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今枝仁弁護士の解任について

光市母子殺害事件の被告弁護団の1人である今枝仁弁護士が解任された。
弁護方針をめぐる対立が原因と報じられているが、当ブログでこれまで何度も言っているように、私は事件そのものにはあまり関心がないので、弁護方針について特にコメントすることはない。
解任に至る経過は、今枝氏自身のブログ「弁護士・未熟な人間・今枝仁」や「元検弁護士のつぶやき」や「弁護士のため息」が詳しいので参照していただきたい。

私から言えるのは、今枝氏は世論を気にしすぎた、ということだけである。
最高裁の弁論欠席について釈明が必要であるとか、法医学的見地に偏りすぎであるといった今枝氏の主張は、要するにマスコミ報道による世論の誤解を解こうという意図から発していると思われる。

しかし、私に言わせれば、そんな努力はまったく無駄である。この国では権力やマスメディアが「公認の敵」として認定した者には、どんな些細なことでも攻撃する。中途半端な小細工は火に油を注ぐようなものである。
むしろ「世間」なるものに余計な「弁明」などせず、毅然と堂々と行動した方がいい。人々は光市事件に憤っているように見えて、その実「安心して攻撃できる絶対悪」をいじめることを楽しんでいるだけなので、余計な「弁明」はかえって弱みになり、いじめの対象となる。

弁護団の内部の議論を外部に漏らして、マスメディアが曲解した報道をする隙を見せてしまったのは、たしかに今枝氏の非である。
しかし、仮に今回の事がなくても世論の風向きが変わるとも思えないので、今枝氏が深く悩むこともないだろう。
橋下徹弁護士による懲戒請求扇動問題の原告としての活動は続くだろうから、これからも私は微力ながら応援したい。

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by mahounofuefuki | 2007-10-18 13:49

マスメディアの偏向報道

「2ちゃんねる」で弁護士の橋下徹氏とその家族に対する「殺害予告」の書き込みがあり、橋下氏は刑事告発したという。
橋下氏のブログ(橋下徹のLawyer’s EYE)によれば、この書き込みについて日弁連に通報があり、過去ログを調べたところ「ほぼ100%イタズラであることが判明」したという。しかし、「当法律事務所、マネジメント会社、警察との協議により」橋下氏や家族の立場を考えて告発に踏み切ったという。

匿名で不特定多数に対し「殺害」を予告するというのは、いたずらにしても悪質である。
私は当ブログで何度も橋下氏の姿勢を批判してきたし、今も彼の資質や行動に強い疑問をもっているが、だからと言ってこうした卑劣な方法で橋下氏を攻撃することは、私としても決して許すことができない
ただ「ほぼ100%イタズラ」とわかっている(=実際に危害が加えられる可能性がない)にもかかわらず、刑事告発というのは「行き過ぎ」ではないかという思いもある。とはいえ告発自体は正当であるから、私からこれ以上とやかく言うこともない。

私が問題にしたいのは、マスメディアの報道のあり方である。
今年5月、日弁連に対し、光市母子殺害事件について「その元少年を死刑に出来ぬのなら、まずは、元少年を助けようとする弁護士たちから処刑する!」「裁判で裁けないなら、武力で裁く!」「最悪の場合は最高裁判所長官並び裁判官を射殺する!」などと記した脅迫状と銃弾(模造)が送られた。
また7月には、朝日・読売両新聞社にも光市事件の被告弁護団に対する脅迫状が送られた。
さらに9月には、被告弁護団に加わる村上満宏弁護士の事務所のネームプレートに傷が付けられる嫌がらせがあった。
これらの脅迫事件はいまだ解決していないが、問題なのは新聞やテレビが一向に大きく報道しないことである。ネット上でも特に怒りの声はなく、むしろ「やられて当然」という声すらあった。

一方、今回の橋下氏に対するいたずら事件は、テレビが比較的大きく取り上げ、ネット上でも話題になっている。この差は何なのか?
単なるいたずらで、実際に生命の危険性にさらされたわけでもない橋下氏の事件は喧伝されるのに、模造銃弾を送るほど殺意を明示している者に狙われている弁護団の事件は黙殺されるのは、あまりにも不公正だ。
たとえどんなに意見が違い、気に入らないからと言って、言論に対する脅迫に明確な抗議の声を上げないのは、言論人・言論機関として自殺行為である。沈黙を守ることは脅迫を肯定したのも同然である。

今回改めてマスメディアの報道の偏りに強い怒りを覚えた。
誰であろうと言論に対する暴力は絶対に容認できないことをはっきり認識してほしい。
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by mahounofuefuki | 2007-10-16 20:40

舛添のパフォーマンスにだまされるな!

