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福田内閣のレームダック化を素直に喜べない理由

 福田康夫首相は今日緊急記者会見を行い、2009年度から道路特定財源を一般財源化する案を公表し、与野党協議機関の設置を呼び掛けたが、今や福田内閣は断崖絶壁に追い込まれたと言えよう。2008年度予算案は衆院の議決が優先されるため、明日にも成立するが、租税特別措置の方は期限切れが現実味を帯びてきた。何より福田内閣の支持率下落に歯止めがかからなくなっている。今月に入ってからの各報道機関の世論調査はどれも福田内閣がすでに「危険水域」に入ったことを示していた。
 今手元で確認できりデータは次の通り。
毎日新聞(2008/03/03朝刊) 支持30% 不支持51%
時事通信(2008/03/14 15:12) 支持30.0% 不支持47.7%
共同通信(2008/03/16 18:12) 支持33.4% 不支持50.6%
読売新聞(2008/03/17 23:48) 支持33.9% 不支持54.0%
日本経済新聞(2008/03/23 22:05) 支持31% 不支持54%
北海道新聞(2008/03/27 09:25) 支持22% 不支持59%
 おおよそ支持率が3割、不支持率が5割というところだろう(北海道新聞での支持率が極端に低いが、これは北海道限定で行った調査で、もともと北海道は民主党が強いという事情が影響していると思われる)。まだ3割も支持する人がいるのが不思議だが、それでも安倍内閣の末期とほぼ同水準まで低下しており、もはやレームダックになりつつあると言っても過言ではあるまい。

 自公政権にノーサンキューな側にとっては、これで「4月危機」だ、倒閣だ、解散だと喚きたいところだし、実際そういう声も出ているが、冷静に考えればそうは問屋が卸さない。倒閣したところで看板が掛け替えられるだけで自公政権の政策転換は望めない。衆院の解散は切に望むところだが、どうやっても現有議席を維持することができない自公政権が早期解散に打って出ることなどまずあり得ない。
 福田内閣の支持率が急落する一方で、野党各党の支持率はほとんど上昇していないことも問題で、単に福田内閣のみならず、政治全般への不信感が強まっているにすぎないというのが実情だ。しかも「大連立」構想は終始くすぶっており、主権者不在の政争が政治不信に拍車をかけている。
 内閣「不支持」の中身をよく吟味しなければならない。現在の福田内閣への不満は、「貧困と格差」がなかなか是正されないことへの「平等」サイドからの不満と、中国や朝鮮に対する強硬とは言えない姿勢への「保守」サイドからの不満と、規制緩和や「小さな政府」を断固として進めようとしないことへの「自由」サイドからの不満がいわば「雑居」している。仮に福田内閣が倒れても「保守」や「自由」に偏った新政権が出来るのでは元も子もない。

 すでに当ブログでも高まる「平等」「安定」志向~「勤労生活に関する調査」を読むで明らかにしたように、新自由主義による競争万能・成果主義の路線はもはやマジョリティではない。人々は疲れ果て、「終身雇用」「年功賃金」の時代への郷愁が高まっている。しかし、一方で政治意識においては依然として「公的なもの」への忌避感は強く、そこに新自由主義がつけ込む隙がある。
 特にこの国では依然として「強いリーダーシップ」への幻想が肥大化しているのが問題だ。毎日新聞の調査では「首相の指導力に期待できないから」が、時事通信の調査では「リーダーシップがない」がそれぞれ内閣不支持の理由の第2位になっている。政策の中身よりもイメージとしての「毅然とした姿勢」「強力な指導力」に期待する向きが相変わらず存在するのである。
 事実、北海道新聞(2008/03/27朝刊)の世論調査では「次の首相にふさわしい人は誰か」という問いに対し、小泉純一郎氏と麻生太郎氏が16%でトップに並び、小沢一郎氏が15%でこれに続く。一方で「平等」「安定」を望みながら、他方で小沢はともかく小泉や麻生を支持するのは矛盾以外の何物でもないのだが、なかなかそれを自覚できない人が多い。

 実は「毅然とした姿勢」や「強力なリーダーシップ」と「平和と平等」の結節点は1つだけ存在する。それは日本共産党である。日本国憲法第9条の堅持を掲げ、平等社会を目指す一方、下部機関が上部機関に拘束される民主集中制のもと、指導部による「強力なリーダーシップ」で概ね「毅然とした姿勢」をとっている。志位和夫氏の演説を聴いたことがある人ならば、彼のタレント性が小泉や麻生などの比ではないことが理解できるだろう。しかし、強固な「アカの壁」とマスメディアの黙殺が共産党の浸透を妨げている。この問題は本稿の主題から外れるので別の機会に考えたい。

 いずれにせよ、解散前に福田内閣倒閣の動きが強まることは、必ずしも良い結果となるわけではないことを指摘しておきたい。小泉再登板は限りなくゼロに近いと考えているが、新自由主義勢力の完全復帰の危険は依然として存在する。それを回避するためには、来年以降になるだろう衆院解散まで、地道に不満の声を上げ、「新自由主義ノー」の「空気」を持続することが何よりも必要である。
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by mahounofuefuki | 2008-03-27 22:12

