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生活保護切り下げは厚生労働省の「自作自演」の貧困拡大策

厚生労働省社会・援護局の研究会「生活扶助基準に関する検討会」が、今日(11月30日)生活保護基準引き下げを求める報告書をまとめた。

この「生活扶助基準に関する検討会」は5人の大学教授から成る研究会だが、先月19日以降5回にわたる会合を開き、生活保護基準の見直しを検討していた。学識経験者による「専門的な分析・検討」(第1回会合の資料より)を謳ってはいるが、他の諸官庁の諮問機関と同様、官僚の方針に「お墨付き」を与えるだけの形骸化した研究会である。来年度予算編成に間に合わせるために、わずか1か月強の検討で結論を出したのも、厚労官僚のシナリオ通りであろう。

すでにこの「検討会」設置前から厚労省の生活保護基準引き下げ方針は一部で報道されており、特に北海道新聞が何度かこの「検討会」の議論を伝えていたが、世論の喚起には至らず、今日の報告書決定に至った。

報告書はまだ厚労省のホームページに出ていないようだが、朝日新聞がその内容を今日の会合前にすでに伝えている(「検討会」の前にとっくに報告書ができていた証拠)。
以下、朝日新聞(2007/11/30 08:23)より。
(前略) 報告書案は、生活保護の支給額が高すぎると国民の公平感が損なわれるとの観点から、生活保護費の中の生活扶助について、全国消費実態調査(04年)をもとに検討。全世帯で収入が下から1割にあたる低所得世帯の生活費との比較が妥当だと明記した。
 その結果、夫婦と子の3人世帯の場合、低所得世帯の生活費が月14万8781円に対し、生活保護世帯の生活扶助費は平均15万408円と、約1600円高かった。60歳以上の単身世帯は、低所得者6万2831円に対し、生活扶助費は8000円以上高い7万1209円だった、とした。
 また、地域の物価水準の違いなどから、都市部の基準額を地方よりも最大22.5%高くしている現行制度について「地域間の消費水準の差は縮小している」と指摘した。
 このほか、基準額の決め方を、夫婦と子の3人世帯を標準とする現行方式に対して、単身を標準とする方式を提言している。
要するに、生活保護給付が生活保護を受給していない人の所得よりも多いので、「不公平感」に配慮して生活保護基準を引き下げるというのである。

しかし、引き下げの本当の要因が別のところにあることを、毎日新聞の吉田啓志記者が署名記事で伝えている。
以下、毎日新聞(2007/11/30 18:18)より。
(前略) 生活保護費のうち食費など生活扶助の見直しは、受給世帯の月収を、収入の下位から1割にあたる非受給世帯の月収水準にそろえるのが基本。夫婦と子供の3人世帯を標準とし、標準世帯で比較することを軸にしている。ところが報告書は、単身者を標準とするよう提言した。「受給者の7割が単身者だから」がその理由だ。
 しかし、受給世帯と非受給世帯の収入を比べると、3人世帯では受給世帯(15万408円)が1627円多いだけだが、単身者(60歳以上)だと受給者(7万1029円)が非受給者を8378円上回る。単身者は食材などの大量購入による節約が難しく、生活必需品の価格を積み上げて決める扶助基準が高く設定されがちだ。報告書が単身者を標準としたのは、扶助基準の引き下げ幅をより大きくすることも可能とするための布石だ。
 厚労省がこの時期、生活保護費の削減を可能としたのは、08年度も社会保障費を2200億円圧縮しなければならないのに、削減項目が詰まっていないことがある。
 1000億円程度を見込む政府管掌健康保険の国庫負担削減案が難航しており、予備に別の財源を用意する必要が生じている。政管健保の削減幅が縮小すれば、それとは関係ない生活保護費の削減幅が大きくなる構図で、国民の最低限度の生活を保障する制度が、予算編成のつじつま合わせに使われようとしている。
「不公平」云々という話は表向きで、実態は政府による社会保障費削減のあおりで、生活保護が犠牲に供せられたのである。

現在、生活保護給付と生活保護を受けていない人の所得が逆転しているのは事実である。
地域別の法定最低賃金は生活保護給付額を下回っており、しかも最低賃金はまったく守られていない。
そのため先日成立した改正最低賃金法は、最低賃金と生活保護の「整合性」を盛り込んだ。これで最低賃金を生活保護に合わせて引き上げることが可能になったが、逆に生活保護を最低賃金に合わせて引き下げることも可能になった。
厚労省は改正法の成立を見込んで、後者の生活保護の引き下げを準備していたのである。

しかし、生活保護の非受給者の収入の方が低いから生活保護を引き下げるというのは、矛盾した話である。
非受給者の収入と生活保護給付の「逆転現象」は、「生活保護が高すぎる」から起きるのではない。生活保護基準以下の生活を送っているのに、生活保護を受けられない人々が大勢いるから「逆転」するのである

近年の厚労省は生活保護を違法に運用して、セーフティネットとしての機能を弱らせている。
違法行為の第1は、生活保護の申請者を窓口で追い返す「水際作戦」である。申請者に申請書を渡さないのは職務放棄のはずだが、各地の自治体で横行している。
第2は、「就労指導」に名を借りた受給者への嫌がらせや脅迫である。無理やり生活保護を「辞退」させる非人道的な行為を厚労省が奨励しているのである(尾藤廣喜「北九州市から『生活保護』の現場を考える 『棄民』の構造をどう転換するか」『世界』2007年11月号を参照)。