社会保険庁が、年金保険料を着服して懲戒免職になった宮城県大崎市の元職員を、業務上横領の容疑で刑事告発した。
大崎市が告発を見送ったにもかかわらず、「牢屋に入ってもらう」と豪語する舛添要一厚生労働大臣のゴリ押しである。以下、朝日新聞(10月12日14時33分)より引用する。

 告発状などによると、当時30代だった元職員は旧田尻町(現大崎市)町民生活課に勤めていた00年11月から01年3月にかけ、加入者10人が持参した国民年金保険料28万円を社会保険事務所に納めず着服した疑い。元職員は問題発覚後の01年8月に懲戒免職となった。
 この問題をめぐっては、舛添厚生労働相の意向を受け、社会保険庁が業務上横領罪の公訴時効が成立していない00年以降の9件について、自治体側に告発などの厳正な対処を要請。
 これに対し大崎市は、元職員が全額弁済しており、すでに社会的制裁を受け現在は更生しているなどとして告発を見送ると表明。伊藤康志市長は「当時としては十分厳しい対応をとった」と述べていた。
舛添氏のやり方は、弱い「いけにえ」を徹底していたぶることで、人々の目をくらましているにすぎない。
すでに職場を追われ、横領したカネを全額返済した人を今さら捕まえても、政府が流用した6兆7000億円余りの年金が戻るわけでも、不明となった5000万件の年金記録が復活するわけでもない
下っ端役人いじめが大臣の仕事ではない。大臣にはもっともっとやらねばならない仕事が山ほどあるはずだ。

間違っても舛添氏を「不正と闘うヒーロー」などと思ってはいけない。
彼は自民党と高級官僚の犯罪には目をつむり、弱い下級公務員を切り捨てているだけにすぎない。肝心の安心できる年金制度づくりは何もやっていないのだ。
しつこいようだが、何度でも言う。舛添のパフォーマンスにだまされるな!

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by mahounofuefuki | 2007-10-12 20:22

「自白偏重主義」の危険性

最近の日本の世論はとにかく「犯罪者」に厳しい。
犯罪の社会的・経済的背景を考える余裕もなく、被害者でもないくせに、憎悪の炎を燃やし、復讐を扇動し、時には本当の被害者に「悲劇のヒーロー」の役割を強要する。それも犯罪を憎み、正義感をもってやっているのではなく、単に優越した立場からバッシングして自尊心を満たすために、「安心して攻撃できる絶対悪」を求めているにすぎないから始末に終えない。そういう人々に限って、同じ犯罪でも経済犯罪とか不当労働行為には寛容で、「騙されるほうが悪い」「仕方がない」と逆に被害者を攻撃する。彼らの「好み」は殺人や暴行や強姦といった事件で、難しいことを考えずに済む「勧善懲悪」物語を要求しているのである。

しかし、その「犯罪者」が本当は「犯罪者」ではなかったら? 警察の誤認逮捕だったら? あるいは自白を強要されていたら? 証拠が捏造されていたら? もしかすれば事件そのものが架空のでっち上げだったら? 
まさにそういう事例が、今日再審の判決が出た富山での冤罪事件である。

