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共産党の民主党批判について

 前のエントリでも触れたが、先週末に口腔外科系の持病が悪化して以来、痛みもさることながら、やたら副作用の強い内服薬を服用させられたりして、肉体的に辛い日々が続いている。そのせいでブログの更新もままならず(きちんとしたエントリを上げる余裕がない)、しかもそういう時に限って粘着質な批判が来てその対応に追われてしまい、何もかも不如意な状態である。

 そんな中、いつもご贔屓をいただいている「BLOG BLUES」「+++PPFV BLOG+++」「大脇道場」から相次いで共産党の民主党批判に関するエントリのTBをいただいた。このうち「大脇道場」は前二者の記事を受けて「私にも『何か言え』ということだろうか」と述べておられたが、実は私も全く同じ感想を持った(笑)。民主党問題については、以前「民主党の新自由主義への親和性に目を瞑る者は財界とアメリカの走狗」という記事で言いたいことを言って主観的にはすっきりしたのだが、よそのコメント欄でこの記事が誤読されていたので、追加説明が必要とは考えていた。今回はその好機なのだが、前述のようにあいにく健康がそれを許してくれない。

 今回は1点だけ、この話題が再浮上したきっかけであろう、先日行われた共産党の第6回中央委員会総会における志位和夫委員長の幹部会報告について。マスメディアの報道は民主党批判の部分だけを強調し、「BLOG BLUES」も「共産VS民主ではない、共産VS自民なのだ」と志位報告を批判していたが、「赤旗」に出た報告骨子によれば、まず「自公政権に正面から対決するとともに、政治の中身の変革を大いに語ろう」とあり、それに続いて「民主党の政治的立場への批判も日本改革の方針を太く語ることと一体で」とあり、両者間には微妙な違い(共産党の「文法」ではこういう微妙さが意外と重要である)があって、あくまでも本筋は「共産VS自公」という方向を目指すと読み取れる。むしろそれをマスメディアが曲解したことの意味を考えるべきだろう。

 ちなみに次期衆院選に対する私の見解は、前々から言っているように、新自由主義路線転換へのプレッシャーを自民・民主・公明各党や財界・官界(ついでにアメリカ政府)に与えるために共産党を躍進させることが必要である、ということに尽きる。合法的に支配層を動揺させるにはそれが最も確実な方法である。この主張のために「自民党の走狗」呼ばわりされる言われはない。

【関連記事】
民主党の新自由主義への親和性に目を瞑る者は財界とアメリカの走狗

【関連リンク】
日本共産党第6回中央委員会総会開く/響きあう 情勢と綱領路線/「政治の中身の変革」語ろう/総選挙で勝てる強大な党を/志位委員長が幹部会報告 – しんぶん赤旗
http://www.jcp.or.jp/akahata/aik07/2008-07-12/2008071201_01_0.html
BLOG BLUES:共産VS民主ではない、共産VS自民なのだ
http://blogblues.exblog.jp/7310111
+++PPFV BLOG+++:自民党と民主党の対抗軸は「政権交代」
http://ppfvblog.seesaa.net/article/103017337.html
大脇道場NO.527「共産VS民主ではない、共産VS自民なのだ」・・・世間的にそうなってないからこそ!
http://toyugenki2.blog107.fc2.com/blog-entry-583.html
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by mahounofuefuki | 2008-07-17 18:51

日本共産党の支持急増について

 当ブログはしばしば共産党系とか共産党寄りとか紹介されるのだが、本当の共産党員やシンパが既得権益への反発と大衆の「本音」~大阪府知事選挙の結果JR岡山駅での突き落とし殺人事件についてのような記事を書くはずもなく、私の場合は「貧困と差別」解消の最も手っ取り早い手段が共産党の伸長であると考えて、「期間限定」で選挙や請願やその他日々の活動を通して支持しているにすぎない。
 これまで特に書いたことはなかったが、たとえば日本資本主義や近代天皇制の性格規定では、未だに「講座派」の理論そのままの共産党の公式見解を実証史学の立場から全面否定しているくらいだし、だいたいマルクスやエンゲルスの著作などほとんど読んでいない。逆に言えば、そんな私のような者が共産党に頼らざるをえないほど、現在の日本社会は希望のない劣悪な状況なのである。