志位和夫の「SGJ」の会議録がまだ出ていない件

 2月8日の衆院予算委員会で共産党の志位和夫委員長が行った派遣労働の待遇差別に関する質問は、ほとんどのマスメディアが黙殺したにもかかわらず、ネット言論で日常の政治的立場を超えて大きな話題となり、その気迫のこもった追及は「SGJ(スーパー・グッジョブ)」と絶賛された。
 その質疑の録画映像は「ユーチューブ」の日本共産党のチャンネルで今も観ることができるが、50分以上と長く、活字化された議事録が欲しいところである。

 ところが、衆議院のホームページで予算委の会議録を調べてみると、今日の時点で2月29日分までが掲載されているのに、この2月8日の会議録だけが未だに掲載されていない(要約速報版の「委員会ニュース」は出ている)。官報にも記載されていないようなので、会議録の原本がまだ完成していないと考えられる。
 国会法や衆議院規則では会議録の作成について何日以内というような時限を定めていない。個人的に国会関係者に問い合わせたところによれば、会議録の字句確定について議長(今回の場合は衆議院議長)ないし委員長(同じく予算委員長)の許可を要する場合があるという。この日の委員会での発言のどれかが今も確定していないのである。

 2月8日の予算委の議題は新年度予算案の審議で、質問者はすべて野党議員である。志位氏のほか、民主党の渡部恒三、長妻昭、原口一博、武正公一、笹木竜三、社民党の阿部知子、国民新党の亀井久興の各氏が質問に立っている。どの質問あるいは答弁の文言が確定していないのか私にはわからないが、よりにもよって歴史的とも言える志位氏の名質問の会議録の完成・公表が遅延しているのは残念である。
 私は根拠のない陰謀論を好まないが、何となく一般の人々の目から志位氏の名質問をできるだけ隠蔽しようとする政治力学が働いているのではないかと疑いたくなる。右傾色を好みがちなネット言論で共産党が絶賛を受けることなど稀であるだけに、危機感をもった資本サイドの「見えざる手」の介入を想定してしまう。

 現時点では情報不足なので、これ以上の言及を避けるが、今だに志位氏の「SGJ」の会議録が出ていないという事実は念頭に置いておいて欲しい。


《追記 2008/04/12》

 今日現在、いまだ会議録は出ていない。衆議院事務局に問い合わせても「未定」の一点張り。これはいよいよ怪しくなってきた。

【関連リンク】
YouTube - 2/8 派遣法改正し"労働者保護法"に 志位委員長が質問/衆院予算委員会(全編)
衆議院
衆議院規則
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by mahounofuefuki | 2008-03-22 18:26

「コイズミ」的な「空気」が拡大する危険は続く

 どの世論調査でも生活・医療・教育などへの不安や福祉国家への待望が高まっているし、だからこそ明確に「構造改革」路線を放棄しない福田内閣の支持率は下落を続けているのだが、一方で今も「構造改革」=新自由主義路線の張本人である小泉純一郎元首相への人気は高い。いや正確には人気がメディアによって煽られていると言うべきだろう。

 13日に静岡7区選出の片山さつき衆院議員への応援のために小泉氏が浜松市を訪れたが、翌日のスポーツ紙やワイドショーが一斉に大きく報じた。仮に福田康夫首相が応援に行っても一般紙はともかくスポーツ紙やワイドショーが報じることはあるまい。これは今も「コイズミ」がメディアで「数字(売上部数や視聴率)を取れる」キャラクターであることを意味する。
 当の本人は浜松での講演で「私は総理を辞めたんですよ。次の総裁選挙に出る気なんて、まったくありません」と「再登板」を否定したという(神奈川新聞2008/03/13)。小泉傘下に復帰したと言われる元首相秘書官の飯島勲氏や「構造改革」派の政治屋たちの思惑は別として、その言葉自体に偽りはないと私は思っている。小賢しい彼がわざわざ火中の栗を拾うような真似をすることはないからである。

 問題は本人に登板の意思がなくとも、「コイズミ」がメディアに露出することで、あたかも「改革が道半ば」とか「コイズミのようなやり方でないと危機を突破できない」というような認識が常に有権者の頭にインプットされることにある。
 実際は「コイズミのせいで社会保障は崩壊し、経済も弱体化した」し、前述のように有権者の多くも「構造改革はもうノーサンキュー」と考えるようになっているのだが、一方で依然として「小さな政府」論=「政府の役割は小さいほどよい」という信仰が未だに根強く、「既得権益の解体」を小泉、あるいは「コイズミ」的なもの(たとえば宮崎県の東国原英夫知事あたりが危ない)に託そうとする可能性は残存している。