つまり、厚労省は違法な切り捨てによって、生活保護を受けられない貧困者を増やしておいて(人為的に「生活保護の方が高い」状況を作り出して)、その上で生活保護基準の切り下げを行おうとしているのである。
これは厚労省による自作自演の貧困拡大策と言わざるをえない。

ちなみに舛添要一厚生労働大臣は、今日の閣議後の記者会見で、「非常にきめの細かい激変緩和措置をやって、若干下がるにしても明日から立ちいかなくなることは絶対に避けたい」と述べたという(朝日新聞 2007/11/30 11:48)。
語るに落ちるとはまさにこのことであろう。生活保護の切り下げが「激変」であることを大臣自ら認めたのである。
「激変緩和措置」などではなく、「激変」をやめる措置が必要であることは言うまでもない。

生活保護は貧困層だけの問題ではない。
誰もが何らかの理由で、失業→雇用保険給付→再就職難航→雇用保険打ち切り→生活保護、という道を歩む可能性をもっている。現在、貧困とは無縁の恵まれた人々も、「明日は我が身」の精神で生活保護問題をとらえなければならない。
(経済的に安定した職に就けなかった私には死活問題である。)


【関連記事】
新たな「棄民政策」
「ネットカフェ難民」排除の動き
民間給与実態統計調査
最低賃金法改正案・労働契約法案における民主党の妥協
最低賃金と生活保護-北海道新聞の記事より

【関連リンク】
厚生労働省:生活扶助基準に関する検討会第1回資料
厚生労働省:生活扶助基準に関する検討会第2回資料
厚生労働省:生活扶助基準に関する検討会第3回資料
厚生労働省:生活扶助基準に関する検討会第4回資料
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by mahounofuefuki | 2007-11-30 20:34

東国原知事の発言と徴兵制への誤解

宮崎県の東国原英夫知事が地元の建設業者との懇談会で、徴兵制を支持する発言を行った。
朝日新聞(2007/11/28 20:53)より発言部分を抜き取ると・・・
徴兵制があってしかるべきだ。若者は1年か2年くらい自衛隊などに入らなくてはいけないと思っている
若者が訓練や規則正しいルールにのっとった生活を送る時期があった方がいい
道徳や倫理観などの欠損が生じ、社会のモラルハザードなどにつながっている気がする
軍隊とは言わないが、ある時期、規律を重んじる機関で教育することは重要だと思っている

東国原氏の過去の履歴を考えると、彼が「道徳や倫理観」などと言っても全然説得力がないと思うのだが・・・(苦笑)。
ただこの国では相変わらず「問題のある若者」はスパルタ的にしごけば済むという非合理的な発想がなかなか消えないのは残念である。
この東国原発言については、花・髪切と思考の浮遊空間が私の言いたいことをほとんど書いてくださっているので、そちらを参照されたい。
花・髪切と思考の浮遊空間 東国原知事の「徴兵制論」

・・・とよそのブログへの丸投げだけでは何なので、この機会に徴兵制への一般の誤解について書いておきたい。

東国原氏も誤解しているようだが、徴兵制=義務兵役制は「国民皆兵」を謳っているが、少なくとも戦前の日本では、実際には全国民が軍隊経験をもったわけではない。
徴兵検査の受検は全男子に義務付けられていたが、検査の成績から合格者は甲種、乙種、丙種に分けられ、日中戦争全面化以前は、実際に現役兵として徴集され入営するのは甲種と乙種の中からくじ引きで選ばれた者だけだった。

徴兵相当人員のうち実際に入営した人員の割合(現役徴集率)は、日露戦争後の1911年で20.0%、軍縮期の1929年で15.4%、中国侵略開始後の1936年で18.2%と、終始10数%~20%で推移した(吉田裕 『日本の軍隊』 岩波書店、2002年、p.19より)。
要するに徴兵制といっても、根こそぎ動員の総力戦となるアジア・太平洋戦争後期を除けば、常に軍隊に入らなかった若者の方が徴兵された若者よりずっと多いのである。
現役徴集率が90%近くに達した(同前 p.198)敗戦前後の記憶があまりにも鮮烈だったため、あたかも全員が軍隊にとられたような錯覚をもちがちだが、現実にはすべての若者を軍隊に入れたことなど過去の日本には1度もないのである。

現代の日本で実際に徴兵制など導入したら、深刻な労働力不足と財政的コスト増大に見舞われるだろう。アメリカ軍にならって少数精鋭を指向しつつある自衛隊の方も願い下げだろう。
東国原氏の考えはあまりにも非現実的である。
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by mahounofuefuki | 2007-11-29 12:55

最低賃金法改正案・労働契約法案成立へ~民主党に贈る書

参議院厚生労働委員会は昨日(11月27日)、最低賃金法改正案労働契約法案を与党と民主党などの賛成多数で可決した。
両案は衆議院で与党と民主党が協議した修正案であり、参議院では参考人質疑こそ行ったものの十分な審議時間を得られぬまま議決となった。