 共同通信(2008/04/19 16:31)によれば、共産党の入党者数が拡大し、支持率も上昇しているという。昨年11月から今年2月までの入党者数が3000人以上ということだが、こんなに増えたのは本当に久しぶりではないか。
 注目は政党支持率で、今月初めの調査では30代男性で11.0%、20代女性で9.4%にも上るという。「氷河期世代」の10人に1人が共産党に期待を寄せているのである。

 共同の記事も指摘しているように、雇用待遇差別への取り組みが共産党支持拡大の動因であろう。
 昨年の参院選で「生活第一」と公約した民主党が早々に最低賃金法改正と労働契約法で有権者を裏切り、本気で貧困問題を解決する意思がないことを露呈する一方、共産党は国会で雇用差別や貧困の解消策を提起し続け、そのクライマックスとも言える2月8日の衆院予算委員会における志位和夫委員長の歴史的質疑がマスメディアの黙殺や他党の妨害(今もこの日の会議録だけが出ていない)にもかかわらず、比較的若い世代を中心に大絶賛された。

 私は以前「左」になるハードルと「左」の活路で、「特に最近は若い世代を中心に、あまりにも理不尽な労働条件や非正規雇用の増大による将来への不安から、巨大企業の搾取や競争万能主義への不満が確実に高まっている。仮に所得再分配による福祉国家の実現に公約を絞れば、そうした不満を抱えた層をかなり取り込めるはず」と述べ、「政策の優先順位の策定と、有権者に全政策の支持を要求しない姿勢」「表に出す公約の絞り込みと集約化」を提言したが、最近の共産党支持の拡大はこの提言の正しさを実証したと言えよう。

 共産党支持が拡大すると、「民主党による政権交代」信者は「野党票の分散」とか「反共攻撃の誘発」とか言い出すが、現在の日本に必要なのは単に首がすげ替わる「政権交代」ではなく、明確な「政策転換」であり、共産党の伸長がプレッシャーとなって自民党や民主党が新自由主義路線を放棄するようになれば、それに越したことはない。すでに共産党は次期衆院選で小選挙区の立候補を大幅に削減する方針を決定しており、現実問題として民主党とのすみ分けが十分に可能になっている。
 とはいえ今後警戒しなければならないのは、共産党が存在感を増すことで、自民・民主両党が「反共産」で提携し、露骨な弾圧に打って出ることである。京都市長選挙が端的に示したように土壇場になると民主党も社民党も「反共」で自民党や公明党と手を組む。この国は右翼のテロは当局公認だが、共産党はビラ配りすら違法扱いである。すでに「合法的」弾圧が始まっている以上、予断を許さない。市田忠義書記局長の「そんなに甘くはない」(共同通信、前掲)という言葉はそのことも含んでいると思われる。

 いずれにせよ貧困問題・雇用待遇差別問題は解決に待ったなしの状況にある。国会に共産党が占める割合が大きければ大きいほど問題解決が進むということをはっきり指摘しておきたい。

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by mahounofuefuki | 2008-04-20 13:05

チベット問題に関する志位書簡について

 チベット問題はよほど日本人の心をつかむのか、日本のネット言説は一時期チベット一色だった。
 トルコでクルド人が虐殺されても、ブータンでチベット系の王権がネパール系住民を「民族浄化」しても、パレスチナでイスラエル軍が暴虐の限りを尽くしても、日本ではほとんど話題にならない。チベットの暴動だけが関心を呼ぶのは、それが「中国による弾圧」であるからにほかならない。日本の現代ナショナリズムの最も重要なファクターは中国への蔑視と敵視であり、チベット問題は低俗なナショナリズムの自己満足の道具に成り下がっているのが実情である。
 日本政府や日本軍による国家犯罪をどんな手を使ってでも正当化し、普段「人権」「自由」といった価値を攻撃している右翼ナショナリストが、チベットに限って国家の弾圧に抗しているのは失笑するしかないが、他方で左翼系のネット言説でも右翼に隙を見せたくないのか、この問題ではナイーヴなリアクションが目立った。

 ちなみに私は正当な政治活動に対する弾圧に右も左もなく、そもそも中華人民共和国は「平和と平等」という「左」の価値から全く縁遠い国家だと考えているので、一連の問題で中国政府を批判するのにやぶさかではないが、当ブログではあえて沈黙を続けた。
 その理由は私がチベットの政情に関する知識に不足すること、外国の問題よりも自国の問題を優先していること(日本国家に納税する主権者として)、現実問題として中国批判が日本の国家犯罪を相対化する政治的効果を与えることなどもあるが、決定的理由は当ブログが日本語を解する人々を対象にしているからで、チベット語でチベット人の自治・独立運動を励ますことも、中国語で中国市民に問題を提起することも、私の語学力ではできないことにある(当ブログにはなぜか時折海外からのアクセスがあるが、それも外国在住の日本系の人だろう)。

