2008年 03月 05日 ( 2 )

「年金一律救済」論と年金改革私論

 天木直人氏のブログ経由で知ったのだが、産経新聞の客員編集委員の花岡信昭氏が年金記録の審査基準緩和による「年金一律救済」を主張している。
 やはり「年金一律救済」が必要だ-MSN産経ニュース

 天木氏も指摘しているように、花岡氏の主張は福田政権の支持率回復のための建策で、しかも消費税を増税の上、年金財源とすることを前提にしているので、その点では経済財政諮問会議や自民党財革研と同じ欺瞞に満ちた「消費税の社会保障目的税化」議論だが、「年金一律救済」という結論だけは注目に値する。花岡氏と言えば、ネット右翼レベルのお粗末な言論で知られる人だが、今回の主張は彼にしてはまともであると言えよう。

 建前はともかく本音ではもう誰も年金記録の完全回復など信じていないだろう。5000万件もの不明記録を洗い出すコストも馬鹿にならない以上、できもしない作業を延々と続けるより、確実に年金を給付することを優先するべきだと私も考えている。はっきり言ってしまえば、現役時代の年金負担額に関わらず一定の年金を公的に保障するべきである。
 その場合、現役時代にきちんと年金保険料を払っていなかった人々にも年金を給付することに、保険料をきちんと払っていた人々からは不満の声が上がるだろう。
 しかし、その不満は実はおかしい。なぜなら年金制度とは積立貯金ではなく、あくまでも負担者はその時の受給者のために支払っているのであって、自分のために払っているわけではないからだ。

 現在の国民年金では所得に関わらず、保険料が定額である。その代わりに給付額も定額だが、実際は「支払期間」によって左右される。その結果、所得が低くて保険料を支払えず、不払い期間が多い人ほど、自身が給付を受ける時には給付額を削られる。
 つまり、現役時代に十分な所得がある(そういう人は貯蓄も多い)人ほど年金受給額が多く、現役時代に所得が低い(貯蓄もない)人ほど給付において不利なのである。いくら給付額が負担額と同様に定額であっても、「支払期間」に左右される限り、国民年金の再分配効果はほとんどないのである。
 厚生年金の場合も2階部分は生涯平均報酬に比例するので、豊かな人ほど給付額が多く、貧しい人ほど給付額が少ない。ここでも「弱者の排除」が行われている。

 現在の年金論議は専ら年金記録問題と財源問題に終始しているが、年金における最大の問題は4割以上にも上る未納者の存在である。
 特に我々「氷河期世代」の非正社員で未納・免除期間のない人は皆無だろう。アルバイトや日雇い派遣のような低賃金・不安定な雇用では、とてもではないが毎月1万4100円もの年金保険料など払えるはずもない。しかも今後10年間は毎年保険料の引き上げが決まっている。
 同世代の人々からはよく「年金制度からの離脱の自由」が欲しいという声を聞くが、そういう主張が出るのも当然だ。

 そうした現状を打開するためには、年金にも所得税制と同様「応能原則」を導入するべきである。負担は支払い能力に応じて課すのである。ついでに言えば給付においても受給時点の資産や収入によって増減することも検討してもよい。この立場に立てば消費税の社会保障目的税化などもってのほかである。消費税は逆進税だからだ。
 これは年金制度のパラダイム転換である。社会保険庁のホームページに「本来、健康で文化的な最低限度の生活は国民の自助努力によって達成されることが基本」と記載されているように、現行制度は要するに「自己責任」を前提としている。しかし、ここまで「貧困と格差」が拡大し、年金制度が空洞化している以上、旧来の「自己責任」では社会の持続可能性はない。思い切った発想の転換が必要だ。

 保険料制度で「応能原則」を導入するのは困難なので、税と年金の一体化が当然必要となるが、そのための具体的方策は残念ながら持ち合わせていない。その点では現実離れした与太話だという批判は甘受したいが、少なくとも方向性としては社会保障への「応能原則」導入は避けられないと考えている。それこそ真の「年金一律救済」だろう。

