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潜在する「原爆肯定論」と戦争体験の「伝え方」

 今日は長崎原爆忌だが、私が注目していたのは、昨年原爆投下を「しょうがない」と発言した久間章生衆院議員(当時は防衛大臣)の動向だった。朝日新聞(2008/08/09 13:21)によれば、久間氏は昨年欠席した長崎平和祈念式典に今年は参列したものの、相変わらず「原爆投下を肯定するつもりで言ってない」と弁明し、発言そのものを撤回しなかったという。久間氏は被爆者団体による政府への要望の場にも同席したが、長崎原爆被災者協議会の事務局長は「直接久間氏に抗議したいが、今回は被爆者の思いを政府に伝える場なので自粛する」と話しているという。地元長崎選出の国会議員としての「威力」が久間氏への批判を弱らせ、問題を霧散させようとしているのではないかという疑念を抱かざるをえない。

 ところで、久間氏の発言趣旨とは微妙に異なるが、「原爆のおかげで戦争が“早期終結”し、軍部から解放された」という見方を私は実際に何人かの戦争体験者から聞いている。これは原爆が「本土決戦」を回避し、天皇制国家を解体させる直接的契機になったという意味で、原爆投下が日本本土侵攻で想定される兵員の犠牲を救ったというアメリカの原爆正当化論とも通じるが、こうした「実感」は戦争体験者に少なからずあると思われる。

 この件については、そもそも日本政府の降伏決定に原爆がどの程度影響を与えたのか依然不明だし、ソ連の侵攻が「終戦」の決定打だったという説もあり、政治史的には根拠薄弱なのだが、何よりもどこかに「正しい目的のためには大量虐殺は仕方ない」という政治主義や、戦争犠牲者の「死」に無理に「われわれのために犠牲になった」という身勝手な「意味」の付与が読み取れて(実際は原爆の犠牲者は誰かのために「目的」をもって犠牲になったわけではない)、非常に危険なものを感じる。特に後者は戦争犯罪を行った政治主体の責任を免罪している点で、「国のせいで死んだ」戦没者を「国のために死んだ」とすり替える「靖国史観」と共通する。

 よく戦争体験が風化することへの警告や、戦争の実情を理解する必要性は指摘されるが、実際の体験者の「戦争体験」に含まれる「実感」が、結果として戦争に対する認識を歪める可能性があることは、これまであまり重視されてこなかった(久間氏の発言もいわば彼なりの「戦争体験」談である)。現在伝えられる「戦争体験」も実はほとんどが「敗戦体験」で、戦争の語りが「8月」に集中しがちな原因もそこにある。言うまでもなく「15年戦争」の全過程においては日本軍による「加害体験」も多数あり、「被害体験」も敗戦間際固有のものではない。それぞれ個別の戦争体験から今日的意義を読み取るには、やはり当時の人々が置かれていた社会状況や政治構造を学ぶことが必要であるし、場合によってはそこから戦争犯罪を正当化するような「体験」を批判しなければならないだろう。

 実際に私の周辺であった話だが、中国戦線に出征した元兵士が、新兵の時に上官命令で中国人捕虜を銃剣で殺したという体験を話したところ、ある子どもが「○○○(中国人の蔑称)を殺せるなんて羨ましいな」という感想を漏らしたことがあった。インターネットで排他主義や歴史修正主義の言説に容易に触れられるようになってしまった現代の悪弊が如実に表れているが(捕虜虐殺の事実を認めているだけ、「捏造」とか喚く改竄派よりはましなのかもしれんのが悲しいところだが)、そういう時代にあっては単に「体験」を伝えるだけでは限界があるのも確かだ。戦争体験の「伝え方」に工夫が必要になっていると言えよう。

 残念ながら文部科学省の教科書検定や一部マスメディアの反学問的な歴史改竄の動きや「受験体制」の弊害のせいで、歴史教育が歴史学から乖離しているのが現実である。歴史学界では実証的にとうてい通用しないような「否定説」(たとえば南京大虐殺)や「陰謀論」(たとえば真珠湾攻撃)が、世上では横行しているのも周知の通りである。そうした現状では、戦争体験の「伝え方」を云々する段階にはないとも言えるが(むしろ歴史教育の場では、当時書かれた文書=1次史料に触れさせる方が重要である)、一方で、「体験」ならではの「深み」と「厚さ」は決して軽んずるべきでもない。現実問題として戦争体験者の数が減り続ける中で、平和形成への力となるような「伝え方」を考えねばなるまい。
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by mahounofuefuki | 2008-08-09 22:23

原爆忌にあたって

 今日は63回目の広島原爆忌ということで、各新聞が社説や特集で原爆体験の継承や核廃絶・核軍縮に関するオピニオンを掲載している。「戦争を語り継ごうブログ」がそれらの代表的なものをまとめていて便利なのでリンクする。

 戦争を語り継ごうブログ 「ヒロシマ原爆の日」の新聞社説・コラム
 http://nishiha.blog43.fc2.com/blog-entry-1152.html

 「ほとんどの新聞が『核廃絶は世界の動向となりつつある』しかし『北朝鮮・イランなどの核拡散の危険性も高い』といった論調のようですが、前者に希望を持つ新聞と後者への警戒を強める新聞とに分かれる」と同ブログが指摘しているように、各紙の間には温度差がかなりあるのは例年どおりである。