 右翼系のネット言説の中には、チベット問題に沈黙する左翼を攻撃する向きが強いが、中国政府の行動を正当化しているのならばともかく、「沈黙」まで攻撃されてはたまったものではない。特に個人ブログの場合、取り上げることのできるテーマは自ずと限定されるわけで、何でもかんでも主張することなど不可能である。たとえば私はブログで「従軍慰安婦」問題を本格的に取り上げたことがないが、それは問題を無視しているのでも、正当化しているのでもないことは、当ブログの方向性から容易に類推できるだろう。
 左翼系の言説でも、たとえば日本共産党がチベット問題で「沈黙」していることを批判する声があった。しかし、国会に議席を持つれっきとした政党である以上、その言論にある種の戦略性があるのは当然で、少なくとも「沈黙」は容認しうると私は考えていた。中国共産党と日本共産党が同一視されることを危惧する向きもあるが、一般の世論では「冷凍ギョーザ」は話題になっても、「チベット」はネットの政治ブロガーほど問題になっていない。選挙の頃には忘れているだろう(それはそれで問題なのだが)。

 前置きが長くなった。本題はここからである。日本共産党が4月3日付で、志位和夫委員長が中国の胡錦濤国家主席に宛てたチベット問題に関する書簡を公表した。
 チベット問題――対話による平和的解決を/志位委員長が胡錦濤主席に書簡-日本共産党
 チベット問題をめぐって、騒乱・暴動の拡大と、それへの制圧行動によって、犠牲者が拡大することを、憂慮しています。
 事態悪化のエスカレーションを防ぐために、わが党は、中国政府と、ダライ・ラマ側の代表との対話による平和的解決を求めるものです。
 そのさい、双方が認めている、チベットは中国の一部であるという立場で対話をはかることが、道理ある解決にとって重要であると考えます。
 だれであれ、オリンピックをこの問題に関連づけ、政治的に利用することは、「スポーツの祭典」であるオリンピックの精神とは相容れないものであり、賛成できないということが、わが党の立場であることも、お伝えするものです。 
*宛名、差出人名省略。
 この書簡の内容には次のような問題がある。

 ①中国政府と「ダライ・ラマ側」との対話を望んでいるが、それはすなわち今回の暴動にダライ・ラマ亡命政権が関与しているという中国側主張を支持することを前提としている。
 ②「チベットは中国の一部であるという立場」を支持することで、自治権論の立場をとるダライ・ラマとは異なる勢力(チベット人の独立派)の発言権を認めていない。
 ③北京オリンピックでの抗議行動を「政治的利用」とみなしている。

 おそらくチベット問題での態度を明確にするよう求める党内外の声に応えた結果なのだろうが、はっきり言ってこんな書簡を出すくらいなら「沈黙」を貫いた方がよほど理に適っている。これでは中国共産党の弾圧行動を支持したと受け取られる危険性が強い。
 民族自決は本来共産党の一大原則であり、ダライ・ラマだけをチベットの代表者とする根拠もない。「チベットが中国の一部」かどうかはチベット住民が決めることであって、外国にどうこう言う権利はない。
 オリンピックについても戦前ナチス・ドイツの下で行われたベルリン五輪が第2次世界大戦を準備したように、決して政治性から逃れられるものではなく、一般論としては何らかの抗議行動(ボイコットなど)をとることは、経済制裁などと同様ありうることである(北京五輪でやれという意味ではない)。

 宛名の肩書きが「中国共産党総書記」ではなく「中華人民共和国国家主席」であるところに、これが「友党」としての忠告ではなく、抗議の意を含んでいると解釈できないこともないが、そんな腹芸はいらざる誤解の元である。
 もう出してしまった書簡をどうすることもできないが、日本国内の反共主義者や民主党信者に攻撃材料を与えてしまったと言わざるをえない。非常に残念である。
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by mahounofuefuki | 2008-04-03 23:07

