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「橋下劇場」の原点としての光市事件懲戒請求扇動

 橋下徹氏が光市母子殺害事件の被告弁護団に対する懲戒請求を扇動した問題で、同弁護団所属の弁護士らが橋下氏に損害賠償を請求していた訴訟の判決が広島地裁で下った。これまでの公判の経過から原告の勝利は間違いないと確信していたが、予想通り橋下氏の扇動と多数の懲戒請求の因果関係を認め、橋下氏に賠償命令を下す原告勝訴の判決だった。

 判決骨子は次の通り(毎日新聞2008/10/02 10:21)。
◆名誉棄損にあたるか
 懲戒請求を呼びかける発言は、原告の弁護士としての客観的評価を低下させる。
◆懲戒制度の趣旨
 弁護士は少数派の基本的人権を保護すべき使命も有する。多数から批判されたことをもって、懲戒されることがあってはならない。
◆発言と損害の因果関係
 発言と懲戒請求の因果関係は明らか。
◆損害の有無と程度
 懲戒請求で原告は相応の事務負担を必要とし、精神的被害を被った。いずれも弁護士として相応の知識・経験を有すべき被告の行為でもたらされた。

 懲戒請求の本来の趣旨を逸脱し、単にバッシングを楽しむために行われた、法的にも道義的にも根拠のない請求を断罪し、弁護士の正当な活動を保障した判決と言えよう。他者を扇動するだけして卑怯にも自身は請求を行わなかった橋下氏のみを被告とする訴訟なので、一般の懲戒請求者については言及されていないようだが、橋下氏の罪は同時に扇動に乗じて光市事件弁護団を誹謗中傷した者すべての罪でもあり、これら無法者の反省を強く促しているとみなすべきである。光市事件そのものの訴訟の方は「外野」の介入で著しく歪められたが、民事のこちらの方では正常な訴訟指揮が行われ、真っ当な判決が出たことに安堵している。

 思い返せば、この光市事件での懲戒請求扇動こそが、一介のタレント弁護士だった橋下氏を政界に押し上げたきっかけでもあった。それまでもタカ派・保守的言説をしばしば吐いていたが、彼の本質は「場の空気を読むお調子者」にすぎず、特に政治的な人間というわけではなかった。
 それが一連の光市事件をめぐる「騒動」を機に一躍「ネット右翼」層のヒーローとなり、彼の時にリベラルな側面もあったことは忘却され、彼自身も「『左』を忌避するポピュリズム」の時流に迎合した。光市事件がなければ、自民党が橋下氏を大阪府知事に擁立することもなかっただろうし、彼もわざわざタレントとしての高額な稼ぎを捨ててまで、激務で(タレント業に比べれば)薄給の知事など引き受けなかっただろう。
 持ち前のサービス精神から信奉者の期待に応えようとして政界に飛び込んだのか、懲戒請求扇動訴訟の結果を見越して弁護士業に見切りをつけて政界に「逃げた」のか、判断のわかれるところではあるが(どちらの要素もあるだろう)、いずれにせよ光市事件が契機であることは間違いない。

 素朴な敵愾心や嫉妬心を煽り、「安心して攻撃できる公認の敵」への憎悪をかき立てる橋下氏の扇動方法は、古来使い古されてきたものだが、オーソドックスなだけに強力で持続性もある。
 先の大阪府知事選では、大阪で長年続いた与野党と府庁と財界・圧力団体(創価学会・有力労組・解同など)の談合政治に対する鬱屈が地滑り的な橋下大勝につながったが、現実の橋下府政は財政再建を口実に弱者切り捨てを敢行し、面倒なことはすべて市町村に丸投げする一方、大型開発や既成の利権(その中には右傾大衆が憎悪する「同和利権」も)には手をつけず、関西財界と中央官庁のパペットになりつつある。
 それにもかかわらず、多くの人々は府政の実際には眼もくれず、ただ表面上のパフォーマンスに踊らされて、橋下氏が既得権益を解体していると勝手に「信仰」している。まずいことに一般の人々だけではなく、マスメディアも意図的に橋下府政を「改革」と持ち上げていて、例えば朝日新聞は実際の橋下氏が府営ダム事業推進の立場をとっているのに、あたかも「ダム見直し派」であるかのような報道をしていた(この問題は、横田一「橋下改革劇場の舞台裏」『世界』2008年10月号に詳しい)。教育委員会を「安心して攻撃できる公認の敵」に仕立てて人々の目をくらます橋下氏の戦術が功を奏し、氏に不都合な事実を大衆の目に入れないような力学が働いているのである。

 今回の判決も多くの人々が橋下氏を擁護し、裁判所を誹謗中傷するだろう。橋下氏当人は今回の判決に理解を示し、原告にも謝罪の意を示したように伝えられているが(それなのに控訴するのが意味不明だが)、信奉者にはそんなことはお構いなしである(余談だが中山成彬氏の暴言の時も、ほかでもない麻生首相が任命責任を認め陳謝しているのに、中山発言を擁護する輩が後を絶たなかった)。残念ながら橋下氏はすでに多くの人々にとって「何をやっても許されてしまう人」になってしまっている。今回の判決をもってしても「橋下信仰」は弱まるどころか、むしろ「敵」に対する憎悪が再び高まり強化されるだろうが、少なくとも公的には橋下氏の誤りは永遠に記録される。何よりも今後別の誰かが懲戒制度を悪用して同じような真似をすることが難しくなる。懲戒請求を司法権の独立を脅かすバッシングという名のテロの道具にしてはならない、という当たり前のことを改めて明示した点にこそ、この訴訟の最大の意義があるだろう。

【関連リンク】
光市事件懲戒請求扇動問題 弁護団広報ページ
http://wiki.livedoor.jp/keiben/d/FrontPage
by mahounofuefuki | 2008-10-02 18:28


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