作成することが決まったという(毎日新聞 2008/01/06 19:39、時事通信2008/01/06 18:16など)。
 この「日中歴史共同研究」は2006年10月の日中首脳会談で立ち上げが決まったものだが、この会談は小泉純一郎元首相の靖国神社参拝強行で冷却化した日中関係打開のために、安倍晋三前首相が就任直後に中国を訪問して実現したもので、その経過からも非常に政治的なプロジェクトである。歴史認識をめぐっては日本対中国という国家間の対立よりも、両国の国内における対立の方が深刻であり、そうした実態を軽視して国家間の外交レベルの問題にすり替えるのはいただけない。しかも、2002年に始まり現在も続く「日韓歴史共同研究委員会」と同様、委員の人選が偏向しており、政府にははじめから合意する意思がないのではないかという疑念が拭えないのである。

 「日中歴史共同研究」では両国の各10人の専門家が委員となっているが、近現代史分科会には文学部系統の歴史学専攻研究者が1人もいない。東京大学教授の北岡伸一氏は近代政治外交史の第一人者で『日本陸軍と大陸政策』という名著があるが、近年は自民党タカ派のブレーンであり、国連次席大使も務めるなど、非常に政治的な人物である。筑波大学副学長の波多野澄雄氏はアジア・太平洋戦争期の外交史の研究者だが、昨年の当ブログで指摘したように、教科用図書検定調査審議会の委員で、沖縄戦の「集団自決」に関して文部科学省の言いなりになった人である。大阪大学教授の坂元一哉氏は戦後の日米関係史の研究者だが、安倍晋三が集団的自衛権行使のお墨付きをもらうために作った諮問機関「安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会」のメンバーで、日米同盟を讃美する論調を繰り返している親米タカ派である。
 あとの2人、慶応義塾大学教授の小島朋之氏と防衛省防衛研究所戦史部第1戦史研究室長の庄司潤一郎氏については、私はその著書・論文とも読んだことがないので明言はできないが、小島氏はプロフィールを見る限りでは現代中国政治の研究者で、どうも歴史学者ではないようで、庄司氏は防衛研に勤務しているものの、業績の書題から判断すると戦史というよりも国際関係史の研究者のようである。
 外務省発表の第2回会合の合意内容によれば、近現代史分科会が扱う時期は1840年のアヘン戦争から現在にいたる長期にわたり、「日中における歴史認識、歴史教育等について」というテーマも設定されている。しかし、この委員では現代外交史に専攻が偏っており、たとえば日清戦争や日露戦争などの専門家がいないし、ましてや歴史教育論の研究業績など全くない。共同通信(2008/01/06 17:15)によれば、南京大虐殺についても議論したようだが、このメンバーはいずれも南京事件研究の素人で、まともな議論ができたとはとうてい考えられない。主要テーマごとに専攻の研究者を選ぶ方法を採らず、政府の息のかかった学者ばかり選ぶからそういうことになったのである(ただしいわゆる歴史修正主義者=歴史偽造趣味者は除いている)。

 ちなみに、北東アジアにおける歴史認識の溝を埋めて、一国史を超えた歴史叙述を形にする試みは民間の方がはるかに先行している。
 特に有志の歴史学者や歴史教育者による日中韓3国共通歴史教材委員会が3年間の討議と研究を経て2005年に完成させた『未来をひらく歴史 東アジア3国の近現代史』(高文研)は、版を重ねて副教材として教育現場でも使われている。この時も特に日中間では記述を巡って衝突があり、何度も修正を重ねて相互が歩み寄って完成にこぎつけた。
 また、日韓両国間では東京学芸大学とソウル市立大学の研究者が中心となって『日韓歴史共通教材 日韓交流の歴史』(明石書店)が刊行されている。これは10年がかりで完成させたもので、先史時代から始まる通史である。
 いずれも教材用なので、政府間のプロジェクトと同列には論じることができないが、はじめから時には国家支配層の利害のために史実を隠蔽することも厭わない国家主義者だけを送って、「両論併記」で終わらせることを目論む政府の不誠実な姿勢と比較するとき、国家の壁を越えて歴史認識の共有化を図る試みはやはり評価せねばなるまい。

 とりあえず今年夏にできるという「日中歴史共同研究」の報告書を期待しないで待つことにしよう。

【関連リンク】
外務省:日中歴史共同研究(概要)
外務省:日中歴史共同研究第2回会合(概要)
財団法人 日韓文化交流基金 日韓歴史共同研究委員会
日韓歴史共通教材【明石書店】
第2版 未来を開く歴史-高文研
日本での反応は?日中韓共同編集『未来をひらく歴史』完成-JANJAN
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by mahounofuefuki | 2008-01-06 23:33

教科用図書検定調査審議会が聴取した「専門家」の意見について

 教科用図書検定調査審議会日本史小委員会が訂正申請に際して聴取した専門家9人のうち、8人の氏名と意見の要旨が公表された(北海道新聞2007/12/27朝刊)。新聞に記載された要旨から次のように整理できる。