 注目すべきは、昨年、アメリカの共和・民主両党の国務・国防長官経験者らが「核兵器のない世界へ」と題する論文を発表し、大幅な核軍縮や核実験の禁止などを提起したことに注意を促す論説が複数見られることである。かつて核大国アメリカ政府の中枢で核抑止論を前提とした国家戦略を推進してきた人々が、政治的リアリズムの立場から核廃絶への道筋の必要性を表明したことは、核抑止論の限界を象徴しており、確かに重要な意味を持つ。また、今日の広島市の平和宣言では、今年平和市長会議が発表した核廃絶までのロードマップといえる「ヒロシマ・ナガサキ議定書」に言及していたが、国際社会における核廃絶を目指した動きが確固たる位置を占めつつあると言えよう。

 一方で、今年に限ったことではないが、昨今の日本社会における「核」の「語り」にはある種の危惧を抱いている。言うまでもなく、世界で最も核兵器を多数保有しているのはアメリカ合衆国であり、日本国家は日米安保体制のもと「核の傘」に置かれている。核軍縮・核廃絶について語るならば、何と言っても日米安保体制をどう転換していくのかを問わないことには始まらない。しかし、実際は安保支持者はもちろん、そうでない場合でも「アメリカの核」に対する批判意識・問題意識が弱まっているのではないか。日米安保体制が長期化する中で、「核の傘」が「空気」になってしまい、「核の支配下」に置かれているということに無自覚になってはいないだろうか。この点は自戒を込めて強調したい。また現在北東アジアにおける最大の懸案となっている朝鮮の核開発問題も、日本では「拉致問題」の影に隠れてしまいがちなのも問題である。

 核保有国は例外なく貧富の差が大きいという事実や、人類が自らを滅亡させるだけの力を有している現状がいかに危険かを決して失念してはならないだろう。
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by mahounofuefuki | 2008-08-06 19:17

要するに「現場」の「表現の自由」より「お偉いさん」の「表現しない自由」を優先するという判決

 「従軍慰安婦問題」を民間で裁いた「日本軍性奴隷制を裁く女性国際戦犯法廷」を取材したNHK教育テレビのドキュメンタリー番組(2001年1月放送)の内容が、NHK上層部の指示で改変された問題をめぐって、取材対象・協力者だった「戦争と女性への暴力」日本ネットワークが「番組への期待・信頼を裏切られた」としてNHKを訴えていた訴訟で、最高裁は原告一部勝訴の控訴審判決を破棄する判決を下した。

 今回の最高裁判決の問題性については、管見の限りでは東京大学大学院教授の醍醐聡氏のブログが最も要領よく整理されており、そちらを参照したい。
 醍醐聡のブログ:まれにみる稚拙で悪質な最高裁判決――ETV番組改編事件に対する最高裁判決への論評
 http://sdaigo.cocolog-nifty.com/blog/2008/06/etv_b991.html
 今回の判決について「国民の知る権利に背く番組改編を憲法が保障した『表現の自由』の名の下に免罪した支離滅裂な判断」、「政治介入に起因する番組改編をNHK内部の検討にすり替える歪んだ事実認定」と評しているが、おおむね肯定できる評価である。

 訴訟の争点は取材協力者の「期待権」であったが、私見では問題の本質は「報道現場の『表現する自由』」と「政治権力に影響されたメディア上層部の『表現しない自由(編集する自由)』」の対抗にあったと解釈していた。判決は「法律上、放送事業者がどのような内容の放送をするか、すなわち、どのように番組の編集をするかは、表現の自由の保障の下、公共の福祉の適合性に配慮した放送事業者の自立的判断にゆだねられている」ということを前提に(その前提は正しい)、放送事業者の編集権を「期待権」より優先したのだが、むしろ現実問題としては「報道現場の『表現する自由』」より「上層部の『表現しない自由』」を優先する効果を与えたことが問題である。

 それ以上に問題なのは、そもそもNHKの上層部が番組を改編させたきっかけが、放送直前の2001年1月末に、自民党の歴史修正主義派の国会議員が番組内容に注文をつけたこと、特に当時内閣官房副長官だった安倍晋三氏にNHKの放送総局長と国会担当役員が面会し、その場で安倍氏が番組内容にケチをつけたことにあったにもかかわらず、最高裁の判決は控訴審判決とは異なりこの件を完全無視したことである。いわば「上層部の『表現しない自由』」の背後には予算編成への影響力をもつ国会議員の影があったことを全く問題にしていないのである。

 歴史修正主義派の国会議員による「表現の自由」への介入といえば、映画「靖国」に対する稲田朋美衆院議員らの事前検閲要求と上映妨害が記憶に新しいが、NHK問題はそうした「政治介入」を恒常化させた重要な事件である。今回の最高裁判決が「政治介入」を黙殺したのは「表現の自由」が危機的状況にある現状を鑑みればあまりにも不当である。
 *ただし、「政治介入」を「否定」したわけではないので、「政治介入」は「捏造」だという安倍氏の強弁は判例に根拠をもたない。少なくとも安倍氏の影響を指摘した控訴審判決は歴史的記録として残る。