昨日の労働契約法案の審議では、共産党の小池晃議員が、就業規則による労働条件変更の要件である「労働組合との協議」に「少数組合など」も含むとの答弁を厚労大臣から引き出したり(しんぶん赤旗 2007/11/28)、社民党の福島瑞穂議員が、就業規則の労働条件変更の権利は請求権であるとの答弁を労働基準局長から引き出すなどの成果もあったが(社会法の広場:就業規則による変更権は請求権!?を参照)、出来レースとなってしまった国会審議の大勢に影響はなく、マスメディアの多くも黙殺している。

一方、最低賃金法改正案の方では、共産党が全国最低賃金の創設(現行は地域別最低賃金のみ)や生計費による最低賃金算定などを盛り込んだ修正案を提出したが、共産・社民両党以外は反対し否決された。この共産党案の大半はもともと民主党が提出した対案の内容と共通するものだが、民主党は一顧だにせず、「裏切り」が改めて浮き彫りとなった。

貧困と格差、そして労働環境という現在の日本の「下流」がかかえる最も切実な課題において、民主党が「下流」の側に立たなかったことは非常に重要である。
メディアはイラク特措法廃止案の可決のニュースは大々的に報じているが、生活に密接な法案はほとんど報じない。そのために何も知らず民主党の「生活第一」という口先だけのスローガンを信じている人々は多いが、民主党のこのていたらくにもかかわらず「政権交代」に過剰な希望を付与するのは、「政権交代」があくまでも政策実現の「手段」であることを忘却していることを如実に示している。
信者が「自民党よりマシ」と勝手に思い込んでいても、「自民党と同じ」なのが実態なのである。

ついでに言えば、新テロ特措法も今月中に参院で審議入りしたことで、時間的にはますます衆院再議決による成立の公算が強くなった。民主党はまたしても防衛利権問題で利権構造の深部に切り込むことなく、守屋武昌の証言に依存した額賀財務大臣攻撃も与党側に容易に切り返されている始末である。
検察当局が一連の疑惑を守屋逮捕で幕引きする可能性は高く、そんな時こそ国会がしっかりと追及しなければならないのだが、野党第1党としての責務を果たしているとは言い難い。
自党の議員も関係しているからといって手を緩めては、それこそ「自民党と同じ」で自浄能力がないことになる。

権力と闘うには強い意思と権力側の狡猾さを凌駕する知恵がなくてはならないのだが、現在の民主党にはそれがない。
「現状維持」を望む中間層に「自民党と同じ」であるという「安心感」を与えるつもりだとしても、それでは本末転倒である。野党時代に「自民党と同じ」政党がいざ政権について「自民党と違う」政党になることなどありえない。「自民党よりひどい」可能性はあるが。

民主党には今一度、政局ゲームではなく、政治から疎外された人々の声を真摯に聞く原点に帰ってほしい。
「政権交代」至上主義者の人々も「不都合な真実」から目をそらさないでほしい。

【関連記事】
最低賃金法改正案・労働契約法案における民主党の妥協
労働契約法に関するリンク
最低賃金と生活保護-北海道新聞の記事より
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by mahounofuefuki | 2007-11-28 12:15

光市母子殺害事件の被告弁護団に対する懲戒請求却下

まだ詳細は不明なのだが、東京弁護士会が、光市母子殺害事件の被告弁護団の弁護士に対する懲戒請求を認めない決定をしたようだ(NHKニュース 2007/11/27 06:14)。

周知のとおり、タレントで弁護士の橋下徹氏が、テレビ番組で同弁護団に対する懲戒請求を扇動したせいで、一般の人々による約4000件もの請求が各地の弁護士会に集まっていた。
今回初めて東京弁護士会が懲戒請求の正当性を認めなかったことで、他の弁護士会の審議や、光市事件弁護団の弁護士らが橋下氏を訴えている訴訟にも影響するだろう。

《追記》

毎日新聞(2007/11/27 12:16)によると、東京弁護士会は「社会全体から指弾されている被告であっても、被告の弁明を受け止めて法的主張をするのは正当な弁護活動。仮に関係者の感情が傷つけられても正当性は変わらない」という理由で懲戒請求を退けたという。

まさに私が弁護団を擁護する理由はそこで、本当にまっとうな議決である。
弁護人が「世間」とは異なる考えで弁護を行ったからという理由で懲戒されるようになったら、もはや司法は独立を保てない。ましてやほとんどの人々が懲戒要件の何たるかも知らず、テレビの言うがままに請求を行ったのだから、却下は当然である。
事が大きくなり、今になって怖くなって請求を取り下げようとしている人々も多いようだが、請求者には自分がどれだけとんでもないことを仕出かしたかきちんと反省してほしい。
私たちはいつでも刑事・民事を問わず「弁護される側」になる可能性があることを理解してほしい。

ところで私はNHKの報道をもとに、一連の懲戒請求の議決が「今回初めて」と書いたが、毎日新聞電子版には、請求が「東京や広島など各地の弁護士会で計約7500件に達しているが、これまでに弁護士会が結論を出した十数件はいずれも「懲戒しない」と議決している」と書いており、毎日の方が正確なようである。