【関連記事】
現行の社会保障制度は弱者を排除している~「社会保障国民会議」発足を前に
社会保障の財源が消費税でなければならない理由はあるのか
「金持ち増税」論は少数意見ではない~山口二郎・宮本太郎共同論文を読む

【関連リンク】
年金一律救済を主張する産経新聞の論説-[公式]天木直人のブログ
社会保険庁
[PR]
by mahounofuefuki | 2008-03-05 20:28

私が禁煙派なのにたばこ増税に反対する理由

 日本学術会議がたばこ税の大幅引き上げを厚生労働省に提言した。以下、毎日新聞(2008/03/05朝刊)より。
(前略) 学術会議は、たばこの規制に関する分科会(大野竜三委員長)で、06年6月から検討してきた。提言では自動販売機の設置禁止、喫煙率削減の数値目標設定のほか、たばこ税(1箱当たり189円)を現在の2倍程度にすることの検討を求めた。この場合、年間消費量は現在の約2700億本から4分の1減少、喫煙者数は少なくとも200万人減少すると試算した。一方、税収は年間約2兆3000億円から約1兆2000億円増えるという。(後略)
 私はたばこを吸わないだけでなく、日頃の実生活で嫌煙権を主張しているくらいなので、日本学術会議が主張する「脱タバコ社会」という目標そのものには全く異論がない。たばこ自動販売機の設置禁止も未成年の喫煙を防止する上で必要だと考えている。

 しかし、たばこ税の増税はいただけない。禁煙派は一般にたばこ増税には無条件で賛成する人が多いが、私は一貫して反対している
 「税が無駄遣いされるから」ではもちろんない。私が基本的に「大きな政府」論者であることは、当ブログの税制や社会保障関係の記事にいつも書いている通りである。私がたばこ税の増税に否定的なのは全く別の理由からである。

 それは喫煙の本質が「依存症」である以上、いくらたばこの価格が上がっても重度の喫煙者がたばこをやめることはないからである。本当のヘビースモーカーはたとえ価格が倍になったところで喫煙をやめることなどできない。ニコチン依存症とはそれほど重い「病気」だからだ。
 たばこ増税論はあくまでも喫煙者=ニコチン依存症患者がたばこをやめないことを前提に、税収を増やそうとする方策である。いわば病人の弱みにつけ込んだ懲罰的な徴税である。税は年貢ではない。税を負担する以上は、当然見返りがなければならない。現在のたばこ税では納税者たる喫煙者に何も恩恵はない。

 むしろ財政に求めるべきは、ニコチン依存症治療促進のための歳出増大である。現在、禁煙は専ら個人の「自助努力」に委ねられている。しかし、本当に「脱タバコ社会」を目指すならば、いつまでも喫煙者任せにはできない。喫煙者が積極的に依存症を治せるよう、財政支出を増やさなければならない。具体的には禁煙治療への医療費助成や保険適用範囲の拡大である。
 ちなみにたばこ税をその財源に使うことはできない。それでは喫煙減少のための財源を増やすために、喫煙を増やすという二律背反になってしまうからだ。たばこ税の税収が大きくなるほど、喫煙者を減らす財政上の必然性がなくなってしまう。故に真の禁煙派はたばこ増税に反対しなければならない。

 禁煙派はたばこに対する憎悪のあまり、つい喫煙者への差別と懲罰に傾きがちだが、喫煙者はあくまでも治療が必要な病人であることを考慮してほしい。私は本気で喫煙習慣を撲滅したいからこそ、たばこ税の増税に反対し、喫煙者の禁煙治療に対する財政出動の強化を求める。

【関連リンク】
要望 脱タバコ社会の実現に向けて-日本学術会議*PDF
[PR]
by mahounofuefuki | 2008-03-05 17:22