 「集団自決」を日本軍の「強制」とする立場を明確にしているのは、沖縄県史編集委員の大城将保氏と関東学院大学教授の林博史氏。大城氏は「『敵の捕虜になる前に潔く自決せよ』という軍命令は沖縄全域に徹底されていた」と「軍命」の存在にも言及し、林氏は「沖縄戦での『集団自決』が、日本軍の強制と誘導で起きたことは沖縄戦研究の共通認識」と軍による「強制と誘導」を強調している。

 「強制」と明言してはいないが、軍の存在と「集団自決」の因果関係を認める立場をとるのは、山梨学院大学教授の我部政男氏、琉球大学教授の高良倉吉氏、沖縄学研究所所長の外間守善氏。我部氏は「沖縄戦末期にいわゆる『集団自決』が事実として起こった。その背景に『軍官民一体化』の論理が存在していたことは明確だ」とし、「軍命令」は「軍官民一体化」の論理の範囲に入ると指摘している。高良氏は「目前の住民の生死より作戦遂行を至上とした軍の論理があり、軍民雑居状態を放置した。慶良間諸島での集団自決も、軍の結果責任は明らかで、軍側の論理の関与を否定できる根拠はない」と軍の「関与」を強調している。外間氏は「沖縄県民十余万人を犠牲とした、集団自決を含む責任は日本国にある」「沖縄における軍の存在は脅威だった」と軍の「脅威」を強調している。

 「強制」を狭くとらえ、軍と「集団自決」の因果関係を否定しているのは、現代史家の秦郁彦氏、防衛省防衛研究所戦史部客員研究員の原剛氏。秦氏は「渡嘉敷島を中心に考察するが、集団自決の軍命説は成立しない。自決の「強制」は物理的に不可能に近い」「攻撃用手榴弾の交付と集団自決に因果関係はない」と軍命を全面否定し、軍の「関与」も否定している。原氏は「沖縄戦では戒厳令は宣告されず、軍に住民への命令権限はなかった。関係者の証言によると、渡嘉敷・座間味両島の集団自決は軍の強制と誘導によるものとはいえない」と大江・岩波訴訟の原告側証言のみを根拠として「強制と誘導」を否定し、さらに住民は「自ら死を選び自己の尊厳を守ったのだ」と「自決」を美化さえしている。

 軍の関与の度合いについてはっきりしないのが帝京大学講師の山室建徳氏で、ただ「先祖伝来の地に住む沖縄県民の多くは『集団自決』の道をとらなかった。一部の軍が住民に自決を強要したとだけ記述するのは、事実としても適切ではない」と「集団自決」が県民の少数派であることを強調し(これは前述の秦氏も渡嘉敷の「自決者は全島民の3割に及ばず」と強調していた)、軍の「強制」「関与」とも少なくとも教科書に記載することには反対している。

 専門家といっても実際は沖縄戦の研究業績のない研究者が含まれている。高良氏は中世・近世史の研究者で琉球王国の専門家である。秦氏は軍事史の研究者ではあるが、一般には沖縄戦の研究者とは目されていない。山室氏は政治史の研究者で、歴史修正主義グループに参画する東京大学名誉教授の伊藤隆氏の門下である。
 文部科学省は訂正申請に際して専門家に意見聴取する前から、軍の「関与」は認めるものの、軍の「強制」はあくまで認めないという方針を固め、「関与」説が多数ないし「中立」になるよう恣意的な人選をしたと考えられる。
 *ただし意見書の全文を読んでいないので、当ブログの整理・分類が不正確な可能性はある。

 なお長らく非公表だった教科用図書検定調査審議会の日本史小委員会の委員も8人中7人が公表された。九州大学大学院教授の有馬學氏、國學院大學教授の上山和雄氏、筑波大学副学長の波多野澄雄氏、駿河台大学教授の広瀬順晧氏、國學院大學名誉教授の二木謙一氏、学習院女子大学教授の松尾美恵子氏、国立歴史民俗博物館教授の吉岡真之氏である。
 このうちすでに当ブログで指摘した有馬、上山、波多野、広瀬各氏が近代史専攻である。

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by mahounofuefuki | 2007-12-27 12:03

文部科学省はやはり「軍の強制」を認めなかった~「追いこまれた」と「強いられた」の差

 沖縄戦における住民の「集団自決」をめぐる高校用日本史教科書の検定に関し、教科用図書検定調査審議会が教科書会社側の訂正申請を受理し、文部科学大臣に報告した。
 共同通信(2007/12/26 15:25)や朝日新聞(2007/12/26 15:06)は「軍の強制」の記述が「事実上」認められたと報じたが、これに対して沖縄タイムスや琉球新報は号外を出し「軍の強制」が認められなかったと報じ、時事通信(2007/12/26 17:33)も「軍による『強制』『強要』などの表現は認めなかった」としている。検定結果に対する反応がメディアによって全く異なるので混乱している人も多いだろう。
 今回の訂正結果を含む各教科書の記述の変遷は沖縄タイムスの電子号外2面が詳しいので、それぞれ自身の眼で参照してほしい。
 沖縄タイムス 号外 教科書検定による「集団自決」記述の変遷*PDF

