雇用の流動化で非正規労働者は救われるか

 2月に弊ブログで「『非正社員が正社員になりたかったら、正社員の解雇自由化に賛成しろ』という悪魔の囁き」というエントリを挙げたが、これに対して「異論-はにはに-Observation」というブログから反論のトラックバックをいただいた(なぜか記事本文では名指しを回避し、リンクもされていないが、サイドバーに明記しているように引用・転載・リンクはフリーにしているので、余計な配慮は無用である)。
 非正社員の「本当の敵」は正社員だ!|異論-はにはに-Observation
 http://iron.blog75.fc2.com/blog-entry-214.html

 このブログの他のエントリをいくつか斜め読みしたが、このブログ主と私との間には基本的な社会認識や倫理観において深い溝があり、議論を繰り返しても平行線のままなのは確実なので、捨て置いてもよいのだが(「共通の土台」のない相手との議論は不毛だと私は考えている)、正規雇用の解雇規制緩和をめぐる問題は改めて述べたかったので、この機会に再反論を通して当方の見解を整理したい。

 「異論~」氏の批判の要点をまとめると次のようになる。
①弊ブログの主張は「正社員」の立場からの物言いであって、「国全体」を良くしようとするのなら、個人の既得の地位に固執してはならないのではないか。
②全労働者の均等待遇のためには、正社員の待遇を引き下げるべきで、「全労働者の奴隷化」ですら労働者間の利害統一のためには容認できるのではないか。
③解雇規制を緩和して雇用市場を流動化した方が、労働者の企業への帰属性が弱まり、むしろ経営の労務管理に対する自由が拡大して、過労や成果競争を緩和できるのではないか。
④経営者側には労働者間を分断する必然性はなく、むしろ正社員層が非正社員層への差別を求めているのではないか。
 以上の批判はいずれも弊ブログの主張の根幹にかかわる論点であり、ほぼ全面否定と言ってよいだろう。結論から言えば「異論~」氏の主張はあまりにも無邪気で、雇用待遇差別問題に対する無知と問題解決への見通しの甘さを曝け出しており、とうてい受容できる内容ではない。

 まず①について。弊ブログは一貫して非正規雇用者の立場から待遇差別を批判するというスタンスをとっており、それゆえに御用組合に堕した正社員労組の姿勢を厳しく批判したり、正社員層の非正社員層に対する「差別のまなざし」を問題にしてきた。氏は勝手に私を「恵まれた正社員」に仕立てているが、実際のところ私は正社員ではない。さらに「国全体」を良くしようという意思は私には全くない。あくまで労働者階級の利益追求が最優先であり、「公共の福祉」のために弱者を犠牲にするような思考は私の最も唾棄するところである。氏はそうした思考を「政治運動」と切り捨てるのだが、「政治運動」の何が悪いのか。労働者の利益追求は「政治運動」だから駄目で、資本家の利益追求は「国益」だから良いとでも言うのだろうか。往々にして「国全体の利益」なるものは権力者に利益にすぎない。この批判は論外である。

 次に②について。正規・非正規雇用間の待遇差別は「格差」も問題だが、何よりも非正規労働者が置かれた状況の非人間性に最大の問題がある。有期雇用・間接雇用であるが故に、低賃金の上に失業リスクが高く、既存の社会保障システム(医療保険・雇用保険・年金)から排除されているというのは、生存権が脅かされていると言っても過言ではない。故にいかに正規雇用の待遇引き下げによって「格差」が解消されても、そこでは生存権の侵害という根本は何も解決されていない。
 氏は正社員の待遇を落としてでも非正社員の待遇引き上げを実現し、その上で改めて全労働者で総体的な待遇改善を要求すべきと述べているが、あまりにも非現実的な話である。正社員の待遇引き下げが非正社員の待遇引き上げに直結するわけではない。正社員の待遇を引き下げても非正社員の待遇が引き上がる保障は全くない。労組主導でワークシェアを行うにしても、日本の労組組織率は著しく低く、特に中小企業ではそんな構想は絶望的である。さらに正社員の引き下げにあわせて、それを口実に(正社員でさえ我慢しているのだからとか言って)非正社員の引き下げも行われる可能性さえある。

