「ほっ」と。キャンペーン

タグ:宗教 ( 6 ) タグの人気記事

「追悼の場」と「自己顕示の場」

 昨日のエントリで、8月15日に靖国神社を参拝する人々の相当数が死者の追悼よりも、靖国を参拝するという行為を通して自分が「日本人」であるという帰属意識を確認することに意味を見出しているのではないか、ということを指摘したが、昨日の靖国神社の様子を映した動画を見てその思いをより強くした。

 YouTube - 平成20年8月15日 靖国神社
 http://jp.youtube.com/watch?v=JHZyrt0ph94
 まず「普通の」情景。0:30あたりで、「○○議員の○○先生」と延々と紹介しているのに失笑。靖国は選挙の票集めの道具なのが実態なのだ。途中でどう見ても「珍走団」にしか見えない人たちが・・・。最後の方で「パンダに国民の税金を使うなどもってのほかです」とかアジっていたのにも笑った。パンダなんかよりもっと重大なことがあるだろう。

 YouTube – 2008/8/15 靖国神社にて
 http://jp.youtube.com/watch?v=MGIdFGgIOlY
 YouTube – ドキュメント靖国神社01
 http://jp.youtube.com/watch?v=GsSCOtvyBoc
 まるで同窓会のノリで軍歌を熱唱するじいさんたち。上の動画では軍歌熱唱の輪の中になぜか若い女性が1人。

 YouTube - ドキュメント靖国神社02
 http://jp.youtube.com/watch?v=vFM0nEYQSXI&feature=related
 YouTube - ドキュメント靖国神社03
 http://jp.youtube.com/watch?v=3yn_LPFzDD0&feature=related
 YouTube - ドキュメント靖国神社04
 http://jp.youtube.com/watch?v=3msLcZvFRIM&feature=related
 軍装コスプレの皆さん。「軍隊ごっこ」にしか見えない。聴くに堪えない下手なラッパに涙目。こういう人たちに私はナルシズムしか感じないのだが・・・。

 YouTube - ドキュメント靖国神社05
 http://jp.youtube.com/watch?v=TqKIXQLToS8&feature=related
 「お約束」の機動隊と右翼街宣の対峙。街宣の諸兄は自分たちのやっていることが死者をかえって冒涜しているという自覚がないのだろうか。

 リアル中国へ帰れ中国へ!:WHAT’S NEW PUSSYCAT!?
 http://pussycat.blog.so-net.ne.jp/2008-08-15-23
 やはりあったトラブル。仲裁に入った人を中国人と決めつける。リアリティのない「他者の消えた楽園」を望む滑稽さ。

 戦争再生産装置としての靖国神社における戦没者追悼の在り方はますます歪みを見せている。追悼の場というよりも自己顕示の場とする人々。「軍隊ごっこ」を見ると、もともと日本の宗教の中では歴史の浅い靖国神社はある意味カルト化しているのでは?とさえ感じる。戦争への批判も反省もない好戦的ナショナリストに荒らされる場としての靖国。こんなものに公的性格を与えようとする気がしれない。

 ちなみに産経新聞(2008/08/15 21:07)によれば、靖国の参拝者は一昨年が25万8000人、昨年が16万5000人、今年が15万2000人と減少を続けているらしい。靖国神社はだんだん見放されつつある。

【関連記事】
「8月15日」
[PR]
by mahounofuefuki | 2008-08-16 13:00

「8月15日」

 今日8月15日は敗戦記念日である。内外の戦没者を追悼し、不戦を誓い、平和実現を祈願する、というのが模範的な行為なのだが、親世代でさえ戦争体験がなく、親族に戦没者がいないこともあって、個人的には「特別な1日」という実感はどんどん薄れていることを告白しなければならない。「8月15日」をめぐるさまざまな綻びを近年感じるようになったこともその一因である。

 今日の視点から歴史を顧みるならば、本来政治史的な意味での「敗戦」のメモリアルとなる日は、日本政府がポツダム宣言の受諾を最終的に決定した8月14日か、降伏文書に調印した9月2日なのだが、戦争体験者の実感に即せば、やはり「終戦の詔書」が公表された8月15日は特別な意味を持つのだろうから、それを軽視するつもりはない(旧植民地でもこの日は「解放の日」である)。この日に改めて「不戦」を誓うことの社会的な意味も認識している。しかし、「8月15日」が次第に儀式化・形式化する中で、形ばかりの「戦没者追悼」や口先だけの「平和の祈願」に距離感を覚えるのを否定できないのである。

