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文部科学省は「軍の強制」否定に固執した~「集団自決」検定問題は終局へ

 沖縄戦における住民の「集団自決」をめぐる教科書検定の現在の動向がほぼ明らかになった。
 当ブログは12月7日の記事で「依然として文部科学省が『軍の強制』を明記することに抵抗している」と指摘し、教科用図書検定調査審議会が「軍の強制」を容認したと報じた共同通信など一部の報道を否定したが、当の共同通信が今日になって誤報を改めた。
 以下、共同通信(2007/12/22 00:00)より(太字は引用者による)。
 沖縄戦の集団自決をめぐる高校日本史教科書の検定問題で、日本軍による強制があったとの記述で訂正申請していた複数の教科書会社と文部科学省の教科書調査官との間で、「強制」の文言使用を避ける形で記述内容の“調整”をしていることが21日、関係者の話で分かった。
 教科書検定審議会は軍の強制記述を削除・修正させた検定意見を撤回しない一方で、一定の条件付きで「事実上の強制」を示す記述を容認する考えを示していたが、「強制」という文言そのものの使用は認めない方針のもようで、調査官が検定審の意向を伝えたとみられる。(後略)
 沖縄のメディアはさらに詳細を伝えている。沖縄タイムス(2007/12/22朝刊)によれば、教科書調査官側は、「日本軍」を主語とした「強制」「強いた」という文言を使わないよう教科書会社側に求め、「日本軍の強制」と「集団自決」の背景を併記して訂正再申請した会社も、結局それに沿って訂正再々申請したという。また、琉球新報(2007/12/22 09:43)によれば、審議会は「日本軍」を主語とすることは認めたが、「強制」ではない「関与」にとどめているという。
 さらに前記琉球新報の記事は、12月4日に審議会が教科書会社側に示した「指針」で、「今後の調整は教科書調査官に委任する」と述べていたことも明かしている。当ブログが以前から指摘してきたように、現行の教科書検定では教科用図書検定調査審議会は有名無実化し、教科書調査官の役割が増大しているが、今回も審議会は調査官に丸投げし、一方的に教科書発行者に「指針」を押し付けたのである。これではもはや「検定」というより「検閲」であり、戦前の国定教科書と何ら変わりがない

 そもそも今回の検定問題は、前回までの検定を通過していた記述に対し、何ら正当な根拠もなく今回になって突如検定意見が付されたことに端を発する。前回検定から今回検定までの間に、通説を覆すような学術論文が発表されたわけではない。非学問的な要因によって教科書が書き換えられたのである。
 当初の申請本では、すべての「集団自決」が日本軍の「強制」だったとは書いていない(「日本軍によって強いられた人もあった」というような記述)。ところが、検定意見は一切「日本軍」を「強制」の主語とすることを禁じた(当ブログの沖縄戦の「集団自決」に関する教科書検定問題の資料を参照)。実際は「軍命」もあったし、軍のいない所では「集団自決」が起きていない以上、すべての「集団自決」に軍が関与していると言ってもいいのだが、いずれの教科書も慎重な姿勢だったのである。
 ところが文部科学省は教科書会社や執筆者のそんな慎重な姿勢をも吹き飛ばし、史実を隠蔽した。文部科学省は歴史学の研究状況を無視し、歴史修正主義者らの政治的介入によって検定を歪めたのである。

 その後、沖縄県民をはじめとする世論の強い批判を受けて、検定の再申請が行われたが、前述のように依然として文部科学省は姿勢を改めず、相変わらず当初の検定意見に固執していることが明白になった。やはり当ブログが以前指摘したように、この問題は時間との戦いであり、教科書会社側は文部科学省に従うほかない。検定審査を通らなければ、教科書を発行することはできず、出版社は確実に倒産する。残念ながらそうした弱みがある限り、検定の壁を突破することは難しい。
 改めて文部科学省による教科書検定制度の廃止を含む全面的な見直しを提起したい。同時に自らの学問的良心よりも政治的な自己保身を優先した教科書検定調査審議会日本史小委員会の4人の委員(別記)と教科書調査官に厳重な抗議の意を示したい。

《別記》
 教科書検定調査審議会の日本史小委員会のメンバーは次のとおり。
九州大学大学院教授 有馬学
國學院大学教授 上山和雄
筑波大学教授 波多野澄雄
駿河台大学教授 広瀬順晧
 有馬氏と広瀬氏が、歴史修正主義グループに参画する東京大学名誉教授の伊藤隆氏の門下ないしは深い関係にあることは、当ブログが指摘し、その後国会でも明らかになった。上山氏は伊藤氏が教授だった時期に東京大学大学院に在籍し、当然伊藤ゼミにも出ていたと思われるが、彼は一般には同時期に東京大学教授だった高村直助氏の門下と目されている。波多野氏は政治学畑で「文学部系統」の歴史家ではないが、かつて家永教科書訴訟で被告の国側の証人として出廷したことがある。
 教科書調査官については教科書改竄の「黒幕」参照。


《追記 2007/12/25》

 NHKニュース(2007/12/24 18:37)によれば、教科書会社6社中、5社の訂正申請に対し、教科用図書検定調査審議会は「住民に対する日本軍の直接的な命令を示す資料は見つかっていない」という理由で、「事実上の修正」を求め、教科書会社側は修正して申請したという。国策放送であるNHKが報じたことで、事態はよりはっきりしたと言えよう。文部科学省の姿勢は今春の検定意見の段階から何ら変わっていない。これは日本の支配層が「沖縄」を切り捨ててまで「日本軍の名誉」を重んじたことを意味する。歴史修正主義勢力に屈したと言っても過言ではない。

【関連記事】
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文部科学省はまだ「軍の強制」を弱めようとしている~「集団自決」教科書検定は訂正再申請へ

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教科用図書検定規則-文部科学省
高等学校歴史教科書に関する検定結果(平成18年度)-文部科学省
教科書検定の手続-文部科学省
沖縄戦「集団自決」問題-沖縄タイムス
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「軍命あった」 沖縄戦専門家の林教授が講演-JANJAN
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by mahounofuefuki | 2007-12-22 12:25

文部科学省はまだ「軍の強制」を弱めようとしている~「集団自決」教科書検定は訂正再申請へ

 来年度の高校用歴史教科書の沖縄戦に関する記述に対し、文部科学省が教科書検定を通して、沖縄住民の「集団自決」に日本軍の強制があった事実を否定する「修正」をさせていた問題について大きな動きがあった。