福田内閣のレームダック化を素直に喜べない理由

 福田康夫首相は今日緊急記者会見を行い、2009年度から道路特定財源を一般財源化する案を公表し、与野党協議機関の設置を呼び掛けたが、今や福田内閣は断崖絶壁に追い込まれたと言えよう。2008年度予算案は衆院の議決が優先されるため、明日にも成立するが、租税特別措置の方は期限切れが現実味を帯びてきた。何より福田内閣の支持率下落に歯止めがかからなくなっている。今月に入ってからの各報道機関の世論調査はどれも福田内閣がすでに「危険水域」に入ったことを示していた。
 今手元で確認できりデータは次の通り。
毎日新聞(2008/03/03朝刊) 支持30% 不支持51%
時事通信(2008/03/14 15:12) 支持30.0% 不支持47.7%
共同通信(2008/03/16 18:12) 支持33.4% 不支持50.6%
読売新聞(2008/03/17 23:48) 支持33.9% 不支持54.0%
日本経済新聞(2008/03/23 22:05) 支持31% 不支持54%
北海道新聞(2008/03/27 09:25) 支持22% 不支持59%
 おおよそ支持率が3割、不支持率が5割というところだろう(北海道新聞での支持率が極端に低いが、これは北海道限定で行った調査で、もともと北海道は民主党が強いという事情が影響していると思われる)。まだ3割も支持する人がいるのが不思議だが、それでも安倍内閣の末期とほぼ同水準まで低下しており、もはやレームダックになりつつあると言っても過言ではあるまい。

 自公政権にノーサンキューな側にとっては、これで「4月危機」だ、倒閣だ、解散だと喚きたいところだし、実際そういう声も出ているが、冷静に考えればそうは問屋が卸さない。倒閣したところで看板が掛け替えられるだけで自公政権の政策転換は望めない。衆院の解散は切に望むところだが、どうやっても現有議席を維持することができない自公政権が早期解散に打って出ることなどまずあり得ない。
 福田内閣の支持率が急落する一方で、野党各党の支持率はほとんど上昇していないことも問題で、単に福田内閣のみならず、政治全般への不信感が強まっているにすぎないというのが実情だ。しかも「大連立」構想は終始くすぶっており、主権者不在の政争が政治不信に拍車をかけている。
 内閣「不支持」の中身をよく吟味しなければならない。現在の福田内閣への不満は、「貧困と格差」がなかなか是正されないことへの「平等」サイドからの不満と、中国や朝鮮に対する強硬とは言えない姿勢への「保守」サイドからの不満と、規制緩和や「小さな政府」を断固として進めようとしないことへの「自由」サイドからの不満がいわば「雑居」している。仮に福田内閣が倒れても「保守」や「自由」に偏った新政権が出来るのでは元も子もない。

 すでに当ブログでも高まる「平等」「安定」志向~「勤労生活に関する調査」を読むで明らかにしたように、新自由主義による競争万能・成果主義の路線はもはやマジョリティではない。人々は疲れ果て、「終身雇用」「年功賃金」の時代への郷愁が高まっている。しかし、一方で政治意識においては依然として「公的なもの」への忌避感は強く、そこに新自由主義がつけ込む隙がある。
 特にこの国では依然として「強いリーダーシップ」への幻想が肥大化しているのが問題だ。毎日新聞の調査では「首相の指導力に期待できないから」が、時事通信の調査では「リーダーシップがない」がそれぞれ内閣不支持の理由の第2位になっている。政策の中身よりもイメージとしての「毅然とした姿勢」「強力な指導力」に期待する向きが相変わらず存在するのである。
 事実、北海道新聞(2008/03/27朝刊)の世論調査では「次の首相にふさわしい人は誰か」という問いに対し、小泉純一郎氏と麻生太郎氏が16%でトップに並び、小沢一郎氏が15%でこれに続く。一方で「平等」「安定」を望みながら、他方で小沢はともかく小泉や麻生を支持するのは矛盾以外の何物でもないのだが、なかなかそれを自覚できない人が多い。

 実は「毅然とした姿勢」や「強力なリーダーシップ」と「平和と平等」の結節点は1つだけ存在する。それは日本共産党である。日本国憲法第9条の堅持を掲げ、平等社会を目指す一方、下部機関が上部機関に拘束される民主集中制のもと、指導部による「強力なリーダーシップ」で概ね「毅然とした姿勢」をとっている。志位和夫氏の演説を聴いたことがある人ならば、彼のタレント性が小泉や麻生などの比ではないことが理解できるだろう。しかし、強固な「アカの壁」とマスメディアの黙殺が共産党の浸透を妨げている。この問題は本稿の主題から外れるので別の機会に考えたい。