【関連記事】
マスメディアの偏向報道
橋下発言はツッコミどころ満載
無題
大衆の「狂気」

【関連リンク】
光市事件懲戒請求扇動問題 弁護団広報ページ
東京弁護士会
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by mahounofuefuki | 2007-11-27 13:19

日本航空の「監視ファイル」問題

日本航空の客室乗務員の個人情報をJAL労働組合(JALFIO)が無断で収集していた問題で、日本航空キャビンクルーユニオンの組合員らが会社側とJALFIOに対し損害賠償訴訟を起こした。

私は航空業界についてよく知らないのだが、各報道や両労組のホームページから判断すればおおよそ問題は次のように展開したようである。

日航最大の労組で「労使協調」路線を採るJALFIOが、密かにキャビンクルーユニオンに加入する乗務員などの個人情報(病歴や性格や容姿や思想傾向など)を収集して「監視ファイル」を作成し、会社の人事部や労務部などと情報を共有して、脱退工作や昇格差別に利用していた。
ところが、そのリストが何者かに外部へ持ち出され、『週刊朝日』に報道されたことから、「監視ファイル」の存在が明るみになった。
JALFIOは情報漏洩による個人情報保護法違反だけは認め、会社側は関与を否定し、25名の社員(氏名は非公表)を処分して問題の幕引きを図った。
それに対してキャビンクルーユニオン側は、情報収集活動が人格権や団結権の侵害にあたるとして提訴に踏み切った。
なお漏洩したリストはいまだ回収できていない。

このニュースを知って感じたのは、労働組合の存在意義とは何なのだろう?ということだ。
私たちの世代は総じて労組への強い不信を抱いているが、それは労組が労働者の本当の利益に役立っていないことに起因している。巨大な労組ほど経営側と「協調」して、人員整理に協力したり、正社員の既得権益を守るために、非正社員の待遇劣化に同調したり、能力主義・成果主義を受け入れて競争を煽っている。
古くは過剰な政治主義(労働問題に特化せず、イデオロギーを重視する)で組合離れを引き起こし、今度は弱体化すると経営者の提灯持ちになる、というのでは労組の存在価値はまったくない。

かつて華やかに見えた客室乗務員も、不安定な有期雇用が恒常化し、早期退職圧力や非人道的な「日勤教育」が横行していると聞く。
普通に考えれば、わざわざ会社側に敵対して目立つよりも、「空気」に乗っかって御用組合に入って、適当に我慢しながら上司の覚えをめでたくした方が安楽に暮らせる。それにもかかわらず、会社に戦いを挑まざるをえないのは、それだけ待遇が悪化して追い込まれているからである。

現代の大衆は「お上」に刃向かうことを過剰に忌避し、権力に迎合して生きるのが世渡り上手だと考えがちだが、そんなことを言っていられないほど、追い込まれている人々がいることを忘れてはならない。
長いものに巻かれる生き方を続ければ続けるほど、同調圧力が強まり、結局は我慢できないほどひどい待遇になってしまうものだ。どこかで勇気を出さなければ、自分の首を絞め続けることになる。

今回のような社員監視活動は一定の規模以上の企業ならどこでもやっているはずだ。
今回の訴訟が企業の違法な労務管理に歯止めをかけるきっかけになれば幸いである。

【関連リンク】
JAL労働組合/JALFIO
日本航空キャビンクルーユニオン
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by mahounofuefuki | 2007-11-26 22:17

私も教員免許を取り上げられる

安倍政権が行った数々の悪政のなかで、何が最悪だったかと問われたら、私は「教育再生」と答える。
徹底した競争原理の導入と、教員に対する管理・統制の強化を柱とした改悪は、日本の教育を50年は再起不能にするものであり、その社会的ダメージは計り知れない。
その「教育再生」の目玉のひとつが教員免許更新制である。

医師も弁護士も更新制などないのに、なぜ教員だけに更新制など導入されたのか。
その原因は情報操作を通して、少数の不心得な教員をクローズアップし、あたかも教員全体に問題があるように偽装し、近年の「学力低下」や「いじめ」の責任を教員へ転嫁したからである。ここに郵政や社会保険庁の時と同じ公務員への嫉妬も働いて、教員バッシングが起こった。
その結果、「ダメ教師」排除のためには更新制が必要だという論理が公認されてしまった。

しかし、この机上の思いつきは現場を混乱させている。
以下、河北新報(2007/11/24 09:00)より。
 2009年度に導入される教員免許更新制が、関係者にさまざまな影響を与え始めている。現職教員は10年ごとに長時間の講習を受けなくてはならず、仕事の合間に受講できるかどうか懸念を募らせる。一般の免許保持者も、教職に就いていなければ免許が失効することになり、戸惑いが広がっている。

 仙台市内の小学校に勤める女性教諭(47)は「学校現場の忙しさは増すばかり。講習は義務だと言われても、時間がどこにあるのか、と思ってしまう」と率直に話す。

 改正教員免許法が定めた免許の有効期間は10年。幼稚園から高校までの現職教員に更新の際、大学などが開設する講習を30時間以上受けるよう義務付けた。

 授業のある日の夜間や週末に受講することも可能だが、小中学校の場合、授業や学校行事の準備、部活動指導などに追われ、余裕がないのが実情。

 このため夏季休業での受講が想定されるが、プール指導や県内外での研修会への参加などが重なり、時間は思うように確保できないという。

 女性教諭は「指導力不足など、一部の教師に注目が集まるあまり、全体の資質が疑われている」と残念がる。
(中略)
 一方、免許は取得したが教員の道に進まなかった人は更新講習の対象外。文科省は「取得から10年を経過した場合、免許状は効力停止となる」と説明する。

