「日本のがん」中山成彬が勝手に「ぶっ壊れる」

 就任以来、無知と思い込みによる恥知らずな暴言を繰り返していた中山成彬国土交通大臣が辞任するようだ。第一報が産経新聞とフジテレビというのが「いかにも」で、要するに中山氏と産経系メディアとの日常からの親交(癒着?)を如実に示していると言えよう。こんな輩を任命した麻生首相の責任は極めて重大である。

 この問題については、発言内容が虚偽のオンパレードであること、いかに彼の「本音」とはいえ、新内閣発足直後にわざわざ挑発的言辞を弄する政治センスの欠如に、あきれてものも言えなかった。詳細な分析はできれば後日改めて行いたいが、当面指摘しておきたいのは、彼が最後まで撤回しなかった日教組への中傷は、そのまま文教族の有力議員で元文部科学大臣である中山氏に跳ね返ってくる、ということである。

 中山氏は「学力の低下」の原因を何の根拠もなく日教組に転嫁しているが、実際には「学力の低下」が言われるようになったきっかけは、1989年の文部省学習指導要領で指導要録(学校の学籍と指導の記録原簿)に観点別評価が導入され、「知識」や「理解」よりも、「関心」や「態度」や「意欲」を重く評価するようになったのが始まりで、これを「新しい学力観」と称して推進したのは文部省の方であって、教職員組合は反対していたのである。つまり「学力の低下」なるものに「主犯」がいるとすれば、それは文部省とそれを支持した自民党文教族であり(保守派の彼らは「新学力観」を通して「できる子」と「できない子」を選別することを狙っていた)、中山氏もその1人であった。

 中山氏は日教組を「教育のがん」と言い放ったが、私に言わせれば、中山氏のような右翼政治家こそ「日本のがん」である。これまでも数々の歴史改竄発言で知性の欠如を曝け出し、今また意識的かどうかは別として日教組を「安心して攻撃できる悪」として大衆に供し、ポピュリズムを扇動した罪は万死に値する。今回の件で私が警戒したのは、中山氏が居座り「ウヨホイホイ」の役割を演じて、総選挙を前に「『左』を忌避するポピュリズム」を強化することであったが、辞任に追い込まれたことで、辛うじて日本社会にわずかに残る良識の力が発揮されたと言えよう。

 「日教組をぶっ壊す」と言っていた「日本のがん」が勝手に一人で「ぶっ壊れた」。こんな輩を議員に選出している宮崎1区の有権者は徹底して反省するべきである。
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by mahounofuefuki | 2008-09-27 22:50


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