 周知の通り、9月29日の沖縄県民大会以降、教科書検定に対する非難の声が高まり、史実を改竄した検定意見の撤回を求める動きが続く中、教科書出版社各社は11月上旬、教科用図書検定規則第13条に基づき、「軍の強制」を記述に盛り込む訂正申請を行った。これを受けて文部科学省は、教科用図書検定調査審議会に訂正申請の扱いを諮問していたが、昨日になって審議会の動向が明らかになった。
 沖縄タイムス12月7日付朝刊によれば、文部科学省は12月4日、教科書出版社の担当者を呼び、記述内容を再申請させるための審議会の「指針」を示したという。この「指針」は、「軍命」の明記を禁じる一方、「集団自決」には「複合的な要因」があったとし、「天皇中心の国家への忠誠を強いた皇民化教育の存在」「軍が手榴弾を配った事実」「沖縄戦は軍官民が一体となった地上戦」などの事情を説明するよう求めたという。また、琉球新報12月7日付朝刊によれば、「指針」は「日本軍の直接的な命令で『集団自決』が起きた例は確認できていない」とし、「断定的記述は避けるよう」示唆したという。
 要するに、審議会は出版社側からの訂正申請をそのまま受け入れず、「指針」に沿った書き直しを命じたのである。一部の報道(たとえば共同通信)では、審議会が「軍の直接的な関与」は否定したものの「軍による強制」の記述の復活を認めたとされているが、それならば訂正の再申請をさせる必要はない。再申請をさせるということは、依然として文部科学省が「軍の強制」を明記することに抵抗していると見てよい。

 正直、開いた口が塞がらない思いだ。もともとこの問題のきっかけは、検定前の申請本が、すべての「集団自決」について軍が強制したとも、軍が直接命令したとも書いていないにもかかわらず、文部科学省側が曲解して、どの「集団自決」にもまったく日本軍が関与していないような記述に書き換えさせたことにある。住民の「集団自決」が「日本軍の強制と誘導によって起きたこと、日本軍の存在が決定的であったことは、沖縄戦研究の共通認識である」(関東学院大学教授の林博史氏が審議会に提出した意見書より)が、文部科学省は日本軍を主語とする記述を一切認めなかった。
 今回の訂正申請に対しても、文部科学省に反省の色は全くなく、相変わらず「軍の強制」を何とかして否定しようとしている。「皇民化教育」や「軍官民一体」の強調は、軍が住民に敵軍への投降を固く禁じた事実や、軍が存在しなかった所では「集団自決」など起きていない事実を無視し、「集団自決」の要因を当時の教育による「自発的忠誠心」や総力戦体制下での「官(軍ではない)の強制」に転嫁することで、軍の責任を弱めようという意図がある。「指針」が言うところの「複合的な要因」とは、「軍の関与だけではない」というニュアンスが込められている。
 また今回の「指針」でも「軍の直接命令」の否定に躍起となっているが、これは歴史修正主義勢力への配慮であろう。「軍の命令」という記述さえ教科書に載らなければ、「新しい歴史教科書をつくる会」をはじめとする彼らは、「軍の命令がない」=「軍の強制はない」と拡大解釈する余地がある。今回の訂正申請で「軍の直接命令」を盛り込んだ会社はないはずだが、わざわざ「指針」で「軍の直接的命令」を記述するのを厳禁したのは、修正主義者たちが絶対に譲れない一線を文部科学省が守っているという政治的アピールであろう。

 再申請が行われることで、この問題はまだ続くことが確実になった。これは時間との戦いである。教科書を来春に間に合わせるためには遅くとも今月いっぱいには内容が確定しなければならない。文部科学省は教科書出版社の足元を見て難癖をつけている。今後もぎりぎりの駆け引きが続くだろう。
 今回の件で、改めて現行の教科書検定制度の廃止を含む全面的な見直しの必要性を痛感させられた。特に教科書検定調査審議会の独立性の確保と委員の人選の透明化が早急に必要である。また、教科書調査官は廃止するべきである。教科書の作成と採択についてのあるべき姿については、機会を改めて書こうと思う。

【関連記事】
教科書改竄の「黒幕」
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沖縄戦の「集団自決」に関する教科書検定問題の資料
【転載】沖縄戦検定にかかわる訂正申請提出にあたっての声明-社会科教科書執筆者懇談会

【関連リンク】
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by mahounofuefuki | 2007-12-07 21:31

私も教員免許を取り上げられる

安倍政権が行った数々の悪政のなかで、何が最悪だったかと問われたら、私は「教育再生」と答える。
徹底した競争原理の導入と、教員に対する管理・統制の強化を柱とした改悪は、日本の教育を50年は再起不能にするものであり、その社会的ダメージは計り知れない。
その「教育再生」の目玉のひとつが教員免許更新制である。

医師も弁護士も更新制などないのに、なぜ教員だけに更新制など導入されたのか。
その原因は情報操作を通して、少数の不心得な教員をクローズアップし、あたかも教員全体に問題があるように偽装し、近年の「学力低下」や「いじめ」の責任を教員へ転嫁したからである。ここに郵政や社会保険庁の時と同じ公務員への嫉妬も働いて、教員バッシングが起こった。
その結果、「ダメ教師」排除のためには更新制が必要だという論理が公認されてしまった。

しかし、この机上の思いつきは現場を混乱させている。
以下、河北新報(2007/11/24 09:00)より。
 2009年度に導入される教員免許更新制が、関係者にさまざまな影響を与え始めている。現職教員は10年ごとに長時間の講習を受けなくてはならず、仕事の合間に受講できるかどうか懸念を募らせる。一般の免許保持者も、教職に就いていなければ免許が失効することになり、戸惑いが広がっている。

 仙台市内の小学校に勤める女性教諭(47)は「学校現場の忙しさは増すばかり。講習は義務だと言われても、時間がどこにあるのか、と思ってしまう」と率直に話す。

 改正教員免許法が定めた免許の有効期間は10年。幼稚園から高校までの現職教員に更新の際、大学などが開設する講習を30時間以上受けるよう義務付けた。

 授業のある日の夜間や週末に受講することも可能だが、小中学校の場合、授業や学校行事の準備、部活動指導などに追われ、余裕がないのが実情。

 このため夏季休業での受講が想定されるが、プール指導や県内外での研修会への参加などが重なり、時間は思うように確保できないという。

 女性教諭は「指導力不足など、一部の教師に注目が集まるあまり、全体の資質が疑われている」と残念がる。
(中略)
 一方、免許は取得したが教員の道に進まなかった人は更新講習の対象外。文科省は「取得から10年を経過した場合、免許状は効力停止となる」と説明する。

 中学校国語の免許を持ち、仙台市内の児童館に勤める女性(53)は「一方的な失効は納得できない」と話す。仕事に教員免許は必要ないが、「自分の信用にもつながる。希望者には更新講習の機会を与えるべきだ」と話す。

 高校社会の免許を持つ青葉区の会社員男性(40)も「せっかく教職課程を履修して取得した免許。なぜ、はく奪されなければいけないのか」と憤る。

 県教委は「免許が失効した人が教員を目指す場合は、更新講習を受けることで免許は復活する」と理解を求めている。

 宮教組の佐々木永一委員長は「更新しなければ免許を取り上げる、と国が脅すようでは、教師への信頼がますます失われる」と批判している。
ただでさえ人員不足と教育行政に押しつけられたくだらない事務のせいで過労を強いられているのに(しかも教員には残業手当がない)、さらに余計な講習をさせられるのである。講習を受け入れる大学や、大学が近くにない地域の教員の長期出張の負担を考えると、まったく税金の無駄遣いでしかない。