 「貧弱な坊や」安倍晋三氏や「陰気なツンデレ」福田康夫氏に比べて、「陽気な独裁者」(by辺見庸氏)である小泉氏は、キャラクターとしては依然としてプラスのイメージを保有している。「政界再編」云々といった生臭いレベルではなく、もっと大きな社会を覆う「空気」として「コイズミ」的なものが再拡大する危険は依然として存在する。
 差別と競争を旨とする新自由主義の廃棄と、社会的公平の確立を希求する側は「コイズミ」対策を真剣に考えねばなるまい。その際、単に対抗馬として知名度の高いキャラクターを用意するというレベルの方法では、広告代理店を握る新自由主義勢力に返り討ちにされるだろう。真の勝負は有権者にそれぞれの自己の生活を見つめ直すことを促せるかどうかにかかっているような気がする。
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by mahounofuefuki | 2008-03-15 14:36

「カジノ法案」を目指す自民・民主両党の危険な動き

 なぜか全然問題になっていないようだが、日本でカジノを合法化するための「カジノ法案」の議員立法がいよいよ本格化しているらしい。先月末自民党が素案をまとめ、民主党も勉強会を開始、公明党も検討を始めるという。来年の通常国会への提出を目指しているという。
 産経新聞(2008/02/23 19:49)によると、自民党案は次の通り。
①施行主体は地方公共団体かその一部事務組合。
②当面は2~3カ所に限定。最大10カ所程度に段階的に拡大。
③主務大臣の下に独立行政法人「カジノ管理機構」を設立。合議制の機関「カジノ管理委員会」を設置。
④施行収益は地方公共団体に帰属。国の機関は施行者から施行収益の一定率を交付金として徴収。
⑤カジノ運営やゲームへの参加に犯罪歴などの欠格要件を設ける。
⑥クレジットやATMの設置、金銭貸し付けの禁止。
⑦組織犯罪の介入、風俗環境悪化、依存症の対策のための「地域環境管理委員会」を設置。
 産経はよほどカジノにご執心のようで、3月7日付で「カジノを観光立国の起爆剤に」と題する論説を載せている。要点は、アジアの新興富裕層を観光客として呼び込み、地方財政を強化するためにカジノを合法化するべきということで、専ら経済・財政上の理由からカジノを推進している(同前2008/03/07 20:31)。

 結論から言えば、カジノの合法化などもってのほかである。
 第1に、現行の公営「賭博」が貧困の拡大に手を貸しているからである。
 現在、国や地方自治体が深く関与している事実上の賭博である競輪・競馬・競艇は、いずれも多重債務問題の原因に関係している。多重債務の主たる直接原因は生活難だが、賭博への依存症が生活費の使い込みを引き起こし、借金の蓄積につながっていることは否めない。あるいは所得の減少から「一発逆転」を狙って賭博に入れ込み、どつぼにはまっていくことも多い。競馬や競輪でさえそうなのだから、この上新たにカジノを作るなど、多重債務の増加を招き、貧困を拡大するようなものである。

 第2に、カジノが新たな利権を生み、財政規律を弱める可能性が高いからである。
 国が関与する以上、カジノ設置や事業委託に関する許認可権が当然生じる。運営する民間業者と政治・行政の癒着を防ぐことは難しい。実際、戦前の公娼制度では「遊廓」を巡って政界の汚職が絶えなかった。また、歳入におけるカジノ収入の割合が大きくなるほど、カジノ関係者の政治的発言力が大きくなる。財政の公平性の観点からも危険である。

 第3に、カジノ目当ての観光客など願い下げだからである。
 あまり言いたくないが、賭博を好む人にはろくな人がいない。賭博は常に暴力やシニシズムと密接である。しかも基本的に「労せずに儲けたい」という市場原理主義的価値観とも共通する。そんな連中の「空気」そのものが反社会的である。いくらカネを落とすからと言われても、平穏な市民生活の上で、そういう類の観光客などノーサンキューである。

 この問題では自民・民主両党の「大連立」が進行しているようで、その点でも不愉快だ。まだ先の話だからと油断してはなるまい。カジノ阻止の世論づくりが必要だろう。
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by mahounofuefuki | 2008-03-08 17:59

「せんたく」の唱える「地方分権」に要注意

 北川正恭氏や東国原英夫氏らの「せんたく」と連携する議員連盟が発足することについて、なぜかネット言説ではあまり重視されていないようで、私のアンテナが狭いせいもあるだろうが、これを問題視している人が少ないように思う。
 しかし、「せんたく」の動きは加速を続けていて、京都新聞(2008/02/21滋賀面)によれば、滋賀県の嘉田由紀子知事も参加するようである。「もったいない」のワンフレーズで市場原理主義に疲弊した人々を吸引した彼女の加入は「せんたく」に一層の厚みをもたせるだろう。かつての日本新党と似た軌跡をたどりつつあり、衆院総選挙が限りなく遠のきつつある状況で、無視しえない動きである。