 結論から言うと、文部科学省は結局「軍の強制」を認めなかった
 日本軍に「自決」を「強いられた」「強制された」といった記述を認めず、日本軍の「関与」によって「自決」に「追いこまれた」「追いやられた」といった記述に変えさせた。春の検定意見では日本軍の「関与」すら一切認めなかったのに比べれば、少しはましになったと言えるが、文部科学省側は「軍の強制」という記述には頑なに抵抗した。
 教科書執筆者の尽力で、日本軍という主語が復活し、特に実教出版は「強制的な状況」という記述を通したが、それでも「強いられた」ではなく「追い込まれた」という以上、軍が「自決」せざるをえない状況は作ったが、あくまでも「自決」そのものの契機は住民にあるという解釈が可能になる。文部科学省は、軍が「自決」を強いたという通説をどこまでも否定しようとしているのである。

 沖縄戦研究の第一人者である関東学院大学教授の林博史氏は「研究者としても、これまでの研究成果を反映していないどころか否定した検定で、受け入れられない」と今回の訂正を批判している。沖縄の人々もこれでは容認できないだろう。
 また、教科書検定過程に加えて、今回の訂正申請過程も不透明なことが多い。表向きは教科書会社の訂正申請を審議会が受理したという建前になっているが、事前の相次ぐ報道の通り、訂正申請の内容に教科書調査官が深く介入したことは間違いない。昨年来の検定の全過程を徹底的に検証する必要があるだろう。

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by mahounofuefuki | 2007-12-26 20:20

文部科学省は「軍の強制」否定に固執した~「集団自決」検定問題は終局へ

 沖縄戦における住民の「集団自決」をめぐる教科書検定の現在の動向がほぼ明らかになった。
 当ブログは12月7日の記事で「依然として文部科学省が『軍の強制』を明記することに抵抗している」と指摘し、教科用図書検定調査審議会が「軍の強制」を容認したと報じた共同通信など一部の報道を否定したが、当の共同通信が今日になって誤報を改めた。
 以下、共同通信(2007/12/22 00:00)より(太字は引用者による)。
 沖縄戦の集団自決をめぐる高校日本史教科書の検定問題で、日本軍による強制があったとの記述で訂正申請していた複数の教科書会社と文部科学省の教科書調査官との間で、「強制」の文言使用を避ける形で記述内容の“調整”をしていることが21日、関係者の話で分かった。
 教科書検定審議会は軍の強制記述を削除・修正させた検定意見を撤回しない一方で、一定の条件付きで「事実上の強制」を示す記述を容認する考えを示していたが、「強制」という文言そのものの使用は認めない方針のもようで、調査官が検定審の意向を伝えたとみられる。(後略)
 沖縄のメディアはさらに詳細を伝えている。沖縄タイムス(2007/12/22朝刊)によれば、教科書調査官側は、「日本軍」を主語とした「強制」「強いた」という文言を使わないよう教科書会社側に求め、「日本軍の強制」と「集団自決」の背景を併記して訂正再申請した会社も、結局それに沿って訂正再々申請したという。また、琉球新報(2007/12/22 09:43)によれば、審議会は「日本軍」を主語とすることは認めたが、「強制」ではない「関与」にとどめているという。
 さらに前記琉球新報の記事は、12月4日に審議会が教科書会社側に示した「指針」で、「今後の調整は教科書調査官に委任する」と述べていたことも明かしている。当ブログが以前から指摘してきたように、現行の教科書検定では教科用図書検定調査審議会は有名無実化し、教科書調査官の役割が増大しているが、今回も審議会は調査官に丸投げし、一方的に教科書発行者に「指針」を押し付けたのである。これではもはや「検定」というより「検閲」であり、戦前の国定教科書と何ら変わりがない

 そもそも今回の検定問題は、前回までの検定を通過していた記述に対し、何ら正当な根拠もなく今回になって突如検定意見が付されたことに端を発する。前回検定から今回検定までの間に、通説を覆すような学術論文が発表されたわけではない。非学問的な要因によって教科書が書き換えられたのである。
 当初の申請本では、すべての「集団自決」が日本軍の「強制」だったとは書いていない(「日本軍によって強いられた人もあった」というような記述)。ところが、検定意見は一切「日本軍」を「強制」の主語とすることを禁じた(当ブログの沖縄戦の「集団自決」に関する教科書検定問題の資料を参照)。実際は「軍命」もあったし、軍のいない所では「集団自決」が起きていない以上、すべての「集団自決」に軍が関与していると言ってもいいのだが、いずれの教科書も慎重な姿勢だったのである。
 ところが文部科学省は教科書会社や執筆者のそんな慎重な姿勢をも吹き飛ばし、史実を隠蔽した。文部科学省は歴史学の研究状況を無視し、歴史修正主義者らの政治的介入によって検定を歪めたのである。

 その後、沖縄県民をはじめとする世論の強い批判を受けて、検定の再申請が行われたが、前述のように依然として文部科学省は姿勢を改めず、相変わらず当初の検定意見に固執していることが明白になった。やはり当ブログが以前指摘したように、この問題は時間との戦いであり、教科書会社側は文部科学省に従うほかない。検定審査を通らなければ、教科書を発行することはできず、出版社は確実に倒産する。残念ながらそうした弱みがある限り、検定の壁を突破することは難しい。
 改めて文部科学省による教科書検定制度の廃止を含む全面的な見直しを提起したい。同時に自らの学問的良心よりも政治的な自己保身を優先した教科書検定調査審議会日本史小委員会の4人の委員(別記)と教科書調査官に厳重な抗議の意を示したい。