 「8月15日」に対する違和感は、政府主催の戦没者追悼式をはじめ「正午」に黙祷を行う慣習に最も現れる。なぜ正午なのか。昭和天皇の「玉音放送」に重ね合わせていることは承知しているが、この「正午の黙祷」という行為が昭和天皇の「聖断」に特権的意味を付与し、「敗戦」を「終戦」と読み替えた欺瞞を公認しているように思える。そこからは天皇制の戦争責任を問う契機は生じない。
 戦没者の追悼に際しても、相変わらず戦没者の死に「平和のための礎になった」式の意味を与えようとする向きが強い。実際には戦争での死に意味などない。戦没者は国家によって犬死させられたという厳然たる事実を受け入れない限り、本当の意味で戦争を克服したことにはならない。国家の「せいで」死んだ人々を、国家の「ために」死んだと読み替え、あまつさえその死を「顕彰」する「靖国史観」などもってのほかである。

 その靖国神社では今年も多数の人々が参拝に訪れている。web上で実際に靖国に行ってきた人の報告記などを読む限りでは、8月15日の靖国はますます「祝祭空間」化が進み、のぼりを掲げた右翼集団や軍装のコスプレイヤーが目立つ。「静謐な追悼の場」を汚すような街宣も例年通り。本当に戦死者を心から追悼している人がどれほどいるのか。戦争体験のない世代や戦死者と直接のつながりのない者にとって、靖国を参拝することは追悼というより、「日本人」であることを確かめる象徴的儀式となっているのが実情なのではないか。一種のナルシズムである。
 福田康夫首相は賢明にも靖国参拝を行わなかったが、何人かの閣僚は参拝した。特にかつて集団強姦を「元気があっていい」と放言した太田誠一農水大臣が、戦争美化装置たる靖国に、それも8月15日に参拝するグロテスク。旧軍の性犯罪も「元気があっていい」と言っているようで非常に不快だ。戦没者追悼式で福田首相は過去の首相と同様、アジアへの加害責任に言及した上で「不戦の誓いを新たにする」と表明したが、いかに国家の最高首脳が公式にはそう言っても、一方で閣僚を含む多くの国会議員の矛盾する行動を放置している限り、国際社会はもとより、日本国内の良識ある人々にもその不戦の意思に疑念が生じざるをえない。

 一方、「平和の祈願」の在り方にも疑問がある。「戦後63年」という時、その「戦後」は「平和」であったという認識が前提にあるが、以前沖縄の慰霊の日に当ブログで言及したように、その「平和」の内実が厳しく問われるべきなのではないか。
 日米安保体制のもと、米軍基地や自衛隊基地のある所では必ずしも「平和」を享受できたと言えない。より大きな話としては、「戦後の平和」なるものがあまりに美化・特権化された結果、その間の社会の矛盾が忘却されている。「平和を守ろう」という掛声が、特に我々「氷河期世代」の社会的弱者にむなしく響くのは、その「平和」の恩恵を受けていないという「実感」が根強く存在するからである。

 「戦後の平和」が「虚妄」であった、とまでは言わない。少なくともこうしてささやかなブログを書く自由はまだある以上、「不正義の平和」だとか「戦争の方がまし」などとは全く思わないが、他方で毎年3万人以上が自殺に追い込まれ、貧困が拡大し続けるような状況を、とてもではないが「平和」とは言えない。むしろポスト冷戦下での「新たな戦争」なのではないかとさえ考えている。
 「既成の平和」を守るというスタンスをとる限り、現在「平和」に生活しえない人々には「平和」を守る意味を見出すことはできない。現実に世界が「核」の支配下にあり、世界各地で武力紛争が続き、また日本国家がさまざまな形態でアメリカの戦争に加担していることも含めて、「平和」が「未完の課題」であることを決して忘れてはならない。

【関連記事】
靖国神社とは何なのか
「戦争のおかげで日本は民主化された」論と「新しい戦争のカタチ」
[PR]
by mahounofuefuki | 2008-08-15 17:42