 中学校国語の免許を持ち、仙台市内の児童館に勤める女性(53)は「一方的な失効は納得できない」と話す。仕事に教員免許は必要ないが、「自分の信用にもつながる。希望者には更新講習の機会を与えるべきだ」と話す。

 高校社会の免許を持つ青葉区の会社員男性(40)も「せっかく教職課程を履修して取得した免許。なぜ、はく奪されなければいけないのか」と憤る。

 県教委は「免許が失効した人が教員を目指す場合は、更新講習を受けることで免許は復活する」と理解を求めている。

 宮教組の佐々木永一委員長は「更新しなければ免許を取り上げる、と国が脅すようでは、教師への信頼がますます失われる」と批判している。
ただでさえ人員不足と教育行政に押しつけられたくだらない事務のせいで過労を強いられているのに(しかも教員には残業手当がない)、さらに余計な講習をさせられるのである。講習を受け入れる大学や、大学が近くにない地域の教員の長期出張の負担を考えると、まったく税金の無駄遣いでしかない。

引用記事中でも指摘しているように、教員免許取得者でも教員ではない者は免許が失効してしまうというのも問題だ。
実は私も教員免許をもっているが、教員ではないので、このままだと後数年で免許を取り上げられる。何の落ち度もないのに、ただ現職の教員でないというだけで、教員免許を失うのはまったく納得できない。

自動車を運転しなくても、自動車免許は失効するようなことはない。弁護士を開業しなくても、弁護士資格を失うことはない。教員でないから教員免許を取り上げるというのはまったく不合理である。

改めて教員免許更新制の廃止を訴えたい。

【関連リンク】
教員免許更新制による更新講習について-文部科学省
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by mahounofuefuki | 2007-11-25 17:00

「改革」よりも「新法」よりも「悪法廃止」が先だ

数日前に元外務官僚の天木直人氏が、ブログで「廃止すべき法律は山ほどある」というエントリーを挙げておられた。
廃止すべき法律は山ほどある-[公式]天木直人のブログ
天木氏は、ほとんどの法律が「ろくな審議もされず、そしてマスコミに報道される事もなく、つぎつぎと成立する」現状を批判し、与党の議員は選挙活動ばかりで勉強せず、ただ官僚の作った法案に自動的に賛成するだけであること、野党の議員は多すぎる法案に対応できず、悪法でも知らずに通してしまうことを嘆いていた。

氏は改正建築基準法を例示していたが、改正派遣労働法や改正独占禁止法や国旗国歌法なども、事の重大性に気付かぬまま国会で十分な審議が行われずに成立してしまった法律だろう。現在、参議院で審議中の労働契約法案もまさに「ろくな審議もされず」に衆議院を通過し、成立の阻止は非常に厳しい情勢である。

マスメディアはすべての法案を報道することなどできないし、そんなことを誰も望んではいまい。主権者たる私たちも国会ごとに全部の法案をチェックするのは、よほどのヒマ人でもない限り無理である。
新テロ特措法案のように条文も少なく、問題がわかりやすいと報道も世論も注目するが、一見何も問題がないないように読める法案はスルーしがちである。
官僚は重大な事を何でもないように記述する技術に長けているため、地味で目立たない法律の中にとんでもない「悪法」が潜んでいることも珍しくない。

この国では、一度決まってしまうと、それを所与の条件として受け入れてしまい、戻すことをあきらめてしまいがちである。
与党も野党も次々と新しい「改革」を打ち出すが、現在存在する「悪法」の廃止を訴えることをしない。
先の参院選で、私は共産党や社民党が教育基本法の「復旧」を前面に出して訴えると思っていたのだが、党のビラやパンフレットにはほとんど触れられていなかった。
国民新党は郵政民営化の中止を訴え、今国会では郵政民営化凍結法案を民主・社民両党とともに参院に提出したが、民主党が参院の議事運営を握っているのもかかわらず、未だ議事に付託されていない。つまり民主党は本気で郵政民営化の凍結を考えていないのである。
その民主党は、「法案の嵐」と称して、新法案を次々と繰りだしているが、現行法の全面的な廃止案は「イラク特措法廃止案」くらいである。

しかし、現在の日本では新しく何かやるよりも、まず「今そこにある悪法」を廃止することの方が先ではないか。
特に小泉・安倍政権が強行した法律、前記の改悪教育基本法や国民投票法や個人情報保護法や金持ち優遇税制に関する税法や規制緩和された労働法制などなど、「元に戻す」べき法律が山ほどある。
「改革」よりも「新法」よりも「悪法廃止」による「復旧」こそが必要なのではないか。

「復旧」というと保守主義的であるが、この数年に自公政権が強行した「改悪」をとりあえず中止しない限り、新たな「改革」など無意味である。
多くの人々は最近10年間で所得を減らし、資産を減らし、社会保障を削られ、労働時間は長くなり、過酷な競争を強いられ、身も心もボロボロにされている。「昔の方がよかった」と思っている。
「構造改革」のせいで生活が悪くなる一方なのだから、それを「復旧」することは決して後退ではない

野党は次期総選挙で「真の改革」などと言わず、「今ある悪法の撤廃」を前面に押し出すべきではないか。
そうすることが「一度決まったことは覆らない」という大衆意識を変える契機となり、「一度決まってもあきらめない」主権者を形成する前提となるように私は思う。
保守派を切り崩す方法論としても好都合だろう。
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by mahounofuefuki | 2007-11-24 14:30

独立行政法人=「悪」ではない!