 選挙で社民党の支援を受けた嘉田氏、本質的に歳出削減論者である北川氏、徴兵制の導入を主張する東国原氏、さらに国会議員まで広げると、一種のネオコンといっていい菅義偉氏や石原伸晃氏まで含む「烏合の衆」であり、どう見ても財政や外交や社会政策において一致点はない。前のエントリで「烏合の衆」だからこそ、権力闘争に特化した政策なき野合の「器」に適していると(ある意味自民党や民主党もそうだが)述べたが、それでも選挙においてはたとえタテマエであっても何らかの「主張」が必要である。一見バラバラな彼らをつなぎ、なおかつ有権者に好意的にアピールしうる政策は何か。

 それは「地方分権」をおいてほかにない。北川、東国原、嘉田という現職ないし前職の知事が揃っているということもあるが、すでに露骨な新自由主義を前面に押し出しにくい「空気」の中で、「地方分権」こそが「構造改革」の隠れ蓑に相応しいからである。
 私は基本的に「せんたく」の動きの背後には新自由主義政策の継続を狙う資本の動きがあると疑っているが、そこまでいかずとも、日本経団連など財界は何よりも政局の安定を欲しており、そのためには衆参両院で多数を制する政権が必要となる。民主党票を割るにせよ、自民党へ「構造改革」路線を継続するようプレッシャーをかけるにせよ、常に政界再編を意識させる政治力学を発揮する役割を「せんたく」に期待しているのではないか。

 「地方分権」と「構造改革」は「国の歳出を削減する」という点で一致する。「地方のことは地方に任せる」という「地方分権」と、「民間にできることは民間に任せる」という「構造改革」の類似性に着目しなければならない。
 要するに、一見聞こえが良い「地方分権」というスローガンの実態は、国の責任放棄であり、ただでさえ財政赤字に苦しむ地方自治体への丸投げであり、結局は「構造改革」と変わらない「弱い者いじめ」にしかならない可能性が濃厚である。「地方分権」を口実に行われた小泉政権下の「三位一体の改革」が、結局のところ国の地方への財政支出削減に終わったことを忘れてはならない。
 おそらく嘉田氏や東国原氏は「地方分権」が「構造改革」の隠れ蓑になるなど露知らずに「せんたく」に参加したのだろう。当事者もよくわからないまま新自由主義に操作されているような気がする。当事者でさえそうなのだから、有権者がイメージ操作に流される危険性はもっと高い。

 「せんたく」が選挙前の政界再編を狙って新党結成までいくのか、それとも選挙後の政界再編を睨んで自民・民主両党のシンパ議員を推薦するにとどまるかは、現状では何とも言えないが、「せんたく」には今後石原伸晃つながりで東京都の石原慎太郎知事や、東国原つながりで大阪府の橋下徹知事が参入することもありえよう。船頭には事欠かない。
 私は「できれば民主党左派、共産党、社民党による護憲連合政権を望みたいが、実現性は限りなく低いので、当面は組織がしっかりしている共産党の力を伸ばし、現行政府に対し所得再分配と労働基本権を確立するようプレッシャーをかけるしかない」という考えなので、自民党や民主党がどうなろうと知ったことではないが、自公政権の打倒を目指している人々が「せんたく」のような動きに取り込まれるのも面白くない。用心するに越したことはない。それが私の思いすごしならば、私が嘲笑を受けるだけの話である。

 念のためあらかじめ忠告する。「せんたく」が唱える「地方分権」には要注意すべし。

【関連記事】
「せんたく」議連発足と二大政党制への幻想

【関連リンク】
低気温のエクスタシーbyはなゆー:嘉田由紀子・滋賀県知事が「せんたく」に参加へ
*嘉田氏の「せんたく」参加の件についてはこの記事にご教示を受けた。
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by mahounofuefuki | 2008-02-23 13:56

「せんたく」議連発足と二大政党制への幻想

 先月発足した「地域・生活者視点で日本を洗濯(選択)する国民連合」(せんたく)と連携する超党派の議員連盟「せんたく議員連合」(仮称)の発起人会が今日行われたという。3月3日に正式発足するという。
 読売新聞(2008/02/20 13:14)などによると、発起人は自民党の河村建夫、石原伸晃、伊藤達也、小坂憲次、菅義偉、杉浦正健、園田博之、橋本聖子、民主党の野田佳彦、枝野幸男、小沢鋭仁、玄葉光一郎、松本剛明、浅尾慶一郎、郡司彰、広中和歌子、公明党の石井啓一、魚住裕一郎の各氏である。
 すでに多くの人々が指摘しているように、福田内閣の支持率が低下を続ける状況を見越した、政界再編へ向けた動きと見てよいだろう。自民党からは河村、菅、石原といった安倍晋三前首相に近い(福田首相に不満がある)人々が、民主党からは野田、枝野といった小沢一郎代表と距離のある人々が参加しているのは注目に値しよう。要するに両党の現在の「不満分子」が揃っているのである。

