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「国の財政は夕張より悪い」は欺瞞

 財政大臣の諮問機関である財政制度等審議会の財政構造改革部会は今日会合を開き、2009年度予算編成ための議論を始めた。各報道によれば、財務省は国の「実質公債比率」が財政再建団体になった北海道夕張市よりもはるかに高く、より深刻な財政危機にあるという試算を部会に提示したという。
 「構造改革」という名の庶民搾取強化路線に対する怨嗟が広がり、歳出における社会保障費の削減が続いた結果、医療も福祉も崩壊に瀕している中で、改めて財政危機をアピールすることで、さらなる歳出削減への理解を求めたと言えよう。

 まだ今回の財政審の資料を精読していないので詳細は不明だが、報道を読む限り、財務省の試算は国の債務と地方自治体の債務の質的な相違を隠蔽して、我々「素人」をだましていると言わざるをえない。
 国の債務はいざとなれば国債保有者へ債券相当分の課税を行えばすぐにでも解消できるが、債権者が当該地方住民とは限らない地方債はいわば「対外債務」なのでそうはいかない。公債比率では国の方が深刻な赤字だが、破たんリスクという点では地方の方がはるかに深刻である。やる気さえあれば「金持ち増税」でいつでも赤字を解消できる国家財政と、国の支援がない限り永遠に借金を背負わされる地方財政を同列に語るのは欺瞞である。
 「将来への負担転嫁」を回避するため均衡財政が必要であるというのが財務省やその腰巾着たちの主張だが、これ以上歳出削減路線が続けば、もはや我々に「将来」などない。プライマリーバランスが均衡になったとき、社会が崩壊し、荒野に死屍累々というさまになっていては本末転倒である。

 読売新聞(2008/04/18 12:57)によれば、財務省は地方交付税を縮小するため、消費税率引き上げを前提に地方消費税を増税する地方財政「改革」案も提示したというが、この国の財政関係者たちの多くはいつも歳出削減と言えば社会保障を狙い撃ちにし、歳入増加と言えば逆進税の消費税を頼る。いいかげん消費税しか財源がないような議論はやめるべきだ
 なぜ歳出では軍事費や公共事業費を問題にしないのか。なぜ歳入では所得税や法人税や相続税を問題にしないのか。「聖域なき構造改革」と言いながら実際はこれらを「聖域」にしているのである。この問題について私はいまだに納得できる説明にお目にかかったことがない(経済対策なら法人税減税より消費税廃止の方が全企業に波及するという点ではるかに効果的だ)。
 本気で財政再建を目指すのなら、庶民にばかり「痛み」を押し付けずに、金持ちや大企業への負担増を真剣に検討せよ。貧者に増税しておいて、貧者の生活のための歳出を削減するのでは財政民主主義に反する。

 財政の役割については、東京大学大学院教授の神野直彦氏が最近次のように述べている。
 財政の使命は「市場の失敗(market failure)」に対応するだけではない。公共と民間、豊かさと貧しさ、仕事と生活などで生じているアンバランスを回復するラーゴムと、「悲しみを分かち合う」生活共同体を育成することにもあるのである。 (神野直彦「三つのドグマを打ち破ろう」『世界』2008年4月号) 
 *「ラーゴム」=スウェーデン語の「ほどほど」の意。
 財務省や財政審の現在の路線は「アンバランス」を拡大し、「悲しみ」を経済力のない人々だけに押し付けているとしか思えない。今一度、原点に戻って財政の社会的使命を自覚するべきだろう。

【関連記事】
消費税増税問題に関するリンク

【関連リンク】
財政制度等審議会 財政制度分科会 財政構造改革部会(平成20年4月18日開催)資料一覧:財務省
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by mahounofuefuki | 2008-04-18 17:45

「道州制」は新自由主義の隠れ蓑

 日本経団連が18日付で「道州制の導入に向けた第2次提言 -中間とりまとめ-」を公表した。昨年の第1次提言に続くもので、政府が策定を進めている「道州制ビジョン」を先取りしたものと言えよう。
 「道州制」については「地方分権」を具現化するものとして、何となくプラスのイメージをもって語られることが多く、新自由主義の「構造改革」路線に批判的な人や福祉国家派でも支持する場合が多い。しかし、今回の提言を読む限り、「道州制」も「地方分権」も弱肉強食の新自由主義の隠れ蓑にすぎないと言わざるをえない。

