「反撃の書」としての2008年版「労働経済白書」

 厚生労働省が2008年の『労働経済白書』を公表し閣議に提出した。既に報道されているように、特に雇用についてこれまでの「構造改革」路線を事実上否定し、非正規雇用の正規雇用化や成果主義・業績主義賃金の見直しを提言するなど、最近の風向きの変化を反映する内容となっている。

 まだ全文を精査していないが、おおよそ眼を通したところでは、次の諸点に注意を引かれた(ページ数は「白書」本文版による)。

○ 全労働者に占める正規雇用の割合が低下を続ける一方、非正規雇用の割合が2007年度には33.7%にまで拡大し、特に派遣社員の構成比は2002年の0.8%から2007年の2.4%へ3倍も広がっている(p.26)。
○ 正社員を希望しながらやむなく非正社員として働く労働者の数が増加を続け、非正社員の8割以上が正社員を希望している(p.29)。
労働分配率は中小企業では上昇傾向が続いているが、資本金10億円以上の巨大企業では低下を続け、2006年度は53.3%にまで下落した(p.45)。一方、巨大企業の経常利益率は上昇を続け、配当率は2006年度こそ前年を下回ったが、依然として29.3%の高水準にある(p.46)。
○ 年間の総実労働時間は長期的には減少傾向にあるが、2000年代以降は所定外労働時間が増加し、労働時間短縮の動きは停滞している(p.52)。
○ 仕事に対する満足度は「収入」「やりがい」「安定」「休暇」いずれも、微小な増減はあるものの長期的に低落傾向が続いている(p.81)。
○ 日本の若年者の職場に対する不満は欧米諸国に比べて高く、他方で転職への意欲は低く、長期勤続を希望する傾向が高い(p.98)。
○ 日本では諸外国に比べて性別役割分業を支持する割合が突出して高い(p.102)。
○ 経営者の半数以上が依然としてパートや派遣等の非正規雇用の比率を拡大することを求めている(p.151)。
○ 卸売・小売・サービス業では有期雇用の増加や企業経営上の都合による雇用調整の結果、離職率が2000年代以降上昇を続けている(p.170)。
○ 経営者・労働者とも成果主義・業績主義による賃金決定方式を評価する傾向が高い(p.190)。ただし、賃金決定における年功要素の比重低下の結果、50歳代以上の比較的高齢層で賃金水準が低下している(p.192)。
○ 日本では経済成長の成果が労働者に波及しておらず、雇用・所得とも増加率が欧米諸国よりも低い(p.225)。
○ 産業別の労働分配率では特に製造業で低下が著しく、高度成長終焉後では最低水準にある。製造業は雇用数も景気回復過程にもかかわらず上がっていない(p.227)。
○ 大企業が短期的な利益率の向上を最優先し、配当金増加による株価上昇や内部留保拡大を重視した結果、中小企業が犠牲となっている(p.245)。

 今回の白書からも、日本の労働環境が欧米諸国に比べて相当劣悪な状況にあること、今回の景気回復が労働者には全くと言っていいほど恩恵をもたらさなかったこと、過労や雇用待遇差別が深刻であることなどが読み取れる。労働者の職場に対する不満も高い。

 注目すべきは、厚労省が安定的な正規雇用の拡大の必要性を明言したことにある(太字強調は引用者による、以下同じ)。
(前略)企業が今まで、正規従業員の雇用機会を絞り込んできたため、パートタイマーや派遣労働者などでは、正規の従業員として働きたいと望む人が増えている。経済の持続的な成長のもとで、正規従業員の雇用機会を拡大させていくとともに、滞留傾向がみられる年長フリーターの正規雇用化の取組を推進していくことが重要である。また、こうした就業促進の取組を、雇用の安定へと着実につなげていくため、正規従業員への就職促進と連動させて定着指導を強化し、継続性をもった安定的な雇用機会の拡大に取り組んでいくことが求められる。さらに、人々の多様な就業希望にも柔軟に応えながら、就業形態間で均衡のとれた処遇を着実に推進し、誰もが安心して働くことができる労働環境を整備していかなくてはならない。(後略) (p.p.258-259)
 単に正規雇用の機会を拡大すると言うならば、解雇規制を緩和することで「イスの奪い合い」を激化させて労働者を消耗させる可能性が想定されるが、「継続性をもった安定的な雇用機会」と断っている以上、離職率を抑制しつつ「正社員のイス」を増やす必要性を示したと言えよう。一方で、「就業形態間での均衡待遇」とは、正規・非正規間の同一労働・同一賃金の確立と読み取れるが、「均等」とは表記していないのでこの点は注意が必要である。

 本文中では特に製造業における雇用数の伸び率の低さ(及びそれに伴う労働時間の増加)と、正規雇用の減少を批判しているが、これは製造業への派遣労働の拡大を容認した2004年の労働者派遣法改定の誤りを事実上認めたと言える。昨年来の厚労省の路線転換と軌を一にしており、派遣労働制限への流れの一環であると評価すべきだろう。

 また、多くの企業で導入された成果主義・業績主義賃金が労働者間の意欲格差を生み、結果として労働生産性を低下させたことを批判していることも重要である。
(前略)企業は、業績・成果主義的な賃金制度を導入し、労働者一人ひとりに応じた賃金決定を行うことによって、仕事への意欲を高める人事方針をとってきたが、そのことは必ずしも成功していない。業績・成果主義的賃金制度の導入に伴い、特に、大卒ホワイトカラーにおいて、40 歳台から50 歳台の賃金格差が拡大しているが、自らの賃金や処遇に納得できないまま、意欲を失い、ただ無為に勤続期間だけが延びていくという労働者も少なくないのである。このような状況では、せっかくの企業における職務の経験も本人の職業能力開発につながらない。(後略) (p.255)
 成果主義・業績主義自体を否定してはいないが、競争原理の弊害を指摘し、「格差」の是正と人事評価の公平性・透明性の確立も要求しており、これまでの路線とは一線を画している。成果主義・業績主義が事実上労務コスト削減策に過ぎない実態も認めており、「競争万能」からの決別が読み取れる。

 総じて今回の『労働経済白書』は、経済財政諮問会議や財務省に対する厚労省の「反撃の書」と言ってよいのではないか。厚労省としてはこの機に労働政策の主導権を取り返し、「省益」の確保を確実にしただけにすぎないかもしれないし、表向きの言葉と実際の労働行政の酷薄さとのギャップは決して座視しえないが、少なくとも規制緩和一辺倒の「労働者いじめ」を繰り返した新自由主義路線から、人間らしい労働を制度的に保障する体制への転換に期待が持てる内容であることは確かだ。非正規雇用から正規雇用への転換を目指す側にとっても「反撃の書」となり得るだろう。

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【関連リンク】
厚生労働省:平成20年版労働経済の分析(本文版)*いわゆる「労働経済白書」
http://www.mhlw.go.jp/wp/hakusyo/roudou/08/index.html
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by mahounofuefuki | 2008-07-23 20:49


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