この国では長らく官僚制の支配が続いているためか、「官」を憎むあまり「民」を過剰に高く評価する傾向がある。
中曽根政権による国鉄民営化や小泉政権による郵政民営化は、そんな大衆の「官」への不信と「民営化」信仰を背景に強行された。最近も社会保険庁がやり玉に挙がり、「ねんきん事業機構」に衣替えさせられることになった(これもいつ民営化の話が出てもおかしくない)。
「行政のムダをなくす」=「民営化」という公式は依然としてこの国の世論を支配している。

現在「行政のムダ」としてやり玉に挙がっているのは、何といっても独立行政法人(独法)である。
もともと橋本政権が「行政改革」の一環として作ったものだが、小泉政権は特にこれを利用し、国の機関の一部や特殊法人や大学などを次々に独法とした。民間企業と同様、納税義務があり、実績により予算が左右されるなど、一種の市場原理が導入された。
しかし、これまでの特殊法人などと同じく、官僚の天下りが多く、厳しい批判にさらされている。最近も次のようなニュースがあった。
共同通信(2007/11/22 17:38)より。
 2006年度の独立行政法人(独法)の常勤役員のうち、中央省庁の官僚出身者は200人で、全体に占める割合は39・2%だったことが22日、総務省の政策評価・独立行政法人評価委員会のまとめで分かった。前年度と比べると27人少なく、割合は4・5ポイントの低下。
 官僚出身者を半数以下にする政府目標は達成しているが、依然として独法が天下りの受け皿となっているのが実態だ。
 104ある独法を対象に集計、常勤役員数は510人で、うち中央省庁の課長・企画官相当職以上を務めた官僚出身者は200人だった。非常勤を含めた役員数は655人、うち官僚出身者は34・5%の226人で、割合は前年度比2・9ポイント低下した。
独立行政法人は、天下りポストを確保するための組織で、税金のムダであるという意識から、容易に独法の民営化論や廃止論が導かれる。たとえば、次のコラムはその典型例であろう。
末期的症状を呈する自民、その9 独立行政法人は廃止すべし 青山貞一
官僚の天下り、高額な役員報酬、国からの補助金の増大、等々の理由を挙げて「私見では大部分の独立行政法人は、主たる存続理由があるとは思えない。それらはすぐにでも廃止すべきである」と結論づけている。
青山氏は小泉流の「構造改革」には批判的なはずだが、独法廃止論はまさに「小さな政府」論そのものである。

独法を十把ひとかけらにして、「ムダ」と決めつけるのは本当に正しいのだろうか。
やはり最近、次のようなニュースがある。
以下、朝日新聞(2007/11/21 15:13)より。
 政府が独立行政法人の見直しの一環として、国民生活センター、製品評価技術基盤機構、農林水産消費安全技術センターの3者の統合を検討していることがわかった。政府は国民生活センターについて、(1)消費者から直接相談を受ける窓口の廃止(2)商品の安全性テストの大幅外部化、などを検討していたが、「消費者軽視」との批判を浴びていた。このため、消費者重視を打ち出した福田首相の下で、機能を拡充する方向で再編を目指すことになった。
 統合案は、政府の行政減量・効率化有識者会議が月内に打ち出す独法見直し原案に盛り込まれる方向。渡辺行革担当相も20日、消費行政を担当する岸田国民生活担当相に統合案を説明した。
 経産省所管の製品評価技術基盤機構と、農水省所管の農林水産消費安全技術センターは、工業製品や飲食品の品質検査、分析などを実施し、消費者への情報提供や相談受け付けなども行う。渡辺氏側は「統合で機能は拡充され、消費者重視を掲げる首相の意向にも沿う。独法の数も減らせる」と説明している。(後略)
国民生活センターは、消費者からの相談受付や悪質商法の情報伝達や製品・商品テストなど、消費生活上重要な業務を行っている。それが独法の数を削減するために、ほとんど関係のない法人と統合され、機能を弱体化させられそうなのである。