2002年に富山県で起きた強姦と強姦未遂事件で、タクシー運転手が逮捕・起訴され、「自白」により懲役3年の実刑判決が確定、刑務所に服役した。ところが、その後別の事件で逮捕された人が富山の事件の犯行を自供し「真犯人」であることがわかった。服役までした人はまったくの無実だったのである。
検察が無罪を求刑するという異例の再審となり、今日ようやく富山地裁から無罪判決が出た。判決は犯行現場の足跡やDNA鑑定などの物証から「自白」の信用性を否定したが、逆に言えばそこまで物証がありながら、最初の裁判で有罪だったのは、日本の刑事訴訟が依然として「自白」を偏重していることを示している。しかも「真犯人」がわかったのも「自白」である。もし「真犯人」が「自白」していなければ真相は闇に葬られていた可能性が極めて高い。地道な捜査を行わず、「自白」に頼るやり方がいかに危険であるかが明白だ。
それにもかかわらず、今日の判決は「自白」を誘導した検察の取調手法について不問にしたのが残念だ。以下、毎日新聞より一部引用しよう。
「納得いかない」。富山地裁高岡支部で10日あった富山冤罪事件の判決公判。逮捕から5年半ぶりに無罪判決を手にした柳原浩さん(40)は、ぶぜんとした表情を浮かべた。再審には、自らが「容疑者」「犯人」とされた理由の解明こそを望んだ。この日の法廷で得たものは、わずか10分で読み上げられた判決と、心に響かない藤田敏裁判長の付言だけ。柳原さんの声は、またも司法に届かなかった。
 午後3時。紺のスーツ姿で入廷した柳原さんは被告席に着き、緊張をほぐすように肩を1度回した。裁判長が読み上げる判決を、じっと座って聴き入った。判決は、不適切な捜査には触れず、誤審への謝罪もなかった。
 判決後、柳原さんと弁護団は、富山市の県弁護士会館で記者会見した。裁判長が「無実であるのに服役し誠にお気の毒に思う」などと、人ごとのように付け加えた言葉に対し、柳原さんは「当時、いいかげんな裁判をしなければ、こういうことにはならなかった」と、怒りをあらわにした。
 ただ、取調官の証人申請が2度にわたり却下されていたことから「裁判官には期待していなかった」との本音も漏らした。
 弁護団は「検察が請求して行われる現行の再審では、事実上、冤罪の原因究明のための活動が何もできなかった」と、悔しさをにじませた。
あくまでも自らの誤りを認めない裁判所の姿は実に醜い。日本の刑事訴訟では1度証拠採用された供述調書はなかなか覆らない。たとえ矛盾する物証があっても、「自白」が優先される傾向がいまだに続いている。しかし、裁判所も検察も警察も「自白偏重主義」をやめるつもりは当分ないらしい。
日弁連は取り調べの完全録音・録画を要求しているが、何としても実現する必要があるだろう(それも問題がないわけではないが、その件はまた別の機会に)。

こういうことは他にもきっとあるのだろう。
安易に逮捕=「犯人」と決めつけバッシングする行為がいかに危険であるか、深く自省を促す事件である。
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by mahounofuefuki | 2007-10-10 23:10

「大きなネコババ」をひたすら隠す舛添要一(改訂版)

〈編集 2007/10/04〉

社会保険庁や市町村の職員による年金保険料横領・着服問題は、ついに刑事告発にまで進み、10月3日には福岡県警が社会保険事務所の元係長を横領の疑いで指名手配した。

一方、宮城県大崎市は、すでに懲戒免職されている元職員を告発する必要はないと社会保険庁に回答したが、舛添要一厚生労働大臣は、自治体が告発しなければ社会保険庁が告発するよう同庁長官に指示した。
舛添氏は「犯罪を野放しにできない」と改めて年金横領問題への執念を見せたという。

舛添氏はこれまでも「社会保険庁は信用ならない。市町村はもっと信用ならない」と放言するなど、社会保険庁や市町村に対する不信感を表明してきた。舛添氏の発言に、鳥取県倉吉市長と東京都武蔵野市長が抗議した際も「小人のざれ言につきあってる暇があったら、(私は)もっと大事なことをやらないといけない」と一喝した。

しかし、舛添氏のやり方は、「世間」における公務員への嫉妬を利用したお得意の世論誘導である
「もっと大事なこと」を隠すため、「小人」の小細工ばかり摘発してお茶を濁しているのは、ほかでもない舛添氏の方だ。