 今回の件に対する右翼系統のリアクションは忙しくて未確認だが、おそらく「勝利」に沸いているのだろう。しかし、マスメディア上層部の「表現しない自由」が過剰に容認されれば、その影響は歴史認識の報道にとどまらない。たとえばテレビに限っても、民放がスポンサーに配慮して「自粛」したり、ワイドショーが大手芸能プロダクションに配慮して「隠蔽」したりすることは日常茶飯事であるが、このように「企業としてのマスメディア」の「編集権」が専ら権力への迎合を正当化する方向に無制限に拡大すれば、結局は「左」も「右」もなくすべての視聴者にとって「知る権利」の侵害となり、多大な不利益をもたらすだろう。

【関連リンク】
平成19(受)808 損害賠償請求事件 平成20年06月12日 最高裁判所第一小法廷判決 – 裁判所
http://www.courts.go.jp/search/jhsp0030?action_id=dspDetail&hanreiSrchKbn=02&hanreiNo=36444&hanreiKbn=01
NHK番組改変 東京高裁判決文 全文 – News for the People in Japan
http://www.news-pj.net/siryou/2007/nhk-kousai_zenbun20070129.html
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by mahounofuefuki | 2008-06-13 12:26

日本政府はクラスター爆弾全面禁止へ転換しなければならない

 クラスター爆弾禁止条約の作成を目指す「オスロ・プロセス」の最終交渉として5月19日より行われていたダブリン会議は、一部の「最新型」を除く現存のクラスター爆弾すべての使用・製造・備蓄を即時に全面禁止する内容の条約案で合意に達した。
 当初プロセスの主唱国ノルウェーやアフリカ・中南米諸国などが提唱していた「例外なき即時全面禁止」よりは後退したが、日本が禁止除外を求めていた「改良型」の爆弾も禁止対象となり、ほとんどのクラスター爆弾を全面廃棄できる見通しとなった。投票による多数決も想定されていただけに、会議終盤で全面禁止の方向性で合意にこぎつけたのは僥倖である。

 昨年2月にノルウェー政府と各国のNGOの提唱で行われたオスロ会議以降、何度かの国際会議で議論が重ねられて包括的な禁止条約作成の道筋が具体化していたとはいえ、クラスター爆弾保有に固執してプロセスに参加しなかったアメリカ、中国、ロシアなどの牽制や、プロセスには参加しながらも例外範囲を広げようとする日本や英国などの思惑が交錯して、正直なところ抜け道の大きい条約案になるのではないかと危惧していたが、国際社会の大勢はこの非人道的な兵器の廃絶への道を着実に進んでいると言えよう。

 今回のオスロ・プロセスが1年余りという短期間で一定の成果を得たことは、小国や非政府組織が主導して人道支援や軍縮の具体的作業を進め、それに大国を巻き込んでいくという方法が、国際政治においてしっかりと確立したことを意味する。対人地雷禁止条約にこぎつけた「オタワ・プロセス」に続き、旧来の大国間のパワーポリティクスとは異なるプロセスの登場は、国際平和の実現の上で大きな前進である。
 また、今回のプロセスと従来の軍縮交渉などとの大きな違いは、単に非人道的兵器の禁止・制限にとどまらず、被害者への支援や爆弾で破壊された地域社会の復興に重点を置いていることで、単なる軍縮からより積極的な人権回復への道を進んでいるのである。

 ところで、日本の主権者として述べなければならないのは、一連のプロセスにおける日本政府の消極姿勢である。アメリカに従属する日本政府は終始クラスター爆弾の保有に固執、オスロ・プロセスの最初の共同宣言であるオスロ宣言にも、当時の安倍内閣は支持しなかった(不支持は日本を含め3カ国のみ)。その後も特定通常兵器使用禁止制限条約(CCW)の枠組みの方を重視し、もともとCCWがクラスター爆弾の禁止に踏み出さないことに業を煮やして開始されたオスロ・プロセスでは専ら妨害者の役割を演じた。
 年内の条約締結を目標とした今年2月のウェリントン宣言には署名したものの、今回のダブリン会議でも不発率が高く被害が大きい現有の「改良型」爆弾の禁止除外を主張し、同じ「部分禁止派」でも「最新型」以外の全面禁止に傾いた英仏独などとも溝が広がり、国際的に孤立していた(このあたりの事情は毎日新聞2008/05/20朝刊が詳しい)。

 日本は第2次世界大戦時、東京大空襲などでクラスター型の焼夷弾による甚大な被害を受けている。そして平和主義と戦力放棄を定めた日本国憲法第9条を有する。本来ならばむしろ日本こそが、今回のノルウェーのような役割を担わねばならない。
 ところが、日本政府や保守勢力は、「同盟国」アメリカがクラスターを保持しているために、共同作戦上支障をきたすという集団的自衛権行使を前提とした議論や、海岸線が長い日本ではクラスターは防衛上必要な兵器であるというような議論で、一貫してクラスター爆弾の禁止を否定してきた(例えば産経新聞2008/05/29「主張」がその典型)。憲法が禁じる集団的自衛権を前提とした議論などもってのほかだが、「海岸線が~」という議論も日本列島沿岸に「敵」が大挙上陸するという(ミサイルが撃ち込まれるという類の想定に比べても)非現実的な話で、単に意味もなく強力な兵器を保有して子どもじみた自己満足に浸りたいだけにすぎない。