 ところで、山口二郎氏によれば「1990年代から始まった政治改革や政界再編の試行錯誤」は「最終段階」に入り、「新自由主義・保守」と「社会民主主義・リベラル」の二大政党制が完成に近づきつつあるそうだが(「金持ち増税」論は少数意見ではない~山口二郎・宮本太郎共同論文を読む参照)、「せんたく」や「せんたく議連」の動きはそんな甘い見通しを全面否定しているといえよう。
 「せんたく」は「地域・生活者」視点を打ち出してはいるが、そんな抽象的なスローガンなどどうとでも解釈でき、それが新自由主義だろうと保守主義だろうと何でもかまわない。だから「改革」をイメージさせながら、宮崎県の東国原英夫知事が道路特定財源の廃止に反対しても一向に問題にならないのである。
 そもそも「せんたく」の母体である「新しい日本をつくる国民会議」(21世紀臨調)からして、その構成メンバーを見ればわかる通り、財界・法曹界・ジャーナリズム・アカデミズムなど各界の有力者がこれでもかというくらい集まっており、要するに明確な基本政策をもたない「烏合の衆」である。

 しかし、「烏合の衆」だからこそ、権力闘争に特化した政策なき野合の「器」には適している。
 本来、政権とは政策を実現するための手段にすぎないが、この国では逆に政権の獲得・維持そのものが目的で政策はそのための手段になってしまっている。だからこそ湾岸戦争時に自衛隊の海外派遣に消極的だった小泉純一郎氏が、アフガン・イラク戦争では自衛隊の派遣に固執したり、かつて著書『日本改造計画』で新自由主義的な政策を提唱していた小沢一郎氏が、昨年の参院選では「生活第一」と衣替えできるのである。故に安定した左右の二大政党制など幻想にすぎない。

 今後福田政権が「構造改革」路線を修正する場合、新自由主義勢力は「せんたく」を軸に「改革」派の結集を図ることもありえよう。その場合、福田・小沢の連立構想が息を吹き返すわけで、その時こそ自公政権を打倒するために民主党を応援する必要があると主張する人々は踏み絵を踏むこととなろう。「自公政権VS新自由主義」という対立軸が提示された時、彼らはそれでも政権打倒を優先できるのか。
 山口氏の言とは裏腹に1990年代以降の政党史が示すのは、共産党以外の政党はどこも確固たる基本政策をもたず、その時の状況によってコロコロと立ち位置を変える姿である。この離合集散はまだ続くのだろう。見せかけの対立軸に惑わされてはならない。本当の対立軸は先の京都市長選挙で提示された。「平和と平等」を希求する人々が採るべき政治行動はおのずと決まるだろう。

【関連リンク】
新しい日本をつくる国民会議-21世紀臨調-オフィシャルホームページ
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by mahounofuefuki | 2008-02-20 22:30

「協同労働の協同組合」法制化の動き

 「協同労働の協同組合」の法制化を目指す超党派の議員連盟が2月20日に発足するという。
 以下、読売新聞(2008/02/10 09:32)より。
 参加者が生活するために必要な利益だけ確保する非営利団体「協同労働の協同組合」の法制化を目指し、20日に超党派の議員連盟が発足することが9日、明らかになった。
 フリーター、働いても収入が少ない「ワーキングプア」、既に退職した高齢者などが働くための受け皿となることを期待して、法的根拠を明確にしようというもので、「脱貧困」対策として、今後の取り組みが注目される。
 協同組合はNPO(非営利組織)法人と民間企業の中間的な位置付けの団体。働く人が出資者と経営者も兼ねる形となっており、一口5万円程度の出資金を出して「組合員」として働く事例が多い。出資額に関係なく組合員は平等な権利を持ち、企業のように「雇用者と被雇用者」という関係が存在しない。生活協同組合(生協)の労働版とも言われる。行政からの補助金など、公的支援に頼らない点も特徴だ。
 全国には「協同労働の協同組合」の理念で活動している人が約3万人おり、事業規模は年300億円程度に上るとされる。事業内容は、介護・福祉サービスや子育て支援、オフィスビルの総合管理など幅広い。企業で正規に雇用されない若者や、退職した高齢者などが集まって、働きやすい職場を自分たちの手で作り、生計を立てられるようにすることが最大の利点で、フリーターなどの新しい働き方として期待されている。
 しかし、協同組合の根拠法がないため、形式的にNPO法人などとして活動している事例が多い。協同組合の法制化が実現すれば、寄付に頼るNPO法人よりも財政基盤が強固となり、参入できる事業の規模や種類が拡大すると見られている。また、地方自治体の行政サービスを民営化する際の委託先などになることも想定されている。(後略)
 この「協同労働の協同組合」については、そういうものがあるということは聞いたことがあるが、詳細はよくわからない。ネットでとりあえず調べたところでは、この議員連盟の発起人会が2月1日に行われており、自民、公明、民主、社民、国民新各党の議員が出席している。共産党がいないのは、この「協同労働の協同組合」の法制化を目指している「協同労働法制化市民会議」の会長が前連合会長の笹森清氏であることと関係しているのだろう(共産党が敬遠しているのか、「市民会議」が共産党を排除しているのかは不明だが)。

