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2月8日の志位質問の会議録がようやく出た

 2月8日の衆議院予算委員会において、共産党の志位和夫委員長が派遣労働の実態を告発し、労働者派遣法の全面見直しを求めた質疑は、多くのマスメディアの黙殺にもかかわらず、ネットの動画投稿サイトなどで話題となり、政府が派遣労働の規制緩和路線を見直す契機の1つとなったが、なぜかこの日の会議録は長らく作成されていなかった。それだけ政府・与党にとって痛いところを突いた歴史的質疑だったのだが、今日衆院のホームページを確認したらようやく会議録が公開されていた。現在の非正規雇用差別の問題が集約されており、改めて読み直して決して損はない。

 衆議院のホームページで「会議録」→「予算委員会」→「第169回(常会)」→「第5号」と進むと、2月8日の予算委の会議録が読める。ぜひ参照を。

 衆議院ホームページ
 http://www.shugiin.go.jp/index.nsf/html/index.htm

 共産党に限らず国会議員がいつもこういう仕事をしてくれれば政治不信も少しは解消するのだが・・・。

【関連リンク】
YouTube - 2/8 派遣法改正し"労働者保護法"に 志位委員長が質問/衆院予算委員会(全編)
http://jp.youtube.com/watch?v=6I_NTfz3RNs&feature=user
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by mahounofuefuki | 2008-07-12 20:42

民主党の新自由主義への親和性に目を瞑る者は財界とアメリカの走狗

 左翼系のネット言説で以前から疑問がありすぎて仕方ないのは、自公政権を倒すためには民主党を支持しようという類のオピニオンである。そういう言説はたいてい「民主党に問題があるのは百も承知だが・・・」というような枕詞を付すのだが、そう言いながら「民主党の問題」を批判すると「自民党を利する気か!」と怒鳴り出すので手がつけられない。こういう手合いは民主党が自民党よりましだとか、民主党が社会民主主義的だとか、全く事実に反することを平気で言いだす。

 昨年の参院選で民主党が大勝したのは、自公政権の進めた新自由主義路線に対する反発が噴出したためであるのは言うまでもない。確かに参院選当時の民主党は最低賃金の大幅引き上げや農家に対する所得補償制度など、「小さな政府」を否定する公約を掲げた。これは一応「福祉国家的性格」(渡辺治「新自由主義構造改革と改憲のゆくえ」『世界』2008年7月号、p.92)と分類して構わないだろう(正確には西欧・北欧の福祉国家路線とはズレがあるのだが、ここでは煩雑になるので問題にしない)。

 しかし、その後の「ねじれ国会」で民主党が歩んだ道は参院選の有権者の期待を裏切るものだった。昨年臨時国会における最低賃金法改正労働契約法、通常国会における公務員制度改革宇宙基本法での与野党談合は、「肝心な問題ほど腰が引ける」民主党の性格を如実に示したと言えよう。労働者派遣法改正問題での動揺もしかり。

 さらに消費税引き上げを否定しているのは結構だが、相変わらず代替財源は「無駄遣い」の削減の一点張り。当ブログでは再三指摘したが、「無駄遣い」の削減とは歳出削減のことで、これこそ新自由主義路線の要諦である。歳出の「配分」を変える必要はあるが、「総額」を減らす必要は全くない。法人税の引き上げという対案を提示した共産党と比較すれば、民主党のだめさ加減ははっきりする。

 このように言うと判を押したように「だから民主党に我々の声を届けて、民主党を福祉国家路線に引き寄せよう」と主張するのだが、なぜ「声を届ける」のが民主党に限定されるのか。それならば現在の与党に働きかけた方がよほどてっとり早いではないか。自公なら話を聞かないが民主党なら話を聞くなどという保障はどこにあるのか。実際、共産党以外の全会派が賛成した電子投票法案が土壇場で廃案になったのは、よりにもよって自民党の新自由主義派の急先鋒である世耕弘成参院議員が比例代表の名簿順の問題を出したためで、民主党は何の役にも立たなかった。