舛添氏は社会保険庁や市町村の職員のセコい横領や着服にはご執心だが、厚生省の高級官僚と自民党議員が結託した6兆7000億円以上の年金の流用にはまったく手をつけていない。「6兆7000億円のネコババ」をひたすら隠すために、「4億円のネコババ」を前面に押し出しているのだ。
(詳しくは年金「着服」と「流用」の間を参照)
まるで「正義のヒーロー」を気取っているが、「巨悪」とはまったく戦っていないのである。

未だに政治家とマスコミによる社会保険庁バッシングにだまされ、舛添氏を持ち上げる人々が多いようだが、もうだまされてはいけない。
舛添氏は、自民党と厚生エリート官僚の犯罪を隠すのに加担しているのだ
だいたい彼は「残業代ゼロ=タダ働き法案」を「家族だんらん」法案に言い換えようとするような「労働者の敵」なのだ。何度も離婚と結婚を繰り返し、愛人との間に「隠し子」までいた男が「家族だんらん」などと悪い冗談でしかない。

皆の衆、いいかげん目を覚ましてくれ!
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by mahounofuefuki | 2007-10-02 12:39

橋下発言はツッコミどころ満載

以前も書いたが、私は光市母子殺害事件の訴訟そのものにはもはや関心がない。
たくさんある殺人事件の中でこの事件に特別な興味を抱く理由が私にはない。
極端な話、被告が死刑になろうとそうでなかろうとも私の生活には関係ない。彼が処刑されてもされなくても、私には何のメリットもない(関係者以外のほかの人々にもあるとは思えないが)。コンコルド広場にて国王や王妃をギロチンで斬首する光景に熱狂したパリ市民のようなグロテスクな趣味も持ち合わせていない。
だから、もう結果が決まったようなものである光市事件の訴訟については語る言葉はない。
しかし、光市事件に異様に熱狂し、拘置所ですでに自由を奪われている被告や、自らの職務に忠実な弁護士をバッシングする人々の動きには関心をもたざるをえない。それは、この騒動が司法権の独立や訴訟の公平な進行を損ねているからで、1度でもこんな前例ができると、今後の刑事訴訟全体に悪影響を及ぼすことを危惧している。
仮に将来、誰かが(私やあなたかも)無実の罪で逮捕・起訴された時、検察側の誘導でバッシングが行われ、被害者が無実の人を犯人と思い込み、弁護人の活動が阻害され、罪をなすりつけられるのを心配している。日本はただでさえ冤罪が多い。特に「痴漢」の冤罪は後をたたない。「それでも僕はやっていない」なんて映画が売れるくらいだ。
光市事件は冤罪ではない。しかし、味をしめた検察が被害者を利用する可能性は否めない。それに何よりも、世論の関心度によって量刑が左右されることなどあってはならない。世論の関心の高い事件は刑が重いとなると、そうでない事案との不公平性が問題になる。
それゆえ、光市事件そのものは私の関知するところではないが、バッシング現象の方は私の(そして多くの人々の)利害にかかわるのである。だから、面倒でも発言せざるをえないのだ。

さて、光市事件の被告弁護団に対する懲戒請求を扇動した(しかし自分は請求していない)橋下徹弁護士を提訴した民事訴訟の第1回口頭弁論が広島地裁で行われた。
何よりも驚いたのは、橋下氏がこの弁論に出廷せず、書面提出による擬制陳述で済ませたことである。しかも、今後の弁論も電話会議で行い、被告尋問までは出廷しないという。 
彼の言い分は次の通り(以下、引用はすべて橋下徹のLawyer’s EYEより)。

あのね、民事の裁判で傍聴人を呼んでも、
争点が整理されるまでは事務的なやり取りなんだから、
傍聴人も何をやってるんだかさっぱりわからない。
わざわざ足を運んでもらって、あの民事の手続きだけを見せたら、
その方が傍聴人に怒られるんだよ。分からないのかね。
原告らは公開の法廷で、何か大弁論を展開したいのか知りませんが、
僕は、そんな原告らの趣味に付き合うほど暇ではありません。

「事務的なやり取り」を軽視しているとしか思えない暴言だ。
どうやら彼は、テレビカメラが入り味方の群衆が大勢いるところでなら「大弁論」をやりたいが、野次馬がわざわざ足を運ぶことのない地方の法廷ではやりたくないようだ。
ついでに言っておくが、ブログでの彼の言葉遣いはとても社会人とは思えないほど汚い

