2008年 10月 20日 ( 1 )

朝日新聞と橋下徹のダブルスタンダード

 大阪府知事の橋下徹氏が陸上自衛隊の記念行事の祝辞で、「人の悪口ばっかり言ってるような朝日新聞のような大人が増えると日本はダメになります」と述べたことが物議を醸している。光市母子殺害事件被告弁護団に対する懲戒扇動訴訟の一審判決にあたり、朝日新聞2008年10月3日付社説が橋下氏を批判したことへの「反論」だという。

 問題の社説は「弁護士は被告の利益や権利を守るのが仕事である。弁護団の方針が世間の常識にそぐわず、気に入らないからといって、懲戒請求をしようとあおるのは、弁護士のやることではない」「判決を真剣に受け止めるならば、控訴をしないだけでなく、弁護士の資格を返上してはどうか。謝罪が形ばかりのものとみられれば、知事としての資質にも疑問が投げかけられるだろう」という最近の朝日にしては珍しく真っ当な論説で、橋下氏の弁護士としての資質に疑義を呈した判決内容から敷衍すれば至極当然の批判である。これに対して、まさに「悪口」でしか反撃できないあたり、橋下氏の悪あがきが逆説的に露呈している。

 ところで、橋下氏は朝日を「悪口ばっかり言っている」と断定しているが、果たして実情はどうなのか。次の記事を紹介したい。
 大阪府茨木市の中心部から北に10キロほど行くと、巨大な橋梁が安威川沿いに何本も現れてくる。府が進める安威川ダムの予定地で、「新名神高速道路・高槻~神戸」の茨木北インターチェンジとつながる付替道路を水没地区に建設していたのだ。
〈中略〉
 もう1つの府営ダムである「槇尾川ダム」(和泉市)でも付替道路の工事が始まっていた。この川も「三面張りの堀に僅かな水が流れている程度。タクシーの運転手は「こんなところにダムを本当に作るのですか」と驚いた。
〈中略〉
 しかし知事直系の「改革PT」は6月にまとめた財政再建案で、府営の2ダムを「事業継続」としていた。「橋下知事はダム建設推進派」としか考えられないが、朝日新聞は「知事はダム見直し派」と印象づける記事を出した。「検証橋下徹③ まずい情報ほど公開」(7月30日の夕刊)は、こんな会話を紹介したのだ。

 「公開性を重視する橋下の姿勢には、前鳥取県知事の片山善博(現・慶應大学教授)の影響がある。6月25日、東京・三田の慶應大学に橋下の姿があった。(中略)2人はキャンパスを歩きながら、こんな言葉を交わした。
 片山『私、ダムをやめたんですよ』
 橋下『ぜひ、そのやり方を教えていただきたい』(以下略)」

 片山教授が知事時代に止めたのは「中部ダム」。県土木部は「護岸工事の147億円よりダム工事の140億円が安い」と事業を正当化していたが、知事は「嘘を言ったら情報公開条例で罰せられるぞ。試算をやり直せ」と迫った。〈中略〉当然、橋下知事も同じ話を聞いたはずだから、ダム中止の手法を記した面談記録を担当部に突きつけて再試算を命じたと思った。しかし、都市整備局河川室は予想外な答えをした。
 「片山前知事との面談記録は回ってきていませんし、知事から『鳥取県と同じように再試算をするように』といった指示はありません。単に個人的に会っただけではないですか。〈後略〉」 (横田一「橋下改革劇場の舞台裏 道路やダムにメスを入れない『改革派』」『世界』2008年10月号、p.p.95-96、太字強調は引用者による、一部改行、漢数字はアラビア数字に変換した)

 要するに、橋下氏が実際にはどうみても役に立たないダム事業を継続しているのに、朝日新聞は前鳥取県知事の片山善博氏との対話を誇張して、あたかも橋下氏がダム事業を見直しているかのような印象操作を行ったのである。「朝日は人の悪口ばかり」どころか「朝日は橋下の提灯持ち」と言われても仕方のない所業である。橋下氏にとっては残念ながら(?)、現実の朝日は橋下氏に対してある種のダブルスタンダードを用いている。

 もう1点、見過ごせない問題がある。橋下氏は「弁護士資格返上」の件について、「僕にも家族はあるし事務職員を抱えている。弁護士資格を返上したら従業員はどうなるのか」と語ったそうだが(朝日新聞2008/10/20 03:02)、まったく噴飯ものである。大阪の府立学校の非正規職員346人の解雇を決定したのは誰だったか? 医療費助成の切り下げを決定したのは誰だったか? 非正規職員にも医療費助成を受ける人々にも、橋下氏の家族や橋下事務所の従業員と同様に生活がある。「自分の身内」の困窮を想像できるのなら、「他人」の困窮も想像するべきで、それができない者には弁護士も知事も務める資格はない。

 とはいえ、今回も朝日を一方的に「サヨク」と決めつけ憎悪する右傾大衆には格好の「ネタ」で(私のような「左翼」からすると、朝日はせいぜい「中道」で経済的には「右」ですらあるのだが)、橋下氏の「釣り」行為はまたしても「成功」をおさめるだろう。学力テストの件といい、イモ掘りの件といい、大衆の「嫌悪感」を嗅ぎつけ「敵意」を煽る能力が天才的であることは認めざるをえない。何らかの奇策を用いることでしか橋下氏とその信奉者の暴走を止めることは難しいだろう。

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by mahounofuefuki | 2008-10-20 16:19