 経団連は「道州制」による地方自治体の再編像を次のように描いている(太字強調は引用者による、以下同じ)。
① 現在の都道府県を廃止し、これに替わる広域自治体として全国を10 程度に区分する「道州」を新たに設置する。
② 地方公共団体を道州および市区町村などの基礎自治体という二層制とし、道州、基礎自治体それぞれの自治権を活用し、真の住民自治を実現するために必要な権限と財源もあわせて備えさせる。
 47ある都道府県を10程度に統合し、市区町村も1000程度に統廃合するべきだという。今回の提言では「今すぐ着手すべき」改革として、国の出先機関の「地方支分部局の職員定数の大幅削減」を挙げており、統廃合を通して公務員を削減しようという意図が窺える。
 行政不信の根深い人々は、行政の規模や人員を縮小・削減すると聞くと無条件で賛成しがちだが、現在の日本は世界の中でも「国民」に占める公務員比率が最も低い水準の国である。公務員の数が減るということは、それだけ行政サービスが質量ともに低下することを意味する。医療や教育や福祉をはじめ行政の役割はむしろ増大している。行政がきちんと住民のニーズに応えようとするならば、公務員は減らすどころか大幅な増員が必要なのが現実だ。

 経団連は「道州制」導入の前提として、9万人以上の公務員の民間への転出(要するに解雇)すら提言しているが、労働市場に公務員出身者が溢れることは、結局雇用の需給において非公務員の立場を弱くする。もっとわかりやすく言えば、就職において公務員出身者が非公務員のライバルになるということである。しかも公務員の民間転出は一種の「天下り」とも言える。「公務員を減らせ」という主張は「公務員を天下りさせろ」と言っているようなものである。
 ついでに言えば、現在公務員の世界でも非正規雇用が増大している。特に地方出先機関や地方自治体に多い。真っ先にクビを切られるのは彼らである。非正規公務員は民間に行っても新卒でないので非正社員にしかなれない。労働市場における非正規雇用の増加は「貧困と格差」の拡大に手を貸す愚行である。

 都道府県や市町村の数が減ると、それだけ住民からそれらが遠くなる。単に役所に用があって通う場合の距離が長くなり不便になるというだけにとどまらない。役所が遠くなることで地域住民の声が届きにくくなり、役所の方も住民の「顔」が見えにくくなる。いくら権限や財源を譲渡しても、住民が見える所でそれらを行使できなければ意味がない。「道州制」は「地方分権」を促進しても「地方自治」を破壊するのである。
 「道州制」が新自由主義の隠れ蓑であるということは次の箇所に最もよく現れている。
道州制の導入に伴い国、道州、基礎自治体の役割を定める前に、これまで官が担ってきた公の領域において民が活動できる範囲を拡げ、小さな政府、民主導の経済社会運営を目指すことが重要な課題となる。そのため、官の役割をゼロベースで見直し、規制改革の推進官業の民間開放、PFIによる事業実施などを徹底する。あわせて、官の肥大化を防ぎ、公務部門においても生産性、効率性の向上を図る観点から、公務員制度改革をはじめとする各種の行政改革を断行することが必要である。
 まさに小泉政権が行った「構造改革」と同じ、「何でも民営化」「企業やりたい放題」の公認である。「規制緩和」が資本による労働者からの搾取強化を促進し、「効率性」が極端な競争原理を導入して人間をモノのように扱うことを進めたのが実情である。それなのに「構造改革」で疲弊しきった地方に、今度は「道州制」という名のムチを与えようとしているのだ。