 そもそもなぜクラスター爆弾禁止が提起されたかと言えば、この爆弾が1個の「親」爆弾の中から数百個の「子」爆弾が飛散するという代物であるために、攻撃対象が無差別な上、不発弾が多く、それが事実上の対人地雷と化してしまっているからである。クラスター禁止の議論が対人地雷禁止の延長線上で出てきたのも、自爆装置のある「最新型」を禁止除外するという妥協が容認されたのも、まず何より甚大な2次被害の非人道性の解決が求められたからにほかならない。
 ふだん「国際貢献」とか「人道復興」とか言っているわりには、日本政府はそれらの標語を専らアメリカへの戦争協力を偽装するために利用しているだけだが、本当の「国際貢献」や「人道復興」はオスロ・プロセスのようなものを指すはずである。

 アメリカ、中国、ロシアなど軍事大国を欠いた条約に実効性があるのかという疑問もあろうが、むしろ世界の圧倒的多数の国が禁止条約を締結することで、クラスターの不当性が国際的に認知され、それが条約を拒否する国にもクラスターの使用を抑制する力学を生み出すことを重視するべきである。現代の戦争にあたって国家は一応何らかの正当性を追求しようとする。「クラスターは使ってはいない兵器」という共通認識が確立すれば、名分を失うことを恐れ容易には使えなくなる。
 日本の場合、国境を接する周辺国がすべてプロセス未参加国であるならば、むしろこれらの国が条約締結に踏み切らざるをえない状況を作った方が、世界が「悪の兵器」と非難する兵器をしこたま抱えるよりも、中長期的な安全保障戦略上はるかに有利である。

 現在のところ福田内閣は条約案への態度を保留しているが、これまでの中途半端な消極姿勢を転換し、クラスター爆弾禁止条約締結に全面賛同するべきである。今回の孤立劇で日本が失った国際的信用を挽回するにはそれしかない。


《追記 2008/05/30》

 日本政府はクラスター爆弾禁止条約案へ同意する方針を固めたようである。共同通信(2008/05/30 09:55)によれば「福田首相の強い意向を受けた方針転換」で、いわゆる政治決断があったとみられる。
 相変わらずネット右翼たちは、この条約の意義を理解できずに、ヒステリックに条約案拒否を扇動したり(戦前のロンドン海軍軍縮条約反対運動や国際連盟脱退劇と同じ)、クラスター弾が「人道的兵器」だとか(そんな主張は大量保有国ですらしていない)、クラスター弾を禁止しても需要がある限りなくならないというような(実際は需要もなくするために供給を止めようとしている)、荒唐無稽な詭弁で醜態を曝しているが、そんな連中の言動が現実の政治に全く影響力がないことを図らずも実証したと言えよう(もうこんなのをいちいち相手にしたくはないが、目に余ったので言及した)。
 とはいえ、ぎりぎりに追い込まれてようやく方向転換する日本政府は実に情けない。真に「平和外交」を目指すならば、こうしたプロセスに積極的に関与していくことが今後必要である。

【関連リンク】
JCBL - 地雷廃絶日本キャンペーン
http://www.jcbl-ngo.org/index.html?ref=self
*クラスター爆弾やオスロ・プロセスについてコンパクトにまとまった記事があり、非常にわかりやすい。
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by mahounofuefuki | 2008-05-29 19:23

A級戦犯を分祀しても「靖国問題」は解決しない

 東郷神社前宮司の松崎暉男氏が近著で、靖国神社が合祀したA級戦犯を東郷神社に分祀するよう提言するという。毎日新聞(2008/05/25 02:30)によれば、松橋氏は「靖国神社に代わる新たな国立追悼施設反対の立場で、神社本庁と一致している」が、「A級戦犯合祀が中国などの反発を招いた問題は、首相参拝が行われなくても解決しない」という立場だという。
 政府や保守勢力の一部にある、A級戦犯分祀によって「外交問題としての靖国問題」を解決し、靖国神社の公共性を確固たるものにしようという考えと同じとみられるが、この考えは「外国さえ黙らせれば靖国問題は解決」という立場であって、日本国内の歴史認識の問題、あるいは政教分離の問題としての「靖国問題」を無視しているという点で問題である。

 以前も書いたが、靖国問題の本質は、無数の戦没者の中から軍人・軍属だけを特権化し、しかもこれら戦死者・戦傷病死者が実際は国家の愚策によって死を強要されたのを、国家の繁栄のために死んでくれたと顕彰することで、日本国家の戦争責任を糊塗していることである。
 あえて極言すれば、国家指導者は本来「国家のせいで死なせてしまい申し訳ありません」と言わなければならないところを、「我々のために死んでくれてありがとう」と換骨奪胎してしまうのが靖国神社である。そこには戦争に対する反省も、民間人や外国人の戦争被害者への視点も、平和への祈願もない。
 A級戦犯を分祀すれば、韓国や中国をはじめ諸外国は「戦争指導者と民衆は違う」という立場から靖国参拝を問題としなくなり、「外交問題としての靖国問題」は確かに解決するかもしれない。しかし、日本の主権者にとっての靖国問題は何一つ解決しないどころか、かえって現在法的には一宗教法人にすぎない靖国神社を国家の戦争美化装置として復活させてしまう契機となりかねない。

 靖国神社が現実に果たしてきた戦争美化と兵士再生産の機能は、A級戦犯が合祀されていようといまいと何ら変わらない。いまいちど靖国問題を戦没者追悼の在り方の問題として捉え直す必要があるだろう。

【関連記事】
靖国神社とは何なのか
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by mahounofuefuki | 2008-05-25 12:34

自衛隊が「創設100周年」!?