引用記事中でも指摘しているように、教員免許取得者でも教員ではない者は免許が失効してしまうというのも問題だ。
実は私も教員免許をもっているが、教員ではないので、このままだと後数年で免許を取り上げられる。何の落ち度もないのに、ただ現職の教員でないというだけで、教員免許を失うのはまったく納得できない。

自動車を運転しなくても、自動車免許は失効するようなことはない。弁護士を開業しなくても、弁護士資格を失うことはない。教員でないから教員免許を取り上げるというのはまったく不合理である。

改めて教員免許更新制の廃止を訴えたい。

【関連リンク】
教員免許更新制による更新講習について-文部科学省
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by mahounofuefuki | 2007-11-25 17:00

【転載】沖縄戦検定にかかわる訂正申請提出にあたっての声明-社会科教科書執筆者懇談会

http://susumerukai.web.fc2.com/appeal15.pdf

沖縄戦検定にかかわる訂正申請提出にあたっての声明

1.私たちは、社会科教科書執筆者として、沖縄戦に関する今回の不法な検定によって歪められた教科書記述を回復する方法について模索してきた。そのなかで去る9 月25 日に歴史学・歴史教育関係者17 人の呼びかけによって開かれた社会科教科書執筆者懇談会において、一つの方法として、困難ではあるが訂正申請を提出する方向で各社それぞれに努力することを申し合わせた。その結果、今回の検定意見の対象になったすべての教科書で訂正申請にむけての準備が進むことになった。
 ところがその後、沖縄県民大会で示された意思を受け、政府は訂正申請が出されれば対応するむねをにわかに表明するにいたった。しかしながら検定意見の撤回はあくまで拒否する姿勢であることから、訂正申請受理によって、問題の本質的根本的解決をうやむやにしたまま政治的決着をはかるのではないかとの疑念が沖縄県民はじめ関係者のなかに生まれることになった。私たちはこのようなあいまいな決着に組みすることは本意ではないので、しばらく状況の推移を見守りつつ訂正申請を保留し熟慮してきたところである。
 しかし11 月をむかえようとするなかで、以下の4に述べる理由によって、訂正申請を行うことに決した。その結果、おおむね11 月1 日から5 日の間に、すべての教科書の訂正申請が文科省に提出されることになった。提出された訂正申請の内容は、少なくとも検定前の記述の回復を実現しようとするものであり、さらに若干の改善を含むものもあることをこの間の執筆者懇談会における協議で確認している。本年4 月以降にさらに明らかになった「集団自決」をめぐる歴史事実や沖縄戦検定問題の経緯をふまえ執筆者の学問的・教育的良心にもとづいて行われたこれらの訂正申請を、文科省は当然受け入れるべきである。
 訂正申請の提出がほぼ完了するにあたり、このことについての私たちの真意をいっそう明らかにするため、ここに声明を発表する。

2.今回の検定意見が担当の教科書調査官によって執筆者と教科書会社に口頭で説明されたとき、林博史氏の著書『沖縄戦と民衆』の記述が根拠にあげられた。たしかに林氏の著書には、慶良間諸島の事例について、軍からの明示の自決命令はなかったと書いた箇所がある。しかし林氏の著書全体の趣旨は、さまざまな形での軍からの強制がなければ「集団自決」は起こりえなかったと、「自決」が起こらなかった地域との対比のなかで結論づけている。教科書調査官は初歩的かつ明白な誤読をしており、検定審議会委員もそれを追認した。このような初歩的な誤読にもとづく検定意見が、文科省のいうように、学問的立場から公正に審議した結論だなどとはいえない。
 林氏の著書はすでに2001 年に刊行されたものである。なぜそれが突然今回の検定で持ち出されたのか。今回、軍による強制を削除する結論が先にあって、それにあわせて急遽この数年前の著書を持ち出したのではないかとの疑いが消せない。
 文科省は、執筆者・教科書会社への説明では言わなかった別の根拠を、記者への説明で明らかにした。執筆者への説明と記者への説明が異なるということ自体、きわめて不正常であるが、その別の根拠が、座間味島駐屯の梅沢元戦隊長らが大江健三郎氏らを名誉毀損で訴えた裁判での梅沢氏自身の陳述書である。係争中の裁判の一方の側の主張を検定意見の根拠にしたものであり、係争中の裁判での一方の側の主張を教科書に記述してはならないと言ってきた文科省自身のこれまでの言明とも明らかに反するものである。しかもそれすら検定審議会はなんらの疑問を呈することなく、そのまま通してしまった。なぜこのようなことがおこったのか、強い疑問をもたざるを得ないが、この点も文科省によってなんら説明されていない。
 以上から明らかなように、そもそも今回の検定意見自体が、内容的にも、手続き的にもきわめて不正常なものである。
 このようなきわめて不正常な検定意見はただちに撤回されるべきである。同時にこのような検定意見が付された経過と原因、およびそれに対する責任を明らかにすべきであり、そのためにも今回の沖縄戦に関する検定意見は撤回するしかないと考える。

3.訂正申請にもとづく記述の回復・訂正も、本来検定意見撤回という前提のもとに行われるべきものである。検定意見が撤回されないもとで、訂正申請に対して何を基準にその内容を審査するのかを、文科省はまったく明らかにしていない。このような不明朗な審査を行うべきではない。その意味で、訂正申請のみによって問題が正しく解決されるとは到底考えられない。よって私たちは、問題の根本的解決のために検定意見の撤回をあくまでも求める立場に変わりはない。

4.けれども一方で、来年4 月に高校生に教科書が手渡される前になんとしても記述の回復・改善を実現したいという思いを私たちは強く持っている。いまだ検定意見が撤回されないため、記述の回復・改善のための条件が十分に整っているとはいえないが、今後の検定意見撤回に向けた動きのなかで、文字通りの記述の回復・改善の実現をさらに追求していくことを前提にしつつ、来年4 月の教科書の供給に間に合わせることを考え、記述の回復・改善のための一つの方法として、この時点での訂正申請の提出に踏み切った。

5.3でも述べたように、検定意見が撤回されないもとでは、今後、訂正申請に対しても恣意的な修正要求が文科省・検定審議会から出される可能性がある。ここでも文科省・検定審議会が沖縄県民や各研究者などから示された具体的歴史事実、とくに最近続々とあらわれている新しい証言などにどれだけ真摯に対応するのかが問われることになる。
 このような状況のもとで、私たちは訂正申請の内容およびその後の経過について、できるかぎり公開することにより、市民の監視と健全なる批判のもとで訂正申請が処理されることを期したい。
 そのさい文科省の不当な対応があればただちに批判の声をあげてくださることをすべての人々にお願いしたい。また、執筆者としても、市民の皆さまの適切な批判・助言を仰ぎつつ、今後のさまざまな動きに対応していきたいと考えている。
 訂正申請の内容とその処理の過程が公開されることは、これだけの大きな社会問題となった沖縄戦検定についての市民の知る権利を保障するためにも重要である。

