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天皇在位20年記念「祝日」と「嫌な予感」

 現天皇の「即位の礼」から20年目にあたる2009年11月12日を臨時の祝日とする法案が準備されているという。今月16日に設立された超党派の「天皇陛下御即位二十年奉祝国会議員連盟」が議員立法を目指しており、すでに自民党は22日に内閣部会が法案を了承、民主党や公明党も近く党内手続きを済ませるという(時事通信・内外教育研究会2008/10/22 10:24など)。議連には共産党と社民党を除く全会派が参加しており、早期成立は確実だろう。

 1970年代以降、これまで天皇在位の節目ごとに政府は天皇の在位記念行事を行ってきた。1976年の昭和天皇在位50年、1986年の同60年、1999年の現天皇在位10年のいずれも記念式典が開催されている。同時に財界人を中心とする民間の「奉祝委員会」が祝賀行事を行うのも慣例化しており、特に1999年の時は芸能人を招聘した皇居前広場での式典が話題になったのを記憶している人も多いだろう(原武史「在位記念式典」『岩波 天皇・皇室辞典』岩波書店、2005年より)。今回もすでに日本経団連の御手洗冨士会長を名誉会長、日本商工会議所の岡村正会頭を会長とする「奉祝委員会」が設立されており、在位記念行事の事業計画も決定している(産経新聞2008/06/05 19:51など)。

 故に即位20年の祝賀行事が行われること自体は「予定調和」で不思議でも何でもないが、当日が臨時の祝日となるのは今回が初めてである。過去の記念行事は、こう言っては何だが、興味のない人は完全スルー可能で、平日の場合はわざわざ仕事を休んでまで参加するのはよほどのモノ好きだけだったが、祝日となると否応なく「天皇の存在」を意識せざるをえなくなる。新自由主義改革を通した貧富の差の拡大により日本社会の亀裂・分断が深まっている現状を「見せかけの国民統合」で糊塗し、天皇制を軸としたナショナリズムを再興することで「国民意識」を強化しようという政府と財界の意図は明らかだが、逆に言えば従来には無かった「休日」という「エサ」を与えないと大衆の祝賀ムードを調達できそうもないのが現実だとも言えよう。

 昨今の天皇制を巡る議論の特色は、かつての左右の対立軸が崩れ、左翼サイドが日本国憲法擁護の戦略的要請から象徴天皇制の現状維持を容認する一方、右翼サイドは皇室典範改正問題で分裂状況を示し、さらに皇位継承者たる男子を出生できなかった皇太子夫妻に対するバッシングを行うという「ねじれ」現象が起きている。皇位継承予定者の先細りとともに、本来の支持基盤の不安定化は天皇制を危機状況に陥れているとさえ言えよう。ただしその一方で、政治的には「日の丸」「君が代」の強制が進み、天皇制の可否を議論する自由は公的領域で完全に失われているのも事実である。今後経済危機が深刻化すれば、来年は祝賀どころではなくなり、在位記念の「茶番」自体が天皇制に対する鬱屈を噴出させることもありえよう。天皇制のタブーが強まるか、それとも自由な議論への転換点となるか一大焦点となるかもしれない。

 ところで「嫌な予感」がするのは、天皇在位20年記念で臨時祝日だけでなく、もしかすると「恩赦」が行われるのではないか?ということだ。在位記念での恩赦は前例がないはずだが、次期衆院選で厳しい戦いが予想される中で、選挙違反者を減刑するために実施されるのではないかと危惧している。近年の恩赦は死刑が無期懲役に減刑されるようなことはほとんどなく、大半が執行猶予期間の短縮や公民権の復権などである。あらかじめ恩赦を想定すれば、運動員や関係者に違法行為をさせやすくなるだろう。自民党も民主党も公明党もこの点では利害が一致する。いささか陰謀論めいた憶測ではあるが、あながち杞憂とも言えまい(政令による恩赦は内閣の専権事項なので実施時期の可否を法で規制できない)。そんな裏取引が行われていないことを祈るばかりだ。
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by mahounofuefuki | 2008-10-23 22:56

北海道ローカルの問題ではないアイヌ民族問題

 6月に国会が採択した「アイヌ民族を先住民族とすることを求める決議」を機に政府が設置した「アイヌ政策のあり方に関する有識者懇談会」が、今月13日から15日まで北海道を視察した。今回特に注目すべきは、札幌や白老(しらおい)で北海道ウタリ協会所属のアイヌと直接の意見交換を行ったことである。これまでの政府のアイヌ政策は肝心のアイヌ民族の意思を反映することなく行われただけに、これは画期的なことであろう。

 同懇談会は非公開原則で、今回の意見交換も事後の記者会見で概要が明らかにされたにすぎないので詳細は不明だが、札幌での意見交換ではアイヌ側から、樺太アイヌの「強制移住への謝罪と補償」の要求が出たり、「もっと多くのアイヌ民族が高等教育を受けられるようにしなければ、社会的、経済的格差はなくならない」「アイヌ民族の女性の声も、もっと聞いてほしい」などの声があったという(北海道新聞2008/10/14 07:07)。「アイヌ民族であることを周囲に隠して生活し、出身地や身体的特徴でアイヌ民族であることが分かって、差別を受ける人も多い」という話もあった(読売新聞2008/10/15)。白老では「もっと早くアイヌ民族を先住民族と認めてほしかった」「学校でアイヌ民族について学ぶ機会がない。民族意識を自覚できるような教育が必要だ」といった意見があった(毎日新聞2008/10/14 23:04)。