 だいたい民主党を「福祉国家路線に引き寄せたい」から、私などは民主党の「小さな政府」的な政策を批判するのである。結局のところ民主党系ブロガーは「政権交代までは黙って我慢しろ」と言っているにすぎない。民主党批判が自民党を利するというのなら、こちらもあえて言おう。民主党のだめな部分に目を瞑って、小沢一郎を盲信することが新自由主義を利すると。私は単に首がすげ替わる政権交代ではなく、「小さな政府」から「大きな政府」への政策転換を何より望んでいる。民主党が「小さな政府」路線を続けるのに加担するものこそ、財界とアメリカの走狗である

【関連記事】
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「金持ち増税」論は少数意見ではない~山口二郎・宮本太郎共同論文を読む
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労働者派遣法改正問題における民主党の「使えなさ」
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by mahounofuefuki | 2008-06-23 11:51

福田内閣にもう怖いものなし!?~今年は医療費を狙い撃ち

 小泉内閣は堂々と「痛みを伴う改革」を掲げたが、これはいわば「これから庶民いじめを強化します」と宣言したも同然で、本来ならば政権への支持を失う自爆である。それにもかかわらず最後まで小泉内閣はこの国の多数派に支持された。その原因は「官」の「既得権益」という「敵」を仕立てることで、あたかも「痛み」を受ける対象が民衆ではなく、「官」であるかのように錯覚させたからで、しかも巧妙な小泉は人々がその錯覚から醒める前に退場した。

 一方、現在の福田内閣は「生活者重視」を掲げているが、小泉政権時代に定められた「歳出削減路線」と「庶民負担増路線」いうルートを一向に修正する気配がない。基礎年金の国庫負担率引き上げに伴い、その財源を増税によって捻出しようとしているのが「歳出削減路線」の修正と言えなくもないが、これも専ら増税対象を消費税に限定して「庶民負担増路線」の方はしっかりと続けている。表看板と実際の中身が相反するという点で、ある意味福田は小泉より卑怯で欺瞞的であると言えよう。

 昨日の経済財政諮問会議で今年の「骨太の方針」の骨子が確定し、社会保障費の自然増加分を毎年約2200億円削減する政策を今年も継続することが確認された。政府・与党内からももう社会保障費の抑制は無理という声が上がり、当の諮問会議でも厚生労働省側から従来の路線の限界が示唆されたほどだが、福田康夫首相は「社会保障も聖域ではない」と断言し、さらなる歳出削減を求める民間議員提案を支持した。引き続き「小泉の宿題」を淡々とこなす意思を改めて明確に示したのである。

 その民間議員提案は、おおむね医療費を狙い撃ちにしており、特に後発医療品の拡充や公立病院の統廃合や開業医の再診料見直しなどは、医療システムの不安定化・不公平化を促進する可能性が高い。また以前当ブログでも書いた雇用保険の国庫負担削減も明示された。厚生労働大臣が提案に対して「現実的ではない」と反論を行っているが、首相の発言から判断するに大枠では民間議員提案がそのまま「骨太の方針」に盛り込まれるだろう。

 今日の北海道新聞の世論調査では福田内閣支持率はついに14%にまで低下しているが、むしろここまで下落するともはや怖いものなしとも言える。もはや自民党は次期総選挙を福田で戦うことはない。福田は選挙を気にせず、衆議院の任期満了までやりたい放題できるのである。「ポスト福田」たちもこの際福田がすべて泥を被ってくれるのを望むだろう。財界にとってこれは願ってもない「好機」である。「財界立法」を次々と押し付けてくるだろう。

 参議院は野党が多数であるが、肝心の民主党が依然として「構造改革」路線に親和性を持っていて、それが最低賃金法改正や労働者派遣法改正などの問題に露呈している。与党にはいざとなればガソリン税の時のように衆院再議決という切り札がある。参院は内閣問責決議を可決するが、時機を逸したと言わざるをえない。何事もなかったように今国会は閉幕してしまうだろう。

 「敗戦処理」と侮っていた福田内閣だが、ある意味「最強」かもしれない。

【関連リンク】
平成20年会議結果 第14回会議 会議レポート:内閣府 経済財政諮問会議
http://www.keizai-shimon.go.jp/minutes/2008/0610/report.html
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by mahounofuefuki | 2008-06-11 12:47