 今日の「しんぶん赤旗」電子版に「陸自、銃携え街行進/『創設100周年記念』帝国陸軍を継承」と題する記事があって目にとまった。三重県津市にある陸上自衛隊久居駐屯地の「駐屯地創設100周年記念行事」の一環として、昨日(4月26日)駐屯部隊のパレードが行われたという。

 自衛隊の前身の前身である警察予備隊が占領軍の命令で創設されたのが1950年だから、今年は58周年のはずなのに、なぜ100周年?と思ったら、旧帝国陸軍の久居駐屯地の開設が1908年で、それから起算して100年だというからふざけた話だ。
 言うまでもないが、帝国陸軍と自衛隊はその設置の法的根拠は全く異なる。しかも敗戦による旧軍解体後、駐屯地は数年間とはいえ大蔵省が管轄し、制度上は断絶している。それを連続して100周年と称するのは厚顔無恥にもほどがある。
 今まではどうだったのか簡単に調べてみると、久居駐屯地の開設記念行事は毎年行われているが、昨年までは警察予備隊発足から起算していて、昨年は「57周年」となっていた。それが今年唐突に「100周年」と銘打って、40年ぶりに市中でのパレードを大々的に行ったのである。自衛隊の存在感と戦前と戦後の連続性を強調することで、「戦後的」価値観を否定する政治的パフォーマンスと言えよう。

 「赤旗」によれば、駐屯地司令で第33普通科連隊長の甲斐芳樹一等陸佐は、地元新聞に「創設百周年を迎えて」と題した一文を寄稿し、戦前久居に駐屯していた旧陸軍歩兵第33連隊を「日露戦争、支那事変に参戦し数々の戦果をあげ精強部隊として名をとどろかせた」「輝かしい歴史と伝統を後世に継承したい」と述べたという。
 危うくスルーしそうになったが、歩兵第33連隊といえば、日中戦争時に上海攻略戦や南京攻略戦に参戦した部隊である。笠原十九司『南京事件』(岩波書店、1997年)によれば、同連隊の「南京付近戦闘詳報」は1937年12月13日、揚子江上を逃げ惑う戦意を失った敗残兵に対し「前衛および速射砲を江岸に展開し、江上の敵を猛射すること二時間、殲滅せし敵二千を下らざるものと判断す」と記している。
 無抵抗の敗残兵(実際は非戦闘員の難民を大量に含む)の一方的殺害のどこが「輝かしい歴史」なのか。そんな「伝統」を現在の自衛隊が引き継ぐなど言語道断だ。

 このニュースは「赤旗」以外では地元三重の報道だけで、全国向けには全く報道されていないようである。しかし、現在の自衛隊幹部の歴史意識を知る上で重要な事件である。帝国陸海軍の復活という時代錯誤を明確に批判する必要があるだろう。


《追記 2008/04/28》

 昨年は「57周年」となっていたと書きましたが、昨年は「開設55周年」と称していたという情報提供がありました。「57周年」というのは私の検索ミスだったようです。
 本文の「昨年までは警察予備隊発足から起算していて」を撤回し、「昨年は『57周年』となっていた」を「昨年は『55周年』となっていた」に訂正します。申し訳ありません。
 いずれにせよ昨年までは旧陸軍時代を加算していなかったことに変わりはなく、今年になって「100周年」と言いだしたのは唐突であることは確かです。

【関連リンク】
陸上自衛隊久居駐屯地創設100周年記念行事
陸自、銃携え街行進/『創設100周年記念』帝国陸軍を継承-しんぶん赤旗
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by mahounofuefuki | 2008-04-27 12:40

「大江・岩波裁判」1審判決~史実の勝利

 大江健三郎『沖縄ノート』(岩波書店、1970年)及び家永三郎『太平洋戦争』(岩波書店、1968年)の沖縄戦「集団自決」に関する記述が、沖縄戦下で座間味島の戦隊長だった梅沢裕氏と渡嘉敷島の戦隊長だった故・赤松嘉次氏の名誉を棄損したとして、梅沢氏本人と赤松氏の弟が大江氏と岩波書店に慰謝料支払いと出版差し止めを訴えていた訴訟(いわゆる「大江・岩波裁判」)で、大阪地裁は原告の請求を棄却する判決を下した。
 この訴訟はそもそも沖縄戦下での「集団自決」を軍が強制したという事実を隠蔽したい勢力が唆して起こしたと言っても過言ではなく、原告側の主張は史料の裏付けがない非学問的なもので、裁判官に先入観がない限り、今回の判決は当然の結果と言えよう。文部科学省は先の教科書検定で、この訴訟の原告側主張を根拠に教科書から「軍の強制」の記述を削除させたが、司法は検定の根拠を全面否定したのである。

