「道州制」はやっぱり危険

 自民党総務会が昨日、同党道州制推進本部の「第3次中間報告」を了承した。次期衆院選の政権公約にもなるという。都道府県をいくつかの「道州」に再編し、市町村を「基礎自治体」とする「道州制」については政府や財界も導入を目指しているが、ついに政権与党の政策の目玉にまで「出世」したようである。

 「道州制」に対しては、自民党政治に批判的な人々の中でも、地方自治の拡大による行政の民主化に期待して支持ないし高評価する向きがあるが、当ブログでは「道州制」は衣替えした新自由主義政策の継続であるという見方を以前にも提示してきた。今回の中間報告を読むと、改めてその危険性がわかる。

 問題の第1は、「道州制」が「小さな政府」を前提としていることである。報告は国の仕事を「国家戦略」と「危機管理」に限り、現在国が担っている業務を「道州」に、都道府県が担っている業務を「基礎自治体」にいわば「下げ渡す」ことを明記している。一応、財源の移譲も示してはいるが、そもそも国―地方を貫いたコストカットを大前提にしている以上、これまでの「無駄の削減」と同様、社会保障つぶしになる可能性が高い。国の業務のうち外交と軍事という「夜警」機能以外を事実上地方に「押し付ける」のが実情だろう。

 問題の第2は、自治体に「自己責任」を課し、「改革」の競争を行わせようとしていることである。課税自主権といえば聞こえがいいが、要するに財政基盤の相違によって自治体間の歳入歳出に落差が生じるということである。報告では各道州の経済力の「格差」を埋めるために、「知的・社会的インフラ整備」の必要性を指摘しているが、これは経済力の弱い地域の「開発」を意味し、「道州の自立」を名目にした大型開発の乱発すら予想される。実際問題として関東や関西のような大都市圏を含む道州とそうでない道州との「格差」はそうやすやすと埋められるとは思えず、結局は弱いところほど増税やコストカットで無理をしてでも「成果」を上げざるをえなくなるだろう。

 今後考えられる最悪のシナリオは、国政レベルでは「無駄をなくす」の掛け声で「道州制」を既成事実とし、他方地方レベルでは大阪府の橋下徹知事や宮崎県の東国原英夫知事のようなポピュリストが先頭に立って目くらましを行って、あたかも「道州制」にすれば社会不安から逃れられるような幻想を大衆に与えることである。また、報告でも道州に議院内閣制を持ち込むための憲法改正の可能性を提示しているように、9条改憲との「抱き合わせ」に利用される恐れもある。ある意味「道州制」は「構造改革」と「改憲」の結節点とも言えよう。

 すでに後期高齢者医療制度が自治体の広域連合を主体としたり、それと連動した「メタボ健診」で受診率が低かった場合に自治体へ財政的ペナルティを与えるなど、あたかも「道州制」を先取りしたような制度がすでに始まっている。新自由主義を拒否するのならば、「道州制」も拒否しなければならない。

【関連記事】
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【関連リンク】
道州制に関する第3次報告 – 自民党
http://www.jimin.jp/jimin/seisaku/2008/seisaku-021.html


《追記 2008/07/31》

 日本経団連の御手洗冨士夫会長が仙台での講演で、「道州制」は「究極の構造改革」と述べたという。これは文字通り受け取るべきだろう。「道州制」は「構造改革」と同じ「被害」をもたらすということである。
 日本経団連タイムス No.2915-05 道州制シンポジウムを仙台で開催
 http://www.keidanren.or.jp/japanese/journal/times/2008/0731/05.html
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by mahounofuefuki | 2008-07-30 19:51


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