労働者派遣法改正問題における民主党の「使えなさ」

 今日の貧困拡大の原因については、長期不況のせいだとか、労働者にそもそもやる気がないからだといった全く的外れの議論がいまだにあるが、1990年代の「リストラの嵐」こそ長期の構造不況に起因するものの、2000年前後から顕在化した「若者の貧困」に関しては断じてそんなことはない。
 本当の原因は相次ぐ労働法制の規制緩和、特に1999年の労働者派遣法改悪による派遣労働の原則「自由化」であり、これが不安定な非正規雇用を際限なく拡大させ、企業が容易に労働者を使い捨てできる状況を生んだ。貧困の原因が不況ならば、景気回復とともに問題は減少していなければならない。しかし、実際は大企業の景気回復と反比例するように、労働分配率は2003年以降急低下し、非正規労働者の割合は昨年33.5%に達した(総務省「労働力調査」)。
 つまり、政府と財界による人為的な労働力搾取・収奪強化が貧困を引き起こしたのであって、まさしく現在の貧困は「官製貧困」なのである。

 故に貧困解消のためには、まず何よりも貧困拡大の直接の引き金となった労働者派遣法の規制緩和を中止し、事実上常用雇用の代替手段となっている現行の派遣労働を、一部の専門業種に限定していた元来の状態に復旧することが必要である。
 政府は昨年の時点では、今期の通常国会でさらなる規制緩和を求める財界の要求に応えた労働者派遣法改悪案を成立させる予定だったが、昨年の参院選による与党大敗の結果、その目論見は打ち砕かれた。昨年はまたマスメディアを通して日本社会の貧困の実態がかなり報道され、「ワーキングプア」という言葉が流通するようになった。追い込まれた派遣労働者による労働運動が注目を集め、これらの声を政府も無視するわけにはいかなくなった。

 政府が労働者派遣法改正を1年先送りする一方、野党サイドは政府の機先を制して今国会に独自の労働者派遣法改正案を提出する算段だった。この問題を何とかしなければならないという問題意識は全野党(さらには与党の一部も)に共有されていたはずだった。少なくとも「日雇派遣」の禁止やマージン率の制限については一致していた。
 しかし、結局今国会では改正案は提出されなかった。その原因は民主党が現場の労働運動などの声を無視して、抜本的な改正案を用意せず、さらには他党との政策協議を行わずに単独で改正案を提出する構えさえ見せたことにある。昨日、4野党の国対委員長会談で民主党案の単独提出は見送られ(毎日新聞2008/06/04朝刊)、野党の政策協議の継続は確認されたが(しんぶん赤旗2008/06/04)、改めて民主党の貧困問題へのやる気の欠如が顕わになったと言えよう。

 民主党を除く共産・社民・国民新各党の改正案は微妙な異同はあるが、日雇派遣を原則禁止すること、マージン率を制限すること、登録型派遣を一部の専門業種に限定すること、常用代替機能を防止すること、派遣先の直接雇用義務を強化する(みなし規定など)こと、社会保障を拡充することなどの点でおおよその一致は得られていた。実はこれでも法律など端から守る気のない企業に実際に履行させられるか疑問が出ていたほどだが、派遣法を1999年以前に引き戻すという方向性は明らかだった。
 ところが、民主党案は登録型派遣の禁止も、対象業務の制限もなく、派遣労働の常用代替機能を継続するものだった。4月17日に国会内で行われた「さあつくろう派遣法改正案、各党の改正案を聞く院内集会」で、民主党のネクストキャビネットの厚生労働担当である山田正彦衆院議員は民主党内に「厳しすぎるとの声もある中、ここまでなんとかまとめた。賛否がある、なんとか調整を取って法案を出そうとしている」と述べていたが、要するに民主党にはそもそも派遣労働の全面見直しに抵抗する議員が少なからずいて、まともな改正案をまとめることができないのである。
 あえて忖度すれば、民主党は野党共闘による法案の完成度よりも、自民・公明両党との共同提出を模索しているのだろう。そのために玉虫色の改正案でお茶を濁しているのだ。確かに野党提案は黙っていれば衆院で否決され成立しない。しかし、はっきりと抜本的改正の姿勢を見せることで、政府の無策を際立たせ、現在進んでいる厚生労働省の立法作業にも影響を与えることができる。むしろ先に器を用意して政府・与党の方が歩み寄らざるをえない状況を作らねばならない。だいたい規制緩和と抱き合わせの小細工を施した改正を望む労働者などいないのだ。