 判決で重要な要点は次の通り。

①梅沢・赤松による「集団自決」命令説は、援護法の適用を受けるための捏造であるという原告側主張を、援護法の適用が意識される以前から、アメリカ軍の「慶良間列島作戦報告書」や沖縄タイムス社編『鉄の暴風』(朝日新聞、1950年)のような軍命令の証言を示す資料が存在したこと、原告側の証言が合理性を欠くことなどを理由に退けた。

②手榴弾が交付されたこと、住民らがスパイ容疑で処刑されたこと、日本軍が駐屯していなかった地域では「集団自決」が発生しなかったことなどを理由に、「集団自決」に日本軍が深く関与したことを認定し、座間味・渡嘉敷それぞれで梅沢・赤松を頂点とする上意下達の組織があり、彼らが「自決」に関与したことを「推認」した。「自決命令」それ自体の認定は回避した。

③「集団自決」に関する学説の状況、根拠となる文献の存在と信用性の判断、著者の取材状況などから、問題の記述には「合理的資料もしくは根拠がある」と評価し、家永・大江が軍の強制を「真実」であると信じる「相当な理由」があったことを認め、梅沢・赤松への名誉棄損は成立しないと断じた。大江の赤松(書中では匿名)批判についても「意見ないし論評の域を逸脱し」ていないとした。

 細部に関して慎重だが、それだけに理路整然とした内容で、現在の通説ともほぼ合致する。軍による住民の処刑、「集団自決」の強制を事実として認め、原告の根拠なき主張をすべて退けた以上、大江・岩波側の全面勝訴と言っていいだろう。史実を隠蔽しようとする動きに一定の掣肘を与えたと評価したい。
 原告は控訴するのが確実なので、訴訟はまだ続くだろうが、控訴審で今回の判決から後退することのないよう陰ながら応援したい。

 なお原告側主張の元となっている作家の曽野綾子氏の言説のお粗末さについては、最近文芸評論家の山崎行太郎氏が精力的に丁寧な批判を行っている。山崎氏は保守派と目されているが、「集団自決」の争点は価値判断の前提となる事実認識であり、それには右も左もなく、彼が曽野氏を批判するのは真っ当である。今さら当ブログごとき弱小ブログが紹介するのも気が引けるが、念のためリンクしておく。
 文藝評論家=山崎行太郎の政治ブログ『毒蛇山荘日記』

【関連リンク】
「大江・岩波裁判」大江氏側全面勝訴の判決-JanJan
大江健三郎・岩波書店沖縄戦裁判支援連絡会
大江・岩波沖縄戦裁判を支援し沖縄の真実を広める首都圏の会:全面勝訴 3・28大阪地裁判決内容
沖縄戦の歴史歪曲を許さず、沖縄から平和教育をすすめる会|大江・岩波沖縄戦裁判 原告棄却 隊長関与推認できる!
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by mahounofuefuki | 2008-03-28 21:06

教科用図書検定調査審議会が聴取した「専門家」の意見について

 教科用図書検定調査審議会日本史小委員会が訂正申請に際して聴取した専門家9人のうち、8人の氏名と意見の要旨が公表された(北海道新聞2007/12/27朝刊)。新聞に記載された要旨から次のように整理できる。

 「集団自決」を日本軍の「強制」とする立場を明確にしているのは、沖縄県史編集委員の大城将保氏と関東学院大学教授の林博史氏。大城氏は「『敵の捕虜になる前に潔く自決せよ』という軍命令は沖縄全域に徹底されていた」と「軍命」の存在にも言及し、林氏は「沖縄戦での『集団自決』が、日本軍の強制と誘導で起きたことは沖縄戦研究の共通認識」と軍による「強制と誘導」を強調している。

 「強制」と明言してはいないが、軍の存在と「集団自決」の因果関係を認める立場をとるのは、山梨学院大学教授の我部政男氏、琉球大学教授の高良倉吉氏、沖縄学研究所所長の外間守善氏。我部氏は「沖縄戦末期にいわゆる『集団自決』が事実として起こった。その背景に『軍官民一体化』の論理が存在していたことは明確だ」とし、「軍命令」は「軍官民一体化」の論理の範囲に入ると指摘している。高良氏は「目前の住民の生死より作戦遂行を至上とした軍の論理があり、軍民雑居状態を放置した。慶良間諸島での集団自決も、軍の結果責任は明らかで、軍側の論理の関与を否定できる根拠はない」と軍の「関与」を強調している。外間氏は「沖縄県民十余万人を犠牲とした、集団自決を含む責任は日本国にある」「沖縄における軍の存在は脅威だった」と軍の「脅威」を強調している。

 「強制」を狭くとらえ、軍と「集団自決」の因果関係を否定しているのは、現代史家の秦郁彦氏、防衛省防衛研究所戦史部客員研究員の原剛氏。秦氏は「渡嘉敷島を中心に考察するが、集団自決の軍命説は成立しない。自決の「強制」は物理的に不可能に近い」「攻撃用手榴弾の交付と集団自決に因果関係はない」と軍命を全面否定し、軍の「関与」も否定している。原氏は「沖縄戦では戒厳令は宣告されず、軍に住民への命令権限はなかった。関係者の証言によると、渡嘉敷・座間味両島の集団自決は軍の強制と誘導によるものとはいえない」と大江・岩波訴訟の原告側証言のみを根拠として「強制と誘導」を否定し、さらに住民は「自ら死を選び自己の尊厳を守ったのだ」と「自決」を美化さえしている。