 電子版には上がっていないが、北海道新聞2008年10月14日付朝刊によれば、あるアイヌの出席者は「さまざまな思いが入り交じり」、途中で一時「あふれる涙に退席する」こともあったという。また、どこも報道していないようだが、北海道ウタリ協会の札幌支部長が「アイヌの有識者って何。懇談会のメンバーにアイヌのことを分かっている人も確かにいるが、全員とは言えない。先住民族の定義を云々するなら、有識者の定義も示してほしい」と有識者懇談会の人選への不信を示したという(*)。長年にわたる差別と排除、これまでの政府の姿勢、懇談会には明らかに不適当な門外漢(あえて誰とは言わないが)が含まれていることを考慮すれば、こうした不安や不信は当然であろう。
 *アイヌ有識者懇が道内初視察 - 毎日北海道北の実年のひとり言
  http://blogs.yahoo.co.jp/sinrin81024/44952887.htmlより。

 実際、北海道訪問最終日に同懇談会の佐藤幸治座長は記者会見で、全国に散在するアイヌの遺骨の返還や伝統儀式などの国有林利用については「短期的に解決できる」と示したが、生活支援の具体的な立法措置に関しては「具体的にどういう法律をつくるかは任務ではない」と消極的姿勢を示している(北海道新聞2008年10月16日付朝刊、太字強調は引用者による)。2006年に北海道庁が行った調査では大学進学率で2.2倍、生活保護率で2.5倍の格差がアイヌと住民全体の間にあり、これらの是正は必要不可欠のはずだが、依然として政府サイドはアイヌ政策を「文化振興」の枠にとどめているのである。

 もっと深刻なのは、現在可視化されているのが専ら北海道のアイヌに限られていることである。2006年の調査で北海道のアイヌ人口は23,782人とされているが、北海道外のアイヌについては人口調査もほとんど行われていない。東京都が1988年(20年前!)に調査を行ったのが最後で、当時約2,700人となっている。しかも注意しなければならないのは、これらはあくまで自らアイヌ民族としての帰属意識をもち、少なくとも調査に対して自らがアイヌであると名乗ることのできる人々の数だという点である。内心ではアイヌとしてのアイデンティティを有していても、差別や偏見を恐れて全く公にしていない場合や、アイヌとして生まれながらもアイヌであることを自己否定せざるをえなかった人々は統計には含まれない。

 以前、私は大学の先輩筋に当たる文化人類学者から、アイヌの人口が最も多いのは実は北海道ではなく東京都の可能性があるという推論を聞いたことがある。侵略的な同化政策のために北海道外へ移らざるをえなかったアイヌが相当数にのぼるという。こうした北海道外のアイヌの多くは可視化されていない。可視化されていないから生活状況や貧困・格差の存否も不明である。政府はこれまで専らアイヌを北海道「固有」の問題としてとらえているが、本当に先住民族としての権利の擁護を目指すのならば、日本全国に視野を広げなければならない。

 「単一民族」幻想や「万世一系」幻想を前提とする(それは同時に他民族に対する好戦的優越意識につながる)近代「日本人」のナショナル・アイデンティティを相対化し、「多民族国家としての日本」という現実を受け入れるためにも、先住民族アイヌとの共存確立は絶対に必要である。そのためには日本の住民の誰もが、ローカルな問題ではなくナショナルな問題としてアイヌ民族問題をとらえる視座を持つ必要がある。

【関連リンク】
私たちについて/アイヌの生活実態 - 北海道ウタリ協会
http://www.ainu-assn.or.jp/about03.html

アイヌ政策のあり方に関する有識者懇談会 - 首相官邸
http://www.kantei.go.jp/jp/singi/ainu/index.html
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by mahounofuefuki | 2008-10-16 21:09

「内乱を冀(ねが)う心を外に移して国を興すの遠略」という問題

 1873年のいわゆる「征韓論政変(明治六年の政変)」の直接的契機となった朝鮮国遣使問題に際して、「征韓」派の西郷隆盛は太政大臣の三条実美に対し、「征韓」論争が「内乱を冀(ねが)う心を外に移して国を興すの遠略」であると説明したという(西郷隆盛書簡、板垣退助宛、1873年8月17日付)。当時、明治維新の相次ぐ変革により既得の特権を失った士族層の不満は爆発寸前にあり、他方暴政に対する民衆の一揆も続発していた。西郷の「意図」については諸説あるが、少なくとも日本国内の社会不安や政府への反発を抑制するために、その矛先を朝鮮国へ向けようとしていたことは確かだろう。

 近代国民国家の本質は、自然状態では何者でもない人々に「国民」という属性を与えて囲い込むことにあるが、囲い込んだロープの「内側」の矛盾が拡大した場合、為政者はその矛盾を隠蔽するために、ロープの「内」と「外」の矛盾をフレームアップするのが常套手段である。この原則には専制政治も民主政治も資本主義も社会主義も関係ない。「囲い込まれている安心」や「囲みの外に出る(出される)不安」を「国民」に刷り込むことができれば「統治」としては「成功」である(これに「囲いを広げる野心」まで植え付けることができれば「大成功」となる)。「内乱を冀う心を外に移して国を興すの遠略」は国家が国家である限り有効な戦略なのだ。

 文部科学省が新学習指導要領の解説書に「竹島」の領有権を明記した問題の背後にも西郷と同じ「遠略」が浮かび上がる。同省の銭谷真美事務次官は今月14日の記者会見で、今回の改訂で初めて「竹島」問題を記述した理由として、「我が国と郷土を愛する態度を養う」と規定した改定教育基本法の成立を挙げ(朝日新聞2008/07/14/21:09など)、「竹島」問題と「愛国心」との関係を堂々と認めた。竹島=トクト(独島)は現在韓国の実効統治下にある。現実にロープの「外」にある領域を「内」に入れるには、当然「外」との軋轢が生じる。第2次大戦後一貫して日韓間の係争が続いている問題でわざわざ挑発ともとれる行動をとるのは、改めて「内」の矛盾から「国民」の眼を逸らす材料を増やそうとしているのではないか。領土問題は人々に「囲い」の存在を再確認させるには最適である。