A級戦犯を分祀しても「靖国問題」は解決しない

 東郷神社前宮司の松崎暉男氏が近著で、靖国神社が合祀したA級戦犯を東郷神社に分祀するよう提言するという。毎日新聞(2008/05/25 02:30)によれば、松橋氏は「靖国神社に代わる新たな国立追悼施設反対の立場で、神社本庁と一致している」が、「A級戦犯合祀が中国などの反発を招いた問題は、首相参拝が行われなくても解決しない」という立場だという。
 政府や保守勢力の一部にある、A級戦犯分祀によって「外交問題としての靖国問題」を解決し、靖国神社の公共性を確固たるものにしようという考えと同じとみられるが、この考えは「外国さえ黙らせれば靖国問題は解決」という立場であって、日本国内の歴史認識の問題、あるいは政教分離の問題としての「靖国問題」を無視しているという点で問題である。

 以前も書いたが、靖国問題の本質は、無数の戦没者の中から軍人・軍属だけを特権化し、しかもこれら戦死者・戦傷病死者が実際は国家の愚策によって死を強要されたのを、国家の繁栄のために死んでくれたと顕彰することで、日本国家の戦争責任を糊塗していることである。
 あえて極言すれば、国家指導者は本来「国家のせいで死なせてしまい申し訳ありません」と言わなければならないところを、「我々のために死んでくれてありがとう」と換骨奪胎してしまうのが靖国神社である。そこには戦争に対する反省も、民間人や外国人の戦争被害者への視点も、平和への祈願もない。
 A級戦犯を分祀すれば、韓国や中国をはじめ諸外国は「戦争指導者と民衆は違う」という立場から靖国参拝を問題としなくなり、「外交問題としての靖国問題」は確かに解決するかもしれない。しかし、日本の主権者にとっての靖国問題は何一つ解決しないどころか、かえって現在法的には一宗教法人にすぎない靖国神社を国家の戦争美化装置として復活させてしまう契機となりかねない。

 靖国神社が現実に果たしてきた戦争美化と兵士再生産の機能は、A級戦犯が合祀されていようといまいと何ら変わらない。いまいちど靖国問題を戦没者追悼の在り方の問題として捉え直す必要があるだろう。

【関連記事】
靖国神社とは何なのか
[PR]
by mahounofuefuki | 2008-05-25 12:34

天皇と皇太子の疎隔の深層

 宮内庁の羽毛田信吾長官が2月13日の記者会見で、皇太子徳仁親王一家が天皇・皇后を訪問する回数が少ないことに苦言を呈する発言をして以来、皇室をめぐってさまざまな憶測が囁かれ波紋を呼んでいる。羽毛田氏の発言は、表向きは敬宮愛子内親王を皇居に連れて来ないということを問題にしていて、皇太子も2月23日の誕生日前の記者会見で「家族のプライベートな事柄」と述べているように、一般常識から言えば「孫を祖父母に会わせない」というどうでもよいことである。
 その「どうでもよいこと」をなぜあえて宮内庁長官が公にしたのか。2004年に皇太子が雅子妃の「人格を否定する動き」が宮中にあったという暴露を行って以来、天皇と皇太子の間にある種の「疎隔」があるのではないかという疑いがあるが、その原因は「家族のプライベート」にとどまらないのではないか。羽毛田氏の皇太子「批判」については、いわゆる「千代田」(皇居・宮内庁)と「赤坂」(東宮職)の縄張り争いを指摘する向きもあるが、私にはもっと深刻な問題が横たわっているように思う。