彼の弁明は続く。

原告らは、今回の裁判が社会にとって必要不可欠な裁判で、自分たちはその正義のために闘っているとまたもや勘違い。
今回の裁判は、光市母子殺害事件の被害者遺族に対して、非常に迷惑のかかる、
もし違う方法があるのであれば、本当は避けなければならない裁判だったんだ。
世間だって、こんな裁判があろうとなかろうと、全く影響ない。
たまたまメディアが取り上げてくれているけど、本質的には、弁護士間の大人げないくだらない痴話げんかなんだよ!!
分からないのか!!
もっと謙虚になれよ。俺たちは刑事弁護人の在り方を論じる重要な裁判をやってるんだって堂々と胸を張るんじゃねーよ。
ほんとしょうもないことやってすみませんっていうのが、今回の、
俺たち弁護士がとらなきゃならない態度だろ!!

「大人げないくだらない痴話げんか」を仕掛けたのはほかでもない橋下氏だったはずだ。大人げないと自覚しているなら、懲戒請求の扇動なんかしなければいいのである。自分の播いた種でありながら、他人のせいにするのは全く許しがたい。
「もっと謙虚に」なるべきなのは、こんな横柄な口の利き方をする橋下氏の方だろう。

重要な裁判なのかどうかは世間が決めること、俺たちが決めることではない。
俺たちが自分で重要な裁判だと言った時点で、もう周囲が見えなくなる。
自分が絶対的な正義だと勘違いする。

「世間」!? そんなあいまいなものによりかからないでほしい。多数派がいつも正しいのか? 「世間」に丸投げするなど、思考停止でしかない。
「自分が絶対的正義だと勘違い」しているのは橋下氏の方であろう

このような感覚だから、日弁連の模擬裁判のリハーサルなんて、くだらない鼻くそイベントに出席するために、
光市母子殺害事件最高裁の弁論期日を欠席しちゃうんだよね。

自分が被告になっている訴訟の口頭弁論に出ない者が言っていい言葉ではない。出席の可否は彼の判断基準が絶対だという独善以外の何物でもない。橋下氏は自分を「神」だとでも思っているのだろうか

彼の発言はまだまだツッコミどころ満載なのだが(この程度の論述力でよく弁護士ができるものだ)、「場外乱闘」のさらに「場外乱闘」なんて自慢できることでもないし、これ以上自分のブログを汚したくないのでもうやめておく。
(しかし、本当に彼の言葉遣いはひどい。この横暴さが支持されるなんて世も末だ。)
いいかげん、この下品な男をまるで「英雄」扱いするのをやめてほしい。
「テレビに出ている=正義」なんて今どき思っていたら、ちょっと恥ずかしい。
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by mahounofuefuki | 2007-09-28 23:52

無題

「光市母子殺害事件」の差し戻し控訴審は、3日間の集中審理を終えた。
無期懲役の判決を最高裁が差し戻している以上、裁判所の慣例により、この訴訟は死刑判決で終わるだろう。
結果がわかっている訴訟は茶番でしかない。
その茶番を少しでも公正な裁判にしようと、あえて「貧乏クジ」を引いた弁護団に深く同情し、敬意を表する。

実のところ、私は事件や訴訟そのものにはさしたる関心がない。
たくさんある殺人事件のなかで、光市事件だけに関心を寄せる理由はないからだ。
本ブログは私個人が「気になるニュース」を読み解く(というより、単につっこみを入れてるだけだが)ことを目的としているため、その基準に従えば、特に述べることもない。