 いずれにせよ、解散前に福田内閣倒閣の動きが強まることは、必ずしも良い結果となるわけではないことを指摘しておきたい。小泉再登板は限りなくゼロに近いと考えているが、新自由主義勢力の完全復帰の危険は依然として存在する。それを回避するためには、来年以降になるだろう衆院解散まで、地道に不満の声を上げ、「新自由主義ノー」の「空気」を持続することが何よりも必要である。
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by mahounofuefuki | 2008-03-27 22:12

志位和夫の「SGJ」の会議録がまだ出ていない件

 2月8日の衆院予算委員会で共産党の志位和夫委員長が行った派遣労働の待遇差別に関する質問は、ほとんどのマスメディアが黙殺したにもかかわらず、ネット言論で日常の政治的立場を超えて大きな話題となり、その気迫のこもった追及は「SGJ(スーパー・グッジョブ)」と絶賛された。
 その質疑の録画映像は「ユーチューブ」の日本共産党のチャンネルで今も観ることができるが、50分以上と長く、活字化された議事録が欲しいところである。

 ところが、衆議院のホームページで予算委の会議録を調べてみると、今日の時点で2月29日分までが掲載されているのに、この2月8日の会議録だけが未だに掲載されていない(要約速報版の「委員会ニュース」は出ている)。官報にも記載されていないようなので、会議録の原本がまだ完成していないと考えられる。
 国会法や衆議院規則では会議録の作成について何日以内というような時限を定めていない。個人的に国会関係者に問い合わせたところによれば、会議録の字句確定について議長(今回の場合は衆議院議長)ないし委員長(同じく予算委員長)の許可を要する場合があるという。この日の委員会での発言のどれかが今も確定していないのである。

 2月8日の予算委の議題は新年度予算案の審議で、質問者はすべて野党議員である。志位氏のほか、民主党の渡部恒三、長妻昭、原口一博、武正公一、笹木竜三、社民党の阿部知子、国民新党の亀井久興の各氏が質問に立っている。どの質問あるいは答弁の文言が確定していないのか私にはわからないが、よりにもよって歴史的とも言える志位氏の名質問の会議録の完成・公表が遅延しているのは残念である。
 私は根拠のない陰謀論を好まないが、何となく一般の人々の目から志位氏の名質問をできるだけ隠蔽しようとする政治力学が働いているのではないかと疑いたくなる。右傾色を好みがちなネット言論で共産党が絶賛を受けることなど稀であるだけに、危機感をもった資本サイドの「見えざる手」の介入を想定してしまう。

 現時点では情報不足なので、これ以上の言及を避けるが、今だに志位氏の「SGJ」の会議録が出ていないという事実は念頭に置いておいて欲しい。


《追記 2008/04/12》

 今日現在、いまだ会議録は出ていない。衆議院事務局に問い合わせても「未定」の一点張り。これはいよいよ怪しくなってきた。

【関連リンク】
YouTube - 2/8 派遣法改正し"労働者保護法"に 志位委員長が質問/衆院予算委員会(全編)
衆議院
衆議院規則
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by mahounofuefuki | 2008-03-22 18:26

共産党のビラ配布に対し不当判決

 共産党の「都議会報告」などのビラを東京都内のマンションのドアポストに配布していた人が住居侵入罪に問われていた訴訟で、東京高裁は一審の無罪判決を破棄し、被告に罰金5万円の支払いを命ずる不当判決を下した。
 昨年8月に東京地裁が下した一審判決は「防犯意識の高まりなどを考慮しても、ビラを配布する目的で昼間に短時間立ち入ることすら許されないという社会通念が確立しているとはいえない」(読売新聞 2007/12/11 20:36)と奥歯にものがはさまったような物言いながら、至極当然の内容だったのに対し、今回の控訴審判決は「住民は住居の平穏を守るため部外者の立ち入りを禁止できる」とマンション管理組合がビラ配布を禁止していたことを認め、「被告は立ち入りが許容されていないことを知っており、住居侵入罪が成立する」と断定し、さらにビラ配布の「目的自体に不当な点はない」としながら「表現の自由は無制限に保障されるものではなく、他人の財産権を不当に害することは許されない」(毎日新聞2007/12/12 朝刊)と財産権が表現の自由に優先するという不可解な内容である。