 ③については、解雇規制を弱めればそれだけ失業リスクが上がる以上、是が非でも会社に残ろうとして無理をしてでも働くので、労働時間は増える一方となる。1人当たりの労働時間が増えれば労働者数は減り、結局「正社員のイス」を減らすことになるので、非正社員が正社員になる機会は減ることになる。氏は雇用が流動化すれば労働者はより好待遇の企業に移ることができると言うが、実際は多くの業種で勤続年数が評価されるので、転職自体がリスクとなる。何よりも辞めた後、次の仕事が見つかるまでの生活はどうするのか。
 だいたい氏も認めるように雇用流動化で「正社員のイス」をゲットできるのは「一定のスキル」をもつ人であり、長年非正社員の地位に押し込められてスキルを獲得できなかった人は雇用が流動化しても這い上がることなどできない。雇用市場の流動化はむしろ「格差」の固定化に寄与すると言えよう。

 *なおあえて氏に有利な情報を提供するが、デンマークでは解雇が原則自由で、雇用市場は流動化されていて、氏の言うようなメリットが実際にある。ただし、それが可能なのは充実したセーフティネットと強力な労働運動が存在するからである。日本で解雇規制緩和を主張する人はなぜかおしなべてセーフティネットや労組の弱体化に加担している。もし「雇用待遇差別解消のための雇用の流動化」を主張するのならば、失業給付の大幅拡充やそれを可能にする「高負担・高福祉」の「大きな政府」を提唱しなければならない。単に雇用の流動化を唱えるのは、実際には待遇差別の解消など考えていないからである。

 ④については、財界の政策基調に対してあまりにも無知である。1990年代以降、財界は一貫して基幹的業務を少数精鋭の正社員に担わせ、それ以外は不安定な非正規雇用に転換する方針を貫いてきた。全体としてのコストカットと同時に労働者間を競わせ、正社員層には「被差別階層」を設定することで「ガス抜き」とし、非正社員層には経営者に向かうべき敵意を正社員層に振り向けることで、資本家は高みの見物ができるのである。解雇規制自由化は財界が近年推進してきた労働法制解体(労働環境を労使間の個別契約だけですべて決定できるようにし、労働三法を骨抜きにする企み)の一環で、あたかも正社員の解雇が自由になれば非正社員が正社員になれるような幻想を与えることで、非正社員層の支持を調達したいだけにすぎない。

 以上、論点に沿って再反論したが、最後にほかでもない財界サイドの人物の「本音トーク」を紹介しよう。日本経団連参与の高橋秀夫氏の発言である。
 年長フリーターにとって道はたやすくない。新卒採用が全体的に改善したとはいっても、企業を個別にみれば厳しい目で選考している。企業は正社員の採用には慎重だ。そこへ氷河期世代だったからといって、30歳までフリーターとして過ごしてしまい、技術のない人がきても採用はされない。(『エコノミスト』2008年5月20日号)
 要するに「正社員のイス」を増やしたくないのである。非正社員のキャリアなど全く評価していないのである。雇用の流動化が非正社員の正社員化に何ら寄与しないことをこの発言ははっきりと証明している。

 雇用待遇差別は解雇規制の緩和では解決するどころか、余計差別が強化されるだろう。企業任せでは決して解決することはない。そうであるならば法的規制によって非正規雇用を減らし、直接雇用・無期雇用の原則を確立して、法の力で企業に「正社員のイス」を増やすよう強要するしかない。労働者派遣法の抜本的改正がその端緒であることは弊ブログが常々指摘している通りである。