6.さらに、今回の検定問題を通じて明らかになった、次のような検定制度の改善すべき点についても検討し取り組んでいく所存である。
1)教科書調査官、検定審議会委員の人選を透明化、公正化すること。
2)検定審議会の審議を公開すること。
3)検定意見に対する不服申し立てについては、実際に機能する制度にすること。
4)検定基準に沖縄条項を設け、それに対応して検定審議会委員に沖縄近現代史の専門家を任命すること。
5)教科書調査官制度について、その権限の縮小ないしは廃止を検討すること。
6)検定審議会を文科省から独立した機関とするよう検討すること。

2007 年11 月7 日
 社会科教科書執筆者懇談会
   呼びかけ人
     荒井信一 石山久男 宇佐美ミサ子 大日方純夫 木畑洋一 木村茂光 高嶋伸欣
     田港朝昭 中野 聡 西川正雄 浜林正夫 広川禎秀 服藤早苗 峰岸純夫
     宮地正人 山口剛史 米田佐代子
      連絡責任者 石山久男 170-0005 豊島区南大塚2-13-8 歴史教育者協議会内
                     TEL 080-3023-6880 03-3947-5701

【関連リンク】
沖縄戦の歴史歪曲を許さず、沖縄から平和教育をすすめる会
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by mahounofuefuki | 2007-11-18 20:30

沖縄戦の「集団自決」に関する教科書検定問題の資料

2007/10/07に投稿した記事ですが、一部編集して再掲します。
*2007/12/07 記事の一部を削除しました。

文部科学省「平成18年度に検定を経た教科用図書(高等学校)について」
文部科学省「高等学校歴史教科書に関する検定結果(平成18年度)」
衆議院議員赤嶺政賢君提出沖縄戦の強制集団死(「集団自決」)をめぐる文部科学省の検定意見に関する質問に対する答弁書
各教科書出版社のホームページ  などより作成


《検定による教科書本文の修正前後の比較》
上:申請教科書の原文 下:検定合格した修正文 赤字は削除・修正箇所

①東京書籍「日本史A 現代からの歴史」
「沖縄県民の犠牲者は、戦争終結前後の餓死やマラリアなどによる死者を加えると、15万人をこえた。そのなかには、日本軍がスパイ容疑で虐殺した一般住民や、集団で「自決」を強いられたものもあった。」

「沖縄県民の犠牲者は、戦争終結前後の餓死やマラリアなどによる死者を加えると、15万人をこえた。そのなかには、「集団自決」においこまれたり、日本軍がスパイ容疑で虐殺した一般住民もあった。」

②実教出版「高校日本史B 新訂版」
③実教出版「日本史B 新訂版」
「日本軍は、県民を壕から追い出し、スパイ容疑で殺害し、日本軍のくばった手榴弾で集団自害と殺しあいをさせ、800人以上の犠牲者を出した。」
「6月までつづいた戦闘で、鉄血勤皇隊・ひめゆり隊などに編成された少年・少女を含む一般住民多数が戦闘にまきこまれ、マラリア・飢餓による死者も少なくなく、約15万人の県民が犠牲となった。また日本軍により、県民が戦闘の妨げになるなどで集団自決に追いやられたり、幼児を殺されたり、スパイ容疑などの理由で殺害されたりする事件が多発した。」

「日本軍は、県民を壕から追い出したり、スパイ容疑で殺害したりした。また、日本軍のくばった手榴弾で集団自害と殺しあいがおこった。犠牲者はあわせて800人以上にのぼった。」
「6月までつづいた戦闘で、鉄血勤皇隊・ひめゆり隊などに編成された少年・少女を含む一般住民多数が戦闘にまきこまれ、マラリア・飢餓による死者も少なくなく、約15万人の県民が犠牲となった。また、県民が日本軍の戦闘の妨げになるなどで集団自決に追いやられたり、日本軍により幼児を殺されたり、スパイ容疑などの理由で殺害されたりする事件が多発した。」

④三省堂「日本史A 改訂版」
「沖縄では、1945年3月にアメリカ軍が上陸し、日本国内で住民をまきこんだ地上戦がおよそ3か月間にわたって行なわれ、戦死者は日本側で約18万8000人、そのうち12万人以上は沖縄県民であった。さらに日本軍に「集団自決」を強いられたり、戦闘の邪魔になるとか、スパイ容疑をかけられて殺害された人も多く、沖縄戦は悲惨をきわめた。」

「沖縄では、1945年3月にアメリカ軍が上陸し、日本国内で住民をまきこんだ地上戦がおよそ3か月間にわたって行なわれ、戦死者と戦闘による犠牲者は日本側で約18万8000人、このうち、沖縄県民は一二万人以上の数にのぼった。さらに、追いつめられて「集団自決」した人や、戦闘の邪魔になるとかスパイ容疑を理由に殺害された人も多く、沖縄戦は悲惨をきわめた。」

⑤三省堂「日本史B 改訂版」
「沖縄では、1945年3月にアメリカ軍が上陸し、約3か月間にわたった日本国内で住民をまきこんだ地上戦が行なわれ、戦死者は日本側で約18万8000人、このうち、沖縄県民は12万人以上の数にのぼった。さらに日本軍に「集団自決」を強いられたり、戦闘の邪魔になるとか、スパイ容疑をかけられて殺害された人も多く、沖縄戦は悲惨をきわめた。」

「沖縄では、1945年3月にアメリカ軍が上陸し、約3か月にわたった日本国内で住民をまきこんだ地上戦が行なわれ、戦死者と戦闘による犠牲者は日本側で約18万8000人、このうち、沖縄県民は12万人以上の数にのぼった。追いつめられて「集団自決」した人や、戦闘の邪魔になるとかスパイ容疑を理由に殺害された人も多く、沖縄戦は悲惨をきわめた。」

⑥清水書院「高等学校 日本史B 改訂版」
「現地召集の郷土防衛隊、鉄血勤皇隊、ひめゆり隊など非戦闘員の犠牲者も多かった。なかには日本軍に集団自決を強制された人もいた。」

「現地召集の郷土防衛隊、鉄血勤皇隊、ひめゆり隊など非戦闘員の犠牲者も多かった。なかには集団自決に追い込まれた人々もいた。この沖縄戦ではおよそ12万の沖縄県民(軍人・軍属、一般住民)が死亡した。」

⑦山川出版社「日本史A 改訂版」
「島の南部では両軍の死闘に巻き込まれて住民多数が死んだが、日本軍によって壕を追い出され、あるいは集団自決に追い込まれた住民もあった。」