 「拉致問題」ピーク時や「イラク人質バッシング」当時に比べて、社会一般のナショナリズム傾向は低下している。しかし、それは単に「ネタ」としての消費期限が切れただけで、むしろ国家権力の側が「国民」の「囲みから出される不安」を煽るためには、これまでの「ネタ」とはレベルの異なる「具体的な緊張」が必要になっているとも言える。不平等税制の拡大、労働環境の悪化、高齢者医療制度の失敗、物価の高騰と現在の日本の政治は行き詰まりを見せており、「囲い込まれている安心」はもはや多くの人々に共有されていない。作家の辺見庸氏(余談だが彼は既成の知識人では珍しく「氷河期世代」の苦しみを共有して同伴しようと努力している)が言うようにこの国が「新しい内戦」下にあるのならば、権力にとってはまさに「内乱を冀う心を外に移」す必要がある。「不安」の責任を転嫁する対象の需要が生じる。

 今月16日に自民党の伊吹文明幹事長が講演で、次期衆院選について「勝とうと思うと一種の目くらましをやらないとしょうがない」と発言したことが物議を醸したが(北海道新聞2008/07/19 10:26)、彼の言うような自民か民主かといった政局レベルの話とは異なる、もっと大きな意味での「目くらまし」をこの国の支配層が望む客観的状況が成立しつつあるのではないか。支配層の権益を維持しつつ(つまり民衆には分け前を増やさず)、それでいて「囲い込まれている実感」をなくした人々に再び「囲い込まれている安心」を与えるため、ロープの「外」に「不安の原因」を作り出すという古典的だが効果の大きい方法。それが具体的に何なのかはここで自信をもって言えないが、そういう危険が具現化する情勢にあるということは念頭に置いておいた方がいい。
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by mahounofuefuki | 2008-07-21 22:29

最近の日朝関係について~「拉致問題」解決の糸口

 今月の当ブログの「検索ワード」第1位は「蟹工船ブーム」だが、第2位は実は「斎木昭隆」だったりする。「斎木昭隆を6カ国協議の代表に送る愚」を書いたのは1月で、当時私は斎木氏が極右勢力の過剰な期待を背負わされて日朝交渉で身動きが取れないだろうと心配していた。

 実際は日本外交の「疎外」は私の想像をはるかに超えていて、もはや誰が実務責任者であるか、さらには誰が政権を担当しているかといったレベルでどうこうできる段階はすでに終焉していたことは、最近のアメリカ政府の「日本はずし」と言える動きが示す通りである。現在の日本外交はアメリカ一辺倒であるため、アメリカに梯子をはずされると全くのお手上げである。

 朝鮮をめぐる情勢については昨秋「袋小路の『対話と圧力』」というエントリで基本的な主張を述べた(前提となる情勢分析は今も通用するのでぜひ参照を)。当時、すでにアメリカ政府は核開発問題に一定の目途が立てば「テロ支援国家」指定を解除する方針を決定していた。また「拉致問題」については日朝2カ国間の問題であるとして、「拉致被害者家族会」や「拉致被害者を救う会」に対して「切り捨て」も通告していた(「アメリカに切り捨てられた『拉致家族』」参照)。今になって「家族会」あたりから「拉致が置き去りになる」と反発の声が聞こえるが、すでにリアルな国際政治の世界ではとっくの昔に置き去りにされているのである。いかにアメリカ政府の高官が表向きは「拉致問題を忘れない」とか言っても所詮はリップサービスにすぎない。

 すでに当ブログでは、世界最大の核保有国であるアメリカは、自国主導の世界秩序を揺るがさなければ、限定的な核拡散を容認していると指摘した(「山崎拓のトンデモ発言」参照)。だからこそ日本政府は「拉致」を理由にした対話拒否路線に拘泥せず、核問題に積極的にコミットし、アメリカ任せにしてはならないとも述べたのだが、残念ながら福田政権下でも強硬一辺倒の方向を完全廃棄するには至らず、その間に米朝間で着々と「成果」の積み上げが行われた。これで本当に朝鮮の非核化が実現できるのならば、それはそれでいいのだが、現状では依然として不透明である。

 日本外交のこうした失策を招いた最大の原因は、「家族会」や「救う会」のような極右勢力の暴走である。ひたすら「圧力」を言い続け、現実的な外交交渉を妨害ばかりしてきた。こういっては何だが、本当に「家族」を取り戻したかったら、土下座するなり身代金を払うなり形振り構わない姿勢をとるのが「親心」というものだろうが、「家族会」はすっかりヤクザまがいの連中に取り込まれ、ナショナリズムの道具としていいように使われてきた。

 あえて言ってしまうが「救う会」の指導層は「拉致問題」の解決など望んでいない。左翼からの転向組が主導する彼らは「拉致」のおかげで陽のあたるところへ出られた。解決してしまえば飯の種がなくなる。「拉致議連」に集うタカ派(厳密には「ナイーブなタカ派」)議員たちも同様である。昨年無残に消え去ったかに見えた安倍晋三氏は、再び「拉致」で存在感をアピールしようと目論んでいる。無能な彼にはそれしかないからだ。山崎拓氏との論戦パフォーマンスもその一環である。今や「拉致」は対外強硬派に骨の髄までしゃぶられていると言っても過言ではない。

 世論における影響力はかつてほどなくなったが、それでも「家族会」に対するタブーは今もメディアでは継続している。はっきりと「拉致家族」に対して極右とは手を切れ、あんな連中と組んでいる限り国際的信用も得られず、問題は悪化するばかりだと言い聞かせる必要があるのだが、これは口で言うほど容易くはない。

 唯一の希望の糸口は「家族会」には入っていない、あるいは距離を取るようになった「拉致家族」の存在である。政府認定拉致被害者のうち、北海道出身のI氏の家族は問題発覚から一貫して用心深い行動を取り(被害者の身を案じてしばらくは名前も伏せていた)、「家族会」にもはじめから入らなかった。I氏の実姉は2002年当時、地方紙に手記を寄せているが、日本の植民地支配下の強制連行や強制労働にも言及し、「拉致」を日朝間の不幸な歴史の中に位置づける視座をもっていた。「家族会」が「経済制裁」を大合唱していた時も、I氏の実兄は強硬外交に疑問を呈する趣旨の発言をしていた。