 経団連の提言は「道州制」のメリットとして、防災・消防体制の強化、警察再編による治安向上、子育て支援と人材育成、地域医療・介護の充実、独自の産業振興と雇用の創出、観光振興などを挙げているが、それらは「地方分権」とは無関係である。国がきちんと予算を配分すれば「地方分権」などせずとも実現できることばかりである。
 「国・地方あわせて800 兆円近い債務を抱えるわが国の行政が、このままの体制を維持できると考えるのは非現実的」と言うが、日本は外国に対して債務を抱えているわけではない。国の借金は国債保有者に課税を強化すればすぐにでもなくなる。地方の債務は専ら国に対するもので、これも国の決断でどうとでもなる。その方が都道府県を10程度に減らすという案よりよほど現実的だ。そもそも債務を増やさせたのは、経団連を含む財界への利益誘導が主因である。経団連にまるで他人事のように言う資格はない。

 経団連の提言は他にも「現在12 府省ある中央省庁を半数程度に解体・再編する」「地方交付税と国庫支出金の廃止」「地方消費税の活用」「地方債の起債を自由化」など無茶苦茶な案が目白押しである。ツッコミどころが多すぎて今回だけではとてもまとめられないので別の機会に譲るが、とにかく「道州制」は日本社会を崩壊させる愚策であることを改めて強調しておきたい。


《追記 2008/03/24》

 政府の道州制ビジョン懇談会が、中間報告を総務大臣に提出した。2018年までに道州制を導入するよう求めている。主旨は経団連の提言とほぼ同じで、同懇談会の性格を如実に示している。
 今後、新自由主義政策は「地方分権」「道州制」の皮をかぶって行われるだろう。繰り返しになるが、それは地方切り捨ての「構造改革」路線の継続である。注意しなければならない。

【関連リンク】
社団法人 日本経済団体連合会
道州制の導入に向けた第2次提言 -中間とりまとめ-*PDF
道州制ビジョン懇談会-内閣官房
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by mahounofuefuki | 2008-03-18 21:17

「自分の職場に橋下のような上司が来たら嫌だ」が正解

 大阪府の橋下徹知事が府庁の朝礼で職員批判を行ったところ、30歳の女性職員が猛反論したことが話題になっている。
 知事は朝令を「僕は9時からやりたいと言ったが『(準備で)9時より前に働くと超過勤務になります』と(言われた)。普通は始業の20~30分前に来て準備してから仕事するんじゃないですか?」「きょうの幹部会で『始業から終業まで私語、たばこ休憩は一切なし』と言おうと思ってる。吸った時間は減額ですよ」と放言したという(スポーツ報知 2008/03/14 06:01)。

 この放言に対して職員は「みんなどれだけサービス残業してると思いますか」と反論し、職員いじめを続ける知事を批判したわけだが、やはりというか「世間」は橋下の味方で彼女はバッシングに遭っているようだ。
 橋下信者はそんなにタダ働きが好きなのだろうか。私語も休憩もない奴隷労働がそんなに好きなのだろうか。公務員の労働待遇が下がれば、今度は「公務員でさえ努力している」という口実で民間の労働待遇もどんどん引き下げられることがわからないのか。労働条件を悪化させようとする者を支持するのは自分の首を絞める行為だとなぜ気づかないのか?
 自分の職場に橋下のような上司が来たらどうなるか想像してみて欲しい。誰もが「あんな上司嫌だ」と思うはずだ。

 もう1点。橋下がヒステリックにキレると喝采を送るのに、橋下を批判する者がキレるとバッシングするのはどう考えても矛盾だ。府議会でも論理性も誠実さも全くないバカ丸出しの答弁を続けているが、いまだにこの国の大衆の多くはああいう粗暴な輩を好む。粗暴な犯罪者を嫌うのに、粗暴なタレントを好む。自分の首を絞めるのはよほど自尊心がないのか。
 まあこう言っても信者は最後まで橋下についていくのだろう。「バカは死なないと治らない」は真理かも。


《追記》

 J-CASTニュース(2008/03/14 19:16)によると、この問題で府庁に女性職員を非難する意見が400件も寄せられたらしい。
 「民間ならサービス残業なんて当たり前や」という意見は、権利に無自覚な奴隷根性丸出しである。自分が経営者と闘う勇気も労基署に訴える勇気もないのを公務員を攻撃することで憂さ晴らしするのは、人間として恥ずべき愚行だ。「サービス残業」=残業代不払いはれっきとした労基法違反だということがわからないのか。「世間では殺人なんて当たり前だ」と言っているのと同じだ。
 橋下の腰巾着J-CASTらしく、記事には「橋下知事を『あんた』呼ばわり」というタイトルを付しているが、女性職員は「あんた」とは一言も言っていない。「あなた」と言っている。「あなた」=「貴方」は敬語である。この呼び名のどこが問題なのか。
 メディアの偏向報道に断固抗議する。
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by mahounofuefuki | 2008-03-14 11:23