《別記》
 教科書検定調査審議会の日本史小委員会のメンバーは次のとおり。
九州大学大学院教授 有馬学
國學院大学教授 上山和雄
筑波大学教授 波多野澄雄
駿河台大学教授 広瀬順晧
 有馬氏と広瀬氏が、歴史修正主義グループに参画する東京大学名誉教授の伊藤隆氏の門下ないしは深い関係にあることは、当ブログが指摘し、その後国会でも明らかになった。上山氏は伊藤氏が教授だった時期に東京大学大学院に在籍し、当然伊藤ゼミにも出ていたと思われるが、彼は一般には同時期に東京大学教授だった高村直助氏の門下と目されている。波多野氏は政治学畑で「文学部系統」の歴史家ではないが、かつて家永教科書訴訟で被告の国側の証人として出廷したことがある。
 教科書調査官については教科書改竄の「黒幕」参照。


《追記 2007/12/25》

 NHKニュース(2007/12/24 18:37)によれば、教科書会社6社中、5社の訂正申請に対し、教科用図書検定調査審議会は「住民に対する日本軍の直接的な命令を示す資料は見つかっていない」という理由で、「事実上の修正」を求め、教科書会社側は修正して申請したという。国策放送であるNHKが報じたことで、事態はよりはっきりしたと言えよう。文部科学省の姿勢は今春の検定意見の段階から何ら変わっていない。これは日本の支配層が「沖縄」を切り捨ててまで「日本軍の名誉」を重んじたことを意味する。歴史修正主義勢力に屈したと言っても過言ではない。

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by mahounofuefuki | 2007-12-22 12:25

南京大虐殺を告発して「自決」した軍人

 今日12月13日は、日中戦争のさなか日本軍が中国の南京を陥落させてから70周年にあたる。
 周知の通り、日本軍は南京への進軍から南京城内外での戦闘、さらに陥落後の占領に至る過程で、多数の捕虜、投降兵、敗残兵、住民の老若男女らを虐殺、強姦し、放火や掠奪の限りを尽くした(南京大虐殺)。残念ながら日本ではいまだにこの事件を否定しようとする人々が後を絶たないが、南京大虐殺は現地軍の軍人の日記や出征部隊の日誌などからも実証されている厳然たる事実である。

 ところで、今年9月に発売された『世界』10月号に、評論家の日高六郎氏の「戦後の憲法感覚が問われるとき」というインタビュー(聞き手は保坂展人氏)が掲載されていたが、その中で、敗戦直後に「自決」した高級軍人が遺書で南京大虐殺に言及しているという話がずっと気になっていた。もしかすると有名な話なのかもしれないが、私は初耳だったので調べてみると、確かに日高氏が1960年代に編纂した敗戦前後の言論を集めた資料集にその遺書が載っていた(日高六郎編『戦後日本思想大系1 戦後思想の出発』筑摩書房、1968年)。

 その軍人とは親泊朝省(おやどまり・ちょうせい)という人である。1903年沖縄生まれ、陸軍士官学校の第37期生で、騎兵科を首席で卒業した俊英だったという。アジア・太平洋戦争の戦局の転換点となったガダルカナル島の戦闘に第38師団の参謀として従軍、1944年からは大本営陸軍部の報道部に勤務し、敗戦時には報道部長で終戦処理にも関与した。日本政府と軍が降伏文書に調印した1945年9月2日、自ら妻子を殺害し、自身も自殺した。死の直前、8月20日付で「草莽の文」と題する遺書を書き、陸軍の関係者に配布した。
 日高氏によれば、親泊の弟と日高氏の兄が親友だった関係で遺書を入手し、資料集に紹介したという。遺書の内容は「皇国の天壌無窮を絶対に信ずる」という典型的な皇国史観に彩られており、「大東亜戦争は道義的には勝利を占めたが、残念乍ら国体の護持は困難になった」といった精神主義色が濃厚な代物だが、日本軍の行為に対する反省の弁を述べている点に特徴がある。以下、その反省の部分を引用する。そこで南京大虐殺にも言及している(太字は引用者による)。
(前略)
 明治維新なって建軍の本義漸く明らかになり、国運之に伴って隆々とし来り、国軍の威容重きをなすに従って、我等軍に従うものまた自ら反省すべきものがあったのではなかろうか。
 軍の横暴、軍の専上と世に専ら叫ばれることに就て、私は自ら反省して自らはずべきこと少なからざるものあるを悟るのである。
 例えば、満州事変、支那事変の発端の如き、現地軍の一部隊、一幕僚の独断により大命をないがしろにした様な印象を与え、満州事変以来みだりに政治に干与して事更に軍横暴の非難を買うが如き態度を示したが如きはそれである。
 また外征軍、特に支那に於て昭和十二、十三年頃の暴状は遺憾乍ら世界各国環視の下に日本軍の不信を示したといえる。即ち無辜の民衆に対する殺戮、同民族支那人に対する蔑視感、強姦、掠奪等の結果は、畏れ多き事ながら或る高貴な方をして皇軍をして蝗軍と呼ばしめ奉るに至ったのである。
 斯くて皇軍の権威は地を払い、我が陸軍は海軍とも相克対立を示すに至っては、官は軍を離れ、民も亦漸く軍を離れる次第となったのである。(後略)

