夜明け前こそ闇は濃くなると古の人は言ったが、どんなに暗闇が濃く深くなろうとも決して夜明けが訪れる気配のない今日この頃。
貧困と差別と排除の蔓延はとどまるところを知らず、底なし沼のような世には非命の死者が満ち溢れ、生死をさまようものたちの言葉にならない呻き、あてのない悲鳴、やけっぱちの怒号がこだましている。 右を向いても左を見ても馬鹿ばかり。財政難を呼号しながら金持ち増税を封印する馬鹿。「無駄遣い」と称して安定雇用を減らし続ける馬鹿。「地方分権」やら「脱官僚」やらが「構造改革」の継続でしかないことを理解できない馬鹿。貧困そっちのけでオモチャをねだる子どものように核武装を熱心に説く馬鹿。痛めつけられ弱りきっている人に「自力救済」を強要する馬鹿。自分の「加害」の罪は棚に上げて「世代としての被害者」たる若者に責任を転嫁する馬鹿(私は「眼鏡をかけた精神科医」が嫌いだ!なんちゃって)。 「引き下げデモクラシー」の沸騰。「憎悪の動員」と「抑圧の移譲」の恒常化。「政権交代まつり」も形を変えたポピュリズムの発露でしかない。ついには「橋下詣で」を競うとは。だから昨年あれほど警告したのに。その昔何かで読んだ「粗製濫造された神々が踊り狂う」という言葉が浮かぶ。 みかん箱を開けたら腐ったみかんばかり。腐ってないみかんも農薬まみれ。頼みの綱も「建設的野党」って・・・病気が再発したか。「反貧困」も平気で「村」と名乗ってしまうあたりに陳腐なナショナリズムに回収される危険を感じる。 近頃脳内に鳴り響いているのは、ムソルグスキーの歌劇「ボリス・ゴドゥノフ」の苦行僧が不吉な未来を嘆く歌と、ショスタコーヴィチの交響曲第11番の「虐殺」シーン。前者は文字通り「政権交代」に熱狂する群衆を嘲笑する。後者はパンと平和を請願する人々を軍が一斉射撃して皆殺しにする様子をリアルに描写する。そういえばムソルグスキーもショスタコーヴィチも最期まで「救済」を表現することなく、一方は極度の貧困の中で、他方は体制に自由を奪われた絶望の中で死んでいった。歴史の踏み台にされる者の悲しみと悔しさ。 昨年末来健康上の問題がありブログの更新を停止しているが、依然心身とも疲弊しており、この短い駄文を書くのもやっとなほど「書けない」病が慢性化している。よって引き続き更新を停止する。これだけ長期間放置しているともう誰からも忘却されているだろうが、一応お知らせ。 by mahounofuefuki | 2009-08-10 09:48
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