 軍の関与の度合いについてはっきりしないのが帝京大学講師の山室建徳氏で、ただ「先祖伝来の地に住む沖縄県民の多くは『集団自決』の道をとらなかった。一部の軍が住民に自決を強要したとだけ記述するのは、事実としても適切ではない」と「集団自決」が県民の少数派であることを強調し(これは前述の秦氏も渡嘉敷の「自決者は全島民の3割に及ばず」と強調していた)、軍の「強制」「関与」とも少なくとも教科書に記載することには反対している。

 専門家といっても実際は沖縄戦の研究業績のない研究者が含まれている。高良氏は中世・近世史の研究者で琉球王国の専門家である。秦氏は軍事史の研究者ではあるが、一般には沖縄戦の研究者とは目されていない。山室氏は政治史の研究者で、歴史修正主義グループに参画する東京大学名誉教授の伊藤隆氏の門下である。
 文部科学省は訂正申請に際して専門家に意見聴取する前から、軍の「関与」は認めるものの、軍の「強制」はあくまで認めないという方針を固め、「関与」説が多数ないし「中立」になるよう恣意的な人選をしたと考えられる。
 *ただし意見書の全文を読んでいないので、当ブログの整理・分類が不正確な可能性はある。

 なお長らく非公表だった教科用図書検定調査審議会の日本史小委員会の委員も8人中7人が公表された。九州大学大学院教授の有馬學氏、國學院大學教授の上山和雄氏、筑波大学副学長の波多野澄雄氏、駿河台大学教授の広瀬順晧氏、國學院大學名誉教授の二木謙一氏、学習院女子大学教授の松尾美恵子氏、国立歴史民俗博物館教授の吉岡真之氏である。
 このうちすでに当ブログで指摘した有馬、上山、波多野、広瀬各氏が近代史専攻である。

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by mahounofuefuki | 2007-12-27 12:03

文部科学省はやはり「軍の強制」を認めなかった~「追いこまれた」と「強いられた」の差

 沖縄戦における住民の「集団自決」をめぐる高校用日本史教科書の検定に関し、教科用図書検定調査審議会が教科書会社側の訂正申請を受理し、文部科学大臣に報告した。
 共同通信(2007/12/26 15:25)や朝日新聞(2007/12/26 15:06)は「軍の強制」の記述が「事実上」認められたと報じたが、これに対して沖縄タイムスや琉球新報は号外を出し「軍の強制」が認められなかったと報じ、時事通信(2007/12/26 17:33)も「軍による『強制』『強要』などの表現は認めなかった」としている。検定結果に対する反応がメディアによって全く異なるので混乱している人も多いだろう。
 今回の訂正結果を含む各教科書の記述の変遷は沖縄タイムスの電子号外2面が詳しいので、それぞれ自身の眼で参照してほしい。
 沖縄タイムス 号外 教科書検定による「集団自決」記述の変遷*PDF

 結論から言うと、文部科学省は結局「軍の強制」を認めなかった
 日本軍に「自決」を「強いられた」「強制された」といった記述を認めず、日本軍の「関与」によって「自決」に「追いこまれた」「追いやられた」といった記述に変えさせた。春の検定意見では日本軍の「関与」すら一切認めなかったのに比べれば、少しはましになったと言えるが、文部科学省側は「軍の強制」という記述には頑なに抵抗した。
 教科書執筆者の尽力で、日本軍という主語が復活し、特に実教出版は「強制的な状況」という記述を通したが、それでも「強いられた」ではなく「追い込まれた」という以上、軍が「自決」せざるをえない状況は作ったが、あくまでも「自決」そのものの契機は住民にあるという解釈が可能になる。文部科学省は、軍が「自決」を強いたという通説をどこまでも否定しようとしているのである。

 沖縄戦研究の第一人者である関東学院大学教授の林博史氏は「研究者としても、これまでの研究成果を反映していないどころか否定した検定で、受け入れられない」と今回の訂正を批判している。沖縄の人々もこれでは容認できないだろう。
 また、教科書検定過程に加えて、今回の訂正申請過程も不透明なことが多い。表向きは教科書会社の訂正申請を審議会が受理したという建前になっているが、事前の相次ぐ報道の通り、訂正申請の内容に教科書調査官が深く介入したことは間違いない。昨年来の検定の全過程を徹底的に検証する必要があるだろう。

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by mahounofuefuki | 2007-12-26 20:20