「島の南部では両軍の死闘に巻き込まれて住民多数が死んだが、そのなかには日本軍に壕から追い出されたり、自決した住民もいた。」


《2006年度教科書検定当時の教科用図書検定審議会委員及び臨時委員》
文部科学省「教科用図書検定調査審議会 委員名簿・臨時委員名簿」

《2006年度教科書検定経過を報告した教科用図書検定調査審議会の議事録》
教科用図書検定調査審議会総会(18年度第1回)議事録


【関連記事】
教科書改竄の「黒幕」
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by mahounofuefuki | 2007-11-03 00:05

歴史修正主義について

村野瀬玲奈の秘書課広報室で、10月にパリで行われた南京虐殺70周年国際シンポジウムのことが紹介されていた(レイバーネット13日の水曜日と転載されてきたそうだが)。
昔取った杵柄で沖縄戦の教科書検定問題について書き散らしてきた身としては、全く恥ずかしい話だが、そのシンポジウムのことは全然知らなくてノーチェックだった。
以下、レイバーネットの元記事(飛幡祐規さんの執筆)より一部引用。

(前略)10月1日、フランスの国立科学研究所(CNRS)に属する現代史研究所(IHTP)という戦争の歴史・記憶や植民地支配、歴史修正主義の研究を進める機関が主催し、パリのドイツ歴史研究所(IH AP)の共催による会議が催され、都留文科大学の笠原十九司教授、慶応大学の松村高夫教授、家永裁判弁護団長を勤めた尾山宏弁護士が発表しました。現代史研究所のアンリ・ルーソ氏(ナチスに協力したヴィシー政権の研究など)が議長を務め、パリ第3大学東洋語学校のミカエル・リュケン教授(日本の近代・現代史、美術史研究家)も参加して、2時間の同時通訳をとおして、とても密度の高い会議でした。笠原教授は「南京大虐殺事件と日本政治における否定の構造」というタイトルで、南京事件の概要を述べたあと、現代日本の政治家が侵略戦争の指導者・推進者の直系・傍系の継承者である状況を「政治的DNA」と形容し、政界・財界・マスメディアで歴主修正主義が優勢にある日本の特殊性を強調しました。松村教授は「731部隊と日本軍の細菌戦」について発表し、中国人犠牲者の訴訟が次々と敗訴となっている状況を述べました。尾山弁護士は、「日本における歴史修正主義の一つの要因」という題で、バブル崩壊以後の日本人の自信喪失がその一つの原因であるという見解を発表しました。
(中略)
この会議の通知は在仏日本大使館と在パリ日本のメディアすべてに送りましたが、大使館からは不参加(たぶん)、メディアで取材に来たのは「しんぶん赤旗」と、パリの日本語・仏語ミニコミ新聞オヴニーだけでした。オヴニーでは11月1日に南京虐殺の特集を組むため、笠原教授にインタビューしました。この新聞は日本でも購入できます。
(中略)
なお、この企画はまったくのボランティア活動として行われたため、じゅうぶんな宣伝ができなかったのが残念ですが、オヴニーには情報の予告を載せてもらえました。この予告をみて電話をしてきた人の中に、「なんでわざわざ外国にまで来て日本を悪く言うのか? 南京虐殺はまだ議論の最中だ」と言う修正主義の女性がいたので、「それでは専門家の発表をきいて、質問してください」と答えましたが、いやがらせをしにくる人はいませんでした。

私自身もいろいろ考えさせられることの多い企画でしたが、笠原・松村教授に「若い世代で研究を引き継いでいる人がいるか」と聞いたところ、「こういう研究では仕事の口がないから、ほとんどいない」という答えが返ってきて、ショックを受けました。彼らの学生の中にも、小林よしのりのマンガを読んで理論武装をしている若者がいて(東大の高橋哲哉教授もそう言っていました)、その人たちの半分を説得するのがやっとという状況だそうです。マスメディアの恐るべき力と怠慢、大学のネオリベラル経営化といった状況が、修正主義者にますます都合のいい世の中をつくっているのでしょう。笠原教授が「歴史学者や知識人はもっと勇気をもたなくてはいけない」と言っていたのが印象的でした。
ここで重要視したいのは、政財界やマスメディアで歴史修正主義(私は歴史改竄主義と呼びたいが)が優勢になっているという、笠原十九司氏の指摘である。
政財界(と官界)ではある意味、敗戦以来、タテマエとしての平和主義とホンネとしての戦争讃美ないしは戦争へのシニシズムを使い分けてきたので、歴史修正主義がずっと主流だったとさえ言えるのだが、近年の大きな変化はマスメディアである。

もともと戦争体験者がたくさんいた1980年代くらいまでは、日本における戦争の「語り」は「空襲」や「原爆」や「疎開」といった被害体験が主流で、加害体験は多くの日本人に忘却され、軽視されていた(沖縄戦でも日本軍による住民殺害や「自決」強制の事実を黙殺し、やたらと「ひめゆり」部隊が「美談」として語られた)。
その空気を反映して、新聞やテレビも銃後の生活の悲惨さを強調する特集はよく組まれたが、戦場で日本軍が何をしたかという観点はすっぽりと抜け落ちていた(例外は朝日新聞で「中国の旅」などを連載した本多勝一氏くらい)。歴史学界でも、南京大虐殺だけは早稲田大学教授だった故・洞富雄氏らの尽力で研究が先行していたが、戦争犯罪の全体像は史料の制約もあって十分に明らかになっていなかった。

それが変化するのは1990年代に入ってからで、アジア諸国から、それまで開発独裁下で沈黙を強いられてきた被害者が直接声を上げたことで、否応なく「日本の加害」に向き合わなくてはならなくなったからである。また、戦争体験者が少数派になったことで、逆に加害の事実を追及しやすくなったということも否めない。
その頃になると、中央大学教授の吉見義明氏の「従軍慰安婦」に関する研究をはじめ、日本軍の戦争犯罪の実証的な研究がようやく増え始め、司法でも1997年、第3次家永教科書訴訟の最高裁判決が、細菌戦の記述などを削除させた教科書検定を違法と認めるなど、風向きは変わりつつあった。

しかし、一方で同じころ、当時東京大学教授だった藤岡信勝氏(1980年代までは左翼系の教育学者として有名だった)が「自由主義史観」なる歴史改竄主義を立ち上げ、それ以前から南京大虐殺否定などの策動を繰り返していた旧来の右翼勢力をも結集し、「新しい歴史教科書をつくる会」を設立した。特に漫画家の小林よしのり氏が参加した影響は大きく、上記引用文でも指摘されているように、若い世代に「小林の方がホントの歴史」とみなす風潮が広がってしまった。
そうした歴史修正主義の「再興」により、変わりかけた風向きは逆風になり、21世紀になると長期構造不況と「構造改革(改悪)」による貧困と格差の拡大により、「日本人」であるだけで自信がもてるナショナリズムに身を委ねてしまう人々が増えた。

