「北海道洞爺湖サミット」という悪夢

 北海道洞爺湖サミットが始まった。

 私は現在北海道在住だが正直悪夢をみているようである。

 動員させられ作り笑顔で「歓迎」する子どもたち。某国の大統領夫人の写真を撮ったとはしゃぐ若い人。夕食会の献立だの、某ホテルの装飾など、どうでもいいことに時間を割くテレビ。自画自賛の観光案内を垂れ流す地元メディア。どの報道も「食糧」や「環境」が問題だと伝えるが、普段にも増してつっこみが甘い。自らは手を下さずに何十万人も殺してきた権力者への批判もない。

 一応、サミットとグローバリズムに抗議するデモや集会も報道されているが、あくまでもそれは「われわれ」ではない「外部」の出来事というスタンス。地元の老人のデモ見る眼差しはまるで盆踊りを見ているかのよう。街中に溢れる警察官、それも他府県の制服が目立つ。検問や荷物検査で服まで脱がされていても、これを人権侵害だと認識すら人はほんのわずか。多くの住民は過剰警備の不自由さを感じているが、その不満を公には口に出すことが憚れている。

 北海道には「YOSAKOIソーラン祭り」という、企業利権まみれで運営が腐敗しきった、ただうるさいだけの下品なイベントが毎年あるが(余談だがこのイベントの発案者が次期衆院選で自民党から出馬する)、その時に匹敵する不愉快さを私は感じている。アリの入る隙間もないような檻に入れられ、歓迎せざる来客に無理やり付き合わせられている感覚。先行して行われた「先住民族サミット」や「市民サミット」の成果には敬意を持ちつつも、日常生活の息苦しさの代価としては安すぎる。

 わざわざ1カ所に、それも片田舎に集まって会議をやる必要性など本当にあるのか? 国際会議の場としては国連という常設の場があるではないか。そういう根本的なことを考えなければならない時が来ている。
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by mahounofuefuki | 2008-07-07 20:41


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