 *親泊朝省「草莽の文」(日高六郎編『戦後日本思想大系1 戦後思想の出発』筑摩書房、1968年)p.p.67-68より。用語や仮名遣いに今日では不適当なものがあるが、原文のままとした。
 「昭和十二、十三年頃の暴状」とは言うまでもなく1937-38年の南京戦及び占領下での日本軍の行いを指す。また、日高氏によれば日本軍を「蝗」=「イナゴ」と呼んだ「或る高貴な方」とは皇族の東久邇宮稔彦(ひがしくにのみや・なるひこ)王だという(東久邇宮は敗戦後、昭和天皇の要請で首相となるが、政府・軍の戦争責任を曖昧にした「一億総懺悔」論を唱えて反発を呼び、さらに強力な占領改革についていけず短命政権で終わった)。

 注目すべきは、この遺書は連合国の占領が始まる前に書かれたものであり、その頃日本国内で南京大虐殺を知っていたのは、実際に南京戦・占領に参加した軍の将兵と政府・軍の高官以外にはほとんどいなかったことである。一般の人々がまだ真実を知らず、国家も隠蔽を続けていた時期に事件を告発した意味は大きい。
 妻子を道連れに「自決」するような身勝手さや、今日から見れば時代錯誤な国家観・歴史観はともかく、「大日本帝国」と日本軍の再建を願うが故に、自軍の「汚点」をあえて告発した親泊と、自己が信じる「物語」のために史実を一向に認めようとしない現在の歴史修正主義者との間には、深い溝があるように感じるのは私だけだろうか。

 奇しくも今日、欧州連合(EU)議会が「従軍慰安婦」問題に関し、日本政府に清算を求める決議を行う見通しである。EU加盟国では、特にオランダ人女性が日本占領下のインドネシア(旧オランダ領東インド)で「慰安婦」にされており、オランダ議会が日本に謝罪要求決議を行っている。「慰安婦」制度は南京大虐殺における強姦の多発がきっかけで広がった以上、両問題は密接に関係している。史実を受け入れない日本政府と多くの日本人に対する諸外国の視線は依然厳しい。改めて過去に目を閉ざすことのないよう願う次第である。

 なお、親泊朝省については、澤地久枝 『自決 こころの法廷』(日本放送出版協会、2001年)が詳しい。

【関連リンク】
はてなリング-歴史修正主義に反対します
親泊朝省-歴史が眠る多磨霊園
親泊(おやどまり)朝省大佐一家の自決-絵日記による学童疎開600日の記録
親泊(おやどまり)朝省大佐の自決-上田博章@昭和8年.COM学童疎開
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by mahounofuefuki | 2007-12-13 21:23

「真珠湾攻撃」より「マレー侵攻」の方が先だ~「12月8日」考

 今日12月8日は、大日本帝国がアメリカ・イギリス・オランダに対する戦争を開始してから66周年の日である。
 1941年12月8日(日本時間、アメリカ時間では7日)、太平洋上の日本海軍がハワイの真珠湾を空爆して戦争が始まった、とされる。この奇襲攻撃により、日本側の日米交渉打ち切り通告が攻撃よりも遅れたこともあって、アメリカの厭戦世論は消えて全面戦争へ発展したことは、よく知られている。今に至るも「真珠湾」はアメリカにとって第2次大戦の最もシンボリックな日であり、他方の日本でも「真珠湾」を巡って、日本の「だまし打ち」の「汚名」を何とかして返上しようと、主に靖国史観や歴史修正主義の信奉者がアメリカがわざと日本に攻撃させたという類の「陰謀論」を書きたてている。

 ところで、私は昔からずっと疑問に思っていた。なぜ、アジア・太平洋戦争は「真珠湾攻撃」によって始まったことになっているのか?
 それというのも、日本海軍の機動部隊がハワイへの第1次攻撃を命じたのは、12月8日午前3時19分(日本時間、以下同じ)だが、同じ日に日本陸軍がイギリス領マレー半島(現在のマレーシア)のコタバルに上陸したのが午前2時15分だからである。つまり、「真珠湾攻撃」より約1時間早く、日本軍はマレー半島への侵攻を開始しているのである。 日本政府はイギリス政府に対して何ら通告を行っていない。「真珠湾」が「だまし打ち」だろうとなかろうと、少なくとも日本はイギリスに対しては完全な一方的奇襲を敢行しているのである。
 ほとんどの歴史書は、その立場にかかわらず、戦争を「真珠湾攻撃」から語り始める。そして12月8日といえば「真珠湾の日」と記憶されている。しかし、時間の順序からいえばマレー半島侵攻から叙述を始めるべきではないのか。この問題について書いている一般向けの本は、管見の限りでは、一橋大学教授の吉田裕氏の近著くらいである。

 この現象は「真珠湾攻撃」を特別視するアメリカの歴史観の影響ではないのか。日本の正当性を言いたて、アメリカの不当性を強調する人々も、こと叙述においてはアメリカの影響を受けて「真珠湾」から書き始めるのは皮肉である。
 アジア・太平洋戦争は「真珠湾」からではなく、「マレー」から始まった。この事実を認識している人がどれほどいるのか心もとない。
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by mahounofuefuki | 2007-12-08 20:14