マスメディアもそんな状況を反映して、すっかり歴史修正主義に無抵抗になってしまった。NHKの番組改編問題はその典型例である。
もともと産経新聞は歴史修正主義の主導者であったし、他の大手新聞や放送局も終始及び腰であったが、最近はヒステリックなナショナリズムに恐れをなして、ますます戦争の加害の事実を伝えることを怠るようになってしまった。その結果、最新の研究成果も知らず、いまだに「南京大虐殺は虚構」だの「従軍慰安婦はいない」だの、歴史学ではとっくに決着している議論を延々と繰り返しているのは、もはや滑稽としか言いようがない。
さらに悪いことには、この頃は「加害」のみならず、「被害」すら語られなくなってしまった。戦争の「語り」がどんどん抽象化し、それだけ戦争を美化しやすくなっている。

もうひとつ問題なのは、若い研究者が育っていないという指摘である。
そもそもこのシンポジウムに出席した笠原、松村両氏とも専門の歴史学者ではあるが、元来日本近代史の専攻ではなかった。笠原氏は中国の民衆運動、松村氏はイギリス経済史の研究者だった。日本近代史の研究者でも、前記の吉見氏や関東学院大学教授の林博史氏や一橋大学教授の吉田裕氏らが戦争犯罪の研究を行っているが、学界全体からみれば絶対的に数が少ない(最近も林氏が某専門誌で歴史学界が「戦争の加害」に冷淡だと批判していた)。研究者の不足は長く続いている構造的問題なのである。
ましてや若手は研究職が就職難で、しかも成果主義の導入で論文を量産しなければならない。時間がかかる上、「お上」から睨まれ、時には右翼のテロにより生命の危険にさらされる戦争犯罪研究などは、完全に敬遠されているのが実状である。このままでは本当に戦争の史実が闇に葬られてしまうことになりかねない。

まだまだ言い足りないことが山ほどあるが、今回はこの辺にしておく。
歴史修正主義や教科書検定の問題については、今後も折をみてブログで触れていくつもりである。

【関連記事】
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教科書検定の徹底検証を
沖縄戦の「集団自決」に関する教科書検定問題の資料
靖国神社とは何なのか
教科書検定に関する石井郁子議員の質問

【関連リンク】
パリで南京虐殺70周年国際シンポジウム(飛幡祐規)-レイバーネット
13日の水曜日 自爆史観関係、見つけた情報をメモ(071031版)
村野瀬玲奈の秘書課広報室 南京虐殺70周年国際シンポジウム・パリ会議(レイバーネット、「13日の水曜日」などから)
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by mahounofuefuki | 2007-11-01 17:58

「カルト学者」が埼玉県教育委員長に

埼玉県教育委員会が、委員長に明星大学教授の高橋史朗氏を選出した。
高橋氏は2004年に上田清司知事の肝煎りで教育委員に任命された人物だが、実は「新しい歴史教科書をつくる会」の元副会長という、非常にいわくつきの人物である。

高橋氏は1950年生まれ。早稲田大学大学院終了後、スタンフォード大学フーバー研究所客員研究員などを経て、1990年より明星大学の教授を務めている。元々は占領期の教育政策の研究者だったが、一方で復古主義的教育論を唱え、中曽根内閣時代には臨時教育審議会の専門委員に抜擢されるなど、若くして保守派の教育学者として名を成した。近年は性教育やジェンダーフリーに対する狂信的な中傷や攻撃で知られ、「新しい歴史教科書をつくる会」の公民教科書の監修者でもあった。

ちなみに2004年12月に埼玉県教育委員に任命される際、当初「つくる会」教科書とは無関係とウソをついていたが、実際は「つくる会」側が監修者から高橋氏の名を削除して、体裁を取り繕っていた。文部科学省が削除者名を公開したためウソが発覚したにもかかわらず、開き直って教育委員のイスにしがみついたのは周知の事実である。
2006年9月には教員採用・人事権者である教育委員でありながら、現職教員や教員志望者を対象にした私塾「埼玉師範塾」を開くなど、上田知事の「寵愛」を背景に権勢を揮い(「師範塾」名誉会長は上田知事)、国家主義・復古主義的教育を推進している。
今回ついに教育委員長になり、名実ともに埼玉県の教育行政のトップに座ることになったのである。

問題は高橋氏が単なる「右翼」ではないことにある。
以下は、右翼団体「一水会」元代表の鈴木邦男氏の回想である(以下、各引用文の太字はすべて引用者による)。
今週の主張6月12日 いいじゃん。「君が代」の替え歌だって (鈴木邦男をぶっとばせ!)

(前略)そうそう,産経にこのコメントをしていた高橋史朗氏(明星大学教授)だ。実は,知ってる人だ。早稲田の後輩だ。それだけじゃない。「生長の家学生道場」の後輩だ。同じ寮に住み,修業した。毎朝,4時45分に起床して,お祈りし,聖経を読み、講話を聞き、それが終わると中庭に集合して国旗掲揚をした。夕方は降下式がある。ほとんど帰省しないから、350日位、国旗を掲げ、君が代を歌う。朝夕だから1年で700回だ。僕はここに6年いた。4200回は君が代を歌い、日の丸を掲げた。その後、右翼になってからも、年に何回かはやってる。だから軽く、5000回は超えてる。だから、「愛国者のノルマ」は超えとる。
 この話は、『愛国者は信用できるか』(講談社現代新書)に書いた。高橋史朗氏も一緒に「君が代」を歌い、「日の丸」を掲げた。さらに私は、毎日のように大学で全共闘と闘っていた。荒ぶる戦士だった。大学の勉強なんておろそかにしていた。高橋氏はまじめな学生だった。成績も優秀だった。頭もよかった。だから、今は教授だ。偉くなっている。「学生道場」というスタート地点は同じだが、「勝ち組」の高橋氏と、「負け組」の私は、はっきり差がついてしまった。悲しい。(後略)
高橋氏は、保守系宗教団体「生長の家」と深い関係があるのだ。
それだけではない。以下は、東京大学大学院教授の高橋哲哉氏の講演である。
「国家に心を奪われないために」(ヒロシマ県北)