 貧困問題の背景として、労働者の人間性を否定する厳しい労働環境があるのは確かで、それだけに「雇用者と被雇用者」という関係がないというのは注目に値すると思う。何であれ「日雇い派遣」のような「貧困ビジネス」に頼る働き方から抜け出す機会が創出されることは良いことだ。
 ただし、「公的支援に頼らない」「行政サービスを民営化する際の委託先などになる」というのが気になる。行政が何もやらないのを免罪したり、民営化の道具になってしまうようでは困る。

 いずれにせよ私はよく知らないので、とりあえず検索にかかった関連サイトをリンクしておく。まだきちんと読んでいないので、この件の論評は保留する。


《追記 2008/02/21》

 「協同労働の協同組合」の法制化を目指す超党派による「協同出資・協同経営で働く協同組合法を考える議員連盟」の発会式が20日国会内で行われた。しんぶん赤旗(2008/02/21)によれば、共産党からも複数の国会議員が出席し、国会の全会派が参加することになったようだ。
 故に本文の「共産党が敬遠しているのか、『市民会議』が共産党を排除しているのかは不明だが」の部分は撤回する。関係者及び読者の皆様におわび申し上げます。

【関連リンク】
協同労働法制化市民会議 オープンフォーラム
協同労働法市民会議だより
日本労働者協同組合連合会
ワーカーズコープ労協センター事業団
NPOワーカーズコープ
協同総合研究所
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by mahounofuefuki | 2008-02-10 11:30

「通年国会」は議会制民主主義を破壊する

 自民・民主両党の「若手」衆院議員7人が「真の『言論の府』を目指す」と題する国会改革案を発表したという。
 朝日新聞(2008/02/06 19:13)によれば、7人は河野太郎、柴山昌彦、水野賢一、山内康一(以上、自民党)、馬淵澄夫、細野豪志、泉健太(以上、民主党)の各氏で、次の8項目である。
◇会期不継続の原則の廃止(会期中に議決できなかった法案が自動的に廃案になる制度を是正)
◇立法審査と行政監視の分立(法案そのものの審議と政府のスキャンダル追及などを分離)
◇党議拘束の緩和(各議員の価値観で判断が分かれる法案への賛否を自由化)
◇議員立法の充実(衆院20人、参院10人の賛同者を集めれば提出権のある議員立法が、所属政党の承認が必要となっている慣例を排除)
◇外交への配慮(国会会期中の閣僚の自由な外交を容認)
◇行政府の効率化の推進(質問通告を委員会では48時間前までに早める)
◇委員会運営の改善(委員会の日程をあらかじめ決める)
◇本会議改革(党首討論など法案の議決以外にも、重要課題の討論を本会議で行う)
 詳細は不明だが、少なくとも報道された内容からは、「改革」どころか議会政治を破壊する暴論としか思えない。
 何と言っても問題なのは、会期不継続原則の廃止である。現在の国会法は「会期中に議決に至らなかった案件は、後会に継続しない」と定め、会期内に議決されなかった法律案は、継続審議の手続きを行わない限り、審議未了で廃案となる。この原則により、1つの会期に提出しうる法案数が制限され、審議を延ばすことで少数派は多数派の支持する案に抵抗しうる効果を生み出した。国会会期の延長制限(通常国会は1度、臨時・特別国会は2度まで)とともに、多数派による独裁を抑止するためには絶対に必要な制度である。
 ところが「若手」議員らはこれを廃止して、いわゆる「通年国会」を実現しようというのである。通年国会になってしまえば、会期内に議決できなくても自動的に継続審議になるから、政府・与党は会期内成立にかまわず好きなだけ法案を提出でき、一方、少数派には法案を廃案にもっていく機会は消えてしまう。国会審議の緊張はなくなり、いつでも多数決で議決できるようになる。
 戦前の明治憲法体制から続く議会運営の大原則を平然と踏みにじる彼らの見識を疑わざるをえない。

 立法審査と行政監視の分立というのも、行政への監査を切り離した法案審議など現実にはありえず、だいたいそんな制度は私の知る限りどこの国にもない。閣僚に国会出席よりも外遊を優先させる案も国会が自ら「国会軽視」する自殺行為以外の何ものでもない。党議拘束や議員立法の件はそれぞれの政党の問題であって、法令で定めるようなことではない。
 今回の提案は結局、衆参の与野党逆転状況にあって、政府・与党の法案を通りやすくするための御都合主義的な方便だろう。民主党の議員が一部とはいえこんな暴論に賛同するあたり、この党の「本音」が透けて見える。

【関連リンク】
国会法-法庫
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by mahounofuefuki | 2008-02-07 20:34

「左」になるハードルと「左」の活路

 前回の記事(「野党共闘」の終焉と「護憲の大連立」構想)で関西学院大学教授の豊下楢彦氏による「左派の受け皿」としての「護憲の大連立」構想を紹介したわけだが、それには共産・社民両党の「過去のしがらみ」による実現可能性の低さ以外に重大な弱点があると指摘した。
 その弱点とは「左翼」とか「左派」とか言う時の「左」のハードルが高いために、広義の「福祉国家と平和主義」を支持するだけでは「左」にはなれず、仮に「護憲の大連立」が実現しても、現在の「左」がそのまま結集しただけでは、結局は既成の「左」の人々の外部に支持が広がる見込みが少なくとも短期的にはほとんどないことである。
 