 この事件は、表向きは「住居侵入罪」だが、実態は共産党をはじめとする政府に批判的な政治活動に対する活動妨害を公認しようとしている点に問題がある。立川の自衛隊官舎に自衛隊のイラク派遣に反対するビラを配った運動家もやはり住居侵入罪で逮捕、異例の長期拘束を受けたが(しかもやはり控訴審が有罪判決を下し係争中)、企業のセールスや訪問販売などが大手を振って立ち入りしているのに、政治活動それも現政府に批判的な活動だけが検挙されている事実は、問題の所在を端的に示していよう。
 今回の判決はビラ配布が住民の財産権を侵害したと断じているが、具体的にどう侵害されたのか言及していない(しんぶん赤旗 2007/12/12)。財産権云々はいかにも牽強付会で、裁判官の行政権力への迎合ぶりが際立っている(池田修裁判長はこの判決が「評価」されて次期異動で「栄転」するだろう)。住居侵入で通報した住民、逮捕した警察官、起訴した検察官、有罪判決を下した裁判官に共通するのは、表現の自由が民主主義の前提であることへの無自覚であり、既存の権力秩序に従ってさえいれば「幸せ」に生活できるという「小市民的保守主義」への依存である。20年前ならとうてい起訴などされないような案件が、保守的な大衆と警察権力と司法権力の合作によって「事件」に仕立てられること自体、すでにこの国の民主主義が崩壊していることを象徴している。

 ちなみに私の住居には、共産党も自民党も民主党も公明党もビラを配布していく(選挙中には「怪文書」も)。たとえば「公明新聞」なんて普段は読めないので、ビラと一緒に置いてもらえるのは「敵情視察」に使えるのでありがたい。共産党のビラを見たくないからと言って警察に通報した反共住民は、そういう寛容さも持ち合わせていないのだろう。非常に偏狭だ。
 最近は自分と異なる意見を読むことを厭う人々が増えているような気がする。「異論の共存」を認めないことからファシズムは生まれる(故に一部の左翼ブロガーの「ネトウヨを逮捕せよ」といった言に私は与しない)。現在の日本の言論状況が閉塞しているのも、そのあたりに原因があるように思う。

 いずれにせよ、特定の政党への弾圧を公認する今回の判決は明白な憲法違反であり、とうてい容認できない。被告は即日上告したので訴訟の舞台は最高裁へ移るが、最高裁が無罪判決を下すよう強く願う次第である。

【関連記事】
「アカの壁」を越えるために

【関連リンク】
葛飾ビラ配布弾圧事件 ビラ配布の自由を守る会
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by mahounofuefuki | 2007-12-12 13:07

「アカの壁」を越えるために

最近忙しくて自分のブログを更新するのが精一杯で、なかなかよそ様のブログを精読できない(故にTBもあまり出せない)。
以前何度かTBをいただいた(なぜか当方からは成功したためしがないのが心苦しい)SIMANTO BBSの連載中(?)の力作記事「『バカの壁』より『アカの壁』」も「読みたい~」と思いつつ、RSSリーダーでタイトルをチェックするだけで、今日まで読めずにいた。
今日ようやく今までの6回分の記事を全部読めたので、私も前々から関心をもっている「アカの壁」について、自分なりの考えをまとめておきたい。

「アカの壁」とは人々の思考に根を張る「共産党嫌い」の心理のことである。
「反共主義」というほどではなくても、何となく「共産党は胡散臭い」「共産党は怖い」という大衆心理を指す。
日本共産党が「労働者の党」を称しながら、肝心の労働者に支持が広がらず、党勢が衰える一方なのは、この「アカの壁」が立ちはだかっているからである。
「アカの壁」の最大の要因は権力側の「反共宣伝」であるが、それが誤解と偏見にすぎないことはsimantoさんがお書きなので(特に「自共共闘」の実体験は必読!)、私は共産党側が抱える課題を指摘する。

実は「アカの壁」と言っても、世代や階級によってずいぶん違いがある。
70代以上の人々に話を聞くと、1950年代に共産党が武力革命路線をとり、「山村工作」というゲリラ活動をやっていた頃の恐怖を今も語る。その時の実体験と戦中に受けた教育の影響で共産党に対するアレルギーはすさまじい。共産主義と軍国主義を同一視している老人も少なくない。

また、1970年前後に大学生だった「団塊の世代」だと、学生運動のトラウマが今も深く刻まれていて、反共産党系のセクトにいた人々の共産党に対する憎しみはこれまたすさまじい。
藤原伊織の小説『テロリストのパラソル』に、東大の安田講堂を学生が占拠していた当時、1階を抑えていた民青(共産党の青年組織「民主青年同盟」)系が、上階を抑える全共闘へのいやがらせに燻煙式殺虫剤「バルサン」を焚く場面があるが、そういう神経戦や、実際に殴り合いを経験している人々は、今も複雑な感情をもっている(ついでに言えばそんな学生抗争に無縁だった低学歴層は疎外感からやはり反共主義へ流れやすい。私の父親がそうだった)。