 派遣業界が与野党の議員へのロビー活動を強化しているようなので、その影響もあろうが、より本質的な問題として民主党が依然として規制緩和・市場開放路線と決別していないことを指摘しなければならない。すでに昨年の最低賃金法改正や労働契約法での「裏切り」で、この党の「生活第一」が口先だけであることは露呈していたが、一連の労働者派遣法改正を巡る動揺はますます新自由主義路線との親和性を疑わせるに十分である。
 非正規雇用比率の高い「氷河期世代」における共産党支持率の急増や、じわじわと広がる「蟹工船」ブーム(「ブーム」と言うにはあまりに悲痛で、80年も前の「敗者」の文学に縋らざるを得ないのは不幸なことだと私は考えているが)の背景には、劣悪な労働環境を何とかして欲しいという人々の悲鳴がある。民主党が本当に貧困問題を解決する気があるのならば、こうした声を無視してはならない。次期総選挙を「政権選択選挙」といくらうそぶいても、非人間的な雇用待遇に苦しむ人々は民主党の欺瞞を見抜いて決して支持することはないだろう。この際、はっきりと労働者の側に立ち位置を移すこと、共産党や社民党に歩み寄ることが民主党には求められている。

 そう言いながらも私はこの党が手紙やメールやファックスを出したくらいでは変わることがないことを知っている。政治献金をくれるわけでもない貧しい労働者群より、潤沢な利権を望める資本サイドの方を選ぶことも知っている。与党の「敵失」でしか何もできないことも知っている。土壇場での腰の弱さはもはや周知の通り。
 民主党よ、ここまで言われて悔しいと思ったら、貧しき者の声を聞いて、自己変革を遂げてみろ!

【関連記事】
労働者派遣法改正問題リンク集
4・17院内集会での各党の労働者派遣法改正案 – mahounofuefukiのメモ
http://d.hatena.ne.jp/mahounofuefuki/20080604/1212531786
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by mahounofuefuki | 2008-06-04 23:21

フィルタリングをめぐる政治力学

 「村野瀬玲奈の秘書課広報室」より、政府のネット接続規制問題に関し行動を求める記事のTBをいただいた。
 この問題は以前から総務省や自民党などが内部で研究を進めていることは知っていたが、私の能力では全くフォローできず、ブログでは全く触れたことがなかった。よって今回もたいしたことは書けない。ただ労働契約法や宇宙基本法などと同様、またしても自民・民主両党の事前の合意で、未成年の携帯電話からのネット接続を規制するための法案が提出されそうだというのは、改めて肝心な問題に限って両党が容易に談合してしまう体質を露呈したと言えよう。

 読売新聞の教育電子版(2008/05/29)によれば、「携帯電話会社は今年1~2月、総務省の要請で、18歳未満の契約者には選別サービスの原則加入に踏み切った」ということだから、今回の法制化はすでに実施しているフィルタリング対策を法的に追認することが主目的で、いきなり言論統制が可能になるわけではない。
 しかし、伝えられる自民党原案は有害サイトを認定する「第三者機関」を「政府が審査・登録」すると指定しており、今後こうした政府の息のかかった機関が有害認定を行うことで、政府が人々に触れさせたくない情報を遮断することを可能とする恐れがある。古今東西、権力による言論統制は性表現や犯罪を促す言説への規制からスタートするのが常なので、十二分に警戒するのは当然である。

 ところで、あえて冷めた見方をすれば、今回の規制法案をめぐる政治力学は、フィルタリングを強化することで失う経済的損失フィルタリングを強化することで得られる経済的効果が天秤にかかっている。
 インターネット関連の大手企業が政府の有害認定への関与に反対する声明を出したのは、ネット規制強化により広告収益をはじめ相当なダメージを受けると判断しているからにほかならない。一方、自民や民主の国会議員が政治献金提供者であるこれら企業の損失を容認してまで規制強化に邁進するのは、フィルタリング技術の開発やその売買、及び有害認定事業そのものが生み出す利権にうま味を感じているからである。
 つまり、「ネット業界の損失<フィルタリングの利権・経済効果」となる限り、ネット規制を推進する力学が働き、その逆ならば推進力は弱まるのである。このことは念頭に置いておいた方がよい。