国民生活センターばかりではない。労働政策研究・研修機構も存続が危うくなっているという。
東京大学社会科学研究所教授の玄田有史氏がブログでその危機を訴えている。
JILPT廃止反対要望書への賛同署名及び転送のお願い-玄田ラヂオ
玄田氏ら「独立行政法人労働政策研究・研修機構の存続を求める研究者の会」は、11月13日に厚生労働大臣へ次のような要望書を提出したという。
厚生労働大臣 舛添要一殿
要望文
 独立行政法人労働政策研究・研修機構(以下「機構」)の廃止を検討していることが、いくつかのマスコミで報道されています。 労働をめぐる問題が重要度を増し、社会的関心を集めている現在、我が国で唯一の労働政策を専門とした調査研究機関である機構を廃止することは、日本の労働問題を正確に把握し、政策面で適切に対応する上で多大な不利益をもたらすと考えます。
 機構の廃止は、労働政策の立案や評価に欠かせない、公的かつ中立的な立場からの内外労働情勢の把握を困難にすることにつながります。さらに機構の廃止は、学術研究の成果を踏まえた上で労働政策を論じる学問的観点の重要性を蔑ろにする傾向を生むことが懸念されます。
 機構は、民間シンクタンクと異なる基礎的かつ継続的な調査機関であり、また大学等とも異なる実践的な政策の立案と評価を主眼とした研究機関です。その特有な機能は、労働政策の当面の課題についてのみならず中長期的課題に取り組むために必要なものです。
 機構が、我が国の労働政策の立案及びその効果的かつ効率的な推進に寄与し、もって労働者の福祉の増進と経済の発展に資することを目的とした独立の調査研究機関として、その機能をいっそう向上させつつ、存続することを強く求めます。

2007年11月13日

独立行政法人労働政策研究・研修機構の存続を求める研究者の会
(呼びかけ人略)
労働政策研究・研修機構は、主に雇用環境や労働条件などの労働問題を研究し、格差や貧困についても一般で問題になる前から実証的に明らかにし、社会政策・労働政策への提言を行ってきた。こうした研究は公営の研究機関であるからこそ可能だったのであって、その廃止は労働問題の実証的研究をないがしろにし、貧困や格差を隠蔽する行為である。
独法を「税金のムダ」と主張する人々は、独法の中に私たちの生活にとって重要な活動を行っている機関が少なくないことを知っているのだろうか。

マイナス面が目立つからつぶしてしまえ、というのは暴論である。
私も独法が現状のままでよいとは思っていないが、安易に統廃合を主張することは、結局のところ公共性の高い、国にしかできない(民間にはできない)業務を担う機関を消してしまいかねないことを認識して欲しい。

【関連リンク】
総務省行政評価局-独立行政法人評価-独立行政法人総覧・独立行政法人評価年報
独立行政法人 国民生活センター
独立行政法人 労働政策研究・研修機構
行政改革推進本部事務局ホームページ
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by mahounofuefuki | 2007-11-23 17:42

『昭和財政史』所引の沖縄返還関係文書の公開を求める訴訟

この国の官僚たちは、公文書を「国民共有の財産」とは考えず、各官庁の所有物と考えがちである。
情報公開法はあるが、開示の可否は依然として政府のさじ加減次第であり、何より公文書保存に関するルールは各官庁ばらばらで、包括的な文書管理・保存のための法令がきちんと整備されていない。現用でなくなった公文書が主権者の知らぬ間に廃棄されているなんてことが日常茶飯事なのである。
そんな現状に一石を投じるニュースがある。以下、共同通信(2007/11/21 20:34)より。
 旧大蔵省編さんの「昭和財政史」で引用された沖縄返還の関係文書を情報公開請求したのに、財務省が「不存在」を理由に不開示としたのは不当として、特定非営利活動法人「情報公開クリアリングハウス」(東京)の三木由希子室長が21日、処分取り消しを求め東京地裁に提訴した。
 三木室長は「文書が開示されれば沖縄返還密約の解明に示唆を与えてくれるものも出てくるはず。国は説明責任を果たすべきだ」と訴えている。
 訴状などによると、対象は「大蔵省資料Z27-381」の文書。財政史の沖縄返還の章で、日米交渉時の大蔵省の主張などに関連して計57カ所が引用されている。昨年7月に開示請求したが退けられた。(後略)
『昭和財政史』は大蔵省昭和財政史編集室(現・財務省財務総合政策研究所情報システム部財政史室)が編纂した公刊の「正史」である。大蔵省文書をはじめ膨大な資料をもとに書かれ、財政史のみならず経済史・政治史全般の研究に有用な著作である。
しかし、いかに有用であっても、典拠に上げた史料を確認できないのでは問題である。歴史研究の場合、史料を引用するにあたって、必ずどの史料のどこの部分なのか明記しなければならない。そうでなくては他者が検証できないからである。他者が検証できなければ、極端な例では史料を改竄していてもわからない(かつて南京大虐殺否定派が史料を改竄して発表したことがあった)。

今回の件で財務省は、財務省文書管理規則が定める保存期間30年を過ぎたため、廃棄した可能性が高いと回答しているが、もし事実なら公刊書に引用された文書を平気で捨ててしまえる感覚は、情報公開の軽視であり、歴史研究に対する侮辱である。
本来、現用でなくなった文書は国立公文書館へ移管し、随時公開されるべきだが、実際は人件費の不足や官庁の隠蔽体質のためにスムーズに行われていない。移管と廃棄の選別を各官庁に委ねてしまっていることが、今回の問題の原因である。日本の公文書管理の在り方は非常に杜撰なのだ。