文部科学省はまだ「軍の強制」を弱めようとしている~「集団自決」教科書検定は訂正再申請へ

 来年度の高校用歴史教科書の沖縄戦に関する記述に対し、文部科学省が教科書検定を通して、沖縄住民の「集団自決」に日本軍の強制があった事実を否定する「修正」をさせていた問題について大きな動きがあった。

 周知の通り、9月29日の沖縄県民大会以降、教科書検定に対する非難の声が高まり、史実を改竄した検定意見の撤回を求める動きが続く中、教科書出版社各社は11月上旬、教科用図書検定規則第13条に基づき、「軍の強制」を記述に盛り込む訂正申請を行った。これを受けて文部科学省は、教科用図書検定調査審議会に訂正申請の扱いを諮問していたが、昨日になって審議会の動向が明らかになった。
 沖縄タイムス12月7日付朝刊によれば、文部科学省は12月4日、教科書出版社の担当者を呼び、記述内容を再申請させるための審議会の「指針」を示したという。この「指針」は、「軍命」の明記を禁じる一方、「集団自決」には「複合的な要因」があったとし、「天皇中心の国家への忠誠を強いた皇民化教育の存在」「軍が手榴弾を配った事実」「沖縄戦は軍官民が一体となった地上戦」などの事情を説明するよう求めたという。また、琉球新報12月7日付朝刊によれば、「指針」は「日本軍の直接的な命令で『集団自決』が起きた例は確認できていない」とし、「断定的記述は避けるよう」示唆したという。
 要するに、審議会は出版社側からの訂正申請をそのまま受け入れず、「指針」に沿った書き直しを命じたのである。一部の報道(たとえば共同通信)では、審議会が「軍の直接的な関与」は否定したものの「軍による強制」の記述の復活を認めたとされているが、それならば訂正の再申請をさせる必要はない。再申請をさせるということは、依然として文部科学省が「軍の強制」を明記することに抵抗していると見てよい。

 正直、開いた口が塞がらない思いだ。もともとこの問題のきっかけは、検定前の申請本が、すべての「集団自決」について軍が強制したとも、軍が直接命令したとも書いていないにもかかわらず、文部科学省側が曲解して、どの「集団自決」にもまったく日本軍が関与していないような記述に書き換えさせたことにある。住民の「集団自決」が「日本軍の強制と誘導によって起きたこと、日本軍の存在が決定的であったことは、沖縄戦研究の共通認識である」(関東学院大学教授の林博史氏が審議会に提出した意見書より)が、文部科学省は日本軍を主語とする記述を一切認めなかった。
 今回の訂正申請に対しても、文部科学省に反省の色は全くなく、相変わらず「軍の強制」を何とかして否定しようとしている。「皇民化教育」や「軍官民一体」の強調は、軍が住民に敵軍への投降を固く禁じた事実や、軍が存在しなかった所では「集団自決」など起きていない事実を無視し、「集団自決」の要因を当時の教育による「自発的忠誠心」や総力戦体制下での「官(軍ではない)の強制」に転嫁することで、軍の責任を弱めようという意図がある。「指針」が言うところの「複合的な要因」とは、「軍の関与だけではない」というニュアンスが込められている。
 また今回の「指針」でも「軍の直接命令」の否定に躍起となっているが、これは歴史修正主義勢力への配慮であろう。「軍の命令」という記述さえ教科書に載らなければ、「新しい歴史教科書をつくる会」をはじめとする彼らは、「軍の命令がない」=「軍の強制はない」と拡大解釈する余地がある。今回の訂正申請で「軍の直接命令」を盛り込んだ会社はないはずだが、わざわざ「指針」で「軍の直接的命令」を記述するのを厳禁したのは、修正主義者たちが絶対に譲れない一線を文部科学省が守っているという政治的アピールであろう。

 再申請が行われることで、この問題はまだ続くことが確実になった。これは時間との戦いである。教科書を来春に間に合わせるためには遅くとも今月いっぱいには内容が確定しなければならない。文部科学省は教科書出版社の足元を見て難癖をつけている。今後もぎりぎりの駆け引きが続くだろう。
 今回の件で、改めて現行の教科書検定制度の廃止を含む全面的な見直しの必要性を痛感させられた。特に教科書検定調査審議会の独立性の確保と委員の人選の透明化が早急に必要である。また、教科書調査官は廃止するべきである。教科書の作成と採択についてのあるべき姿については、機会を改めて書こうと思う。

【関連記事】
教科書改竄の「黒幕」
教科書検定の徹底検証を
沖縄戦の「集団自決」に関する教科書検定問題の資料
【転載】沖縄戦検定にかかわる訂正申請提出にあたっての声明-社会科教科書執筆者懇談会

【関連リンク】
教科用図書検定規則-文部科学省
高等学校歴史教科書に関する検定結果(平成18年度)-文部科学省
教科書検定の手続-文部科学省
沖縄戦「集団自決」問題-沖縄タイムス
沖縄戦の歴史歪曲を許さず、沖縄から平和教育をすすめる会
日本の現代史と戦争責任についてのホームページ 林博史研究室へようこそ
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by mahounofuefuki | 2007-12-07 21:31