 すでに規制法案そのものを覆すことは困難で、いかに国の関与を弱めるかという条件闘争に入っている以上、「表現・言論の自由」を下敷きにしつつも(対外的な大義名分としてはもちろん重要である)、現実の政治的リアクションにおいては、ネット業界の経済的損失とそれが景気に与える影響を強調するのもひとつの手だろう。

【関連リンク】
村野瀬玲奈の秘書課広報室|政府主導の情報統制ではなくて、民間側の有害サイト対策の自主的努力を優先すべき。 (+引き続き緊急行動のお願い)
http://muranoserena.blog91.fc2.com/blog-entry-749.html
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by mahounofuefuki | 2008-06-01 23:43

国に「無駄遣い」を義務付ける宇宙基本法

 議員立法で提出されていた宇宙基本法案が昨日、自民・民主・公明など各党の賛成多数で衆議院を通過し、参議院へ送付された。

 この法案は第14条で「我が国の安全保障に資する宇宙開発利用を推進する」と定め、1969年の宇宙開発事業団法制定に際しての国会決議以来「国是」であった宇宙利用の非軍事限定原則を変更するものである。
 これまでもいろいろ口実を設けて事実上の軍事利用が進んでいたが、日米軍事一体化、特にミサイル防衛システムの強化に合わせて、はっきりと軍事転用を法的に保障しようとしている。武器輸出解禁や集団的自衛権行使に向けた動きとも一致しており、日本がアメリカと一体となって武力行使するための準備の一環であることは疑いない。国際間の宇宙軍拡競争を激化させる可能性も含んでおり、とうてい容認することはできない。民主党がこの法案に賛成するあたり、この党の反憲法政党としての本質が浮き彫りになったとも言える。

 この法案の問題はそれだけではない。第11条で「政府は、宇宙開発利用に関する施策を実施するための法制上、財政上、税制上又は金融上の措置その他の措置を講じなければならない」と、宇宙開発への税制上の優遇措置や財政出動・融資を国に義務づけていることである。
 ふだん財政難を口実にさんざん市民生活に密着した公的支出を減らし、社会保障や福祉の予算を削減しているくせに、宇宙開発という庶民の生活には縁遠い、しかし一部の企業にとっては「おいしい」利権には国の支援をわざわざ法律で定めようとしているのである。これはある意味「無題遣い」を国に義務づけている法である。
 もともと宇宙基本法案は財界の強い要求で作られたもので、日本経団連は2006年に「わが国の宇宙開発利用推進に向けた提言」で、「宇宙は国家・国策事業であるという認識の下で、官が開発、実証を行い、その成果を踏まえ、産業化の視点にたって民が利用、事業化を進めることが基本である。また、利用にあたっても、国が重要な顧客として継続的に有力なユーザーとなることが重要である」と述べていた。開発のコストを国に負わせ、その成果だけを企業がもらい、なおかつ国が企業から商品を買い取るという究極の利権システムを要求していたのである。

 「官製貧困」が拡大を続ける中で、宇宙開発にカネを使えるほどの余力はこの国にない。民衆には「自己責任」を強要しながら、利権のためには国に依存する財界の身勝手さにはほとほとあきれる。宇宙基本法問題は、改めてこの国の政財関係のいびつさを如実に示している。

【関連リンク】
衆法 第169回国会 17 宇宙基本法案(内閣委員長提案)
http://www.shugiin.go.jp/itdb_gian.nsf/html/gian/honbun/houan/g16901017.htm
日本経団連:わが国の宇宙開発利用推進に向けた提言(2006-06-20)
http://www.keidanren.or.jp/japanese/policy/2006/046/honbun.html
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by mahounofuefuki | 2008-05-14 19:43

「新党サムライ」というより「新党ヤクザ」

 平沼赳夫衆院議員の新党構想が話題になっている。
 私は「政界再編」には全く期待していないし、ましてや平沼氏のような歴史改竄主義者にして極端なレイシストを許容することもできないので(なにしろ皇室典範改正議論の時に「愛子さまが『青い目の外人』と恋に落ちて結婚し、その子が天皇になってもいいのか」と発言するような二重・三重の意味で無茶苦茶な差別主義者だ)、そんな新党などどうでもいいのだが、興味を引かれたのは新党の名前を「侍(サムライ)」にするというくだりである。