 *なお本当は正規・非正規間の差別についてもっとシビアな現実に即した話や、両者の連帯を可能にするための方法論について述べたかったが(当然そこでは正社員層に対するやや厳しい批判が含まれる)、反論だけで紙幅を費やしてしまったのでそれは別の機会に譲る。実は先日来、持病になっている外科的な症状が悪化して(具体的なことは個人情報なので書けないが)、病院へ定期的に通院しなければならなくなった。そんなわけで「別の機会」はいつになるかわからないし、ブログの更新頻度も落ちると思うがご容赦いただきたい。


《追記 2008/07/16》

 当該ブログがさらに反論のエントリを上げていたが、解雇規制の話を転職の話にすり替えるなど、本人も自認しているように「とりとめのない」内容で、その詭弁のオンパレードに失笑してしまった。そもそもの土台が違うので建設的な議論ができるはずもなく、私はもう相手にしない(向こうも「推敲する気力」がないそうだし)。互いに歩み寄る気がない以上、あとは読者の判断に委ねればそれでよいと思う。


《追記 2008/07/17》

 「相手にしない」と言ったのにご丁寧にもTBを送られてきたので一応追記する(推敲前の記事のTBは削除した。同一エントリなので)。ツッコミどころが多いので逐条批判を行いたいところだが、時間的余裕がないので要点のみでご了承いただきたい。

 辻広氏も「異論~」氏も「解雇規制の緩和」を前提とした「雇用の流動化」を主張していたからこそ、私ははじめからそこを批判しているのに、そこへ雇用が流動化されれば転職できるから問題はないという話を持ち出したのはほかでもない「異論~」氏であって、それを勝手に「雇用を流動化しない」=「転職しない」と決めつける姿勢が全く理解できない。私は一貫して「解雇規制の緩和を前提にした流動化」を問題にしているので、「雇用の流動化」=「解雇の自由化」と解釈しているのである。

 氏は自分の詭弁を認識していないようなので1つ教えると、「『現状はこうである!』これを無条件で是認してしまっては改善など出来ません」と言いながら、「法の力で企業に強要さえすれば『日本の労働者を全て正社員に出来る』と言う事でなければなりません。こんな法律を作っても『非正社員』なる労働者は確かに存在しなくなったけど、労働者の半数は貧困層のままなんて事になりかねません」と、まさに「希望者全員が(正社員の―引用注)イスに座れない」現状を無条件で是認しているのである。私は最初から雇用待遇差別の解消には、間接雇用・有期雇用を厳しく法的に規制し、特殊な例外を除いてすべて直接雇用・無期雇用にすべしと言っているのに、氏はよほどこの提案が気に入らないようで「アイデア合戦をしましょう」などと言って別の対案を出せと要求するのだが、少なくとも正社員になれば社会保障の企業負担が生じるので、貧困の一端は解消される契機になる以上「貧困層のまま」ということはない。

 氏の「全く違う意見の方が学ぶ所は多い」という点は正論だし、実際元エントリで辻広氏への批判を書いたことがきっかけとなって、それまで食わず嫌いしていたビジネス誌を読むようになり、得るものが大きかったという経験をしている。しかし、失礼ながら他のエントリから判断する限り、氏の言論姿勢そのものに疑問を感じるので、水かけ論になるだろうと判断して「相手にしない」と議論の打ち切りを表明した次第である。この判断には私が一目置くブログ「非国民通信」の次のエントリの影響を受けている。
 見苦しい - 非国民通信
 http://blog.goo.ne.jp/rebellion_2006/e/8c04c7cb5399a3031e75fc1d86836e00

 他人のハンドルネームにケチをつけたり、他人の批判を「罵倒」呼ばわりするくせに「その社会では某国のように『共通の土台』を有しない人を粛清するのですか」といった誹謗をするような人と議論をする意味を見出すことはできない。現在内服薬の副作用で体調が不良なこともあって以後はTBが来ても相手にできない。「異論~」はずいぶん検索八分に遭っているそうなので、誹謗中傷もほどほどに、どうぞご自愛を。

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by mahounofuefuki | 2008-07-15 03:20


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