 かつて社会学者の宮台真司氏が注意していたことだが、西欧の場合、左右の決定的対立軸は「国家による再分配」を認めるかどうかだが、日本の場合は安全保障問題や歴史認識やその他もろもろも課題において国家内に大きな亀裂があり、単純に経済の在り方だけが左右の分岐点ではない。現在の日本の典型的「左翼」は、所得再分配を支持し、日米安保体制を否定し、アジア諸国との協調を求め、原子力発電の縮小・廃棄を唱え、死刑制度に反対し、過去の侵略戦争を反省する。つまりこれだけの要素を満たさなければ「左」にはなれないのである。一般の大衆にはこのハードルはあまりにも高い。
 特に最近は若い世代を中心に、あまりにも理不尽な労働条件や非正規雇用の増大による将来への不安から、巨大企業の搾取や競争万能主義への不満が確実に高まっている。仮に所得再分配による福祉国家の実現に公約を絞れば、そうした不満を抱えた層をかなり取り込めるはずだ。しかし、この層は同時に外国人労働者との賃下げ競争から排外主義に流れやすかったり、日頃の鬱憤を「公認の敵」=「凶悪犯罪者」に向けて死刑積極論に与したり、弱肉強食の厳しい現実の中で生きているために「対米恐怖症」を指向したりしやすい。そこへ「左」の側が主張を押し付ければ、たちまち「左」へのアレルギーが生じて、「うざいサヨク」を嫌う「左を忌避するポピュリズム」へ取り込まれていく。
 かつて労働運動が衰退したのは、まさに労働条件の闘争に特化できす、特定政党の政治主義と一体化したためだし、現在貧困や格差に苦しむ人々を本当の意味で支える地域ユニオンや非営利法人などが、外交問題や歴史問題などを敬遠しているのも過去の失敗に学んでいるからと思われる。

 要するに「左」に求められているのは、政策の優先順位の策定と、有権者に全政策の支持を要求しない姿勢である。たとえば選挙の時の共産党のパンフレットなんかを読むと、党綱領に従った政策がずらずらと並んでいることがあるが、「千島列島全島の返還」なんてものまであると、かなりの人々が引いてしまう。私は共産党にしろ、社民党にしろ、党の個性や基本政策を変える必要を認めないが、表に出す公約の絞り込みと集約化は何としても必要である。
 そして個別の課題で議会外の運動といかに連携できるかが勝負どころであり、最近では被災者支援法薬害肝炎救済法の制定はそうした個別の連携が成功した例と言えよう。現実問題として、解散権を握る自公政権が衆議院の「3分の2」を手放したくないばかりに解散を極限まで遅らせようとしている以上、間接民主主義における「政権交代」や「政界再編」や「大連立」に固執せず、実現可能なことから直接民主主義的手法で実績を積み重ねていくほかに活路はない。その場合、政党側が主導権にこだわってはならないことは言うまでもない。

 私がこうした考えに至ったのは、当ブログのアクセス解析を通して、労働問題の記事と教科書問題の記事とでは読者層がかなり異なることに気づいたからだが、他方でそういう私自身は、たとえば「集団自決は強制でない」とか「あいつを死刑にしろ」とか言うような輩を「同胞」や「同志」と認めることは決してできない。
 つまり前述した主張と、私の基本的姿勢は決定的に矛盾があるのだが、それでもそういう輩が「過労死は許せん」と考えて共産党に投票できるような状況が生まれることが望ましいと考えてもいる。当ブログの趣旨は私がニュースを読んで考えたことをまとめることにあって、いわゆる「政治ブログ」でもブログで政治活動をやっているわけでもないので、この矛盾を無理に解消する意思はない。以降の問題解決は職業政治家の仕事であり、私の手には余ることである。
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by mahounofuefuki | 2008-01-14 16:20

「野党共闘」の終焉と「護憲の大連立」構想

 第168回臨時国会は新テロ特措法案の衆議院再可決による成立をもって事実上閉幕した。
 今国会は昨年9月10日に開会したが、その時の首相は安倍晋三氏だった。周知の通り安倍氏は所信表明演説のみを行って突如退陣し、変わって福田康夫内閣が発足した。たった4か月前のことなのに、はるか昔の出来事のように感じる。当時も国会終盤も最大の争点は新テロ特措法であった。原油価格の異常な高騰による灯油やガソリンの急騰に苦しむ人々を尻目に、インド洋で軍事行動を展開するアメリカ軍などへの給油支援を行う現政府の暴挙は許し難い。福田首相は昨日(1月11日)、再可決が「暴挙」ならば何が「暴挙」でないのかと開き直ったと報じられているが、再可決という方法以前に、この特措法の内容そのものが前代未聞の暴挙であることを自覚していないらしい。