 この話で真っ先に思い出したのは氏家幹人氏の『サムライとヤクザ』(筑摩書房、2007年)という本である。中世から近代までの「武士道」の変遷を豊富な史料で跡付けた本だが、それによれば「武士道」の本質は自己の「男らしさ」を貫くことであり、近世初期までは「男伊達」「かぶき」などの表層に現れていたが、幕藩体制が文治主義へ転換していく中でそれらが「逸脱」として公儀の弾圧を受けるようになると、実際の武士=サムライにとって命を賭けても「男らしさ」を貫くことはむしろ御家を危うくするものとさえ捉えられるようになった。
 一方で、武士が失った戦闘的で刹那的な「男らしさ」は、大名や幕臣に雇われた駕籠かきなど町人階級の「荒くれもの」に受け継がれ(氏家氏はこれを「武威」の下請けと位置づけている)、さらには盗賊や博徒に広がっていく。近世も後期になるとむしろ武士の側が、そうした「荒くれもの」への「引け目」を感じるようになり(たとえば川路聖謨は盗賊の「男らしさ」を称賛していた)、それが近代以降の「武士道」の誤認と礼賛の前提となるという。この系譜が「男」であることを何よりも重んじる「任侠道」や「ヤクザ」へと連なる。

 平沼氏は「ブレない政治家」を永田町に送りたいと言ったそうだから(スポニチ2008/05/12)、彼の想定する「サムライ」は、紛争やもめ事を敬遠し「空気」を読むことを重視した現実の武士とは不適合である。むしろ彼が過剰なまでに信仰する「サムライ」像は「ヤクザ」の方に受け継がれているのである。
 そうとなれば、新党「サムライ」はいっそのこと新党「ヤクザ」と名乗るべきだろう。平沼氏や彼に近い政治家たちの女性差別、民族差別、戦争賛美などに彩られた言動は、下手な「ヤクザ」よりも暴力的で威圧的である。「サムライ」より「ヤクザ」の方がよほど彼らの目指す「男」の姿に近いと思うのだがどうだろう。

 とはいえ実際には今や「サムライ」も「ヤクザ」も、「ニンジャ」や「ゲイシャ」と同じように、欧米の「偏向した日本像」に消費されるキャラクターでしかないのも事実。「Samurai Party」と英訳された時、国際的にどういうまなざしを受けるかを考えれば、新党「侍」という党名の浅はかさは容易に浮き彫りになるだろう。

【関連リンク】
筑摩書房 サムライとヤクザ -「男」の来た道 / 氏家幹人 著
http://www.chikumashobo.co.jp/product/9784480063816
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by mahounofuefuki | 2008-05-12 15:36

一院制は独裁への道

 当ブログの5月3日付エントリで私は、憲法9条に対する支持が高まっているという事実を前提に、「『反9条派』に学習能力があれば、今後「改憲」を目指すに当たっては9条以外の大衆受けする『改正案』との抱き合わせを行うだろう」と述べたが、その抱き合わせの最も有力な候補は「二院制の廃止」ではないかと考えている。

 昨年の参院選での与党大敗の結果、衆参のいわゆる「ねじれ」が恒常化し、安定政権を望む支配層のいらだちが参議院廃止や衆議院優越の強化(再議決要件の緩和)を求める議論につながっている。今年の憲法記念日にあたり、読売・日経・産経各新聞の社説がいずれも二院制の見直しに言及したのは注目に値する。産経に至っては「第二院は何の役に立つのか。第一院と一致するなら無用、異なれば有害」というシエイエスの言葉(本当に彼の言葉なのか私はよく知らないが)まで引用して、参院廃止論を示唆した。

 そもそも二院制には主に2つの目的がある。第一に審議を慎重に繰り返すことで、誤った立法を防ぐこと、第二に選挙の機会を増やし、常に民意を反映しやすくすることである。

 第一の点は、国会の会期制(会期内に成立しない法案は廃案になる)と合わせて、法律案が簡単に成立しないよう、十分な審議を確保するためのシステムという意味合いがある。衆参両院とも与党が多数を占める場合、一見無意味のように見えるかもしれないが、少なくとも野党側が質疑を行う機会が増えることに意味がある。政府・与党が好き勝手に法案を出すのを制約する意義もある。一院制であれば、会期ぎりぎりで次々と強行採決して終わりということになりかねない。