 もう1人。かつて「家族会」事務局長としてメディアにも多く露出していたH氏は、この数年「圧力」路線への批判を強め(以前ある講演で、制裁を叫んでいるだけでは単なる「反政府組織」であると「家族会」「救う会」を批判していた)、ついには親朝路線で知られる論壇誌『世界』にまで登場した。2002~03年当時、「拉致家族」の最強硬派として鳴らした彼が、今や日本政府が「過去の清算」を長らく怠ったことが「拉致」問題の一因であると示唆するまでに変貌した。彼の変化は「拉致家族」も極右勢力と離れれば、冷静な思考を取り戻すことができるという生きた見本だろう。

 「拉致問題」解決の糸口は、「拉致家族」と極右勢力の分離にあるが、この2者の例は決してそれが不可能ではないことを示している。マスメディアは勇気をもって「救う会」に対する明確な批判を行うべきである。

 米朝関係がどう転ぶにせよ、日本政府に必要なのは国交正常化交渉を通して拉致問題の解決を図るという、日朝ピョンヤン宣言当時の方針に復旧することである。幸い日朝国交正常化を目指す超党派議連も発足した。事実上「何もしない」路線と化した一国強硬路線を廃棄して、「行動対行動」の原則に立った対話路線へと舵を切ることを切に願う。
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by mahounofuefuki | 2008-06-28 14:44

現職自衛官による議会政治へのテロ

 5月8日に陸上自衛隊朝霞駐屯地の自衛隊体育学校の陸士長が、国会議事堂中央玄関前で割腹自殺を図った事件。ずっと詳細が不明だったが、今日になって警視庁公安部がこの陸士長を建造物侵入と銃刀所持の容疑で逮捕した。
 朝日新聞(2008/05/13 12:54)によれば、この陸士長は「地下鉄国会議事堂駅のコインロッカーに、『福田総理に告ぐ』と題する抗議文を記録したUSBメモリーを入れていた」という。また産経新聞(2008/05/13 13:17)によれば、その抗議文は福田首相の外交・経済政策への批判で、彼は「右翼団体幹部の名刺を所持し、遺書に『天皇陛下万歳』と書いていたことも判明した」という。

 今時、それも20歳の若者が、割腹という時代がかった方法で自己顕示を図ったことに、いささかショックを受けた。かつて社会党委員長の浅沼稲次郎を刺殺した少年が現代に蘇ったような錯覚を得たほどである。
 現在の日本社会では周知の通り、狭隘な排外主義や無鉄砲なミリタリズムや無知な歴史改竄主義の言説が溢れていて、特にインターネットがそうした暴力的言説を増幅しているが、おおむねそうした「ネット右翼」はあくまで「安全な場所」から「攻撃しても大丈夫な公認の敵」を攻撃しているにすぎず、自らの政治信条に命を賭けることはない。
 しかも「天皇万歳」というのにも驚いた。現在の右翼言説の主流は専ら韓国・朝鮮・中国人などへの侮蔑・差別で、それによって「日本人」としての優越意識を高めて自尊心を満たすことに本質があるが、それだけに天皇制に対しては割合無頓着である。むしろ皇太子夫妻へのバッシングは右翼が中心に行っているほどで、「愛国心」は問題になっても「天皇への忠誠心」はほとんど問題にならない。
 右翼団体幹部の名刺を持っていたということは、「プロ右翼」の強い影響を受けていたと推定されるが、正直なところ今の若者が簡単に「プロ右翼」に洗脳されてしまうのが信じられない。容疑者の履歴などが不明なので何とも言い難いが、「ネット右翼」とは異なる古いタイプのナショナリズムが水面下で復活している予兆なのだろうか。

 ショックを受けてばかりもいられない。というのも客観的には今回の事件は現職武官による議会政治へのテロだからである。在野の右翼ではない現職の自衛官が、福田首相への抗議と称しながら首相官邸ではなく、国会議事堂を自らの血で汚そうとした意味は重い(単純に警備の軽重の結果、国会を選んだとしても)。逮捕容疑は建造物侵入と銃刀所持だが、実態としては限りなく国会に対する威力妨害に近い。
 また昨今の自衛隊の危うい状況も浮き彫りになっている。この若者が右翼思想にかぶれたのが自衛隊入隊前なのか入隊後なのか。右翼団体に出入りしていたことを自衛隊側は知っていたのかどうか。自衛隊体育学校での教育が事件に影響したとすれば、当然教育内容が問題になる。かつて冷戦時代には、自衛隊の一部に治安出動に際して在野の右翼との連携を模索する動きがあったが(たとえば三島由紀夫の「盾の会」は自衛隊幹部による「民兵」計画と連動していた。猪瀬直樹『ペルソナ 三島由紀夫伝』文春文庫より)、今も自衛隊と右翼団体が密接な関係があるのではないかとの疑問も拭えない。

 政府や自衛隊は今回の事件をできるだけ小さな事件として扱い、一般の目に触れないようにするだろう。しかし、これは防衛省・自衛隊の相次ぐ不祥事の延長としても、社会風潮の「右傾化」のメルクマークとしても決して軽視しえない事件である。模倣犯を防ぐためにも過剰に騒ぐ必要はないが、事件の真相は究明しなければならない。
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by mahounofuefuki | 2008-05-13 20:01

オバマの「失言」は本当に「失言」か

 アメリカ民主党の大統領候補バラク・オバマ氏の「失言」が波紋を呼んでいるという。
 オバマ氏がペンシルベニア州予備選を前に「ペンシルベニアの田舎町の人々は、失業に苦しんだ結果、社会に怒りを持つようになり、(その反動で)銃や宗教に執着するようになった」と発言していたことが明らかになり(朝日新聞2008/04/14 20:03、太字強調は引用者による)、共和党やヒラリー・クリントン候補陣営が労働者を差別していると攻撃しているという。

