2008年 10月 16日 ( 1 )

北海道ローカルの問題ではないアイヌ民族問題

 6月に国会が採択した「アイヌ民族を先住民族とすることを求める決議」を機に政府が設置した「アイヌ政策のあり方に関する有識者懇談会」が、今月13日から15日まで北海道を視察した。今回特に注目すべきは、札幌や白老(しらおい)で北海道ウタリ協会所属のアイヌと直接の意見交換を行ったことである。これまでの政府のアイヌ政策は肝心のアイヌ民族の意思を反映することなく行われただけに、これは画期的なことであろう。

 同懇談会は非公開原則で、今回の意見交換も事後の記者会見で概要が明らかにされたにすぎないので詳細は不明だが、札幌での意見交換ではアイヌ側から、樺太アイヌの「強制移住への謝罪と補償」の要求が出たり、「もっと多くのアイヌ民族が高等教育を受けられるようにしなければ、社会的、経済的格差はなくならない」「アイヌ民族の女性の声も、もっと聞いてほしい」などの声があったという(北海道新聞2008/10/14 07:07)。「アイヌ民族であることを周囲に隠して生活し、出身地や身体的特徴でアイヌ民族であることが分かって、差別を受ける人も多い」という話もあった(読売新聞2008/10/15)。白老では「もっと早くアイヌ民族を先住民族と認めてほしかった」「学校でアイヌ民族について学ぶ機会がない。民族意識を自覚できるような教育が必要だ」といった意見があった(毎日新聞2008/10/14 23:04)。

 電子版には上がっていないが、北海道新聞2008年10月14日付朝刊によれば、あるアイヌの出席者は「さまざまな思いが入り交じり」、途中で一時「あふれる涙に退席する」こともあったという。また、どこも報道していないようだが、北海道ウタリ協会の札幌支部長が「アイヌの有識者って何。懇談会のメンバーにアイヌのことを分かっている人も確かにいるが、全員とは言えない。先住民族の定義を云々するなら、有識者の定義も示してほしい」と有識者懇談会の人選への不信を示したという(*)。長年にわたる差別と排除、これまでの政府の姿勢、懇談会には明らかに不適当な門外漢(あえて誰とは言わないが)が含まれていることを考慮すれば、こうした不安や不信は当然であろう。
 *アイヌ有識者懇が道内初視察 - 毎日北海道北の実年のひとり言
  http://blogs.yahoo.co.jp/sinrin81024/44952887.htmlより。

 実際、北海道訪問最終日に同懇談会の佐藤幸治座長は記者会見で、全国に散在するアイヌの遺骨の返還や伝統儀式などの国有林利用については「短期的に解決できる」と示したが、生活支援の具体的な立法措置に関しては「具体的にどういう法律をつくるかは任務ではない」と消極的姿勢を示している(北海道新聞2008年10月16日付朝刊、太字強調は引用者による)。2006年に北海道庁が行った調査では大学進学率で2.2倍、生活保護率で2.5倍の格差がアイヌと住民全体の間にあり、これらの是正は必要不可欠のはずだが、依然として政府サイドはアイヌ政策を「文化振興」の枠にとどめているのである。

 もっと深刻なのは、現在可視化されているのが専ら北海道のアイヌに限られていることである。2006年の調査で北海道のアイヌ人口は23,782人とされているが、北海道外のアイヌについては人口調査もほとんど行われていない。東京都が1988年(20年前!)に調査を行ったのが最後で、当時約2,700人となっている。しかも注意しなければならないのは、これらはあくまで自らアイヌ民族としての帰属意識をもち、少なくとも調査に対して自らがアイヌであると名乗ることのできる人々の数だという点である。内心ではアイヌとしてのアイデンティティを有していても、差別や偏見を恐れて全く公にしていない場合や、アイヌとして生まれながらもアイヌであることを自己否定せざるをえなかった人々は統計には含まれない。

 以前、私は大学の先輩筋に当たる文化人類学者から、アイヌの人口が最も多いのは実は北海道ではなく東京都の可能性があるという推論を聞いたことがある。侵略的な同化政策のために北海道外へ移らざるをえなかったアイヌが相当数にのぼるという。こうした北海道外のアイヌの多くは可視化されていない。可視化されていないから生活状況や貧困・格差の存否も不明である。政府はこれまで専らアイヌを北海道「固有」の問題としてとらえているが、本当に先住民族としての権利の擁護を目指すのならば、日本全国に視野を広げなければならない。

 「単一民族」幻想や「万世一系」幻想を前提とする(それは同時に他民族に対する好戦的優越意識につながる)近代「日本人」のナショナル・アイデンティティを相対化し、「多民族国家としての日本」という現実を受け入れるためにも、先住民族アイヌとの共存確立は絶対に必要である。そのためには日本の住民の誰もが、ローカルな問題ではなくナショナルな問題としてアイヌ民族問題をとらえる視座を持つ必要がある。

【関連リンク】
私たちについて/アイヌの生活実態 - 北海道ウタリ協会
http://www.ainu-assn.or.jp/about03.html

アイヌ政策のあり方に関する有識者懇談会 - 首相官邸
http://www.kantei.go.jp/jp/singi/ainu/index.html
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by mahounofuefuki | 2008-10-16 21:09