「せんたく」の唱える「地方分権」に要注意

 北川正恭氏や東国原英夫氏らの「せんたく」と連携する議員連盟が発足することについて、なぜかネット言説ではあまり重視されていないようで、私のアンテナが狭いせいもあるだろうが、これを問題視している人が少ないように思う。
 しかし、「せんたく」の動きは加速を続けていて、京都新聞(2008/02/21滋賀面)によれば、滋賀県の嘉田由紀子知事も参加するようである。「もったいない」のワンフレーズで市場原理主義に疲弊した人々を吸引した彼女の加入は「せんたく」に一層の厚みをもたせるだろう。かつての日本新党と似た軌跡をたどりつつあり、衆院総選挙が限りなく遠のきつつある状況で、無視しえない動きである。

 選挙で社民党の支援を受けた嘉田氏、本質的に歳出削減論者である北川氏、徴兵制の導入を主張する東国原氏、さらに国会議員まで広げると、一種のネオコンといっていい菅義偉氏や石原伸晃氏まで含む「烏合の衆」であり、どう見ても財政や外交や社会政策において一致点はない。前のエントリで「烏合の衆」だからこそ、権力闘争に特化した政策なき野合の「器」に適していると(ある意味自民党や民主党もそうだが)述べたが、それでも選挙においてはたとえタテマエであっても何らかの「主張」が必要である。一見バラバラな彼らをつなぎ、なおかつ有権者に好意的にアピールしうる政策は何か。

 それは「地方分権」をおいてほかにない。北川、東国原、嘉田という現職ないし前職の知事が揃っているということもあるが、すでに露骨な新自由主義を前面に押し出しにくい「空気」の中で、「地方分権」こそが「構造改革」の隠れ蓑に相応しいからである。
 私は基本的に「せんたく」の動きの背後には新自由主義政策の継続を狙う資本の動きがあると疑っているが、そこまでいかずとも、日本経団連など財界は何よりも政局の安定を欲しており、そのためには衆参両院で多数を制する政権が必要となる。民主党票を割るにせよ、自民党へ「構造改革」路線を継続するようプレッシャーをかけるにせよ、常に政界再編を意識させる政治力学を発揮する役割を「せんたく」に期待しているのではないか。

 「地方分権」と「構造改革」は「国の歳出を削減する」という点で一致する。「地方のことは地方に任せる」という「地方分権」と、「民間にできることは民間に任せる」という「構造改革」の類似性に着目しなければならない。
 要するに、一見聞こえが良い「地方分権」というスローガンの実態は、国の責任放棄であり、ただでさえ財政赤字に苦しむ地方自治体への丸投げであり、結局は「構造改革」と変わらない「弱い者いじめ」にしかならない可能性が濃厚である。「地方分権」を口実に行われた小泉政権下の「三位一体の改革」が、結局のところ国の地方への財政支出削減に終わったことを忘れてはならない。
 おそらく嘉田氏や東国原氏は「地方分権」が「構造改革」の隠れ蓑になるなど露知らずに「せんたく」に参加したのだろう。当事者もよくわからないまま新自由主義に操作されているような気がする。当事者でさえそうなのだから、有権者がイメージ操作に流される危険性はもっと高い。

 「せんたく」が選挙前の政界再編を狙って新党結成までいくのか、それとも選挙後の政界再編を睨んで自民・民主両党のシンパ議員を推薦するにとどまるかは、現状では何とも言えないが、「せんたく」には今後石原伸晃つながりで東京都の石原慎太郎知事や、東国原つながりで大阪府の橋下徹知事が参入することもありえよう。船頭には事欠かない。
 私は「できれば民主党左派、共産党、社民党による護憲連合政権を望みたいが、実現性は限りなく低いので、当面は組織がしっかりしている共産党の力を伸ばし、現行政府に対し所得再分配と労働基本権を確立するようプレッシャーをかけるしかない」という考えなので、自民党や民主党がどうなろうと知ったことではないが、自公政権の打倒を目指している人々が「せんたく」のような動きに取り込まれるのも面白くない。用心するに越したことはない。それが私の思いすごしならば、私が嘲笑を受けるだけの話である。