 私は別にオバマ氏の支持者ではなく、そのポピュリストぶりを警戒しているくらいだが、くだんの発言は事実を指摘しただけで、どこが「失言」なのかさっぱりわからない。
 オバマ氏の発言は、貧しい労働者がマッチョなミリタリズムやファンダメンタリズムへ同調するのは、社会構造に起因することを示唆している。労働者が「銃や宗教」に「執着」するのは、彼らが愚かだからだとか、本質的に暴力的だからだなどと言ったのならば、あからさまな侮蔑と差別だが、彼らがそうならざるをえない要因を不安定な雇用に求めているのは、全くもって正しい。
 エリート意識丸出しどころか、冷静な社会認識で、オバマ氏を見直したくらいである。

 オバマ発言はそのまま日本社会の排外主義風潮にも当てはまる。
 経済のグローバル化で、現実に人件費の低い中国企業との競争を強いられたり、低賃金の外国人労働者との「賃下げ競争」を強いられたりしていることが、特にアジア諸国の人々への差別意識の温床になっている。また、雇用や福祉の不安定化が「強い力」に対する潜在的な被保護要求を呼び起こし、ナショナリズムへの同調要因になっている。
 そして何より、生活のさまざまな場で理不尽な扱いを受けることで痛めつけられた自尊心を、最も簡単に回復する方法が、自分より「弱い者」「劣る者」を「発見」して彼らに理不尽な攻撃を浴びせることである。ナショナリズムは「非国民」や外国人を「劣る者」とみなし、ただ「自国人」であるというだけで何も努力せずとも自尊心を高めることができる「魔法」である。「嫌韓」「嫌中」に走るのは、それくらいしか自己の生を確認する術がないからである。

 搾取と収奪はカネやモノのみならず人間性をも喪失させる。劣悪な環境にいれば思考も劣化する。逆に劣悪な雇用環境を変えることは、「銃や宗教」から人々を切り離すことにつながる。オバマ発言は、安定雇用の確立が狂信的なファンダメンタリズムを弱めるためにも急務であることを示唆している。


《追記 2008/04/17》

 本稿に対する「はてなブックマーク」で、「グローバリズムは『自国民』や愛国主義者を『劣る者』とみなし、ただ「反差別主義者」であるというだけで何も努力せずとも自尊心を高めることができる『魔法』である。ブーメラン(笑)」というツッコミ(?)があったが、全く本稿の趣旨を理解していないと言わざるをえない。

 まず、このコメントは「グローバリズム」=「反差別主義」とみなし、なおかつ「ナショナリズム」と対立関係にあると捉えているが、実際のグローバリズムは本質的に「弱肉強食」で差別があり、しかも現在のナショナリズムはグローバルな競争を勝ち抜くために国民統合を図る「手段」でもあるので、両者は必ずしも対抗関係にはない。
 さらに、仮に「グローバリズム」を「反ナショナリズム」と置き換えてもこのコメントはおかしい。反ナショナリストはナショナリストを「自国民」だからという理由で批判しているわけではない。また「日本人」は「日本人」として生まれれば何もしなくても「日本人」でいられるが、「反差別主義者」は「反差別主義者」になろうと努力しないとなれない。故にこの点では決して「ブーメラン」にはなりえないのである。

 こんなつまらないコメントについ反応して貴重な時間を無駄にしてしまった・・・(泣)。
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by mahounofuefuki | 2008-04-15 21:29

グリーンカード兵士から見える軍隊の変容~「国民軍」から「グローバル軍隊」へ

 フランス革命前夜のヴェルサイユ宮廷を舞台とする池田理代子さんの漫画『ベルサイユのばら』で、フランス王妃マリー・アントワネットの愛人として登場するハンス・アクセル・フォン・フェルゼンは「スウェーデン軽騎兵大佐」という肩書で、スウェーデンの軍事貴族だった。
 ヨーロッパの封建王権において軍隊の主力は外国人傭兵であり、それ故に市民革命は「封建体制VS近代民主主義」という対立軸と同時に「世界宗教(キリスト教)的・国際的王権VSナショナリズム」という構図を兼ねていた。『ベルばら』でもフランス人の部隊は王権から離反しバスティーユ蜂起に参加する一方、王権に最も忠実だったのは外国人傭兵だった様子が描かれている。

 この挿話は前近代から近代への軍隊の変容を示している。外国人傭兵が王権を守る封建軍隊から、自国民が国家を防衛する近代軍隊への変容である。そして近代軍隊の「理念型」は「国民皆兵」であり、兵役は「国民の権利」を保障する代償としての「国民の義務」と捉えられていた。
 もちろんあくまでも「理念」なので、実際はフランスでは「外人部隊」が現在に至るまで存在するし、イギリスは最も早く市民革命を経験したのに長らく均質な徴兵軍隊を実現できなかったように、現実とのギャップはあるのだが、近代国家の軍隊は「国民軍」であるというのが少なくとも建前上の大原則であった。
 *ちなみに日本でも普通選挙導入後に兵役と選挙権を交換関係とする考え方が出てくる。アジア・太平洋戦争末期まで植民地で徴兵を実施しなかった理由の1つに選挙権問題がある。

 近代国家を構成する最も重要な要素であった「国民軍」は現在新たな段階へ移行しつつある。特に唯一の超大国アメリカでそれは顕著である。
 アメリカは現在徴兵制を停止し、志願兵制を採っている。問題は志願兵に占める移民系住民の割合が急増していることだ。アメリカ軍にはアメリカ国籍や市民権がなくともグリーンカードと呼ばれる永住権があれば志願できる。しかも、ブッシュ政権がグリーンカード兵士の市民権取得を優遇する措置を実施した結果、市民権の欲しい移民による軍への志願が増大した。
 軍隊勤務と「国民の権利」が交換関係にあるという点で「国民軍」の基本構造は変わっていないが、その交換関係が移民と貧困層だけに課せられているという点が徴兵制時代と決定的に異なる。いわば黙っていても「アメリカ国民」になれる「一流国民」と、軍隊を志願しないと「アメリカ国民」になれない「二流国民」の厳然たる差別が存在するのである。これがヴェトナム戦争における兵役忌避を軸とした反戦運動の帰結と考えると皮肉な話である。

