2008年 10月 23日 ( 1 )

天皇在位20年記念「祝日」と「嫌な予感」

 現天皇の「即位の礼」から20年目にあたる2009年11月12日を臨時の祝日とする法案が準備されているという。今月16日に設立された超党派の「天皇陛下御即位二十年奉祝国会議員連盟」が議員立法を目指しており、すでに自民党は22日に内閣部会が法案を了承、民主党や公明党も近く党内手続きを済ませるという(時事通信・内外教育研究会2008/10/22 10:24など)。議連には共産党と社民党を除く全会派が参加しており、早期成立は確実だろう。

 1970年代以降、これまで天皇在位の節目ごとに政府は天皇の在位記念行事を行ってきた。1976年の昭和天皇在位50年、1986年の同60年、1999年の現天皇在位10年のいずれも記念式典が開催されている。同時に財界人を中心とする民間の「奉祝委員会」が祝賀行事を行うのも慣例化しており、特に1999年の時は芸能人を招聘した皇居前広場での式典が話題になったのを記憶している人も多いだろう(原武史「在位記念式典」『岩波 天皇・皇室辞典』岩波書店、2005年より)。今回もすでに日本経団連の御手洗冨士会長を名誉会長、日本商工会議所の岡村正会頭を会長とする「奉祝委員会」が設立されており、在位記念行事の事業計画も決定している(産経新聞2008/06/05 19:51など)。

 故に即位20年の祝賀行事が行われること自体は「予定調和」で不思議でも何でもないが、当日が臨時の祝日となるのは今回が初めてである。過去の記念行事は、こう言っては何だが、興味のない人は完全スルー可能で、平日の場合はわざわざ仕事を休んでまで参加するのはよほどのモノ好きだけだったが、祝日となると否応なく「天皇の存在」を意識せざるをえなくなる。新自由主義改革を通した貧富の差の拡大により日本社会の亀裂・分断が深まっている現状を「見せかけの国民統合」で糊塗し、天皇制を軸としたナショナリズムを再興することで「国民意識」を強化しようという政府と財界の意図は明らかだが、逆に言えば従来には無かった「休日」という「エサ」を与えないと大衆の祝賀ムードを調達できそうもないのが現実だとも言えよう。

 昨今の天皇制を巡る議論の特色は、かつての左右の対立軸が崩れ、左翼サイドが日本国憲法擁護の戦略的要請から象徴天皇制の現状維持を容認する一方、右翼サイドは皇室典範改正問題で分裂状況を示し、さらに皇位継承者たる男子を出生できなかった皇太子夫妻に対するバッシングを行うという「ねじれ」現象が起きている。皇位継承予定者の先細りとともに、本来の支持基盤の不安定化は天皇制を危機状況に陥れているとさえ言えよう。ただしその一方で、政治的には「日の丸」「君が代」の強制が進み、天皇制の可否を議論する自由は公的領域で完全に失われているのも事実である。今後経済危機が深刻化すれば、来年は祝賀どころではなくなり、在位記念の「茶番」自体が天皇制に対する鬱屈を噴出させることもありえよう。天皇制のタブーが強まるか、それとも自由な議論への転換点となるか一大焦点となるかもしれない。

 ところで「嫌な予感」がするのは、天皇在位20年記念で臨時祝日だけでなく、もしかすると「恩赦」が行われるのではないか?ということだ。在位記念での恩赦は前例がないはずだが、次期衆院選で厳しい戦いが予想される中で、選挙違反者を減刑するために実施されるのではないかと危惧している。近年の恩赦は死刑が無期懲役に減刑されるようなことはほとんどなく、大半が執行猶予期間の短縮や公民権の復権などである。あらかじめ恩赦を想定すれば、運動員や関係者に違法行為をさせやすくなるだろう。自民党も民主党も公明党もこの点では利害が一致する。いささか陰謀論めいた憶測ではあるが、あながち杞憂とも言えまい(政令による恩赦は内閣の専権事項なので実施時期の可否を法で規制できない)。そんな裏取引が行われていないことを祈るばかりだ。
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by mahounofuefuki | 2008-10-23 22:56