 第二の点は、衆院が4年任期、参院が6年任期で3年ごとに半数改選という制度のために、おおよそ1~2年に1度は国政選挙が行われることに意味がある。これが衆院しかなければ、4年間も与党にフリーハンドを与えることになる。あるいは任期を2年に短縮すれば選挙は頻繁に行われるが、任期が短いと議員の選挙負担が増え、本来の活動に支障が出る。任期をそのままで半数改選にしても、今度は直近の総選挙の多数派が政権をとれなくなる可能性が出る。それは議院内閣制と矛盾する。

 このように二院制は議会制民主主義を機能させるために必要な制度なのだが、一方でこの国では政治不信が強く、国会議員を「国民の代表」ではなく「不当な特権者」と捉える傾向が常態化しているという問題がある。「小さな政府」信仰のせいもあって、議員特権を廃止するとか議員定数を減らすというような案にすぐ飛びついてしまう。「参院無用論」を「国の無駄遣いを減らす」という目的で提示すれば、大半の有権者が賛成してしまう可能性がある。

 しかし、立法機能を担う議会のための支出を「無駄遣い」とみなすのは、官僚制による専制を容認するのと同義である。実際は議員に特権があるのが問題なのではなく、特権に見合った活動をする議員を選出しないこと(正確には選出できないような社会構造)が問題なのである。あるいは衆参の「ねじれ」が問題なのではなく、現内閣が直近の民意を無視して衆院を解散しないのが問題なのである。そこを見誤ってはならない。

 あえて断言すれば、一院制は独裁を招く。与党(もちろん自民党とは限らない)のさらなるやりたい放題が嫌だったら、二院制議会を維持しなければならない。反憲法勢力の先手を打って、二院制の意義と一院制の危険性をアピールする必要があるだろう。

【関連記事】
「通年国会」は議会制民主主義を破壊する
憲法は主権者にとって「守る」ものではなく「使う」ものである

【関連リンク】
国会法 - 法庫
http://www.houko.com/00/01/S22/079.HTM
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by mahounofuefuki | 2008-05-11 15:01

「ハンセン病問題基本法」の請願

 ハンセン病療養所の入所者・退所者の権利擁護のための「ハンセン病問題基本法」の制定を求める国会請願が行われているという。以下、共同通信(2008/04/08 21:57)より。
(前略) 全国ハンセン病療養所入所者協議会(全療協)、国賠訴訟全国原告団協議会(全原協)のメンバーや支援者らが手分けし、衆参両院の議員会館で療養所の所在県から選出された議員や各党の厚生労働関係議員などに要請書を手渡した。
 基本法をめぐっては、超党派で構成する2つの議員連盟がそれぞれ、先月までに関係者からの聴取などを実施。会期中の成立を目指し、成案を得るための調整が続けられている。
 2つの議員連盟とは、「ハンセン病対策議員懇談会」と「ハンセン病問題の最終解決を進める国会議員懇談会」である。

 ハンセン病については、日本国家は1907年に法律「癩予防ニ関スル件」を制定して以降、患者の強制隔離断種・堕胎虐待・監禁を基軸とする非人道的な差別政策を後継法の「らい予防法」を廃止する1996年まで続けた。
 完治が難しかった時代にあっても感染力が微弱で衛生・栄養状態に影響されると考えられた病気だった以上、隔離政策に正当性はなく、ましてや特効薬プロミンにより病気の完全治癒が可能になった戦後も継続したのは言語道断である。断種・堕胎に至っては、遺伝病ではないのだからいかなる思想的立場であっても非人間的政策と言わなければならない。

 療養所入所者らによる国家賠償訴訟は和解したものの、日本社会における差別と偏見は根強く、入所者の社会復帰は必ずしも進んでいない。ハンセン病療養所は依然として社会に開かれたとは言えず、入所者の高齢化が進む一方、医療・福祉体制の遅れが問題となっている。
 「ハンセン病問題基本法」の内容について、全療協などが参加する「ハンセン病療養所の将来構想をすすめる会」は、入所者の社会復帰と差別解消に国が責任を持つこと療養所の医療・介護の充実療養所の一般開放などを求めている。この請願を元に速やかに法を制定する必要があるだろう。