 横須賀で起きたタクシー運転手殺人事件で、神奈川県警に逮捕されたアメリカ海軍の兵士はナイジェリア国籍のグリーンカード兵士だった。現在海軍の兵員の3分の1近くが彼らのようなアメリカ国籍を持たない人々だと言われている。今やアメリカ軍は「国民軍」ではなく、多国籍の兵員から成る「グローバル軍隊」と言っても過言ではない。
 この「グローバル軍隊」はアメリカの支配層にとって非常に「おいしい」システムである。巨大資本は搾取と収奪によって世界的に貧困を作り出し、貧者を軍隊に送り込む。その貧者の軍隊を巨大資本の利権拡大のための戦争に動員する。兵士がいくら死のうが痛くも痒くもない。しかも貧者は「自発的」に「喜んで」軍を志願してくれる。まさに新自由主義時代の軍隊の姿である。
 逮捕されたナイジェリア人兵士が本当に事件の犯人なのか、彼が脱走した原因は何なのか現時点では何とも言えないが、少なくとも彼もまたグローバリズムの犠牲者であることは確かだ。市民権目当てで軍に入隊したはいいが、厳しい仕事と暴力的な環境に苦痛を感じていたかもしれない。

 「傭兵軍」→「国民軍」→「グローバル軍隊」と変遷してはいるが、軍隊が「公認された殺人集団」であるという1点は不変である。またそこには「戦争のプロ」と「一般民衆」、「国民」と「非国民」、「貧しい人」と「豊かな人」という差別が必ず存在する。アメリカのグリーンカード兵士問題から見えてくるのは、どのような形態であっても軍隊は非人間的な存在であるという厳然たる事実である。
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by mahounofuefuki | 2008-04-04 19:57

「日の丸」「君が代」は格好悪い

 私は実に幸運なことに幼稚園、小学校、中学校、高校、大学のいずれにおいても入学式や卒業式で「日の丸」への拝礼や「君が代」の斉唱を強要されることがなかった。
 私が中学生くらいまではまだ教職員組合に一定の力があり、「上」からの締め付けも今ほどではなかった。高校の時には地元の公立校のほとんどが「日の丸」を掲揚し、「君が代」を演奏するようになっていたが、私が通っていた学校では校長が教育委員会の圧力に抗して「日の丸」を式場に掲揚せず、「君が代」も演奏させなかった(校長はキリスト教徒だったらしい)。大学は私立で校旗や校歌の方を重んじ国旗や国歌を歯牙にもかけない校風だったし、社会人になってからも「日の丸」「君が代」と全く無縁である。
 そんな私からすると、重要な公的行事で「日の丸」が掲揚されたり、「君が代」を起立して斉唱する光景は非常に奇異に映り、まるで朝鮮のマスゲームで「金正日将軍万歳」と歌っているのと大差ないように感じる。1999年の国旗・国歌法施行後、「日の丸」「君が代」の強制はどんどん進んでいるが、一般の人々は本当に「日の丸」「君が代」に疑問を持っていないのだろうか。

 共同通信(2008/03/31 19:33)によると、東京都教育委員会は今年の公立校の卒業式で「君が代」斉唱時に起立しなかったなどの理由で、教員20人をそれぞれ停職・減給・戒告に処した。この中には5回目の処分となる南大沢学園養護学校の根津公子教諭も含まれる。根津さんは昨年に続き停職6か月という重い処分だが、懲戒免職も取り沙汰されていただけに、彼女への熱心な支援活動が都教委にプレッシャーを与えたと言えよう。
 ただ、こうした処分が毎回重なることで、生活を賭けてまで抵抗することができない人々との分断が進むのも事実で、根津さんの存在自体がいわば見せしめとして同調圧力の道具になるという一面は否定できない。多くの人々は「日の丸」「君が代」の来歴を学ぶ機会もなく、何だかよくわからないけどトラブルは面倒なのでとりあえず歌っておこう、という消極的な理由で「君が代」を歌っていると思われるが、この「何だかよくわからないけど」ということこそ「国家の奴隷」の第1歩であり、どんな理不尽な命令にも唯々諾々と従う前提となる。

 「日の丸」も「君が代」も古来存在したわけではない。日本の伝統どころか、むしろその歴史はかなり浅い。
 「日の丸」が国旗として法制化されたのは、1870年の郵船商船規則(太政官布告57号)と海軍御旗章国旗章並諸旗章(太政官布告651号)が初例で、しかも前者は寸法が縦横比7:10で旗面の丸が竿側に少し寄っていて、後者は寸法が縦横比2:3で旗面の丸が中央にあるという違いがあり、その後長らく両者が併存した。これが統一するのは何と1930年まで下り、文部次官の照会に対する内閣書記官長(現在の内閣官房長官に相当)の回答は前者の太政官布告57号を妥当とした。
 ところが、1999年の国旗・国歌法では太政官布告57号の廃止を明記し、寸法と赤丸の位置は651号の方を採用している。この事実が意味するところは、「日の丸」を明治以来一貫した国旗だと考えている向きには悪いが、「日の丸」はその基本デザインからして一定せず、非常にあやふやな代物だということである。この問題はほとんど取り上げられることはないが、特に赤丸の位置の相違はそれぞれ思想的根拠も異なり、本来簡単には決定できないはずである。