特に何らかの理由で共産党を除名されたり、離党した人々は、思い切って右翼へ「転向」し、共産党への粘着質な攻撃に身を委ねる場合も少なくない。拉致の「救う会」会長の佐藤勝己や「自由主義史観」の藤岡信勝らがその典型であろう(筆坂さんは大丈夫かな?)。

一方、そうしたトラウマのない40代以下の世代の場合、共産党に限らず徒党を組むことへの抵抗感が何よりも強く、彼らの視点では共産党は宗教団体と同じである。
1970~1990年代は「政治離れ」の時代であり、下手に「お上」に逆らって悲惨な生活を送るよりも、適当に実社会と折り合いをつけて個人の「ささやかな幸福」を追求する「小市民的保守主義」が主流となった。そんな状況では革命政党たる共産党の基盤が拡大するはずもない。
もちろん「小市民的保守主義」にあきたらない人々も少なからずいたが、彼らは一般の大衆よりも組織や党派への不信感が強く、小規模な市民運動の方へ流れた。この流れは今も続いている。

それでは貧困と格差が拡大した現在、「小市民的保守主義」を望んでも「小市民」になりえない若い貧困層が共産党を支持するかというと、これも重大な「アカの壁」がそびえたつ。
『世界』先月号で、プレカリアート運動の雨宮処凛さんが、その昔右翼に加わった原因として、左翼の言っていることは難しくて理解できなかった、と回想していたが、はっきり言って共産党の「言葉」はテレビやゲームで育った若者には難しすぎるのである。

simantoさんがブログで共産党の綱領をたくさん引用されているが、文体の固さに加え、「科学的社会主義」「独占資本主義」「半封建的地主制」「絶対主義的天皇制」などの専門用語は、社会科学系の高等教育を学んでいないと「呪文」でしかない(かといって逆に知識があると、その教条主義的な解釈に近年の学界の研究動向との矛盾を感じる)。
「しんぶん赤旗」の記事やパンフレットなどは表面的にはずいぶん平易な言葉で書かれているが、インテリ臭はなかなか消えていない。いくら「労働者の味方」「庶民の味方」と口先で言っても、当の「労働者」や「庶民」は「インテリ以外お断り」という体臭を嗅ぎ取ってしまうのである。

私のブログの文章も読みやすさを度外視しているし、私はある種の大衆不信をもっているので(そのあたりは当ブログの光市母子殺害事件の記事を読んでいただければご理解いただけると思う)、人のことは言えないが、現在の共産党員・支持者の主力が公務員・教員・看護師・薬剤師などの専門職に限られている状況を打破するには、もっと綺麗事ではない世俗に生きる本当の庶民に響く主張と言葉が必要だろう。

ちなみに、私の知っている党員(やそれらしき人)は、不破哲三氏のコピーみたいな人から「ソ連は良かった」とか「アメリカから自立するためには核武装が必要だ」とのたまう人まで千差万別だが、共通するのは「頭がいい」ことと「面倒見がいい」ことで、こちらに偏見さえなければ頼りになるし、自民党に与する某巨大宗教団体の人々のように「勧誘活動」をするわけでもない。
「完璧な政党」などありえないのだから、組織の閉鎖性や党綱領の教条主義性を理由に排除するのはあまりにも狭量だ。

何といっても唯一、企業・団体の政治献金も国からの政党助成金も受けていない政党であることを忘れてはならない。
私は政権交代の意義を否定するわけではないが、小沢一郎率いる民主党は、最低賃金法改正案や労働契約法案の例を挙げるまでもなく(あるいは郵政民営化凍結法案も参院に出しただけで未だ何ら審議が行われていない)、本質的には「自民党政治」を転換する意思が不透明であるばかりか、もっと悪政になる可能性すら秘めている。
政権交代よりも共産党の議席が衆院で40以上になることの方がよほど政界にインパクトがある。現状では絶望的に厳しいが、人々が「アカの壁」を越えるきっかけさえつかめば不可能ではない。


