現職自衛官による議会政治へのテロ

 5月8日に陸上自衛隊朝霞駐屯地の自衛隊体育学校の陸士長が、国会議事堂中央玄関前で割腹自殺を図った事件。ずっと詳細が不明だったが、今日になって警視庁公安部がこの陸士長を建造物侵入と銃刀所持の容疑で逮捕した。
 朝日新聞(2008/05/13 12:54)によれば、この陸士長は「地下鉄国会議事堂駅のコインロッカーに、『福田総理に告ぐ』と題する抗議文を記録したUSBメモリーを入れていた」という。また産経新聞(2008/05/13 13:17)によれば、その抗議文は福田首相の外交・経済政策への批判で、彼は「右翼団体幹部の名刺を所持し、遺書に『天皇陛下万歳』と書いていたことも判明した」という。

 今時、それも20歳の若者が、割腹という時代がかった方法で自己顕示を図ったことに、いささかショックを受けた。かつて社会党委員長の浅沼稲次郎を刺殺した少年が現代に蘇ったような錯覚を得たほどである。
 現在の日本社会では周知の通り、狭隘な排外主義や無鉄砲なミリタリズムや無知な歴史改竄主義の言説が溢れていて、特にインターネットがそうした暴力的言説を増幅しているが、おおむねそうした「ネット右翼」はあくまで「安全な場所」から「攻撃しても大丈夫な公認の敵」を攻撃しているにすぎず、自らの政治信条に命を賭けることはない。
 しかも「天皇万歳」というのにも驚いた。現在の右翼言説の主流は専ら韓国・朝鮮・中国人などへの侮蔑・差別で、それによって「日本人」としての優越意識を高めて自尊心を満たすことに本質があるが、それだけに天皇制に対しては割合無頓着である。むしろ皇太子夫妻へのバッシングは右翼が中心に行っているほどで、「愛国心」は問題になっても「天皇への忠誠心」はほとんど問題にならない。
 右翼団体幹部の名刺を持っていたということは、「プロ右翼」の強い影響を受けていたと推定されるが、正直なところ今の若者が簡単に「プロ右翼」に洗脳されてしまうのが信じられない。容疑者の履歴などが不明なので何とも言い難いが、「ネット右翼」とは異なる古いタイプのナショナリズムが水面下で復活している予兆なのだろうか。

 ショックを受けてばかりもいられない。というのも客観的には今回の事件は現職武官による議会政治へのテロだからである。在野の右翼ではない現職の自衛官が、福田首相への抗議と称しながら首相官邸ではなく、国会議事堂を自らの血で汚そうとした意味は重い(単純に警備の軽重の結果、国会を選んだとしても)。逮捕容疑は建造物侵入と銃刀所持だが、実態としては限りなく国会に対する威力妨害に近い。
 また昨今の自衛隊の危うい状況も浮き彫りになっている。この若者が右翼思想にかぶれたのが自衛隊入隊前なのか入隊後なのか。右翼団体に出入りしていたことを自衛隊側は知っていたのかどうか。自衛隊体育学校での教育が事件に影響したとすれば、当然教育内容が問題になる。かつて冷戦時代には、自衛隊の一部に治安出動に際して在野の右翼との連携を模索する動きがあったが(たとえば三島由紀夫の「盾の会」は自衛隊幹部による「民兵」計画と連動していた。猪瀬直樹『ペルソナ 三島由紀夫伝』文春文庫より)、今も自衛隊と右翼団体が密接な関係があるのではないかとの疑問も拭えない。

 政府や自衛隊は今回の事件をできるだけ小さな事件として扱い、一般の目に触れないようにするだろう。しかし、これは防衛省・自衛隊の相次ぐ不祥事の延長としても、社会風潮の「右傾化」のメルクマークとしても決して軽視しえない事件である。模倣犯を防ぐためにも過剰に騒ぐ必要はないが、事件の真相は究明しなければならない。
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by mahounofuefuki | 2008-05-13 20:01


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