 一方、「君が代」は当初イギリス人の曲を用いていた。また1882年刊行の『小学唱歌集』の「君が代」はやはりイギリスの古い民謡が原曲で、これは1900年頃まで歌われていた。日本の国歌であるはずの「君が代」の出発点は外国人の作曲だったのである。
 現行の「君が代」は1880年に宮内省雅楽課の林広守が作曲した(とされる)ものだが、これも長い間、調性やテンポやブレスが一定していない。1891年文部省学務局長が通知した「祝祭日用歌詞及楽譜」ではハ調と定めていたが、その後も実際の歌唱では歌い手によってバラバラであった。「君が代」のスコアが最終的に確定するのは、これまた1936年まで下り、『文部省撰定 祝祭日儀式用唱歌』でようやく現行の楽譜になった。

 以上のように「日の丸」も「君が代」も本格的に国旗・国歌として確立するのは15年戦争期になってからで、日本の伝統でも何でもないのである。また歴史が浅いだけに両者とも侵略戦争と密接な関係にある。国際的には依然として「日の丸」はドイツ・ナチスの「鉤十字旗」と同類の専制イメージを持つ人も少なくない。
 実際、「日の丸」の赤丸は日本や天皇を象徴し、日本や天皇が世界の中心であるという思想を表しているとされる。「君が代」の歌詞はどう読んでも「天皇の支配の永続」を願っていると解釈するほかない。戦争と専制に彩られた「日の丸」「君が代」が民主国家のシンボルとして相応しいだろうか。

 「日の丸」「君が代」については戦後長らく、国旗・国歌を利用した民衆の奴隷化を目論むパワーエリートや頭の悪い右翼を除いて、「正直ダサい」というイメージが潜在していた。「日の丸」の白地に赤丸という単純なデザインはともかく、「君が代」のあの沈鬱なメロディはあまり受け入れられているとは言えなかった。
 ところが、今や「ダサい」と言うのも憚れる世の中になってしまった。権力による強制で若い世代ほど「日の丸」「君が代」に疑問を持たなくなっている。プロ野球やプロサッカーの試合の度に「君が代」は演奏されるが、最近はすっかり起立して斉唱しなければならない雰囲気が醸成されてしまっている。私は今でも「『君が代』なんてカッコ悪い歌なんか歌えねーよ」と放言しているが、顔をしかめられることが多くなった。

 「日の丸」「君が代」の強制は、中華人民共和国がチベットなどで五星紅旗を押し付けているのと全く同じだということに気づかなければならない。私は日本が多種多様な文化の共存する国であって欲しいからこそ、「日の丸」「君が代」を踏み絵のように使うことに抵抗する。

*本稿執筆にあたり、籠谷次郎「日の丸・君が代」(原武史、吉田裕編『岩波 天皇・皇室辞典』岩波書店、2005年)を参照した。ただし、文責が当ブログ管理人にあることは言うまでもない。

【関連リンク】
国旗及び国歌に関する法律-法令データ提供システム
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by mahounofuefuki | 2008-03-31 22:53

新学習指導要領「修正」の怪

 文部科学省が新しい学習指導要領(幼稚園、小学校、中学校)を告示した。今回は教育基本法改悪後初の改訂という点で注目されたが、先月発表された改訂案が告示直前に「修正」されるという前代未聞の事態となった。

 何と言っても問題なのは、総則の教育課程編成の一般方針に「伝統と文化を尊重し,それらをはぐくんできた我が国と郷土を愛し」との文言が追加されたことである。総則に記載されたということは「国と郷土を愛する」ことを全教科で目標としなければならないことを意味する。
 そもそも道徳教育を全教科に渡って行うこと自体が「知識」「理解」を軽視し、科学的認識の獲得の妨げになっているのに、それに輪をかけて「愛国心」を強制することは、無理やり好きでも何でもない異性を愛せと言うようなもので、断然許容できない。

 もう1つ問題なのは、音楽科の指導計画の作成と内容の取扱いに「君が代」を「いずれの学年においても歌えるよう指導すること」と、単に「指導すること」としていた従来よりも指導性を強化したことである。「君が代」が歌えるかどうかが評価対象となる法的根拠を付与したことになる。
 本来、どんな歌も歌うか歌わないかは当人の自由である。それは「国歌」も例外ではない。その上、「万世一系」という虚構を前提とした天皇制の永続を願う「君が代」が、主権在民の国家の国歌として相応しいとは言い難い。「天皇の奴隷」になることを強要する歌を強制するのは反民主的である。

 中央教育審議会(中教審)の審議もなく、文部科学大臣の職権で事前に公表した改訂案を「修正」したことについて、各報道は自民党国家主義派の政治的介入を示唆している。
 「改訂案に対しては、自民党内から『改訂案が教育基本法の改正を反映していない』と早くから不満が上がっていた」(朝日新聞2008/03/28 06:15)、「与党部会とのやり取りなども加味して修正」(毎日新聞2008/03/28朝刊)、「愛国心を強調することで、そうした批判に配慮した」(「自民党中堅」の話、読売新聞2008/03/28 05:05)といった記述から、自民党の文教族をはじめとする議員たちの不当な圧力があったことを読み取れる。

 渡海紀三郎文部科学大臣は、学習指導要領告示にあたっての談話の中で「去る2月15日に案を公表し、30日間、広く国民の皆様からご意見をいただいた。それらを踏まえ必要な修正を行い、本日公示に至った」と、「国民の皆様からのご意見」を「修正」の理由に挙げているが、改訂案公表後に公募したパブリックコメントの全容は正確には不明である。
 国家主義教育団体「日本教育再生機構」がパブコメ用のテンプレートを作成し、右翼色の濃いコメントを送るよう呼びかけていたが、他方でweb上では民主的な方向への改訂を要求するコメントを呼びかける動きもあった。「国民の皆様のご意見」が多種多様であったことは間違いなく、その中から特定の組織の意見だけを取り上げるのは著しく公平性を欠くと言わざるを得ない。