私が気になるのは、多くの人々が光市事件に大きな関心を寄せ、特に被害者の夫に過剰なまでに共感して、被告やその弁護団をバッシングしている「現象」である。
以前も大衆の「狂気」で述べたように、被告や弁護団をバッシングしている人々は、「義憤」にかられてというより、実際のところは「安心して攻撃できる"絶対悪"」を求めているとしか、私には思えないのだ。
繰り返しになるが、この事件の被告が「元少年」ではなく、「暴力団員」だったらここまで世論は高まっただろうか? 実際、関西で大学院生が暴力団員に虐殺された事件に、世論は沈黙した。光市事件の場合、被害者の夫がより戦闘的であることを差し引いても、ここまで人々が関心を寄せるのは、「犯人」が「少年」だったという点が大きい。
つまり、自分より「絶対的下位」にいるべき「少年」の「横暴」に普段何もできないのを誤魔化し、他者(この場合は、被害者の夫)が自己の「代わりに」攻撃してくれることに喝采を送っているのだ。
電車内で警察官が高校生に暴行を働いた事件も、事実関係をよく調べもせずに、警察官をまるで「英雄」として扱い、高校生をバッシングした。この事件のとき、私は報道だけでは詳細がわからないので(今もわからない)、ノーコメントを貫いてきたが、残念ながら、多くの人々にはそういう慎重さがまるでない。

日常のうっぷんを晴らすために、光市事件を利用するのはもういいかげんやめて欲しい。
まあ、そうは言ってもやめないんだろうけど(苦笑)。
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by mahounofuefuki | 2007-09-21 08:12

年金消失 「5兆円」と「1億円」の差

どうもこのところ、社会保険庁の職員による年金保険料の横領・着服に関する報道が急に増えている。
マスメディアが国家の犯罪を暴くのは、主権者として本来歓迎すべきことであるが、ことが年金問題であるだけに、何か裏があるのではないかと、天の邪鬼な私は思っていた。
そうしたら、田中良太さんのホームページで、「年金情報の虚実」という記事に出会った。
長文だが重要な指摘なので一部引用する。

(前略)一九六二年の発足以来、職員による年金保険料や給付などの横領が判明したケースが五〇件あり、横領金額は一億四一九七万円だった。市区町村職員の国民年金保険料の横領は四九件、二億〇〇七七万円。合計九九件、三億四二四七万円に達したという数字だ。
これをうけて四日の閣議後会見で舛添要一厚労省が「横領したような連中はきちんと牢屋(ろうや)に入ってもらいます。今からでも刑事告発してやろうかと思ってる」と怒ってみせた。五日朝刊では社説のテーマとした新聞も多い。
 さてどうなっているのか? 市区町村分については朝日新聞がすぐに調査報道した(六日朝刊)。それによるとじっさいの件数は五〇件で、告発されたのは九件だけ。しかし職員を処分したのは三八件。退職金が支給されない懲戒免職は二五件。ほかの処分は、退職金が基本的には支給される諭旨免職が二件、一~六カ月の停職が七件、減給三件、降格一件。横領した職員が今でも在職しているケースはなかったという。
横領職員を処分しなかった自治体の多くは理由として「全額弁済した」などを挙げたという。全額弁済し、告発はもちろん処分も免れた。そこまでは「勝利」だったとしても、その後、周囲の目は厳しく、職場に居づらくなって退職したのだろう。「牢屋に入って」いないのは事実だが、職場を去るという「社会的制裁」は受けているわけだ。とくに懲戒免職が二五件と五〇%に達するのは、注目すべき数字だろう。
一九九八年四月、大蔵省は「接待汚職」事件を受けて職員一一二人を処分した。そのうち国家公務員法上の懲戒処分は三二人だけ。残り八〇人は「口頭注意」程度だった。局長級の二人は処分発表の日に辞表を出させ、依願退職させた。しかし処分としては停職と減給で、諭旨退職にもしなかった。その甘さと比較すると、懲戒免職二五人の厳しさが分かる。
「年金横領はドロボーと同じ。接待を受けるのとは違う」という主張もあるだろうが、接待汚職事件では検察が「接待も賄賂」と認定したのである。窃盗犯人と、賄賂を受け取る役人のどちらを憎むべきか? こういう比較論に正解はない。しかしドロボーだけ「許せない。牢屋に入れ」と怒るのは偏見にすぎない。
年金問題の論議が盛り上がるはずだったのが、九五年の通常国会。民主党など野党は「年金国会だ」と意気込んでいた。この年、年頭から、厚生官僚がつくり出した年金財政の巨額損失問題がメディアで指摘され続けた。年金福祉事業団・年金資金運用基金などによって、大規模保養施設・グリーンピアを全国一三カ所につくるなど、やりたい放題の無駄遣いをした。その時点で徴収ずみの厚生年金・国民年金の保険料総額は約三七〇兆円だが、うち約五兆六千億円は年金の給付以外に使われた。かなりの部分は、天下り官僚の給料・退職金だった……。
しかし「年金国会」は、「未納国会」に化けてしまった。大臣や有力国会議員が、国民年金を支払うべきときに収めていない、という問題がつぎつぎ露呈したのである。個々の政治家の国民年金納付状況を完ぺきに把握しているのは社会保険庁のコンピューターシステムだけ。そのデータの一部が新聞・週刊誌などにリークされ、記事化されたという経過だった。
このダーティーな手段によって厚生官僚は平然と生き延び、年金無駄遣い問題が本格論議されることはなかった。この経過を思い起こすなら、今回の「市町村職員による横領」問題もまた、年金問題の焦点をぼかすための意図的な情報操作だったはずだ。それを記事にするところまではやむを得ないが、社説やコラムでは、その情報の裏を読むレベルまでやってほしい。とくに地方公務員の横領の被害額一億四千余万円(その大半は弁済されている)と、厚生官僚が天下りポスト確保のための無駄遣い五兆六千億円の金額比較はやってほしかった。(後略)