(前略)この高橋史朗氏という人は、「つくる会」のメンバーですから「歴史教科書にいわゆる日本軍慰安婦の問題を書くのはけしからん。削除すべきだ」という主張から始まりまして、「自分たちの主張を載せた教科書を自分たち自身で作ってしまえ」という事で、扶桑社から教科書を出したわけです。同時に彼の一番のフィールドは道徳教育で、とりわけ性教育に関心が強いんです。
 この問題が起きて12月12日に埼玉でも教育基本法改悪に反対する集会が600人ぐらい集めて行われました。これはそれまで対立していて同席する事がなかった複数の教職員組合の人なんかが同席するという画期的な集会でした。そこでこの問題が起こったものですから、この高橋史朗氏がどんな活動してきたのか、という事で彼が出演しているビデオを上演したんですね。このビデオは「性教育過激派のねらい」というビデオです。それで私も初めて見てびっくりしたんですけれども、最初の部分にこういうナレーションが入るんですね。「社会主義国は崩壊したが、共産主義は今『性教育』という名の妖怪に形を変えて子どもたちと家庭に入り込んで来ようとしている」。非常に不気味なビデオなんですけれども、高橋氏がその中で現在日本で進められている性教育と言うのは、いかに過激なものであって人々の常識に逆らうものであるか、「性交教育」「性器教育」「煩悩教育」だというふうに決め付けて攻撃をしている。そしてまた最後が衝撃的な終わり方をするビデオなんです。
 当時、日本で広く使われていた性教育の中学校用と高校用の副読本が画面に現れまして、なんとそれに火が付けられ、燃やされるシーンで終わるんですよね。つまり焚書ですね。かつてナチスドイツが「ユダヤ人の書物が有害である」と言って鎧の広場にそれを集めて燃やしました。それと全く同じ感性でこの性教育を攻撃している、そういうビデオだった訳なんです。このビデオは高橋氏自身が表明しているところでは、勝共連合系の団体から依頼されて出演したという事で、実は彼はいわゆる統一教会系のグループと連動しながら、ずっと現在の性教育を過激だとして攻撃してきた、そういう人物だったんですね。
 そのビデオの中で燃やされている性教育の副読本の中学校用のほうをここに持って来てます。東京書籍のもので、中を見ますと、子どもたちが成長していく過程で、「性」というものを自分の中にどういうふうに統合していくかという事を中心にして書かれています。
 一番最後の所には参考資料として「子どもの権利条約」、それから「女性差別撤廃条約」、そして「世界人権宣言」というものが載っております。至って真っ当な性教育の副読本だと私などには見えるんですが、これが過激派になってしまう。共産主義者の陰謀だという事になってしまうんですよね。(後略)
高橋史朗氏は「生長の家」のみならず、「統一教会」とも深い関係があるというのだ。しかも「焚書」とはもはや狂信者の行いである。これはもはや「カルト学者」と言っても差支えないだろう。
実際、高橋氏の講演を観た人が次のような傍聴記を書いている。
教育者のような顔をした宗教家 (きょうも歩く)

(前略)高橋史朗の話は変だった。「主体変容」「守破離」「人格的知能」だの、変な言葉ばかり使って、できの悪い新興宗教の教祖のような自己完結している講釈を聞かされているだけだった。「主体変容」って何ですかね。チュチェ思想かね。
彼は共産党系教育学の基礎となる発達段階論を無批判に今でも受け入れ右翼的に応用している。いわく、発達段階に応じて、強制をしていくことが教育なんだ、自立はそれからなんだ、という言い方をしている。汐見教授などに冷やかされると、「しっかり抱いて下に降ろして歩かせろ」と同じ話を繰り返し、底の浅さを感じる。
出身地の兵庫で提起したトライアル教育(中高生を一週間程度労働体験させること)が実践に移され成果を上げていることを自慢していた。トライアル教育後は、不登校児の78%が学校に戻ると。しかし一週間経つと30%も来なくなっている。逆に、労働体験させることは意味が大きいんだろうけど、学校が変わらないままなんだから、学校に通えば元の木阿弥になるのは当たり前だということだ。
そんな意味のない話にうんうん頷いている傍聴者が多いのにはびっくり(でも拍手の量は圧倒的に少なかった)。
レジュメらしきものにはもっともっと変なこと書いている。
怪しげな脳科学や、家庭教育への猛烈な信奉と、保育所に対する嫌悪と専業主婦へのばらまき手当の提案が語られている。埼玉の保育環境はほとんど良くならないだろう。自民党ばかりか、県政与党のこの辺の民主党議員たちも、保育所の充実に対しては、同様に家庭教育を弱体化させるものとして後ろ向きだしね。埼玉県の子ども・教育施策は石原東京都政以下になるな、と思った。土屋県政と比べると、私の頭の中では「きれいなファシズムより汚い民主主義」がリフレインする。(後略)
書き手が社会民主連合の活動家であることを差し引いても、高橋氏のオカルトぶりは間違いない。「主体的変容」「人格的知能」など、まともな教育学でありえないトンデモ語である。単なる国家主義者・国粋主義者よりずっとたちが悪い。
こんな男に肩入れする上田知事の見識を疑う。

【関連リンク】
講師紹介 高橋史朗プロフィール (講師依頼.com)
上田埼玉県知事による高橋史朗氏の教育委員任命を阻止するネットワーク
福島みずほ「教科用図書採択の公正確保と検定申請図書流出問題に関する質問主意書」 (参議院)
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by mahounofuefuki | 2007-10-25 23:06

教科書検定に関する石井郁子議員の質問

24日の衆議院文部科学委員会で、日本共産党の石井郁子議員が、文部科学省の教科書調査官や教科用図書検定調査審議会委員の人事の不透明について質問した。
“靖国史観”教科書の人脈 検定に強い影響力 石井氏質問 (しんぶん赤旗 2007/10/25)
以前、私は当ブログで、教科書調査官4人中2人が、「新しい歴史教科書をつくる会」の教科書を監修した伊藤隆氏の門弟であり、審議会の委員にも「伊藤一門」の学者がいることを指摘したが、石井氏の質問はその事実を踏まえたものである。
従来、もっぱら教科書調査官の村瀬信一氏のみがクローズアップされていたが、実際はもっと多くの「伊藤一門」の学者が検定に関与していることが国会で明らかになって、この件の火付け役としては感無量である。
これを機に、教科書検定過程の徹底検証が進むことを期待したい。

【関連記事】
教科書改竄の「黒幕」
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沖縄戦の「集団自決」に関する教科書検定問題の資料

【関連リンク】
KINS近代日本史料研究会「科学研究費成果報告書」
伊藤隆氏が代表を務め、文部科学省の科学研究費を受けている研究プロジェクト。中核メンバーは「伊藤一門」で、教科用図書検定調査審議会委員の有馬学氏、広瀬順晧氏や、教科書調査官の村瀬信一氏が参加している(ただし、村瀬氏は教科書調査官就任後は不参加)。伊藤氏の学界における影響力と、検定関係者とのつながりがわかる。
このプロジェクト自体は、散逸している史料の発掘・公開を目指す正当な研究で、関係者には伊藤氏の歴史観とは明らかに異なる人も多いので、誤解のないように。
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by mahounofuefuki | 2007-10-25 12:16

家計を圧迫する教育費

国民生活金融公庫総合研究所が、今春「国の教育ローン」を利用した世帯を対象にした「教育費負担の実態調査」(PDF)の結果を発表した。
公開資料の巻頭で「節約や奨学金で重い教育費負担に耐える」と題しているように、現在の日本社会において教育費がいかに家計を圧迫しているかよくわかる調査結果である。