 この問題を考えるヒントとして、今月発売された『論座』3月号に掲載された明治学院大学教授の原武史氏の論文「21世紀の象徴天皇制と宮中祭祀」を紹介したい。皇室における宮中祭祀の位置と現天皇の祭祀への熱意を明らかにしている。
(前略) 現天皇は、宮中祭祀に非常に熱心である。宮中祭祀とは、皇居内の宮中三殿(賢所、皇霊殿、神殿)で行われる祭祀のことで、天皇が出るべき祭祀は、1年間に30回前後もある。
 昭和天皇の場合は、侍従長となる入江相政の判断により、60年代後半から徐々に掌典長による代拝を増やしていったが、現天皇は古希を過ぎても、一向に代拝させる気配がない。
(中略)
 宮中祭祀はいまも、1908年に制定され、47年に廃止された皇室祭祀令におおむねのっとって行われている。それによれば、祭祀には大祭と小祭がある。前者は女性皇族が出席できない新嘗祭を除いて、皇后や皇太子妃も出席が義務づけられるが、後者は天皇と皇太子だけが出席すればよいことになっている。
 だが実際には、新嘗祭を除く大祭はもちろん、一部の小祭にすら、天皇と皇后がともに出席している。天皇が前立腺がん手術に伴い静養していた2003年1月から5月にかけては、皇后がずっと出席した。ちなみに皇太子妃は、03年9月を最後に出ていない。(後略)
 宮中祭祀というのは、無知な右翼ナショナリストが信じているような古来続いたものではなく、明治維新後に創出されたものである。戦前「臣民」に強制された国家神道の中核は皇室による宮中祭祀だった。敗戦後、占領軍のいわゆる「神道指令」により国家神道が解体され、日本国憲法施行後は政教分離原則により、宮中祭祀は皇室の私的行事となった。
 しかし、原論文も指摘しているように、今も宮中祭祀は戦前の皇室祭祀令に準拠して行われ、「建国記念の日」=「紀元節」、「春分の日」=「春季皇霊祭」、「秋分の日」=「秋季皇霊祭」、「勤労感謝の日」=「新嘗祭」、「天皇誕生日」=「天長節」というように、いまだ宮中祭祀に起源をもつ祝日が多く現存している。天皇の行動は憲法に制約される以上、政教分離原則を厳密に適用すれば、限りなく憲法違反の疑いが濃厚な状態にあると言える。

 天皇が宮中祭祀に熱心なのは、戦前の天皇制が抑圧装置として民衆に君臨し、また建前においても実質においても天皇が「大元帥」として軍国主義に加担した過去を反省し、天皇の役割を「国民」の平穏を祈ることに求めているためと考えられる。政教分離への無自覚は別として、天皇は再三にわたり日本国憲法の遵守を明言し、機会をみて近年のタカ派傾向を批判もしてきた。天皇制の存続のためには「平和への祈り」が不可欠と考えている節がある。
 しかし、皇太子の方には祭祀への熱意はない。1950年代生まれの彼にしてみれば、旧態依然の祭祀は不合理に映っているのかもしれない。ましてや外国生活が長かった皇太子妃はなおさらだろう。宮中正殿に上がるたびに潔斎を要求されるような慣習にはついていけないはずだ。雅子妃の「適応障害」とは宮中祭祀に「適応」できないというのが原因ではないかとさえ私は思っている。

 羽毛田発言の背後には天皇の宮中祭祀継承への不安があるのではないか。表向きは愛子内親王をダシに使ってはいるが、実際は直接皇太子に自らが信じる宮中祭祀の重要性を説き、次代にも「祈る天皇」像を継承させたいのではないか。
 最近、天皇が骨粗鬆症に罹患している可能性が公表され、祭祀への出席も見直すことも明らかになった。皇后も近年病気がちであり、いよいよ宮中祭祀を皇太子が担わなければならなくなる。天皇は自らの健康に不安があるからこそ焦りがあり、それが異例の宮内庁長官の皇太子「批判」につながったというのは穿ち過ぎだろうか。

 われわれ主権者としては、宮中祭祀が憲法の政教分離に違反しているのではないか、国税を費やして行うに値するものなのかという点こそ問題の本質と考えねばならない。マスメディアののぞき見趣味的な報道では見えない、皇室の「宗教性」を問題とする視覚が今後必要だろう。
[PR]
by mahounofuefuki | 2008-02-29 13:04

「カルト学者」が埼玉県教育委員長に

埼玉県教育委員会が、委員長に明星大学教授の高橋史朗氏を選出した。
高橋氏は2004年に上田清司知事の肝煎りで教育委員に任命された人物だが、実は「新しい歴史教科書をつくる会」の元副会長という、非常にいわくつきの人物である。

高橋氏は1950年生まれ。早稲田大学大学院終了後、スタンフォード大学フーバー研究所客員研究員などを経て、1990年より明星大学の教授を務めている。元々は占領期の教育政策の研究者だったが、一方で復古主義的教育論を唱え、中曽根内閣時代には臨時教育審議会の専門委員に抜擢されるなど、若くして保守派の教育学者として名を成した。近年は性教育やジェンダーフリーに対する狂信的な中傷や攻撃で知られ、「新しい歴史教科書をつくる会」の公民教科書の監修者でもあった。