言われてみればもっともである。
無駄使い5兆6000億円と、着服1億4000万円では、ケタがまったく違う
合法か違法かの違いはあるが、年金保険料が本来の用途に使われなかったという点では両者は同じである。着服だけが問題になり、無駄遣いが問題にならないのは明らかにおかしい。
大きな犯罪を隠すために、小さな犯罪を意図的にリークする。権力の常とう手段だ。

現在のところ年金問題は、社会保険庁の民営化議論に矮小化している。
社会保険庁が、いつも私が言うところの「権力が用意した公認の敵」として、大衆の敵意を集めている。
果たして民営化で本当に解決するのか。この問題はまだ準備不足なので、別の機会に論じたいと思うが、今は横領・着服問題の報道は、厚生官僚による情報操作の可能性がある、とだけ指摘しておこう。
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by mahounofuefuki | 2007-09-11 01:05

橋下さん、バカはあなたの方です

光市母子殺害事件の被告の弁護士4人が、テレビで彼らへの懲戒請求を煽動した橋下徹弁護士を提訴した件で、橋下氏が反論の記者会見を行った。
なんで、こんな男が弁護士なのか、テレビでもてはやされるのか、そして、今も圧倒的多数の大衆の支持を受けるのか、疑問が増すばかりのお粗末な主張である。

「差し戻し審で新たな証拠が出てくれば、新たな主張をするのは当然のことだと思う」と司法の常識を言いながら、「何ゆえ主張を変更したのか、きちんと被害者なり社会に対して分かるような形で説明しないといけない」と言うのはまったく不可解だ。
被害者はともかく、なぜ社会に対していちいちそんなことを説明しなければならないのだ?
毎日たくさんの訴訟がある。そのすべての事案で新証拠が出るたびに、法廷外で説明しなければならないのか(説明したって誰も聞くまい)。あるいは光市事件は「特別」とでも言うのだろうか。それなら、なぜ光市事件に限り特別扱いするのか、という問題が生じる。
大衆ののぞき見的関心に答えるのが弁護士の仕事ではない。

「被告人のためだけに活動すればいいんだ、という弁護活動は『品位を失うべき非行』に僕は当たると思っている」 被告人に不利益な活動をすることが、「品位のある行動」なのか!?
私にはむしろ橋下氏の方が、テレビタレントとしての「特権」を利用して、大衆を煽動しているという点で、「品位を失うべき非行」を行っているように感じる。

「(弁護士は)免許業であるにもかかわらず国の監督権限を受けない。この言いわけのために『懲戒請求』の制度がある。いわば『弁明の具』だった」 まるで弁護士は国の監督権限を受けるべきとでも言ってるような暴論だ。弁護士でありながら、弁護士の独立を否定するのは、もはや弁護士としての最低の資格すらない。そんなに国家に管理されたいのなら、選ぶ職業を間違っている。検事にでもなればいい。

