「インターネット報道協会」結成に思うこと

 インターネット上のニュースサイトを運営する各社がネット報道の質の向上を目指す「日本インターネット報道協会」が発足したという。

 ネットメディアの質向上をめざし、「日本インターネット報道協会」が設立される – JanJan
 http://www.news.janjan.jp/media/0808/0808013515/1.php
 ネット報道の質向上へ、「インターネット報道協会」設立 – Itmedia News
 http://www.itmedia.co.jp/news/articles/0808/01/news103.html

 発足会員はジェイ・キャスト(J-CASTニュース)、日本ビデオニュース(ビデオニュース・ドットコム)、オーマイニュース、日本インターネット新聞(JanJan)、ベリタ(日刊ベリタ)、オフィス元木(元オーマイニュース編集長の元木昌彦氏)で、将来の法人化を目指し、法人・個人を問わず広く会員を募るという。この中ではJ-CASTがなんとなく「浮いている」感じを受けるが(「2ちゃんねる」の流言を垂れ流して、排外主義や差別主義を扇動する姿勢はいいかげんにして欲しい)、「質の向上」という言葉を違えないのならば何も言うまい。

 インターネットが普及しはじめた当初は、既成のメディアの閉塞を打ち破れるのではないかという期待を少なからず抱いてはいたが、実際は依然として既成メディアの壁が立ちはだかっているだけでなく、ネット特有の問題が次から次へと発生していて、ある種の隘路に迷い込んでいる。簡単には問題が解決されるとは思えないが、どうにかしようという志は買いたい。

 素人目には新聞とテレビという二大メディアが聳え立っていて、ネットメディアは主に週刊誌などの雑誌メディアのシェアを侵食して成立しているという印象がある(実際に雑誌はどのジャンルでも売れなくなっている)。ネットの最大の利点である速報性は専ら新聞社や放送局のニュースサイトの専売特許になっていて(掲示板やブログの「速報」の「元ネタ」でもある)、結果としてネット時代になって改めて大手のメディア資本の底力を見せつけられているように感じる。
 他方、掘り下げの深さや記事の完成度の高さという点でも、ネットメディアは活字メディアに水をあけられている。「記者クラブ」という明らかに「取材の自由」を侵害しているいかにも日本的な制度のせいもあるが、むしろ読者との金銭関係の有無の差(活字メディアは購読料を支払わないとならないが、ネットメディアは一部を除いて無料購読である)が出ているような気がする。

 最近話題の「ブログ通信簿」によれば私の「ブログ年齢」は50代だそうなので(笑)、考え方が古いのかもしれないが、何だかんだ言って今も「活字信仰」なところがあって、毎週1回は図書館へ行き、新聞や月刊誌・週刊誌などをチェックしてくる(書籍も含め貧乏で買えないので図書館頼み)。どうしてもネットだけに頼っていると不安になるからである。
 ネットは紙媒体と異なり文章量の制約がないので、既成メディアよりも報道が濃く深くなるのではないかと昔は考えていたが、実際は長時間ディスプレイを見続ける苦痛があるせいか、ネットの方が情報の「数」は圧倒的であっても、「個別の情報の中身」ははるかに薄い。「書き手」になるハードルが低いこともあって、信憑性にも疑問がある(前述の協会加盟社の中にも反科学的な陰謀論を流している場合がある)。
 市民運動や労働運動など新聞やテレビがなかなか報じないニュースはネットが唯一の発信源だし、社会的弱者の「声なき声」が「聴こえる声」になったのはネットの力ではあるが、私の中では既存のメディアへの不信を抱き、その権威を全面否定しつつも、依然としてネットは「B級」なのである。もちろん「B級」であることを捨てる必要はないが、やはりそろそろ「A級」の領域を侵食する「野心」をネット報道に求めたい。

 ちなみにブログも一応は広義の「報道」である以上、ネット報道を下支えするために「質の向上」を図らねばならないのかもしれない。本当はのんびり気楽に書きたいことだけを書いていたいのだけど・・・。
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by mahounofuefuki | 2008-08-02 22:04


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