ちなみに2004年12月に埼玉県教育委員に任命される際、当初「つくる会」教科書とは無関係とウソをついていたが、実際は「つくる会」側が監修者から高橋氏の名を削除して、体裁を取り繕っていた。文部科学省が削除者名を公開したためウソが発覚したにもかかわらず、開き直って教育委員のイスにしがみついたのは周知の事実である。
2006年9月には教員採用・人事権者である教育委員でありながら、現職教員や教員志望者を対象にした私塾「埼玉師範塾」を開くなど、上田知事の「寵愛」を背景に権勢を揮い(「師範塾」名誉会長は上田知事)、国家主義・復古主義的教育を推進している。
今回ついに教育委員長になり、名実ともに埼玉県の教育行政のトップに座ることになったのである。

問題は高橋氏が単なる「右翼」ではないことにある。
以下は、右翼団体「一水会」元代表の鈴木邦男氏の回想である(以下、各引用文の太字はすべて引用者による)。
今週の主張6月12日 いいじゃん。「君が代」の替え歌だって (鈴木邦男をぶっとばせ!)

(前略)そうそう,産経にこのコメントをしていた高橋史朗氏(明星大学教授)だ。実は,知ってる人だ。早稲田の後輩だ。それだけじゃない。「生長の家学生道場」の後輩だ。同じ寮に住み,修業した。毎朝,4時45分に起床して,お祈りし,聖経を読み、講話を聞き、それが終わると中庭に集合して国旗掲揚をした。夕方は降下式がある。ほとんど帰省しないから、350日位、国旗を掲げ、君が代を歌う。朝夕だから1年で700回だ。僕はここに6年いた。4200回は君が代を歌い、日の丸を掲げた。その後、右翼になってからも、年に何回かはやってる。だから軽く、5000回は超えてる。だから、「愛国者のノルマ」は超えとる。
 この話は、『愛国者は信用できるか』(講談社現代新書)に書いた。高橋史朗氏も一緒に「君が代」を歌い、「日の丸」を掲げた。さらに私は、毎日のように大学で全共闘と闘っていた。荒ぶる戦士だった。大学の勉強なんておろそかにしていた。高橋氏はまじめな学生だった。成績も優秀だった。頭もよかった。だから、今は教授だ。偉くなっている。「学生道場」というスタート地点は同じだが、「勝ち組」の高橋氏と、「負け組」の私は、はっきり差がついてしまった。悲しい。(後略)
高橋氏は、保守系宗教団体「生長の家」と深い関係があるのだ。
それだけではない。以下は、東京大学大学院教授の高橋哲哉氏の講演である。
「国家に心を奪われないために」(ヒロシマ県北)