 昨日のもう1つの暴挙は民主党の小沢一郎代表が衆院本会議を途中退席し、新テロ特措法案の採決に際して棄権したことである。この件について小沢氏の国会軽視に対する批判や、本音では特措法に賛成しているのではないかという疑念が各方面から指摘されているが、私にはむしろ参院での法案採決をめぐって、当初民主党が主張していた継続審議が他の野党に受け入れられず、結局議決を行ったことに対し、野党間の根回しすら自分の思い通りにならないことに苛立った小沢氏が、へそを曲げふて腐れた結果の幼稚な行動に思える。
 小沢氏は参院であえて採決を行わずに継続審議とし、与党に「60日規定」による衆院再可決を行わせ、与党のイメージダウンを狙ったのだろうが、防衛利権問題を十分に責めることができなかった今となっては成立日が1日違うだけで無意味である。逆に民主党が特措法に明確に反対しなかったという「汚点」になっただろう。額賀財務大臣の証人喚問問題の時もそうだったが、民主党は野党第1党としての驕りからか、他の野党と十分な協議をせず、他党に対し「黙ってついてこい」というような姿勢があった。
 今国会の会期中、小沢氏は福田首相と密室で連立を話し合い、すでに「野党共闘」を破壊しつつあったが、昨日の小沢氏の退席は名実ともに「野党共闘」を終焉させ、「政界再編」への意思を示したような気がしてならない。

 昨年の参院選の民主党の「勝利」は、民主党の政策が支持されたというよりも、自公政権に対する拒絶と政権交代への期待の意思が民主党に集まった結果であった。
 しかし、あえて断言するが、次期衆院選まで民主党は結束を固め続けることはできない。少なくとも小沢氏には現行の民主党の体制のままで総選挙を迎える気はまったくない。
 小沢氏は「大連立」をめぐる騒動が収束した後も、ことあるごとに自民・民主両党の連立を正当化してきた。今の民主党では勝てないというのが表向きの理由だが、実際は共産党や社民党などと組みたくないというのが理由であろう。最近の選挙予測報道はどれも民主党の勝利を予想するが、単独過半数を獲得できる保証はなく、その場合どこと連立するかが問題になる。小沢氏は今国会で改めて現在の野党と組んだのでは自分の思い通りには政権運営できないことを悟っただろう。むしろ政策的に近い(というより同じ)自民党の一部との連携を模索したいはずだ。
 対米追従、巨大企業優先、政官財談合の自民党政治からの脱却を求めて民主党を支持した人々の期待は、次の総選挙までに完全に裏切られるだろう。

 それでは自民党政治を否定し、福祉国家と平和主義を期待する人々は次の衆院選でどう行動するべきなのか。
 この問題について、関西学院大学教授の豊下楢彦氏が北海道新聞(2008/01/09夕刊)で、自民党とかつての自民党出身者による近い将来の「大連立」を予測した上で、「今日の日本政治の深刻な問題は、いわゆる右派の糾合に対抗する左派の“受け皿”が存在しないことにある」と指摘している(太字は引用者による、以下同じ)。豊下氏はさらに次のように続ける。
(前略) 一般の国民、とりわけ若い世代にとっては、共産党と社民党がなぜ一致結束した行動をとることができないのか、全く理解できないであろう。ともに「護憲の党」を名乗り、政策的にもきわめて近い両党が、院内統一会派もつくれず選挙協力もできないという事態は、若い世代からすれば「現代の七不思議」と言っても過言ではないであろう。仮に両党の代表が公の場で、なぜ一致結束して行動できないかについて議論するならば、おそらく多くの国民は、つまらぬ“過去のしがらみ”に今なお囚われている両党の状況を知って、あきれ果てることなるであろう。
 両党の最大の問題点は、ともに政権戦略を持っていないところにある。つまり、いかに多数派を形成して政権を担うか、という戦略構想を保持していないのである。来るべき政界再編や「大連立」の可能性を展望するとき、両党は、こうした動向を批判するばかりではなく、なによりも自ら多数派戦略を国民の前に提示しなければならない。政界再編によって民主党が分裂することを予想するならば、“左派民主党”と共産党、社民党が「護憲の大連立」を形成するような大きな戦略構想を描き出すべきである。(後略)
 豊下氏の念頭にあるのは、イタリアのかつての中道左派連合「オリーブの木」構想だと思われるが、この構想自体は1990年代から幾度となく語られたにもかかわらず、今もって実現には至っていない。
 ただ実現性の可否を別とすれば、福祉国家と平和主義を希求する人々にとっては、この「護憲の大連立」こそベターな選択肢であり、「民主党中心による政権交代」という構想が破綻しつつある現在、小沢氏が民主党を割る前に、民主党の「左派」を引き付けるための「受け皿」を共産党や社民党が用意するというのは、少なくとも方向性としては間違っていない。
 残念ながら「豊下構想」には実現可能性の問題以外の重大な弱点があるのだが、今回の記事で書くには長くなりすぎるので、その件を含めて「左」の結集と拡大のためのハードルについては稿を改めて近日中に書きたい。

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by mahounofuefuki | 2008-01-12 17:08