ただ、事が沖縄返還の密約にかかわるとなると、そう簡単に廃棄しているとも思えない。
財務省には財政史室のほかにも非公開資料を集積した倉庫があるという噂を聞いたことがある。財務省は今回の件で関係全部局を探索したと言っているが、にわかには信じがたい。厚生労働省が薬害肝炎患者のリストを倉庫に放置していたようなことが、財務省にも十分にありうる。
訴訟となれば行政の審査よりも厳密に調査が行われ、『財政史』の執筆者や当時の担当者への証人尋問もありうるだろうから、少しでも進展を期待したい。

改めて情報公開法の強化と、包括的な公文書管理法の制定が必要であると痛感させられる。

【関連リンク】
財政史-財務省 財務総合政策研究所
特定非営利活動法人 情報クリアリングハウス
理由説明書に対する意見書-三木由希子*PDF
答申書-「大蔵省資料Z27-381」等の不開示決定(不存在)に関する件*PDF
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by mahounofuefuki | 2007-11-22 13:01

最低賃金と生活保護-北海道新聞の記事より

(2007/11/17に投稿した記事ですが再掲します。理由は追記に)

北海道新聞2007/11/17朝刊より。
電子版には出ていないので、記事本文を紹介する。
*太字は引用者による。

(引用開始)
 厚生労働省が生活保護費の給付の基本となる基準額の算定方法を抜本的に見直し、2008年度に引き下げる方向で検討を進めている。増加する社会保障費の伸び幅を圧縮するのが狙いだが、基準額の絞り込みにより、それに連動する労働者の最低賃金の底上げの妨げになる可能性もある。(東京政経部 中村公美)

 「度重なる給付削減で、生活保護世帯の暮らしは本当に深刻。食事を1日2食に減らした人も多い」。基準額の見直し中止を求めている全国労働組合総連合(全労連)や市民団体は8日、厚労省内での記者会見で訴えた。生活保護費は06年度に老齢加算を廃止するなど引き下げが続いている。背景には高齢化に伴って生活保護受給世帯が年々増加していることがある。
 厚労省は10月16日、3日後の19日に「生活扶助基準に関する検討会」の初会合を開催すると発表した。「密室で決めようとしているのか」━。突然の開催と、会場の狭さを理由に傍聴者が少人数に抑えられ、傍聴を断られた市民団体が会場前で怒りの声を上げた。
 同検討会は厚労省社会・援護局長の私的研究会との位置付けだが、事実上、同省の方針を追認してきた。今回は08年度予算に反映するため、12月中に結論をまとめる。厚労省は「『骨太の方針』にも、来年度の基準額見直しが盛り込まれている。既定路線を変えるわけにはいかない」と、基準額を大幅に引き下げる構えだ
 今月8日に開かれた同研究会の3回目の会合では、厚労省側が給与の一部を収入認定から除外する勤労控除の見直しや、地域ごとに基準額に差を付ける「級地制度」の地域差縮小を提案した。
 一方、労働組合は「生活保護費の引き下げは、労働者の最低賃金に影響が及ぶ」(連合幹部)と懸念を強めている。今国会で成立確実な改正最低賃金法(最賃法)案は、最低賃金で働く労働者より、生活保護世帯の収入が高いという逆転現象を解消するのが主眼。そのため地域別最低賃金に「生活保護との整合性に配慮する」という新たな規定を盛り込んだ。
 だが、この規定も「もろ刃の剣」。逆転現象の解消にはつながっても。生活保護が引き下げられれば、最低賃金も抑制される恐れがある。最賃法の改正がワーキングプア(働く貧困層)の解消を目指しながらも、結局は賃金の底上げにはつながらないという皮肉な結果にもなりかねない。
 だが、厚労省内では生活保護費の基準額の見直しによる最低賃金への影響についての検討はない。旧厚生省出身の幹部は「基準額の見直しは最賃法に関係なく進める」としており、旧労働省出身の幹部は「改正最賃法は、労使の協議で行うものだ」とにべもない。出身官庁同士の縄張り意識が格差解消の障害になっている。
 車の両輪のように、生活保護制度が「最後のセーフティーネット」(舛添要一厚労相)として機能しながら、最低賃金制度でも賃金の底上げにつながるのが理想的。生活保護・労働両行政の一体となった論議が求められる。
(引用終わり)

今日は時間がないので、記事の紹介だけ。
「生活扶助基準に関する検討会」については、なぜかほとんどの新聞が報じていないこと、最低賃金法改正案で民主党が政府に妥協したのが間違いであることの2点を指摘しておきたい。


《追記 2007/11/21》

厚生労働省の「生活扶助基準に関する検討会」は20日、生活保護給付基準の引き下げを決定したようだ。
生活保護費、基準額下げ確実に 厚労省検討会 地域差縮小も「妥当」-北海道新聞(2007/11/21 08:31)
まさに密室で貧困層切り捨ての準備を着々と進めているのである。
この期に及んでも北海道新聞以外はまともに報道しないのが謎だ。

【関連記事】
新たな「棄民政策」
民間給与実態統計調査
最低賃金法改正案・労働契約法案における民主党の妥協
「反貧困たすけあいネットワーク」

【関連リンク】
厚生労働省:生活扶助基準に関する検討会第1回資料
厚生労働省:生活扶助基準に関する検討会第2回資料
厚生労働省:生活扶助基準に関する検討会第3回資料
生活保護問題対策全国会議blog
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by mahounofuefuki | 2007-11-21 16:49