文部科学省は「軍の強制」否定に固執した~「集団自決」検定問題は終局へ

 沖縄戦における住民の「集団自決」をめぐる教科書検定の現在の動向がほぼ明らかになった。
 当ブログは12月7日の記事で「依然として文部科学省が『軍の強制』を明記することに抵抗している」と指摘し、教科用図書検定調査審議会が「軍の強制」を容認したと報じた共同通信など一部の報道を否定したが、当の共同通信が今日になって誤報を改めた。
 以下、共同通信(2007/12/22 00:00)より(太字は引用者による)。
 沖縄戦の集団自決をめぐる高校日本史教科書の検定問題で、日本軍による強制があったとの記述で訂正申請していた複数の教科書会社と文部科学省の教科書調査官との間で、「強制」の文言使用を避ける形で記述内容の“調整”をしていることが21日、関係者の話で分かった。
 教科書検定審議会は軍の強制記述を削除・修正させた検定意見を撤回しない一方で、一定の条件付きで「事実上の強制」を示す記述を容認する考えを示していたが、「強制」という文言そのものの使用は認めない方針のもようで、調査官が検定審の意向を伝えたとみられる。(後略)
 沖縄のメディアはさらに詳細を伝えている。沖縄タイムス(2007/12/22朝刊)によれば、教科書調査官側は、「日本軍」を主語とした「強制」「強いた」という文言を使わないよう教科書会社側に求め、「日本軍の強制」と「集団自決」の背景を併記して訂正再申請した会社も、結局それに沿って訂正再々申請したという。また、琉球新報(2007/12/22 09:43)によれば、審議会は「日本軍」を主語とすることは認めたが、「強制」ではない「関与」にとどめているという。
 さらに前記琉球新報の記事は、12月4日に審議会が教科書会社側に示した「指針」で、「今後の調整は教科書調査官に委任する」と述べていたことも明かしている。当ブログが以前から指摘してきたように、現行の教科書検定では教科用図書検定調査審議会は有名無実化し、教科書調査官の役割が増大しているが、今回も審議会は調査官に丸投げし、一方的に教科書発行者に「指針」を押し付けたのである。これではもはや「検定」というより「検閲」であり、戦前の国定教科書と何ら変わりがない

 そもそも今回の検定問題は、前回までの検定を通過していた記述に対し、何ら正当な根拠もなく今回になって突如検定意見が付されたことに端を発する。前回検定から今回検定までの間に、通説を覆すような学術論文が発表されたわけではない。非学問的な要因によって教科書が書き換えられたのである。
 当初の申請本では、すべての「集団自決」が日本軍の「強制」だったとは書いていない(「日本軍によって強いられた人もあった」というような記述)。ところが、検定意見は一切「日本軍」を「強制」の主語とすることを禁じた(当ブログの沖縄戦の「集団自決」に関する教科書検定問題の資料を参照)。実際は「軍命」もあったし、軍のいない所では「集団自決」が起きていない以上、すべての「集団自決」に軍が関与していると言ってもいいのだが、いずれの教科書も慎重な姿勢だったのである。
 ところが文部科学省は教科書会社や執筆者のそんな慎重な姿勢をも吹き飛ばし、史実を隠蔽した。文部科学省は歴史学の研究状況を無視し、歴史修正主義者らの政治的介入によって検定を歪めたのである。

 その後、沖縄県民をはじめとする世論の強い批判を受けて、検定の再申請が行われたが、前述のように依然として文部科学省は姿勢を改めず、相変わらず当初の検定意見に固執していることが明白になった。やはり当ブログが以前指摘したように、この問題は時間との戦いであり、教科書会社側は文部科学省に従うほかない。検定審査を通らなければ、教科書を発行することはできず、出版社は確実に倒産する。残念ながらそうした弱みがある限り、検定の壁を突破することは難しい。
 改めて文部科学省による教科書検定制度の廃止を含む全面的な見直しを提起したい。同時に自らの学問的良心よりも政治的な自己保身を優先した教科書検定調査審議会日本史小委員会の4人の委員(別記)と教科書調査官に厳重な抗議の意を示したい。

《別記》
 教科書検定調査審議会の日本史小委員会のメンバーは次のとおり。
九州大学大学院教授 有馬学
國學院大学教授 上山和雄
筑波大学教授 波多野澄雄
駿河台大学教授 広瀬順晧
 有馬氏と広瀬氏が、歴史修正主義グループに参画する東京大学名誉教授の伊藤隆氏の門下ないしは深い関係にあることは、当ブログが指摘し、その後国会でも明らかになった。上山氏は伊藤氏が教授だった時期に東京大学大学院に在籍し、当然伊藤ゼミにも出ていたと思われるが、彼は一般には同時期に東京大学教授だった高村直助氏の門下と目されている。波多野氏は政治学畑で「文学部系統」の歴史家ではないが、かつて家永教科書訴訟で被告の国側の証人として出廷したことがある。
 教科書調査官については教科書改竄の「黒幕」参照。


《追記 2007/12/25》

 NHKニュース(2007/12/24 18:37)によれば、教科書会社6社中、5社の訂正申請に対し、教科用図書検定調査審議会は「住民に対する日本軍の直接的な命令を示す資料は見つかっていない」という理由で、「事実上の修正」を求め、教科書会社側は修正して申請したという。国策放送であるNHKが報じたことで、事態はよりはっきりしたと言えよう。文部科学省の姿勢は今春の検定意見の段階から何ら変わっていない。これは日本の支配層が「沖縄」を切り捨ててまで「日本軍の名誉」を重んじたことを意味する。歴史修正主義勢力に屈したと言っても過言ではない。

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by mahounofuefuki | 2007-12-22 12:25