(前略)この高橋史朗氏という人は、「つくる会」のメンバーですから「歴史教科書にいわゆる日本軍慰安婦の問題を書くのはけしからん。削除すべきだ」という主張から始まりまして、「自分たちの主張を載せた教科書を自分たち自身で作ってしまえ」という事で、扶桑社から教科書を出したわけです。同時に彼の一番のフィールドは道徳教育で、とりわけ性教育に関心が強いんです。
 この問題が起きて12月12日に埼玉でも教育基本法改悪に反対する集会が600人ぐらい集めて行われました。これはそれまで対立していて同席する事がなかった複数の教職員組合の人なんかが同席するという画期的な集会でした。そこでこの問題が起こったものですから、この高橋史朗氏がどんな活動してきたのか、という事で彼が出演しているビデオを上演したんですね。このビデオは「性教育過激派のねらい」というビデオです。それで私も初めて見てびっくりしたんですけれども、最初の部分にこういうナレーションが入るんですね。「社会主義国は崩壊したが、共産主義は今『性教育』という名の妖怪に形を変えて子どもたちと家庭に入り込んで来ようとしている」。非常に不気味なビデオなんですけれども、高橋氏がその中で現在日本で進められている性教育と言うのは、いかに過激なものであって人々の常識に逆らうものであるか、「性交教育」「性器教育」「煩悩教育」だというふうに決め付けて攻撃をしている。そしてまた最後が衝撃的な終わり方をするビデオなんです。
 当時、日本で広く使われていた性教育の中学校用と高校用の副読本が画面に現れまして、なんとそれに火が付けられ、燃やされるシーンで終わるんですよね。つまり焚書ですね。かつてナチスドイツが「ユダヤ人の書物が有害である」と言って鎧の広場にそれを集めて燃やしました。それと全く同じ感性でこの性教育を攻撃している、そういうビデオだった訳なんです。このビデオは高橋氏自身が表明しているところでは、勝共連合系の団体から依頼されて出演したという事で、実は彼はいわゆる統一教会系のグループと連動しながら、ずっと現在の性教育を過激だとして攻撃してきた、そういう人物だったんですね。
 そのビデオの中で燃やされている性教育の副読本の中学校用のほうをここに持って来てます。東京書籍のもので、中を見ますと、子どもたちが成長していく過程で、「性」というものを自分の中にどういうふうに統合していくかという事を中心にして書かれています。
 一番最後の所には参考資料として「子どもの権利条約」、それから「女性差別撤廃条約」、そして「世界人権宣言」というものが載っております。至って真っ当な性教育の副読本だと私などには見えるんですが、これが過激派になってしまう。共産主義者の陰謀だという事になってしまうんですよね。(後略)
高橋史朗氏は「生長の家」のみならず、「統一教会」とも深い関係があるというのだ。しかも「焚書」とはもはや狂信者の行いである。これはもはや「カルト学者」と言っても差支えないだろう。
実際、高橋氏の講演を観た人が次のような傍聴記を書いている。
教育者のような顔をした宗教家 (きょうも歩く)

(前略)高橋史朗の話は変だった。「主体変容」「守破離」「人格的知能」だの、変な言葉ばかり使って、できの悪い新興宗教の教祖のような自己完結している講釈を聞かされているだけだった。「主体変容」って何ですかね。チュチェ思想かね。
彼は共産党系教育学の基礎となる発達段階論を無批判に今でも受け入れ右翼的に応用している。いわく、発達段階に応じて、強制をしていくことが教育なんだ、自立はそれからなんだ、という言い方をしている。汐見教授などに冷やかされると、「しっかり抱いて下に降ろして歩かせろ」と同じ話を繰り返し、底の浅さを感じる。
出身地の兵庫で提起したトライアル教育(中高生を一週間程度労働体験させること)が実践に移され成果を上げていることを自慢していた。トライアル教育後は、不登校児の78%が学校に戻ると。しかし一週間経つと30%も来なくなっている。逆に、労働体験させることは意味が大きいんだろうけど、学校が変わらないままなんだから、学校に通えば元の木阿弥になるのは当たり前だということだ。
そんな意味のない話にうんうん頷いている傍聴者が多いのにはびっくり(でも拍手の量は圧倒的に少なかった)。
レジュメらしきものにはもっともっと変なこと書いている。
怪しげな脳科学や、家庭教育への猛烈な信奉と、保育所に対する嫌悪と専業主婦へのばらまき手当の提案が語られている。埼玉の保育環境はほとんど良くならないだろう。自民党ばかりか、県政与党のこの辺の民主党議員たちも、保育所の充実に対しては、同様に家庭教育を弱体化させるものとして後ろ向きだしね。埼玉県の子ども・教育施策は石原東京都政以下になるな、と思った。土屋県政と比べると、私の頭の中では「きれいなファシズムより汚い民主主義」がリフレインする。(後略)
書き手が社会民主連合の活動家であることを差し引いても、高橋氏のオカルトぶりは間違いない。「主体的変容」「人格的知能」など、まともな教育学でありえないトンデモ語である。単なる国家主義者・国粋主義者よりずっとたちが悪い。
こんな男に肩入れする上田知事の見識を疑う。

【関連リンク】
講師紹介 高橋史朗プロフィール (講師依頼.com)
上田埼玉県知事による高橋史朗氏の教育委員任命を阻止するネットワーク
福島みずほ「教科用図書採択の公正確保と検定申請図書流出問題に関する質問主意書」 (参議院)
[PR]
by mahounofuefuki | 2007-10-25 23:06