何より許せないのは、橋下氏が自分で懲戒請求を行わず、いわば「自分の手を汚さず」に大衆を利用したことだ。そんなことが可能なのは、彼が弁護士というよりも、レギュラーをいくつも持つテレビタレントだからであり、その「特権」を最大限使った。極めて卑怯である。

被告の弁護団は、今やマスメディアの偏向報道と、橋下氏のような卑怯者と、それらに乗じる愚劣な大衆によって「公認の敵」に仕立て上げられた。しかし、私は断固、弁護団を支持し、司法の独立を擁護する。
改めて言おう。橋下さん、バカはあなたの方ですよ、と。
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by mahounofuefuki | 2007-09-05 20:55

大衆の「狂気」

光市母子殺害事件の被告の弁護士らが、彼らに対する懲戒請求をテレビで扇動したタレント弁護士の橋下徹氏を、弁護活動妨害のかどで提訴した。

殺人事件があまたある中で、この光市母子殺害事件は、異様な展開をたどった。
まず、事件そのものが口にするのもおぞましいものであったこと。
被害者女性の夫が極めて攻撃的で堂々と復讐を宣言したこと(記者会見で、被告を死刑にできなければ自分が殺す、とまで言っていた)。
マスコミが事件を興味本位で偏向した報道をしたこと。
その結果、多くの大衆が被害者の夫に過剰なほど共鳴し、被告の死刑を求める世論が高まったこと。
さらに、大衆の攻撃は被告にとどまらず、被告の弁護団や死刑反対論者にまで及び、ついには新聞社に弁護団への脅迫状が送られる事態になったこと。
このようにまさに「狂気」の連続である。
橋下氏の被告弁護団への中傷もこの文脈でとらえるべき事柄である。

実は私も事件当初は、なんてひどい事件だと憤りを感じていた1人であった。
しかし、マスメディアや大衆世論の過剰なまでの凶暴性に、犯人とされる被告の「狂気」とは別種の「狂気」を感じるようになり、今は被害者の夫にまったく共感できなくなった。
しかも、こともあろうに最高裁判所が、大衆の攻撃に恐れをなしてか、無期懲役の控訴審判決を差し戻してしまった。裁判が報道や世論に左右されることなど、あってはならないのに。

私は一連の群衆心理に、排外主義と同じものを感じる。
つまり、弱そうな「公認の敵」、いくら攻撃しても反撃されることはなく、権力も認めている「敵」を攻撃することで、絶対的優越感を得るという点で、両者は共通するのである。
もし、これが犯人が「少年」でなく、「暴力団員」だったら、ここまで世論は高まっただろうか? メディアは報道しただろうか? 
否である。この国の大衆が「少年犯罪」となると、大人の犯罪以上に激昂するのは、自己より絶対的下位にあるべき「少年」が、自己の存在を脅かしていると感じるからだ。
これは、あえて断言してもよいが、「少年法はいらない」「少年を死刑」にと叫んでる人ほど、街中で未成年が不法行為をしていても注意のひとつもできず、内心で苦々しく思っているだけの臆病者だ。自分の弱さを誤魔化すために、「少年犯罪」をだしに使っているにすぎない。

ましてや弁護士を攻撃するなど、もってのほかだ。
もし、冤罪で逮捕・起訴された時、実際に助けてくれるのは誰か。橋下氏のような権力迎合的な男ではなく、今や大衆の憎悪を一身に浴びる「人権派」弁護士である。自分は逮捕されることがない、などといくら自信をもっていても、無実の罪で検挙される例はあとをたたない。最近、最高検察庁でさえ冤罪防止機能が不十分であると認めていたではないか。

はっきり言ってしまえば、光市事件の被告が死刑になろうと、そうでなかろうと、被害者ではない私たちの生活に影響はまったくない。厳罰にして見せしめにすれば、犯罪はなくなると本気で信じているとすれば、ずいぶんお目出度い話だ。この事件に直接関係のない人間が拘る理由は何もない。

今回の提訴で、橋下氏が何らかのペナルティを受けることを強く望みたい。
それでも、大半の人々の目が覚めることはないだろうが・・・。
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by mahounofuefuki | 2007-09-03 21:06