 念のためあらかじめ忠告する。「せんたく」が唱える「地方分権」には要注意すべし。

【関連記事】
「せんたく」議連発足と二大政党制への幻想

【関連リンク】
低気温のエクスタシーbyはなゆー:嘉田由紀子・滋賀県知事が「せんたく」に参加へ
*嘉田氏の「せんたく」参加の件についてはこの記事にご教示を受けた。
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by mahounofuefuki | 2008-02-23 13:56

もはや日米地位協定すら守られていない現実

 在日米軍の軍人による相次ぐ刑事事件(フィリピン人女性への暴行事件まで!)により、改めて日米地位協定の問題性が浮き彫りになっているが、この植民地的な日米地位協定すらもはや守られていない現実を突きつけられるニュースがあった。
 以下、毎日新聞(2008/02/20 12:40)より(太字強調は引用者による)。
 在日米軍海兵隊の輸送船「ウエストパック・エクスプレス」(2025トン)が20日午前、北海道釧路市の釧路港に接岸した。29日に矢臼別演習場(別海町など)で始まる日米共同訓練に向けた装備を陸揚げし、数十人の兵員も上陸した。日米地位協定に基づき同市へ事前通告した寄港期限を既に過ぎている上、上陸予定者も通告の「7人」を大幅に上回る「約束違反」の入港となった。

 釧路市港湾空港課によると、米軍は8日、海上保安庁を通じて15~18日と22~25日の間に同港へ2回寄港したいと通告。市は受け入れた。ところが、米軍は15日になって1回目の寄港を18日正午~19日午後4時と変更したが、19日は入港せず、同課は情報収集に追われた。

 20日朝、同課に非公式に同日午前入港と情報が入り、同港西港区第3ふ頭西側岸壁に職員7人を配置した。輸送船は同午前10時半ごろ、入港し、同11時過ぎに接岸した。陸上自衛隊のトラックやバスが待つ中、ジープ型の車やトラックなどの車両十数台が上陸。兵員も徒歩で上陸した。(後略)
 日米地位協定第5条は、アメリカが公の目的で運航する船舶について「日本国の港に入る場合には、通常の状態においては、日本国の当局に適当な通告をしなければならない」と定めており、いつ入港し、何人上陸するか港湾管理者である自治体に事前通告しなければならない。
 ところが、今回海兵隊は釧路入港に際して、事前に通告した19日に入港せず、結局正式通告のないまま翌20日に入港したのである。しかも上陸人員は当初通告では7人のはずが、蓋を開けたら数十人。自治体に対し平然とウソをついていたのである。アメリカ軍がいかに地位協定を軽視しているか、まざまざと見せつけられた事件だ。

 北海道新聞2008/02/21朝刊によれば、釧路港の当該埠頭は当面商船の使用予定がないということだが、もし商船の入港とかち合っていたらどうなっていたか。以前、当ブログでも小樽港で商船の入港予定を変更させてまで、アメリカ海軍の艦船を入港させるよう外務省が小樽市に圧力をかけていたことを伝えたが、地位協定の遵守をアメリカ側に毅然と要求すべき政府がまったく責任を放棄しているために、地方自治体がそのツケを支払わされているのである。

 こうしたことは各地で日常茶飯事であり、特に米軍再編と日米軍事一体化が進むほど、ますます多発するだろう。日本列島そのものがアメリカ軍やりたい放題の「占領地」である実態を直視する必要があるだろう。

【関連記事】
商船を追い払ってまでアメリカ軍艦を寄港させる外務省
ナショナリストが在日米軍に期待するもの

【関連リンク】
日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約第6条に基づく施設及び区域並びに日本国における合衆国軍隊の地位に関する協定(日米地位協定)-外務省
ウエストパック.エクスプレスから下船のアメリカ国海兵隊.矢臼別演習場へ|動画投稿・動画共有 FlipClip
釧路港第3埠頭から公道を走るアメリカ海兵隊の車列|動画投稿・動画共有 FlipClip
*2月20日に釧路に上陸した海兵隊の様子を撮影した映像。
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by mahounofuefuki | 2008-02-21 12:35