主な事項を摘出しよう。
①1人当たりの入学費用(受験費用や入学金など)は、高校が47.7万円、大学が99.1万円(私立101.1万円、国公立89.6万円)である。このうち国公立大学の場合、入学しなかった私立大学への納付金が16.9万円も占める。
②1人当たりの年間の在学費用(授業料や仕送りや通学費用など)は、高校が100.2万円、大学が149.3万円(私立157.8万円、国公立107.2万円)である。このうち高校の場合、家庭教育費(塾や予備校などの費用)が15.1万円も占める。
③1人当たりの高校入学から大学卒業までにかかる費用は、合計1,045万円(高校348.3万円、大学696.3万円)である。
④世帯の年収に対する在学費用(小学校以上の子ども全員にかかる費用)の割合は、平均33.6%である。年収の低い世帯ほど在学費用の割合が大きく、年収200~400万円の世帯では54.3%に達する。一方、年収が高い世帯ほど在学費用の割合は小さいが、金額は高くなる。
⑤自宅外通学者1人当たりの年間の仕送り額は、平均104.0万円(月額8.7万円)である。
⑥自宅外通学を始めるための費用(アパートの入居にかかる費用など)は、1人当たり平均49.3万円である。これに入学費用を合わせると平均142.3万円になる。
⑦教育費の捻出方法は、回答数の多い順に1)節約2)奨学金3)在学者のアルバイト4)預貯金・保険5)残業・パートなどである。

年収400万円以下の世帯で支出の過半数が教育費というのは異常である。また、自宅からの通学者と自宅外からの通学者の格差が大きすぎる。この国の教育現状が「低所得者」と「地方」に厳しいことがよくわかる。
これでは貧しい親の元に生まれた子どもは高い教育を受けることができず、その子どもは成長しても学歴の不利により就職も不利になり、さらに貧しくなるという悪循環である。まさに「格差と貧困の再生産」である。

こうした実情が表面化すると、必ず「奨学金の充実」という声が出るが、奨学金にしろ教育ローンにしろ借金である。私も大学の時に奨学金を受けたが、現在も毎月支払い続けている。雇用に恵まれなかった「難民世代」にとって奨学金の返済は加重負担である。奨学金という小細工ではなく、高すぎる入学金や授業料を大幅に減額し、国の歳出で補填するべきだ。
そもそも本来教育は完全国庫負担で無償にするのが望ましい。その方が、ゼネコンに利益を誘導するだけの公共事業や「国際貢献」という名の大量殺人に税金を使うより、有能な人材が育つという点で、ずっと「国益」にかなっているのではないか? 子どもは親を選べない。当人にはいかんともできない要因で教育機会が奪われるのは非合理である。まさか貧困家庭に生まれたことまで「自己責任」とは言うまい。
このまま教育格差が広がれば、所得格差・資産格差の拡大と併せて、日本社会の「身分社会」化が進むだろう。それこそ支配階級の狙いかもしれないが・・・。
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by mahounofuefuki | 2007-10-12 09:17

教科書検定の徹底検証を

高校用日本史教科書の検定で、沖縄戦の「集団自決」に関する記述が軍の関与を隠蔽する内容に改竄された問題は、教科書出版社が記述の「訂正申請」を行い、教科用図書検定調査審議会が再審査する方向で決着するようだ。
沖縄の人々の行動が世論を動かし、ついに政府の野望を打ち砕いたわけだが、これで一件落着ではない。

この問題に対する最近の閣僚の発言をよく読んでみよう(文言は朝日新聞による)。

「沖縄の皆さんの気持ちを何らかの方法で受け止め、修正できるかどうか、関係者の工夫と努力と知恵がありうる」(10月1日 町村信孝内閣官房長官)
「(検定に)政治的介入があってはいけない。しかし、沖縄県民の気持ちを考えると、両方ともものすごく重い」(10月1日 渡海紀三朗文部科学大臣)

いずれも「沖縄県民の気持ち」への配慮を前面に押し出しているが、検定そのものの間違いには触れていない。これでは、まるで「検定意見は間違っていないが、沖縄県民がうるさいので仕方なく直す」とでも言っているようなものだ。
問題は「気持ち」ではなく、検定結果が「事実」かどうかである。政府が本音ではまったく反省していないことは明白だろう。

沖縄戦に関する最近の研究状況は「沖縄戦の事実を歪める教科書検定の撤回を求める歴史研究者・教育者のアピール」(歴史学研究会)が端的に示しているので、一部引用しておく。

沖縄戦における「集団自決」の悲劇は、沖縄県民にとって忘れることのできないものであり、そのため、この悲劇がなぜ、どのようにしておこったのかについては、体験者の証言をはじめさまざまな角度からの調査研究が進められてきた。その結果、住民が戦闘にまきこまれるなか、日本軍の「軍官民共生共死」という基本方針のもと、敵の捕虜になることの禁止が徹底され、軍が手榴弾を配付し、あるときは役場職員を介して自決指示を出したなどの事実が明らかになった。それにより、軍が直接住民にその場で自決命令を発したか否かにかかわりなく、「集団自決」がまさに日本軍に強制・誘導されたものであったことが明確になったのである。日本軍が存在しなかったところでは「集団自決」がおきていないこともそのことを証明している。

軍による「集団自決」強制を否定したい人々は、「玉砕しろ」という軍命令の公文書が残っていないことをもって、「軍の強制」を否定しているが、それは問題の矮小化である。激烈な地上戦のさなかで文書など残りようもないことを悪用しているのだ。しかも「玉砕を命令していない」という軍人の証言は採用するくせに、圧倒的多数の住民の証言は無視する。

沖縄戦に限らず、問題を狭くとらえ、一部を否定することで、全部を否定しようとするのが歴史修正主義の常とう手段である。
1937-38年の南京戦及び占領下における大量虐殺事件(南京大虐殺)では、出征軍人の日記や部隊の陣中日誌などから虐殺を否定できなくなると、捕虜の処刑は「虐殺」でないなどと言い出したり、南京市の人口を低く見積もったり、「数の問題」にすり替えようとした。日本軍専用性的強制施設=「慰安所」問題では、公文書により軍の命令で設置されていた事実を否定できなくなると、「慰安婦」を強制連行したかどうかに論点をすり替え、しかも「強制」の定義を「無理やり縄で縛って連行する」ような「狭義の強制」に狭めようとした。一方で、朝鮮の「拉致問題」では、騙されて渡航した事例も「拉致」としているのだから、矛盾もはなはだしい。

歴史学界の通説が「軍の強制」を認めているにもかかわらず、なぜ今回のような検定が行われたか、徹底した検証が必要だ。
以前にも指摘したように、教科用図書検定調査審議会の委員・臨時委員や文部科学省の教科書調査官の人選には疑念がある。また検定意見原案を文部科学省初等中等教育局長が決裁していたことも問題だ。これは検定への「政治的介入」にほかならない。国会で調査し、場合によっては関係者を参考人招致することも必要だろう。
特に教科書調査官が文部科学省の職員である現行制度の是非は問わなければならない。その人選の透明化も必要だ。
この問題を単なる「軍の強制」の記述の復活で終わらせてはならない。
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by mahounofuefuki | 2007-10-03 13:19