靖国神社とは何なのか

《2007/10/23 改稿》
《2008/04/12 一部削除、改行》

 靖国神社は17日から20日まで、恒例の秋季例大祭を行った。
 18日の「当日祭」には全国から靖国関係者・支持者が参集し、天皇の「勅使」も例年どおりやって来た。そんな「当日祭」の日に、「みんなで靖国神社に参拝する国会議員の会」所属の議員67人が靖国神社を参拝した。
 当ブログではこれまで靖国問題について書いたことがなかったが、この機会に靖国神社の何が問題なのか私なりに整理し、私の靖国問題に対する立場を明示したい。

 現在、靖国問題と言えば、もっぱら「首相の公式参拝」の可否をめぐる議論になっている。
 戦争を直接体験し、身近に戦没者が大勢いた高齢者は、靖国問題をあくまで戦没者追悼のあり方をめぐる議論として捉えている場合が多いが、戦後生まれの人々の多くは、靖国問題を対外関係、特に韓国・中国との関係の文脈で語りたがる傾向が強い。
 その結果、「首相の参拝」に賛成する側は、韓国や中国に言われて参拝をやめるのは内政干渉だからという理由で参拝を支持し、反対する側は、韓国や中国との関係を良好にするためという理由で参拝を支持しない。

 しかし、靖国問題を外交問題として捉えると、逆説的な問題に突き当たる。
 つまり、もし韓国や中国が靖国参拝に何も言わなくなれば、対外関係を理由に参拝を支持した人々は、別に参拝を支持する理由はなくなる(正確には参拝して韓国や中国の人々が嫌がる姿を見て「日本人」としての自尊心を確認する楽しみが消える)。一方、参拝に反対する人々は、参拝しても韓国や中国との関係が悪化しなければ、参拝に反対する根拠を失う。
 要するに靖国問題を外交問題として考える限り、靖国神社の本質とは何なのか、あるいは日本に住む個々人にとって靖国神社とは何なのか、まったく見えてこないのである。
 やはり靖国問題はあくまでも戦没者追悼の問題として、ひいては戦争の歴史に対する認識の問題として捉えるべきなのである。

 対外関係というファクターを取り除き、「一般の日本人」にとって靖国神社とは何なのかを考察すると、4つの要点にまとめることができる。

 第1に、靖国神社は「天皇のために戦争で死んだ人々」を「顕彰」する施設である
 靖国神社は原則として日本軍の軍人・軍属の戦死者・戦傷病死者を祀る神社である。外国人(日本軍の軍人・軍属だった旧植民地出身者を除く)や民間人は祀られていない。その基準は「天皇のために戦ったかどうか」である。たとえば戊辰戦争の場合、政府軍の戦没者は靖国神社の祭神になっているが、旧幕府軍の戦没者は今も含まれていない。あるいは軍人でも、たとえば敵前逃亡など軍法に違反して処分された人は含まれない。
 そして靖国神社の特色は、合祀した祭神を「天皇のために死んだ忠臣」として誉め称えるところにある。「天皇を護るためによくぞ死んでくれた」「天皇のために死んでくれてありがとう」という立場なのである。間違っても、国家が彼らを犬死させたという認識はない。

 第2に、靖国神社は日本の戦争をすべて「正しい戦争」と認識している
 靖国神社の戦争観は、究極のところ「天皇の名で行われた行為」は絶対に正しい、天皇の命令は無謬であるということを前提にしている。
 たとえば日露戦争を正当化するステロタイプな論理は、「朝鮮半島をロシアが領有すれば日本の安全保障が危うくなるから開戦せざるをえなかった」とか、「当時の韓国(大韓帝国)は自力で独立を維持する力がなかったから日本が近代化してやった」といったものである。靖国神社もそうした論理を支持してはいるが、それらの論理はあくまで「補強材料」にすぎず、究極的には戦争を正当化する論理がまったく無くても、「天皇に間違いはない」という価値観であらゆる言説を超越してしまうのである。
 靖国の立場に立てば「天皇をいただく特別な国」である日本の戦争は侵略戦争でありえず、日本が何をやっても正当化してしまうのである。