(本当は「国民」と「人民」の問題とか、民主集中制の意義と限界とか、労働運動史・社会主義運動史における日本共産党の位置とか、社会主義とナショナリズムの関係とか、もっとディープな話もしたいが、学生時代ならともかく、今やすっかり錆びついた私の脳では技術的にも時間的にも無理なので見送る。)

【関連リンク】
SIMANTO BBS 104:「バカの壁」より「アカの壁」 その1
SIMANTO BBS 105:「バカの壁」より「アカの壁」 その2
SIMANTO BBS 106:「バカの壁」より「アカの壁」 その3
SIMANTO BBS 107:「バカの壁」より「アカの壁」 その4
SIMANTO BBS 108:「バカの壁」より「アカの壁」 その5
SIMANTO BBS 109:「バカの壁」より「アカの壁」 その6

(追記)
SIMANTO BBS 110:「バカの壁」より「アカの壁」 その7
SIMANTO BBS 111:「アカの壁」 その8(大阪弁で語る綱領)
SIMANTO BBS 112:「アカの壁」 その9(大阪弁で語る綱領)
SIMANTO BBS 113:「アカの壁」 その10(大阪弁で語る綱領)
SIMANTO BBS 114:「アカの壁」 その11(大阪弁で語る綱領)
SIMANTO BBS 115:「アカの壁」 その12(大阪弁で語る綱領)
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by mahounofuefuki | 2007-11-18 16:33

日本共産党の方針転換

日本共産党が、次の衆院選で小選挙区での候補擁立を大幅に絞り込む方針を固めた。
これまではほとんどの選挙区で、勝敗にかかわらず、政策を訴える機会を得るために、候補を擁立してきたが、ついに方針転換に追い込まれた。

現行の公職選挙法では、衆院選の場合、有効投票数の10%と割ると、供託金を没収される。これが党財政を圧迫していたのだろう。もともと供託金没収制度自体が、共産党を含む小党潰しのために作られたようなものなので、新手の弾圧に後退を余儀なくされたとも言える。

共産党が候補を擁立するせいで、反与党票が分散し、結果として自民党を利しているという批判は、これまでずいぶんあった。
先の参院選のさなかにも、北海道大学教授の山口二郎さんが、「共産党は左の公明党になれ」と、選挙区での候補擁立をやめて民主党と連携するよう唱え、物議をかもしたことがあった。個々の党員や支持者の中にも、実際の投票行動では民主党の候補に投票する人々がいた。

正直なところ、私は2大政党制を絶対不変の所与の条件とするこうした議論を不快に思っていた。

民主党と共産党の政策にはあまりにも隔たりが大きい。
前記の山口さんは、当面は「戦争をしない」「新自由主義反対」でまとまればいいと主張していたが、私はそんな口先の公約よりも、その党がどの階級・階層・社会集団に立脚しているかを無視できないと考えている。

民主党は企業からの政治献金を受けている。民主党を支持する連合は、公務員や大企業の正社員が中心の労働組合である。つまり基本的に「中産階級」以上の支持を当て込んでいる政党なのだ。民主党には自民党以上の市場原理主義者も軍国主義者もいる。
企業献金も政党助成金も受けず、市場原理主義どころか、本質的には資本主義を否定している共産党とは決定的に異なる。

いつになるかわからない次の衆院選で自公両党が過半数を割らない限り、少なくとも後3年は、衆参のねじれ状態が続く。
今後の経済状況や国際情勢によっては、政局の安定を求めて、財界が自民・民主の「大連立」に向けて圧力をかける可能性すらある。すでに読売新聞は「大連立」を盛んに高唱している。日和見の大衆世論が支持することもありえよう。
そうなった時、共産党が民主党のコバンザメになっていたら、完全な翼賛体制になってしまう。そうならないためにも、共産党にはあくまで独自の路線を貫いてほしい。

共産党が特に若い世代に敬遠されぎみなのは事実だ。
「難民世代」である私も、正直その主張は「きれいごと」すぎ、またある種の「楽天性」「前向き姿勢」に距離感を感じることもしばしばある。
「弱肉強食」を無自覚に受け入れ、権力に用意された「公認の敵」をバッシングすることで欝憤を晴らしているような大衆に、そんな「きれいごと」は通じない。彼らを「主権者」としての自覚を持った人間に変えられるかどうかが、今後共産党が生き残れるかどうかの分かれ目だろう。

今回の方針転換が、単なる戦術的後退に終わってはならない。
そのためには、私も少しはお手伝いします(笑)
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by mahounofuefuki | 2007-09-09 11:38