オバマの「失言」は本当に「失言」か

 アメリカ民主党の大統領候補バラク・オバマ氏の「失言」が波紋を呼んでいるという。
 オバマ氏がペンシルベニア州予備選を前に「ペンシルベニアの田舎町の人々は、失業に苦しんだ結果、社会に怒りを持つようになり、(その反動で)銃や宗教に執着するようになった」と発言していたことが明らかになり(朝日新聞2008/04/14 20:03、太字強調は引用者による)、共和党やヒラリー・クリントン候補陣営が労働者を差別していると攻撃しているという。

 私は別にオバマ氏の支持者ではなく、そのポピュリストぶりを警戒しているくらいだが、くだんの発言は事実を指摘しただけで、どこが「失言」なのかさっぱりわからない。
 オバマ氏の発言は、貧しい労働者がマッチョなミリタリズムやファンダメンタリズムへ同調するのは、社会構造に起因することを示唆している。労働者が「銃や宗教」に「執着」するのは、彼らが愚かだからだとか、本質的に暴力的だからだなどと言ったのならば、あからさまな侮蔑と差別だが、彼らがそうならざるをえない要因を不安定な雇用に求めているのは、全くもって正しい。
 エリート意識丸出しどころか、冷静な社会認識で、オバマ氏を見直したくらいである。

 オバマ発言はそのまま日本社会の排外主義風潮にも当てはまる。
 経済のグローバル化で、現実に人件費の低い中国企業との競争を強いられたり、低賃金の外国人労働者との「賃下げ競争」を強いられたりしていることが、特にアジア諸国の人々への差別意識の温床になっている。また、雇用や福祉の不安定化が「強い力」に対する潜在的な被保護要求を呼び起こし、ナショナリズムへの同調要因になっている。
 そして何より、生活のさまざまな場で理不尽な扱いを受けることで痛めつけられた自尊心を、最も簡単に回復する方法が、自分より「弱い者」「劣る者」を「発見」して彼らに理不尽な攻撃を浴びせることである。ナショナリズムは「非国民」や外国人を「劣る者」とみなし、ただ「自国人」であるというだけで何も努力せずとも自尊心を高めることができる「魔法」である。「嫌韓」「嫌中」に走るのは、それくらいしか自己の生を確認する術がないからである。

 搾取と収奪はカネやモノのみならず人間性をも喪失させる。劣悪な環境にいれば思考も劣化する。逆に劣悪な雇用環境を変えることは、「銃や宗教」から人々を切り離すことにつながる。オバマ発言は、安定雇用の確立が狂信的なファンダメンタリズムを弱めるためにも急務であることを示唆している。


《追記 2008/04/17》

 本稿に対する「はてなブックマーク」で、「グローバリズムは『自国民』や愛国主義者を『劣る者』とみなし、ただ「反差別主義者」であるというだけで何も努力せずとも自尊心を高めることができる『魔法』である。ブーメラン(笑)」というツッコミ(?)があったが、全く本稿の趣旨を理解していないと言わざるをえない。

 まず、このコメントは「グローバリズム」=「反差別主義」とみなし、なおかつ「ナショナリズム」と対立関係にあると捉えているが、実際のグローバリズムは本質的に「弱肉強食」で差別があり、しかも現在のナショナリズムはグローバルな競争を勝ち抜くために国民統合を図る「手段」でもあるので、両者は必ずしも対抗関係にはない。
 さらに、仮に「グローバリズム」を「反ナショナリズム」と置き換えてもこのコメントはおかしい。反ナショナリストはナショナリストを「自国民」だからという理由で批判しているわけではない。また「日本人」は「日本人」として生まれれば何もしなくても「日本人」でいられるが、「反差別主義者」は「反差別主義者」になろうと努力しないとなれない。故にこの点では決して「ブーメラン」にはなりえないのである。

 こんなつまらないコメントについ反応して貴重な時間を無駄にしてしまった・・・(泣)。
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by mahounofuefuki | 2008-04-15 21:29


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