 第3に、靖国神社は神道の宗教施設である
 靖国神社は現在、宗教法人である。大日本帝国下では、国家神道はすべての宗教を超越した「国家の祭祀」であったが、戦後の神社神道はたくさんある宗教の中の1つにすぎない。戦前の靖国神社は特に軍が管理し、軍人が宮司を務める軍事施設という性格を有していたが、現在は単なる宗教団体である。
 占領期に、靖国神社を非宗教化することで「国家の戦没者追悼施設」として存続する動きがあったが、靖国側は「国営施設」であることよりも「宗教施設」であることを選んだ。つまり、靖国神社は国家の保護を失ってでも、宗教性を維持することに固執したのである。
 ただし、一法人になったはずの靖国神社だが、実態は戦後も政府がさまざまな便宜を図っている。1956年に厚生省は引揚援護局長名で「靖国神社合祀事務に対する協力について」という通牒を発し、戦没者の身上事項の調査や遺族への合祀通知を国の負担で行うことを指示しており、以来現在まで続いている (赤澤史朗 『靖国神社』 岩波書店、2005年)。政府の靖国神社への協力行為は、軍人恩給事務とリンクしており、依然として靖国神社が実質的には国家の影響下にあることを示している。

 第4に、靖国神社は戦没者ではない戦犯を「昭和殉難者」として合祀している
 第1の要点として靖国神社は戦死者・戦傷病死者だけを祀っていると述べたが、例外は東京裁判をはじめとする戦犯裁判の戦犯たちである。特に東京裁判のA級戦犯は「昭和殉難者」として、1978年に合祀された。言うまでもなく、戦犯は刑死者や獄死者であって戦死者ではない。それにもかかわらず戦犯の死を「戦死」と扱うのは、靖国神社が東京裁判を不当なものと認識し、裁判の結果としての処刑を、戦場での「敵」による殺害と同等に考えているからである。
 日本政府は、サンフランシスコ講和条約で東京裁判の判決を受諾している。正確には判決を受諾することが講和の条件だったのだが、いずれにせよ日本政府は公式には東京裁判の正当性を否定していない。しかし、一方で東京裁判を「勝者の裁き」とし、日本の戦争犯罪を否定して正当化する言説が、終始日本政府を構成するエリートたちから発せられている。いわばホンネとタテマエの使い分けが、戦犯を「殉難者」として美化する力学を形成しているのである。

 以上の4点を踏まえて、靖国問題について私見を述べると、次の通りである。

 第1に、さまざまな戦没者の中で、軍人・軍属の戦死者だけを特権化し、民間人の戦没者を軽視するのは、戦没者の中に差別を持ち込む行為であり、極めていびつである。しかも国家の不当な政策の責任を無視して、戦死を顕彰するなど、死者への冒涜でしかない。国家が言うべき言葉は「死んでくれてありがとう」ではなく、「くだらない国策のために死なせてしまって申しわけありません」である

 第2に、日本の戦争に限らず、あらゆる戦争はすべて害悪である。民衆にとって、侵略戦争だろうと自衛戦争だろうと、戦争は戦争である。ましてや近代の日本の戦争は、すべて他国の領土に侵攻した侵略戦争である。その一点だけで戦争の不当性の証明は十分である。

 第3に、憲法は政教分離を定めており、国家が特定の宗教を保護してはならない。政府が特定の宗教のために国費を支出することは、信教の自由を侵害している。自分が信仰していない宗教に税金が使われるのを許すことはできない

 第4に、東京裁判は「勝者の裁き」で正当性に疑念があるが、それが事実としての戦争犯罪を否定するものではない。裁判が不当だから戦争犯罪もないことにはならない。A級戦犯の多くは日本の主権者の立場からも戦争犯罪人であり、東京裁判の本当の不当性は、戦争犯罪の追及が極めて不十分で、多くの戦犯に列すべき犯罪者を野に放ったことである

 要するに、靖国神社は普遍的な戦没者追悼施設には絶対になりえない
 A級戦犯を分祀しようが、首相が参拝を中止しようが、韓国や中国が靖国参拝に何も言わなくなろうが、日本の主権者として靖国神社の現在のあり方を決して認めることはできない。
 靖国問題の解決には、すべての戦没者を追悼して平和を祈願する無宗教の公共施設の建設が必要である。同時に政府は靖国神社への協力・支援を一切中止しなければならない。宗教法人法を厳密に適用し、宗教団体としての活動を逸脱する場合には厳重な処罰が必要であることは言うまでもない。

【関連リンク】
JanJan 靖国参拝問題リンク集
[PR]
by mahounofuefuki | 2007-10-19 21:21