 学習指導要領は戦後初期においては教育内容の「試案」という位置づけで、学校が教育内容を決定するにあたっての参考資料にすぎなかったが、現在は「告示」という法令であり法的拘束力を持つ。教育基本法が改悪されてしまった以上、これに抗する法的根拠は日本国憲法しかないのが現状で、学校教育の劣化を防ぐのは非常に困難である。改悪後、教基法は政治課題となっていないが、1947年教育基本法への復旧を目指す機運を少しでも高める必要があるだろう。

【関連リンク】
新しい学習指導要領-文部科学省
教育基本法-法令データ提供システム
教育基本法(廃)-法庫
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by mahounofuefuki | 2008-03-28 20:55

ナショナリストが在日米軍に期待するもの

 日米安全保障条約をサンフランシスコ講和条約と抱き合わせで締結した当時、日本の政治家や官僚や資本家たちは、本心ではアメリカ軍が日本領土内に一方的に駐留を続けることを屈辱と感じ、日米安保体制をあくまでも将来の大日本帝国復活のための「臥薪嘗胆」と考えていたはずだ。
 なにしろ日本では敗戦を挟んで指導者が交代したわけではなく、「大東亜共栄圏」を唱え、「鬼畜米英」と呼号した連中が戦後すぐに国家中枢に復帰した。自己と国家を同一化し、自己肥大幻想を国家の膨張主義に「昇華」させる彼らが、在日米軍という「異物」を自らの体内に抱えることは矛盾以外のなにものでもない。

 そんな彼らがどうやって日米安保体制を自分自身に納得させたかというと、「共産主義」の「脅威」から日本を「守る」ためにはアメリカの力が必要だという論理を受け入れることであった。
 ソ連が消滅し、中国が今や新自由主義顔負けの競争社会になってしまった現在では想像しにくいが、1960年ごろまで「共産革命」は現実に「明日にもありうる」事態であり、明治・大正生まれの人々にはロシア革命の記憶はいまだ鮮明だっただけに、そうした論理は受容されやすかった。実際は講和交渉の過程を見れば、無期限・無制限に日本列島のどこにでも軍事基地を設置できる特権を離したくないアメリカに強引に押し切られたというのが真相だが、条文上ではあくまでも日本側が米軍の駐留を「希望」したという体裁で隠された。

 西園寺公望や牧野伸顕ら戦前の親英米路線を引き継ぐ吉田茂とその一党のように、日米安保体制を国際安全保障体制の延長ないしは代替のシステムとして理解した人々も多かったが(そして今もそれが主流)、一方で在日米軍を撤退させて完全な「自主防衛」の実現を目標とする人々も少なくなかったはずだ。
 たとえば日本がアメリカのために再軍備を進め、集団的自衛権を行使する代わりに、在日米軍に撤退してもらうという構想は、鳩山一郎内閣の外務大臣だった重光葵が1955年にアメリカ側へ提起したことがある。この時、ほかでもない昭和天皇が在日米軍の撤退に反対した。重光の日記に記された「日米協力反共の必要、駐屯軍の撤退は不可なり」という昭和天皇の言葉を読んだ時、背筋が凍った記憶がある(象徴天皇制のもとでも戦前同様国政への介入を続けていたことにも驚かされた)。昭和天皇は確かに「革命」を恐れていたのだ。彼は日本の「国民」を微塵も信用していなかった。だから在日米軍に「国体」を守ってもらおうとしていたのだ。重光と昭和天皇、どちらの路線が生き残ったかは言うまでもない。

 その後、1960年の安保改定(この時はじめてアメリカの日本防衛義務が盛り込まれた。それまでは名実ともにアメリカは「義務なき特権」をもっていた)を経て、日本外交は「とりあえずアメリカに従っておけば間違いはない」という思考停止が常態化した。1950年代には集団的自衛権を行使する代わりに在日米軍を撤退させるという思考がパワーエリートにあったが、21世紀の今日では何の国家的な「見返り」もなく集団的自衛権の行使を推し進め、自衛隊とアメリカ軍の一体化を平然と容認する。
 それはこの50年ほどの間に米軍が日本駐留を続けることでの受益層が形成されたことを意味するが(昨年発覚した防衛省汚職でその一端は明らかになった)、「愛国」を自任する右翼ナショナリストの主流はなぜかそんな層を「売国奴」と攻撃しない。右翼ナショナリストは逆に日本社会では今やマイノリティである左翼を攻撃し、かつてのソ連の「爪の垢」ほどの力しかもたない「北朝鮮」に怯え、米軍基地に反対する動きを誹謗中傷する。アメリカに対峙する勇気のないとんだチキンぶりだ。米軍基地の存在を許容している者のどこが「愛国者」なのだ?

 今回の沖縄での忌まわしい事件に対する右翼メディアやその追随者たちの反応を見ると、ある意味で日本の近代ナショナリズムは終焉したのだという感慨をもたざるをえない。事件に心から怒っているのは、どう見てもナショナリストとは呼べない人々ばかりだ。元来ナショナリズムは「異人」に「邦人」が傷つけられた時にこそ噴出するノルマントン号事件以来それは一貫していた。まかり間違っても「暴行事件は基地反対派のハニートラップ」などという被害妄想的な発想は出て来なかった。
 沖縄という不当にも「内国植民地」として扱われた地域の事件だから、というわけではあるまい。「本土」で同様の事件があっても同じ反応だろう。自称「愛国者」たちは昭和天皇と同様、自国の民衆を「同胞」とは考えず、自らの妄想で過大評価している「狡猾な左翼」という仮想敵からアメリカ軍に守ってもらうことを期待しているのだ。そうでなければ、航空自衛隊の航空総隊司令部が横田の米軍基地に移転するという前代未聞の主権放棄行動をも支持するのは説明がつかない。

 人類に「異人」と「邦人」という線引きをするのがナショナリズムならば、現在のナショナリストにとってアメリカ軍人こそが「邦人」で、もはや日本の一般庶民は「異人」でしかないのだろう。一見矛盾するグローバリズムとナショナリズムの親和性を解くカギはこの点にあるのかもしれない。
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by mahounofuefuki | 2008-02-17 11:13