ロシア下院選の日に考える~「下から」の民主化の帰結と政治文化

「なぜ日本では議会制民主主義が定着せず、機能しないのか?」
今から10年くらい前まで、私はその原因を、日本の民主主義が「下から」勝ち取ったものではなく、「上から」占領軍に与えられたものだからだと考えていた。
主権者として自立した人々による「市民社会」の可能性を純粋に信じていた頃の話である。

しかし、いつしかその考えはすっかり霧散してしまった。
考えが変わった第1の要因は、日本近代史を学習する中で、自由民権運動や大正デモクラシーなど戦前の日本における民主化の波が、私の勝手に思い込みとは違って、西欧の市民革命に劣らない、非常に充実したものだったと知ったことである。
日本には「下から」の民主化の伝統は実際に存在し、現在に至るまで着々と受け継がれているという事実は、占領軍が西欧型民主主義を「遅れた日本人」に授与したという皮相な見方を打ち消した。特に明治・大正期の帝国議会の会議録を読んで、当時の議員たちの憲政に賭ける気迫や演説の巧みさに驚かされた。現在の世襲議員ばかりの国会よりはるかに優秀であり、議会政治という点では、多数党の独裁になってしまっている戦後よりもよほど機能していたのではないか、とさえ考えるようになった。

第2の要因は、「下から」の革命を何度も経験しているはずのロシアの変貌である。
ロシアは周知の通り、第1次世界大戦のさなか、2度の革命で専制政治が倒され、史上初の社会主義国家であるソビエト連邦を打ち立てた。しかし、その結果はこれも周知の通り、スターリン独裁による全体主義を生みだし、民主主義の灯は完全に潰された。
その後、ソ連は1980年代末に、「下から」の民主化運動によって、全体主義の放棄を余儀なくされ、旧勢力によるクーデターの失敗を機にソ連は解体された。少年時代の私は「東欧革命」からソ連解体に至る、民衆が独裁権力を打ち倒す姿に素直に感動していた。
だが、ソ連解体後、民主化は順調に進むかと思いきや、急激な市場経済の導入でロシアは混乱し、議会制は機能せず、内戦寸前の状況が続いた。
そして、今世紀に入り、一連の革命劇がまるでなかったかのように、プーチンによるファシズム的な独裁が成立してしまった。「下から」の民主化と民主主義の定着には何ら相関関係がないことをようやく悟った。

今日、そのロシアで下院総選挙の投票が行われている。
どの報道もプーチン大統領の与党が圧勝すると伝えている。
先月、モスクワでプーチン独裁に抗するデモが行われ、チェスの元世界王者のカスパロフ氏らが逮捕された。彼は最近釈放されたが、記者会見で拘束中には弁護士との接見も許されなかったと語り、「ソ連時代にもなかった無法な反体制派抑圧がなされている」と告発した(毎日新聞 2007/12/01 20:42)。
政府に批判的なジャーナリストや言論人が何人も「消され」、スターリン時代を彷彿とさせるプーチン礼賛のプロパガンダが全国を覆っている。今やロシアには言論の自由も表現の自由もなく、権力分立も議会制民主主義もまったく存在しない。「カネ儲けの自由」=「搾取の自由」だけがあるぶん、ソ連時代よりも閉塞した社会であると言えよう。

ロシアはこの300年あまり、終始カリスマへの個人崇拝を生んできた。
イワン雷帝、ピョートル大帝、エカテリーナ2世といった専制君主たち。レーニン、スターリンといった巨人たち。それが東方正教の影響なのか、別の要因があるのか不明だが、ロシアの近世・近代はカリスマ的人格への「帰依」という政治文化が脈々と流れているような気がする。

ちなみに日本の方は、これとは対照的に責任の所在が不明確な「権力の多元性」の伝統が、徳川幕府以来続いていると言える。
日本とロシアは政治文化こそ異なるが、「下から」の民主化が制度化できないという点では共通する。プーチン独裁の行方は、現在、変動期にある日本の政治にとっても決して無縁ではない。
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by mahounofuefuki | 2007-12-02 15:47

東国原知事の発言と徴兵制への誤解

宮崎県の東国原英夫知事が地元の建設業者との懇談会で、徴兵制を支持する発言を行った。
朝日新聞(2007/11/28 20:53)より発言部分を抜き取ると・・・
徴兵制があってしかるべきだ。若者は1年か2年くらい自衛隊などに入らなくてはいけないと思っている
若者が訓練や規則正しいルールにのっとった生活を送る時期があった方がいい
道徳や倫理観などの欠損が生じ、社会のモラルハザードなどにつながっている気がする
軍隊とは言わないが、ある時期、規律を重んじる機関で教育することは重要だと思っている

東国原氏の過去の履歴を考えると、彼が「道徳や倫理観」などと言っても全然説得力がないと思うのだが・・・(苦笑)。
ただこの国では相変わらず「問題のある若者」はスパルタ的にしごけば済むという非合理的な発想がなかなか消えないのは残念である。
この東国原発言については、花・髪切と思考の浮遊空間が私の言いたいことをほとんど書いてくださっているので、そちらを参照されたい。
花・髪切と思考の浮遊空間 東国原知事の「徴兵制論」