 偶然にも私は今、藤野豊『ハンセン病と戦後民主主義 なぜ隔離は強化されたのか』(岩波書店、2006年)を読んでいる最中で、改めてハンセン病問題に関心を抱いていた時だったので、このニュースが目についた。学習のためにもブログで関連リンクを紹介する。署名活動も行われているので、参照したい。

【関連リンク】
知って!ハンセン病国賠訴訟-ハンセン病国賠弁護団
ハンセン病基本法の制定を求める署名運動
ハンセン病ニュース
ハンセン病のリンク集
ハンセン病に関する情報ページ-厚生労働省
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by mahounofuefuki | 2008-04-10 00:43

在日米軍駐留経費負担特別協定の「空白」~「思いやり予算」を再考する好機

 日本では4月1日は新年度がスタートする日である。エイプリルフールということでブログに何か仕掛けようかとも思ったが、ユーモアセンスのない私には何も思いつかないので、平常通り記事を書く。
 今日のマスメディアの関心は専らガソリン税の暫定措置の期限切れに集中しているようだが、今日はもう1つ期限切れになった「暫定措置」がある。在日米軍駐留経費負担特別協定である。

 日米地位協定は第24条で、日本側がアメリカ軍に基地や港湾や飛行場などを無償提供する一方で、「合衆国軍隊を維持することに伴うすべての経費」について「日本国に負担をかけないで合衆国が負担する」と定めている。
 ところが周知の通り、1978年以降日本側が「思いやり予算」と称して駐留経費の一部を負担するようになり、当初は在日米軍が雇用する日本人労働者の労務費などに限定されていたが、年を重ねるごとに負担額と負担用途は増大し、ピーク時には労務費・光熱費・訓練移転費合わせて歳出ベースで2700億円を超えた。近年は微減を続けているが、それでも今年度予算では2083億円(特別協定相当分は1416億円)と依然として2000億円規模を維持している。

 地位協定との矛盾が拡大しているのを糊塗するために、1987年以降は数年ごとに駐留経費負担のための特別協定を結ぶようになり、日米両政府は今年も1月に3年期限の特別協定を締結した。この新協定が現行協定の期限が切れる3月31日までに国会承認が得られなかったために、「思いやり予算」史上初めて「空白」が生じることになったのである。国会の与野党逆転による思わぬ「効果」である。
 新協定の承認案件は衆院外務委員会が明日採決し、その後本会議の採決も近日中に行われる見通しで、憲法の規定により外国との条約類は衆院可決後30日で自然成立となるので、「空白」は長くても1か月強の短期間にすぎないが、それでも「思いやり予算」という地位協定にも違反する行為が一時的でも掣肘を受けるのは歴史的快挙である。

 「思いやり予算」の使途については、従来から米軍将兵の高級住宅や娯楽施設への使用が問題になっていたが、最近も共産党の赤嶺政賢衆院議員の要求で防衛省が提示した資料から、警備員やコックに加えてバーテンダー、観光ガイド、さらには宴会のマネージャーの労務費に至るまで使われていたことが明らかになっている(しんぶん赤旗2008/03/17)。もはや「思いやり予算」は在日米軍にとって格好の「金づる」でしかないのである。
 アメリカの軍事プレゼンスを得るためには「思いやり予算」も仕方ないという思考が、あたかもリアリズムであるかのように錯覚しがちだが、あくまでも日本が基地を提供する代わりに米軍が日本を防衛するという関係が日米安保体制の本筋である。すでに基地を提供している以上「思いやり予算」は余計な隷属行為以外の何ものでもない。労務費と光熱費については日本人労働者を雇用したり、日本企業に事業を委託している見返りであるという見方もあるが、その見方は日本側が直接雇用ないし直接委託していない限り成立しない。米軍が雇用し、米軍が委託している以上、アメリカ政府が財政負担するのが当然である。

 今回の駐留経費負担協定の「空白」を機に「思いやり予算」には果たして正当性があるのか再考するべきだろう。最近、米軍軍人による相次ぐ刑事事件により日米地位協定の改正を求める声が高まっているが、「思いやり予算」と地位協定の矛盾についても政治課題とする必要があるだろう。

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【関連リンク】
日米地位協定全文(日・英文対照)-外務省*PDF
在日米軍駐留経費負担特別協定の署名について-外務省
防衛省・自衛隊:在日米軍駐留経費負担について
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by mahounofuefuki | 2008-04-01 12:32