商船を追い払ってまでアメリカ軍艦を寄港させる外務省

 日米安保体制とはそもそも日本がアメリカに軍事基地を提供する代わりに、アメリカが日本の安全を保障するというシステムで(アメリカに守ってもらう代わりに、便宜を提供するとも言えるが)、パワーポリティックス的観点に立っても、あくまでも双方にとってメリットがなければならない関係である。
 しかし、沖縄をはじめ米軍基地のある地域の現状は、アメリカの「加護」の代償としてはあまりにも大きく、平穏な住民生活の妨げになっている。安保体制の実情は単にアメリカが都合よく日本列島を軍事拠点として利用できる制度であって、現状では日本側にはほとんどメリットがないのではないかと言わざるをえない。岩国市長選挙の争点も、アメリカだけにメリットがある状態の是非が問われていると言えよう。

 そんな一方的な日米関係を象徴するような出来事が北海道小樽市で起きた。経過は次の通りである。

 今年1月16日、アメリカ海軍第7艦隊の旗艦「ブルーリッジ」が2月7~11日に小樽港に寄港したいという要請が小樽市にあった。ブルーリッジはこれまで何度も小樽に寄港しているが、今回は指定期間中にパナマ船籍などの大型商船が岸壁(バース)を利用する予定があったため、小樽市長は1月28日に入港を断る決定をし、小樽海上保安部を通してアメリカ側へ伝えた。小樽市は2000年にもアメリカ軍艦の入港を断った事例があり、何も問題はないはずだった(北海道新聞2008/01/28 13:43)。

 ところが、その直後から小樽市側に対し、外務省北米局の課長補佐クラスから電話が10回近くあり、さらに2月1日には同省日米地位協定室長が市役所を直接訪問して、ブルーリッジを寄港させるよう圧力をかけたという。外務省側は軍艦よりも商船を優先した小樽市の判断を「港湾管理者としての能力に欠ける」とまで言い放ったという。
 外務省が港湾管理者である地方自治体の権限に介入する法的根拠はない。山田勝麿市長は「商船を追い払ってまで入れるとしたら、まるで軍港だ」と話し、商船優先の方針を改めて回答した(同前2008/02/01 07:12)。

 事態はその1日に急転する。当初2月8~13日に入港を予定していたパナマ商船の代理店が、入港予定が10日ほど遅延すると連絡してきたのである。バースが空いた以上、ブルーリッジの寄港を拒否する理由がなくなった小樽市は、アメリカ側へ入港可能を通知した。
 商船の予定変更について小樽市港湾部では「理由はわからない」としているが(同前2008/02/02 07:31)、北海道新聞2008/02/06朝刊社説は「商船の日程変更を国が働きかけたのでは、と勘繰りたくなる」(太字は引用者による)と指摘している。
 結局、アメリカ側の当初の要求通り、ブルーリッジは2月7日に小樽港へ寄港する見込みである。

 要するに、自治体が商船を優先してアメリカ軍艦の寄港を断ったところ、外務省が法的権限もないのに軍艦を寄港させるよう圧力をかけ、自治体がそれでも姿勢を変えないと、不透明な方法で商船の方の予定を変更させてまで、アメリカ軍艦の寄港をごり押ししたのである。

 山田市長は「まるで軍港」と言ったそうだが、これでは「植民地の軍港」である。この事件が示すのは外務省がもはやアメリカ政府・軍の代理人であって、独立国の外交当局ではないという実態であろう。
 さらに問題はこんな地方自治と外交の独立性を破壊するニュースを地元のメディアしか報じていないことだ。近年、日米安保体制の矛盾を示す問題はすべて「地域の問題」に還元され、「全国の問題」や「国家の問題」にならなくなっている。日米の軍事一体化がどんどん進むなかで、こうしたことは日本のどこでも起こり得る。単なる一地域の問題と捉えてはならない。
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by mahounofuefuki | 2008-02-06 22:25