・・・とよそのブログへの丸投げだけでは何なので、この機会に徴兵制への一般の誤解について書いておきたい。

東国原氏も誤解しているようだが、徴兵制=義務兵役制は「国民皆兵」を謳っているが、少なくとも戦前の日本では、実際には全国民が軍隊経験をもったわけではない。
徴兵検査の受検は全男子に義務付けられていたが、検査の成績から合格者は甲種、乙種、丙種に分けられ、日中戦争全面化以前は、実際に現役兵として徴集され入営するのは甲種と乙種の中からくじ引きで選ばれた者だけだった。

徴兵相当人員のうち実際に入営した人員の割合(現役徴集率)は、日露戦争後の1911年で20.0%、軍縮期の1929年で15.4%、中国侵略開始後の1936年で18.2%と、終始10数%~20%で推移した(吉田裕 『日本の軍隊』 岩波書店、2002年、p.19より)。
要するに徴兵制といっても、根こそぎ動員の総力戦となるアジア・太平洋戦争後期を除けば、常に軍隊に入らなかった若者の方が徴兵された若者よりずっと多いのである。
現役徴集率が90%近くに達した(同前 p.198)敗戦前後の記憶があまりにも鮮烈だったため、あたかも全員が軍隊にとられたような錯覚をもちがちだが、現実にはすべての若者を軍隊に入れたことなど過去の日本には1度もないのである。

現代の日本で実際に徴兵制など導入したら、深刻な労働力不足と財政的コスト増大に見舞われるだろう。アメリカ軍にならって少数精鋭を指向しつつある自衛隊の方も願い下げだろう。
東国原氏の考えはあまりにも非現実的である。
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by mahounofuefuki | 2007-11-29 12:55

『昭和財政史』所引の沖縄返還関係文書の公開を求める訴訟

この国の官僚たちは、公文書を「国民共有の財産」とは考えず、各官庁の所有物と考えがちである。
情報公開法はあるが、開示の可否は依然として政府のさじ加減次第であり、何より公文書保存に関するルールは各官庁ばらばらで、包括的な文書管理・保存のための法令がきちんと整備されていない。現用でなくなった公文書が主権者の知らぬ間に廃棄されているなんてことが日常茶飯事なのである。
そんな現状に一石を投じるニュースがある。以下、共同通信(2007/11/21 20:34)より。
 旧大蔵省編さんの「昭和財政史」で引用された沖縄返還の関係文書を情報公開請求したのに、財務省が「不存在」を理由に不開示としたのは不当として、特定非営利活動法人「情報公開クリアリングハウス」(東京)の三木由希子室長が21日、処分取り消しを求め東京地裁に提訴した。
 三木室長は「文書が開示されれば沖縄返還密約の解明に示唆を与えてくれるものも出てくるはず。国は説明責任を果たすべきだ」と訴えている。
 訴状などによると、対象は「大蔵省資料Z27-381」の文書。財政史の沖縄返還の章で、日米交渉時の大蔵省の主張などに関連して計57カ所が引用されている。昨年7月に開示請求したが退けられた。(後略)
『昭和財政史』は大蔵省昭和財政史編集室(現・財務省財務総合政策研究所情報システム部財政史室)が編纂した公刊の「正史」である。大蔵省文書をはじめ膨大な資料をもとに書かれ、財政史のみならず経済史・政治史全般の研究に有用な著作である。
しかし、いかに有用であっても、典拠に上げた史料を確認できないのでは問題である。歴史研究の場合、史料を引用するにあたって、必ずどの史料のどこの部分なのか明記しなければならない。そうでなくては他者が検証できないからである。他者が検証できなければ、極端な例では史料を改竄していてもわからない(かつて南京大虐殺否定派が史料を改竄して発表したことがあった)。

今回の件で財務省は、財務省文書管理規則が定める保存期間30年を過ぎたため、廃棄した可能性が高いと回答しているが、もし事実なら公刊書に引用された文書を平気で捨ててしまえる感覚は、情報公開の軽視であり、歴史研究に対する侮辱である。
本来、現用でなくなった文書は国立公文書館へ移管し、随時公開されるべきだが、実際は人件費の不足や官庁の隠蔽体質のためにスムーズに行われていない。移管と廃棄の選別を各官庁に委ねてしまっていることが、今回の問題の原因である。日本の公文書管理の在り方は非常に杜撰なのだ。

ただ、事が沖縄返還の密約にかかわるとなると、そう簡単に廃棄しているとも思えない。
財務省には財政史室のほかにも非公開資料を集積した倉庫があるという噂を聞いたことがある。財務省は今回の件で関係全部局を探索したと言っているが、にわかには信じがたい。厚生労働省が薬害肝炎患者のリストを倉庫に放置していたようなことが、財務省にも十分にありうる。
訴訟となれば行政の審査よりも厳密に調査が行われ、『財政史』の執筆者や当時の担当者への証人尋問もありうるだろうから、少しでも進展を期待したい。

改めて情報公開法の強化と、包括的な公文書管理法の制定が必要であると痛感させられる。

【関連リンク】
財政史-財務省 財務総合政策研究所
特定非営利活動法人 情報クリアリングハウス
理由説明書に対する意見書-三木由希子*PDF
答申書-「大蔵省資料Z27-381」等の不開示決定(不存在)に関する件*PDF
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by mahounofuefuki | 2007-11-22 13:01